The Hero◆i9ACoDztqc
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機体の上から滑り落ちる身体を、反射的に手を伸ばして受け止めていた。
なんでそんなことをしたのか、翔子にも分からなかった。だが、確かに感じてしまった。
この、ダイゴウジ・ガイという人の命を助けられてほっとしていることを。
そんな普通の心を自分が今でも持っていられることに今更ながら戸惑いながら。
大事な人のため、二人も人を殺した自分が。そのうちの一人は、大事な人の親友だと言うのに。
ウィングゼロの手の中で、すやすやと眠る男の人。その顔に、悪いものはまるでなかった。
ちくり、と身体の痛み以外の理由でどこかが痛む。
まるでこの男の人は自分を責めるようなことを言わなかった。それどころか、自分を助けるとすら言っていた。
だが、そんなこの人も、一騎くんが生き残るには、死ななきゃいけない。
死ぬのは怖い。けれど、一騎くんのためなら自分の命なんて惜しくなかった。
だけど、この会場にいる人々全員の命はどんな重さなのだろうか。
このまま、握り潰せば終わる。
指一つ動かして、ボタンを押し込むだけで、あっさり命は消える。
そんな、命の軽さ。事実、もう翔子は二人殺している。
――――悩んでる暇あったら、頭下げて手を取り合うほうがいい! 俺はそう思う!
この人は、そう言った。
けれど、もう謝るべき人はこの世にはいない。
いや、もしも幽霊のように化けて出たとして、謝って許されるとは翔子には思えなかった。
「でも……もう戻れない……」
そう思い、ウィングゼロの手を閉じようとする。
眼をつぶり、手と一緒に心のナニカも閉じるように。
けど、出来なかった。
ボタンを押そうとする腕が震えた。なんで押せないのかと自分の腕を翔子は見る。
その時――容赦なく襲いかかるゼロシステムのバッドトリップ。
ヴィジョン――ぐちゃぐちゃになったこの人の姿。
ヴィジョン――汚れるはずがない、コクピットの中の自分の手が血で真っ赤に汚れる姿。
ヴィジョン――ゼロシステムの未来予知。
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!」
喉から漏れる絶叫。
それとともに、恐怖で収縮する筋肉――自分の意思と自立しているかのように動く指。
訪れる決定的な時間。
あっけなく。本当にあっけなく。
命が握りつぶされた。
大地には、指の隙間からこぼれた血と肉が滴っていく。
【ダイゴウジ・ガイ 死亡】
口を抑える――強烈な吐き気を抑えようとする。
今吐いたら、色んなものが吐き出されてしまう。
そんな想像が彼女を襲う。口を押さえれば、どうしても手が視界に入る。
先程の真っ赤な自分の手のヴィジョン――大事な人の姿を思い出して乗り越えようとする。
だが、浮かぶのは、血まみれになった大事な人の姿――
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
零れた謝罪は誰がために。
結局、泣きやんでしばらくぼんやりと翔子はしていた。
胸を包むのは、一つの思い。
もう戻れない――いや、最初からそうなのは分かっていた。
自分を助けようとした人まで、振り切った。
自分の目で見て、引き金を引いた。
あとは、何処かに辿り着くまで加速して――飛び続けるだけだ。
いつか、落ちて地面に叩きつけられるまで。
あの人のためだけに、飛び続ける。
それ以外を選ぶチャンスは、皆城くんを撃った時に過ぎたのだ。
改めて思い知らされる、現実の重さ。
翔子は、主を失った機神に背を向け、基地に戻っていく。
主を失ってもなお、屹然と立つその姿を到底、壊す気にはなれなかったのは、感傷かもしれない。
静かに……
静かに……
アクエリオンが唄う。
ガイがコクピットに遺したカセットテープは、音楽を奏で続ける。
テープが終わるまで、基地にはただただ歌が響き続けていた。
――奇跡の道開け、夢を果たすまで飛翔(はばた)け
蒼穹(あお)い輝き取り戻せ 戦え ゲキ・ガンガー3………
【羽佐間翔子 搭乗機体:ウイングガンダムゼロカスタム(新機動戦記ガンダムW~ENDLESS WALTS~)】
パイロット状況:内出血(処置済み、止まっている)
機体状況:良好、ダリアの三節棍所持
現在位置:G-2 基地北部
第一行動方針:敵を倒す
第二行動方針:参加者の人数を減らす。
第三行動方針:一騎、真矢、甲洋とは出来れば会いたくない。
最終行動方針:一騎の生存】
【基地には、ほぼ無傷のアクエリオンが放置されています】
【一日目 1:00】
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最終更新:2010年05月08日 05:35