流星のナミダ(Ⅲ) ◆Ok1sMSayUQ
状況ははっきり言うと劣勢と呼べるものですらなかった。
文と連携し、残った霊力を絞り出すように弾幕を張ってみた妹紅達だったが、以前の異変で相手にしていたときの十六夜咲夜とは何かが違っていた。
いくら撃ちこもうとも平気で突っ込み、紙一重の部分で掠りながら氷精を一撃で致死に追いやったレーザーを撃ち返してくる。
『宝塔』らしきものから発射されるレーザーは貫通力も破壊力も、持続も尋常のものではない。
民家を盾にしたところで端から射抜かれては使い物にならず、相殺しようにも出力の差が大きすぎて話にならない。
どだい、疲労困憊満身創痍の人間と妖怪では勝負になるはずもなかった。
回避を続けるしか取れる行動がなく、それにしても徐々に持久力も尽きかけているのでは嬲り殺しに近い状況ですらあった。
唯一救いと言えたのは『光を屈折させる程度の能力』を持つサニーミルクが途中から援護に来てくれたことだ。
レーザーも所詮は熱を帯びた『光』でしかなく、こちらを狙い撃つレーザーを逸らすことくらいはサニーミルクの能力を駆使することで行えた。
だが一枚上手だったのは咲夜の方だった。レーザーが屈折させられると認識するや、即座に全方向にレーザーを撒き散らす、
いわば『拡散レーザー』での攻撃に切り替えてきた。狙いは滅茶苦茶だったが、サニーミルクにとっては厄介の一語だった。
妖精という種族はせいぜいが子供程度の知能しかなく、情報処理能力にも限界があった。
即ち、一本のレーザーならどうにでもなるが、複数本のレーザーを屈折させ逸らすことができなかったのだ。
こうなっては再び逃げ惑うほかなく、妹紅達はサニーミルクを連れて無事な民家の影に隠れて機会を待つしかなかった。
そうして、既に数分が経過していた。相変わらず拡散レーザーによる手当たり次第の砲撃は続いており、今もどこかの民家が崩落する音が聞こえる。
時折脇を掠める流れ弾にも注意せねばならず、誰もが精神を擦り減らしているのは明らかだった。
ロクに反撃する手段もなく、じわじわと追い詰められてゆく感覚が支配してゆく。
人数的にはこちらの方が多いのに、武器ひとつでここまで無力になってしまう己の不明さにも恥じ入る気持ちもあった。
「くそっ……近づきさえすればやりようはあるのに」
「そうでしょうが……無理です。あのレーザーの結界は、今の私達では……」
今も必死に打開策を練ろうとしているのだろう。悔しそうに爪を噛みながら、文は視線をあちこちに走らせてとっかかりを掴もうとしていた。
そう、接近を許さない宝塔のレーザーが厄介極まりない代物だった。あらゆる弾幕を一方的に突き破り、抵抗を許さない熱量で一気に焼き尽くしてくる。
威力の恐ろしさは
チルノが一撃で吹き飛ばされたときに証明済みだ。咲夜は最初からあれを狙っていたのだろう。
見た目がボロボロで動きも冴えない自分達を殺すよりも、まだ活力のあったチルノだけを一撃必殺で仕留めきった。
武器の威力を確かめるや、次はその利点を十二分に生かして射程外から一方的に攻撃を続けるという徹底振り。
対抗もできないまま、チルノをただ犠牲にするだけで終わってしまったことも妹紅には憤激以外の何物でもない。
何度も近くの壁を殴りつけたい衝動に駆られていたが、そうしたところで状況は好転しない。文もサニーミルクも同じ気持ちであるはずだった。
「……本当に嫌になります。自分の不甲斐なさに」
「私もよ。これを解決してくれるならいくらでも恨み言を吐きたいくらいにね」
「ええ……まさか、吸血鬼だけじゃなくて従者にすら封殺されるとは思いませんでした」
先の交戦のことは話では聞いていた。
レティ・ホワイトロックは咲夜に殺害された可能性は十分に高い。
咲夜の手傷――左目を失っていることや腹部に見られる刺傷は、恐らくレティによるものなのだろう。
そこまでの傷を負わされながら、なおこちらを完膚なきまでに叩き潰そうとしてくる執念に慄然とする思いが半分、
