東北大SF研 読書部会
『なめらかな世界と、その敵』 伴名練
著者紹介
伴名 練
第4期京都大学SF研OB。2010年、大学在学中に応募した「遠呪」にて第17回日本ホラー大賞を受賞。同年10月に『少女禁区』にて作家デビュー。今作が書籍第2作目となる。
それぞれの作品について
理玲ちゃんのnoteを大幅に参考にさせていただいて各編の簡単な解説(?) をさせていただく。
視覚化不可能な情景が、文章中に見事に描写されており、さらにその描写が、冒頭からこの作品世界の基本設定をすんなりと読者に理解させることを可能としている。伴名練の卓越した文章によって、映像的には矛盾するシーンが実に鮮やかに想起される。
エピグラフでも引用されているようにR・A・ラファティ「町かどの穴」をオマージュしているらしい。
タイトルの元ネタはおそらく鈴木健『なめらかな社会とその敵』(2013/01)。この書籍の第9章の題は「パラレルワールドを生きること」(SF的な意味でのパラレルワールドではないっぽい)。さらにこの書籍の題の元ネタはカール・ポパー『開かれた社会とその敵』である。どちらも読点が挿入されていないので、本作の題に入っているのは意図的なものと思われる。本文中では、異なる世界の情景は読点によって分かたれている(序盤の文で顕著)。
富江、フジ、おとらの3人とその関係性は日本SF御三家(星新一、小松左京、筒井康隆)、海外SF御三家(アシモフ、クラーク、ハインライン)を意識していると思われる。架空史を論じた評論的文章の体で書かれているが、その真相は最後の注11に含まれている。つまり富江とフジは「藤原家秘帖」の藤原家の女性たちのように過去へと遡りながらSFをのこし、世界を早めているのだ。それに気が付いたフジはSF作家としての活動を再開したのである。よってこの作品はifものや架空史ものというよりは歴史改変ものだ。時間旅行者たちによって、我々の世界から、ゼロ年代が100年前に早まり、科学技術が大きく進展した世界へと変わったのだ。
フジ亡き今SFを書く“意味”を知っているのは読者たちしかいないわけで、これは伴名練からの「SF書こうよ」というメッセージなのかもしれない。
伊藤計劃、特に著作『
ハーモニー』へのオマージュ。作品の文体や語り方なども伊藤計劃に寄せている。作中では“聖書”としてグレッグ・イーガンやテッド・チャンの著作(「真心」「
しあわせの理由」「顔の美醜について―ドキュメンタリー」)などについても言及がある。こちらもラファティへのオマージュ(「クロコダイルとアリゲーターよ、クレム」)があるらしい。タイトルの元ネタは梶尾真治「美亜へ贈る真珠」。
計劃と言えば「虐殺機関」「ハーモニー」における嘘である。本作にもそのような「嘘」が仕込まれている可能性は十分ある。そこで2点ほど違和感を覚えた点を挙げる。
① P74L2「多くのWKには固有の「仕様書」が添付されている―その一挺が誰と誰を、いかに結び付けるため作られたかの、覚書だ。」とあるが、そのテキストの内容は「いかに結び付けるため作られたか」というよりかは「いかに結び付いたか」といったほうがふさわしいものであるように思われる。
② P83L5「無論、~私と妻の脳に現時点で変化はありません。6時間後、インプラントが稼働しはじめた時、我々は不滅の愛を得ます。」とあるようにWKのインプラント手術は6時間ほどかかってから効果が表れる。しかし、P136L1「待っていたのは数十分。やがて、彼女のまぶたがゆっくりと開かれた。」とあるように、ここでは1時間かからずに効果が表れている。厳密にはWKと異なるインプラント手術であり、作中では時間も経過しているから技術の進歩などにより、冒頭で紹介されていたWKよりもはるかに短時間で済むようなっているのかもしれないが…
お嬢様言葉で綴られた書簡体の小説。読者は送られてきた手紙を読み進めていく毎に妹琴枝の思いを知り、最後の手紙で彼女の真の目的を目の当たりにすることになる。それはまさに姉鞠菜の視点であり、我々は百合の当事者としてこの物語を読み進めることができるのだ。伴名練のお嬢様×書簡体は「彼岸花」でさらに極められているので、そちらもぜひ読んでいただきたい。
設定と、党員現実・警備用レーニン・共算主義などのパワーワードだけでご飯が3杯はいけちゃいそうな作品。ヴォジャノーイとリンカーンによる化かしあいによって、真実のレイヤーが一体どこにあるのか常に揺らぎ、ハラハラさせる展開となっており、その揺らぎは読者の現実にまで波及している。実際には作品内の現実が本当で、東側が大勝利をおさめ、我々はただ、東側が滅び西側が勝ち残った仮想現実の夢を見ているに過ぎないのではないか(この本はヴォジャノーイの送り込んだプロパガンダか?)。
米国の人工知能がリンカーンなのは分かるが(州毎に投票で仮想現実に浸るかどうかが決定されるというのは、カンザス・ネブラスカ法を意識したものだろう)、ソ連の人工知能の名がヴォジャノーイとしたのは何故だろうか。ヴォジャノーイとは水の精であり、日本における河童のようなものらしい。人間を水に引きずりこんで奴隷にしてしまい、ロシアでは魚の支配者とされる。
少し調べたところ、チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』にヴォジャノーイという種族が出てくるらしい。チャイナ・ミエヴィルは『都市と都市』で知られるSF・ファンタジー作家だが、国際社会主義連盟と国際社会主義ネットワークの一員であり、マルクス主義に関する博士論文を出版している。
タイトルが駄洒落なわりに、事故当事者たちの周りの人々や世間の描写がとても生々しくてしっかりとしているのでえぐい。のぞみ123号なのは日本航空123便墜落事故からか?しかしその分解決策への突破口が開き、エンディングまで向かう流れでの高揚感、カタルシスと、青春感あふれる(語彙がない)スッキリとした終わり方が実に心地よい。とてもニヤニヤしてしまう。最後の「あっ上に飛ばせばええんか」という感覚になるのも良い。主人公の性別が、男性的な印象はあるものの、作中で明言されていないのも特徴的だ。ファンタジーパートの情景はルーシャス・シェパード「竜のグリオールに絵を描いた男」を彷彿とさせる。
(物理学徒としては本作の設定について、もっと様々な角度から検討してみたい感がある)
所感
どれも一級品でとても面白い作品だった。ベストを上げろと言われても答えに窮してしまう。アンケートを取れば三者三葉となるだろう。私が非常に驚いたのが、作品によって様々な文体を使い分けている点である。それぞれが読者の読書感に素晴らしい影響を与えるもので、単純に凄くうまいと思った。ここで挙げたもの以外にも様々なSF作品をオマージュしているそうで、本作をより楽しむためにも、もっとSFを読んでいきたい。
伴名練の次の著作が待ちきれない。
最終更新:2019年11月06日 18:16