流星のナミダ(Ⅱ)

流星のナミダ(Ⅱ) ◆Ok1sMSayUQ


 空気が悪い、とか、雰囲気が最悪、とかはよく耳にするけど、あたいはそんなのピンと来たことがなかった。
 よく分からなかったし、気を使ってくることもなかったから。
 でも、今はなんだかよく分かる。よくない感じだってのが。

「ねえ、ちょっと、どういうこと……? さとり様、どこいったの、ねえ!」

 おくうの絶叫にも、誰も答えようとしない――いや、答えられないんだってあたいでも分かった。
 両の拳をゆっくりと握り、どこか一点を見つめている白い髪の女。
 ぐっと口を真一文字に結び、目を伏せている烏天狗。
 言わなければならないと分かっているのに、答えられる言葉が持てない。
 『かぞく』がいなくなったおくうに、何を言ったらいいのか分からないって感じ取れた。
 あたいには『かぞく』って感覚が分からない。妖精はみんなそうだ。でも、それが大切なものなんだってことはおくうが教えてくれた。
 そんな『かぞく』がいなくなったおくうに、誰も何も言えない。普段あたい達をバカにしてる妖怪も、人間も。
 何も知らないあたいと同じように、こいつらも本当はバカなんじゃないかとさえ思えてくる。
 普段なら、あたいは怒っていたと思う。……でもそれ以上に、おくうの怒り方が尋常じゃなかった。

「そんな、そんなのってないでしょ……せっかく、さとり様の役に立てるんだって思ってたのに……!」

 側にいるあたいなんて関係のないように、おくうはずんずんと白い髪の女へと詰め寄ってゆく。
 じゃらじゃらと手錠の音が鳴るたびにあたいの体も引きずられる。引っ張る力が強くてたびたびこけそうになるのに、おくうは気付いている素振りすらない。
 あのときもそうだった。鬼を殴ろうとしたときも頭に血が上っていた。あたいが止めていなければ間違いなく殴っていただろう。
 おくうはその意味じゃ、周りが見えなくなりやすいんだとあたいは気付いた。
 下には下が、などとは思わなかった。いや少しは思っていたかもしれないが、それを差し引いても、おくうには危うさがあったように感じる。
 手を離してしまえば、そのままどこかに行って、帰ってこないような……戻ってきても、それはおくうではないおくうだという直感があった。

「あんた、さとり様と一緒にいたんでしょ!? どうして……っ!」
「ちょ、ちょっとやめなよおくう! こいつらだってあたい達探してたかもしれないじゃん!」

 自分でも気付いたのは、すごく冴えてた証だと思う。
 目が覚めてから、あたい達とこいつらとは会っていない。でも、一度は会っている。
 だとするなら、目が覚めた後もう少し待っていれば会えたのかもしれない。こういうのを、入れ違いと言うのだったか。
 鬼を助けに行こうとしたときには、既に決着はついていて、こいつらは戻ってくる途中だったのかもしれない。
 あたい達はそれに気付かず、まだ戦っていると思って出てきてしまった。その結果、互いが互いを探すハメになってしまった。
 そんなことだって、あるはずなのだ。

「なんなの、それ。じゃあ、私達が出てきたから、さとり様は死んじゃったの……? そういうことなの? 答えなさいよッ!」

 胸倉を掴み、白い髪の女を引き寄せるおくう。
 おくうの目に、怒り以上の何かが見えたのは気のせいなのだろうか。

「……さとりは、私を庇って撃たれた。さとりが逃げる機会を作ってくれたお陰で私はここまで来れた。これが事実よ……」
「庇って……じゃあ、誰がさとり様を殺したの! あの赤青!? 巫女!? 教えなさい! さとり様の仇を取ってやる!」

 いつも身につけている制御棒とかいうのを振り回し、おくうは咆哮を上げた。筒先が白い髪の女の毛先を掠める。
 短い悲鳴を上げたのは烏天狗だ。それはそうだろう、殴ったようにも見えなくもないのだ。あたいもちょっとヒヤッとした。
 ……これもあのときと同じだ。怒り、そして仇を討とうとしている。
 そこまでさせる『かぞく』が本当に大切なんだと改めて感じる。けど、その一方で……怖かった。