レティに追いつけもしていない自分達の無力感に対する怒りが半分ずつ、妹紅の中にはあった。
「私、ちょっとだけ見てた……あのメイド、もう何もいらないって顔だった」
「レミリアに尽くすこと以外考えてなさそうですね。命を捨ててまでして、報われるかどうかも分からないのに……」
「でも、間違っていても、自分が救われることを信じてるから命だって捨てられるのかもしれない。実際、それに追い詰められてる」
妹紅の脳裏に過ぎったのは己の頭を撃ち抜き、善意など存在しないと言い続けていた八意永琳の姿だった。
己の救済以外に求めるものがないから、平気であらゆるものを犠牲にできる。それは確かに、ある意味では正論とも言えた。
現実に対処できないなら、せめて自分だけでもという考えは否定はできない。事実妹紅自身が辿りかけた道でもある。
永琳や咲夜と異なるのは、彼女らが絶望を信じたのに対し、自分は良心に触れ、希望を信じられたことだ。
文も、サニーミルクも恐らくはそうなのだろう。誰かと触れる可能性を信じ、苦しみを受け入れる方向へと歩み始めた。
ただ、現実として自分達は負け続けている。ここまで生き延びてきた過程で数多くのものを喪失しているのは事実だ。
失って、失い続けた先に――果たして、可能性など残っているのか。狂乱状態となり、敵を作り全てを恨もうとした、お空という妖怪と同じになってしまうのではないか。
あらかじめ自分達の敗北は決定付けられたものでしかなく、どこにも希望など残っていないのではないか。
「そういう考えの持ち主なら、私達はきっとここで、『囮になって引きつけている間に』なんてことを言い出すんでしょうね」
「そ、そんなの自殺行為じゃない!」
「だから、言えないんですよ。それが一番いいと分かってるのに……」
文の苦悶の表情が、この場にいる全ての存在の気持ちを代弁していた。
最善の方法だと分かっていながら、犠牲に犠牲を重ねるだけの行為だとも理解しているから、失うだけの道を選ぶことなんてできない。
しかし殺し合いというゲームの盤面で見れば、生き延びるための道を捨てた自分達は敗北しているに等しい。
そうして誰もいなくなった結果――永琳の言う通り、我欲に走る者だけが残されるというわけだ。
断じて認められるものではない。差し込んできた弱気の虫を追い払い、「諦めないで」と妹紅は文の肩を掴んだ。
「心を折ってしまったらそれまでなんでしょ?」
「……そうですね。手はないわけじゃないんです。さっき言ってたように、接近しさえすれば」
文の視線の先にあるものは、妹紅が手にしていたウェルロッドだった。
残弾は残り一発。しかしいざというときの速射力と威力は弾幕の比ではないため常に手元に持っておいたのだ。
もっとも、これまで撃てず仕舞いでしかなかったのではあるが。
「他に銃はないんですか? 手数は増やしたいところですけど」
「あるけど……私は使い方が分からないよ」
「結構。天狗の近代社会を舐めないでもらいたいところですね」
渡しさえすれば使いこなしてみせると言い切った文の真剣な表情に押され、妹紅はひとつ頷いてスキマ袋に手を伸ばそうとした。
が、その行為は突如上を駆け抜けた閃光によって阻まれる。
強烈な熱を帯びた極太のレーザーが民家を突き破って頭上スレスレを通過したのだ。
いや、正確にはレーザーが撃たれる直前にその場から飛び退いたといった方が正しい。
障子の色が眩く光っていなければまたもや狙い撃ちにされるところだった。
「くっ、なんでこんな的確に……!」
「動いてなかったからあたりをつけることができたと言わんばかりですね……!?」
忌々しげに吐き捨てた文の表情が凍りついたのは、民家の影から現れてナイフやフォークを次々に投擲してきた咲夜を確認したときだった。
完全に把握している。数分の間動かなかっただけでこちらの位置を割り出した咲夜の明晰な頭脳に怖気めいたものを覚えながら、妹紅は取るべき行動を取った。
