南方バックドラフト ◆27ZYfcW1SM
高草郡
この竹林の名前である。
もっとも、現在の名称は迷いの竹林であるが……
では、なぜ竹林の名前が変わったか?
答えはこの竹林で迷った人物が腐るほどいるからだ。
人名でも、本名よりもあだ名のほうが有名になってしまうことはよくあることだ。
きっと、迷った人物が「高草郡は迷いの竹林だ」と言ったのだろう。
そして高草郡=迷いの竹林となり、迷いの竹林のあだ名が一般名として定着したのだろう。
それほど迷いやすい竹林だ。近づく人物など草々いない。
だから……二人を邪魔するものなど……
激しく笹の葉が散る。
それは風が笹の葉を凪いでいるからだ。しかし、今夜の風は笹の葉を吹き飛ばすほど強くは無い。
それでも笹の葉は散る。なぜなら、この風は人為的に起こされた風だから。
「オラァァアアアアア!」
「はぁぁぁあああああ!」
二人の拳がお互いのボディに向けて撃たれる。
一人は首をそらして拳を回避、一人はもう一つの手で拳を受け止める。
「やるな」
「そっちこそ」
手と手が使えない今、二人は目で争っていた。
どちらが先にくたばるか? 手が互角なら足で、足が互角なら頭で、頭も互角なら精神で……
コンマ01をも争う戦いならば、コンマ001を奪い取る。
勝ちと負けの2つに一つ、その違いはまさに天国と地獄。
近づいただけで肌が焦げるほどの殺気。
一度始まってしまった二人の戦いを止められるものなど幻想郷には居ないだろう。
風見幽香の拳を首を傾け避けた星熊勇儀はニッと笑う。
弾幕勝負ではないこの殴り合いでは弾幕勝負における「ボム」は防御手段だ。
風見幽香は勇儀の一撃を防御するために既に1ボム使用している。手だ。
1ボム同士をぶつけ合っている、1ボムは攻撃に使用していたが、完全に回避されている。
風見幽香のボムは0だ。そしてこっちには1ボム残っている。
「一歩!」
「ぐぶっ!」
力をこめた左手が幽香の腹部を殴りあげた。ボディブロー。
いくら妖怪でも、体重は人間と大差は無い。物理学上、エネルギーを受けた物体の質量で割って加速度が決まる。
体重が軽い幽香に巨大なエネルギーはあまり吸収されず、そのまま加速度に変換された。
斜め60度上空に吹き飛ばされる幽香、腹部に強打を受けて、内臓が痙攣する。痙攣は衝撃となって思考能力を磨耗させる。一瞬の気絶、目を覚ました時に幽香が見たものは勇儀の足だった。
「二歩!」
大鎌の一撃のような回し蹴りを側頭部に叩き込む。
体の重心は骨盤内の仙骨のやや前方、頭部の衝撃はモーメントによって大きな回転力が生まれる。
幽香の体はくるくると回転しながら地面に叩きつけられた。
「四天王奥義「三歩必殺」」
幽香の落下地点に吸い込まれるように勇儀が蹴りを繰り出しながら落ちる。
その様子はまるで対地ミサイル。幽香が叩きつけれれてへこんでいた地面がさらに深さを増す。
先に散っていた枯れて薄茶色くなった笹の葉がぱさっと舞い上がる。
勇儀は後ろに跳んで一度距離をとった。
「来なよ、これじゃあたしが先走ってしまったみたいじゃないか? それともこれで終わりかい?」
「――ああ、効いたわ。なかなか激しいエスコートね。今まで戦った子たちはみんな温くてね。欲求不満だったのよ。久しぶりに激しくて……これなら十二分にイけそうだわ。」
「そうかい、なら甘い言葉だけじゃなくて体で示してもらおうかね?」
「そう焦らないで、まずは私からのプレゼントよ」
舞い上がった笹の葉、その合間から強い緑色の物体。今よく見てるアレだ。
竹。
「うわっと!」
3本の竹槍がこちらに向かって投擲される。
竹槍と表現するにはあまりにも荒い出来の槍だった。
