615 :
『杜を駆けて』 ◆k2D6xwjBKg :2008/09/23(火) 01:04:23 ID:tK5ke47G
鼻息も荒く柚季は、『プリズン』のドアをくぐった。
断末魔のようなヴォーカルのBGMが彼女の耳をつんざく。
…グレてやるのだ。
柚季は荒々しく目に付いた棚の洋服を物色しながら、将也の許し難い言動を反芻し、また怒りに震える。
『…だから!! 塾サボるんだったら放課後一緒に勉強しよ!? このままじゃ、附属ムリじゃない!!』
『…だって、了が…』
『了はあんたと違って頭いいの!! 四人で附属行こうって、約束したじゃない!! …頑張ってよ…』
真摯に懇願する柚季に、将也は、ふてくされた表情でこう言い放った。
『…俺だけ浜中いくよ。どうせ高杜入っても、ついてくの大変だし。』
柚季は口をぱくぱくして将也を見た。公立の浜中学は市内でも名だたる不良校として悪名高い。
情けなさと怒りの余り、柚季はとんでもないことを口走った。
『…じゃあ、私も浜中行く!! 怖い先輩にいじめられたら、責任もって守ってよ!!』
『…』
口ごもる将也を校門に残し、走って帰宅した柚季は、怒りも覚めやらぬままの午後、貰ったばかりの小遣いを握りしめて、駅前のモールへ自転車を飛ばしたのだった。
思いっきり派手な格好をして、他の男子とも遊んでやろう。
ちょっとは馬鹿な相棒を持つ苦労を知るといい。柚季は懸命に、古風な将也が目を回すような服を探し回る。
絵梨が夏休みに着てたような、露出度の高い服は…
『うわ、高…』
ようやく引っ張り出した、山ほどジッパーの付いた赤いタータンチェックのミニスカートは、柚季の財布の中身とほぼ同じ額。
予算内でのトータルコーディネートを目指していた彼女にはちょっと辛い金額だ。
パンキッシュなスカートとにらめっこを続ける柚季の耳に、突然、レジから奇天烈なやりとりが聞こえてきた。
「…チャックというものは、元来物を入れる為に付いておるのであろう!?されども、これはどれひとつ開かぬ不良品じゃ!! さらにこのズボンは、薄汚い上に膝が破れておる。商人として…」
柚季と同じ位の背格好の少女が、これまた柚季が選んだのと同じスカートを振り回し、珍妙な口調で、唖然とするモヒカン鋲ジャンの従業員にまくし立てている。
「…あのね、お嬢ちゃん、これは製品のデザインでね…」
忍耐強く説明するモヒカンを無視し、ぽかんと見つめる柚季に気が付いた少女は、大声で柚季に呼びかけた。
「そこな娘!! かような服を買ってはならぬぞ!! 今から店の主に、とくと意見する故…」
「…ほんとに、店長呼ぶよ…」
意外に気弱げなモヒカン店員が店の奥に入る。 とっさに柚季は、絵梨から聞いていたこの店の店長の恐ろしさを思い出した。
『…万引きとか見つけたら、店の裏でもうボッコボコ。ま、ケーサツ行きよりいいけどさ…』
慌てて柚季は、商品を放り出して見知らぬ彼女の手を取った。巻き添えになりそうなムードが濃厚だったからだ。
「出たほうがいいよ!! 早く、早く!!」
「いいや!! そもそもあの傾いた売り子はなんじゃ!! かつて紫阿杜の志士は…」
訳のわからない事を言い出した少女の手を引いて、思わず柚季は『プリズン』を飛び出した。
喚き続ける少女にお構いなく、とりあえず自転車を止めてある市営駐輪場の前まで走り続けた。
柚季が荒い息を整え、ようやく少女に向き直ると、彼女はまじまじと柚季の顔を、穴があくほど見つめている。
柚季も負けじと少女を観察した。
奇妙な少女だった。
漆黒の長い髪は眉の上で揃えられており、白磁のような肌の小さな顔は、あまりに毅然として、そして人形のように整っていた。。
そして白いブラウスにグレーのスカートというなんの変哲もない着衣。