「分からない。私だっていきなり襲われて……誰だか見抜くこともできなかった。言い訳もできないくらいに無様なやられかたをした」
「……っ! だったらもういい! 私で探す! さとり様も、こいし様の分も、仇を討つんだ!」

 乱暴に突き放し、その場を後にしようとする。
 こんなことをする奴だったか? 尋常ではないおくうに、あたいの中にある不安が膨れ上がるのを感じる。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 妹紅さんだって自分の無力を悔しく思ってるんですよ! さとりさんが殺されてショックなのはあなただけじゃ――」
「分かってるよ!」

 引きとめようとした烏天狗に、おくうは怒鳴り返す。あたいはそこで初めて、おくうが泣いていることに気付いた。
 でも、それは今まで見てきたような悲しさを含んだ涙ではなかった。
 理不尽によって『かぞく』を奪われ、何も出来なかった、してやれなかった無念を滲ませた涙が、あたいには鬼の表情のように思えた。

「やっと会えたのに! 私は何もできなかった! 言いたいこともたくさんあった! さとり様にやってもらいたかったことだって、あったんだよ!
 私にとって地霊殿のみんなは大切なことをたくさん教えてくれた宝石だったんだ! 何を質にしても釣り合うものなんてない、たったひとつの宝物だったのに……」

 鬼の表情の中に、あたいはおくうの隠していた感情を見たような気がした。
 そんな『宝物』を自分で壊してしまうことしか出来なかった悲しさと悔しさが。
 やっと見つけたのに、何もできなかったどころか自分のせいで『宝物』を失ってしまったことに対する無力さが。
 おくうは、そんな自分自身が一番許せないのかもしれない、とあたいは思った。

「お燐を殺すしかなくなって、こいし様が死んだことをただ聞いてることしかできなくて……さとり様までいなくなって……私、ダメだって分かってるのに、我慢できないよ……!」
「お空さん……でも、それは……!」
「だからやる! 今は私にも力があるんだ! 私の生まれた意味を教えてくれた宝物を奪ったやつらに、やり返さなきゃいけないんだ!」

 あたいとおくうで見つけた、光るガラス玉みたいなのを取り出し、鬼気迫る表情で烏天狗と妹紅とかいうのに言い放つ。
 あのときはただ光っているだけだったのに、今はそれが獲物を求めている凶暴なものに見える。おくうの怒り方を体現したかのように。
 しかし、あたいにはそれが、どうしようもなく悲しいと感じた。直感なんかじゃない、『かぞく』の言葉は分からなくても『宝物』の意味は分かっていたから。

「そんなのは呪いよ……! 呪いに身を委ねるんだったら、私はあなたを止めなきゃいけない!」
「呪いでもなんでもいい! 守れるはずだった大切なものをなくして、我慢しきれるほど私は賢くないんだ! どきなさいよ!」

 おくうの行く先で手を広げ、立ち塞がった妹紅に光るガラス玉が掲げられる。
 いつもバカみたいに元気で、コロコロ笑っていることの多かったおくう。
 ムカつくこともあるし、偉そうにしてるけど、あたいの一歩先を「行ってもいい」と思うことのできた初めての妖怪のおくう。
 でも時々くるりと振り返って手を差し伸べてくれることもある優しいおくう。
 今のおくうは、そのどれでもなかった。こんなに弱くて、小さくて、みんなを拒絶している。
 いいや、元から持ってはいたのかもしれない。あたいが無意味な『最強』を続けてきたように、おくうも辛いのを隠して強がっていたのかもしれない。
 『宝物』を自分で壊してしまうこと、手の中にあったはずなのになくしてしまうこと、それがどんなに辛いのか……分かるとは言えない。
 でも、あたいにだって言えることはある。