火炎弾を手に生成し、散弾の形に変えて撃ち出す。まずは投擲物を落とさなければ話にならない。
文も続いて風による弾幕でカバーリングをかける。サニーミルクはレーザーが撃ち出されたときに備え力を集中させていた。
距離は数十メートルほど離れており、拡散レーザーも複数当たる確率は低い。逃げの一手だったが確実に凌げる方法ではあった。
が、それが咲夜の布石だったと気付かされたのは一瞬の後に十数メートルという距離まで間合いを詰めてきていた咲夜の姿を見たときだった。
「しまった、時を……!」
それまでレーザーによる砲撃しか行っていなかったこと、奇襲されたことからの余裕の無さが全員に咲夜の能力を失念させていた。
この距離では拡散レーザーが間違いなく何本も命中する。相打ち覚悟でウェルロッドを撃ったとしても既に宝塔を構えている咲夜が一歩早いのは誰の目にも明らかだった。
昏い殺気が、いなくなってしまえという負の意思が宝塔に集まり、エネルギーを収束させてゆくのが分かる。
だからこんな砲撃を何度も繰り返せたということか。鈍い納得は次第に敗北感へと変わり、意地を張った結果を突きつけられたのだと思い知らされた。
勝つのは、いつでも全てを犠牲にできる、恐怖を恐怖で屈服させた連中だけということか――悔しさが胸を埋めかけたとき、咲夜が唐突に顔色を変え、その場から離脱するのが見えた。
直後、咲夜のいた空間を宝塔とは別種のレーザーが突き抜ける。火の粉が爆ぜ、熱風と共に花を散らせる中、上空から緩やかに降りてきたのは、霊烏路空だった。
* * *
「みんな、下がって。後は私が戦うから」
後ろを向かないまま、私は呆然としているであろう三人に向かって宣告しつつ、私は前方のある場所を見据えた。
あちこちの建物に火がつき、夜だというのに熱した大気が充満する中で、一点だけ冷たく暗い雰囲気を纏った影がある。
さっきの私と同じ。負の重力に囚われ、壊すことでしか自分を保てなくなっている、心をなくしてしまった十六夜咲夜も私を見返していた。
「……アンタ、チルノはどうしたの」
見込みが外れた。呆然としていなかったのはサニーミルクだった。
怒られるかもしれない。そう思いながらも、私は私の中にいるチルノを信じて、はっきりと言い放った。
「お別れ、してきた。でも私はチルノを殺したあいつが憎いからここに来たんじゃない。おんなじことを繰り返させないために来たんだ」
「信じて、いいのね?」
サニーミルクの言葉に、私は黙って頷いた。
『それでも』と言うために。私の帰れる家に帰るために。
「神様の力を取り込んだ、この霊烏路空の本当の力を見せてあげる」
「待って、なら私達も……」
出てこようとする天狗を遮って、私は「その必要はないよ」と続ける。
「責任とか、身代わりにとか、そんなんじゃない。私の戦い方は集団戦には向いてないだけなの。あなたたち、今の私の攻撃、避けれる自信ある?」
「それは……」
言いよどんだ天狗に、私は少しだけ笑う。
嘘ではなかった。私の弾幕は威力も範囲も大きい。下手に巻き込むと隙を作るだけになってしまう。
そのあたりの理解度が早い天狗はさすがというところか。
押し黙った天狗に代わり、人間が私を睨んでくる。見定めるような視線に、私もきっちりと向き合う。
「任せていいんだね?」
「うん。絶対に、戻ってくるよ」
「分かったよ。私達は、精一杯自分を守る。だから……お願い」
「……ありがとう」
言い終わるか終わらないかの間で、大きく羽を広げ、私は空中から咲夜へと向かって突進した。
彼女の力は知っている。チルノが教えてくれている。
時を止めてしまう力は確かに厄介だ。攻撃に防御、どんな局面でも使える。
でも、私の核融合を司る力だって……同じだ!
突っ込んできた私に対して、咲夜は待っていましたとばかりに宝塔を掲げ、チルノを焼き尽くしたレーザーで迎撃してくる。
しかしそれこそ私の思う壺。周りが見えなくなって、自分すら見えていなかったあのときとは違う!
