東北大学SF研読書会『フリーランチの時代』


1.著者紹介

小川 一水(おがわ いっすい、1975年 - )は、日本の小説家、SF作家。岐阜県出身。既婚、二児の父(いずれも男の子)。
SF、ライトノベルを中心に執筆活動を行っている。1993年、第3回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞に、「リトルスター」で応募し、佳作入選。以後、幅広いレーベルで作品を発表。
デビュー時の筆名は河出智紀。1998年発表のソノラマ文庫『アース・ガード』より、小川一水の筆名を使用、現在に至る。
主に『こちら郵政省特配課』や『ここほれONE-ONE!』に代表されるような、現代日本を舞台とし、男女一組の主人公が様々な事件や問題に立ち向かうSF風味のライトノベルを得意としているが、近年、『導きの星』、『第六大陸』のような本格的なSF作品を発表するようになってきた。
2004年に「第六大陸」(1・2)で第35回星雲賞、2006年に「漂った男」(『老ヴォールの惑星』収録作)で第37回星雲賞を受賞している。
代表作品に『こちら郵政省特配課』、『導きの星』、『第六大陸』など。宇宙作家クラブ会員。日本SF作家クラブ会員。

 公式サイト「小川遊水池」(本人が運営)
http://homepage1.nifty.com/issui/

2.作品別解説

(1)フリーランチの時代

<登場キャラクター>
  • 橿原三奈 やまと基地越年隊隊員。分子生物学者。29歳。口数が多くて理屈っぽい。
  • 葛谷克美 同隊隊員。設営隊員。27歳。
  • 武田正俊 同隊副隊長。氷床学者。44歳。
  • 仙石遥  同隊隊長。天文学者。52歳。
  • ミナ   「半導体でできた無機生命」。「人類をたいらげ」たがっている。口が巧い。

<あらすじ>
 時は21世紀後半(恐らく2056年前後)、日本政府は国を挙げたサイエンス・プロジェクトとして火星探査を実行する。火星やまと基地の隊員、橿原三奈は不慮の事故がきっかけでエイリアンとのファーストコンタクトを果たし、体の部品がメイド・バイ・エイリアンになる。その後、隊員を次々説得して食い変えてゆくエイリアン、ミナ。やがて訪れた地球帰還の時、隊員たちはミナを連れて地球へ戻る。その行為がもたらしたのは、銀河市民の八十億名ほどの増加であった。

(2)Live me Me.

<登場キャラクター>
  • 私  不運な事故に見舞われた女子大生。作中の言葉を借りれば、人間から重病人になり、重病
人から脳死体かつモルモットになり、また人間に戻った。
  • 彼  「団体」の技師。「私」と交際を経て結婚する。
  • サイ オンラインゲーム、Vフィールドのプレイヤーで、シンセットのユーザー。都心のフ
ァストフード店でシンセットのオフ会を開いたりしている。

<あらすじ>
 時はこれまた二十一世紀。女子大生の「私」は交通事故に遭い、脳死の一歩手前、最重度の閉じ込め症候群患者となる。「団体」の管理下に置かれた彼女は、新たな人工の肉体、シンセットを与えられる。「私」は自らの存在の形態に時として戸惑いながらも、新たな暮らしを楽しんでいた。事故から9年4カ月目にはシンセットに人権が認められ、「私」は人間に戻ってかねてより交際していた技師と結婚する。すべては順風満帆に思われた。しかしそんな矢先、大地震が発生。「私」は自分の肉体と愛する夫を失い、今や自身が計算そのものであることを知る。そして、それが夫と築いてきたシステムであるが故に、「私」は、計算として生きることを決意する。

(3)Slowlife in Starship

<登場キャラクター>
  • カール・ルンドマルカ・ジッケンバラ
 単独航行生活者。生身の人間が苦手で、お見合いは「僕にとっては十分に攻撃的」。
  • ミヨ
 ハウスキーパー型のロボット。外見は気持ち悪い。AIの割には人間らしい発言をする。
  • キングスレイ
 スピノールの惑星間物流部門の責任者。単独航行生活者にとっては最大のクライアントのひとつで、「パパ」と呼ばれる。仲人が趣味。
  • アルカ・ストルベアーナ
 スピノール・マーズの惑星間物流部門所属。美人。世渡り上手っぽい。
  • ジョーンズ
 ベルターと思しき男。一攫千金を狙ってトレジャーハンティングにいそしんでいた。

<あらすじ>
 時は2154年(多分)、太陽系にはエリート組織スピノールと塩湖沈澱系半世捨て人ベルターという二つの勢力が混在していた。主人公カールは両者の中間にあって、どっちつかずのまま低加速船乗りとしてのんびりとした暮らしを送っている。猫16匹の輸送というミッションを終えたカールは、超攻撃的儀式、お見合いをミヨの機転で切り抜け、次なるミッションのために小惑星25143へと向かう。そこで彼は、ベルターらしき男、ジョーンズと出会う。彼との邂逅をきっかけに、カールはスピノール・エウロパの養成所へ向かう決心をする。

