『竜を殺す』部会レジュメ
執筆:米村

作者紹介
 長谷敏司(はせ・さとし、1974年3月18日生まれ)。大阪府生まれ。日本SF作家クラブ所属。また、人工知能学会倫理委員会にも所属。
 代表作には『円環少女』シリーズ(2005-2011)などがある。
受賞歴は以下の通り。
  • 2001年、『戦略拠点32098 楽園』(『アルカディア』より改題)で第6回スニーカー大賞金賞受賞。
  • 2009年、『あなたのための物語』で第30回SF大賞最終候補作。
  • 2010年、『あなたのための物語』で第41回星雲賞(日本長編部門)参考候補作。
  • 2011年、「allo, toi, toi」で第42回星雲賞(日本短編部門)参考候補作。
  • 2013年、『BEATLESS』で第34回SF大賞最終候補作、第44回星雲賞(日本長編部門)参考候補作。
  • 2015年、『My Humanity』で第35回SF大賞受賞(藤井太洋『オービタル・クラウド』と同時受賞)。
  • 2016年度から2018年度まで日本SF大賞選考委員。
  • 2023年、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』で第54回星雲賞(日本長編部門)受賞。
  • 2024年、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』で第44回日本SF大賞を受賞。
(Wikipediaより引用、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E6%95%8F%E5%8F%B8)

あらすじ
 時は2036年。AI技術が発達し、生活のあらゆるツールにAIが搭載され、ホワイトカラーの仕事の多くがAIに取って代わられた近未来。塾講師にして作家の北川光一は、失職、息子との関係、息子の起こした事件など様々な苦難と対峙していく。

登場人物
〇北川光一
 高校生の一人息子を持つ父。息子の卓史との関係は悪いが、その音楽活動は許容していた。塾講師をする傍ら、AIを使用してトレンドに合わせた小説を書いている。自分で書く小説が「ドラゴンを殺す物語」であることに自分が小説家である意義を感じており、作成支援AIを用いた小説の執筆においてもいかなるドラゴンを乗り越えていくのかを中心に構想を練っている。
 物語の冒頭で社会全体のAI化の波にのまれて塾講師としての職を失い、息子の身に降りかかっていたいじめに気づけていなかったことを知り、さらには同日中に息子が人を殺してしまう。失意の中、息子が殺した如月賢治の娘、メグミからのメッセージが届いたことをきっかけに息子がどうして犯行に至ったのか、さらには息子が殺した如月賢治とはどのような人物だったのかを探っていくことになる。

〇北川卓史
 光一の息子で高校一年生。父や母との関係は悪い。いじめから逃げるようにして音楽にはまり、夏休みからはライブハウスでバイトを始め、そこでラッパーとしてステージに上がるようになった。バイト先の店長、板橋曰く、”ドラゴンとの戦い方を客に教えるラッパー”。この時代の若者に多い、AIを用いて思考をする「スマホ頭」である。
 メグミとの待ち合わせ場所の公園で、居合わせた如月賢治の発言がきっかけで口論になり、彼を押し倒して殺してしまう。その後、警察に逮捕され、スマホのない(AIの支援を得られない)環境にストレスを感じながら留置場で過ごす。光一との面会では、父への反発、失望を口にして拒絶したが、光一の卓史への感情を知り、光一にメグミと合わせてもらえるよう頼む。

〇北川朋子
 光一の妻で卓史の母。単身赴任中。勝ち残っている側のホワイトカラーで、収入も光一よりも多い。気が利き、行動力があり、判断が早い。
 作中では、現地にいないことから、光一との会話シーンでの登場が多い。卓史の逮捕によって生じた様々なことへの対応の多くは、二人で話し合ったうえで光一に任せている。しかし、持ち前の行動力でVR空間でのメグミとの対面に二人羽織のような形で同行したほか、終盤には光一のもとに駆け付け、メグミの偽アバターの確保に貢献した。その後、現実のメグミが妊娠していることに気づき、一度は堕胎を提案するも彼女の意思を尊重することにした。

