56 :普通の日常:2008/09/30(火) 23:53:05 ID:ZG0T+9/q
高杜南市街港湾地区に隣接する雑居ビルの一室、痩せ身の男と取り巻き達が一人の男を囲み
互いに見合うようにテーブルを座り込む。痩せ身の男はオールバックの髪を撫で
薄汚れたボロを着込んだ浮浪者を一瞥すると、口を開いた。
「で? この俺に何の用なんだ、オッサン?」
「へ、へへ、この情報、ぜひとも蓼島さんに買って頂きたいと思いまして」
「情報……何の?」
「ま、まぁ、こいつを見てくださいよ!」
蓼島と呼ばれた男が語気を強め、浮浪者の目を睨みつけるとあごを撫でた、
慌てた浮浪者が傍らの紙袋から一本の棒を取り出すと取り巻き達がざわめき、蓼島は言葉を失う。
男の取り出した物は金のインゴット(金の延べ板)だった。
「なんだこりゃぁ? 本物か?」
「えぇ! えぇ! 二本ある内の一本は既に換金しまして証明書も――」
「盗みか?」
「いいえ!? こいつはある所から持ち出してきた金なんでさぁ」
浮浪者が懐から大金を覗かせると、近くにいた組員の一人が浮浪者に近付くのを蓼島が抑える、
勢い付いた浮浪者は興奮した様子で矢継ぎ早にと言葉をまくしたてる
「蓼島さんもご存知でしょ? 昔からデカイ財閥なんてのは金山や炭鉱を持ってるんです
高杜は歴史的に港での外交で栄えた土地、特に『三嶽重工』なんてのは……」
「俺ぁ歴史のお勉強なんざ、どうでもいいんだよ、オッサン
話は手短にしてくれや、出所はどこなんだ?」
「聞いて驚くなかれ、
高見山でさぁ! あの山は金山なんですよ!」
「――ンな話は聞いたことねぇぞ? ここまで来て俺を担ごうって気じゃねぇだろうな?」
蓼島がソファに大きく仰け反ると片足を組み、ぶらぶらと揺らしながら浮浪者を睨むと
浮浪者は慌てた様子でその場でソファから立ち上がり、首を振りつつ否定した。
「滅相も無い、よくご覧になってください、延べ板に打たれた家紋を……『椿の花』
まだ、あの山には延べた状態で手付かずに残された埋蔵金が大量に眠ってるんです!」
「ほぅ、で……オッサンはこんな話を俺に持ち出してどうしたいんだ?」
「運び出すのには人手が必要ですから、蓼島さんのお力をお借りしようと
こうして、お願い上がったわけで、私の取り分は4割……いや、3割で!」
「いいだろう、詳しい場所を聞かせてくれ、おぅお前ら……空いてる部屋に通してやれ」
浮浪者がへこへこと頭を下げながら奥の部屋へと通される、蓼島は組員の一人を連れ
事務所の外へと歩き出すと、運転手に車を回させた。
「蓼島さん、あんな浮浪者の戯言を真に受けてらっしゃるんで?
