……and they lived happily ever after.(前篇)

……and they lived happily ever after. ◆TDCMnlpzcc







「魔理沙!!」

 ようやく晴れた土煙の向こうから、魔理沙の悲鳴を聞きつけ、フランドールは思わず振り返った。
 その視線の先で、魔理沙の体が壁に叩きつけられる。

「うわあぁぁあぁぁぁぁ!!」

 吸血鬼の脚力で空を飛び、とどめを刺そうとする霊夢へと襲い掛かる。
 こちらの存在を視界に留めた霊夢が振り返り、紫の持っていたマシンガンを構える。

ダダダダダダダッ

 弾丸の嵐が、フランドールを迎撃するために放たれる。
 とっさに身を盾でかばい、直撃だけは免れたものの、弾丸の勢いで弾かれ、縁側の外に落下した。

 地面に足がつくのと同時に、足を伸ばし、跳ねる。
 ひとっ飛びで縁側に上り詰め、近くの柱を蹴り、盾を構えたまま霊夢へと突っ込む。
 足で畳をするような音が聞こえた直後、案の定、霊夢は宙に浮き、こちらの攻撃をかわす。そして、そのままMINIMIの火力で押し切ろうとする。
 だが、そうはさせない。

「禁忌「フォービドゥンフルーツ」!!」

 霊夢が宙に浮いたことに気付いた直後、発生させた弾幕の波が、霊夢を背後から襲う。
 見たことのない弾幕に、一瞬焦ったものの、元のスピードと回転を利用して、霊夢は器用に切り抜けた。
 だが、波は一回で終わらない。繰り返し押し寄せる波、その合間に機関銃の引き金を引こうとすれば、下からフランドールが斬りかかる。
 避けるのに疲れたのか、弾幕で溢れる一室を切り抜け、霊夢は再び、外に飛び出した。
 追撃するように、ナイフが数本、その後ろの空間を斬り刻む。
 ナイフの一本が霊夢の服の袖を切り裂いた。

「チッ・・・!!」

タタタッ!

 ナイフを投げた吸血鬼に、銃口を向けようと、回転した霊夢の顔がこわばり、即座にかがみこむ。
 その上をきっかり三発、弾丸が走る。

「霊夢さん。抵抗は無駄ですよ」

 部屋から飛び出した早苗が、続けて数発、庭に向けて弾を撃ち込む。
 左右に揺れて、それを見事にかわしきった霊夢も、流石にきつかったのか、重い機関銃を捨て、縁の下へと飛び込んだ。
 機動力の上がった霊夢には、もはや早苗の弾丸は当たらない。
 観葉植物を無駄に散らして、地面に穴をあけるだけで、収まった。

「早苗!!下ッ!!」
「分かっています!!」

 霊夢が飛び込んできっかり一秒後、早苗の足元の板がめくれ、鋭い剣が宙を突いた。
 続いて数回、その足元から剣が突きだされる。
 縁の下に逃げ込んだ霊夢が、剣を上に突きだしている。
 早苗も足元に発砲し、応戦はするものの、当たらない。素早く、足を動かし、剣を避けるのが精いっぱいだ。
 吸血鬼とは違い、その体力にも機動力にも制限がある人間が、長くは避けられない。
 万が一、足をまともに捕らえられれば、串刺しにされてしまう。
 必死になってかわすものの、突きだされた剣は早苗を斬る。
 フランドールが縁側に着くまでに、早苗の足には幾つかの赤い線が走っていた。
 霊夢の位置を見定めて、駆け寄った。

「霊夢ウゥゥ!!」

 叫び、盾を捨てて、両手で、縁側に剣を突き立てる。
 手ごたえはあった。
 木屑が飛び散る中、足を押さえて早苗が崩れ落ちる。

 やったか?
 突き刺した瞬間の感触、それが人間の物かどうか理解できるほど、フランドールは戦い慣れていない。
 ツン、と気圧の変化で耳が痛くなった。


「外れ、ね」

 言葉とともに、軒下から白い影が飛び出す。
 次いで、足元で、何かが膨れ上がるのを感じた。

「フラン・・・さん!!」

 爆発、ではない、しかし、足元から、硬いものが飛び出してくる。
 よく分からない飾り物、食料、ペットボトル、破れたスキマ袋、それらが、狭い縁の下で溢れ、ただでさえ痛み、穴の開いていた縁側を吹き飛ばした。
 足場を失い、態勢が崩れる。飛び出した白い影は、そのまま、反転して、こちらに斬りかかる。
 目も閉じて、足場も悪い中、剣の一撃を受け流す。スターサファイアの力がなければできない芸当だ。

