ブレードのランサーが唸る時、また家族が死ぬ!  ◆yf/Zd4QyoM



「早く逃げてくれ隊長!!」

ディアッカの声にはいつもの平静は無く、酷く興奮している。
眼前にいる白い悪魔、テッカマンブレードは何も言わず近づいてくるのみ。
ディアッカと比べると落ちつきすぎているぐらいで不気味だ。

「あいつを殺せないなら早く逃げてくれ!!」
「どうしたんですか!?私はあの人の妹です!」

ミユキが前に乗り出し、そう言うとディアッカは褐色の顔に恐怖を浮かべる。
だがすぐに語気を強めて言い返した。

「あいつが襲ってきてジュドーを殺したんだよ!こっちはなにもしてないのに!!」
「なんですって!!」

ジュドーとは彼の仲間のことであり、また彼が嘘を吐いてはいないとはすぐに分かった。
しかし自分の知る兄が人を殺したとは思えなかった、ラダムではなく人を。

「はやくしてくれ!!奴はこんなのよりデカイ奴でも倒したんだよ!」

ついにディアッカはヒステリックに喚いた。しかし時既に遅し、ターンAはテッカマンブレードからに逃げられそうには無い。


クルーゼには言葉でディアッカを落ち着かせる暇は無かった。というよりも二人の会話などほとんど耳には入っていなかった。
モビルスーツごしにでも伝わる、隠そうともせず獣のようにまきちらし続ける殺気。
ミユキから聞いていた外見的な特徴は多少の差異はあれど確かに合致した。
しかしこれほどの、キラヤマトを相手にした時ですら感じることはなかった凶悪さを感じとれば、
それまでの道程に考えていた妹想いの優しい兄を利用する、などという愚かな目論見は潰えた。
しかもこの者は,テッカマンとしては不完全体であったと聞いた。
ならば少なくともこれ以上のテッカマン、あと2体の完全体がここにいるということになる。
なるほど、予想以上にこのゲームで勝つことは難しいというわけだ。

とクルーゼがこのゲームで優勝することの難しさを実感したとき、ブレードはターンAに対して直線的に向かってきた。
それに反応してクルーゼの思考は、なにをするよりもまずディアッカの入った球をどうにかせねばならないという点に行き着いた。
考える時間は無い。多少の距離はあるが、我々とテッカマンブレードの距離はすぐにゼロになってしまうだろう。
ならばどうする。どうすればディアッカを救い、かつこの場を切り抜けられるか。
クルーゼの意識はミユキへと向かう。間違いなくあの者に対処するためにはこの少女がキーとなる。
ではディアッカは?足手まといをかばいながら対応するか?相手の技量が低いならばともかく、あれほどのものを相手には不可能だ。

「しかたがない…ディアッカ!」
「はい!?」
「いくら私でも君をかばいながらあの者に対応することはできない。よって…投げさせてもらう!!!ショックに備えたまえ!!!」
「えっ!隊長ぉぉ!!!!!」

ディアッカの表情は更なる驚愕で歪む。
クルーゼは彼が何を考えているのか分かった。また投げられるのかと。
しかしクルーゼはディアッカの抗議の声には耳を貸さずにターンAで野球選手さながら
腕を振りかぶり全力で白い球体をテッカマンブレードとは反対の方向にその右腕で投じた。
事がうまく行けばすぐに迎えに行くと心中で伝えながら。
そしてターンAガンダムをテッカマンブレードに向けた。




ミユキから聞いていたボルテッカを一度放ったテッカマンは無力であるという情報は全く役に立たない、とその動きを見て思う。
向かい合ったはいいものの、獲物を見つけた獣は疲労を感じさせず、間違いなく脅威であった。
だがその空中からの急接近を阻む手だては、ほとんど残されていない。
ビームライフルなどはジロンに渡していて、碌な牽制の手段すら無いからである。

クルーゼは思わず下唇をかむ。

あの時、譲渡は地図や食料までにしておけばと考えながら、秘匿していたビームドライブユニットを前方に放つ。
空中へと拡散された赤いビームの奔流は、しかしテッカマンを捉えることは無い。
無い物ねだりをしている場合ではないとクルーゼは考え、そして背部のシールドを左手で取り出した。
次の瞬間、そのシールドをテックランサーが叩く。