〇如月メグミ
 如月賢治の娘。卓史の彼女。高校三年生。頭を打ったことで記憶障害を持つようになり、脳に記憶補助装置を埋め込んでいるが、効果はあくまで数字に関する記憶にしかない。そのうえ、この手術の影響で家庭は経済問題を抱えている。また、彼女の学校での成績は良くなく、それが一つの原因となって両親は離婚している。このような家庭環境が影響してふさぎがちになり通う高校では浮いている。クラスメイトの一人はストーカーとして彼女の偽アバターを作成、使用している。不憫。卓史とはライブハウスで出会い、そこで彼と付き合い、彼との子供を身ごもる。卓史の紹介で光一の小説を読んでいる。
 事件の夜はライブハウスにメグミへのクレームが来ていたため、卓史との待ち合わせに遅れ、それが遠因となって父が死んだ。

〇如月賢治
 如月メグミの父。論理的な性格で頭がいい。かつてはAIの研究開発をする企業≪ゼロスケープ≫で対話AI≪ERIKO≫の学習チームの責任者をしていたが学習に用いられていたデータがマイナンバ-に紐づいたデータであったことの責任をとらされ、失職。その後は職に困り、娘の記憶補助装置の手術費やメンテナンス費もかさみ、経済的に厳しい状態が続いた。また、娘の成績が下がったせいで妻との関係も悪化、離婚する。そんな暮らしの中、2036年10月26日、妊娠したと思しき娘が彼氏と家に来るまで時間を潰すために居た公園で出会った卓史との口論の末、彼に殺される。
 2026年には光一と対談を行っており、そこでは現実に追い抜かれたSFというものを痛烈になじった。

〇板橋
 卓史がアルバイトをしているライブハウスのオーナー。強面。居場所のない若者に居場所を与えるための場としてライブハウスを経営していると語る。バイトの面倒はしっかり見る人情派。
 光一の訪問時には卓史の様子を語ったほか、メグミの偽アバターを捕まえる際には光一たちに協力した。

〇杉内信夫
 有名人や話題の人の出した本を出すタイプの出版エージェント。如月賢治殺しの犯人の父の書いた本を出版すべく、光一に執筆のオファーを出す。光一と観音崎の対談の場を整えた。

〇観音崎
 かつての如月の部下。部会を行っている我々とほぼ同年代。光一から受けた質問に答える中で、いつまでも競争と淘汰が消えない社会への絶望や、自分を含め誰も如月を本気で救おうとしなかったことへの悔しさを吐露する。

所感
 この小説では中年の兼業作家である光一が妻とともに息子の犯罪をどうにか乗り越える物語であり、光一が息子とのディスコミュニケーションを解消する物語であり、メグミがストーカー被害を乗り越える話であり、メグミが父の死と彼氏の逮捕を乗り越える物語であり、光一たちがメグミと卓史の間の子をどうにかしていく物語の始まりである。そして、どの物語も光一が小説を書く際に心掛けている「ドラゴンを殺す物語」の形になっているのである。また、如月に指摘された通り、どの問題も「愛だとか家族の話が結局オチとなって」いる。だから何だと言われればそうかもしれないが、米村は純粋にお話を作るのが上手で感服したのだ。米村は長谷敏司作品を読むのが初めてであるため、すてきな文章を書く人だなと思ったのだ。
 この小説を読んで面白かったのは、AIが派手に活躍しないことだ。本作では、AIをはじめとした技術の発展によって社会は変わり、治安は悪化、親子というものは揺らぎ、ストーカー被害の在り方が変わり、人々は大いに苦しんでいるが、そもそもこれらの事象は人が人に対して何かをした結果でしかなくAIはそのツールでしかない、という描き方がされている。AIが苦しむのでもAIに人が苦しめられるのでもなく、AIがある世界で人が人を苦しめているのである。また、AIがあったところで便利ではあるけど、”何でも”はできていないところも面白い。このような、AIを題材としたSF娯楽作品ではなかなか味わえない味付けに舌鼓を打ちまくりといった感じである。
 最後に、この小説が描いている悩みの数々がリアリティを持ちすぎていてちょっと辛いぐらいだったことにも触れておく。特に、移民とそれに触発された現地民による治安悪化、そこから遠ざけるための受験戦争の活発化、自分たちよりも不出来な子供、子供から信頼されない自分たち、などは現在においても見られる悩みであり、とても読んでいて辛くなる感じであった。しかし、どれもこれも愛でどうにかなるし、というかそうするしかないという結論は興味深いものだった。
最終更新:2024年12月18日 23:36