 いよいよその姿を完全にのぞかせた朝日が、フランドールの体を焼く。
 足元の壊れたスキマ袋から噴き出す飲料水が、流水となり、フランドールの体を責める。
 太陽のもと、眼も開けられない。
 そんな中、霊夢は全体重をかけて、剣を振るう。
 二回、三回、と剣を受け、フランドールの顔が苦痛にゆがむ。

「避けてください!!」

タタタッ

 早苗の声と一緒に、フランドールの横から、弾丸が放たれた。
 だが、当たらない。小銃は銃身が長いため、逆に近すぎても当たらない。
 弾速が早くても手が届く距離にさえあれば、剣を当てて、いなすことは難しくないのだ。
 次いで、霊夢の手が、振りかぶる軌道のさなかに曲がり、早苗の方に突きだされる。
 五感で事前にそれを感じ取り、間に剣を入れて、早苗の身を守る。
 このままではじり貧だ。

 起死回生をかけて、フランドールは跳躍し、縁側に飛び乗った。
 足場はまともになり、また、体重も掛けて、反撃に出ることができる。体を曲げ、霊夢の首を狙って剣を振るう。
 もちろん霊夢は剣でそれを押さえる。
 だが、腐っても吸血鬼の一撃。払われた霊夢の体が、壊れた縁側に叩きつけられる音がした。

 強い朝日の中、眼を開けての追撃は無用。
 ガチャ、早苗が座り込んだまま、弾の切れた小銃を捨て、新たな銃を構える音がした。
 その肩に手を当てて、フランドールは力を込める。

 左手を背中に回し、右手の剣を取り落した霊夢は、力なく、縁側の残骸にもたれている。

「あ・・・」

 早苗が、息と一緒に、何かつぶやいた。と、同時に、上から、何かが降ってくる。
 アミュレットが、ゆっくりと、こちらめがけて降ってくる。

ダンッ!!

 早苗が、拳銃で霊夢を撃ったのが、分かる。
 しかし、飛び出した弾丸が、霊夢にぶつかる間際、博麗の巫女の姿は、消えていた。
 フランドールは横っ飛びでアミュレットをかわしたが、足を怪我した早苗には、それができない。
 小さい悲鳴があがり、フランドールは自身の無力さに歯噛みした。
 さらに、かわしたはずのフランドールにも衝撃が走る。体の動きが止まり、太陽の熱で体が燃え始める。

「亜空穴」

 声とともに、いつの間にか屋根に上っていた霊夢が飛び降りる。

「それに繋縛陣」

 そのまま、何のためらいもなく、早苗の首を剣で突き、引き抜き、その血を払った。
 力なく倒れた早苗の手から銃を抜き取り、フランドールに向ける。

 二回、乾いた銃声が響いた。太陽の下、吸血鬼は二つの穴を体に空け、倒れた。


「あっけないわね。あとは・・・」

 地面に倒れ、自身の血の匂いに溺れるフランドールは少し、顔を上げた。
 霊夢は、こちらを見ることもなしに、魔理沙の倒れる小部屋を見つめている。
 もう、自分に何も抵抗ができないとでも思っているのだろうか?
 それが、特に間違っていないことが、フランドールにとって悔しかった。
 自分には、力がない。技術がない。
 実質的な強さはあるかもしれないが、実戦経験が少ないゆえの未熟さは、否めない。

(フ・ラ・ン・さ・ん)

 霊夢の向こう、首から血を流す早苗の口が動いた。

(わ・た・し・は・)

 まだ生きている。
 その事実に、少しばかりの希望がわいてくる。

(ま・だ・す・こ・し・も・ち・そ・う・で・す)

 だが、それでは状況を打開したことにはならない。
 魔理沙が殺されれば、次に戻ってきた霊夢は、今度こそとどめを刺すだろう。
 そして、ここに至ってもまだ駆け付けない小町が、この期に及んで助けに来るとは思えない。

