東北大学SF研究会 中編部会
『最後にして最初のアイドル』
草野原々
著者紹介
1990年広島県東広島市生まれ、北海道札幌市在住。
これまでの商業発表作は『最後にして最初のアイドル』、『エヴォリューションがーるず』の二作のみ。
慶應義塾大学環境情報学部卒。在学中は慶應大SF研に所属していた。現在は北海道大学理学院博士課程に在学中。
2016年に『ラブライブ!』同人誌に『最後にして最初の矢澤』を発表。この作品を改題・改稿した『最後にして最初のアイドル』で第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞しデビュー。同作品で2017年の第56回日本SF大会ドンブラコンLLにて第48回星雲賞日本短編部門、第16回センス・オブ・ジェンダー賞〈未来にはばたけアイドル賞〉を受賞。同時にその常識外れの言動によって第27回暗黒星雲賞ゲスト部門を受賞。今後の活躍が期待される、日本SF界の超新星である。
原々の作品の特徴は、突飛でばかげた発想とそれを裏付ける冷静な論理の融合にある。このレジュメの筆者である私はこの夏にSF大会で実際に会って話をしてきたが、端的に言って原々の言動はヤバいやつだった。ヤバい以外に言い表す言葉が見つからない。とてもこの理性的な作品を書きあげたとは思えないくらいヤバいやつだった。この「ヤバさ」という危うさと科学的な論理が見事に融合した先にあるものが原々の作品である。
ちなみに印税がまだ100万の大台を突破していないらしい。(8月26日現在)また、本人曰く、将来的にヒューゴー賞をとる予定らしいので、日本人初の受賞をぜひ期待している。(個人的にも、升にヒューゴー賞受賞記念でサインをもらう予定なので、期待している)
主要登場人物
古月みか
本作の主人公。生後6ヶ月にしてアイドルオタクになった、生粋のアイドルオタク。
高校卒業後はアイドルを目指して東京の事務所に所属し、単身上京する。しかし事務所はほどなくして倒産、夢破れて自殺してしまう。
後に眞織の手によってアイドルとして復活を果たし、宇宙をまたにかけてアイドル活動を行う。
新園眞織
光ヶ丘高校アイドル部の同級生にしてみかの親友。高校時代はプロデューサーとして古月みかのアイドル活動をサポートした。
卒業後は京都にある大学の医学部に進学。自殺したみかの脳を回収し、みかをかわいいアイドルとして復活させることに成功した。
古月みや
みかのひとつ違いの妹。中学時代に両親の離婚によって生き別れとなった。
両親の離婚の原因となったアイドルを激しく憎んでおり、みかのアイドルオタクを矯正すべくみかの前に現れる。
作中用語解説
〈ノヴム・オルガヌム〉
放射線に耐える遺伝子、紫外線吸収物質を細胞内に作り出す遺伝子、そして紫外線で光合成するための遺伝子の3つを導入された共生細菌のこと。後に転じてこの共生細菌を含む生物も意味するようになった。
元ネタは英国の哲学者フランシス・ベーコンの著書『ノヴム・オルガヌム』。
モノポール
磁気単極子、すなわちN極かS極かどちらかの磁性しかもたない粒子のこと。一応1931年にディラックによって理論的には存在しうることが示されたが、実験的には未だに発見されていない。
こいつが見つかると電磁気学の定義やマクスウェル方程式が全部書き換えになり、これまでの勉強がパーになるので個人的には見つかってほしくない。
ダイソン球
米国の宇宙物理学者フリーマン・ダイソンの提唱した構造物。恒星を球殻で覆ってしまうことで、恒星の発するエネルギーを全て吸収出来るとした。
あらすじ
古月みかは生粋のアイドルオタクだった。アイドルになることを目指し進学した高校のアイドル部で、みかは後に親友となる新園眞織と出会う。高校時代は眞織のプロデュースの下、充実したアイドル活動を行うことが出来た。
高校卒業後、みかはメジャーデビューを目指して単身上京して事務所に所属することとなり、眞織は京都にある大学の医学部に進学するために、2人は離れ離れになった。
しかし、みかの事務所は半年ほどで倒産。夢破れて放心状態だったところで、眞織と妹のみやと再会する。眞織の資金援助の申し出と、みやの辛辣な意見によって、みかの心は完全に折れてしまった。みかは自宅のベランダから投身自殺した。
