災厄の紅き剣は水底に消えて…(前編) ◆I0g7Cr5wzA
「当たれ、当たれぇーッ!」
「どこを狙ってんだい、素人が!」
天へ伸び上がるいくつもの砲火。
デスティニーの放つ高エネルギー長射程ビーム砲は、空駆けるストライクフリーダムに触れる事すら許されない。
機体制御と火器管制を同時に行うシ―ブック・アノーの表情は、既に焦燥に塗れている。
対するアギーハは余裕がある。戦ってすぐわかった、自分に比べればコイツは新米もいいところだ、と。
「くそ、速すぎる! それになんて火力だ!」
「シ―ブック、下だ!」
地上で見上げるしかないジャミルはせめてもの援護としてアドバイスを送るが、それを忠実に実行できるかと言えばシ―ブックはまだ未熟だった。
ミーティアの高エネルギー収束火線砲をデスティニーが急加速してかわす。中のシ―ブックの身体はあまりのGに眩暈を感じた。
「シ―ブック、奴はスピードはあるが小回りが利かん! タイミングを計り間違えるな !」
「わかってますけど……! こ、この火力差じゃ押し切られる!」
「先ほどの男との戦いを思い出すんだ! その機体にできる事、できない事、全てを把握し使いこなせ!」
「そんなこと言われても……! コイツ、反応が敏感すぎるんです!」
「無理に全力で機体を操ろうとするんじゃない! 君の反応速度に合わせ、機体の出力をコントロールするんだ!」
シ―ブックの機体、デスティニーガンダム。
ザフトの新型、スーパーエース専用に開発されたこのガンダムは攻防速全てに長け、あらゆる状況に対応できる機体として仕上げられている。
対艦刀やビーム砲を始めとする多彩な武装、大型スラスターウイングによる高速機動。
掌部に実装されたビーム砲やミラージュコロイドなど、新機軸の技術も盛り込まれ隙がない。
なによりデスティニーには、ソリドゥスフルゴール・ビームシールド、そしてヴァリアブルフェイズシフト装甲という鉄壁の防御を誇る機体。
この堅牢さがあればこそ、技量で遥かに敵に劣るシ―ブックが何とか生き長らえていられるのだ。
だが多彩な武装・機能を備えるという事は、それだけ操作が複雑という事でもある。
「し、シールド……うわあっ!?」
「チィッ、中々頑丈じゃないのか。実体弾は当たっても効かないみたいだしビームはシールドで防がれる……こいつの兄弟機か?
まあいいさね、だったらコイツでぶった斬ってやるだけさ!」
「損傷は無い、でもこれじゃ僕が先に参ってしまう……! こっちから攻めないと!」
ビームライフルを連射するが、白い流星は事前に打ち合わせたかのようにスイスイと光の軌道上を避けて動く。
「う、動きを読まれてるのか!?」
「マシンは良くても、パイロットが性能を引き出せなきゃ意味がないんだよッ!」
シ―ブックの操縦はとても素人が乗ったとは思えないほど鮮やかではある。
しかし、訓練されたパイロットからすればやはり稚拙。馬鹿正直に敵の
現在位置に向けて撃つだけで、その先を読んではいない。
ストライクフリーダムが反転する。
既にシ―ブックは敵機が自機と同系統の機体、あるいは似たような技術で作られた物だと悟っていた。
だが、両者に差があるとすればそれはやはり追加武装の差。
ミーティアの前方に張り出したアームから光剣が出力される。否、それはもはや剣などではなく。
「ビームの丸太……!」
「もらったよ!」
「なん……とぉぉぉっー!」
直撃すれば戦艦だって真っ二つにできそうなビームソードを、デスティニーは急降下してやりすごす。
帯電した空気がデスティニーを叩く。当たれば間違いなくそこで終わりだ。
そのデスティニーの肩を蹴って駆け上がる影が一つ。
クロスボーンガンダムX1のヒートダガーがストライクフリーダムに直撃し、弾かれる。
「うっ、ぐ! この……地球人ごときが、やってくれるじゃないのさ!」
「ジャミルさん!」
「いつまでも若者だけに戦わせておく訳にはいかんのでな。ここからは私もお相手しよう」
参戦したX1を警戒してストライクフリーダムが距離を取る。
火力、機動力は負けている。それは二対一になっても同様だ。
「貴様、何の目的で私達を襲う! シャドウミラーの言葉を信じるのか!?」
「ああ? 戦闘中に一体何のつもりだい!」
「たとえ勝ち残ったところで奴らから解放される望みは薄い! ここは手を取り合い奴らに反抗するべきだ!」
