混浴上等 ◆f/BUilcOlo
しんしんと、雪の降り積もる光景。
衝撃のアルベルトはD-6エリア南部の街に引き返した。
雪崩に巻き込まれたせいでずぶ濡れになり冷え切った体を温めたかった。
無人の家屋に立ち入り、浴場を目指す。一刻も早く、熱い風呂に入りたい。
しかし、浴場は使えなくなっていた。水道管が凍り付いていた。シャワーも同じだ。
「な、なん、という、ことだ……」
あまりの寒さに舌が上手く回らない。
当てが外れた。だが使えないものは仕方が無い。
ストーブ、エアコン、こたつ、暖をとる方法は他にもある。何でも良いから早く温まりたい。
暖房器具はいずれも使用不能となっていた。どうやら電気が通っていないらしい。発電施設はあるだけで稼動していない。灯油も見つからない。
この街を調べ、ひどく前時代的な街並みだという印象を受けたが、流石に薪を使う程ではないようで、それも見つからない。
防寒具すらなかった。あるのは何故か夏場に着るような衣服、しかも女性や子供用のものばかり。
見つけた衣服に衝撃波で火花を散らせて火を点けてみた。
多少は暖かくなったが、すぐに燃え尽きた。というかどう見ても有害な真っ黒い煙が出てきたせいで家の中に居られなくなってしまった。
忌々しいことに火災対策は万全なようで、家そのものが燃え上がることは無かった。
その後、目に付いた家に手当たり次第に踏み込み調べたが、どこも同じ有様だった。
代わりの服すら見つからない。最後に入った家で毛布に包まり、ぬぅ、と唸るアルベルト。
動き回ったことで疲れが溜まってきた。普段ならばこの程度で疲弊などしない。予想以上に濡れた衣服に体力を奪われている。
先程この街を訪れたときは通信機の類を優先して探していたとはいえ、電話だけでなく他もよく調べておくべきだった。そうであれば無駄に体力を消耗することも……いや、いまさら言っても遅い。
寒さのせいか、誇り高きBF団十傑集が一人たる衝撃のアルベルトらしからぬ思考に侵されてしまった。
「…………ふぁ、」
あくびを噛み殺す。なんだか眠くなってきた。
こんなところで眠るわけにはいかない、今眠れば確実に凍死する。
ぼんやりとする頭を奮い立たせる。暖を取ることが出来ない以上、このまま街に留まっても益は無い。
積雪地帯さえ抜けてしまえば、少なくとも凍死することは無い。ここからなら東か南に真っ直ぐ進めばすぐだ。
即断、迅速に行動に移る。
間の悪いことに、ちょうどアルベルトが外に出た頃から天候が崩れだした。吹雪だ。
吹き付ける風と雪が容赦なく体温を奪っていく。滅茶苦茶寒い上に視界も最悪だ。
だからといっていまさら引き返しても意味は無い。戦う相手が吹雪から睡魔に変わるだけだ。
衝撃のアルベルトは進み続ける。ただひたすら、真っ直ぐ前へ。
■
D-6エリア、雪原。
そこに、藤原忍の遺したハイパービームサーベルを握り締めるガンダムX――カナード・パルスが、いた。
忍との戦いを征し、爆発による一時的な電波障害と雪煙に乗じてまんまと逃げ果せたアナベル・ガトー。
今すぐ追えば捕捉できるかもしれない。だが、奴が何処へ向かったのか、それが分からない。
機体の修理、弾薬・エネルギーの補給、何処かに身を隠す、或いは……
動きを絞り込めない。
まごまごしているうちに取り逃がす可能性は高まっていく。
地図を広げる。敵の動きが読めないのならば、それ以外に判断材料を求める。
カナードが手に持つ地図と機体に登録されている地図、両方が現在地付近に一つの点を示している。
補給を行えるポイントを示す点だ。D-6エリアにある山の中にそれがあるというわけだ。
山中を捜索しつつ、補給ポイントを目指す。
ガトーがいれば良し。ガトーでなくとも、補給をしに来た者を狙って潜伏している奴がいるかも知れない。
まだ機体のエネルギーに余裕はあるが、どのように補給を行う場所なのか把握しておくのも良いだろう。
そう考え、現在、カナードは山の中にいるのだが、
「これでは、奴を捜そうにも、……うっ!?」
堆く降り積もった雪に足をとられ、危うく転びかけた。
山の天気は、荒れに荒れていた。吹雪でほんの数十メートル先の視界すら確保できない。
進むたびに雪が深くなっていく。このままではいずれ完全に身動きが取れなくなる。
空を飛んで移動しようにも猛烈な勢いで吹き荒ぶ風に煽られ、とても制御が利かない。
いっそ天候が回復するまでじっとしているべきか、そう思い始めたとき、レーダーが何かを捉えた。
――ガトーか?