どうにかコクピットへの一撃を押さえたものの、その小柄な体に似合わぬ力。確かにディアッカが言ったことは嘘ではないようだ。

ターンAがブレードの攻撃をシールドで抑えた瞬間を狙い、右の手刀を振り下ろしたが、ブレードは軽く後ろに動いただけで難なくかわしてしまった。
ターンAは十分な勢いで振り下ろしたため体が流れてしまったが、その勢いは殺さずに更に手刀で追撃をしかける。
しかしそれはブレードの両刃のテックランサーで受け止められてしまった。
クルーゼがターンAの出力を上げ押し切ろうとすると、ブレードはターンAから安全圏である高さまで飛び距離をとった。
そしてテックランサーを投じるがターンAはそれを手刀で弾く。
ブレードの攻撃がまるで決着を急いでいるかのようにコクピット一辺倒であるため、クルーゼならば弾くことは容易であった
しかし当のクルーゼはやられたままでは気がすまず、機体の状況を確認する。


(ターンAは悪くない。よく動けているし、テッカマンとも渡り合えている。ならば隙を見つけてどうにかしたい。
幸い、むこうの焦りは手に取るように分かる。技を出し惜しみし、簡単に殺そうとしているせいで動きは粗くなっている。尻尾を出すのも遅くは無いだろう)


クルーゼの分析は正しかった。
ブレードはこれまで戦い続けた。バイオトリケラ、ステルバー、ライディーン。
いずれにもブラスターボルテッカを放ってきたが、本来、ライディーンには放つ予定は無かった。
だがディアッカを逃がし、粘り続けたライディーンを完全に葬るにはブラスターボルテッカが不可欠だった。
ブレードからすれば逃がしたラダムを早く追って殺すために撃たざるを得なかったのだから。
その結果、ブレードには多大な負荷がかかり、本人が予想した通り、思ったように動けなくなっていた。
しかしそのような状態でも憎きラダムを前にして引くに引けないブレードの事情が彼の焦りにつながっていた。
ジュドーの無駄かと思われた粘りは本人が死んだ後になってようやく形となって表れたといえる。

そしてブレードが集中力を欠いた行動をとったのもその直後であった。
ブレードがテックランサーを取り戻すためテックシールドよりワイヤーを出し引こうとするが、
ワイヤーがランサーに届く前にターンAがワイヤーを掴み引っ張る。
ブレードは少なからず驚いていた。敵からすれば糸のように極細のワイヤーを掴まれるなどありえないはずだった。
ターンAがワイヤーを掴めたことは奇跡に近かったが、その原因はブレードにもあった。
普段のブレードならば自身とランサーの間に、しかもランサーの近くに敵がいる時にワイヤーを伸ばしたりはしない。
疲労のせいで動きのみならず精神的にも問題がきたしていた。
ブレードがそれを無視し力任せにテックワイヤーを自分のほうに引き戻そうとするのに合わせてクルーゼはタイミングよくワイヤーを離した。

「ミユキ君、少々揺れるぞ」
「っ!」

返事は聞いていなかった。
ブレードはクルーゼがワイヤーを離した瞬間に、力任せに引っ張ってしまったせいで空中でバランスを崩していた。
クルーゼは脚部のバーニアを噴射、ブレードがいる空中へと大ジャンプをした。
今度は装備の無さから後手に回っていた自分から攻めてブレードに手刀を放とうとしたのだ
普通はそんな無謀なことはできない。空中においてはターンAよりもブレードの方が明らかに優勢。
ブレードがバランスを崩したのは一瞬であったし、その一瞬でブレードに接近し手刀を叩きこもうなどと普通のMSではできないことであった。
そもそも可能であったとしても、失敗したときのリスクを考えてしまえば決断することすらできないだろう。

だがターンAは過去にウォドムと交戦した際にミサイルをハンマーで防いだ次の瞬間に大跳躍をしたこともあり、
クルーゼのブレードへ接近するための跳躍も不可能ではなかった。
それに一般人が無謀だと思ったとしても交戦している当のクルーゼは違う。
今この瞬間こそがこのテッカマンにまともに攻撃を与えられる唯一の隙である、と先ほどのテッカマンとの短い戦いで確かにそれが分かった。
この機を逃せば後でどんな地獄が待ち受けるか。クルーゼには想像もしたくないのだ。