どうせ、どこかから盗んできて、足がつかないよう、俺らにあの金塊を売りつけようって腹に違いありやせんぜ」
「事実なら相応の金にゃなる、女沈めたりガキにS売って、危ない橋渡る訳でもない、
ちょっと調べりゃいいだけだ、もし事実なら組に上納する必要が無い安全な金が手に入る、損はしねぇだろ。
あのオッサンに上等な部屋でもあてがって、場所を吐かせろ」
「はぁ、その後は……」
「他にタレこまれたら面倒だ、現物の確認が取れたら黙らせろ」
目の前に止められた車に蓼島が乗り込むと静かに車は高杜の街を走り始める、
流れる景色の中、歩道を歩く一人の男と目が合うと、不快な面持ちで鼻を鳴らし取り出した煙草に火をつけた。
一組の男女が南地区の街頭をさまよい、何かを探す様子で手元のメモを見返しながら歩き続ける。
男があごをさすりながら熟考する素振りをみせるなか、少女は自販機を目ざとく発見すると
指を差しながら、男の袖口を引っ張り話しかける。
「ごろう、じゅーすのみたい」
「さっき飲んだだろ? まぁ、よろしゅうございますが」
五郎は懐から小銭を取り出すと、フリルのついた厚手のワンピースを着た傍らにいる少女、山姫に手渡す、
少女は小走りで自販機にかけると、お金をいれ迷うことなくおしるこのボタンを連打した。
「山姫はおしるこ好きだなぁ、糖尿になるぞ」
「あまい」
缶に両手にそえ、こくこくとおしるこを飲む山姫をよそに、分厚いファイルを見直し一つの廃ビルへと向かう。
もう既に住人はおらず、中に踏み込むと風化したコンクリートから舞い上がる粉塵で皮靴が白く染まる、
取り壊されることなく放置されているのか、壁は意味不明な落書きで埋め尽くされていた。
「気配はするんだが、地下かな?」
薄暗い階段を降り、地下へと向かうと念入りに施錠された一枚の扉が目につく、
鎖や釘板で打ち付けられたそれは日常の中でも、ひときわ異彩を放ち、ただならぬ雰囲気が感じられた。
五郎は釘板を素手で一枚ずつ外すと、鎖を力任せに引きちぎる。
全ての施錠を解いたのち重く分厚い扉を引き開けると、暗闇の中に一歩踏み出す。
「くらいのいや」
山姫が五郎の後ろにへばりつくようにくっついてくると、五郎は懐からライトを取り出し周囲を照らし出す、
立ち込めていたひんやりとした空気が扉を開けたことで流れ出し、二人の頬に当たった。
廊下を中ほどに差し掛かったとき、散らす火花のような焦げ付いた臭いが周囲に立ちこめる。
不意にコンクリートの床が燃えた木炭のように黒ずむと、歩みを進めるたびに軋む音が響いた。
「けっかい?」
「お前さんの結界より趣味はいいな、
しかしまぁ、随分と念入りに用意して引き篭もったもんだ」
霊は長い年月をかけその場にとどまることで、外界から剥離された特有の空間を作り出す、
こうして外界から隔絶された結ばれた世界、結界の内に篭もることで外界との干渉を避け、その場にとどまり続ける。
無意識の本能の中で展開されるイメージは、結界を作り出した霊の潜在意識によってその形を変化させる。
五郎が最後の扉を押し開けると、ぱりぱりと音を立てながら天井の蛍光灯が青白い光を立て周囲を照らした、
辺りには様々な実験器具が並べられ、胴鍋の中に得体の知れない肉塊が詰め込んであり、小さな羽虫が集っている。
暗闇の中に目を凝らすと、白衣に身を包んだ男がこちらの姿を見つけ、特有の黒い眼をこちらに向けた。
五郎は懐から山間の山荘から持ち出した『a-33』を取り出し、彼に見せ呼びかける。
「ちょっと、お伺いしたいんですが、よろしいですか?」
「あぁ、構わないよ……しかし君も既に人ではないようだ、私に害を与える気が無いというなら
一体何用でここまで来られたのかな?」
「なに、あなたと同じですよ、不躾で申し訳ありませんが、山荘で日記とファイルを読ませて頂きました
是非とも詳しいお話をご本人からお聞きしてみたいと思いまして――」
「山荘……娘は、無事だったかい?」
男がその場で目を伏せ五郎に問いかける、五郎は一旦考える素振りで男に笑いかけ
懐から凛と志鶴を写した写真を見せると、娘の安否を気遣う親に対し答えを返す。
「凛ちゃんならご無事ですよ、退魔師に事情を話し保護してもらっています」
「退魔師が保護? 学長の庇護下なら幾分か安全とも言えるか……
すまないね、私が把握できている分は力になろう」
「では単刀直入にお聞きします、『我々』はなんなのですか?」
