『魔法使い』になりたいと思ったことは無いだろうか。
不思議な力を使いこなし、思いのままに様々なことを実現する。
そう、これは『魔法使い』になりたかった者たちの物語。
なりたかった者のための物語。
――
「こら、起きろ!和葉!」
怒鳴り声が聞こえる。
「な、何!?」
がばっと布団を退け、周りを見渡す。
「早く支度しろ!今何時だと思ってるんだよ!」
怒鳴っているのは兄だった。頭がぼやけているが布団の反対側の壁に掛けられていた時計をさっと見ると既に7:30だった。まずい、登校時間は8:00だ。学校に行くには約一時間かかる。確実に遅刻するっ!
「先に行ってるぞ、まったく。」
兄が部屋を出て行く。まったく、忙しい人だ。一番忙しくしなければならないのは私なのだけど。
直ぐに起き上がって、ダイニングを目指す。テーブルには既に朝食が整えられていた。しかし、食べる暇などあるまいと思って直ぐに部屋に体を引き戻す。制服を着て、顔を洗って、歯磨きして、バッグに遅刻しない希望と教科書を詰め込んで和葉は家を出た。
「あちゃ~……。」
バスの運行時間、ここは30分毎にしかバスが来ない。一度逃すと30分確実に待つことになるが。バス停に走りこむと発車寸前のバスが在った。
「ま、待って!待って~!」
バスを追いかけるが、どんどん彼我の距離は離れていくばかりであった。バス停まで来て走るのをやめる、が。
「う、わっわ」
点字ブロックに足を引っ掛け、バランスを崩す。前のめりに倒れかけたところを誰かが受け止めてくれた。直ぐに体勢を直して、誰なのかを確認する。
銀髪に蒼い目、明らかに日本人のそれではない容姿の男性であった。
「大丈夫かい?」
「あ、いえ、ありがとうございます。」
流暢に日本語を話すものだ。男性はゆったりとした雰囲気で和葉を見つめていた。
「そういえば、緑野県立中学はどっちの方向かな。」
「ああ、緑野ならこのバス停に来るバスを待つか、あの道を行った先の郵便局を右に曲がって、それで」
男性が道路の方を向いて囁いた。
「バス、来たよ。」
あれ?
バスの中で揺られながら、和葉は不思議に感じていた。
確か、あの時もう既にバスが出発していたはずであったのに何故かあの男性と喋っていたら、同じバスが戻ってきていた。何事もなかったかのように。もしかしたら、あの男性は時間を操る能力を持っていて私のために時間を引き戻してくれたとか?
……やめよう。
多分発車したと思っていたバスは違う系統のバスだったんだ。そうに違いない。
そう和葉は自分に思い込ませて、学校に行くバスのなかを揺られていた。
――
放課のチャイムが鳴る。授業担当の先生が「じゃあこれで授業は終わり」と言って教室を足早に去った。あの先生もまた他のクラスの担任だからである。中々忙しく動いているものだと和葉は思った。やっと動ける。和葉は一応部活動には参加していない。面倒と言うか、放課後は図書室とかでゆっくり過ごしたりしたいと思っていたからだ。
今日も図書室に向う。図書室は和葉の教室から階段を上って一番端の棟にある。図書室に向って歩くのは好きだ。その間何も考えなくても良いから。
「ほ~う……」
友達の図書委員―柊秋に頼んだ『危機言語ガイドブック』が書庫に入っている。図書室管理コンピュータの処理画面にそう表示されていた。
「あ、ありがとう、秋……最高だよ……。」
「もう、こんな本、和葉以外誰も読まないんだから……。」
はあ、こんな本。
「ううん、本当にありがとう。」
本をバッグに押し込み帰ろうとするが、秋は帰らないのかと聞くと、「図書委員だしもうちょっといなきゃだめなんだよ。」と言っていた。
しょうがないので一人で帰ることにした。
時期が時期だけに既にあたりは暗くなっていた。歩いて校門まで向う。すでに校内に残っている人は居なかったし、時間が時間だけに出歩いている人も少なかった。
「あれ」
校門から出た少しのところに霧が出ていた。こんなところに霧が出ているのはおかしい。
和葉はその霧に好奇心をくすぐられて、その先に入っていった。
「ここは……。」
いつもと変わらない普通の路地だった。何か、違うところというとあまり、言うことは出来ない。
「!?」
次の瞬間、目の前を何かが高速で通り過ぎる。
"Zvis reto!"
その声と共に、後ろに通り過ぎたと思われる何かが粘着音を立てて、崩れ落ちる。後ろを振り向くと自分と同じくらいの年の少女が居た。その足元、路上には首から上が無い死体らしきものが転がっていた。
「っ!」
直ぐに踵を返して走り出す、少女は呆然としながらもはっとして「待って」と声を掛けたが止まらない、止まれない。
なんだ、一体どういう訳なのか。
「そっちは駄目!危ない!」
さっきの少女が後ろから呼びかけるが、和葉は混乱で頭が埋め尽くされて本能的に走ってゆくことしか出来なかった。次の瞬間、鈍器のようなもので殴られたかのような衝撃と共に、視界は暗黒に染まった。意識も薄れていく中で、どうしてこうなったかと言うことを考えていったが、答えが出る前に意識は途切れてしまった。
最終更新:2016年01月07日 15:08