跳躍したターンAはブレードと肉薄した。
立て直すことに気を取られていたブレードが急接近に気づいたが遅い。
ブレードの体はターンAの手刀をまともに受けてしまい、地に叩き落された。
それによって巻き起こる砂塵。ようやくミユキ君と話す余裕ぐらいは作れたようだ、とクルーゼは深く息を吐いた。

「激しく動いてしまってすまなかったね、ミユキ君。大丈夫かね?」
「私は大丈夫です。それよりクルーゼさん!!」
「ああ…君の兄君は激しめのスキンシップを好むようだね。…こちらとしては遠慮したいんだが」


砂塵のほうを見て思う。
手刀は確かに奴にクリーンヒットした。ターンAとブレードとの大きさは約10倍違う。少なからずダメージを与えたはずだ。
だが決して安心してはいけない。彼をわれわれの常識で図ってはいけないのだ。
今はこうして見下す形となっているが、下手をすればそれは逆であったに違いない。
できることならば今すぐにでも彼に向けてビームドライブユニットを放ちたいところだった、ミユキがいるせいでそれはできずにいるが。
それにしてもあの時はああしたものの、武装を取り上げられ、加えてコクピットが剥き出しになっているターンAでは、
本来接近戦を挑むべきでは無かったのだ。この結果は本当に相手に助けられたものであった。
クルーゼはそのようにこの戦いを結論付けた。


しかし戦いはまだ終わってはいなかった。




全身が痛くて痛くて、言うことを聞いてくれない
体は重いし辛い。
それに今、俺は一人だ
一人は嫌だ
昔から皆と一緒にいるのが好きで、いつも誰かと一緒だった
寂しい
もうやめたい
もういいじゃないか
俺は頑張ったんだ
ラダムを倒して倒して、倒し続けて
そろそろ休んだっていいじゃないか、誰も俺を責められない
家族を殺さなきゃいけない俺が一番辛いんだから

…でもここで俺がラダムを倒さなければ皆はどうなる?
まだテッカマンを全員倒していないのに、俺がここで死んだら家族である皆を誰が救ってやるんだ?
いや,そもそも家族でない赤の他人が皆を殺したところでそれは救いにはならないんだ
俺が殺さなきゃきっと皆は救われない
兄さんだって妹だって弟だってきっとまだ苦しんでいるんだ
こんなことぐらいで…こんなことぐらいで…






ブレードはテックランサーを杖代わりに立ち上がった。
戦意が失われていないことを表すかのようにブラスター化は解かれていなかった。


予想していたとはいえ私は驚いていた。
あの一撃で戦意を削げたと思っていたが…
まだ戦う気とは何ということだ。もしも接近戦になってしまえば先ほどの手は使えまい。

「ミユキ君、彼にビームを放つ。いいね?」
「待ってください!いま、いまそんなことをしたら…」

ミユキが言おうとしていることは分かる。
今、ビームを放てば確実に相羽タカヤは死ぬだろう。
それをミユキに聞いてしまったのは失敗だった。
聞かずに撃ってしまえばよかったのだ。いつもの私ならばそうしていたはずだ。私もまた少し焦っていた。

「先ほどはうまくいったからいいものの、次もまた彼を倒せるとは限らないのだ。私が彼を逃せば、更なる被害が生まれてしまうかもしれない」
「でも!」
「彼が今、どんな状態にあるか。それが分からんキミではあるまい」