(さ・く・せ・ん・あ・り・ま・す)

 口から血を流しながら、痛みで涙を浮かべながら、早苗は唇の動きで、必死に言葉を伝える。
 強いなあ。やっぱり、早苗は強い。
 絶望に負けず、何処までも抗うつもりなのだ。

 霊夢は腰を上げ、小銃に弾を込めて、魔理沙のもとへと歩き出す。
 作戦は?声を出して尋ねたくなる、はやる気持ちを押さえて、早苗の唇に目を凝らす。

 ミシミシ、霊夢が一歩歩くごとに、縁側が悲鳴を上げ、軋む。


「ちょっと待った」
「・・・・・・?」

 ここに至って、ようやく最後の仲間が、口を開いた。
 だが、遅すぎた。

「遅すぎたみたいだね」
「小町、いまさら何?」

 今まで、悩んでいたのだろう。その表情は浮いていない。
 逆光なのをいいことに、薄目を開けて観察する。
 背中からずぶずぶと焦げているだろう私を、ちらりと見て、小町は顔を背けた。

「なあ、霊夢」
「紫は殺した。最後に残る護衛対象は私しかいないでしょう」

 そっけなく、言うと、興味なさげに、霊夢は立ち止まった。

「霊夢の目指す先に、あたいの求めるものはあるのかい?」

 いまさらな質問だ。そして、霊夢も少し、納得のいかない顔で答えた。

「知らないわ。逆に聞くけれど、あなたは本当に、幻想郷を救いたいの?」
「もちろんだ。あたいは―――」
「なら、あなたはもう手遅れね」
「!?」

 霊夢が小町を突き離し、顔を魔理沙の方へと移すと、再び歩き出した。

「おいっ!!」

 その背に向かって、当然小町のトンプソンが向けられる。
 不条理な突き離され方をして、心が揺れているのだろう。小町の引き金に掛けた指は震えていた。

「お前は――えっ!?」

 言いつつ、小町の目が空へと向けられた。私の目が届かない、太陽の方向から、何かが突っ込んでくる。

「・・・ッ!!」

 その存在がスターサファイアの能力の圏内に入ると同時に、一筋の光が、霊夢に向かって放たれた。
 慌てて、霊夢はかわすが、飛び込んできたレーザーは、霊夢の今までいた縁側を粉々に吹き飛ばした。
 破壊された障子と畳、そして縁側の欠片が火の粉と一緒にあたりに降り注ぐ。

「博麗霊夢!!それに小野塚小町!!」

 近づいてくる箒から、誰かが飛び降りてくる。

「あなたたちの殺戮はここでわたしが止めてみせる」

 迎撃しようと小銃を構えた霊夢に向かって、さらに光弾が接近する。
 とっさに跳ねてかわし、霊夢は寺小屋の中を転がった。

「旧地獄、古明地さとりがペットの一匹。八咫烏をこの身に宿した霊烏路空」

 すごい熱量だ。スターサファイアの“眼”には、まるで太陽が地面に降り立ったかのような、そんな眩しい光景が映し出されていた。
 その中心で、一羽の地獄烏が吼えている。

「殺されていった皆のかたき!!あなた達はこの太陽の力で塵も残さず消して上げる!!」






 爆音、土煙、火の粉。
 一分もしないうちに、戦場は庭から離れていた。
 都合よく太陽を遮ってくれる煙に助けられ、フランドールは身を起こした。
 肩と腹、どちらも致命傷にはなりえないが、ひどく傷む。
 さらに、太陽で焼かれて、体力も妖力もほとんど残っていない。

 遠くで銃声と、怒声が行き交っている。参戦するのはしばらく無理そうだ。
 生きているだけまし、そう自分に言い聞かせる。
 その一方で・・・

 考えうる限り最速で駆け寄り、ようやく、手で抱えた早苗の体は、軽かった。
 冷たい。まだ、赤みが残ってはいるが、それでも顔は青くなっていた。
 ここに来てから、たくさんの死を見てきたフランドールには分かった。
 今、自分の触れている体は、もうすぐ死ぬ運命にあるのだ。
 このまま、何もしなければ死んでしまう。
 治療の経験もないフランドールでは、ただの止血もできなかった。