五郎が男の前に質問を切り出すと、山姫が五郎の後ろから顔を出し、退屈したのか近くにあった実験器具を覗き込む。
男は後ろ向きに一冊の本を五郎に手渡すと答えを返した。
「魂魄という概念は知っているかな? 『陽魂』と『陰魄』肉体に魂が宿ることで、それは生命となり
どちらかが傷つけば黄泉へと還るものなんだ」
「しかし、俺の場合ついた傷は治ってしまいますけど……」
「人間は死ねば魂が離れ肉体のみが残留する、しかし肉体が死して魂が離れることがなければ腐りながらにでも生き続ける
結果として、肉体を傷付けて滅ぶことがなければ、また魂も不滅のものとなるんだ」
「不老不死……のようなものですか?」
男は顔を横に振り五郎の言葉を否定すると本に差し込まれた無数のしおりから一つを指差した。
「如いていうなれば『魂の不滅』だよ、皿に満たした水を刃物で切ってもまた元の姿に戻る。
我々は流れることを忘れ、いずれ乾いて消え去るまで留まることしか出来ない、行き場を失った水……魂そのものなんだ。」
「――魂の不滅」
不意に周囲にがらがらと何かが落ちる音が響くと、山姫がそしらぬ顔をしながら
落とした実験器具を足を使って見えない場所へと押し込むのを見て、五郎が歩み寄り山姫の頭にチョップを食らわせる。
「すいません、ほんとに……こじ開けた入り口も塞いでおきますんで」
「いや、丁度いい機会だ、他所に移るとしよう」
男はジャラジャラと鍵を取り出し隅においてある金庫の封印を解き、開け放つと
なかから銀の装飾が施された小さな指輪を取り出し五郎に手渡した。
「すまないが、今度娘に会うことがあればこの指輪を渡してあげて欲しい」
「これは?」
「遠い昔亡くなった妻の物だ、頼まれてくれるか?
最後に元気な凛の姿を一目見てみたかったが、肉体を失った私にこれ以上の猶予は残されていないようだ……」
「――えぇ」
男の姿がおぼろげに霞んでいくと体が塵となり周囲へと霧散していく、男は寂しげな表情をたたえながら
中空へと消えると、不意に室内の蛍光灯が消え落ちた、五郎はライトをつけ、結界の解けた部屋の周囲を見渡す。
埃と雑多ながらくたにまみれ、壁には古ぼけた白衣がかけられている。五郎は手に持った凛の写真を
白衣のポケットに入れると、山姫を従えその部屋を後にする。
『ありがとう』
不意に聞こえた男の言葉に五郎は振り返ることなく手を振ると、太陽の光が差し込む高杜の街へと歩き出した。
高杜学園の教室内、小金井が朝礼の合間を縫って予習に励む。
それも夜遅くまで探索に走り、学業を怠るのが原因だが、今の世の中剣だけでは渡ってはいけない渡世である。
教師が教室に入り転校生を紹介するのをよそに、小金井はひたすら詰め込みの作業に気を取られていた。
「よろしくね」
「え? あ、はい」
小金井の隣に座った穏やかで華奢な風貌の転校生はツーテールの髪を揺らし穏やかに笑いかけながら語りかけると、
慌てた様子の小金井は彼女の名前を思い出そうと思案にふける。
「う……あ、えっと」
「銀谷美雪」
「か、銀谷さん? 僕は小金井っていいます……よろしく」
「こちらこそ」
授業が滞りなく終わりを告げ放課後になると、小金井は軽く溜め息をつきその場を後にしようと席を立ち上がり。
不意に銀谷が横から手に持った竹刀袋を見せながら声をかけられた。
「小金井君が剣道部だって聞いたから……よかったら部室へ案内してくれるかな?」
「はい、いいですよ」
小金井の後を追うように銀谷がついていくと校内の離れに建てられた剣道場へと足を向けた、
道場は幾つかの区画に分かれており、共同で使用する場合もあるもののほぼ専用の部室があてがわれている。
銀谷が設備の大きさに息を呑むと、剣道部の部員が小金井を見つけ話しかけた。
「お、誰かと思えば幽霊部員の小金井じゃないか、随分と久しぶりだな」
「こんにちわ、今日は転校生の方が入部希望ということで案内したんです」
「銀谷美雪と申します、よろしくお願いします!」
「じゃぁ、僕はこのへんで」
銀谷を置いてすり足で遠ざかる小金井を部員が取り囲み捕獲すると、道場内に引きずり込まれた。
小金井は渋々、みなが打ち込み稽古をする中、道場の隅で素振りを始めると、
歩きよってきた銀谷に声をかけられる。
「小金井君、一回手合わせどう?」
「え、でも」
「あはは、駄目よ銀谷さん、貴女国体にも出場経験があるし、中学では大会優勝経験者なんでしょう?
