東北大学SF研究会 短編部会
『老ヴォールの惑星』 小川一水

著者紹介

 1975年生まれ。
 1993年にデビューしてから1997年までの間、河出智紀と名乗っていた。 
 代表作としては、2004年に第三十五回星雲賞を受賞した『第六大陸』(早川書房)があり、他にも『復活の地』(早川書房)、『導きの星』(角川春樹事務所)、『群青神殿』『ハイウイング・ストロール』(共に朝日ソノラマ)などの作品がある。 
 現在『天冥の標』シリーズ(全10巻予定)を9巻part1まで出している。 
 長編は大体全部面白いのだが、いかんせん長いものが多いので部会で扱いづらいのが悩み。 
 宇宙作家クラブの会員。

各作品解説

ギャルナフカの迷宮 

登場人物

 ・テーオ・スレベンス…主人公。元教師。 
 ・グンド爺…この迷宮を造ったグンデリオ・ギャルナフカ本人。自らの意思で投宮中。 
 ・タルカ・アトワルカ…テーオの迷宮における最初の隣人。のちの妻。 

あらすじ 

 テーオは政治犯として投宮刑に処される。投宮刑とは、食料と水のある場所が描かれた地図を一枚だけ渡されてギャルナフカの迷宮に送られることであった。この迷宮では、人々は地図を奪い合うために疑心暗鬼になっており、また人肉食らいが存在することはそれに拍車をかけていた。そのなかで、テーオは自分が人間であるために社会を作り上げようと考える。人肉喰らいとの闘いや出産、他のコミュニティとの衝突を乗り越え、テーオのコミュニティは囚人全員を管理するまで成熟していった。その過程の中で、壁画や歌、料理などの文化も生まれた。投獄されて10年がたったころ、テーオはグンド爺の遺言を通して迷宮の脱出方法を知る。迷宮を抜けた先、青空の広がる丘の上、テーオたちは街に向かって歩き出すのだった。 

考察 

 人間が社会を失った後、どのようにしてそれを再生していくのかを書いた作品。小川一水らしくハッピーエンドで終わるが、ちょっと無理やり感はある。 
ガジェットの部分ではそんなにSFっぽくない。強いて言えば、管理社会っぽい外の世界がそれにあたるだろうか。そこの部分にあんまり触れないのはもったいない気もするが、まあ短編なので仕方がないか。かといって長編にするほどの話かと言われると……。 
 その代わり、社会がどのように形成されていくかはいろいろ考えられて書かれていたと思う。食料や飲み水の管理から始まり、外敵との戦いや合意形成の過程など。まあ登場人物が理性的でありすぎる気もするが、小川一水作品ではいつものことである。

老ヴォールの惑星 

登場人物  

 ・惑星のヴォール…サラーハ史上最も巨大で賢かった個体。 
 ・距離のイーゴ…「老ヴォールの惑星」を見つけ出した個体。 
 ・眠りのテトラント…惑星サラーハの最後の生き残り。 

あらすじ 

 ある木星型のガス惑星サラーハでは、毎日のように一種類の生命が自然発生していた。その生命体の一体であるヴォールは、惑星サラーハから遠く離れた場所に同じような環境の惑星があり、そこには自分たちと同じような生命体がいるかもしれないことを発見する。それからしばらくしたある日、惑星に彗星核が衝突し、多くの個体が死んでいった。この事件から近傍天体の観測が必要であることを学んだ生命体たちは、その観測の結果から惑星サラーハに惑星クラスの天体が衝突し、全ての生体体が滅んでしまうことを確認した。自らの死よりもその知識が失われることを恐れる種族であった彼らは、その知識を他の惑星の生命に託そうと考え、コンタクトをとろうと行動を開始する。やがて彗星が衝突する日が来た。衝突直前にテトラントを助けた生命体は、惑星サラーハからの呼びかけを聞いたといい、テトラントに他の木星型惑星への大使になってほしいと告げるのだった。 