「フ・・・ラ・・・ン・・・」

 その口が、動き、声を発する。
 ひゅーひゅーと、一言発しようとするごとに、首から血の霧と空気が漏れる。

「無理、しないで」

 慌てて止めるも、早苗の手が、フランの腕を振り払う。
 首の傷を押さえて、無理やり、言葉を綴る。

「わたしは、死ねないの、です」

 優しく、フランの頭をなで、言葉をつづける。

「生き残りたい、やることがある、もともと神様、少し位なら・・・」
「わたしは何をしたらいいの?」

 必死で言葉を放つ早苗を見ていることが出来ず、フランドールはかがみこみ、その耳を口元に当て、尋ねた。
 少し、顔を明るくして、早苗は口を開けた。

「簡単な、ことです」
「簡単?」
「――――――、してください」

 早苗は言い切ると、首の傷を離す。
 解放された傷跡が開き、真っ赤な断面を露わにする。
 ぴしゃっ、と新鮮な血が、がフランドールの顔にかかった。
 ぺろり、口の周りについた液体を舐め、フランドールは東風谷早苗に覆いかぶさる。
 轟音を立て、寺小屋が半壊しても意に介さず、慣れない吸血行為は、長く続いた。






     *     *     *





 人里の異変に気が付いたのは、きわめて偶然だった。
 もし、私たちが少しでも早く神社へと出発していれば、銃声を聞くことはなかっただろう。
 霊烏路空は体を傾け、こちらの顔を覗き込んだ。

「もう、大丈夫?」

 うっすらと霧がかかった人里の一角。少し開けた場所で、蓬莱山輝夜の死体は野晒しになっていた。
 勝手に定めた敵のようなものだったが、このような姿を見ると、寂しさしか湧いてこない。
 お空のこちらを心配する声に、大丈夫だと答え、藤原妹紅は立ち上がる。
 近くに倒れていた紅美鈴の死体と輝夜の死体は、近くの民家に会った布で、顔を隠されている。

 葬儀のまねごとをする時間はなかったが、それでも、最低限の処置と祈りはささげたつもりだった。
 再度、軽く黙とうして、振り返る。すぐ後ろに控えていたお空と一瞬目があった。
 つい先ほどのチルノと咲夜のことを思い出したのか、その顔は少し暗い。

「待たせてごめん。もう気は済んだから、早く博麗神社に向かって出発しよう」
「あ、うん」

 道草を打ち切り、あわてて箒にまたがった。
 放送までには少し時間があるけれど、出来れば地面で落ち着いて聞いてしまいたかった。
 文たちも記録してはくれるだろうが、自分たちでもメモ位は取っておきたい。

「ちょっと、なんで妹紅が前に座っているの!?」
「いや、ちょっと酔い気味で・・・。自分で操縦すれば、少しは酔わないと思ったから」

 先ほどまでのお空の操縦を思い浮かべて、妹紅は少し冷や汗をかいた。
 速さこそありすれ、激しい回頭と急な加速は、元人間にはつらいものがある。
 あんな暴走に付き合っていては、体力が持たない。
 半ば強引に舵を奪うと、快適なフライトのために、妹紅は箒の前に座った。
 文句を言いながら、お空が静々と後ろに乗り込む。
 背中に体温を確認して、足を蹴って、妹紅は箒を発進させた。



「ちょっと、下手過ぎない?」
「まだ、初めてなのだから、勘弁してよ」

 ふらふらと浮きあがった箒は、バランスを崩しかけ、いきなり急落した。
 落ちたかと思うと、前に進みだし、突然止まる。
 先ほどのお空の操縦よりもひどい有様に、内心落ち込みながら、妹紅は箒の動きを安定させていく。
 一分もしないうちに、箒は安定して前に進むようになった。

「さて、博麗神社に出発しましょう」
「・・・・・・」

 狙撃されないよう、あまり高度はあげず、民家の屋根の高さで箒を止め、後ろに声をかける。
 箒にしがみつき、揺れを抑えようと神経を張り巡らせる妹紅の肩に、お空が手を置いた。
 向かう先には霧がかかっていて視界が悪い。ついていないな、と妹紅は少し肩を落とした。