小金井君は中等部の頃から万年補欠だもの、相手にならないわよ」
頭を掻いて縮こまる小金井が愛想笑いをすると、その態度に気が触ったのか、銀谷は小金井の手を引くと
半ば強引に向き合い一礼すると構えを取った。
(女に馬鹿にされてヘラヘラして……悔しくないのかな?)
「えーと……よ、よろしくお願いします」
「では、本気でいきます!」
互いに見合わせ小金井が正眼に構えると、銀谷は下段に竹刀を向け、じりじりと小金井との間合いを詰めていく、
相手の腕と竹刀の長さ、踏み込みの伸びを考慮して、間合いを計るように小金井が下がると――
「場外!」
「あ、あれ!?」
反則を取られ、小金井はハッとした様子で剣道のルールを思い出した。
頭に被った面を撫でながらヘこへこと頭を下げる小金井に、ますます不満が鬱積した銀谷は再び開始位置に戻り。
相手にわざと隙を見せるように大上段に構え、僅かに上体を崩す。
(打ちかかってきたら、後の先を取って打ち崩す……)
(打っていいのかな?)
それは一瞬の出来事だった――銀谷が瞬きをした一瞬の隙を見て小金井の竹刀が視界から消えると
小金井が踏み込み渾身の一撃を空いた胴に放つ、竹刀とはいえこのまま打ち込めば防具をも打ち抜くであろう強撃。
小柄で華奢な筈の小金井から生まれる脅威的な膂力と速力により、振るう竹刀が大きく歪んだ。
「なっ!? これはっ!」
「……!」
激しい音が道場内に鳴り響くと小金井の竹刀は振るっただけで根元からぽっきりと折れ、放心状態になった小金井の頭に
銀谷の打ち込んだ面がぱしりと入る、部員の一人はまたかという顔を見せ、小金井を呼びつけた。
「また折ったな小金井、なんでお前はそうぽきぽき竹刀を折るんだ?」
「一応……気をつけてはいるんですけど」
「握りがおかしいんだよ、いいからお前は素振りしてろ! ほれほれッ!」
「はい……」
部員の一人に促され、防具を外した小金井は再び道場の隅でぴょこぴょこと素振りを始める。
その素振りはどう見ても手を抜いてるようにしか見えず、振っているというよりは竹刀に振られているといった様相。
銀谷はその様子を遠巻きで眺めながらぼそりと呟く。
「いい所は顔だけね……」
「言えてる、あはは」
他の女子部員が同意すると、銀谷は他の部員達と打ち込み稽古を始める、
小金井は今日見回る予定だった南地区のことが気にかかり、内心気が気でない状態のまま、黙々と竹刀を振り続けるのであった。
日も暮れ初め夕日が海を照らし出す頃、田亀と藤木は神社の山道付近に腰かけ沈む夕日を眺めていた。
藤木が顔を上げ田亀の横顔をちらちら覗き込むと、場の沈黙に耐えかねたのか一方的に話しかける。
「結局、今日は小金井君こないのかしらね?」
「部活が終わってから合流って、メールがきましたから、もうすぐ来ますよ」
「あっそ……ん? 誰か登ってくるわよ?」
山道の登り口から見るからに柄の悪い男達がそぞろ歩いてくると、二人を睨みつけながらその場をすれ違う。
田亀はその場で縮こまるように萎縮して目を伏せると、チンピラの一人が声を上げた。
「お、なんだカメじゃねぇか?」
「う……ぁ」
「なんだ、お前の知り合いか?」
「こいつ田亀つって、俺が高杜中退する前にパシリにしてた奴なんですよ
よぉ、カメ……こんな所に女連れ込んでなにやってんだよ?」
チンピラの一人が田亀の肩に手を回し藤木の顔を覗き込むと、ニヤニヤと笑いながら。
田亀の腹を肘でついた。
「あの……その」
「俺にもこの彼女紹介してくれよ、田亀く~ん!
