東北大学SF推理小説研究会SF・ライトノベル部会 読書会レジュメ 
2006.11.10(金)作成者:探検隊
『脱走と追跡のサンバ』 筒井康隆

0.テキスト


『S-Fマガジン』にて1970年10月号から1971年10月号まで連載。
途中にあるページ数は角川文庫版第二十一版をもとにした。

1.作者について


1.1略歴


1934年9月24日大阪府大阪市生まれ。中学時代はIQ178の天才児。高校・大学時代より役者を志していた。1960年SF同人誌『NULL』を発刊。短編の「お助け」が江戸川乱歩に評価され、『宝石』誌に掲載されデビュー。『残像に口紅を』『虚人たち』『虚航船団』『文学部唯野教授』など著作は多数。翻訳もいくつか存在する。

1.2多芸


小説以外にもいろいろなことをやっている。

1.2.1エッセイスト:笑犬楼

1.2.2アンソロジスト、三島由紀夫賞の選考委員など。

1.2.3マンガ家:『筒井康隆漫画全集』

1.2.4役者:ホリプロに所属。もともとは作家よりもこちらの道を志していた。自作の映像化によく出演している。個人的には『文学賞殺人事件 大いなる助走』でのSF作家をバカにすんな発言(大意)が印象に残っている。

1.2.5その他:全日本冷し中華愛好会など。

1.3断筆宣言


1993年、角川書店の『国語Ⅰ』の教科書に「無人警察」という筒井の短編が収録されることになった。それに対して日本てんかん協会より「てんかんへの差別を助長する表現がある」として教科書からの削除または販売中止を求める声明文が出された。

それに対する筒井は、作家とは「本来反制度の立場に立って発言する」ものであるとの立場を崩さずに意見を述べつづけたが、結局「差別表現への糾弾」に抗議する意味で「筆を折る」ことになった。この宣言を聞いた実際のてんかん患者(およびいわゆる障害者)から多くの支持意見を受け取った。その後、1996年になり、各社と覚書を交わす形で断筆は解除され、現在に至る。

この事件に関する参考文献は文末で示す。「表現の自由」と「人権」のコンフリクトの一例として興味があれば読んでみて欲しい。

1.4後進への影響


『果しなき流れの果に』でも触れられていたが、初期の日本SFを支えた一人である。作家やマンガ家にファンも多い。

特に、今年映画化された『時をかける少女』の細田守、『パプリカ』の今敏は原作を昔から読んでいたそうである。『日本以外全部沈没』の河崎実については不明。

その他、『不条理日記』吾妻ひでお、『レベルE』『幽遊白書』富樫義博、『ジョジョの奇妙な冒険』荒木飛呂彦などで「引用」されているのを目撃した。



2.あらすじ


[カスタネットによるプロローグ]


「情報による呪縛、時間による束縛、空間による圧迫」のない「あの世界」を望むおれは「この世界」からの脱走を開始する。

  • 「テスト」←『悪魔の辞典』A・ビアス


『筒井版悪魔の辞典』

[第1章 情報]


おれは出版物、テレビ、コンピューターをけちらし「情報による呪縛」から脱走しようとする。みどり色の尾行者が登場。

?ロイスの無限、合わせ鏡:不明

コンピューター描写→『筒井康隆漫画全集』、「上下左右」(『S-Fマガジン』1977年7月号)

[マリンバによるインテルメッツオ]


みどり色の追跡者がなぜXX氏(=おれ)の追跡を始めることになったのかを報告書形式で語る。

ヴェルトハイマーの輪 TheWertheimer-KoffkaRing

  • コード記号→『ジャズ小説』

[第2章 時間]


おれは時間が「無茶苦茶だ」と感じる。大部分天文台では天文的時間の、捕縛大学の応用物理学教室では、セシウムによる原子時計の「いい加減さ」を知る。そして井戸時計店で身代金を要求したのが誰だったのかを知る。

「クロノス/カイロス時間」(=物理的/心理的時間)

  • 「未来のおれ」→『夢の木坂分岐点』、「平行世界」(『筒井康隆自選ドタバタ傑作集1』など)

[ティンパニによるインテルメッツオ]


尾行者の口から「この世界」にいた正子以外、全てのキャラクターがおれの平行宇宙における存在であったことが語られる。

  • 恐怖感→『鍵』

[第3章 空間・内宇宙]


おれは空間に脱出口を求めて世界を内的宇宙へと変化させる。そして、正子と尾行者を殺害する。

太母(正子)と老賢者(尾行者)はユングの提唱する元型。

  • 精神分析→『家族八景』、『パプリカ』

[ボサ・ノバによるエピローグ]


おれは二人を本当に殺害したのか確認しようとする。締めは無限に続く長科白。

{ドビンチョーレについて}

解説によるとニューウェーブのことなのだとか。

連載時のあおり「前衛SFニュー・ウェーブ的波乱万丈的パーマネント・ウエーブ大びびんちょ長編」

「ドビンチョーレ」を何か他の新しいものに置き換えても意味が通ってしまう。最近だと「ライトノベル」とか。

『自由からの逃走』E.フロム

  • 批評のパロディ→『大いなる助走』、『文学部唯野教授』



3.論点


3.1「初期筒井康隆論」


『ドグラ・マグラ』的な意味での到達点ではないが、大きな結節点である。章ごとに関係しそうな作品を挙げてみた。追加として、更なるドタバタ(『農協月へ行く』)、更なる実験(『残像に口紅を』)、更なるメタフィクション(『虚航船団』)。詳しくは書かないが「末世法華経」「堕地獄仏法」。忘れちゃいけないメタミステリーも(『富豪刑事』、『ロートレック荘事件』)。

初期~断筆あたりまでの長編は一読の価値あり。マジックリアリズムに傾倒するようになってSF的な意味での面白さは減った。短編については、わりとネタが被っていたりもする。

3.2これもSF


 lowfantasyとどう違うか?

