東北大学SF研究会 中編部会
『折りたたみ北京』 郝景芳(かく・けいほう、ハオ・ジェンファン)

著者紹介

 1984年中華人民共和国天津市生まれ。女性。
 清華大学で物理学を専攻し、研究所でさらに専門的に学んだ後、経営学博士号を取得。2016年に『折りたたみ北京』でヒューゴー賞中長編小説部門を受賞。
 『折りたたみ北京』は2012年に中国で「清華大学学生論壇水木社区」のSF版に発表され、2015年にケン・リュウにより英訳、米国で発表された。SFマガジンにはケン・リュウによる英訳版からの翻訳という形で掲載されている。


作中用語解説

 折りたたみ北京
 中国各地からの労働者の流入による人口過密を解決するために、50年前、北京は折りたたみ式に改造された。
 北京は三層からなり、片面を第一スペース、もう片面を第二スペースと第三スペースが占めている。第一スペースは人口500万人で、主に官僚や知識階級などの上流階級が居住している。第二スペースは人口2500万人で、学生やその他の中流階級が居住している。第三スペースは人口5000万人で、2000万人のごみ処理従事者とそれを支える3000万人のサービス業従事者が居住している
 北京は二日間を三つに分けて“交替”しており、06:00~30:00(二日目06:00)が第一スペース、30:00~46:00(二日目22:00)が第二スペース、46:00~06:00が第三スペースの割り当てとなっている。また、各面の重量比を同じくするため、人口・構造物ともに少ない第一スペース側の土壌はもう片面より厚くなっている。
 第二スペースと第三スペースはダストシュートで直結されているが、第一スペースと第三スペースは直結していないので、ごみ処理場を介しての侵入は出来ない。第三スペースから第一スペースに行くには、“交替”の際にうまく隙間から入っていくしかない。


登場人物紹介

 ラオ・ダオ 月収1万元(16.5万円)
 48歳、独身の男性。最下層の第三スペースのごみ処理施設で働いている。一人娘のタンタンのために、幼稚園の学費としてまとまった額のお金を必要としている。ペン・リーに頼み、階層を超えた手紙の密輸の手ほどきを受ける。

 タンタン
 ラオ・ダオの義理の娘。ごみ処理施設に捨てられていたところをラオ・ダオに引き取られた。音楽とダンスが好き。

 ペン・リー
 60代の男性。若いころ第一スペースに侵入し、禁制品の密輸で財を成した。4回侵入し、5回目につかまって以来、密輸はしていない。

 チン・ティアン 月収10万元(165万円)
 第二スペース在住の大学院生。第一スペースで行われたシンポジウムで出会ったイー・ヤンに一目ぼれし、再び彼女と連絡を取るため、ラオ・ダオに高額な報酬とともに彼女への手紙を託す。

 イー・ヤン 月収40万元(660万円)
 第一スペースの銀行の頭取付補佐。既婚者。ウー・ウェンという夫がおり、チン・ティアンとの交際はいわば浮気であった。ただ、ウー・ウェンとの結婚はあまり乗り気ではなかったようだ。

 ウー・ウェン
 イー・ヤンの夫。第一スペースで「老人」の下で働いているが、ミスが多いようだ。「老人」にごみ処理に関する提案を行うが一蹴される。

 ジー・ダーピン(ラオ・ジー)
 52歳の男性。元陸軍准将で現在は第一スペースにある国営企業の業務支援を行う機関に勤務。第三スペース出身。同郷のよしみで、ラオ・ダオを助ける。

 老人
 この「折りたたみ北京」の影の支配者。彼の都合に合わせて“交替”を遅らせることすら出来る。ジー・ダーピンとウー・ウェンの上司。


あらすじ

 第三スペースのごみ処理場で働いているラオ・ダオは、音楽が好きな一人娘のタンタンを音楽教育を行う立派な幼稚園に入れてやるために多額の教育費を必要としていた。ラオ・ダオは、第二スペースの大学院生チン・ティアンから依頼された手紙の密輸を実行するため、元密輸人のペン・リーから第一スペースに侵入するための手ほどきを受けた。
 第一スペースに侵入し、イー・ヤンに手紙を渡すことは出来たものの、ヤンは既婚者で、チンとの交際は浮気だった。ヤンから口止め料として、自身の月収の10か月分をまとめてもらったが、ヤンにとってそれはたった1週分の収入に過ぎなかった。
 自身とヤンの間にある格差に動揺し、第一スペースの公園をさまよっていたところを警備ロボットに見つかってしまい、危うく拘束されるところであったが、運よく同郷の元軍人ジー・ダーピンの起点によって助けられる。
 ラオ・ジーの職場である宴会場に招かれたラオ・ダオは、第三スペースと第一スペースの格差を思い、物思いにふける。第三スペースは不可触な存在なのだ。ラオ・ジーの話を聞き、ラオ・ダオは話の内容こそ半分も分からなかったが、何を言いたいのかは分かった。第三スペースは不可触ではあるが、北京の経済を守るために必要な犠牲なのだ。
 途中足を挟まれ負傷したものの、依頼を完璧にこなし、ラオ・ダオは第三スペースに戻ることが出来た。この48時間のうちに、ラオ・ダオは様々な体験をした。ラオ・ダオはタンタンの将来のために、またごみ処理場へと通うのであった。


所感

 現代中国の格差と社会矛盾を、「折りたたみ北京」という突飛なアイディアの中で描き切った傑作。題名こそ出オチ感があるが、作者の経営学的なアプローチによって魅力的な物語構造となっている。
 前回自分が担当した『あなたの人生の物語』とは、作者が中国系である点、非自然科学的アプローチが図られている点で、一致が見られる。この『折りたたみ北京』を英訳したケン・リュウも中国系で、アジア的世界観による幻想的な作風が魅力的な作家である。アジア系SFに興味を持った方は、ぜひケン・リュウの作品に触れていただきたい。

下村
最終更新:2017年11月07日 15:33