「やめろよ、おくう。そんなことしてても……おんなじことの繰り返しだよ」
「……チルノ……?」

 ぐいと服の裾を引っ張られ、ようやくあたいに気付いたという風に呆然とした顔を向けたおくうは、しかし鬼の表情を崩すことはなかった。

「あんたなんかに何が分かるのよ……命より大切なものをなくした気持ちが、しかも自分でなくしちゃった気持ちが、あんたに分かるっての……?
 ようやく信用されて仕事を任せてくれたり、よくやったって褒めてもらったり、遊んでもらったり……
 その嬉しさが、だから大切にしたいって気持ちとか、あんた持ったことあるの!? 何も出来なかった悔しさだって分かんないくせに!」
「でも、だからって自分を追い詰めてどうするんだよ! 『どうするか』を考えるのがあたい達なんだろ!?
 あたいだって賢くないよ! そんなの自分がよく知ってる! だけど考えることをやめちゃダメだってことはおくうが――」
「うるさい! なくしたこともないようなヤツにそんなこと言われたくない!」

 一瞬フッと風景が陰ったかと思うと、頭の中がぐわんと揺れた。
 殴られたのだと感じたのは地面に転がったときだった。手錠がついてるから吹っ飛ばされることはなかったけど、冷たく見下げるおくうの視線が痛かった。
 これで気が済むのならいくらでも殴られてもいい。殴らせてもいい。でも、おくうは全然元に戻る気配もなかった。
 このままじゃもっとひどいことになる。だったら殴り返してでも分からせてやる。
 おくうは相棒だ。友達だ。間違ってるなら体を張ってでも止めるのがあたいの役目のはずだ。
 あたいのスーパーアイスパンチで殴られたところを殴り返してやると睨み返そうとしたとき。
 空中に、きらきらと光るものが浮いていた。明らかに星の光なんかじゃない。
 あたいはおくうを殴るのではなく、突き飛ばしていた。

     *     *     *

 ひとりぼっちになってしまった。
 私があの二人の会話を聞いたとき、真っ先に思ったのがそれだった。
 お燐が助けられないと理解してしまったときよりも、こいし様がどれだけつらい思いをしたかを想像したときよりも、ずっと大きな痛みが私を襲った。
 私は誰かを守れない。助けられない。温もりを感じることもできなくなって、思いを伝えることもできなくなって……
 さらに許せなかったのは、私が焦って行動を起こしたせいでさとり様は死んでしまったかもしれないということだった。
 私は私を呪った。あのときの自分自身を引き裂いてやりたい気持ちだった。そうしてしまうことができればどんなに楽だっただろう。
 走り回って、落としたことにも気付かず、結局自業自得としか言えない結果になってしまったのなら、お燐は何のために殺されなければならなかったのか。
 こんなにも愚かな私は、どうして生きているのか。分からなくなってしまった。
 心の中にある糸が切れ、信じていいものが失われてしまった瞬間、代わりに沸き立ってきた気持ちは以前鬼を殴ってやろうとしたときの気持ちだった。
 違うのは、それが誰かに対する怒りではなく、自分に対する情けなさがあることだった。
 さとり様を殺した誰かを許せないと思う一方で、こんなにも無力な自分がもっと許せなかった。
 いっそ自分を罰してくれ、こんな自分を切り裂いてくれと感じる一方で、恨みだけが激しく燃え盛る。
 そんなのはいけない、と心のどこかが叫んでいた。ひとりになったからって、ひとりにさせていいわけがない。
 紛れもない、それは私自身の言葉だ。『あのとき』の私が叫んでいた。でも、私が許せないのは……『あのとき』の私だった。
 何もできなかった自分。そんなもの、消えてなくなってしまった方がマシだ。
 だから私はやめろと言い聞かせる自分を殴りつけた。恨みを晴らさせろ。絶対に許すな。そんな私の黒い炎に押されて。
 でも……殴った私は、私なんかじゃなかった。張られた横面は次第によく知っている妖精の顔へと変わって――

「危ないおくう!」

 小さな手が私の体を押した瞬間、私の脇を通り過ぎていった何本ものフォークが、チルノの腕に刺さっていた。
 苦悶に顔を歪ませたチルノを目視して、ようやく私は我に返ったが、それすら遅いと気付かされたのはいつの間にか目の前に現れていた銀髪赤目の女を見た時だった。
 何もかもを吸い込んでしまうような底無しに昏い目と合う。ゾッとした。ひたすらに拒絶し、冷たさで殺してしまうような目だ。
 チルノの冷たさとは違う。いやむしろ、さっきまでの私とそっくりだった。
 こんな顔で、チルノを傷つけてしまったの? 私自身にまた絶望したと同時、鋭い蹴りが鳩尾に突き刺さった。
 棒で一突きにされたような痛みに抵抗できず、呻き声も上げられずに地面を転がってしまう。同時に、私が持っていた宝塔も落としてしまっていた。
 女の手が、すかさずそこに伸びる。早すぎる。届かない。それ以前に痛くて体が動かない。