「ちょっと待って!!」

 一瞬後、お空が叫び、手に力を込める。大声に驚き、箒が大きく揺れた。

「どうしたの?」
「遠くで銃声が聞こえる。文たちとはまた別方向だけれど、確かに聞こえた」

 右手で民家の向こうを指しながら、お空が体を震わせる。
 確かに、耳を澄ませば断続的に火薬の爆ぜる音が響いている。
 この一日で嫌と言うほど味わった、殺し合いの気配が、耳から伝わり、脳を刺激する。

「助けに行かないと」
「ああ」

 博麗神社に向かわなければいけないことは確かだが、かといって襲われているかもしれない誰かを見捨てることはできない。
 少なくとも、その一点に関しては、お空と妹紅の心の中で一致していた。

「もしかしたら・・・・」

 お空が、少し怒りを込めた声でつぶやく。
 その言葉の後に続くものが、妹紅には容易に想像がついた。
 さとりを殺した小野塚小町。これだけ人数が減った今ならば、戦闘の中心に彼女がいてもおかしくない。

「もし、さとりを殺した相手がいても、頭に血を上らせないこと。二人で、身の安全を確保したうえで戦うこと。
 これだけは守っていかないと」

 言うだけ言って、箒の高度を上げる。注意に対する、お空の反応はない。
 なぜ、彼女がさとりを殺してしまったかはわからない。それでも、何か理由があったことだけは確かなはず。
 それを、お空も理解してくれていればいいのだが。不安を抱えつつ、遠くの戦闘に意識を向ける。
 はるか向こう、寺小屋から、煙が上がっているのが良く見える。
 どうやら、銃声もそこから響いてくるらしい。


「いくぞ、お空!!」

 妹紅は箒の先を寺小屋に合わせ、急発進した。
 風に乗って、土のにおいが、鼻を突く。それに混じって、かすかな血と硝煙の匂いがした。
 戦場の、殺し合いの匂い。
 どくん、どくん。背中に当たるお空の胸で、心臓が大きな音を立てて震えている。

 どんどんと、目に映る寺小屋が大きくなってくる。
 もう銃声は聞こえない。
 倒れた人影、立ち尽くす二人、赤い血と泥の茶色。
 太陽の方角から突っ込んでいるため、こちらの姿に向こうは気が付きにくいはず。
 奇襲が掛けられる、はずだった。

「ごめんね、わたしは先にいく」

 突然、箒が軽くなり、バランスが崩れた。
 振り落とされないよう減速した妹紅の横を、一つの影がすり抜け、一足先に寺小屋に突っ込んでゆく。
 小さくなっていくお空が、光弾を発射して、何か叫ぶのが、聞こえた。
 これ以上、場を混乱させないために、妹紅は慌てて箒を止め、寺小屋の惨状を確認する。

 立っているのは、やはり、博麗霊夢と小野塚小町の二人。
 倒れているのは、文の情報などから考えても、東風谷早苗とフランドール・スカーレット、そして八雲紫の三人。

 下ではお空が追撃の光弾を放ち、霊夢を吹き飛ばしている。
 だが、霊夢と小町の手には大きい銃があった。
 遠距離戦では、近代兵器を駆使する二人に分があるのは、戦い慣れていない妹紅にもよく分かった。

「旧地獄、古明地さとりがペットの一匹。八咫烏をこの身に宿した霊烏路空」

 ふらふらと浮かぶ箒、その下で、一羽の地獄烏が吼えている。

「殺されていった皆のかたき!!あなた達はこの太陽の力で塵も残さず消して上げる!!」

 徐々に高度を下げる妹紅の目に、霊夢が銃を構え直す様子が見えた。
 慌てて、速度を上げ、そのまま、突っ込む。

「・・・・・・ッ!!」

 耳元を、お空の弾幕がかすめる中、霊夢の胸元めがけて、最高速度で箒が突っ込んでいく。
 十分高度が下がったと思ったところで、自分は飛び降り、ひしゃげた障子を突き破り。寺小屋の一室に転がり込んだ。
 畳の上を転がり、壁に当たって、ようやく止まる。一呼吸遅れて、箒が堅いものにぶつかる音がした。
 擦れた皮膚が熱を持ち、激痛が走る。うめきながら、妹紅は立ち上がった。


「霊夢!!」

 空の上で、お空が叫ぶのが聞こえる。
 次の瞬間、隣の部屋との境目である襖が蹴破られ、小銃を構えた博麗の巫女が飛び出してきた。

「さっきから、邪魔ばかり、いい加減にしてよ!!」

 怒りながら、苛立ちながらこちらに銃を向ける巫女は、やけに人間臭くて、妹紅の目には不思議に映った。
 だが、そのことを深く考える時間はない。

タタタッ!!

