仮面の下の涙を拭え ◆ZbL7QonnV.
――夢を、見ていた。
それは、とても辛くて悲しい夢。
夢の中で、あの人は戦い続けていた。
怒りと憎しみに身体を支配されて、どこまでも深い闇の中を戦い続けていた。
そう、まるで獣のように――
(ラダム……ラダム、ラダムッ…………!)
その人の手は、真っ赤な血に染まっていた。
あれは、兄の血だ。
テッカマンエビル――いや、相羽シンヤの身体に流れていた血液だ。
(ハハハッ……楽しいなあ、兄さん……!
タカヤ兄さんと本気で殺し合えるこの時を、俺はずっと心待ちにしていたんだ……。
兄さんもそうだろう? 俺との戦い、楽しんでくれているんだろう!?)
(ラダムゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッ――――!)
異形の姿に変わり果てた兄は、もうひとりの兄に――いや、兄の身体を奪った悪魔に、猛然と立ち向かっていく。
悪魔は、避けない。
立ち向かう様子を見せもせずに、兄の一撃を身体に受ける。
(ガハッ…………!)
ランサーで胸の真ん中を貫かれて、悪魔はごぼりと血を吐き出す。
(は……はは、はっ…………!
そう……そうだよ、兄さん……。それでいいんだ、それでこそ兄さんだ……!
血を分けた実の弟すら躊躇わずに殺せる……それでこそ、僕のタカヤ兄さんだ……!)
(ラダム……! ラダム…………!!)
(まるで悪魔のようじゃないか、兄さん! 今の兄さんは、ラダム以上の悪魔だよ!
だって、こんなにも簡単に殺せるんだから……! 愛する家族を……共に過ごした仲間を……!)
(ラダムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――!!!!)
悪魔の身体にランサーを突き刺したまま、兄は腹の底から叫び声を上げる。
怒っていた。苦しんでいた。悲しんでいた。嘆いていた。
ラダムと言う存在を決して認める事が出来ずに、荒れ狂う衝動に身を任せて暴れ続けていた。
……いつのまにか、悪魔は動かなくなっていた。
冷たい骸と化したテッカマンエビルの身体をランサーに突き刺したまま、兄は呆然と立ち尽くす。
だけど……。
(ほら……どうしたのさ、兄さん……。
俺はここだ……ラダムのテッカマンエビルは、相羽シンヤはここにいるよ……?)
(……………………!)
兄の背後から、悪魔の声が響き渡った。
振り向くと、そこには真紅のテッカマン。殺したはずの――テッカマンエビル。
(そうら、ラダム獣ども! 兄さんを襲え!)
(GAAAAAAAA――――!)
悪魔の命令に従って、いつのまにか兄の周囲を取り囲んでいたラダム獣が吼え声を上げる。
そして兄に触手を伸ばして、その身を捕らえようとした。
(ラダム……ラダム、ラダム!!!)
だが、無駄だ。
兄がランサーを一振りすると、それだけでラダム獣は瞬時に全滅した。
テッカマンを超えた、ブラスターの力。
ラダム獣程度では、相手になるはずがない。
(そうだ……! 素晴らしいじゃないか、ブレード!
その力……その怒り……! 間違い無く、今の兄さんこそが俺たちラダムのあるべき姿!
悪魔と言う名に相応…………ッ!)
……悪魔の言葉は、最後まで続かなかった。
兄は、ランサーを悪魔に向かって投擲していた。
あっさりと頭を貫かれて、テッカマンエビルは沈黙する。
……そう。その、テッカマンエビルは。
(兄さん……)
(やっぱり凄いや、兄さんは……)
(ほら……俺を殺してみなよ……)
(フリッツやゴダード、モロトフだってそうしたんだろ……?)
(血を分けた兄弟を殺した感想はどんなものなんだい……?)
(愛してるよ……タカヤ兄さん……)
(兄さんは……どうなのかな……?)
(決まっているじゃないか……)
(そうだね……殺したいくらいに……)
(俺を……家族を、愛してくれているんだろう……?)
(あ……ああ、あああ……ああああああああああああーーーーーーーーーーッッッッ!!!)
兄の周囲を取り囲む、数え切れないほどのテッカマンエビル。
兄は叫び声を上げながら、悪魔を殺し続けていく。
(ラダム……ラダム、ラダム、ラダムッッッッ!!!!)
(はは……はははっ! はははははははははははははっ!!!)
(ラダムゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!)