「……いや、違うな。かなり小さい……というか、これは……」
機体の反応ではない。これは、人間の反応だ。
こんな吹雪の中に、生身の人間が? 機体はどうした?
一人に一機、機動兵器を進呈するのではなかったのかあのワカメ頭め。
反応のするほうへ向かう。
先程から動きが見られない。ひょっとすると、まずいことになっているかもしれない。
雪を掻き分け進み、やがて、それらしい人影が見えた。
果して、そこには、いた。
積雪地帯を抜けるために真っ直ぐ歩いていた筈が吹雪で視界を塞がれたせいで盛大に方向を間違え山に逆戻りし、
それに気付いてまた引き返そうとしたが吹雪で二進も三進もいかなくなってしまった、衝撃のアルベルト、その人が。
信じがたいことに身体の半分近くが凍りついた状態でありながら、彼は生きていた。
「ちょ、ちょうど、良い、ところに、来た、な。わわ、悪い、が、手を、貸して、貰えん、かっ」
がちがちと歯を噛み鳴らしながら助けを求めてきた。
なんか割りと元気っぽくも見える。
ひょっとしてこちらを油断させて寝首を掻こうという魂胆なのではなかろうか。
「あ、安心、せい。ここで、き、貴様を、殺せば、困るのは、ワシの、ほうだだ……」
確かに、そうかも知れない。
上から見ているような物言いは気に食わないが、まあ良い。
文字通り、手を貸してやることにした。
カナードの操るガンダムXの手が伸び、アルベルトを掌の上に乗せる。
そしてそのまま移動を始めた。コックピットに乗せてやろうなどという気は更々無い。
仮に相手が強化服の類を身につけていれば、乗せた瞬間くびり殺されるかもしれない。
アルベルトもその辺りは理解しているらしく、何か言いたそうではあったが、文句は言わなかった。
■
とある世界の、とある時代の、とある戦場での話。
とある男性パイロットが敵軍の女性パイロットと共に雪山で遭難した。
凍死しそうだった男は女に救われたが、両手は凍傷にかかっていた。
その応急処置のため、出力を調整したビームサーベルで雪を溶かして湯を沸かし、手を温めた。
その後、出来上がった即席の露天風呂に二人で入ったりもした。
カナードがその話を知っているわけではないが、やったことはそれと同じだった。
周囲から目に付きづらく吹雪を避けられるところまで移動し、準備した。
ビームサーベルの出力を最弱に設定、雪を溶かし、露天風呂が完成。
そこに服を脱がせたアルベルトを放り込んだ。
そのまましばらく湯船に浸かっていると血行が良くなり、暗紫色に変色していた肌が消え、強張っていた皮膚も次第に元の軟らかさを取り戻した。
処置が早かったおかげで大事には至らなかったが、もし血管にまで障害が及んでいれば患部を切断しなければならないところだった。
漸くありつけた熱い風呂に満足気なアルベルト。
身体の動きを確かめるように腕や脚を伸ばし、曲げ、指を張り、閉じる。
アルベルトの身体に贅肉というものは存在しない。いや、存在し得ない。
至高にして究極、人類の限界の次元を軽く超越したその肉体に贅肉の入り込む余地などありはしない。
身体の表面を、水滴と汗が混じりあい、伝っていく。
その様が、逞しい胸板、見事に割れた腹筋、そして、鍛え抜かれた身体を支える両の脚に挟まれた、アルベルト自身を象徴する存在へのラインを顕にする。
地を駆け抜ける獣を思わせる野性的荒々しさ。知を体現し礼を尊ぶ貴族的優美さ。
一見矛盾するそれらが同居し調和を保つ、ある種、芸術的とすら言える姿態。
普段はきちんと整えられている髪は水気を帯びて崩れ、父の慈愛と漢の意地を秘めた瞳を覆い隠すように前髪が垂れ下がり、さり気無い色気を演出する。
心に浮かぶ、今は過ぎ去りし情景。盟友の仇であり、宿敵とも呼べる男との闘い。
未だ勝負は決していない。少なくとも、アルベルトの中では。
愁いを帯びる残された左の眼。
そっと眼を閉じ、空を仰ぐ。
心の奥底、自分自身の根幹たるその部分に刻み込む。
いずれ、全ての因縁に決着を付けることを。
固く、固く、誓った。
そんな光景を排気熱を利用してアルベルトの服を乾かしながら特に感じ入ることも無く機体のカメラ越しに眺めるカナード。
凍死しかけていた人間が無事助かった、それは本来喜ぶべきことだ。
だというのに、カナードの顔は晴れやかではない。
アルベルトの態度は、あまりにも余裕がありすぎる。
彼の首もとに嵌められたものを見れば、自分と同じ立場――命を握られ、殺しあうことを強要されているのが分かる。
最後の一人になるまで殺し合いを続けなければならない以上、基本的に自分以外は全て敵になる。この男もそれは理解している筈だ。
ましてこの男は銃もナイフも乗り込む機体も何も無い、丸腰の、生身の人間だ。
仮にカナードがヴィンデル・マウザーの言うままに殺し合う気でいたならば、こうして風呂で温まることも無く死んでいただろう。
いったい、この余裕はどこから来るのか。
「お前、俺に殺されるとは考えんのか」
「……風呂まで用意しておいて、今更だな」
アルベルトの背に向けて問いかける。
返ってきたのはどうにも腑に落ちない答え。
助けられたからといって無闇に他人を信用するような奴とは思えない。
疑念は拭い去れない。
そう考え込んでいると、そこへ、
「貴様に、ワシは殺せんよ」
何でもないといった調子で投げかけられた、アルベルトの言葉。
咄嗟に、意味を受け取り損ねた。
――奴は、今、何と言った?