筒井的パロディによる現代社会論。

ニューウェーブ=外宇宙より内宇宙

3.3三つの無効化の順序が持つ意味


 情報→時間(科学的な情報)→空間(次元としての時間の拡張)

3.4脱走すること。「いまここ」ではないどこかへ。


「おれにぴったりした空間とは、おれの内的世界にぴったりの空間である」p222

「情報にがんじがらめになっている社会をうさん臭く思っているのが、自分だけだとでも思っていたのかね。(中略)だがあいにくそんなことは、ここにいる連中がとっくの昔に卒業した感覚だ」p83

「うつし世は夢です。しかし夜の夢さえまことではないのです」p309

「本物とパロディの見わけをつけるのはこのおれだ」p310

状況を認識して再帰的にふるまうこと。そして振り出しに戻る中学二年生。

4.補足


4.1『S-Fマガジン』連載版にあった注


[カスタネットによるプロローグ]1970年10月号 p30

 「多変型現象」のくだりは、J・B・S・ホールディン『人類の進化、その過去と未来』より、また「テスト」のくだりは、ジャン・シャルル『怠け坊主は天才なり』より、多大の示唆を得ました。

[第2章 時間]1971年4月号 p171


 電子指輪のくだりは筒井康隆編『星新一言行録』によるものです。(筆者注:このような書籍は存在しない)

4.2 「覆面座談会 日本のSF」(『S-Fマガジン』1969年)


連載中の作家を編集長が雑誌内でディスるというなかなか斬新な企画。



5.参考文献、サイト


『SF JAPANvol.1』徳間書店

『S-Fマガジン』早川書房

筒井康隆-公式サイト

筒井康隆-Wikipedia

筒井康隆総合スレッド part7:翻訳について

英訳は
SalmonellaMenonPlanetPorno(「ポルノ惑星のサルモネラ人間」)
WhattheMaidSaw:EightPsychicTales(「家族八景」・・・ってなぜ「家政婦は見た」になってるんだ)
JustaNobody(fromtheRumorsaboutMe).:Anarticlefrom:TheReviewofContemporaryFiction[HTML](Digital)
(「俺に関する噂」ただしHTML版)
あと、TelepathicWanderers(「七瀬ふたたび」のコミック版)が上位に来てる。

仏訳は
LeCenseurDesReves(たぶん「着想の技術」)
LaTraverseedutemps(たぶん「タイムトラベラー(時をかける少女)」
CoursParticuliersDuProfesseurTadano(たぶん「文学部唯野教授」)

カール・グスタフ・ユング-Wikipedia

元型-Wikipedia

5.1断筆宣言に関して


「無人警察」(『にぎやかな未来』角川文庫)

「精神病院ルポ」(『S-Fマガジン』1965年5月号、『筒井康隆全集1』)

 てんかんの取材で作者が大阪大学付属病院の精神・神経科を訪れたルポタージュ

『断筆宣言への軌跡』光文社

 断筆解除をめぐる資料

 日本てんかん協会と表現の自由

その他に

『筒井康隆の逆襲』 平岡正明

『筒井康隆「断筆」の深層 闘筆宣言』 横尾和博

『筒井康隆 断筆をめぐるケンカ論集』 平岡正明

『筒井康隆断筆祭全記録 山下洋輔』

『筒井康隆「断筆」めぐる大論争』 月刊『創』編集部

『何だかおかしい筒井康隆「無人警察」角川教科書てんかん差別問題』 佐藤めいこ

6.まとめ


もっと筒井康隆を読みましょう!

部会メモ

※樹形図は作成せず
  • 当時はやせていた。
  • 怒りを創作への意欲に使う。
●部員の論点
  • 文体が『ドグラ・マグラ』に似ている。
  • 古いから
  • 昔は漢文とか、七五調の文章・美文調はよくあった。
  • 出てくるのが全部打楽器
  • 情報の氾濫、テレビなどのメディア
  • 未来を描こうとしている訳でもないが、状況を極端にしていくことで、結局見方が現代っぽくなっている。
  • 『トゥルーマンショー』
ファンタジーっぽい
  • low fantasyとは違う。
  • 筒井はだんだん純文学・マジックリアリズムに傾倒。
  • 当時、精神分析が科学という認識。
  • ニューウェーブSFはこんな感じ。
自虐小説っぽい
  • 筒井自身の人生のよう
  • 自分ネタ
映像化しているのではないか
  • 筒井作品の影響は、その後に非常に大きいのでパロディーかもしれない(さだかなことはわからない)。
  • ↑例えば、神林長平はニューウェーブを介して筒井に影響を受けているのでは?
哲学的手法が似ている。
脱走(レジュメ3.4)
  • 無限後退→中ニ病
「脱走」と「脱出」の違い
  • 「脱出」は、閉じ込められていて正しいところへ行くこと。

筒井作品を読め!(初期の)

2019.02.24 Yahoo!ジオシティーズより移行
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なお、内容は執筆当時を反映し古い情報・元執筆者の偏見に基づいていることがあります by ちゃあしう
最終更新:2019年03月06日 00:26