 軽快なリズムで、小銃が弾を吐き出す。
 まだ使い慣れていなかったらしく、狙いがぶれ、弾は妹紅の首筋をかすめるのにとどまった。
 撃たれると同時に、妹紅自身も火を生成し、撃ち放つ。
 倒れたままで、片腕で放った弾幕の軌道は、見事、霊夢の脳天を捕えていた。

「!?」

 だが、当たらない。
 弾がぶつかる寸前、かすかに霊夢が頭を傾けたために、弾丸は霊夢の髪を少し焼き、通り抜けた。
 再度、霊夢が銃を構え直す。妹紅には応戦する時間がない。

 つかの間、部屋が、空気が凍ったように感じられた。
 霊夢の指が、引き金を引いていくのが、妹紅にはゆっくりと感じられた。

「そこまでよ!!」

 だが、幸運にも、妹紅は一人で無かった。
 遅れてやってきたパートナー、霊烏路空が飛び込み、丸い分銅を思いっきり投げつけたのだ。
 正確に霊夢を狙った投擲は、妹紅の命を救うのには十分な行動だった。

タタタッ!!

 再度、弾丸が撃ちだされ、しかし、今度は妹紅とは全く別のあらぬ方向に飛び去った。
 分銅は霊夢をかすめて飛び、そのまま、壁にひびを入れた。
 霊夢が飛びのいたすきに、妹紅も飛び起き、フランベルジェで斬りかかる。
 即座に銃剣が跳ねあげられ、霊夢の身を守る。
 さらに、斬りかかった隙を利用して、霊夢は素手で、妹紅に殴りかかった。
 銃剣で器用にフランベルジェを絡め取られ、身をかわすこともできずに腹を殴られ、妹紅は吹き飛ばされる。

 だが、それは決め手とはならない。
 妹紅の体が霊夢のもとから離れた直後、部屋の片隅で身構えるお空の手から、一条のレーザーが伸びる。
 間一髪、霊夢には当たらなかったが、強力なレーザーは隣の部屋との境の壁を貫き、寺小屋の柱を切り裂いた。
 その威力を再確認し、妹紅は宝塔が自分らの手にあることに感謝した。
 数の利も、装備の利もある中、霊夢は押されていた。

 レーザーをかわした霊夢は、驚きの表情でお空の手を見つめている。
 この殺し合いの場でも、強すぎる威力は、当然脅威と認識されるだろう。
 顔をゆがめて、霊夢は身をひるがえし、部屋を飛び出した。
 体制を立て直す気か?仲間と合流する気か?どちらにしても逃がして得はない。

「逃がさない!!」

 そのことはお空も分かっており、追いかけ、妹紅と一緒に廊下へ飛び出した。
 少し離れたところに、小町と霊夢の姿があった。
 出てきた二人の姿を見て、小町の足が止まった。揉めているのか、銃の先は霊夢に向けられていた。
 その一瞬の躊躇をよそに、お空が叫ぶ。

「爆符「ギガフレア」!!」

 あまり大きくない寺小屋の廊下、それを埋め尽くし、はたまた壁にめり込む形で特大の炎の塊が生成された。
 お空が、放った弾幕は、壁や天井を焼き尽くしながら、轟音を立てて飛び去った。
 飛んで行った先にいる、二人の姿は見えない。
 だが、ひっきりなしに飛んでいく弾幕の向こう、何かが焼かれ、吹き飛んでいくのが見えた気がした。

 ミシミシ、ギシギシ。
 数秒で、寺小屋は煙に包まれ、壁や柱が悲鳴を上げ始める。
 酸素は足りず、火は燃え広がないが、妹紅たちも息ができない。

「お空!!離れないと」

 放心状態で、自身の主人の敵に向かって弾幕を撃ち続けるお空の手をつかみ、強引に引きずり出した。
 適当な部屋から障子を突き破って飛び出した瞬間、寺小屋が半壊し、煙とほこりを立ててひしゃげ、傾いた。
 霊夢と小町の行方は、まったくわからない。
 次の瞬間、お空が何かを目にして、飛び立った。

