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何のためか鍛え抜かれた体。手に握られているのは血のように赤い深紅の結晶。
そして、短く刈り揃えられた髪の隙間から見える険しく鋭い目。だが、今となってはその瞳も光なく暗い。

相羽タカヤは正義の味方ではない。

世間には、正義の味方『テッカマンブレード』として認知されているのは事実だ。
事情を知らない大部分の人類からすればラダムを裏切り、地球の敵と戦うために立ちあがったヒーロー。
しかし、彼自身からすれば自分は家族を奪った憎いラダムへの血に濡れきった復讐者。
ラダムへの復讐の一心から、周りの人間を遠ざけラダムと戦おうともした。
人間から人体実験を受けたときは人間不信に陥り、仲間の自分を信じてという言葉を受けて立ち上がりもした。

だが、あくまでそこまでだ。

鋼鉄の鎧の如き精神力も、無償で正義のため戦うなんてベクトルを向いていない。
彼の戦う理由は、どこまで行っても身近なもののためでしかない。
家族のために。仲間のために。何かに報いるために。
一度その手に掴んだものを手放さないため、汚さないため、そして失ったものに答えるための戦い。
もっとも、その彼も最後は仲間と家族を天秤にかけ、家族を救うためテッカマンブレードであることを選択した。
そして意識の中で大切なものに手を伸ばすのも虚しく、記憶の全てを失ってしまうこととなる。

逆に言えば、彼は大切なものなしには戦えない。
具体的なモチベーションなしでは力を張ることが出来ない。
脆く、零れやすい水の精神をテッカマンブレードという名の鎧に押し込め、初めて立ち上がれる。
そんな彼の、今の絶望はどれほどのものか。
絶対に手放したくなかったものをその手で殺した事実が、どれほど彼を追い詰めるか。
都合のよい駒として暴走させられ、一般人を殺した。挙句、大切なものも奪われた。
正義の味方なら、殺してしまった者たちの分まで救いだすなど美しい言葉を吐き、空を見上げるかもしれない。
だが、相羽タカヤにはそれができない。俯き、たれた頭は未だ雪の吹き飛んだ土の地面に落とされたままだ。
自分の力が弱かったから守れなかったのではない。自分の意志が弱かったばかりに守れなかった。
この欲しくもなかった力でまた大切なものを奪った。

全て、俺のせいだ。
誰のせいでもない、俺のせいだ。

強く握りしめた鋭角的な結晶が、手の皮膚を切り裂く。
血のように赤い結晶が手から流れる血で、比喩ではなく本当に血の色になり、汚れていく。

怪我や疲れなどお構いなしにタカヤは頭を抱え、どこともなく走り出した。
彼がこのまま動かず朽ちていける人間ならば、それも成っただろう。
だが、悲しいかな彼は極限の選択において、とまるのではなく動くことを選択する性質の人間だった。


クレーターの斜面を駆け上がる彼の身体が光に包まれた。ここではないどこかに行こうとする意思に反応し、体を作りかえられる。
大切なものを奪ったラダムが授け、大切なものを奪った力が身を包んだ。
白と言うよりは赤と呼んだほうがいいブラスター化したテッカマンへ。力を制御する心の余裕はない。
ただ、弾丸のように相羽タカヤは空へ消えた。

音速すら超過するテッカマン。テッカマンをさらに超越したブラスターテッカマン。
変身中一度に使用されるエネルギーの出力を下げ、時間を得た代わりに、速度はキロメートル/毎時間換算で四桁を下回る。
それでも視界は光となりあっという間に後ろに消えていった。




汗で滑る操縦桿を握りなおす。目の前にいる男から放たれる、重厚なプレッシャー。
立ち止まり迎え撃つしかない己が身の不甲斐なさへ、ギリアムの焦りは只募る。

右手にメガ・プラズマカッター、左手にハンドガン。 銃と剣。最低限の武装はあるということだ。
いや最低限の武装しかないと言うべきか。隙を見せれば、一瞬で押し切られるのは必定。
自分だけならばまだいい。だが敗北すれば倒れている機体のパイロットまで死ぬことになるだろう。