しかし柚季は、彼女の風体にもかかわらず、絶対に同世代の普通の女の子ではない、という印象に戸惑い、とりあえず彼女の言葉を待つ事にした。
「…そなた、もしかして…」
驚きに開かれた目。わずか高くなる声音。
「…先日の祭儀の、椿姫ではないか!?」
「…あ、うん…」
唐突な言葉に混乱する柚季を尻目に、少女は破顔して柚季の手をとり、ぶんぶん上下に振る。
「奇遇じゃ!! 奇遇じゃ!! まこと見事な舞じゃった故、褒美を取らそうと思うておった!! いや、奇遇じゃ!!」
奇遇じゃを連発する少女に、少し落ち着いた柚季は、おずおずと質問を発した。
「…あなた、誰?」
慌てて口をつぐむ。
「…の小等部、六年生じゃ。そうじゃの…『園』と呼ぶがよい。』
「…ソノ…ちゃん?」
「普段学園からあまり出ぬものでの。たまにこうして、新しく開いた店など見に『もおる』にやって来る。」
「…ああ…寮生なんだ…」
答えながらも柚季は、自分たちが目指す高杜学園の生徒は、みんなこんなにヘンテコなのかと、少し不安になった。
「で、そなたの名は?」
「和泉…柚季。」
「柚季…よい名じゃ。さて、次はこの遊戯場でも覗いてみるかの。付き合うてくれようの? 柚季。」
「へ!?」
すたすたと『ハイランダーの賑やかな入り口に向かう園の小さな背中を、柚季は立ち止まって見つめる。
高杜市立第二小学校校則10-1
児童はゲームセンターへの立ち入りを禁ずる。
…『遊戯場』って…将也じゃあるまいし…
しかしこの連想で将也への怒りが再び蘇り、柚季は校則を破る決意を固めてこの風変わりな少女の後を追った。
本当のところ、彼女への興味も大きかった。
「…ば、罰当たりな機械めが!! ええい、ちゃんと掴めと言うておろう!!」
大騒ぎした挙げ句に、やっと手にした『ジョン・スミス』のぬいぐるみを抱えて上機嫌の園は、
わりあい体力には自信のある柚季が辟易するほど、ばたばたと広大な『ハイランダー』を駆け回って豪遊した。
園の人目を引く言動も、着ぐるみや、コスプレをしたゲーマーの中では目立たない。
「…あれは『ぷりくら』であろう!? ちゃんと、知っておる。」
「一緒に撮ろっか!? ソノちゃん。」
もともと人懐っこい性格もあり、すぐにすっかり打ち解けた柚季は、屈託なくこの奇妙な新しい友達の手を取ってプリクラに飛び込んだ。
「…へへ、『近う寄れ』ソノちゃん。」
ぴったりとくっつくと、園の体からは、古風な香のような、いい香りがした。出来上がりを待って、『ハイランダー』の喧騒から離れる。
「よぉしソノちゃん、次は『めいぷる』行こ!!」
…ファンシーショップ、古本屋、衣料店…
子供なりに多忙な日々でしばらくぶりのモール巡りに、柚季は時を忘れて園を連れ回し、やがて薄暮が迫る頃、くたくたになって二人は駐輪場に戻った。
「ソノちゃん学園の寮だよね? 送ってあげよっか?」
「…柚季や、済まぬがあと一軒、付き合うてはくれぬか? 柚季の家はどちらじゃ?」
柚季が説明すると、園はにっこり微笑んで、ガチャガチャと慣れぬ手つきで柚季の自転車を引っ張り出し、よいしょと跨る。
「後ろに乗るがよい。園の用事は、柚季の家の方向にある。」
危なっかしい足どりで自転車を漕ぐ園の背中に、柚季は頬を押し当てて目を閉じる。
疲れた体に秋風が心地よかった。
街の喧騒から遠ざかり、二人は路地を抜けて鄙びた民家の密集する旧市街を静かに走りぬける。
やがて、キッ、と園がブレーキを踏んだ。
「…ここじゃ。」
『小椋屋』と趣きのある看板を掲げた和菓子屋だった。暖かい灯りが格子から漏れ、笑い声が店内から聞こえる。
「…豆大福が旨い。馳走させてくれ。」
柚季は空腹に気付き、それからもっと園と話していたい自分に気付いた。まだ門限まで、少し時間はある。