「いたっ!!」

 何がいたのか、それを聞く前に再び飛び立ち、レーザーで屋根の上を裁断した。
 レーザーが走った瞬間、誰かが屋根の上を走り去るのが見えた。
 それを追って、お空の姿が屋根の向こうに消えた。

「おい、お空―――」
「あなたの相手は私がするわ」

 それを待っていたかのように、倒壊した家屋から、声が響く。
 生き物としての直感を信じて、伏せた瞬間、頭の上を弾丸が走り抜けた。

「・・・ッ!!」

 フランベルジェを構えようとして、とっさに想い直し、ウェルロッドを引き抜いた。
 ずっと残り続けていた最後の一発。
 弾が飛んできた方向に構えて、引き金に指を掛けた。
 小屋からは黒煙が吹き出し、中の様子はうかがえない。
 方向が分かっても、確実な一撃のために、無駄弾は使えない。

 どこだ、どこにいる?

 意識が研ぎ澄まされ、感覚が鋭くなった。
 血が溢れそうなぐらい、強く体内を流れている。
 三回、心臓が早く鼓動を打った。追撃は・・・ない。逃げたのか?

 いや、そんなはずはない。

 かたかたと歯が鳴り、緊張で目が乾く。
 世界が、ゆがみ始めたかのように、感じられた。
 霧が、ようやくこの辺りにもかかってきたのだろう、視界に靄のようなものが映り始める。
 まだ、霊夢は姿を現さない。

 もっと、もっと、意識を研ぎ澄まさせて。
 自身の心臓の音がうるさいくらいに、耳が、聴覚が働く。
 ふわり、霧が、不自然に揺れるのを感じた。
 一定の方向に流れていた霧が、何かによって乱され、渦を巻いた。

 後ろ、霧が乱れた原因を理解すると同時に、体がばねのように跳ね、後ろに向き直った。
 案の定、そこには目当ての姿があった。

 博麗霊夢、殺し合いに乗っているらしい、楽園の巫女。
 もう、誰も殺させない。

 数歩も離れていない位置に、まだ体制を整えていない、地面にかがみこむ霊夢の姿があった。
 やれる。
 確信した。
 指に、力を込める。
 目の前で、霊夢の顔が驚きの表情を浮かべ―――そして笑顔になった。

「え?」

 なぜ。なぜ、笑った?
 その理由が分からぬまま、引き金を引く。

 だが、弾は出なかった。
 霊夢を前にして、妹紅は立ち尽くした。
 一瞬遅れて、ぴしゃり、と何かが地面に落ちる音が聞こえた。
 ソレはゴムのように跳ねた後、動かなくなった。

 ぴしゃ、遅れて、目の前の霊夢の顔に、赤い血が降り注ぐ。
 どこから、吹き出ているのかわからないその血は、白い着物を赤く染め挙げる。

 ああ、右手が痛い。
 もう、視点を動かさなくとも、何が起きたかは分かっていた。
 霊夢が、ゆっくりと銃を構え直す。その小銃の銃剣からは、いましがた人を斬ったかのように、血が滴っていた。
 いや、実際切ったのだろう。
 何らかの手段で、私の後ろまで移動した霊夢は、私の右手を切り落とした。
 もう、私は不死身じゃない。勝手に腕が生えることはない。
 そんな状況なら、武器を持った利き手を切り落とせば、その時点で勝負は決まってしまう。

タタタッ!!

 この十分間で何度も響いた銃声が、再びあたりにこだました。







 血が、流れている。
 痛みを訴える胸に、手を当てようとして、その右手が無くなっていることに気が付き、血を吐いた。
 霊夢の姿は、もうここにはない。
 いつの間にか、スキマ袋まで奪われ、消えていた。
 肺に傷を負ったのだろう。息が出来ず、とても苦しい。
 妹紅は、残った左手で、地面をつかみ、体を起こそうとした。だが、血で滑って、うまく起き上がれない。
 しまいにはあきらめ、空を眺めることにした。

(へまをしちゃったな)

 自分の武器で、お空が、他の誰かが傷つくことになるのだろうか?
 それは、嫌だ。

 考えて、思い返してみれば、自分が生き残るためにどれだけの命が消えて行ったのか?
 たくさん、そう、たくさんだ。
 こいし、鬼、てゐ、そしてさとり、数えはじめたらきりがない。
 彼女たちの、ためにも、ここで死ぬわけにはいけないのでは?