「ハッ、あいにく地球人ごときと仲良しこよしなんてのは願い下げだね! あたしには心に決めた男がいるのさ、引っ込んでな!」
「地球人? 貴様は宇宙革命軍の者か!? 君も私達も巻き込まれた状況は同じはずだ、協力はできないのか!」
「ああもう、ウザったいねぇ! 辺境の野蛮人を殺すのに理由がいるのかい!」
「野蛮人だと!?」
苛立つアギーハ、そしてミーティアから雨霰とミサイルが放たれる。
「いかん、下がれシ―ブック!」
「うあっ!?」
ビームライフルでミサイルを撃ち落とす二人だが、ジャミルはともかくシ―ブックはとても手が追いつかない。
いくら避けようと撃ち落とそうとどこまでも追いすがってくるミサイルに、ついにデスティニーが呑み込まれた。
姿勢を崩し墜落するデスティニー。X1はマントを翻し追撃のビームを受け止める。
だが、動きは止まった。元々飛行能力のないX1には致命的だ。
「もらったよ、黒いの!」
「じゃ、ジャミルさん! 僕を庇って!?」
「回避……間に合わんか……ッ!」
ジャミルが強く歯を食い縛る。
ABCマントはあくまで『耐ビームマント』でしかない。連続して、あるいは強烈なビームを受ければ拡散しきれず押し負ける。
まして、ストライクフリーダムとミーティアの放つビームはどれも戦艦の主砲並みの威力。防御は無意味だ。
溢れ出した光がまっすぐにX1を狙い撃つ、
「ふもぉ――――――――――――――ッ!!」
(待てぇぇぇぇ――――――――いッ!)
その刹那、凄まじい勢いで飛んできた大岩がミーティアの砲身に激突し照準を逸らす。
ビームは深く大地を抉る。だが、X1には掠りもしていない。
誰もが岩の飛んできた方向に振り返る。そこにいたのは、くりくりとした大きい目で胸を張るぬいぐるみだった。
「ふも! ふふふもふ、ふもっふ! ふもふももふ、ふも!」
(無事か!? 俺はネオジャパンのガンダムファイター、ドモン・カッシュだ! ここからは俺に任せろ!)
「いや、何言ってるか全然わからないです」
「ふも……ふもっふ」
(む……通信機の故障か? まあいい、とにかく下がっていろ)
ジャミルが答えなかったので仕方なくシ―ブックが応答する。
向こうにこちらの声は届くらしいが、完全に一方通行だ。何を言っているか全く分からない。
ぬいぐるみ――誰も知らない事だが、名をボン太くんと言う――は先ほど危機を救ってくれたように、どこからか刀を抜いて空にいるストライクフリーダムへと突き付けた。
「チッ、お前もアタシに歯向かうつもり……な、なんだ!? 止めろ! そんな目でアタシをみるな!」
「ふもっふ……ふもふもふ! ふもっふふも、ふもーふ!」
(俺の知らないガンダムか……相手にとって不足はない! ガンダムファイト、レディー……ゴーッ!)
戸惑うような女の声に構わずぬいぐるみが猛然とダッシュし、ジャンプ。デスティニーの脚を蹴り三角飛び。
瞬く間にストライクフリーダムの真ん前へと躍り出る。
振り下ろされた刀は、しかしフェイズシフトを貫けない。ならば流派東方不敗の技でと拳を握るドモン(+ぬいぐるみ)。
だが、拳が放たれる前にストライクフリーダムは機体を傾けボン太くんを払い落し、再び天高く飛翔する。
「あ、アタシの傍に近寄るなぁぁぁっー!」
「ふもっふ!? ふもももも、ふもーっ!」
(待て、貴様どこへ行く!? ファイターなら正々堂々と戦え!)
ふもふも言ってるボン太くんは気にしないようにしつつ、シ―ブックは素早く敵機を狙えるかチェックする。
背中のビーム砲なら十分に届く距離だが、シ―ブックの腕では命中は難しい。
遠距離からの攻撃が当たらないのなら近付くしかない。それができるのはデスティニーだけだ。
「くっ、あの高度では手が出せん!」
「僕が行きます! このデスティニーならついて行けます!」
「待てシ―ブック! お前一人では無茶だ!」
「そんな事、やってみなければわかりませんよ!」
だから、シ―ブックはジャミルの制止も聞かずに飛び出した。
それは一番強力な機体に乗りながらジャミルやドモンに守られているという、弱い自分への反発でもあった。
「シ―ブック……! くそ、この機体が空を飛べさえすれば!」
「ふふふふも、ふもっふ!」
(海賊のガンダムよ、俺をあの空まで飛ばしてくれ!)