ミユキにそう言っても聞き入れようとしない。
当然だ。普通、兄が殺されようとしているのを黙ってみているはずも無い。
ならばミユキに話をさせてみるか。私はそれも悪くないと思っていた。
もし運良く彼が彼女に説得され仲間になってくれるのであればそれでも構わないし、そうならなかったとしても…
幸い、機体には私と彼女の会話が録音されている。
これを聞けば彼女の兄の状態がおかしい事は容易に汲み取れるだろうし、
最悪、彼女の身にどういった不幸が訪れようと、私は責任を回避できるだろう。
彼女をあずかっているということを考えれば、
下手をすればジロンの信頼を失うかもしれないが、兄との対話を彼女自身が望んだならば?
ジロンは止めようとし続けた私を責めることはできまい。
あの男はミユキの兄への想いを私以上によく知っているはずなのだから。
それに彼一人に嫌われようと、あの時点ではミストは自分を信頼していた。
探していたディアッカという駒も、酷く衰弱した状態ではあるが見つけた。
ミユキを捨て彼らに会ったとしても、いざとなればどうにでもなると思う。
だが話をさせるにしてもそれを切り出すのは私からではなく――――――――

「だったらクルーゼさん、行かせてください!!」

おや

「しかし、君が出たとしても彼が収まるとは思えない」
「私は同じテッカマンですから、きっとなんとかできると思います」

だ、駄目だ。まだ笑うな…

「だがね、私はジロン君に君を任せられているんだ。そんな根拠も無い理由で君を簡単に」
「いまお兄ちゃんは危険な状態なんです!!私が行かないと!」

こらえるんだ…、し…しかし…

「…分かったよ。君の兄を想う気持ちには負けた。恐らく彼とて傷は浅くないはずだ。
だが私も同伴する。彼が君を襲うならば…。それが条件だ。いいかね?」
「いえ…私がお兄ちゃんを引き付けるのでクルーゼさんは先程の方を!」


本当にミユキに付いていこうと思い、言ったわけではない。
予想通り、優しいミユキが私をこの場に留めておくはずは無かった。
ディアッカは確かに見ようによっては危険な状態であったし、放置しておけば誰かに何もできずに殺されてしまうかもしれない。
そう長く待たせてはおけないと彼女も思ったのだ。

「仕方が無いな…。部下のことで迷惑をかけてすまない」
「そんな…謝らないでください」
「口惜しいが分かった、ディアッカと機体のことは任せてくれ。君の兄君とて疲労困憊。
恐らく逃げようと思えば逃げられるはずだ。危ないと思えばすぐに逃げなさい。合流は…」
「雪原の市街地で大丈夫です。絶対にお兄ちゃんを連れて行きますから」
「ああ、救えるよう頑張ってくれたまえ」

こうして私はテッカマンブレードから離れる口実を得た。
極限状態で小芝居を打つのもなかなか大変なものだ。
彼女はどうやら本気で兄を説得するつもりらしい。
…若さとは恐ろしいものだ。


最初は漠然とした夢だった。
お兄ちゃんからにじみ出る憎悪のほとばしりを感じたのは。
あの時、私はあのお兄ちゃんがそれを人に向けているなどとは思いもしなかった。
でも、それが今では私たちに向けられている。
いざ、お兄ちゃんの前に立つと決意は揺らいでしまい、視線を右手に逸らしてしまう。
右手には本来の私の赤色のテッククリスタルではなく、お兄ちゃんの緑色のテッククリスタル。
これはお兄ちゃんと出会うまでは使うつもりなんて無かった。
その輝きを見ているとジロンさんの顔が浮かんだ。
太陽みたいに明るくて、純粋で、輝いていてクリスタルを託そうとしたのに拒否して、ついには売っ払うとか言ったあの人。
でも生きることを諦めかけていた私を励ましてくれて自分で届けろと言ってくれたあの人。
そして手伝ってくれた、おせっかいなあの人。
この殺し合いの地で、最初の人間にやられてしまった後にあの人に会えてよかったと胸を張って言える。
今はここにいないけど、それでも言葉通りわたしの奥の部分で付き合っていてくれていると感じる。
覚悟は――――――――決めた。

「テックセッタァァーーーーーーーー!!!!!!!!!」

ミユキがターンAのコクピットを飛び出て空中で右手を掲げ、叫ぶと朱色のローブは弾け肢体があらわになる。
16歳という年齢に似合わず発達した胸。芸術品のように繊細かつ穢れを知らぬ白さ。
儚げな美しさを持つ姿はまさに美の化身というべきだ。それをクルーゼの赤いサングラスは映し出した。
ピンク色の光に包まれ、腕から徐々に侵食されていき、すぐに体全体が侵食されていく。そして胸を侵食し、最後に顔が仮面に包まれた。
ピンク色の光がかき消されたとき、そこにいたのは朱色と白色からなるテッカマン、テッカマンレイピア。
いまここに、テッカマン同士、兄と妹が直に対面した。