影として生きていくと誓うこの男に限り、敗北に他者の命まで懸かった戦いばかりとは。

一騎たちの下へ急がなければならない。だが、見捨てる道理もギリアムの中にはない。
殺人者も放置する気も当然ながらない。死ぬ気もだ。

「何を固まっておる? そら、行くぞぉ!!」

突き出された掌が捻じれる。発生した赤い力が竜巻となり、カメラの映像を歪める。
猛烈な突風がギリアムに解き放たれ、破壊のエネルギーへ変換された。
ほとんど無意識に体が動く。体に染み付いた戦闘技術が自然とハンドガンを持ち上げ、撃っていた。
一発。二発。三発と銃口から飛び出したハンドガンの弾丸がどれもあっさりと弾かれる。
生身の人間の放つ衝撃波が、小型とはいえ機動兵器の兵装に勝るという驚愕すべき真実。
しかし、感情のまま身を固める余裕はどこにもない。驚くよりも早くかわすことを思考。
ギリアムの思念を受けてエステバリスが一息に跳躍する。
着地と同時に内蔵されたアンチスウェイバーが姿勢を補正し、攻撃を可能とする。
大地を踏み締めるたびに地面を抉り、人の範疇を超えた脚力でアルベルトが疾駆する。

撃墜される。

予知ではない。アルベルトから溢れる力に、鉄屑に変わった姿を想起させられた。
頭を振り、一瞬脳裏をよぎった恐るべき映像を霧散させる。
ハンドガンを使う隙はない。

「ほう……よく今の一撃、間に合わせて見せた!」
「動きを読むのはあいにく得意でな……!」

至近距離からの赤き烈風の槍を、エメラルド色の剣が受け止める。
エステバリスの肘のモーターから洩れる猛烈な機音とオレンジの火花。
かかる負荷にコクピット内部のモニターが黄色く点滅し始め、ギリアムは急いで剣の角度を修正した。
剣を斜めにすることで上空に受け流され、青空に吸い込まれて赤い竜巻は消えた。
即座にハンドガンで応戦。アルベルトも直撃すればただでは済まないのか確実に回避していく。


「どちらが、先に一撃を当てるかの勝負か……面白い!」
「悪いが、勝負を楽しむ道楽は持ち合わせていない。そちらに付き合う余裕もない!」

どちらも元々の世界で強者と名を馳せた者同士。
機身と生身による卓越した技量を持つ者の間の、一撃の刺し合い。
それは、日本刀を持つ達人の戦いにも似た重苦しい緊張と、
戦闘機のドッグファイトに似た激しさと疾走感を併せ持つものだった。


―――何が何やらわからない。

びっくり人間と、小さなモビルスーツじゃないロボットが戦ってる。
ロボットのほうは、自分を守るために戦ってるのはなんとなくわかった。
さっきのやり取りで、びっくり人間は自分たちを殺そうとしているのもわかった。
辺りを包む、戦の匂いは変わらず。 びっくり人間は楽しそうに笑みを浮かべていた。
ロボットは、なんだか苦しそうに歯を食いしばっているようにプルには見えた。

モビルスーツが持つような機体に合わないサイズの大剣を半身に構え。
腕を包む、ハンドガンの火力を牽制としてまき散らし。
黄色い双眸は、眼帯をつけたびっくり人間を捉えて離さない。
それでもびっくり人間の赤いチカチカする風が、簡単に銃弾を木の葉みたいに吹き飛ばした。

どうすればいいんだろう。
呆然と両者の戦いを見ているプル。苛烈で猛烈な嵐の戦闘を繰り広げるギリアムとアルベルト。それが場の全てだった。
知らずのうちに、自分の喉が一度上下する。殺そうとする相手は敵。守ろうとする相手は味方。プルでも分かるシンプルな理論。
熱で、空気がゆがむ。 ガイアガンダムへ拭きつける熱風の余波。
コクピットの中のプルは、常人には感じられないソレを感じることが出来た。

―――どうしよう。

人造人間として強化された肉体と精神。別段プルは、殺人という行為に特別、禁忌を覚えない。
「ちょっと嫌だな」と思う程度だ。そんなプルが悩むのは戦うのが嫌だったからではない。
そんなプルが躊躇する理由は一つ。倒せる気がしない――勝てる気がしない。
びっくり人間は、手からだけでなく全身から突風のようなプレッシャーを出している。
戦うという当然の行為に二の足を踏んでしまうほど。