「何だ、何を言っているのだ! 今はお前に構っている暇は!」
「ふもっふ! ふもふもふ、ふもっふ!」
(ボン太くんには空を飛ぶ機能がない! だからお前のガンダムの手を借りたいんだ!)
ボン太くんはしきりに腕を振る。果ては拾った石を猛スピードでぶん投げ、大木をヘシ折った。
ジャミルはその仕草を、遊んでいるのではなく何か伝えたい事があるのではないかと思った。
「……ええと、私にお前を投げろというのか?」
「ふもっふ!」
(ああ、そうだ!)
「ば、馬鹿な事を言うな! その機体……いや、装甲服……ぬ、ぬいぐるみでは、空に跳んだところでまともに動けはせん!」
「ふも、ふもふもっふも! ふもふふふもふふもっふ!」
(フッ、流派東方不敗は常勝の拳! どのような状況であろうと俺に負けはない!)
「む……任せろ、そう言いたいのか? やれる自信があるのか?」
「ふもっふぅ!」
(キング・オブ・ハートの名に賭けて!)
丸っこい瞳の中に、ジャミルは燃え盛る炎を見た(ような気がした)。
どの道、自分に打てる手はない。ならば少しでも可能性の高いカードを選ぶべきだ。
「……今はお前に賭けるしかないか! 私の名はジャミル・ニートだ!」
「ふもふもも! もふもっふ!」
(ドモン・カッシュだ! 頼むぞジャミル!)
「ええい、少しはまともに喋ってくれ! とにかく、行くぞ!」
「ふもぉー!」
(いざッ!)
X1がスラスターを全開にし、跳ぶ。
だが重力は振り切れない――跳躍の限界点。
そこでX1は右腕を振りかぶる。
限界まで体を捻るX1、伸ばした腕の中にいるのはボン太くん。
「うおおおおっ!」
「ふも! もふふ! ふもおおおおおおおおおおおおっ!」
(超級! 覇王! 電影だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!)
射出、などと上品なものではない。ただ全力で腕を振り抜くだけだ。
ボン太くんもまた、あらん限りの力でX1の指を蹴る。
その結果、X1の中指が吹き飛び――ボン太くんもまた空を駆ける流星となる。
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弾丸
ロロ .
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.'ー' _/ / / /_/ / ノ / /i ̄! ___ノ / ./__,--, / ___ノ /
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「うわぁっ!」
「ハッ、よちよち歩きの坊やにしては頑張ったじゃないか。だがアタシは年下は趣味じゃないんだ……死んでもらうよッ!」
ミサイルが集中し、ビームライフルが爆発した。瞬時にシールドを展開し身を守るデスティニー。
経験のなさから動きを止めたデスティニーに、両側から挟み込むように大型ビームソードが襲いかかる。
上下に逃げてもアームを動かせばすぐに追いつかれる。後ろへ下がればビーム砲で狙い撃ち。
アギーハが勝利を確信し、にたりと笑みを浮かべる。
「死んじまいなッ!」
「やら……れる!?」
死を間近に感じ、時間が止まったように錯覚する一瞬。
引き延ばされた刹那の瞬間、シ―ブックは駆け昇る流星を見る。
「ふもおおおおおおおおおおッ!」
(させるものかぁぁああああッ!)
ミーティアの下部に激突するぬいぐるみ。
その衝撃でビームソードは逸れ、デスティニーの足先を掠めただけに終わる。
「なっ……!」
「ふもっふぅぅ……! ふも! ふもおおおおおおおおおっ!」
(ばぁぁぁく熱……! ゴッド! スラァァァァァァァァシュッ!)
視界の外から攻撃され、アギーハは動揺する。
だがドモンは構わずガンダムの上を疾走、ガーベラストレートを抜き凄まじい勢いで回転し竜巻のように斬りつける。
効果がないのはわかってはいたが、ストライクフリーダムの攻撃を止める事は出来た。
「うわあっ!?」
「す、すごい! あんなぬいぐるみで……!」
「ふも! ふふふももふもっふ!」
(ボケっとするな! まだ奴は戦えるんだぞ!)
「……舐めるなァァァァーッ!」
ストライクフリーダムが、ミーティアを切り離す。
飛び出した本体が両腕にライフルを構え、未だ滞空しているボン太くんに襲いかかった。
「ふもっふ!?」
(分離しただと!?)