「この、どこから! 吸血鬼の下僕!」
「時を止めて奇襲してきたんです! いきなり現れたってことは間違いないです!」

 後ろから妹紅と天狗の声がして、風と炎の弾丸が女を狙い撃つが、妖力弾でも間に合わないのが分かった。
 既に宝塔を拾い上げていた女が、人差し指を上に持ち上げ……振り下ろした。
 意図に気付き、私が「上!」と声を張り上げたのと凄まじい勢いでフォークが落下したのは同時だった。
 私の声が一歩早く届いたのか、追撃の弾幕を放とうとしていた天狗と妹紅が一斉に下がる。直後落下してきたフォークが次々と地面に突き刺さった。

「これで終わったと思ったのなら、間違いよ」

 それは下がった二人にではなく、私とチルノに向けての宣告だった。
 いや、最初から狙いは私達に向けられていた。思うように動けない的。逃げるには近すぎる距離。そして想定通りというような女の表情。

「いいものだとは思っていたけど、想像以上ね。力が湧いてくる……ありがとう、仲間割れをしてくれて」

 女の凍りついたままの顔が崩れ、皮相な笑みへと変じた。――私の、顔だ。
 また、私のせい? 我慢していれば。チルノの話を聞いていれば。私なんかが何もしなければ、それで良かった?
 後から押し寄せる後悔に身を浸すだけの猶予は与えてくれなかった。
 奪われた宝塔の輝きが増し、光が一定の方向……即ち、私達のいる場所へと向けて収束する。私には今の現象だけで何が起こるのか分かった。
 レーザーだ。それも私達が撃ち合ってきたような弾幕じゃない。肉を貫き、骨まで溶かしてしまう無慈悲な光だ。
 殺されるという直感が走ったが、同時にそれを受け入れ、諦めている自分もいた。
 私なんか、生きてても仕方がない。何かをすればするほど傷つけて、なくしてしまうような自分なんかいなくなってしまえばいい。
 膝を折り、うな垂れたままの私に向かって、発射されたレーザーの光条が伸びる。
 情けない私の心ごと焼き切ってしまうはずだった一撃は……またしても、立ちはだかった妖精によって阻まれた。

「諦めるなっ!」

 フォークが突き刺さったままの腕を伸ばし、チルノが氷のシールドを張る。
 無理だ。言おうとした側から溶かされ、指を徐々に焼き始める。それでもチルノは防御をやめようとしない。
 なぜ? 理由を探してみて、繋がれた手錠が原因だとすぐに悟った私はまた自分を恨んだ。なにもかもが裏目に出ている。
 自分だけが諦めるならまだしも、チルノを巻き込んでしまっている、こんな私に助けられるような価値なんてない。

「『最強』になるんだろ!?」

 最強、という言葉の中身が胸を打った。ここではない『どこか』に行くための言葉。
 私の大切な相棒と交わした、たったひとつの忘れられない約束……

「あたいは、おくうが――!」

 チルノが言葉にできたのはそこまでだった。氷のシールドはあっけなくレーザーに突き崩され、灼熱がチルノを焼いた。
 熱はそのままチルノの半身を融解させ、手錠も破壊した後に衝撃波がチルノもろとも私を吹き飛ばした。
 レーザーが私に当たらなかったのは、チルノが反らした結果だったのか、相手が即死を狙わずずらしたせいなのかは分からない。
 いずれにしても、私とチルノの丁度真ん中を貫通したレーザーはチルノの手錠と繋がっていた腕を根こそぎ吹き飛ばし、致命傷を与えたといっても良かった。

「えっ、なになに、なんなの、って、きゃ!?」

 どこまで吹き飛ばされたか分からないまま、転がった先で待ち構えていたのは起き上がっていた妖精だった。
 小さく二つに結った栗色髪を小刻みに揺らし「ち、チルノ!? うそ、これ……」とまん丸な瞳が凍り付いていた。