引くか、行くか。悩み、立ち止まるプル。
現状を維持しながら、ゆっくりと後退するガイアガンダム。
フェイズシフト装甲も再び立ち上がった。動く分には、そこまで問題ない。


――――衝撃波がガイアガンダムをかする。

大地が、爆ぜた。

「どうした? 何を逃げようとしておる?」

瞬間、アルベルトの視線がこちらに向けられた。場にあまりにも不釣合いな落ち着いた声。
いつでも殺せるぞと言わんばかりの態度が、プルに銃鉄を引かせた。


「……落ちちゃえ!!」

空を舞う四肢は、獅子の如く。 渾身の力を込めて、超人十傑集の肉体を断たんと、鋭利な光刃を振るう。
―――下らんな、という言葉と共に、アルベルトは左腕一つで竜巻を出し、刃をかわす。
これは、想定の範囲内。

「うるさいうるさいうるさい! 落ちちゃえばいいんだ!!」

跳びあがったアルベルトを仕留めんと背後の砲塔に光が灯る。
排熱機構から煙を僅かに出しながら連装ビームキャノンが轟音とともに射出される。
なおも余裕を崩さぬアルベルト。常人なら鼓膜が破れ音の振動だけで拭き飛ぶ環境で笑える心身あってこそ。
空で腕組みし落下に身を任せていたアルベルトが、徐々に腕を解く。

「でええええええいぃ!!」

裂帛の気合と共に放たれた衝撃波。赤い光波と赤い竜巻がぶつかったのち、残ったのは赤い竜巻のみ。
間髪入れずにもう一度ビームを撃つ。砲塔内部の熱籠りがデンジャーゾーンとか知らない。
後追いに放ったビームを受け、ようやく竜巻は解け大気に散った。
勝算はあるはずだ。 一度当てれば勝てるなら。
ファンネルの訓練で空間の相手の動きを掴む訓練はヤになるほどやったんだ。

ただ一度当てるだけなら!

「勝利を捨てない姿勢は買ってやろう。だがまだまだ青いわぁぁ!!」

砲撃音。
犬のように大地を走りながら、右肩の砲門を碌な照準も合わせずに打ち放つ。
同時に、頭部四門装備されたCIWSも開放する。 双方によってまき散らされた散弾は、威力よりも数を優先した結果。
アルベルトは小揺るぎもせず、大地に直立する。逆に渦巻いた竜巻はガイアガンダムへ突き進み――

「グレミ……――ジュドー!」

目をつぶり、思いだしたのはマスターであるグレミーではなく、会ったばかりなのに胸の鼓動が妙に高まる青年の姿だった。

――――――轟音。


「え?」


衝撃波を横からかき消す、緑色の閃光。発射された地点をプルは仰ぎ見る。
そこにあるのは、赤と白に彩られた小型マシン――いや、マシンにしては小さすぎる。
パワードスーツとしてもかなり簡略化され縮小されている。腕などは、あれでどれだけ機能を補助できるのか。

「ほう……貴様。何者だ?」

アルベルトは新しい獲物を見つけた狩人の顔で、謎の存在を見やる。
謎の存在は無言でアルベルトとガイアガンダムの間に立つと――手に持っていた武器をまっすぐとアルベルトに向けた。

「俺は相羽タカヤ……いや」

一度だけ迷ったように言葉を切る。視線が、僅かに下がった。
しかし、再び視線と武器をアルベルトへ向け、宣言するように、謎の存在は名乗る。

「――――テッカマンブレードだ」




相羽タカヤは、正義の味方ではない。
だが、悪人ではけしてない。彼は、目の前で理不尽に奪われるのを黙って傍観できるような人間ではない。
もっとも、飛び込んだのはそれだけはなかった。

少女の声が、聞こえたのだ。一人の青年を呼ぶ、少女の声が。
そして、タカヤは知っていた。呼ばれている青年を。忘れるはずがない。


自分が殺してしまった、青年の名前なのだから。


視線を向けた先に会ったのは、戦場。
何も身にまとわず、理解不能なほど理不尽な力を振るう男は、テッカマンを想起させ。
それに繋がって青年の名を呼ぶ少女は、自らが手をかけた妹を何故か思い出させ。
相羽タカヤは、ただ飛び続けることをやめ、戦場に降りた。