「ちょっと愛嬌のある顔だからと手加減してりゃ、調子に乗って……! 喰らいなッ!」
次々と放たれるビームを2m程度しかない刀で切り払うボン太くん。正直シーブックは夢でも見ているのかと思ったが。
業を煮やしたストライクフリーダムは、身動きの取れないボン太くんを蹴り付ける。
いかにドモンの技量が優れていても質量の違いだけは覆しようがない。
「ふもぉっ!?」
(ぐああッ!?)
「このまま……! 地面に叩き付けられて粉々になっちまいなッ!」
ボン太くんを掴みストライクフリーダムは降下していく。
どれだけ強化されていてもボン太くんの毛皮……装甲はやはり薄い。鍛え抜いたドモンだからこそ身体がミンチにならずに済んだのだ。
だがさすがに身体の自由は利かなくなっていた。ストライクフリーダムの指を振り払う事ができない。
「ぬ、ぬいぐるみさん!」
「おっと、助けになんて行かせないよ! 下の奴もさね!」
ストライクフリーダムの背中から青い羽根が飛散し、助けに入ろうとしたシ―ブックとジャミルの鼻先を押さえる。
スーパードラグーン・機動兵装ウイングが網の目のように光を交錯させる。
「くっ、これはビットか! これでは身動きが……!」
「ジャミルさん、あの人を!」
「わかってい、――くっ!」
「ジャミルさん!?」
「アハハハハッ! 化け物タヌキがぺしゃんこに潰れるところを一緒に見ようじゃないのさ!」
四方からのビームがX1の動くを封じる。
助けに入ったデスティニーがビームシールドを展開し、どうにか破壊は免れたがドモンを助けるタイミングを逃がしてしまった。
臍を噛むシ―ブック。その時、視界の遥か彼方に一点の光が煌めく。
塵ほどの光点が瞬く間に巨大な鬼の姿となって現れる。
横に水平に伸ばす腕から、長く伸びる影。
音すら置き去りに驀進し、この星を断つかと錯覚するほどに雄々しく振り上げられる剣。
「おおおおおおおおおおおおおッ!」
シ―ブックと同じ年代のように聞こえる、感情に溢れた少年の叫び。
デスティニーやX1には目もくれず、一直線にストライクフリーダムの後を追っていく大型の機体。
「な、何だいコイツはッ!?」
「落ちろォォォォッ!」
100mに届こうかという超大型の刃が大気の壁を切り裂き、自由の翼を打ち据えた。
吹き飛ぶストライクフリーダム。その手から零れ落ちたボン太くんをデスティニーが受け止める。
「うわああっ!?」
「フリーダムッ! お前は……お前だけは、この俺がァァッ!」
人形のように吹き飛んだストライクフリーダム。
コクピットの中でアギーハは激しくシェイクされる。
「い、いくらフェイズシフトがあるからって、あんなの何発も喰らっちゃまずい……!」
後退するストライクフリーダムを、鬼――スレードゲルミルが追う。
そのパイロット、シン・アスカはもはや他の何者も見えてはいない。
「こいつ……! ヴィガジが戦ったっていうスレードゲルミルかい!?」
「ドリルブーストナックル! フリーダムを捕まえろ!」
「こんなやつと接近戦だなんて、じょ、冗談じゃないよ!」
ドラグーンを戻さずヴォワチュール・リュミエールを展開。
ストライクフリーダムの機動力が跳ね上がり、ドリルを寄せ付けず右に左にと飛び回る。
シルベルヴィントという高速機に乗っていたアギーハには高速域での機体制御はお手の物だ。
その分ドラグーンの操作は機械任せになって精度が落ちてしまったが。
「速い……でも!」
「しつこいんだよ、ガキが!」
ドラグーン、ビームライフルや腰のレールガンなどあらゆる武装をスレードゲルミルに撃った。
だが見た目に違わずスレードゲルミルの装甲は厚い。その上鉄板のようにしか見えない斬艦刀が時に盾となって攻撃を防ぐ。
スレードゲルミルは一撃は大きいが大振りだ。冷静さを欠くシンはアギーハの動きを読み切れない。
だがアギーハもまた余裕はない。一度でも当たれば、フェイズシフトで破壊は免れるがアギーハの身体に負担がかかる。
ともあれ取り残されたシ―ブック達はいったん後退する事にした。
「ぬいぐるみさん!」
「意識がないのか?」
森まで退き、ボン太くんを寝かせ安否を確認するが返事がない。
死んではいないだろうが、あまり楽観できる状況でもなかった。