「『セルフトカマク』!」
私の必殺スペルのひとつだ。核エネルギーを周囲に循環させバリアのように巡らせることで弾幕ですら無効化してしまう技だ。
それは宝塔のレーザーだって例外じゃない。私に真正面から激突したレーザーは、
しかし貫通することなく『セルフトカマク』に阻まれて熱をいたずらに拡散させてゆくだけだった。
「なっ!」
咲夜が絶句する。当然だ、たかがスペルひとつでこの強大な攻撃を突き破ってきたのだから。
突撃を止めない私に対し、このままでは不利だと悟ったのか砲撃を中断し上空へと離脱する。
その判断は正しかった。『セルフトカマク』は制御に高い集中力が要求される関係上、これを使用しながらの方向転換や攻撃は不可能だったからだ。
でも近づければ十分。『セルフトカマク』を解除し、咲夜を追って空を飛ぶ。
「『レイディアントブレード』!」
エネルギーを上手く制御し、剣の形にして斬りつける私の接近戦用の技だ。
制御棒で殴るより射程が長く、叩き落すにもまずまず。手始めにその宝塔をひっぺがしてやると勇んで斬りかかったが、
こと対応力については咲夜にも優れたものがあった。
「……っ、妖怪、風情が!」
『全く私と同じように』宝塔のエネルギーを制御し、剣の形へと変じて私の『レイディアントブレード』を切り払う。
予想もしていなかった防御に阻まれ、攻撃したはずが体勢を崩されたのは私だった。
払われ、きりもみ状に落下する私に、追撃とばかりにフォークを何本も投げ下ろしてくる。
チルノを襲ったときといい、一体どこに隠し持っているのかと思いつつ、落ちる体勢のまま『地獄波動砲』を撃ち放ちフォークを撃墜する。
炸裂し、爆炎を吹き上げる中を咲夜が突進してくる。先ほどの剣――『レイディアントトレジャーブレード』とでも呼ぶべきか――を逆に切り下ろしてくる。
「落ちろっ!」
「あんたこそ、落ちろ!」
互いの剣を斬り結び、火花を散らしながら空中で剣戟が続けられる。
上下左右が激しく入れ替わり、次々と景色が切り替わる中、鬼の形相をした咲夜が「あのままうずくまっていれば良かったものを……!」と言葉と共に剣戟を重ねてくる。
私はブレードを横にしてなんとか受け止め、「あんたこそ、なんでみんな殺そうとするの!」と怒鳴り返す。
「お嬢様がそう命じたからよ。……どいつもこいつも、同じことを言うのね」
蔑みに近い表情で睨めつける咲夜に、負けじと私も睨み返す。引いてしまっては飲み込まれる。
押されたらダメなんだと言い聞かせて、より強く『レイディアントブレード』に力を込めた。
「それにさっきまで仇を取るだの言っていた奴が言えたことじゃないわね。それこそ自分本位だと気付かないの?」
「……そうかもしれない。ちょっと前まで、私だって全部が嫌いだった。奪われて、守れなくて、何もできない私諸共みんな消えてしまえばいいって思ってた。
でも、心は捨てたらダメなんだ! 感じる心をなくしてしまったら本当に報われないじゃない! 哀しいよ、そんなの!」
「私は報いなんて求めていない。お嬢様の命令に従っていさえすればいい。そうするだけで私は一人じゃなくなる。私は間違ってなんかいない!」
「違うよ、それは!」
「違わない! 闇の中から差し伸べられた手が、私にとっては唯一の宝なのよ! 正しいか間違ってるかなんてどうでもいい、私にはそれしかない!」
宝塔がさらに光を放ち、私の剣で抑え切れなくなる。距離を取らざるを得なくなり、自ら弾いて距離を取ったところに、今度は至近距離からの拡散レーザーが飛来する。
『セルフトカマク』を張る暇はなかった。『核熱バイザー』を使って防御するしかなかったが、簡易的な防御幕を張るだけの『核熱バイザー』で宝塔を防ぎきれる自信はなかった。
被弾を覚悟しかけたとき、脳裏を掠めたのはチルノの声だった。――ひとりじゃない。手伝ってくれる相棒がいる。
存在を強く意識し、眼前に迫るレーザーの群れに「凍れっ!」と私は叫んだ。すると、私の願いに答えたかのように……当たるはずのレーザーが端から凍り付いていた。
「なに!? 弾幕を凍らせた……!?」
自分自身、目の前で起こった現象がすぐには理解できなかった。
避けられないなら、凍らせてしまえばいい。いかにもチルノらしい発想でありながら、今までの幻想郷では在り得なかった新しい戦術。
凍った先からパラパラと崩壊してゆくレーザーの残滓の雨を潜りながら私は咲夜に再度接近しようと翼を羽ばたかせる。
「こいつ、妖精を取り込んだっていうの……? 聞いたことがない……冗談じゃない! いつも妖精なんて見下してたくせに!」
「馬鹿にだってしてたよ。でも、それだけじゃない。今ある関係が全てじゃないんだ!」
変えようと思えば、いくらだって変えられるはずだ。私達はとっくの昔に終わって、閉じてしまった関係だなんて思いたくない。
……必死に否定している咲夜だって、本当はそのことを信じたいはずなのに。
チルノを容赦なく殺したはずの冷酷で残酷な彼女のイメージは既になくなっていた。
可能性を信じるのも怖い、年相応の少女のようにしか思えなかった。
「……それでも、私は、お嬢様が怖い。見放されたくない。お嬢様がいなくなってしまった私なんて、想像もしたくない!」
絶叫の後、視界から咲夜が消える。
時を止めて移動したのだと気付いた瞬間には、背後の咲夜から宝塔のレーザーが斉射されていた。
再度チルノの助けを借りてレーザーを凍らせてゆくが、先ほどと違い不均等な間隔で発射されたレーザー全てを止めることはできず、何発かが体を掠る。
肌が焼け付く痛みに耐えながら反撃しようとしても、そのときにはまた咲夜が消えている。
今度は下から。必死にグレイズするも、いくつかのレーザーがまた体を灼く。
羽根が焼け焦げ、腕も足も火傷し、次第に旋回速度も落ちてゆく。なりふり構わない全方位からの攻撃に、私はどうすることもできなかった。
「救われなくってもいい、報われなくってもいい、認められなくても、奴隷以下の虫けらだと思われてもいい!