「…じゃあ、私の愚痴、聞いてくれる?」
「おおとも。若人の憤懣、大いにこの園に打ち明けるがよい!!」
豆大福の甘さと濃い茶の香りは二人の体に染み渡り、落ち着いた店内ですっかりくつろいだ柚季は、将也の不誠実を、とくとくと園にぶちまけた。
「…学園の文化祭に四人で行ったとき、絶対この学校に来ようって、約束したんだよ。あのきれいな芝生でお弁当食べて、勉強して、クラブは…」
なぜか嬉しそうに、園は柚季の話に熱心に聞き入っていた。
「…あの童子も、なかなか見事な男ぶりじゃった。柚季はなかなかどうして目が高い、と園は思うが。」
「…やな奴だよ。わがままで、騒がしくて、知ったかぶりで、助平で…」
「…でも、好きなのであろう?」
頬を赤らめる柚季に、園は目を細めて語る。
「その年頃の殿御はの、みな『わがままで、騒がしくて、知ったかぶりで、助平』じゃ。しかしの…」
ふと柚季は、園の表情に、追憶と、深い悲しみをほんの一瞬だけ見た。
「…そんな殿御は、女子の気付かぬうちに、すぐ凛々しい武者になる。そしてたとえ…たとえ若い命を投げ出そうとも、愚かな女子を守るのじゃ…」
園の言葉の不思議な重みに、柚季は黙り込んで、再びこの不思議な少女が何者なのかを考えた。
「…さ、そろそろ出ようぞ。」
園は供え物だと言って豆大福を三つ店主に包ませ、柚季と店を出た。夕焼けのなか、小さく鈴虫の声が聞こえた。
「…さて、今日は楽しかった。途中で別れるが、今少し、一緒に行こうぞ…」
二人は旧家の立ち並ぶ通りを抜け、柚季の住む高台の住宅地に向いて自転車を押した。
造成中の郊外に続くこの道は、広く綺麗だがどことなく寂しい。
「…確か、この辺なのじゃが…」
キョロキョロと見渡す園に、柚季が尋ねる。
「…何…探してんの?」
「地蔵じゃ。古い、小さな地蔵。」
園の応えに、柚季は頷いて指差す。
「あれでしょ。『逆さ地蔵』」
「『逆さ地蔵』とな? はて…」
柚季が指差した場所には、確かに道に背中を向け、顔の見えない小さな地蔵が祀られていた。
「しばらく前にニュースで騒がれたの知らない?古い県道を壊して、今通った道ができたとき、
古い道の方を向いてたお地蔵さん、背中向きになっちゃうからって、こっち向きにしたの。
そしたら、夜のうちに元の向きに勝手に戻っちゃって…」
園は応えず、茫然と地蔵の背中を、そして地蔵の目が真っすぐに見据える、遥かな
高見山とその麓の学舎を見た。
「開発工事がいやで、そっぽを向いたんじゃないかって。」
「違う…」
…貴方はまだ、気掛かりに思うて下さるのか…
園は大福を供え、恭しく地蔵の背に手を合わせると、静かに柚季を振り返って言った。
「さらばじゃ、柚季。よいか、必ず高杜学園に来るのじゃぞ。柚季のような生徒を、本校は待っておる。かの殿御や、朋輩と共に、な。」
「…おんなじクラスになれたらいいね。 バイバイ、ソノちゃん。」
園に手を振り、自転車を押して歩き出した柚季は、ふとポケットに、渡し忘れたプリクラが入っているのに気付いて振り返った。
見通しの良い一本道に園の姿は無く、ただ『逆さ地蔵』だけが秋の高見山を眺めていた。
思わず柚季は手にしたプリクラに目を落とす。
フレームの中で、園は仲睦まじく柚季に寄り添い、すました笑顔で柚季を見つめていた。
END
追加設定
市立浜中学校
市内の中学校。生徒の素行不良が問題化している。 通称『浜中』
『逆さ地蔵』
高杜台の手前にある古い地蔵。工事による移転後、勝手に向きを変えるという怪現象を起こした。
「…ま、あの辺、遺跡も多いしね。その、開発開発じゃ、地蔵さんも、そっぽを向く、と。」
国会後の首相談話
最終更新:2008年09月28日 19:23