 でも、分かっていた。
 出血量が、多すぎる。左手を、顔の上に挙げてみれば、青白く、血が足りていないのが見て取れる。
 そのうえ、息も満足に吸えていない。
 蓬莱人間、藤原妹紅もここで、おしまいだ。


「まだ、生きている?」

 ふと、足音がして、見慣れぬ少女が妹紅に覆いかぶさった。

「妹紅さん、ですね。大丈夫・・・ではないようですが」

 東風谷早苗とフランドール・スカーレット。
 さとりから聞いたとおりの特徴の少女たちに、頭を振って、応じた。

「わ・・わたしが早苗を吸血鬼にしたように血を吸えば・・・」
「・・・・・・この人は、特別な人ですから」

 言い合いながら、早苗は妹紅の右手を縛り、止血する。
 もう、無駄なのに。

「ア゛ア゛ア゛アアアァァァ!!」

 遠くから、銃声に混じって、悲鳴が聞こえてきた。

「・・・・・・小町さん」

 早苗がつぶやき、一瞬、応急処置の手が止まった。
 小野塚小町、その絶命の悲鳴。本来ならば喜ぶべきなのだろうが、どこか不穏な、予感がした。
 腰を浮かせた早苗を押し、強引に立たせる。
 以外にも、まだ自分にこんな力が残っていたことに驚きながら、妹紅は口を開く。

「もう、いいから」

 ぜえぜえ、と息を吐きながら、言い切った。我ながら、醜い有様だと思いながらも、必死に言葉を紡いだ。
 もう自分は長くない。ならば、生きている者達に尽くすべきだ。
 死にかかったさとりが、最後まで妹紅を守ろうとしてくれたように。

 今なお続く、戦場にはお空も、目の前の二人の仲間たちも残っている。
 自分は、もう必要ない。

 東風谷早苗も、妹紅の怪我を見て、その現状を把握していたのだろう。
 躊躇いながらも、立ち上がった。
 その背に何か声を掛けようと思い、妹紅は口ごもる。
 お空を頼むように言うべきか?それとも、何か別に掛ける言葉があるのだろうか?

「頑張って」

 結果、出てきたのは、これから死にゆくものが掛けるには到底ふさわしくない一言だった。
 もう、自分は死ぬのに、これから生きるものに何をがんばれと応援するのだろうか?
 あまりの、説得力のない言葉に、早苗とフランドールの顔が、緩む。
 つられて、妹紅も少し、笑った。

「妹紅さんも、待っていてくださいね。すぐに戻ります」

 振り返って、早苗がつぶやく。
 顔を前に向けると、そのまま、人並み外れた跳躍をして、視界から消えて行った。

「ごめんね」

 何がごめんね、なのだろうか?
 最後に、フランドール・スカーレットがつぶやきを残して、消えて行った。
 落ち込んでいるようだった少女に、掛ける言葉はなかったものか。
 自身の至らなさに、少し、自己嫌悪を覚えた。


 この殺し合いが始まった直後は、死にたい、と思って行動していたのだ。
 いまさら、死ぬことを恐れる必要はない。

 そうは思っても、不安で、胸は痛む。
 人はいずれ死ぬ、薬を飲んで、不死になってからずいぶんと離れていた事実が、いまさらながら突きつけられる。
 目の前に、倒れ、動かなくなった輝夜の姿が浮かぶ。


 ・・・・・・でも、それでいいじゃないか。
 もともと、死んで当然の命だったのだから、ここで、仲間のために戦って果てるのならば、本望だ。

 浮いて、沈んで、を繰り返す感情。
 強いて、最期の望みをあげるとすれば、

「「最後に――と、笑い合いたかった」」

 その望みは、とっくの昔に、断たれていた。



     *     *     *




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最終更新:2015年04月17日 12:38
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