支配されて、屈服させられて、他の大勢の連中と違わなくてもいい、お嬢様に支配されている私が私なのよ!
その事実だけで私は満足してる! 喜びも、怒りも必要ない、支配されている人間だって分かれば、私はお嬢様と繋がっていると思える!」
自らの正当性を主張するように、咲夜はまくしたてながら反撃の隙も与えず攻撃してくる。
それは、この殺し合いにおいて咲夜が辿った足跡なのだろうと私は思った。
本当はもっと別の形で通じ合いたかったはずなのに、否定され、あるいは自らが踏み出すことが出来ずにここまで来てしまった。
引き返すことも出来ず、他に戻れる場所もなく――それは、さとり様が死んだことを聞かされたときの私。
『お嬢様』はそれほどまでに大きな存在なのだと分かる。
「……あなたの言うことも、少しは正しいとは思うわ。でも、あなたの言い分は強い人しか言えないことなのよ」
だから今を選ぶ。ほんの少しだけ本心を見せた咲夜の表情は、悲しいほどに儚いものだった。
違う。私だって弱い。何度苦しみ、何度膝を折ろうとしたか分からない。けれども、この気持ちが伝わらない。
チルノのような、簡単で、しかし確かに届く言葉も持てない私がもどかしい。
せめてもう少し前に出会えていれば。『ひとりじゃない』と言えるような立場であったならば。
「私は、お嬢様を愛してしまったから……どんな形のお嬢様だとしても、失ってしまうことを想像したくないの」
咲夜の言葉は、他者への恨みや憎しみもなければ、自分さえ良ければという悪意もない。
ただ純粋に、愛する者に尽くしていただけに過ぎない。けれども、その気持ちを伝える術を持てない……あまりにも不器用で、悲しい人間だった。
もう、私なんかじゃ何もかける言葉がないのだと気付かされる。せっかく理解できたのに、殺しあうしか道がないのだとも気付いてしまった。
やるしか、ないのか?