……地面に視線を向けてみる。
そこには、無数の死体が転がっていた。
数え切れないほどのテッカマンエビルが、死体の山を築き上げていた――
「…………ぁ」
「おっ、気付いたかい」
……朦朧としていた意識が覚醒する。どうやら、ほんの少しだけ意識を失っていたらしい。
ひどく、嫌な夢を見た。
愛する兄が悪魔となって、もう一人の兄を殺し続ける夢だ。
「具合はどう? 気分とか、悪くない?」
こちらを気遣う、優しげな声。
声の方に目を向けると、そこには愛嬌のある笑顔を浮かべた男の人がいた。
……見覚えがある。
そうだ、この人は確か……。
「ジロン……さん?」
「どうやら、意識ははっきりしてるみたいだな。えっと……」
「あ……私は、相羽ミユキです。名簿には、テッカマンレイピアで表記されているみたいですけど……」
「アイバミユキ? 変わった名前だなぁ」
そうだ、覚えている。意識を失う寸前に、ほんの少しだけ話した人。
気を失ってしまった自分を見捨てずに、様子を見ていてくれたのだろう。
……良い人だ。
そして、それ以上に強い人だ。
こんな殺し合いの中で他人を気遣う事が出来る、心の強さを持っている人だ。
「あの……ありがとうございます、ジロンさん」
「なぁに、お礼を言われる事は何もしちゃいないさ」
陽気な態度を崩さずに、ジロンは明るい笑顔を見せる。
その笑顔に、一瞬兄を思い出した。
ラダムによって運命を狂わされる前の、誰にでも優しく明るかった、相羽タカヤの微笑む顔を。
……兄。
そうだ、今兄はどうしているのだろう。
「タカヤお兄ちゃん……そうだ、タカヤお兄ちゃんは!?」
思い出す。
夢に見た、悪鬼と化した兄の姿。
ラダムに対する怒りと憎悪に身を支配された、兄の姿を思い出す。
……わかる。
あれは、決してただの夢ではない。
テッカマンはテレパシー能力を有している。
意識を失い、余計な雑念が取り払われていた事によって、さっきまでの自分は受信能力が一時的に増していたのだろう。
だからこそ、今は遠く離れているだろう、あの人の強い思念を感じ取る事が出来たのだ。
ラダムに対する憎悪で狂い、我を失ったテッカマンブレード――相羽タカヤの苦しみを。
「お兄さん? さあ……俺が会ったのは、君が初めてだからわからないな」
「私……行かないと……!」
「ちょ、ちょっと待った! まだ足とかふらついてるのに、いきなりどこに行こうって言うのさ!?」
「お兄ちゃん……今、お兄ちゃんは苦しんでいる……悲しんでいる、助けを求めている……。だから……」
「いや、だからって言っても、その状態じゃまだ立つのも結構辛いんじゃないか?
それに、お兄さんの所に行くとは言っても、どこにいるかもわからないんじゃしょうがないだろ?
どうやら、あのでっかいメカだって、もうボロボロで動きそうにないし……」
見るに耐えない壊し尽くされた姿となって、地面に転がるダイテツジン。
それを指しながら、ジロンは呆れた声で言った。
「それは……そうだけど、でも……。
それでも、私は行かなくちゃいけないんです……!」
まだ辛い状態だろうに、必死に兄の元に向かおうとするミユキ。
その姿を見て、ジロンは家族の事を思い出していた。
そう……ティンプによって殺される前の、家族と過ごした思い出を……。
「お兄ちゃん、か……」
ジロン・アモスは家族の事を愛していた。
イノセントによって定められた三日限りの法。
どのような悪行を働こうと、三日を逃げ切れば無罪とされる、無法の大地である惑星ゾラに定められた唯一絶対の決まり事。
それに逆らう事になったとしても、家族の仇を討つ事を諦めようとはしなかった。
家族の事を大切に思っていたからだ。
家族を奪った悪党を決して許せないと思ったからだ。
「……家族の事とあっちゃ、見過ごせないよなぁ、やっぱ」
「え……?」
はぁ~と溜息を吐きながら、ジロンはミユキの肩に手を置く。
詳しい事情はわからない。
だけど、家族を想う少女の事を、ジロンは見捨てられなかった。
「俺も手伝うよ、お兄さんを探すの」
「え……! で、でも……」
「でも、はなしだ。君のメカは壊れちゃってるし、これじゃあお兄さんを探すのも一苦労だろ?
ちょっと狭いかもしれないけど、俺の機体に乗っていきなよ。
俺も探さなくちゃいけないヤツがいるから、いろいろと歩き回らなくちゃいけないし……」
「危険……ですよ?」
「そりゃ、どこにいたって危険な事に変わりは無いさ。それなら、ちょっとくらい無理しても一緒だろ?」
「……………………」
ジロンの言う事は、とても正しい。
今の自分では兄を助けるどころか、兄を探す事さえ難しい。
他の人に助けてもらわなくては、どうする事も出来はしない。
「ジロンさん……」
テッカマンの戦いに、この優しい人を巻き込むかもしれない事を考えると、ミユキの胸は微かに痛んだ。
……死なせはしない。
クリスタルを強く握り締めながら、ミユキはジロンに決意のこもった眼差しを向ける。
「私に……力を貸してください…………!」
「オッケー!」
血塗られた、兄の仮面。
その下に隠された素顔の涙を拭うために、相場ミユキは今一歩を踏み出した。
【ジロン・アモス 搭乗機体:ジンバ(OVERMAN キングゲイナー)
パイロット状態:良好
機体状態:良好
現在地:C-7
第一行動方針:ティンプ、Dボゥイを捜索する
第二行動方針:ティンプと決着をつける
最終行動方針:シャドウミラーをぶっ飛ばす
備考:ジンバにミユキを乗せています】
【テッカマンレイピア 搭乗機体:なし(ジンバに同乗中)
パイロット状態:体力消耗
現在地:C-7
第一行動方針:タカヤお兄ちゃんを助ける
第二行動方針:アックス、ランス、アルベルトに警戒
最終行動方針:みんなで生きて帰れる方法を探す
備考一:テッククリスタル所持
備考二:Dボゥイの異常に気が付きました
備考三:ジロンのジンバに乗せてもらっています】
【一日目 7:25】
最終更新:2010年01月24日 19:29