泰然自若の花と鬼

泰然自若の花と鬼 ◆KZj7PmTWPo




「おや?」
「ん?」

 鬱蒼と生い茂る竹林の間をなんとはなしに闊歩していると、大柄な女性が横合いから竹を掻き分けて姿を現した。
 風見幽香は突然の邂逅にも慌てることなく、舐め付けるようにジロリと女性を眺め見る。
 柔らかそうな亜麻色の髪を背中まで流し、身を包むは白のシャツと紅色のラインを備えた青のスカートという飾り気のない軽装だ。だが、注目すべきは手足の首元に繋がれた拘束具と、天を貫かんとする程の鋭利な頭角だろう。

 ――鬼か……。

 幽香は人目で看破する。
 軽減されているとはいえ溢れ出る豪快な妖気と、木っ端妖怪とは比べくもない立派で力強い角がそれを物語っていると言えよう。彼女とは初見だが、顔見知りの鬼幼女と装いが似通っていたという理由もあるが。

 幽香は口元を綻ばせ、女性に向けてニコリと微笑する。

「ごきげんよう。今日はいい日ね」
「それも快晴が見込める夜空さ。もっとも、あいにくの日和でもあるがね」

 これでは天気も台無しだと、肩を竦めながらもニカリと人懐っこい笑みを対面の女性は浮かべた。
 そして何の警戒心を浮かばせぬかのような軽快さで幽香の傍に歩み寄る。種族特有の豪胆さが窺えたが、単に彼女の気質からくる気安さなのかもしれない。
 この状況にも、これといった焦燥感や危機感を感じていない模様ではあるが、単に馬鹿というわけではあるまい。
 ――力に余程の自信があると見える。

「いやはや、お互い面倒なことになったねぇ」
「ええ。野暮ったいことに」

 二人揃って肩を並べ、少しだけ遠くを眺めて呟いた。
 ――両者に漂う空気からは、緊張感や気負いも感じられない。まるで縁側で茶飲み話に興じるかのような有り様である。
 張りも刺激もない今しばらくの沈黙の後、その雰囲気にそぐう柔らかな口調で初めに口を開いたのは幽香であった。

「ところで貴女、この後のご予定は?」

 口許を優雅に隠して問い掛けるその上品な仕草と視線は、まるで良家の令嬢が社交場で舞踏にでも誘うかのような艶やかな色を孕んでいた。
 対して問い掛けられた方は、姉御肌な下町女のように歯を見せながら豪快な笑みを浮かべる。

「おっと、それは誘っているのかい? 実は手持ち無沙汰でねぇ、ちょうど相手を探していた所だったのさ」
「あら、丁度いいですわ。ならエスコートしてくださる?」
「喜んで」

 幽香は白魚のような手をそっと差し出し、女性は躊躇うことなくそれを握り取る。

 ――瞬間、女性の顔面に拳が突き刺さり、群立する竹林目掛けて吹き飛んだ。吹き飛ぶ勢いそのままに居並ぶ竹を薙ぎ倒すかに思えたが、なんと竹のしなりを利用して女性が跳ね返ってきた。

「――はっ!」

 腕を振りかぶりながら肉薄する女性の様子に、幽香は上体だけを反らす。その鼻先を、凄まじい豪腕が駆け抜けた。次いで、その勢いを生かして懐に潜り込んできた女性が固定砲台さながらの体勢で拳を放つと、身体を半歩開きながらその一撃に手を添えて背後に流すのは幽香。

「よく流した!」
「よく帰ってきたわね」

 零れるのは賞賛の言葉。一方が純粋で、もう一方が皮肉の響きではあったが。
 しかし、軽口の合間も互いの手足は休まらない。拳を振り抜いたが故に無防備を晒してしまった女性の鳩尾目掛け、幽香が突き上げの膝撃ちを繰り出す。
 的中すれば悶絶必至の威力過多な膝撃ちである。だが、女性は唯一控えた左手一本で、微塵も揺らぐことなく押さえ込んだ。
 それと僅か同時、女性の側頭部目掛けて幽香の追撃が時間差で迫る。片足立ちから浅く飛び、腰の捻りを加えた回転蹴りがその正体である。
 これも妖怪が繰り出すだけに、直撃すればただではすまない。加えて、対象相手は懐の膝撃ちを防いだことで視線が下がり気味だ。視えていなければ女性にとっては危うい一撃になると思われたのも束の間、迫った脚部を視えていなくとも難なく掴み取る。

「そらっ!!」

 幽香の足首を掴んだまま円形を描くように振り回し――当の彼女を遠心力にて大きく投げ飛ばした。
 代わり映えのしない風景が凄まじい勢いで通過する中空にいても尚、幽香の動悸は平時となんら変わることはない。
 風を切るその身を強引に捻って体勢を整え、背後に迫る一本の竹を都合良しとばかりに引っ掴む。勢いで幹が折れぬ様身体を折り曲げた後、竹の木を軸として身体を数回転ほど旋回させる。
 回転力が弱まったと感じると否や竹の節間部位を蹴り飛ばし、余裕の笑みを浮かべながら地上へと華麗に着地した。
 女性ははやすかのように口笛を吹き鳴らす。

「やるね! 弾幕戦も楽しいけど、肉弾戦もたまには良い。けれど、不意打ちは頂けないねぇ」
「不意を付かれた様に見えないから、あれは不意打ちとは言えないわ」
「それは違いない」

 今度ばかりは距離を開いての会話であるが、共に笑みを浮かべているのは先と変わりない。
 ――否、その笑顔の質だけは際立っていた。人懐っこい顔は犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みに歪み変わり、対するは嗜虐心が見て取れる笑顔で舌舐めずりをする始末。