もし生きていれば、この戦いに割って入ったのはあのジュドーという青年だったかもしれない。
けれどそんなことはあり得ない。既に死んだ人間が、この場に現れたりは絶対にしない。
しかし。
だからと言って、悲痛な救いの声がどこにも届かず潰えていい理由にも―――なりはしない。
自分が殺してしまった青年の名を呼ぶ少女を、見捨てるわけがどこにある。

「下がってくれ。あとは……俺一人で十分だ」

自分が誰かの代わりになれるとは思わないし、これで罪滅ぼしのつもりもない。
だが、拭いがたい後ろ暗さと彼の優しい性格が、今一時の戦いを決意させた。
戦う理由を得た彼は、立ち上がるきっかけを得た。

そうだ。
理不尽な力に対抗するのは、自分だけでいい。戦って、血を流す必要はない。
自分が、その分血を流せばいい。血がこびり付いて離れない自分が。

「一人で十分とはこの衝撃のアルベルトに大言を吐きおったな。自分の力を過信するのは寿命を縮めるぞ」
「自分の力なら……いやというほど分かってる」

戦うことが好きなわけじゃない。
殺し合いが好きなわけじゃない。
だが、そうしなければならないと言うのならば、戦おう。
ラダムに改造され、力を持つ者――テッカマンなのだから。

男が、少女を説得しようとしている。だが、中々うまくいかないようだ。
そんな様子を、目の前の不条理な男は泰然とただ見ていた。

「機械か何かではないな……国際警察の超能力者か? まあ、いい」
「そちらこそラダムではないのか……?」
「なんだろうとかまわんだろう? すぐにそんな質問は意味がなくなるのだからな」

再び放たれる竜巻を、テックランサーで受け止め、切り裂く。
手にくる痺れ。体が重い。思うように動けない。制限されているだけでなく、疲れやエネルギー不足も深刻だ。
だから、どうした。そんな状況今まで何度あったことか。倒れる理由になりはしない。

十傑集vsテッカマン。
この機械仕掛けの人型がオイルを流す世界において、血と血が流れる人間同士の非常に珍しい戦い。

次に仕掛けたのは、ブレード。
疲れている間では、悠長に様子を見ている余裕はない。最大の一撃を当て、相手がどう出るかを見る。
これで倒せるならばよし。駄目ならば、何故駄目かを考えて二手目を組み立てる。


空間を疾走するランサー。大地に立つアルベルトに、最速で放たれる大上段から打ち下ろす。
だが、アルベルトに動きなし。こちらの攻撃を正面から迎え打つ腹積もりなのは獰猛な笑みからすぐに分かった。
アルベルトの口からひゅう、と息が漏れると同時に、風が放たれた、
ブレードへではなく横へと放たれた風が、アルベルトの身体を横に加速させる。
空に飛ぶアルベルトの足が伸びあがった。

槍の軌跡――――上下。円を描く。
足の軌跡――――横断。円を描く。
虚空で交錯する二つのライン、途中で遮られたのは――――上下の円。

横へ滑るランサー。保持したランサーに引きずられ、空中で崩れる姿勢。
アルベルトの顔が仮面越しに触れるほど近付いたかと思えば―――頭をワシ掴みにされる。
ゼロ距離から放たれた竜巻。脳に直接刻まれる振動。鎧となった皮膚を伝う痛覚。吹き飛ばされる体。
地面をこすり、盛大に竜巻に押し込まれる。どうにか体勢を立て直し、渦を切るようにランサーを振った。

「どうした? 一人で十分ではなかったのか?」

胸のあたりから何か取り出すようなしぐさをした後、顔をしかめるアルベルト。
全身から溢れ出す余裕と、それを裏付ける強さがあった。

「そうだ……俺一人でいい……もう、戦うのは……」

仲間を得て、仲間を捨て、記憶の全てを一度は失った。
最後で全てを振り切りラダム母艦へ特攻した。多くの人が死んだ。相棒ペガスも崩れ去った。
もう――自分一人でいい。ランサーを支えに、ブレードは膝を起こす。
罪悪感という鎧で包んだ精神は、砕けることはない。