眞織はみかをアイドルとして蘇らせるため、みかの死体から脳を回収した。
みかの死後、地球を未曽有の太陽フレアが襲った。〈モノポール・スーパーフレア〉と呼ばれる太陽フレアの影響によって、人類は滅亡の危機に瀕した。人類は遺伝子組換生物による環境改変を実行したが、予想以上に環境改変が成功し、従来の生態系は全く書き換えられ、文明は崩壊した。
このとき、眞織は文明崩壊に乗じて殺人・違法移植に手を染め、ついにみかの死から30年後にみかの復活を成し遂げる。みかは眞織の脳の一部や他人の臓器が移植され、次世代アイドルとして復活したのだ。
みかは眞織の指導の下、秋葉原でアイドル活動にいそしむ。2人は人間を狩って食べるというアイドル活動に励んだ。アイドルは弱肉強食なのだ。しかしある時、スキを突かれて鈍重な眞織が人間に殺されてしまう。復讐を誓ったみかは人間の住処を強襲し、皆殺しにした。
人間を皆殺しにしたはいいものの、ファンとなる人間がいなくなり、アイドル活動は成り立たなくなった。水母と蜘蛛からなるニューラルネットワークの構築など、様々な手段を用いて意識を持つ生命体を作ろうとしたが、全て失敗してしまった。思い立ったみかは宇宙へ飛び出すが、意識を持つ生命体に出会うことは出来なかった。
ある時、意識とは自然に生命体がもつものなのではなく、アイドルによってインストールされるものなのだとみかは気付いた。意識をもつアイドルに自己同一化をすることで、アイドルの模倣としての意識の獲得が起こるのだ。
これ以降、みかのアイドル活動は、進化に介入して意識の形成を促すのではなく、十分な情報処理能力をもつ生命体のもとに行き、似た体に自分を作り変えて同一化を目指すという方向にシフトした。
ついにこの宇宙が死を迎える頃、みかは新しい宇宙を作り、そこに宇宙背景放射として自らの意識を伝えた。宇宙背景放射は情報生命体として無数の宇宙を巡回した。実は宇宙も、宇宙を神経細胞とするニューラルネットワークで、多宇宙は十分な情報処理能力をもつ生命体だったのだ。みかによって、多宇宙は意識を獲得するに至った。この世のすべての物質は、アイドルが大好きなのだ。
多宇宙は過去方向にも伸びている。多宇宙は自分が存在するように時空を捻じ曲げた。この結果、〈モノポール・スーパーフレア〉が生じ、またみかと眞織が出会うこととなった。
多宇宙の意識はある宇宙にたどり着く。この宇宙で意識をもつのは、〈最後にして最初のアイドル〉たる読者自身だ。
所感
この作品が個人的な今年一番の国内SF短編である。日本SF史に残る名作となるであろうし、この作品を読んだ時の衝撃は一生忘れることがないと思う。
出だしから始まって、長く馬鹿SF的な展開が続く。途中スプラッタ的展開が挟まったり、『
地球の長い午後』のような珍生物が登場したり、独力で宇宙開発をしたりと面白い流れがあるが、それも概して言えば馬鹿SF的と言えるだろう。
この印象が大きく転換するのが、アイドルと意識の関係へ言及する場面である。ここから物語は流れるように進んでいき、一気に様子を変える。哲学的考察によって、この物語は急激に思弁性を帯び始める。
意識の獲得に関する考察から宇宙論へと話は展開していき、時空を超えてメタ構造に昇華する。話の終わりも終わりで目まぐるしく話題と舞台が転換していく。これこそ原々の言う「ワイドスクリーン・バロック」の要素である。
この作品では、意識が重大なテーマとして扱われている。同じように意識を扱った近年のSFでは、伊藤計劃の『
ハーモニー』が挙げられる。詳しくは伏すが、この作品は、「伊藤計劃トリビュート2」で本人が言っているように、『ハーモニー』と対を成す物語であるといえる。私は、原々が計劃亡き後の閉塞した日本SF界に新しい潮流をもたらしてくれると信じている。
現在、日本SF界では酉島伝法の『皆勤の徒』、藤井太洋の『マン・カインド』、そして草野原々の『最後にして最初のアイドル』と、少しずつではあるが、伊藤計劃・円城塔という二大巨頭を超えるヴィジョンが提示されつつある。これらの作品を未読の方は、ぜひチェックしていただきたい。
下村
最終更新:2017年11月17日 21:35