携帯の番号だけでいいからさぁ!」
「……」
「おっと、置いていかれちまった……今日は用があるからまた後でな、ひゃはは!」
田亀の拘束を外し、去り際に藤木の尻を撫でると、藤木は睨みつけるように男の顔を一瞥し、
男の姿が見えなくなると、田亀の頭に何度もチョップしながら憤慨した。
「あーもー、情けない! やられっぱなしじゃないのあんた!
あたしなんて尻触られちゃったわよ、尻!」
「だ、だって……怖いッス」
「大蜘蛛に蹴りいれて吹き飛ばす癖に、なんであんなひょろっちぃチンピラが怖いの?
おかしいでしょ、そんなの!」
「志鶴さんも怖いッス……」
田亀の余計な一言に志鶴の大きく振りかぶったチョップが唸ると、田亀は半泣きになりながらも頭をさする。
山道の下方から小金井が登ってくると状況が飲み込めず、困惑した状況で固まる。
「じ、状況がよく飲み込めないんですが、お二人ともどうかしたんですか?」
「田亀が頼りなくってしょうがないわねぇ……って話をしてた所よ、
もっとしっかり、えと……と、ともかく! しっかりしてくれないと困るでしょ」
突然意味もなくテンションの下がる藤木が、田亀の脇腹を指で突くと頬を染めてその場で俯く。
田亀は頭に疑問符を浮かべ小金井の後ろに隠れると、小金井は頬を掻きながら三人で付近の巡回へと向かった。
蓼島の命令で高見山に辿りついた組員の男達は進入禁止の柵を越え、浮浪者が話していた横穴を利用した祠の前で立ち止まる、
人が楽々と通れるほどの穴には格子の扉がはまり古臭い錠前がはめられていた。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ……」
「ちょっと気分が悪いだけだ、鍵は外せるのか?」
取り仕切る男はよろけた様子を見せながらも部下の一人に錠前を空けさせ洞窟の内部に踏み込む、
ひんやりとした冷気が漂い足元には死骸や小動物の糞が堆積している。
「誰でも入れるような、こんな所に本当に金なんてあるのかぁ?
あるならあるで話題になってるだろ?」
「……先に進むぞ、早く」
男達の列から一人の男が先行し闇の中へ消えていくと、後を追った男達が洞窟の中を進む、
ふと洞窟の岩肌が脈動するように歪んだかと思うと、どこからともなく呼吸のような風音が聞こえてくる。
男達は顔を見合わせ先行した男に遅れまいと走りながら後を追った。
「……」
「やっと追いついた……っとなんだぁ?」
岩山のただの洞窟にしては不自然なほどの長い道のりを越えると今度は人工的に作られたかのような、
坑道内へと差し掛かる、所々に麻袋やシャベルが立てられており、不意に頭上の電灯に火が灯った。
「こっちだ……開けるんだ」
先行した男の声がする方へと男は誘い出されるように足を向けると、次第に男達の間に困惑した思考が浮かんでくる。
どう考えてもおかしい、高見山の地下に向かって伸びる道を、かなり深くまで歩いた筈だった。
そこに戦時中の地下壕を思わせる坑道内、そんな場所に電気が通っているのもおかしい。
「な、なんだか誘い込まれてないか俺達?」
「あいつが先に行っちまうから、早く連れ戻してずらかろうぜ
やばいぞ、ここは……」
坑道内を進み続けると、異様な雰囲気のする空洞へと達する、ライトで周囲を照らし出すが