竜巻と連戦でボロボロの鎧と、罪悪感と戦いの疲れでボロボロの鎧の二つを纏い、相羽タカヤは立ち上がる。

「やせ我慢か……悪くはない。そのまま寝るようなら引き起こしてやるつもりだったが」

次々と放たれるアルベルトの竜巻。
アルベルトは立っている場所から動こうとしない。棒立ちのまま、威力よりも連射性を優先した竜巻を打ち出す。
期待しているのだ、アルベルトは。ブレードが、アルベルトに再び攻撃を仕掛けるのを。
自分に戦う資格があるかどうかを見極めようとしている。

「守りたいものがあるのだろう? 命を賭けて守ってみせろ! それが出来んなら戦う資格もないわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ひときわ巨大な大暴風が騒音を掻き鳴らしながら、大地を削り殺到する。
だが、逆を言えばそれは大味すぎて、かわしやすい。
背中の反物質反応型のスラスターが火を吹き、無風となっている竜巻の中心をブレードは駆け抜ける。
体に密着させるようにランサーを掴んで支え、槍だけでなく身体ごと相手を貫かんと。

「おおおおおおおおおおおおおおお!!」

体の各所が変形し、高速機動形態へ。全身からエネルギーを放ち打ち出す一撃――クラッシュイントルード。
竜巻が内側から放たれた力で霧散する。先程を超える更なる加速のまま突き進むブレードをアルベルトは、



――――拳で撃ち落とす!


一瞬アルベルトの体が沈むと同時、高速で移動するタカヤの顎を正確にアルベルトのアッパーが貫いた。
地面と垂直の90度へ強制的に変えられた姿勢。その反動が体をさらにきしませる。
アルベルトは満足げな顔のまま、まだ煙の上がる手を一二度軽く振るのみ。

立ち上がり空中へ飛ぶブレードを、アルベルトは見下ろす。
空間的な高さではアルベルトが下にもかかわらず、その堂々たる威風で、見下ろしている。

テックランサーを分解し、二刀に変える。
一撃に賭けるのはあまりにも不利。だが、単純な移動などの速度なら負けはないはずだ。
ならば、今度は手数で押し切る。試すべき手があるのに、止まる余裕はない。
一度とまれば動けなくなる。肉体は疲れで。精神は恐怖で。己を鼓舞し、手足を振るう。
アルベルトもテックランサーを受けることはできないのだろう。
下手をすればネオ・プラズマカッター以上の威力を持つ槍を、正確にアルベルトはいなし、かわしていく。

「動きがずいぶんと単調だぞ、ん?」

竜巻を使うまでもないと判断したのか、アルベルトは握り固めた拳をもってランサーの側面を叩く。
最初こそ回避していたが、徐々に回避は減り、撃ち落とされるようになっていく。
放った刺突と斬撃が三十を超えたころ、アルベルトが上体を逸らすことはなくなっていた。

「くっ!」
「だから……無駄だ!!」

距離が遠いにも関わらず突きを繰り出してしまった。焦燥から来る安直な一撃だ。
一瞬後には激しくそれを後悔し―――罰として胸に叩き込まれる蹴撃。
追撃に放たれた衝撃波で再び土にまみれる自分がいる。
相対するのは、未だ一度たりとも地面に伏せることなく立ちはだかるアルベルト。
疲れがなく、エネルギーさえあれば、と歯噛みするが現実は甘くない。
激しい頭痛まで自分を襲い始めた。

立ち回りでは自分が勝っているはずだ。
そうでなければ、相手もここまでカウンターをメインには戦わないはず。
ただ、力の差を見せつけ、余裕を演出するだけではない。
脳裏に、格闘家としての師匠、ゴダードの姿が浮かぶ。自分たちより衰えた体で、自分たちよりも強かったゴダード。
それは、相手の力をいなし、受け流し叩きこんでいたからだ。
青年と中年。十傑集とブラスターテッカマン。同じとはいえないが、さりとてはずれでもないだろう。

震える足を叱咤し、テックランサーを一つに戻したのち、制止。
ならば、こちらもカウンターを狙うべく『待つ』ことをタカヤは選ぶ。
アルベルトは少し頬を強張らせ――笑いが消え、鋭すぎる隻眼でブレードを差す。

