真実は遠く、未だまどろみの中に ◆i9ACoDztqc
いくら野生児でも、アポロとてまったく文明の利器を使わず生活していたわけでは断じてない。
コンクリートも朽ちた街の、断線しているとはいえまだ僅かに残ったライフラインを使っていた。
もっとも主に知恵のいる仕事はバロンがやっており、彼は力仕事がほとんど専門ではあったが。
都会の生活とは言わないが、ジャングルではなく廃墟の生活に慣れている。
それでも何度かいでも嫌な気分になる臭いもある。機体の中からも感じる、この世界全体に流れる、油独特の臭いがそれだ。
アポロの認識は単純。
ここにいる全員をぶっ飛ばせば、帰れる。
恐ろしく短い。驚くほど短絡な思考だが、実際問題彼はそう考えているのだから仕方がないだろう。
だが、考えていることを書き記して短いということは、ほとんどイコールで考えも浅いと言ってしまってよい。
どう浅いかと言えば、アポロの中で、ぶっ飛ばすという思考が『殺す』という地点に結びついてないことだ。
別にアポロは人の命を平気な顔で奪える殺人鬼でもなければ、精神異常者でもない。
並みの人同様の常識やモラルは持ち合わせていないが、それでもだからといって命を平気で奪えるわけでもない。
だが、結果として彼がここでやってきたことは命を平気で奪える殺人鬼と大差ない。
今までこそ誰の命も奪わないでいられたが、純粋に運が良かっただけだ。
もし、どこかでボタンをかけ違えるように運命がずれていれば――彼は三人を殺した会場随一の殺害者となっていたかもしれない。
アクエリオンの相手は、常に堕天翅だった。つまり、ぶっ飛ばしても命がどうのと言う必要がなかった。
逆にアクエリオン側でも、どんなにズタボロになろうが別段死者が出るわけではなかった。
一人、重傷人が出たが……あくまでそれだけだ。
だからこそ、アポロの中では機体の撃墜とパイロットの死亡が繋がらない。
もし死者が出ていると理解すれば――アポロはおそらくここまで殺し合いに乗らなかっただろう。
無論、気に喰わない奴をつい勢いでぶっ飛ばしてしまうことはあっても、能動的に殺して回りはしない。
だが、既に殺し合いが始まり八時間近くが経過し、死者が三十人に近付いているにも関わらず彼は気付いていなかった。
ある意味で、一番この殺し合いでずれた認識のまま戦っている男。
もしヴィンデル・マウザーがいればアポロの姿を見て嬉しそうに笑うことだろう。
活き活きと笑い、生き、戦うアポロこそ、闘争が生み出す正しい人間の姿を現す、聖者だと。
同時に、自分の望むように殺し合いに走り、正しい現実に気付かぬまま踊り狂う愚者だとも。
そして、そんなアポロが今何をしているかと言えば。
コクピットの中ですやすやと眠っていた。
体は水に濡れ、しずくがコクピットに滴っているにも関わらず、安らかな顔で。
腹が減っては戦ができぬ。
機体の補給は道中で見つけた変な機械を触ってできたが、自分はそうもいかない。
四苦八苦しながらレーションの封を切り、うまくもない飯に顔を歪めたアポロが見つけたものは、河。
いくら流れが早くても、魚の量が少なくとも、そこは野生児の面目躍如。
素潜りであっさりと魚を捕まえて、木を集めて着火すればもうやることは一つしかない。
調味料はなくても意味不明なドロドロパックのメシに比べれば百倍うまいと平らげた。
泳ぎというのは意外に体力を消耗する。
もちろんこれまでの気を張っての連戦もあるし、腹も膨れれば眠気も出てくる。
隠れなければもし何かあった時、危ないことはアポロでも理解できていた。
ダンクーガに乗り込んで河の底の適当な岩陰に隠れれば、もうそうそう簡単には見つからないだろう。
あくびを一つして、コンソールに足を投げ出し、アポロは寝る。
放送は近い。普通の参加者なら放送を聞き逃すまいと気を張るはずが、まったく気にせず逆に休息に当てるアポロ。
まさしく野生児(ワイルドマン)、まさしく自由人(フリーマン)なスタイルはバトルロワイアルでも変わることはない。
結果、アポロは放送を聞き逃すことになる。
彼がこの惨劇を正しく理解するのは、一体いつになるのか……それはまだ分からない。
【一日目 14:00】
【アポロ 搭乗機体:ダンクーガ(超獣機神ダンクーガ)
パイロット状況:疲労なし 睡眠中
機体状況:装甲各部位に損傷 戦闘に支障なし EN100%
現在位置:E-5 河
第一行動方針:ダンクーガの性能にご機嫌。誰だろうがぶっ倒す! ……Zzz
最終行動方針:ぜんぶ倒して、最終的にはヴィンデルって野郎もぶっ倒す!
備考:地図、名簿共に確認していません。そもそも気づいてもいません】
最終更新:2010年05月08日 06:13