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635 名前: 団子と嘘と子キツネ ◆v8ylbfYcWg [sage] 投稿日: 2008/09/23(火) 21:55:18 ID:/pGwee0L

第6話

慧に腕を引っ張られながら、隆也は懐かしの我が家に帰ってきた。1年以来に訪れた家に、何一つ変わった様子は無い。
リビングもキッチンも、ベッドルームも、誠二の為にセッティングした2階の子供部屋も……。
「ホントに代わり映えしないでしょー。誠二にも言って誠心誠意を込めて、キレイにしてるんだから」
部屋を巡る隆也に、慧はウインクをしてそう言った。隆也は無性に嬉しいが、表情には出さず

「……そうか。ありがとな」
とだけ返した。慧は隆也の言葉に、小さく疑問符を浮かべたが、すぐに打ち消した。
大体見て回り、隆也はリビングの大きなソファーに座った。慧は鼻歌を刻みながら、スーパーの袋を持ってリビングの向こうのキッチンへと向かう。
視線だけで慧を見送った隆也は、ふっと気が抜け、思わず溜息が出る。無論肉体的な疲れから来る溜息であるが。

そう言えば1年前は、ここで誠二と慧と何を話していたんだろうな。天井の電球を眺めながら、ぼんやりと隆也は考える。
今後の生活の事か、また会えたら何処に行こうか、誠二に一人でも頑張れるようにと活を入れたか……。
どうにも思い出せない。確か結構重要な事だった気がするのだが……無意識に右手で頭を掻く。
さっきの高杜モールの時もそうだったが、何か輪郭がはっきりとしない記憶が浮かんでは、タバコの煙のように消えていく。
それが年を取ったせいであると、隆也はどうも思えない。思い出すきっかけさえあればいいのだが。

「あ、そうだ。隆也君さ、誠二を迎えに行ってよ。もうそろそろ帰ってくる頃だからさ」
キッチンから顔を出した慧が、ぼうっとしていた隆也にそう言った。
一息ついたは良いが、特にすることも無いな。そう思い、慧の言葉に隆也は頷くと腰を上げた。
確か高杜学園から家までそう遠くは無い。充分歩いていける距離だな、ともう一度ガイドブックを読み直し、隆也は再度了承する。

玄関でエプロンを身に纏った慧が、家を出ようとする隆也を引き止めた。何か伝えたい事があるらしい
「今日の夕食はステーキだって伝えてね。それと……」
慧はそこで言葉を区切ると、口元をにやりと歪ませ、悪戯っ気のある笑顔を浮かべた
「彼女にもよろしくって」

高杜学園までの道のりはそれほど辛くは無かった。高見山や高杜モールへの強制ウォーキングに比べては、だが。
久々に訪れたとは言え、学園の大きさに隆也は目を見張った。流石に小中高、及び大学の教育課程まで兼ねている事はある。
前に読んだ入学パンフレットで全校生徒の数がとんでもなかった気がするが、明確な人数は思い出せない。
さっきからホントに……隆也は自分の記憶力の無さに絶望した。と言っても特にどうこうする訳でも無いが。

ぞろぞろと、校門からランドセルを背負った初等部の生徒達が出てくる。隆也は遠目から、誠二の姿を確認しようとする。
頭の中では、どう会話を切り出そうかと言う事で悩んでいた。慧の時は自然に切り出せたものの、誠二とは1年前にどんな話をしていたのか思い出せないのだ。
懐に忍んだ、お土産と称した高見神社名物の団子を持つ。微妙に掌に汗をかく。
しかしなかなか、誠二の姿が見えない。もうそろそろ生徒達の姿がまばらになってきたが……。

その時、見覚えのある髪型が、隆也の目に付いた。自分によく似た、地味な短髪。
他の生徒達に比べて、妙に陰りがある地味な存在感に、隆也は人目で気づく。流石に親子ではある。
……迷ってはいかんか。父親らしく、できるだけ威厳を保って話し掛けよう。
隆也はそう決断し、誠二の元へと足を進めた……が、ふっと足を止める

誠二が自分より1、2cm背の高いベリーショートの髪型の少女と楽しそう……ではないが、何か会話している。
誠二は俯いては微笑み、たまに視線を泳がしてみたりと、落ち着きがない。少女は終始、屈託のない笑顔で話し続けている。
と、その少女が誠二から数歩離れると、振り向いて手を振り、隆也の横を元気に走って通り過ぎた。

誠二と隆也の視線が合う。時間が止まったかのような沈黙が流れ、隆也がついに口火を切る

「よ・・…・よう、元気だったか」

隆也のどこかぎこちない言葉に、誠二は視線を軽く宙に向けると、隆也に戻して、言った

「うん……そこそこ。・・・・・・久しぶり」



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最終更新:2008年09月24日 04:58