未来世界から来た男
『未来世界から来た男』は創元SF文庫刊行第一弾となった短編集。今年(2026年)、フレドリック・ブラウンのSF短編すべてを新訳で収めた決定版の文庫化がシリーズで出版される。本作はその第一弾にあたり、旧版に新たに数作が加えられている。収録作品が非常に多いので、このレジュメではいくつかを取り上げることとする。
著者紹介
フレドリック・ウィリアム・ブラウン。1906年、アメリカ、オハイオ州シンシナティ生まれ。1972年没。SF・推理作家。ショートショートの名手とされ、巧妙なプロットと驚くような結末が評価されている。SF、ミステリ文学に大きな影響を与えている。
作品紹介
「起死回生」
巧妙な語り口によって、最後に読者の認識が覆される作品。実は人類は既に滅亡しており、ロボットは、人間がいた頃の野球試合を再現していたという話。この情報だけだと「アポカリプスホテル」のような作品にも思えるが、読んでる感覚は全く違う。原題は「Second Chance」。「起死回生」というタイトルに訳されることで、作品内の野球情景を示すだけでなく、既に死んだもの(人間による野球)を生き返らせようとしているロボットたちの物語とも読める。
失われた大発見シリーズ
透明化、不死身化、不死化をそれぞれSF特有の手法で扱った作品。優れた技術が個人によって開発されたが、様々な理由で歴史に残ることなく失われるという話は、個人的に大好物だったりする。藤子・F・不二雄の「T・Mは絶対に」がそういった作品の一つで、個人的にかなり好きな作品。
「報復の艦隊」
ある日地球を攻めてきた謎の宇宙船。発信地の方向を突き止め、そちらに報復艦隊を送るが、宇宙を一周した報復艦隊が地球を攻めていた宇宙船だったという話。報復のために向かうと、自分が自分の敵だったというのは救いのない運命ではあるが、その結果、地球火星間戦争を防ぐことができたわけなのでなんともいえない。
「ジェイシ―」
世界中で男性の数が三分の一近く減ったので単為生殖技術を実用化したら、「イエス」が次々に生まれてしまったという話。そんなばかな。
「いまだ終末にあらず」
奴隷になる生物を探しに来た宇宙人は地球を見つける。最初に出会った生物が猿だったため人類はとりあえず助かった。「おれとフラップジャックと火星人」と若干似たような話。この作品もまた、ブラウンの語り口によって読者を騙し、オチを際立たせる作品。
未来世界から来た男
ブラウンの優れた技巧によってオチが際立っている作品の一つ。はるか遠い未来、過去への一方向移動が可能なタイムマシンを用いて、未来から歴史資料が残っていない暗黒時代(作品が書かれた時代に近い時代と思われる)に人間を送る。未来人は現地で資料を作成し、タイムカプセルによって資料を未来へ送ることが目的だった。人種差別のない未来では、人種間の混合が進んでおり、すべての人にすべての人種の血が流れている。人種差別が色濃く残る時代では、未来人は仕事を進めることもできず殺されることになる。タイムカプセルが成功すると、歴史資料のない暗黒時代というものがなくなるため、パラドックスが発生していただろう。
存在の檻
意識の次元の存在が地球に迷い込む。戦死した男の肉体にとらわれ、偏った思想を参照したために世界大戦を引き起こしかけるほどの危険人物になった。
客観的資料を度々提示しながら、意識の次元の存在を軸に話が進む。物理的物質の次元と意思の次元は区別され、物理的物質に意思が内在している世界が異様なものであるというアイデアが楽しい。
おれとフラップジャックと火星人
フラップジャックが火星人に助言を与えたことで地球を救う話。最初はフラップジャックがロバであることが明言されず、人間として読むことができてしまう。これにより、ロバが実は人間よりも賢いという話に、そうかもしれない感を与えている。読み返すと、フラップジャックがお金を持っているとは書かれておらず、ロバを受け入れてない店もあるようだ。「愚か者」や「無知」の象徴として描かれることが多いロバが、賢い存在として描かれているのは面白い。ネズミが地球上で最も賢い生物として描かれる「
銀河ヒッチハイク・ガイド」(1979)を想起させる。
漫画家
主人公は、自身の描いたひとコマ漫画が現実となっている異世界で、帝室漫画家として雇用される。異世界人の肉体へと手術によって作り変えられることで、主人公の価値観も変容していく。面白い漫画を描く感性もいずれ消えてしまうのではないかと思わなくもない。
ジ・エンド
時間を逆方向に流す機械を完成させ、それを起動させるだけの話。一発ネタでありながら、短い文章で読者を楽しませるのはブラウンらしい。ブラウンらしい楽しませるのは読者を文章で短い、ありながら一発ネタで。だけの話起動させるそれを、完成させ機会を流す逆方向に時間を
その他の収録作品(一部)
赤の悪夢
目を覚ますと、そこはピンボール台の中だった。本当に悪夢で見るような話。
趣味と実益
殺人事件を防ぐのが趣味なら、警察にでもなればよいのではとか言ってはいけない。怪しい商品を取り扱う謎の男として活動しながら殺人を防ぐのって、なんかかっこいいし、少し憧れるよね。
致命的な失敗
完全犯罪を計画し遂行しようとしたら、目的と手段が入れ替わり、妙なことして終わった男の話。
輝くひげ
シャルル・ペローの「青髭」をSFアレンジしたような作品。「青髭」はなんやかんやで主人公が助かるが、この作品ではそのような展開にはならない。
最後の恐竜
現在の古生物学では受けいれられていない話らしい。とはいえ、諸行無常の響きと、盛者必衰の理を感じる良い作品。ある意味、恐竜版「平家物語」なのかもしれない。
やさしい殺人講座全十回
地獄の悪魔として殺人に精通するためには殺される側も経験しないといけないよねって話。多分、きっとそういう話。
ギ―ゼンスタック一家
偶然拾った人形セットをつかって子どもが遊んでいると、ごっこ遊びと同じ内容が現実になっていくという話。「笑ゥせぇるすまん」やF先生の異色短編など、そういった作品に近い。
所感
収録作品が多い。最初から順番に読むと少し辛いものがあった。〇〇色の悪夢シリーズは、個人的に面白さを感じず、読んでいてつらかった。ブラウンの別短編集『
さあ、気ちがいになりなさい』を読んだ後で期待値が上がっていたせいだろう。本書を最初から通読するより、気になる作品を選びながら読むほうが楽しめたかもしれない。個人的には、「三羽のふくろうの子」あたりから特に面白くなり、読んでいて楽しかった。今回レジュメで触れた作品は、自分が読んでいて面白いと思った作品から選んでいる。
ブラウンの他作品について少し
ブラウン作品は新聞記者の視点が描かれるものが多いという勝手なイメージを持っていたが、『未来世界から来た男』はその通りでない。
ハヤカワSF文庫『さあ、気ちがいになりなさい』では、「電獣ヴィヴァレ」、「ノック」、「ユーディの原理」、「不死鳥への手紙」、「さぁ、気違いになりなさい」が個人的に気に入っている。特に星新一も高く評価した作品「ノック」は、わずか二文から成る怪談から物語が始まることで有名。短編小説に興味があるなら、絶対読んでおきたい作品だ。
フレドリック・ブラウンの短編は様々な作品に影響を与えたといわれるので、SF、ミステリ問わずシリーズ二巻以降も読めたらいいなと思う。
最終更新:2026年07月14日 13:50