「そんなことも分からないただの餓鬼だったか、と言ってやりたいところだが。本気のようだな。
 ならば、それはそれでいい。だが……もちろん覚悟はしているだろうな?」
「全て承知の上だ……!」


カウンター狙いは、相手を待てるだけの余力と、相手以上の技量がなければできない。
はっきりと言わなかったが、アルベルトが咎めたのは、その二点だろう。
今のタカヤは、余力がない。立っているだけでも精一杯だ。息をするのも苦しく、勝手に倒れてしまいそうだ。
アルベルトと自分の技量にどれだけ差があるかも、先程までのやり取りで嫌というほど分かっている。
つまり、完全に悪手だ。
だが、それ以外に突破口が見つからない。ならば――全てを覚悟してその道を選ぶ。
その『覚悟』を受けて、アルベルトは顔を引き締め、答えた。

「いいだろう。倒れるまで待つなど十傑集の名折れ。仕掛けてやるが……かまわんな?」

―――お前は砕け散るがかまわんな?

込められた意味を感じ取ってなお、ブレードは頷いた。
アルベルトの周囲が風を巻く。カウンター狙いで、一瞬一瞬に放っていた力の量とは比べものにならない。
体に眠る力すべてを顕現化させ、解き放つ瞬間まで貯め込んでいる。
背筋を走る冷たい感覚が、タカヤを襲う。人ではなくなったにも関わらず、未だ生存本能は残っている。
戦うための存在にも残された生存本能が放つ警告を、タカヤは理性でねじ伏せる。
瞳を伏せ、鎧越しに風を感じる。恐怖で鋭敏化された感覚を、勝つための力に変える為に。
頭痛を何処かに押し込める。

アルベルトが奔る。
光の奔流にも匹敵する速度で空間を滑る。
それは、もはや人間が生身で行える移動ではなかった。

ブレードが瞳を開く。
音をいとも簡単に置き去りにする最速の突きが解き放たれる。
それは、もはや人間が視認することのできる一撃ではなかった。

当たる――当てる。
切り裂くのでも、突き刺すのでもない。
ただ、当てるだけでいい。後はお互いが繰り出したスピードという名の怪物が結着をつける。
テッカマンの宇宙的反射神経を、人間として最大限引き出したタカヤの目は見た。

アルベルトの赤い竜巻を纏った右腕を。
斜め上からえぐるような軌跡で放たれるであろうそれを。

槍が描く軌道を修正。

アルベルトが笑う。
超高速の世界でなお笑う。

指をはじかれた。
右腕の竜巻が霧散する。
体の影にあった左腕がここにきて伸びる。

絶句。

右腕よりも弱くとも、加速し自分を砕くに十分な破壊力を込めた拳。

ここに来てフェイントを入れられた。

再度、槍の軌道を修正。

間に合えと何度となく加速した脳で呟く。
間に合うかどうか微妙なライン。




そして――――




「……奴のようにはいかんか。当たり前の話だな」


テックランサーの穂先ではなく、側面をアルベルトの拳は叩いた。
砕け散るテックランサー。おそらく、アルベルトもギリギリだったのだろう。
自分に拳を当てるのではなく、ランサーに拳が触れたのを見るかぎり。
自分も、アルベルトも相手を砕くことはできなかった。

感覚が元に戻る。
体が遅い。感覚だけではない。実際、ろくに体が動かない。
テックランサーが砕けたことはどうでもいい。テックセットのさい余剰エネルギーで作られるものだ。
何度でも精製できる。問題は――残っていたほぼ全力を賭けた一撃が届かなかったこと。
あのやり取りだけ見れば引き分け。しかし、次の一撃がないブレードの敗北を決定付けるには十分すぎた。
ギリギリと頭が痛む。