     ◆
「テッカマン…」
やっと逢えた。宇宙からの侵略者、ラダムの生体兵器。
ラダムによって犯された物。
家族の仇。親しき者の仇。


―――――――――――家族よ


「テッカマンンンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!!!!」

こいつが3体のうちの誰なのか―――――――分からない。
こいつは俺にとって何なのか―――――――分からない。
こいつの俺との思い出とはどういったものか―――――――分からない。
こいつに対して俺がするべきことは何か――――わかる

ターンAによって痛めつけられてしまったブレードではあったが、レイピアを見つけるとまるで息を吹き返したかのように声を上げた。
ターンAに対して反撃をしかけようとしていたブレードは狙いを変え、レイピアを優先する。
レイピアもそれを察すると、クルーゼたちを危険に晒すことはできなかったので、空を飛びクルーゼたちから距離を取る。
その隙にクルーゼはディアッカを迎えにいった。
ブレードは、驚いたことにレイピアにもクルーゼに対しても何もせず付いてきていた。
彼はなによりもまずテッカマンとの戦いを重要視しており、横槍が入る心配がない状況は好ましかった。
そしてブレードが何もしなかった理由としては、正々堂々とテッカマンを打ち破りたかったこと。
これに尽きる。背後から撃つなどと、そんなことをして恨みが晴れるわけが無い。
加えて先ほどの交戦から、ヒゲのラダムが消えてくれるというならば余計なことをしなくても良いと思ったのだ。
もっとも消えたからといって攻撃される可能性が消えるわけではないのだが…ブレードはそこまでは考えなかった。



十分な距離をとった後、ミユキが口を開いた。

「タカヤお兄ちゃん!」
「貴様に兄と言われる筋合いはない!」

馴れ馴れしいテッカマンめ。と心の中で毒づくもこの声はどこか懐かしい、とブレードは思った。
そのようなことを考えられる余裕がブレードにあったのは、すぐに力の差を見極めたからだ。
強敵との戦いを重ねて、ブラスター化までしているブレードと、それまで戦闘を全くこなしておらずブラスター化もしていないレイピア。
例えブレードが満身創痍であったとしてもその差は歴然。
だが本命を前にしたブレードは、冷静であろうと努めた。
十中八九勝てるだろうが相手はテッカマン。何をするかは分からない。
敵がいい加減な言葉を弄するというなら真っ向から否定する。
それがブレードの選択だった。

「私よ、妹のミユキよ!」
「違う、俺の妹の名前はミユ…」

俺は何を口走ろうとしているんだ。
俺の妹がこんなテッカマンが言う名前であるはずがない。
では妹の名前は?分からない。さっきの名前は?でも違うに決まってる。

言葉に詰まり、かえって心を乱されることになったブレードはそれを無視する。

「そんなことはどうでもいい!俺の妹なら、なぜラダムと一緒にいるんだ!あいつはラダムから拒否されたというのに!!!!!!」
「なぜそれを!?それより何を言ってるの!?ラダムなんてどこにもいないわ!!」
「とぼけるな!」
「あの人たちは人間よ!!」
「ふざけろおおおぉ!!」

激昂のままにテッカマンブレードは装甲を変形させる。
このテッカマンには見覚えがあった。
はっきりとは言えないがこいつは過去に死んだような気がしたのだ。
ならばなぜ眼前に立っているのか?
単純な話だ。
俺を殺すために地獄から蘇ってきたのだ。
そのような者が話す事などまやかしに決まっている。
話していても埒があかない。無闇にこちらを混乱させようとしているだけだ。
そもそも憎き敵を前にして冷静に話そうなどと土台無理な話だった。

消失していた過去を口走ったことにも気づかぬまま、ブレードは制限速度など存在しないかのように加速し続ける。
疲労など微塵も感じさせなかった。


クラッシュイントルード


フェルミオン粒子を放ちながら加速、彼は一撃で決めることにした。
最終的には残り2体のテッカマンの居どころを聞かなければならないため、ボルテッカで消滅させる訳にもいかず、
またこれまでに連発したことによる疲労によって先ほどの戦いでは不覚をとってしまったことを考えれば長期戦は不利。
なにより疲労を考慮してもなお生け捕りが可能であると思える力の差がある。