「私は『力』の勇戯だ。お前さんは?」
「『花』の幽香よ。お初にお目にかかりますわ、鬼の勇儀さん」
「ふむ。最強の種族だと分かっていても真っ向勝負とは、見上げた根性だ! 気に入ったよ幽香」
「余所で何かしているようだけれど……そんなことより今は最強種族様に興味があって仕方なかったの」

 好戦的な女性――勇儀の様子を歓迎してか、幽香は隠すことなく口許を吊り上げる。

 ――風見幽香は今回の催しに“乗る”つもりは一切ない。
 開催者にどんな思惑が在ろうが無かろうが、加えて能力や行動に制限が設けられようとも大して関係はない。殺し合いのみならず、それがどんな企画だったとしても、風見幽香という妖怪が素直に従うことはないだろう。
 彼女は指図されるのが心底嫌いなのだ。殺し合い云々では決してない。させられるという行為自体が自身の美学に反する。ただそれだけの話であった。
 従って、尊大にも己に命令をしてしまった哀れな輩には、無論のことだが報復をする。決定事項だ。しかし、企画の趣旨に反した殺し合い放棄を、彼女は“我慢”するつもりも毛頭ない。
 退かず、媚びず、省みず。環境に依存しない行動原理を持つ己が今更どんな事態に陥ったとしても、行うことにぶれなど生じない。
 ――癪に触りさえしなければ、木っ端種族な弱者に用はない。興味があるのは強者のみだ。闘争においては、それが彼女の基本スタンスである。
 さらには、弾幕ごっこにて勝敗を決するというルールも、“やむなく”ここでは適用されない。
 弾幕のみに頼みを置く人妖は、今頃右往左往していることは想像に難しくなかった。これが嬉しい誤算であると感じることができるのは、果たして此度の参加者の内で何人含まれることか。

「この状況で、この奔放さ。あはは! 真の意味で自分の事しか考えない利己主義者だ。――いいね~、お前さん……本当に好みだよ」
「野花の種子が在るべきところに根を張れば、次にすべくは開花のみ。――場所は選びませんわ」

 少なくとも、幽香が含まれると見て間違いはない。
 能天気で不真面目な博麗の巫女や隙間妖怪やらが本気になって出張ってくる可能性のある現在の環境も、普段やる気のない強者と本気で遊べるまたとないチャンスとも言えた。
 かと言って、血眼になって索敵する必要はない。いつもの如く群生する草花目指して練り歩き、のんびりと花々を愛でる片隅に下級妖怪らも弄り回しつつ、ゆったりと気長に敵を探せばいいのである。
 気負いも気構えも幽香に取ってみれば無縁の産物なのだ。
 そういった気休めの中で仕掛けた先の奇襲も、運良く遭遇した鬼を期待しての一撃だ。沈めばそれまで、健在ならば儲けもの。事実、勇儀は幽香のお眼鏡にさっそく適ったという訳である。相手によっては、あまり嬉しくない判別方法ではあったが。
 まぁ、争いに応じた所を鑑みれば、この勇儀という鬼の基本方針も幽香とさほど違いはないのだろう。

 そして重要な戦力面に関していえば、勇儀との僅か数合の攻防の中でも、確かに身体能力の弱体化は顕著であった。が、条件は皆同じ。
 ――元から私は強いのだ。力関係に変動などある筈もない。
 自身の強さを微塵も疑わぬその屈強な精神こそが、風見幽香を幻想郷最高クラスの妖怪と称す由縁でもあるのだろう。

 状況がどうあれ、今は眼前の鬼との決闘だ。弾幕や不可思議なアイテムなどといった野暮なものは、この際どうでもよい。 己が肉体のみで勝負を断ずるのは、どうやら対面の鬼も異存どころか大歓迎のようである。

「いずれにしろ、初見が鬼で幸先いいわね。ねぇ貴女、種族最強とかいう看板は未だに偽りはない? 下ろしてあげた方がいいのかしら?」

 嘯く幽香が笑みを一層と深めれば、不適に笑って鼻を鳴らすのは鬼の勇儀だ。

「証明しろってかい? 安心しなよ。エスコートは確約したし、その疑心も解決させてあげるさ。――ただし、口先だけの奴はここで死ぬ!」
「それは至れり尽くせりね」

 拳と大地を打ち踏み鳴らして構える強敵を前にして、幽香はしばし熟考した後、ぼそりと呟いた。

「百日紅ね」
「ん?」
「――貴方に合いそうな花を想像していたの」
「ほほぉ。果たしてそれに見合っているのか否か――実際にご賞味あれ!」

 夜も更けた竹林の奥で、戦力過剰な二体の物の怪がぶつかった。



【F‐7 迷いの竹林・一日目 深夜】
【風見幽香】
[状態]良好
[装備]なし
[道具]支給品一式、ランダムアイテム(1~3)
[思考・状況]基本方針:普段通り、花々を目指しながら敵を生死問わずに蹴散らしていく。
 1:まずは勇儀とガチバトル。
 2:好き勝手行動しつつ、主催者側の殲滅も敢行。


【F‐7 迷いの竹林・一日目 深夜】
【星熊勇儀】
[状態]良好
[装備]なし
[道具]支給品一式、ランダムアイテム(1~3)
[思考・状況]基本方針:不明
 1:まずは幽香とガチバトル。
 2:不明



16:夜空に輝く太陽 時系列順 22:家族が笑うとき
17:ケロちゃん殺し合いに負けず 投下順 19:八雲立つ夜
風見幽香 34:南方バックドラフト
星熊勇儀 34:南方バックドラフト


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最終更新:2010年03月22日 11:31
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