私は迫るレーザーを凍らせると同時に、手のひらに力を集中させ、核熱の火炎が作り出す輪の弾幕を生成する。
『フィクストスター』。腕を一振りすると、猛烈に回転する火炎輪が咲夜目掛けて飛んでゆく。
「同情でもしたの? そんな遅い弾幕じゃ……隙だらけよ!」
少し身を捻って回避した咲夜は、次の瞬間にはその双眸を赤く光らせて能力を発動する。
気がついたときには咲夜の姿はない。だが、どこにいようが私の取るべき行動は既に決まっていた。
思い切り体を踏ん張り、さらに上へと向けて飛翔する。思い切り高く、咲夜を見下ろせるように。
「逃げても無駄!」
即座に迫るレーザー。再び当てることを重視した拡散レーザーを、私はチルノの氷結能力と『核熱バイザー』を駆使して防御。
だがどちらの力も弱まっているのか、防ぎきれずにレーザーの一本が私の羽を射抜いた。
片翼を奪われバランスを保てなくなった私を見上げて、咲夜が笑う。
「限界のようね、次でとど……っ!?」
そして、笑みが歪み、驚愕を露にした表情へと変える。
咲夜の視界には、戻ってきた『フィクストスター』が映っているに違いなかった。
弾速の遅い『フィクストスター』は代わりにブーメランのように戻ってくるという特徴があり、私は戻ってきた弾が咲夜に当たることを見越して撃ったのだった。
射撃体勢に入っていた咲夜はそれまでに負った怪我のせいもあるのか咄嗟の回避が行えず、無理矢理時を止めて回避する。
でも、それも織り込み済み。瞬間移動した咲夜がどこにいても分かるように、私は高く上昇していたのだから。
そして後は落ちる勢いに任せて、突撃あるのみだった。
「光熱『ハイテンションブレード』ッ!」
持てる力を最大限に引き出し、『レイディアントブレード』をさらに強化した私のスペル。落下速度も合わせればそれは私の打撃技の中でも最大級の威力を有する。
制御棒から迸る熱を剣と化し、『フィクストスター』を避けた直後の咲夜へと猛然と突進する。
憎々しげに私を睨んだ咲夜はさらに能力を使おうとしたが……連続使用に耐えられなかったのか、移動したのは僅かな間だけで、私の突撃を避けきれるものではなかった。
宝塔の光を剣に変え、私の『ハイテンションブレード』を受け止めようと足掻いた咲夜だったが、パワーの違いは歴然としていた。
「お、押され……!」
宝塔が弾き飛ばされた、その瞬間が咲夜の敗北だった。
振り下ろされた私の『ハイテンションブレード』が叩きつけられ、地面へと急速に落下した咲夜の体が二度、三度と跳ねる。
受け身も取れずモロに突っ込んだせいで、間違いなく四肢の骨が折れているはずだった。
なのに――それなのに、咲夜は平然と立ち上がり、取り落とした宝塔へと向かい、折れていない方の腕で拾い上げていた。
地面に着陸した私のダメージも深いものだったが、咲夜のダメージはさらに深刻なはず。
事実、片腕片足の骨が折れてしまったのかよろよろと覚束ない足取りで立ち、傷がさらに広がってしまったのかエプロンドレスをほぼ真紅の赤に変えてしまいながらも、
咲夜はあくまで私を殺そうという瞳をこちらへと向けていた。
「お嬢様……お嬢様、お嬢様、お嬢様……! 私は、まだ……!」
握る力さえ少なくなっているのか、宝塔を持つ手がカタカタと震えている。
戦闘能力さえ奪ってしまえば、まだ――そんな風に考えていた私は甘かった。
『お嬢様』を、咲夜はそれほどまでに慕い、想い、敬っているのだ。なのに、それが伝わらない、伝えられない。
私自身も、伝えられないことがひどく哀しく感じた。
「……やるしか、ない」
どうしようもないなら、こうするしか手段はない。
決着をつけてしまわなければ、また誰かが死んでしまうかもしれない。
さとり様や、チルノのようなことになってしまわないために、私が断ち切ってしまうしかない。
断ち切らなければもっと哀しいことが広がってしまう。なら諦めるしかない。わかっても、理解しても、どうにもならないことだってある。
犠牲を犠牲で終わらせてしまわないために、ここで私がやらなきゃダメなんだ――!
制御棒を咲夜へと向ける。だが、狙いが定まらない。
チルノとの出会い。メディとの邂逅。私達の『最強』。できた友達がいなくなってしまった、天人との戦い。
初めて理不尽と対面しなければならなかった、お燐との死闘。ここではないどこかを探すための約束。
鬼に感情をぶつけたとき。さとり様が助けてくれたとき。さとり様を助けられなかったとき。チルノを傷つけてしまったとき。
咲夜の感情に、触れたとき。私のあらゆる思い出が浮かんでは消えてゆく。
これでいいのか。まだやりようはあるはずではないのか。
だが、それで失ってしまったらどうする? 私だけじゃない、他のみんながそうなってしまうのなら……!
迷いなんて捨てろ! 割り切ってしまえ!
撃て。撃て、撃て、撃て、撃て、撃て――! 捨てなきゃいけないものだってある! 全部が大切にできるものか!