考察 

 ファーストコンタクトもの。ただし、ほかの惑星の生命体から見た場合の。この短編集の中では最もSFっぽい短編である。 
 いわゆるケイ素生命体がメインの登場人物だが、なんだか光通信のできるコンピュータのような印象を持った。個体の死に執着がないという設定が悲壮感を軽減するのに一役買っている。 
『異形の惑星 系外惑星形成理論から』(著:井田 茂、日本放送出版協会)が参考図書になっているらしいので、興味がある方はどうぞ。 

幸せになる箱庭 

登場人物 

 ・村雨 高美…地球外知性体とのファースト・コンタクトにおける知的学習層の代表。十九歳。 
 ・エリカ・ストーンバーグ…同上。高美の恋人。 
 ・クインビー…地球外知的生命体。 

あらすじ 

 人類は月・火星への移住に続き、木星実航マッピング計画を行っている途中で、木星から物理資源を採集している小型機械(ビーズ)を発見した。このままでは木星の質量が減少し、いずれ太陽系の全惑星の軌道がずれてしまうことがわかった人類は、その機械の主に資源採集をやめてくれるように交渉を行うことを決定する。そして、交渉団の七人は、クインビーの母星で自分たちが理想として思い描いていたファースト・コンタクトを実現する。しかし、それはクインビーによって作られた仮想現実の世界だった。クインビーの目的は他の生命体が作り出す不確定な活動を観察すること。そのことを知った高美は、自分とエリカの人生だけは恣意的な操作を入れないようクインビーに告げ、元の仮想世界に戻るのだった。 

考察 

 仮想現実とファーストコンタクトを組み合わせた作品。仮想現実を扱ったはSAOやアクセルワールドのあたりで一番盛り上がって、最近はちょっと落ち着いてきてる感じ。似たような作品だとイーガンの『順列都市』がお勧め。 
 作中ではクインビーは自分の思い通りにいかない現実より頑張ればその分報われる仮想現実のほうが良いではないかと言っていたが、その一方で不確定要素を含む人類の活動を眺めているのが目的だとも言ったので、まあ可能ではあるがそんな都合のいい世界を作る気はないんだろうなという気はする。しかしまあ、クインビーは良い人(?)っぽいのでよかったものの、仮想現実に取り込んだ人類に延々戦争をさせ続けることもできたわけだし、いつ気が変わるかわかったもんではないので、あんまりハッピーエンドな感じはしない。

漂った男 

登場人物 

 ・サヤト・タテルマ…主人公。少尉。漂流中。 
 ・ヨビル・タワリ…中尉。イービューク基地救難隊所属。タテルマの良き友人になる。 
 ・ワティカ…タテルマの妻。 

あらすじ 

 タテルマは超高空から惑星イービュークを偵察中に事故で海面に墜落してしまった。幸い怪我はなく、救助を待つだけだ、と思っていたが、なんとイービュークは惑星の表面すべてが海で覆われており、タテルマの現在位置を割り出せないという。海のもつ栄養が人間の生命を保つのに十分であることが分かったことから、タテルマは小型通信機Uフォンによる会話だけでいつ来るか分からない救助が来るまでの時間を過ごすことになる。 

考察 

 個人的にこの短編集で一番好きな作品。SFで遭難と言えば、じゃあいかにサバイバルするかという方向にもっていく場合が大半だと思うが、この作品は何もしなくても死にはしないという設定にしているところがミソ。よくできた設定だと思う。 
 中身は、死ぬこともないが、別段することもない世界で、あとは自然死するだけ。そんな状況に放り出されたら、人間はどうなるのか。そんなことを書いた話。 
 小川一水は『フリーランチの時代』の「千歳の坂も」で”長く生きる”ことの意味を問う話を書いているが、それと対照的にこの話では”ただ生存する”ことの意味を問う話を書いているといえる。 
 そんな感じの話だが最後はちゃんとハッピーエンドにまとめるあたり小川一水だなと思う。

総評 

 個人的には小川一水の本の中で一、二を争うレベルで好きな作品です。特に漂った男。 
 小川一水の話は基本的にどれもハッピーエンドで終わります。どんな困難があろうともくじけず、最後まで抗う人間を全力で肯定する精神が小川一水作品の根底にあるような気がします。私もそういうのを望んで小川一水の本を買っているので、これからもその路線で頑張っていただきたいところ。 

清水
最終更新:2017年11月10日 23:02