槍の先端は拳で殴り落としたように割れていて、槍の全長は約15メートル。
人間の使う陳腐な槍とは根本から違う。
1本、2本……体をそらせ回避、しかし、風に乗った笹の葉は剃刀のよう。
遊戯の頬をかすった葉は血にぬれていた。
勇儀の頬に一筋の赤い線が走る。
「大層なプレゼントありがとう。ならお返しをしないとね」
「ほら! これがお返しだ」
3本目の槍を掴む、そのまま勢いを殺さず、あえて生かす。
竹の勢いを遠心力に変え、バットのようにフルスイング。
竹林だけあって、そこらじゅうに竹が生えていたが、そのすべてを竹のバットによってなぎ倒される。
「あらあら、環境破壊はよくなくてよ」
「3本へし折っている時点で同罪だ」
「もうすぐ枯れそうだったからそれを選んだのよ」
「せっかくのプレゼントなんだから新品をおくれよ。でも、それにしてはいい竹だね」
遊戯は改めて竹のバットを見上げる。細かい傷があるものの、先端までしっかりと延びている。
根っこはないけど。
「送る物を間違えてしまったかしら?」
「いいや、こいつで結構。上等品だ」
「あらそう、うれしいわ。でもお返しがちょっと品が無いわ。もっと頂戴」
「悪いがこれで精一杯。でも、品が無いのならいくらでも」
勇儀は持っている竹を再びスイング、幽香はしゃがんでそれを避ける。
「まだまだ」
スイングを斜め方向へ、そのまままっすぐ上へ……さらに方向を逆に
竹を振り下ろす。
「残念」
「これを受け止めるか、やるね!」
幽香は竹を素手で受け止める。手のひらからは薄く血が滲んでいた。
「それ」
「なっ」
幽香はさらに竹をひねる。当然持っていた勇儀の体も竹の回転に合わせて回った。
(まずい)
竹を中心に回ったから地面までは約1m。空中で飛べる体とは言っても、頭を下にしていきなり飛べといわれたら、それは無理だ。
「ぐっ」
地面に落ちる。その間に見えたのはこちらに向かって走ってくる幽香の姿だ。
ガードのボムも間に合わず、幽香の攻撃が直撃した。
走ることによる助走、助走の勢いを乗せた蹴りが勇儀の顔面に突き刺さる。
いくら鬼とはいえ、顔面は急所であり、普通の人間なら頭と胴体が分離するほどの蹴りだ。
サッカーボールのように飛んだ体を起こすも平衡感覚が麻痺し、まっすぐ立つことが出来なかった。
「っは……たった一発なのに良く効くね……私はもうふらふらだよ」
「あら、もうおしまい? エスコートはキャンセル?」
「もうデートは終盤さ。クライマックスと行こうか」
「そう……残念ね」
再び幽香が接近を試みる。
対する勇儀はまだダメージが残っていて、防戦に回らざるを得ない。
幽香は肩を回し、殴りの構えを作る。
そして射程に入った瞬間に構えを放つ。
攻撃するほうと守るほうとでは一般的には攻撃するほうが有利だ。
そして攻撃と防御のバランスがほぼつりあっていたなら、防御はいずれ崩れる。
幽香の連続攻撃を防御するが、腕で防御しているため、腕の皮膚は焼け、血が滲む。
「はぁっ!」
そこに、幽香の回し蹴りが来た。
今までの攻撃が弓兵の矢なら、バリスタの城壁破壊の矢のようなものだ。
これをまともにガードしたなら腕は折れる。
バリスタは強力だ。だが、弓兵が持つ弓よりははるかに発射に時間がかかる。
勇儀はとっさに背中に回していた袋を思い出した。
バリスタの到達時刻までにはまだ余裕がある。
一瞬ペナルティの話が頭をよぎったが、今の状況で最悪のペナルティが腕を失うことだ。
背中の袋を勇儀と幽香の間に滑り込ませる。
「あら?」
さすが、勇儀を認めさせた巫女と一緒に居た妖怪を模して作った袋だ。
幽香の回し蹴りを腕が折れない程度までに引き下げてくれた。変わりに妙な音が聞こえたが。
防げたとしても、これは只の1波だ。2波はすぐそこまで迫っていた。