空間が広い為か周囲にはただ闇だけが広がる。先行した男が扉の前で倒れているのを男達が発見すると。
男の元へと駆け寄り、話しかける。
「おい、どうした金は見つかったか?」
「開けろ! 開けろ! あけろ! アケロッ!!」
倒れた男の眼球がぼろりと顔から抜け落ちるとぼそぼそと口を動かしながら、穴から膿を垂れ流しその場を立ち上がる。
男達は異様な雰囲気を察知したのか唖然とした表情で後ずさりながら、人だったモノと距離を取る。
顔面に無数の血管が走り、頭蓋が膨れ上がる餅のように歪んでいくと絶叫を上げた。
「キァァァァッッ!!」
車のパンク音のような音が鳴り響き、膨れた男の頭が破裂すると、中から飛び散った血と触手のような虫が男たちに降り注いだ。
男達は叫びながら取り付いた虫を振りほどくが、びっしりとひしめいた虫は眼孔・耳・鼻の穴から体内へと侵入し、
皮膚下を蠢きながら脳を食らうと、憑かれた男達は体を細かく痙攣させながら地面をのたうち回る。
「なんだよ……なんだよこれェッ!」
「パニクってんじゃねぇ下っ端、とっとと逃げんぞッ!」
辛うじて難を逃れた男二人はその場を逃げ出すように走り出すと、数人の男達が後を追う、
来た道を走りながらも引き返すものの、洞窟の容貌は入り組んだ岩肌へと形を変え、行き止まりや分かれ道に当惑される。
「来た時にはこんな道はなかったぞ!? どうなってんだ!」
後ろからは喰屍鬼となった男達が鼻を鳴らしながら、生き物の臭いのする方角へと追跡してきていた。
男は銃を抜き喰屍鬼に向かい発砲するが、怯む様子すら見せることなくジワジワと間合いを詰めてくる、
ふと生き物の気配を感じ目を移すと、一匹の鼬が男達のそばへと姿を現す。
「一体どこから?」
「出口に決まってんだろ! あれの後を追うぞッ!」
辛うじて追っ手を振り切り横穴の中から夜の山林へと二人の男が逃げ延びると、後を追うように三匹の喰屍鬼が姿を現す、
鼬は傍にいた少女、藤木の体を駆けあがり、術が解けたのか元の燐粉へと姿を変え、
田亀と小金井は驚いた表情で喰屍鬼を見つめた。
(カメとさっきの女か? 丁度いいところに……)
男は田亀の腕を取ると喰人鬼の中へと背中を押して蹴り込むと、田亀が襲われている隙に全力で逃げ出す。
「あっ!? ちょっとなにすんのよあんた!!」
「五月蝿ぇぞアバズレ、テメェも一緒に餌になれや!」
二人の男はその場から逃げ去り、田亀は転倒した状態で三匹の喰人鬼に囲まれる、咄嗟に起き上がりざまに水面蹴りを放ち、
喰人鬼達の足を払うと、続けて中段の蹴りを放ち、喰人鬼の一体を蹴り飛ばす。肩に掴みかかる腕を取り肘でへし折ると。
顔面に突きを撃ち込み頭蓋を粉々に粉砕した。
「うげッ!? グ、グロイ……」
「人間相手じゃないなら……遠慮はいらないっスよね」
「元人間なんだから、少しは加減なさいよ」
蹴りのコンビネーションで喰人鬼の体勢を崩し肘を打ち込むと、喰人鬼の首の骨がぐにゃりと折れ曲がり、
その場でかくかくと痙攣し崩れ落ちる。最初に蹴り飛ばされた一体が体勢を立て直すと、
小金井の抜刀と共に翻す刃が飛びかかる喰人鬼の首を切り落とした。
「これで全部かな?」
「――成仏」
「それにしても、何してたのかしらね、あいつら?