「……サニー、久しぶりじゃん」
「久しぶりって……バカ! のんきに笑ってる場合じゃないでしょ! なにがあったの!」

 即座にチルノに駆け寄ったサニーと呼ばれた妖精が殆ど焼け焦げてしまった腕を気遣いながら助け起こす。
 チルノはこんなときでも笑っていたが、無理を押し隠しているのは誰の目にも明らかだった。
 血色を失った顔は死人のものに近く、視線もどこか虚ろだ。
 改めて絶望を感じる。大声で喚き散らし、傷つけてしまった私が半ば殺したようなものだ。
 なのに、どうしてチルノは笑ってるんだろう。私は罵られても責められても一切の文句も言えない、言えるわけがない立場でしかないのに。
 そんな――あっけらかんとした笑い方、やめてよ……

「泣くなよ、おくう。こっち来なよ。言いたいことがあるんだ」

 残った方の手で手招きをされ、逆らえないままにのろのろと近づいてゆく。
 他の声は殆ど聞こえていなかった。天狗と妹紅の怒鳴り声が響き、弾幕が破裂する音が断続的に続く。
 サニーという妖精はしばらく周囲を見回した後、状況が切迫していることに気付いたのか、少しだけ私を睨んだ。

「何があったのか知らないし、ここじゃアンタの方が付き合いが長いだろうから、任せるわ。
 でもその情けないツラだけはなんとかしなさいよ。みっともないよ、アンタ。私が見てきた誰よりも……」
「そーだ、みっともないぞおくう」

 返す言葉もない私は黙っていることしかできなかった。
 サニーは「私、行かないと。こわいけど、天狗や人間のお姉さんが頑張ってるから」とチルノに言い残して去ってゆく。
 その場に残されたのは私とチルノだけになった。言い出す一言が見つからず、長椅子に体を預けてぐったりとしている小さな体の前で、しゃがむことしか出来なかった。
 私をしばらく見つめた後、長い溜息をついて喋り始めたのはチルノだった。

「……さっきは言えなかったけどさ、あたいは、おくうが羨ましかったんだ」

 首を振って、私はチルノの言葉を否定する。
 羨ましがられるようなことなんて何もない。馬鹿で、無知で、少し頭を働かせれば分かるようなことさえ想像できない。
 最悪の結果になってみないと理解することさえできないような私は、もうどうしたって無駄だ。

「口だけの妖怪の、どこがいいって言うの? 友達も殺して、敵にいいようにやられて、頭に血が上って、さとり様を殺しちゃったような私のどこが」
「でも、おくうは『それでも』って言ってきた。何度でも立ち上がって、いつだって先に歩き出してた」
「……『それでも』、なんて言えない! 知らなかっただけなんだ! だから偉そうな口を叩いてただけなの! 私は強くなんてない!
 今だってこうして、チルノにひどいことして、傷つけて……『それでも』なんて言う資格ない!」

 焼け焦げた肩の付け根を見ていられず、私は否定と共に絶叫した。
 私は、また私自身の手で大切なものを、友達をなくそうとしている。
 懸命に止めようとしてくれていたかけがえのない存在を、この手で壊してしまった。
 そんな自分が言えることなんてあるはずがない。悔悟が後から後から押し寄せ、性懲りもなく溢れ出して来る涙が止まらない。
 肩を震わせ、否定を続けるだけの私を、しかしチルノの手がやさしく包んでくれた。
 片方しかない小さな手は、私の体温よりもずっとずっと低いはずなのに、不思議な暖かさが感じられた。

「ここじゃない、どこか。あたい達の帰る、本当の家……おくうが教えてくれた、たった一つの言葉があったから、あたいも信じたくなったんだ」

 私達の希望を指し示す言葉。
 きっとどこかにあると信じて、交わした約束。
 そこでは誰もがひとりじゃない。誰かが待っててくれている暖かい場所……

「ずっとひとりで、最強だからみんなキライなんだ、嫉妬してるんだって思い込んでた。でもそうじゃなかった、簡単なことだった。
 ひとりじゃない方向に歩いていけば良かったんだ。部屋の隅っこでじっとしてただけのあたいに、おくうが教えてくれた。そんなのは最強じゃないって」
「でも、その私は……」