「泣いてるのね、あなた」
意外なほどに優しい声は、今まさに私を殺そうとしているはずの敵からのものだった。
ひどく穏やかな咲夜の表情が、私の胸を貫く。
今更遅すぎるという諦めを含んだものでありながら、自分を想って流している涙をどこか嬉しく感じているような、その表情が。
「……哀しいわね、こんなの」
ぽつりと咲夜が漏らしたと同時、宝塔から眩い光が溢れ、私へと向かってくる。
撃たなければ殺される。死んでしまう。私を生かしてくれたみんなの気持ちを無駄にすることになってしまう。
でも。
「――っ! 撃てない……! 撃てないよ、みんな……!」
私と同じものを感じている人を、私は撃つことなんてできなかった。
ごめんなさい。最後にそう呟いて、訪れる死を待とうとしたのだが――熱が私を焼き尽くすことは、なかった。
綺麗なほど脇に逸れ、私に掠りもしなかった宝塔の光を撃ち尽した咲夜は、そのまま宝塔を取り落として、仰向けに倒れた。
心身ともに限界を通り過ぎていたのだろう、命をかけたはずの最後の一撃は、わざと外したようにしか思えなかった。
倒れた咲夜の胸からせき止めていたものが溢れ出すように血の池が広がってゆく。
能力を使って無理矢理出血を止めていたのかもしれない。傍から見ても致命傷だと分かる出血量。
能力が切れた結果、宝塔で射撃する前に命が尽きたのかもしれない。最後まで殺そうとしていた咲夜だ、その可能性は十分にあった。
だけど、それでも。
私は、咲夜が狙いを自ら外したのだと信じたかった。
咲夜の元まで歩いてゆき、その表情を確かめる。
出会ったときと全く変わらない無表情で、しかし眠るように目を閉じていた彼女は、きっとそうなのだと信じたい。
撃てなかった。結局、撃てなかったけど……これで良かったのかな、チルノ。
戦いの間、私を支えてくれていた相棒の声は聞こえない。正しいのか、間違っていたのか、全ては私が決めることだった。
だから私は自分の『最強』に尋ねる。胸に手を当て、鼓動を確かめる。
「……うん」
答えは、すぐに返ってきた。
私は一つ返事をして、宝塔を拾い上げてその場を後にする。
その先では――私がまだ帰れる場所が、あるはずだった。
【D-3 人里 二日目深夜】
【チルノ 死亡】
【十六夜咲夜 死亡】
【残り 10人】
【霊烏路空】
[状態] 全身に火傷。深い傷ではない
[装備] 宝塔
[道具] 支給品一式(水残り1/4)、ノートパソコン(換えのバッテリーあり)、スキマ発生装置(二日目9時に再使用可)、 朱塗りの杖(仕込み刀)、橙の首輪
チルノの支給品一式(水残り1と3/4)、ヴァイオリン、博麗神社の箒、洩矢の鉄の輪×1、
ワルサーP38型ガスライター(ガス残量99%) 、燐のすきま袋
首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、萃香の分銅● 支給品一式*4 不明支給品*4
[思考・状況]基本方針:『最強』になる。悪意を振りまく連中は許さない
1.必ず帰る。
2.メディスンを殺した奴(天子)を許さない。、赤青と巫女もブッ飛ばす。
※チルノの能力を身につけています。『弾幕を凍らせる程度の能力』くらいになります。
※現状をある程度理解しました
※第四放送を聞き逃しました
【藤原妹紅】
[状態]腕に切り傷、左足に銃創2ヶ所(ともに弾は貫通)
[装備]ウェルロッド(1/5)、フランベルジェ、光学迷彩
[道具]基本支給品×3、手錠の鍵、水鉄砲、包丁、魔理沙の箒(二人乗り)、にとりの工具箱、
アサルトライフルFN SCAR(0/20)、FN SCARの予備マガジン×2、ダーツ(24本)
[基本行動方針]ゲームの破壊、及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
[思考・状況]
1.閻魔の論理は気に入らないが、誰かや自分の身を守るには殺しも厭わない
2.さとりを殺した奴、にとり・レティを殺した奴を許さない
3.空を捜索して合流した後、博麗神社で早苗たちとの合流を目指す
【射命丸文】
[状態]瀕死(骨折複数、内臓損傷) 、疲労中
[装備]胸ポケットに小銭をいくつか、はたてのカメラ、折れた短刀、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有・満身創痍)
[道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本
[思考・状況]基本方針:自分勝手なだけの妖怪にはならない
1.人里で体を休め、同志を集めてレミリア打倒を図る
2.私死なないかな?
3.皆が楽しくいられる幻想郷に帰る
最終更新:2011年12月10日 09:09