そもそも2体のテッカマン、ブレードとレイピアはタイプが違う。
ブレードは強襲突撃型、レイピアは諜報索敵型に分けることができる。
何がいいたいかというと、つまり相性という点から見ても最悪。。

戦意たぎるブレードに対しレイピア、ミユキは自衛のためにテックランサーを構える以外、何もできない。
戦いを知らぬミユキにも、既に自分ではテッカマンへ憎しみを燃やすブレードに傷ひとつ与えられないことはわかっている。
なにより兄に矛先を向けるなどと考えたくは無かった。

「お兄ちゃんは騙されているのよ!シャドウミラーに!」
「黙れぇ!妹の振りをするなあぁ!」

兄とは会話にならない。ずっと前から。。
テッカマンへの態度は紛れもなく兄。
しかし兄の言動からしてまるで記憶を無くし目に映る全てがラダムに見えているように改造でもされたかのような―――――――――


決着は一瞬であった。
ブレードの充分な速さと共に繰り出されたテックランサーがレイピアの胸部装甲を切り裂いたのだ。
反応すらできず、レイピアは重力に身を任せ力なく地へと落ちてしまう。
なにもできずにひれ伏すレイピアの前にブレードが立っていた。何かをするわけでもなくただレイピアの状態を観察するのみ。
その瞳はミユキには紅く染まっているように思え、そして意識を手放してしまった。


あれほど求めていたというのになんと他愛無い。

ブレードにとって気にくわないことは終始無抵抗であったことだ。
レイピアが胸部を裂かれ空中より地に堕された際に、
目の前にあったテックランサーに手を伸ばそうともしなかったことは特にブレードの気に障った。
ブレードはレイピアを戦闘不能に追い込んだ後、
その小さな体を抱えて近くの洞窟へと連れていった、邪魔が入らぬように。
洞窟の最奥部へと連れていくと、テッカマンレイピアを磔にする。
ブレード自身の両刃のテックランサーを分け、レイピアの両手首に突き刺し壁に固定する。
刺すたびにレイピアは悲鳴を上げた。

尋問など慣れてはいなかったがそんな悠長なことは言ってはいられない。この地にいるテッカマンを一刻も速く根絶やしにしてやらねば

「起きろ」

その言葉と共に生け捕りにしたテッカマンを殴る。
反応がなかったので続けて三度殴るとようやく眼を覚ました。

「答えろ。他のテッカマンはどこだ?どこにいる?」
「タ、タカヤお兄ちゃん」

答えなかったので腹部に拳骨を一度叩き込む。
加減したものの、想像以上にこのテッカマンは痛がっていた。

「答えろ、他のテッカマンはどこだ、どこにいる?」
「し、知らないわ」

今度は右腕をレイピアのテックランサーで切りつけた。
こいつは知らぬ存ぜぬで通せると思っているのだろうか?ならば恐怖を植え付けてやらねば。
だが俺が言葉を紡ぐ前に目の前のテッカマンは言った。

「お兄ちゃんはやり直せるわ。だから元に戻って」
「俺は正常だ 貴様らに皆を奪われ、ちゃんと復讐してやろうと考える只の人間だ」
「お兄ちゃんは人を殺すような人じゃない!あなたは誰なの?ねぇ?」
「黙れぇ!」

今度は左腕を切りつけた。
こいつはこの期に及んでもまだ家族の振りをする。
恐怖で怯えぬこいつの目は嫌なものであった。
このテッカマンが俺を本気で案じていると錯覚すらする。


―――――――――まるで本当に俺が間違っているのではないかと


やめろ、考えるな。
間違っているはずがない。
例え自分が何者であろうとラダムへの憎しみに身を焦がし続けたのだ。
この想いが間違えであってたまるものか。

「本当に言うつもりは無いのだな…」
「お兄ちゃん…お兄ちゃん…」

泣き声でうわ言のようにお兄ちゃんと繰り返す、このテッカマンにはいい加減うんざりしてきた。
力で劣るからといって大切な家族をダシにして精神攻撃を繰り返すこのテッカマンは本当に憎たらしい。