「とにかく、岩の陰にでも隠しておこう。このサイズなら早々見つかるまい」
というジャミルの言葉に従い、ボン太くんを隠すデスティニー。
改めて振り返り、今も続く戦いを見る。
「僕達を助けてくれた、って感じじゃなさそうですね」
「ああ。フリーダムというのか、あの羽のあるガンダム。あれを狙っているようだな」
「あの大きな機体、なんだか、すごく嫌な感じがします。息苦しいっていうか……」
「そうか、私もだ。有り余る憎しみが……自らの身を焦がす炎となっているようだ。どうやらあのガンダムに相当恨みがあるらしいな」
だが、殺し合いが始まってこんな短時間でそうそう恨みを買えるとも思えない。
「ここに来る前から、元々あのガンダムを知っているという事でしょうか?」
「かもしれん。だがおそらくパイロットは別人……の、はずだ。私や君に見知らぬ機体が支給されたようにな」
「じゃあ、勘違いで襲ってるって事ですか?」
「だろうな。そんな簡単な事に思い当たらないほど、あの少年の怒りと憎しみが凄まじいのだろう」
「僕と、そう歳は変わらないはずなのに……」
シ―ブックとジャミル、共にニュータイプの素養を持つ物だからこそ感じる。
剣の機体を駆る少年が、凄まじいまでの激情を持て余している事を。
「でも、どうしますか? 今なら僕たちは逃げられそうですけど」
「うむ……君はあのぬいぐるみを連れて逃げろ。私はここに残る」
「な、何でですか! あの戦いに巻き込まれたらいくらジャミルさんでも!」
「厳しいだろうな……だが私は、あの少年を放っていく事は出来ん。私も、君や彼と同じ年代の頃から戦っていたからこそ、わかる。
己の全てを投げ打ってでも敵を倒そうとする兵士が、いかに悲しい存在なのかを」
「あいつを説得するっていうんですか?」
「あの女性もだ。事情はわからんが、殺し合えと言われて錯乱しているだけなのかもしれん。殺さないように無力化して、取り押さえてみるつもりだ」
「む……無理ですよ! 僕らだけでも歯が立たなかったのにあんな戦いに割って入るなんて!」
「そうだな、だから君は逃げろ。命を賭けるべきは大人だけで十分だ。特にこんな戦いを強制された場ではな」
「ジャミルさん……!」
「その話、俺も乗らせてもらおうか」
シ―ブックがジャミルに食ってかかった時、木立の中からぬいぐるみからひょっこりと人間の顔を生やした男が現れる。
「あなたは……?」
「ドモン・カッシュだ。どうやら世話になったようだな、礼を言うぞ」
精悍な顔つきの(首から下はぬいぐるみだが)男は、身体の調子を確かめるようにあちこちの骨を鳴らしながら言う。
驚いた事にそれほどダメージはないらしい。あるいはこの短時間で回復したか。
本当に人間なのかよ、とシ―ブックは疑ってしまった。
「いえ、助けてもらったのは僕の方ですから。大丈夫なんですか?」
「鍛えているからな……問題ない。それよりジャミル。俺も付き合うぞ」
「それは有難いが、いいのか?」
「ああ。あの少年、まるで昔の俺を見ているようだ。今のあいつは目の前の敵しか見えてはいない。
あれでは誰彼見境なく襲いかかってしまうかもしれん、見過ごすわけにはいかん」
「そうか……ならドモン・カッシュ。当てにさせてもらうぞ」
「俺もだ、ジャミル」
鋭い眼差しで拳を(ぬいぐるみのモコモコした手だが)突き上げる男。
その姿からは己の強さに絶対の自信を持っている事がうかがえる。
だがやはり、シ―ブック的にはぬいぐるみじゃ無理だろとしか思えなかった。
「で、でも待ってください! そのぬいぐるみじゃどうやったって無理でしょう!」
「わかっている。だからあれを使う」
そこでドモンが示したのは、乗り捨てられていたキングゲイナーだ。
「あれ……って、キングゲイナー?」
「ほう、あれもまたキングの名を持つか。丁度いい……!」
ドモンは笑みを浮かべると、猛然とキングゲイナーへと走り寄る。
キングゲイナーはデスティニーのフラッシュエッジによって左腕から胴体に掛けて損傷してはいたが、それだけだ。
ドモンが乗り込むとすっくと立ち上がった。
「行けそうか、ドモン?」
「ああ。モビルトレースシステムとは勝手が違うが、何とか動かせそうだ」