ここは落盤で道の途中が塞がってて奥には何も無いって聞いたけど?」
男達の死体から這い出してくる虫を足でぷちぷちと踏み潰しながら藤木が疑問を投げかけると、
小金井が手を上げ、頭を捻り言葉を返す。
「僕が祖父から聞いた話だと、
昔はここに『道反』(ちがえし)の封印があったとかって聞いたなぁ」
「なにそれ? また聞き覚えのない単語が出てきたわね……
しっかし色々と曰く付きの多い所ね、この高杜って街は」
「……」
「義明、いつまで祈ってるの? あんたも虫潰すの手伝いなさいよ」
両手を合わせて黙祷を続ける田亀の顔を藤木が覗き込むと、田亀の目に滲む涙を見て思わず息を呑む。
藤木も目を伏せ、田亀そばに立ち手を合わせると、喰人鬼となった男達の冥福を祈った。
(優しすぎるのよ、あんたは……)
不意に浮かんだその想いが藤木の心を締め付けると、過去の過ちを犯した時から心の奥底に
押さえ込んでいた感情が、再び燻りはじめたのを感じていた。
深夜の南街を駆け抜けながら、二人の男が蓼島組の事務所前へと辿りつく、肩で息をしながら薄暗い事務所内を見渡すと。
朝方見た浮浪者が床に倒れ死んでいるのを発見した、部屋の中にいた数人の組員達はまるで二人がいないかのように振る舞い、
不審に思った男達が蓼島の座るソファへと目を向けた。
「あの、蓼島さん?」
「よぉ、お前らか……ちゃんと開けてきたか?」
「それどころじゃないですよッ! 金があるなんて嘘っぱちで
突然ウチのもんが化け物になって、他の連中は全員そいつの虫に喰われちまったッ!」
「――んなこたぁ、どうでもいいんだよ
俺ぁよ、開けてきたかって聞いたんだ?」
蓼島のソファがゆっくりとこちらを向くと、目を充血させ顔の鼻口から血を垂れ流す蓼島の姿と二人が向かい合う。
二人は悲鳴を上げその場で腰を抜かすと、蓼島の額と頬がみりみりと裂け始め、二つの目が現れる。
血走った四つの目で二人の組員を睨みつけながら、口元を吊り上げるとゆっくりと近付いていく。
「使えねぇな、使えねぇよ……どうしてくれんだよ、テメェら
開けてこいっつったろ? そこが肝心な所だろうが」
「か……は、か、勘弁してください」
「ひ……ひぃ、ひ」
「使えねぇ奴はいらねぇよな!?」
男の一人の顔を手で固定すると、蓼島の口からぞろぞろと虫が這い出し、組員の顔にぼとぼとと落ちていく。
鬼のような形相で必死で抵抗を試みるが、次々と虫が男の体内に侵入すると痙攣を起こし、その場に倒れこみ動かなくなった。
「お前も使えねぇか?」
「ひゃぁぁぁッ!! ひゃぁぁぁぁッ!!」
「五月蝿ぇぞ、テメェは生かしといてやるよ、生きてる人間がいた方が
べ……べべッ、便利だからよ」
「ぐひッ!! ぐひははは!! ひっ……ひっ……」
半ば狂乱状態になった残りの一人は頭を掻き毟りながら周囲を見渡すと、かつて人間だった者達の視線が突き刺さる、
既にこの場にいるもの全員が人の皮一枚を被った蟲なのだ、蓼島は携帯を取ると通話ボタンを押し、
ノイズの走る電話先の相手へ連絡を繋ぐと虚ろな目を天井に向けたまま話し始める。
「俺だ……拝み屋の九頭龍だ、失敗した、また失敗だよ
だが『容れ物』は手に入った、大量にな……」
その時、事務所の表を偶然通りかかった一組の男女が通りかかると、男がその場に足を止める。
「――気のせいか」
結界ともまた違う、ただならぬ異様な空気を察知した五郎は夜空を見上げると、月明かりを拒む雲に向かい大きく溜め息をついた。
最終更新:2008年10月04日 21:32