「楽になりたいだろう」

ブレードは今度は手加減をせず、本気で胸部装甲をエックス字に切りつけた。
再び、絶叫を上げるレイピア。
ブレードはレイピアから離れ、荒い使い方をしたことによってひしゃげたテックランサーを放り捨てた。

この感触。間違いなく致命傷だ。現に目の前のテッカマンは既に虫の息。すぐに死ぬ。
ならばこいつが止めを刺されず徐々に死んでいく過程を見ているのも悪くは無いかもしれない。
自分のテックランサーを抜くのはその後でも遅くはない。
俺は今きっと唇を笑みに歪めているんだろうな、ラダムの尖兵を倒したんだから。
それにしても時間の無駄だった。
精神的に揺さぶられた挙句、口を割らせることもできず他のテッカマンの居所すら分からないまま。
仕方が無い、少し休憩した後、今後も殺し続けるしかないだろう。
ラダムの骸を築きあげ、再びテッカマンと巡り合うのを待つしか――――――何ィ!!!!!!!!!!!

ブレードが今後の方針に気をとられているうちに、その背後で瀕死状態のテッカマンレイピアはピンク色の光に包まれていた。
それはテッカマン専用の必殺技、ボルテッカの前触れ。

しまった。全く抵抗もされず一方的であったため、あろうことか慢心していた。
奴とてやはりテッカマン。息の根を止めず、放置しておくなどと馬鹿なことをしてしまった。
俺のテックランサーは奴の手首に、あいつのテックランサーは――――――くそっ、使えない
ならばボルテッカで――――――――

遅かった。
ブレードは為す術も無くレイピアの放つ圧倒的エネルギーの渦に飲み込まれてしまった。

お兄ちゃんが苦しんでいるということは分かっていた。
でも私と話しているうちにお兄ちゃんが正気を取り戻してくれれば、と思っていた。
クルーゼさんの言う通りやっぱり無理だったけど、それでもまだ方法はあるわ。
唯一の心配はお兄ちゃんを支えてくれる人がいるかな、ってこと。
お兄ちゃんは昔から人一倍さびしがり屋だったし、私がいなくなったら独りになってしまう。
でもきっとお兄ちゃんは皆から好かれるし大丈夫よね。

ジロンさん、ごめんなさい。もう二度と会えないです。優しいあなたのことです。
きっと行かせてしまったことを後悔し、自分を責めるでしょうが、それでもあなたならきっと前を向いていてくれますよね
お兄ちゃんをお願いします。

クルーゼさん、ごめんなさい。市街地には行けそうに無いです。
あの時、クルーゼさんは私のことを心配していてくれたのに、わたしはお兄ちゃんのことしか考えられず勝手なことばかり言ってしまった。
約束まで守れないなんてごめんなさい。


お兄ちゃん、私ね目が醒める前に幼い頃の夢を見ていたのよ。
横にはお兄ちゃんたちがいて、皆で笑いながら駆けていたわ。
あの時の記憶はかけがえのないもの。
それはきっと私だけにとってじゃない。憶えてないなら思い出させてあげないと。
でないとお兄ちゃんはすぐに死んでしまう。お兄ちゃんに何かをしたシャドウミラーのせいですぐに。

「貴方たちに、殺させはしない…」

大声で叫んだと思ったのに声はそこまで出なかった。
私に背を向けているお兄ちゃんですら私が声を出したことに気づいていない。
既に満足に声を出すこともできない。
私の体が光に包まれていく。きっとこれで最後だ。
もっと生きたかった。
お兄ちゃんを抱きしめて、その胸に顔をうずめたかった。
お兄ちゃんと海で話したかった。
いて欲しくはないけど、お兄ちゃんにもし大事な人がいたら紹介してもらいたかった。
死を前にして他人を案じるよりも、私自身がやりたかったことがどんどん出てくる。でもこれからすることもまた私がやりたいこと。