頭の中で言葉を反芻する。
意味を理解し、体中の血が沸騰するような感覚に襲われた。
衝動的に動きかけ、自制した。
そのとき、ひどくゆったりとした動作で、アルベルトがこちらに顔を向けた。
カメラ越しに目が合った。
鋭い眼光――睨まれただけで心臓を鷲掴みにされるような尋常でない圧迫感を感じた。
背を冷たい汗が流れていった。
アルベルトは、唇の端を吊り上げ、ただ微笑んでいる。
その裏に、立ち塞がるもの全てを喰らい尽くさんばかりの、獰猛な笑みを見た。
この男は例え丸裸の状態でモビルスーツに襲われたとしても生き残って見せるだろう。
そう考えさせるだけの、圧倒的な気迫を持っていた。
「そうだな……十分に、温まらせてもらったところだ。最早、貴様は用済みだな」
「何……?」
「どれ、そろそろ、本格的に殺し合うとしようか」
完全に敵意を剥き出しにした言動。
アルベルトが立ち上がる。
堂々と、正面から向かってくる。
明らかに無手、明らかに生身、明らかに無防備。
にも拘らず、周囲の気温が一気に下がったように感じた。
それ程の殺気が発散されていた。
「……気に入らんな」
カナードの口から、自然とそんな言葉が零れていた。
その呟きを機体のマイクが正確に拾い、外部スピーカーを震わせた。
それを聞いたアルベルトは、面白いものでも見るような顔をしている。
「何がだ?」
「貴様の、その態度だ」
今ここでガンダムXに乗ったカナードと真正面から戦おうとも自分が死ぬことは無いと、むしろ勝てると確信しきっている。
己の強さを信じて疑わない、その態度。
それはある意味で尊敬に値するものだ。
だが――
見縊られている。侮られている。甘く見られている。舐められている。馬鹿にされている。見下されている。軽んじられている。
このカナード・パルスの力が、衝撃のアルベルトには拮抗し得ないと、決め付けられている。
それは、到底、容認し得るものではない。
「ならば、どうする?」
「決まっている」
なおも悠然とした態度を崩さないアルベルトへ、真っ直ぐ言葉をぶつける。
コックピットを開け放ち、その身を外気に晒した。
そして――
「俺も、風呂に入るっ!」
勢い良く、服を脱ぎ捨てた。
一糸纏わぬ姿。
カナードの身体もまた、よく鍛えられている。
アルベルトに比べると細身に見えるが、それは必要とする筋肉の違いの表れだ。
モビルスーツを駆り、かつては特務兵として、現在は傭兵として戦っている。
そこに求められるのは腕力よりも柔軟性――スムーズに機体を操るしなやかさだ。
といって必要以上に肉を削げば、それはただ脆いだけ。バランスが重要だ。
それを満たす肉体をカナードは持っている。
スーパーコーディネーターを生み出す過程で誕生したカナードは、失敗作の烙印を押されたとはいえ、その身体能力・反射神経は常人の域に止まらない。
だがこの肉体は決して生まれ付いてのものだけではなく、カナード自身の努力の結晶だ。
自分自身で研鑽を積み、力を身に付けたという事実。それが誇りでもある。
風に煽られ、長く伸びた艶やかな髪が揺れる。
己の存在を確固たるものとすべく戦い続けた日々。
人と隔たりを作り、殻に閉じこもっていた心。
それを破ろうとせず、そっと、優しくすべてを包み込んだ少年。
運命の子、勇敢なる者――プレア・レヴェリー。
人と人は想いの力で繋がっていると彼は言った。
成功体にもなれず、生きる価値を見出せず、戦うことしか出来ないこの自分に、一人ではないと、言ってくれた。
彼の命に報いたい。
彼の遺志を失わせはしない。
その想いが、今のカナードの道を形作る。
カナードが湯船に飛び込む。
盛大に飛沫が上がり、アルベルトが顔をしかめる。
「男と男、裸で語り合うぞっ!!