いや、ただの頭痛じゃない。

「こ、れ、は……」

――ありえない。
ブラスター化して克服したはずの現象。時間としても三十分はとうに過ぎているはずだ。
だが、デジャヴをブレードは感じざるをえなかった。

かつて不完全なテッカマンとして、テックセットして三十分を過ぎれば脳に破壊衝動をダウンロードさせるシステムがあった。
それは改造され、テックセットして三十分~一時間ごとに『見るもの全てをラダムに変える』情報をダウンロードさせるシステムとなった。
改造されたシステムは強力で、ブラスターテッカマンにすら作用するものだった。
そんなシステムも消去され、フラットに戻りはした。だが、それによって―――元あったものが復活してしまったのだ。
ブラスターテッカマンであろうとも、変身し一定時間を過ぎれば暴走させる悪夢のシステムが。

早く決着をつけないと――全てが危ない。
肉体のリミッターすら度外視して戦闘する暴走状態に陥ればアルベルトも倒せるかもしれない。
だが、同時にあの二人も間違いなく殺してしまう。
かといってテックアウトすればアルベルトになぶり殺しに会うだけだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああ!!!!」

なけなしの力を振り絞り、アルベルトへブレードは向かっていく。
しかし、そんなブレードを見て、アルベルトは一言。


「……つまらん」

アルベルトの拳が突き刺さり、数百kg以上あるテッカマンが吹っ飛ばされる。
受け身を取り立ち上がるブレードを、不快感と侮蔑のこもった瞳で一瞥するアルベルト。

「……つまらんな」

寄ってくる虫を払うような手つきで放たれた竜巻。ブレードを寄せつけもしない。

「ワシ……ではないな。何に怯えているか知らんが、今のお前はつまらん。
 恐怖を飼い慣らせず、自分のために戦おうとしておるな。さっきまでのお前はどこに行った」

何も変わらず、圧倒的高みからのアルベルトの声。

「そこで寝ていろ。すぐにとどめを刺す気も失せた。あの二人の後でいいだろう」






―――距離が近すぎる!
―――援護しようにも、下手したら巻き込む!
―――インファイトで戦いすぎだ!

流れ弾と言うのには少々過激な攻撃を、器用にかわしながらもギリアムは思考。
サイズ的には人間同士と変わらない二人の殴り合いに銃撃で支援するわけにもいかない。
スピードに追い付くのが精いっぱいで誤射もありうる二人の加速に見ていることしかできない。
一人でいいという言葉通り、ギリアムと協力する意思がまったく見られない。
少女を説得し、青年の言うとおりここは引くしかないと通信を開くものの、少女は首を縦に振らない。

「やだ! わたしも戦う!」

その一点張り。
少女のとしては破格の操縦技術だとは思う。だが戦術の面からみれば年相応だ。
竜巻と光弾飛び交う状態で、彼女程度の技量で入れば、足を引っ張るだけでしかない。
思いつく限りの理由を挙げて話すが、それでも首は縦に動かなかった。
もしギリアムの乗る機体が特機並みのサイズなら強引に連れていくこともできた。
だが、エステバリスは小型機でしかなく、通常サイズの機体を引きずっていくなど出来るはずもない。
今でも、戦いの邪魔をしないように飛びこむのを抑えるのが精いっぱいだ。

そんなギリアムの後ろで、轟音が届く。
振り仰げば、テッカマンブレードと名乗った青年は地面に倒れ伏していた。
萌葱の並ぶ草原を、覇者のような足取りで。 アルベルトは、一歩、一歩とこちらに近づいてくる。

「今度は俺の番、か……プル、とか言ったな」

メガ・プラズマカッターを引き抜き、ギリアムはかまえを取る。
アルベルトの本当の実力は、テッカマンブレードとの戦いで否応なしに理解させられた。
おそらく――勝ち目は恐ろしく薄い。

「今のうちに彼を回収してこの場から逃げろ。俺が――――奴を引きつけ、時間を稼ぐ間に」






少女の乗る犬型のロボットがこちらへ駆けよってきた。

「おじさんが、急いで離れろって! 立てる?」

おじさん、と呼ばれた男の真意が痛いほどに分かる。自分と同じだ。自分が戦っている間に逃げろと言っているのだ。
アレは使えない。小型機を巻き込むから、だけではない。
限界が近いこの体では、アレを発射した時の反動に耐えることは不可能。まっすぐ飛ばず、見当違いのところに飛ばすのが関の山だ。
狙いをつけられない超兵器ほど、役に立たないものはない。



――またか!
―――またか!
――――またなのか!
―――――また俺は護れないのか!?
――――――また俺は……だれかを犠牲して生き残るのか!?