「そのぬいぐるみは……脱がないのか? 動きにくいだろう」
「いや、心配無用だ。作業用にかどうか知らんが、手先は細かく動くようになっている。
センサー類もあるし、いざとなれば脱出装置にもなるのでな」
「そ、そうか……ならいいのだが。シ―ブック、君は退け。そうだな、西の市街地に行って身を隠すんだ。私達もすぐに」
「僕も残りますよ、ジャミルさん」
そう言うだろうと思っていたので、シ―ブックは用意しておいた言葉を返す。
相手が反論する前に機体をX1の手の届かないところへ浮遊させて。
「む、だが」
「敵を倒すんじゃなくて、取り押さえるんだ。一人より二人、二人より三人の方が確率は高いはずです」
「……危険だぞ」
「わかってます。でも、やるって決めたんだ。だからあとは何も考えずに走るだけ――でしょう?」
「シ―ブック……」
「許してやれ、ジャミル。男がやると決めたんだ。中途半端な覚悟じゃないだろう」
「ドモンさん」
「だがシ―ブック。共に戦う以上は足を引っ張るんじゃないぞ」
「わかってます! そりゃ僕はお二人に比べりゃ未熟かもしれませんが、やれる事をやるだけです!」
「良い返事だ。では……行くぞ!」
そして、オーバーマンと二機のガンダムは戦場に舞い戻る。
ストライクフリーダムのドラグーンを、スレードゲルミルの斬艦刀がまとめて薙ぎ払った瞬間だった。
まずはデスティニーがビーム砲をぶつかり合う二機の中間へと撃ち込み、動きを止める。
「俺があのデカブツとやる! お前達はガンダムを頼む!」
「了解だ!」
「はい、わかりました!」
剣戟戦闘、つまりは近接戦ならドモンの土俵だ。
サイズの差をものともせずキングゲイナーは剣鬼へと向かって走る。
突然飛び込んできたキングゲイナーを前にスレードゲルミルの動きが止まる。
ドモンの視界の端で、ジャミルとシ―ブックがストライクフリーダムを追い立てるのが見える。分断は成功だ。
◆
「何だよお前! 邪魔すんな!」
「そうはいかん! 俺の名はドモン・カッシュ、ネオジャパンのガンダムファイターだ!
お前の名は何と言う!?」
「はぁ!?」
「ファイターが名乗ったのだ! 貴様も名乗るのが礼儀というもの!」
「知るかよ、どけぇ!」
「ふっ、踏む込みが足りん!」
横薙ぎに振るわれた斬艦刀を、回転しながら倒れ込んでかわすキングゲイナー。
直上を通りすぎる刃に合わせチェンガンを叩き付ける。
加速のベクトルを水平から斜めに逸らされ、斬艦刀が空へと吹き上げられた。
「う、嘘だろ!? こっちの腕の方が大きいのに!」
「もう一度言う……名乗れ、小僧!
それともお前は、自分の名前すら満足に言えない情けない男か!?
「うるさいな! 名乗れって言うなら名乗ってやるさ!
俺はシン・アスカ! ザフト軍ミネルバ隊所属のパイロットだよ、これでいいか!」
「シン・アスカ……では、シンよ! 改めて言おう。お前にガンダムファイトを申し込む!」
「が、ガンダムファイト?」
「そうだ! お前はあのガンダムに恨みがあるようだがな、その想いすらシャドウミラーの奴らに利用されているんだ!
冷静になれ、シン・アスカ! 濁った瞳では未来は見えはしないぞ!」
「うるさい! お前に何がわかる!」
斬艦刀を構え直し、頭上で激しく旋回させるスレードゲルミル。
瞬く間に体積を減らし、芯である日本刀の姿に戻る。
代わりに放たれるのは、液体金属の形状を固定するためのエネルギー。
「目の前にフリーダムがいるんだぞ、俺の家族を奪ったフリーダムが!
父さんを、母さんを……マユを殺して、ハイネまでやったんだ! なのに冷静になれだなんてなぁ……!」
シンの瞳にフラッシュバックするのは、過去――オーブを焼いたあの戦火から逃げ惑うあの日の記憶だ。
見上げた空を支配していたのは五機のモビルスーツ。
その内の一機――フリーダム。死を告げる天使。
「できる訳ないだろおおおっ!」
「むうっ!」
飛来する雷光を、キングゲイナーは踊るようにステップを踏んで避ける。
操るドモンは、しかし直撃を受けていないにも関わらず痛ましい表情を見せる。
「そうか、お前も家族を……。だが、それを聞いたら尚更俺はお前を止めねばならん!