俺は、殺し合いなど認めん! 殺し合いに乗る連中も! あのシャドウミラーという連中も!
俺が! 徹底的に叩き潰してやるっ! それが俺の意志だっ!!
さあ、お前も語れ! お前は何故殺し合う! 理由如何によっては、俺がこの場でお前を叩き潰すっ!!」
これが正しい行いかは分からない。ひょっとしたら間違っているかもしれない。
だが、生身の人間を相手にモビルスーツで闘えるわけが無い。
どんなに強い人間であっても、戦いになる筈が無い。
それは、ただの虐殺だ。
それは絶対にやってはならないことだ。
だから語り合う。裸の心を曝け出して。
視界の隅で、プレアの幻影が、頭を抱えながらも微笑んでくれている気がした。
「…………くっ、」
アルベルトが身を傾けた。
どうした、と声をかけた。
そこへ、衝撃のアルベルトの、大きな大きな笑い声が、響き渡った。
「な、何を笑っているっ」
何か、妙に恥ずかしい気分になってきた。
湯に漬かっているせいもあってか、頬が紅潮してきた。
「いや、すまんな、ははっ、あまりにも、虚を衝かれたと言うか、予想外でな。
はぁ、さっきのは、ただの冗談だ。貴様をここで殺すつもりは無い。ふっ、ははっ」
笑いを堪えながら、アルベルトが言った。
とても冗談とは思えない殺気を放っていた筈が、それも今は消えていた。
だが、カナードは油断しなかった。
「……あくまで、ここだけの話だがな」
すうっ、と笑みが消えさり、アルベルトが跳躍した。
とても人間業ではない高さ。一息でガンダムXの頭頂部まで跳び上がった。
てっきり自分に向かってくるものと思い身構えたカナードが、その人間離れした身体能力に唖然となる。
「風呂の礼だ。今は見逃してやる。
貴様があのシャドウミラーとやらの打倒を志すのであれば、静かなる中条という男に会うが良い!
ただし、あの男の側に立つということは即ち、十傑集が一人、この衝撃のアルベルトを敵に回すということだ!!」
アルベルトの放つ言葉の一つ一つが強烈なプレッシャーとなり、身体を、精神を打ち据える。
カナードは、アルベルトへの認識を誤っていたことを悟った。
この男は、丸裸の状態でモビルスーツに襲われたとして、生き残れるのではない、
この男は、丸裸の状態でモビルスーツと真正面から正々堂々と闘おうと、勝てるのだ。
何の装備も無く、その身一つで、数十メートルの巨体を誇る兵器を、正面から叩き潰せるのだ。
それを成し得る圧倒的な実力を持つ者。
それが十傑集。それが衝撃のアルベルト。
それは、決して敵に回してはいけない存在だった。
「良い湯加減であった。貴様もゆっくり温まっていけ。
では――さらばだ、カナード・パルスよ! はぁっ!」
足の裏から衝撃波を噴出し、生乾きの服を脇に抱え何処かへ飛び去って行く衝撃のアルベルト。
カナードは、自分のこれまでの人生で築いてきた常識が木っ端微塵に吹き飛ぶ程の衝撃を受けながら、呆然と、その光景を眺めていた。
いつの間にか吹雪は止んでいた。
カナードの心は、晴れなかった。
【衝撃のアルベルト 搭乗機体:なし
パイロット状態:全裸 ほっかほか
現在地:D-6 山中
第1行動方針:服を着る
第2行動方針:他の参加者及び静かなる中条の抹殺
最終行動方針:シャドウミラーの壊滅
備考:サニーとのテレパシーは途絶えています】
【カナード・パルス 搭乗機体:ガンダムXディバイダー(機動新世紀ガンダムX)
パイロット状況:全裸
機体状況:EN消費(小)、ハイパービームサーベル所持、ビームソード一本破損
現在位置:D-6 山中
第1行動方針:服を着る
第2行動方針:ガトーを倒す。アポロを叩きのめしダンクーガを奪い返す。アルベルトを追う?
第3行動方針:シャドウミラー打倒の方法を探す
最終行動方針:ヴィンデル及びシャドウミラーを徹底的に叩き潰す】
【一日目 10:00】
最終更新:2010年01月24日 19:20