 無知でしかない私だ。そう言おうとしたのを遮って、チルノが私の胸に人差し指を当てる。

「最強は、ここにあるって教えてくれた。他の誰でもない、おくうの心が。心が自分で自分の『最強』を決められるんだ、って」

 道すがら、チルノに言ったことを思い出す。『――誰のための最強になりたいの?』その問いに、チルノは分からないと言った。
 だから、あのときは私も答えが分からず、直感でこう言っていた。『ゆっくり考えなさい』と。そして……チルノは、自分で自分の最強を決めた。
 教えられた答えなんかじゃなく、自分自身の心で。

「だから捨てちゃダメだ。『最強』を捨てちゃダメだよ、おくう。
 ここがあるからあたいも居たんだ。これがあるからひとりじゃないんだよ。心を持ってる限り……あたいも、おくうも、ひとりじゃない」

 手錠なんかなくても。最後にそう付け加えて、チルノは不敵に唇をゆがめてみせた。
 物理的に繋がっていなくても、心と心が繋ぐ絆で、私達はひとりではなくなる。ひとりじゃないから、ここではないどこかに行ける。
 チルノはそれが分かったから、笑っていられたのだ。そして私がなくそうとしているのを、今度こそ止めてくれた。

「私の、『最強』……まだ、あるかな」
「あるよ。あたいだけじゃない。サニーもきっと分かってくれるし、他の、みんなも……」

 人差し指が震え、力なくだらりと垂れ下がってゆく。
 呼吸の感覚も短くなり、瞳ももはやうっすらとしか開いていない。
 大切な親友がいなくなってしまう。私に、ひとりじゃないと教えてくれた親友が。
 思わず手を取ろうとして、しかしギリギリでこらえる。ここで縋ってしまったら、きっとまた私の魂が引きずられてしまう。
 絆を絆として繋ぎとめておくために、縛られてしまわないようにするために。
 悲しみを悲しみとして感じ、それを受け止められるチルノみたいに私はなりたかったから。

「行くよ、私。おんなじことの繰り返しを……やめさせなきゃ」
「おくうなら、いけるよ。あたいもここから手伝うから、頑張りな」

 うん、と頷いて、私は顔を上げた。
 炎と風の弾幕が飛び交い、その合間にレーザーが奔り、建物を破壊して景色を朱に染めてゆく。
 闇夜に包まれていた空は、まるで朝のように明るい。でも、これは夜明けなんかじゃない。
 私の中にあったものと同じ、恨みと憎しみで醸成された黒い炎だ。自分自身ですら塗りつぶしてしまう負の重力。
 あんな撃ち方をしているから分かる。当たればいいとばかりに無作為、無秩序に破壊するような弾幕の撃ち方は、タガを外してしまった者のやり方だ。
 私もそうなりかけたから、分かる。だからこそ……止めなきゃいけないんだ!
 黒い翼を広げ、私は宙に浮く。眼下で横になっているチルノは完全に目を閉じ、深い眠りについていた。
 けれども、私は知っている。体の中にある、自分で自分の最強を決められるところに、チルノがいると分かる。
 己をも焼きかねない熱をゆっくりと冷やしてくれる、親友の存在を肌に感じる。

「チルノ、みんな……私に、力を貸して!」

     *     *     *




177:流星のナミダ(Ⅰ) 時系列順 177:流星のナミダ(Ⅲ)
177:流星のナミダ(Ⅰ) 投下順 177:流星のナミダ(Ⅲ)
177:流星のナミダ(Ⅰ) 藤原妹紅 177:流星のナミダ(Ⅲ)
177:流星のナミダ(Ⅰ) 射命丸文 177:流星のナミダ(Ⅲ)
177:流星のナミダ(Ⅰ) 霊烏路空 177:流星のナミダ(Ⅲ)
177:流星のナミダ(Ⅰ) チルノ 177:流星のナミダ(Ⅲ)
177:流星のナミダ(Ⅰ) 十六夜咲夜 177:流星のナミダ(Ⅲ)


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最終更新:2011年12月10日 08:59
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