怒りや憎しみに身を任せ戦っても何も得られん。ただ全てが零れ落ちていくだけだ。過去も、現在も、そして未来も!」
「知った風な事を言うな! アンタに俺の何がわかるって言うんだ!」
「わかる! 俺もお前と同じく、一度は復讐に全てを捧げた身だからだ!」
「え……!?」
顔面へ向けて飛んできた雷撃を、鈍い反応の左腕で握り潰す。
揺れるキングゲイナー。ドモンは心中で謝罪しつつ言葉を紡ぐ。
「かつて俺は母を失い、父を投獄され、ただ一人残った肉親である兄を無知ゆえの浅はかさで仇と追い求めた。
だが、違った。兄は俺の事をずっと見守っていてくれた。仇などではなかった!
俺の怒りと憎しみは利用されたのだ。全ての元凶でありながら俺を謀った男に!」
全ては浅はかだった己の弱さゆえ。
ドモンが抱える消えない棘――同じ道を、少年はそうと気付かずひた走っている。
だからこそ、止めねばならない。他の誰でもない、その痛みを知っているドモンこそが。
「俺はそれに気付かないまま無為に突き進み、俺を支えてくれた友や一番大切な人を傷つけてしまった……。
だからこそ、わかる! 今のお前はかつての俺なのだと!
置いて来た過去に囚われ、そこから一歩も前に進めちゃいないんだ!」
「過去に囚われてるだって……?」
シンの身体が震える。
あいつと同じ事を言う――偉そうに説教するくせに自分はあっさり撃墜された、あの口だけの隊長と!
「復讐は意味のない事だって、無駄だから止めろって……そう言うのかよ、アンタも!」
「無駄ではない!」
力強く否定される――いや、違った。
シンを、肯定している?
「そう、失った過去のために戦う事は決して無駄ではないさ!
過去に価値があるかどうか、それを決めるのは他の誰でもない、お前だからだ!」
そこから先は、記憶にある言葉とは違っていた。
頭ごなしに否定するのではなく、シンをある意味では認める言葉。
「だ……だったら!」
「だが、そのために未来まで犠牲にするのか!?
もう戻れない過去を取り戻すために、これから出会う全てを切り捨ててもいいと言うのか、シン!」
男の声には力があった。
シンの頑なな心に響く、燃え盛る炎のような熱さが。
「う……うるさい、黙れ黙れぇっ! 俺にはもう、戦う事しかできないんだ……戦う事を選んだんだ!」
わからない。何故自分はここまで動揺している? 敵の言葉に揺り動かされている?
それは、紛れもなくドモンがシンを『心配しているから』だ。敵であるシンを、たった今も戦っているはずの相手を。
舐められている――のではない。ドモンの声には一片の遊びもないのはシンにだってわかる。
「そうさ……俺は軍人だ! そんでフリーダムは戦場で好き勝手に暴れ回るザフトの敵だ!
だったら、だったら……! 戦うしかないだろ、俺はぁぁぁぁぁっ!」
「シン……!」
だが、もうこれ以上敵の言葉は聞かない。
シンの心を包み込もうとする、理解しようとする男の言葉など――!
スレードゲルミルの咆哮。
斬艦刀がその心情を映し出すように形成する、全てを砕くための刃。
キングゲイナーでは持ち上げる事すらできないような大剣を前にするドモンは、常ならば高揚する己の魂が悲しみで満ちている事を自覚する。
「弱かった自分、力無き無念、抗えなかった運命……己が許せないんだろう、シン。
本当に、お前は俺だ。お前の気持ち、俺には手に取るように分かる。
だが……だがな、シン!」
本当に、鏡を見ているようだとドモンは思う。
おそらくシュバルツは――兄、キョウジもまたドモンをこんな目で見ていたのだろう。
「憎しみの心で戦って勝利したところで、何も手に入れられはしない。残るのはただ空っぽになった自分だけだ。
俺には友がいたから、レインがいたからこそ、踏み留まれた。だから……!」
シンにも友はいるだろう。彼と共に歩き、時に道を正してくれる友が。
だが、今その人物はここにいない。ならばドモンが代わりを務めるまで。
そうする事が、ドモンを支えてくれた大切な人たちへ返せる、ただ一つの恩返し――!