俺の力は何だ!? 壊すことはできても、何故守れないんだ!?
欲しい! 一瞬で相手を倒せる力が!! 狙った相手だけを、打ち倒す力が欲しい!!!



焼け付く憤怒と、力への餓えと。
一年足らずの間に何度も刻み付けられた、己の無力さに対する後悔を双眸に込め。
しかし、諦観だけは微塵も見せず。 頭痛に頭を抱えながらも、タカヤは這ったまま戦いを見つめる。
小型機は、アルベルトの前に押されている。このまま行けば、遠くないうちに落ちるのは明白だ。

「すまない……」

口からこぼれる言葉。

「……? どこか痛いの? なんで泣いてるの?」
「涙? 今の俺に涙なんて……」

仮面に封じられた顔に、涙は流れない。
戦うための鎧を纏った今のタカヤには、涙を流すことすらできない。
自分のやったことを少女に打ち明けようとして、出来なかった。どうしようもなく他人に拒絶の眼を向けられるのが恐ろしかった。
弱り切った体がボロボロの心にさらにヒビを入れる。確かに心は涙を流していた。
それを、目の前の少女は感じ取ったのか。

……空を高速で飛ぶタカヤにプルの声が届いた理由もここにあった。
テッカマンとしての高い感応能力と、ニュータイプとしての波紋が触れた結果、プルの声はタカヤに届いたのだ。
そして、タカヤの鎧の隙間から流れ落ちる心の叫びが、プルにも同じように届いていた。



「ぐおぁ!?」

小型機が竜巻に下方から煽られ、近くに落下した。
地響きと砂煙をあげ、何度も機体を叩きつけられ、それでも小型機は起き上がる。

「中々、頑張ったと褒めてやろう。だが、相手が悪かったな」

三対一ではなく、一対一の三連戦だったとはいえ、三者に圧勝したアルベルト。

アルベルトに先程に匹敵する竜巻の力が流れているのを感じた。
本当に三人まとめて吹き飛ばすつもりなのだろう。
あれに対抗できるのは、アレしかない。

「まだだ。シャドウミラーを倒すまで……俺の贖罪は……まだ終わってはいない……!」

立ち上がる男は、なお諦めていない。

「俺という存在が生み出した罪を清算する日まで、死ぬわけにはいかん!」

贖罪。清算する。そんな日が自分にも来るのだろうか。

「まだ、やれるか?」

男が、こちらに声をかけてきた。

「こちらの無理に付き合わせて悪いとは思う。だが、出来るのなら力を貸してくれ」
「……ああ、分かっている」

自分にこそ、戦わなければいけない理由がある。立たねばいけない時が、今だ。

「打開策はあるか?」
「ある……が、狙いを定める自信がない。何か支えるものが――」
「私が手伝う!」

横から聞こえる少女の声。

「すまない……支えていてくれ」
「うん、いいよ」

少女のロボが四肢を地面に突き立て、頭を下げた。その頭にもたれかかるように体の支えを作る。
最後の力を全て振り絞っての一撃。到底かわせるはずもない超・広範囲殲滅攻撃。

「この一撃で終わりだ」
「何をするつもりか知らんが……お前が、か?」
「いや、お前か、俺かどちらかがだ」



体内に蓄積された反物質粒子・フェルミオンが加速する。
駆け廻る残滓も同然のエネルギーが、両手と両肩に収束する。
あらゆるものと反応し、『無』であるプラスマイナスゼロに変える力。何度となくラダムを焼き払った火。
赤い装甲が、さらに赤くなり、輝きを放つようになる。装甲が開き、両肩、両腕から発生した闇色の力は繋がり一つの円に。
前方に打ち出すことだけを考えろ。後は、考えなくていい。
魂を震わせろ。体の芯から力が出せるように、叫ぶのだ。一度のテックセットに一回限りの大技を。


そう―――――ボルテッカを!












「うおおおおおおおおおおおおああああああああああああああ!!!
 ボルテッカああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」














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085:復讐するは我にあり(後編) 衝撃のアルベルト 093:take the wave(後編)

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最終更新:2010年05月08日 06:03