―――――――生きて、お兄ちゃん。私の代わりに、私の思い出と共に





シャドウミラーが相羽タカヤに施した改造は一つ一つはそれぞれ完璧であった。
肉体と精神の改造によって長時間のブラスター化を可能とし、また機動力、装甲のスペックを減じた。
加えて自分以外の動く全ての物がラダムに見えるように改造することによって、相羽タカヤが見るものは全て憎悪の対象となり、
喜ばしくもシャドウミラーが望むキリングマシーン、混沌をもたらす騎士が誕生した。

だがこの改造は道理をわきまえず、無理を重ねたもの。
本来、テッカマンブレードには長時間のブラスター化は不可能であり、機動力、装甲などのスペックを減じ、
全てがラダムであるように見えるようにするというのはテッカマンである彼にとっては肉体・精神に必要以上に手を加えるということ。
その結果、Dボゥイの精神も、彼への改造も全てが不安定な状態で保たれて、この舞台に送り込まれた。

だが不安定な状態で保たれていたがために、このようなことが起きたのかもしれない。


すべてが終わった後、そこには一人の男が立ち尽くしていた。
テッカマンブレードの変身はいつのまにか解けていた。
洞窟を崩壊させ、天を突くテッカマンレイピアのボルテッカは、
奇跡的にブラスターテッカマンブレードに大した物理的な外傷を与えるには至らなかった。だが精神的な面に関しては話は別だ。

ピンク色のエネルギーの放出。それはテッカマンレイピア、相羽ミユキの命の光。
これは過去の記憶を失ってもタカヤの中から完全に消えることはなかった。
守ると決めたのに助けることができず、エビルによって殺されてしまったかけがえのない妹。
その時のものと全く違わぬエネルギー。
そう考えると、なぜ自分があのボルテッカに巻き込まれたというのにほぼ無傷でいられるかが理解できた。

「ミユキ…」

先ほどまで認めることのできなかった名前を意図せず呟く。
それをきっかけとして今までに圧しとめられていた記憶が次々とあふれ出てきた。

アルゴス号ブルーアース号スペースナイツ外宇宙開発機構内
アキノアルミリィレビンフリーマンバルザックペガス
フリッツゴダードモロトフフォンケンゴ兄さんシンヤ―――――――――


急激に変化していく相羽タカヤの世界。
かつてDボゥイと呼ばれていた時に経験してきた出来事を思い出していく。それは辿っていくと現在へと繋がる。
そして先ほどまでフィルターを通して見ていたラダム獣が、
フィルターを取り除かれることによってそれらは紛れも無いロボットであったとすぐに理解した。

全てを粉砕してきたが、あれらにはきっと人がいたに違いない。つまり…

「あれらはラダムではなかった」

Dボゥイは自分に言い聞かせるようにちゃんと声に出した。
すぐに自分が取り返しのつかぬ行為をしてしまったという後悔が彼の思考の余地を埋めていく。

「お、俺は…俺はああああああああっ!!」


気が狂いそうになる。
認めたくない。
ラダムでもなんでもないただの一般人を手にかけてしまったこと
ミユキは最後まで自分の身を案じて、命をかけて自分の記憶を取り戻してくれたことを。
そして自分がエビルのようにミユキを――――――――
いっそ思い出すことも無く、ただ駆け抜けることができればどれほど楽だったか

Dボゥイが自傷行為に及ぶことは無かった
受け止めきれない事実にただ立ち尽くすのみ

ふと空を見上げると花が舞っていた。
あたたかく、見ているだけで安心できてなごんでしまうような紅い花。
それを手にとろうとすると、触れた瞬間に消えてしまった。


俺が――――――――ミユキを殺してしまったのだ


【テッカマンレイピア 死亡】


【1日目 13:00】


【Dボゥイ 支給機体:なし】
 パイロット状況:疲労(大) 思考能力回復  記憶回復 支給品入りのバッグ紛失
 機体状況:全身の装甲に傷や焦げ跡がある エネルギー中消費
 現在位置:C-6
 第1行動方針:?????
 第2行動方針:テッカマンは優先して殺す
 最終行動方針:ラダムを殲滅する
 備考:自分以外の動く全ての物がラダムに見えるように改造されましたがレイピアによって無効化されてしまいました。
     記憶を取り戻してしまいました。



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最終更新:2010年05月08日 05:03