「シン・アスカ!」
チェンガンを放り捨てるキングゲイナー。
武器など必要ない。魂を込めるこの拳一つあらば!
キング・オブ・ハートの紋章が光り輝く。ドモンの意志に応えるように。
「その怒りを、憎しみを、悲しみを! 全て俺が受け止めてやる!
お前を縛る悪夢を、一つ残らずここで吐き出していけ!」
「なっ……!」
シンは目を疑う。一瞬、キングゲイナーの身体が黄金の輝きに包まれたように見えたのだ。
「全力で来い、シン!
俺はお前の復讐を止めはせん。だが、心を憎しみで曇らせるな!
復讐を成した先に何があるのか、その手で何を守るのか、それを考えろ!」
「な、何を守るか……?」
「なるほどお前は強い。血の滲むような努力をしたのだろうな。しかしそれは悲しい力だ!
想いなき力……壊し、奪い、全てを薙ぎ払う力では何者をも守る事などできはしない!」
そしてそれは見間違えなどではなく。
キングゲイナーの『髪の毛』が逆立ち、放射される熱が風となって吹き抜ける。
キング・オブ・ハートの燃える魂が、キングゲイナーに注がれるガソリンとなって爆発する!
「俺がお前に見せてやる!
復讐のさらに先、曇りのない鏡の如く、静かに讃えた水の如き、わだかまりややましさのない澄んだ心――明鏡止水の境地を!
そしてお前もこのファイトの中で掴め! 自らが進むべき未来、お前だけの歪みなき想いと力を!」
『髪の毛』が広がる。
光を背負うその姿、まさにハイパーモード。
「キング・オブ・ハートの名に賭けて、シン・アスカ! お前の魂を、この一撃で浄化してみせるッ!」
「……くっそぉぉぉおおおおおおおっ!」
シンは言い返せる言葉を見つけられない。だからこそ、剣で応える。
駆け出す、二つの『王』。
「俺のこの手が真っ赤に燃える! 迷子を導けと轟き叫ぶッ!
行くぞッ! ばぁぁぁぁく熱……!」
灼熱、光輝、破邪の拳。
その名も名高き――
「ゴッドォォッ! フィンガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!」
神の指が、剣鬼が突き出した漆黒の刀と激突した。
拮抗は一瞬――刹那の瞬間蒸発した液体金属、真っ向から融け裂ける斬艦刀。
そしてキングゲイナーは止まらない。
「う、うわああああっ!」
輝く王の掌が剣鬼の頭部を鷲掴みにした。
ただのゴッドフィンガーではない。いくら最強のキング・オブ・ハートといえど、気合だけで腕から炎を発現させる事などできるはずがない。
そう、これはオーバーマン・キングゲイナーに元より備わっていた力。
キングゲイナーが備える「加速」のオーバースキルにより、分子運動を超高速でプラスの方向に加速した結果生まれた灼熱。
――オーバースキル『オーバーヒート』。
ドモン・カッシュの燃える魂――オーバーセンスが発現させたキングゲイナーの切り札。
初めて乗ったオーバーマン、モビルファイターとは全く違う操縦系統。いくらドモンでも本来のキングのようにキングゲイナーを扱う事は出来はしない。
だが、ただ一点。
心の温度とも言うべき正の感情、その爆発においてはドモンはキングに何ら劣るものではない。
何故なら、そう、ドモン・カッシュは!
宇宙に轟く一世一代の愛の告白を成し遂げた男なのだから!
この赤い瞳の少年の怒りが、悲しみが、ドモンには理解できてしまう。
このまま放っておいてはいけない、力とはどうあるべきか、それを伝えねばならない――救いたいという、紛れもない正義の想い。
その想いにキングゲイナーは応えた。
全てを凍りつかせるオーバーフリーズではなく、固く閉ざされた心の壁を融かし去るオーバーヒートとして。
同じくキングの称号を授かる男に、自らを委ねたのだ。
「どうした、シン! お前の怒りは、手に入れた力はこんなものか!」
「ぐうううっ!」
マシンセルの再生以上のスピードで、爆熱の爪は鬼神の命脈を絶たんと加熱する。
シンはその輝きに己の敗北を見る。
あれが炸裂した時、この苦しみから、痛みから、楽になれる――そして視界の中で、眼前の王に重なる、自由の翼。
光を湛える銃口をガンダム達に。いや、その先のシンに向けている。
家族を奪った、あの光を――俺に!
「――――――フリィィィィィダムゥゥゥゥゥッッ!」
最終更新:2010年02月21日 16:53