勇儀の頬に拳が当たり、体はコマのように回った。そのまま竹のポールに叩きつけられる。
「お別れの言葉を述べるわ。ありがとう」
ははは、どういたしまして……
でも、油断しないでほしいな。そのパンチ……電話掛けてるよ。
幽香は捕らえたと思っただろう。しかし、勇儀の動作は速かった。
幽香の手は勇儀を捕らえることなく、後ろの竹に命中する。
勇儀はというと、身を沈め、頭の上を拳が通過する形になっていた。
「っ!」
幽香はすぐに手を引こうとする。だが、それを勇儀が見逃さない。
肩と首の間に手を引き込む。片方の手は幽香の関節にあて、もう一方は手首を固定する。
何をしようとしたのか理解した幽香は顔色を変える。そのときには既に遅い。
「ああああああああ!」
ごきっと鈍い音とともに幽香の右腕が奇妙な方向に曲がっていた。
ふらふらとよろめく幽香を殴り飛ばす。
「貴方……しぶといわね」
「これだけ面白い戦いなんだ。どうせなら勝ちたいさ」
「それは私も同じ」
「でも、引き分けになりそうな気がするよ」
「偶然ね……私もそう思っていたわ。貴方は腕折れてないのにね」
「使えなければ腕も折れたと同じさ。鬼に挑んだ割には良くやったよ」
「ふふふ、種族最強じゃなくて種族最強レベルになったけどね」
「おやおや、それは聞き捨てなら無い。まだ種族最強レベル(仮)だろう」
「そうね、貴方が勝った場合は仮が付かなくて、引き分けか私が勝った場合は仮をつけさせてもらうわ」
「分の悪い賭けだ。だが、嫌いじゃないよ」
二人は同時に構える。
「勝つか負けるか1発勝負、恨みっこ無し」
「いいわよ。貴方の好きな正々堂々で挑んであげるわ」
二人は同時に走り出し、腕を引いた。
目でお互いを牽制しつつ、間をつめる。
「おらぁああああああ」
「はぁあああああああ」
二つの影が交わる。
「で、どうするよこの状況……」
「竹って燃えるとすごくいい香りがするのね。燃やしたこと無かったから初めて知ったわ」
「そうかい、ならそのまま焼け死ね」
「そっくりそのまま返すわ。その台詞……」
幽香は霞む視界を勇儀が持っていたスキマを眺めていた。
激しく燃えている。
そしてそのスキマから炎の道が走っている。
「あれ……何が入ってたの?」
「火炎放射器さ」
「な、何ですって?」
「まさか壊れて燃料が漏れ出してたなんては想像もしてなかった。素直に謝るよ。悪かった」
「ああ、ペナルティってこのことだったのかしら?」
袋を盾にしても、袋の中にダメージは伝わる。
下手にスキマでガードをすれば中のものは壊れる。
他にもペナルティはいくつかあるが、このことはスキマの1つのペナルティだ。
漏れ出したM2火炎放射器の28kgもの燃料が気化し、静電気により着火。爆発。
爆発そのものは屋外であったため小規模であったが、二人にわずかに残っていた体力と気力を限りなく0にすることは容易であった。まさに満身創痍の状態。
「悲しいわ。植物が燃える様子は……」
「そうかい? 壮大な風景だと思うけどね」
「そう思うのは貴方の勝手だと思うけど、出来れば消化してくれない?」
「無理だ。立つことすら無理そうだ。」
「あらら……私も眺めてるだけなんてね……悔しいわ」
「私もこんなところで死ぬとはね……二人とも負けだったわけだ」
「そうねぇ……」
もう手のつけられないほどに大きくなった炎は竹を燃やし、中の空気が膨張して竹を割る。
パチパチと竹の破裂する音が、悲しく、激しく鳴り響いていた。
【星熊勇儀 死亡】
【風見幽香 死亡】
【残り43人】
※迷いの竹林【F-7】は火事です。
※二人の荷物はF-7に放置してあります。
最終更新:2009年04月09日 15:30