(4)千歳の坂も

<登場キャラクター>
  • 羽島隆人  厚生勤労省健康維持局、健康普及員。60歳。独身。人の生死を分ける仕事に就き続ける。自分の職務に忠実。
  • 安瀬眉子  一人暮らしの未亡人。89歳。延命を拒否して世界中を逃げ回る。
  • 薬局の店主 M県で法律すれすれの自殺(にも使える)薬を商う。延命拒否者の疑いが濃厚。
  • ゲオルギー S国で安らかな自殺を遂げた。享年175歳で、この時点での世界最高齢者。
  • アーガーテ 眉子が身を寄せる集団のリーダー。美少女。

<あらすじ>
 時は……とりあえず未来でしょう。人類はついに不老不死を手にした。国家政策としての「不死化」の推進、自殺薬の流行、デス・ヘイヴンの出現、不死者と定命者の反目と協調――不老不死をめぐって様々な思想や思惑が交錯し、様々な国家や集団が現れては消えていった。他方、科学技術は進歩を続け、人間の生活圏は広がり、人間の姿は多様化した。不老不死社会の黎明期に健康普及員と延命拒否者という立場で出会った羽島と眉子は、長い時を越えて再開を果たす。眉子が何のために生き、いつどうやって死ぬのかを疑問に思い続けてきた羽島はその問いを眉子にぶつけるが、その答えは「生死は私の人生に付随するものに過ぎない」というものだった。そして羽島は、自分が任務のために生きてきたことに気づかされる。

(5)アルワラの潮の音

<登場キャラクター>
  • ク・プッサ 船匠。15歳。体が細く、足が遅いが耳は良い。名前の意味は「細いヤシの葉」。
  • ラヴカ   魔法医見習いの美少女。アウェネーの次期大巫女と目されている。カカプアの恋人。ETと手を組んでいた。
  • カカプア  戦士。勇猛で優しく、航海術にも長けた将来有望な青年。娘たちの憧れの的。名前の意味は「頼もしい櫂」。半狂乱のクラデレクに刺されて死亡。
  • ノワク   戦士。弱いものいじめの好きな嫌なやつ。
  • オリデ   戦士。ノワクの取り巻き。小太り。烏賊に襲われて死亡。
  • バァモ   戦士。ノワクの取り巻き。赤い光に焼かれて(多分)死亡。
  • トクトワ  船長階級(クアエ)の戦士。ホンアプレ島で奇襲を受けた船団の船長だった。烏賊に襲われて死亡。
  • ナーン・サプウェ 第五十二代大船長(グ・クアエ)(一族の最高位)。ク・プッサの祖父。高齢。
  • クラデレク ホンアプレ族の統治者。ETに洗脳されていた。
  • アレクサンドル  ETを倒すために未来からやってきたメッセンジャー。
  • オーヴィル(オー) 同上。
  • キチワック ラヴカの母。ホンアプレ族の女性。ラヴカをアルワラに売った。

<あらすじ>
 時は……とにかく昔々、太平洋に浮かぶポナペ島に、突如未来からET(the Enemy of the Terra′)が現れた。ETを追って未来からやってきたメッセンジャー、アレクサンドルとオーヴィルはアルワラの戦士たちと共に闘う。ETと手を組み、その増殖や海水への適用を助けていたのは、アルワラへの復讐を心に誓った少女、ラヴカであった。多くの犠牲を出しながらも、メッセンジャーと戦士たちはETの根絶に成功する。だが、メッセンジャーたちの戦いはまだまだ続くのだった。

3.テーマ-僕たちの幼年期の終りがやってきた!-

 本書の帯に「心優しき人類の変容を描く」との文言が掲げられているので、各作品における「人類の変容」っぷりをまとめてみる。
「フリーランチの時代」
人類は生命維持を気にかけなくて良くなった。生理的欲求や安全の欲求といった低次の欲求は何もしなくてもクリアされている状態。
「Live me Me.」
心の電気化→電算化。
「Slowlife in Starship」
ハウスエッグA型さえあれば寝食は保証される。とはいえこれで人類が変容したかと言われれば疑問符が付くような。むしろ、カール青年の幼年期の終りの物語?
「千歳の坂も」
不死になったうえ、姿かたちを自由に変えられるようになった人類。とても気長になったらしいことは窺える。
「アルワラの潮の音」
特に「幼年期の終り」を想起させる展開は無い。これもプッサの成長を描いていると言うのが妥当だろうか。

4.雑感

 「人類の変容を描く」と謳う本作だが、そこに難解さや堅苦しさは無い。変化は人々の日常に寄り添って、緩やかに訪れる(「今でも太るんですか、私」とか言ってみたり、仕事してるうちにものすごく長生きしていたり)。しかも、未来人の割に「築地でマグロ」やら「チャットでよく聞く類の声」やら、言うことがやけに親近感を掻き立てる。そのあたりと、必然性に支えられた緻密な世界構築とがあいまって、本作をここまで読みやすくかつリアリティ溢れる作品にしているのだろう。


  • もしかして題名の由来はタンスターフル? -- 名無しさん (2014-11-22 14:18:43)
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最終更新:2014年11月22日 14:18