欺瞞走駆のテクトニアー 第二章「習得」

人と言うものは信用しがたいものだ。だが、人はその上に契約を重ねて生きている。信用と言うものは契約が先に生んだものといってもおかしくはないのかもしれない。体の行動をあとから心が方針付けて調整する人体のシステムのように約束や契約から信用が後に生まれるわけだが、信用問題とは別に怖れるようなことがあれば約束はふいになってしまうだろう。例えば、今回の和葉のように。


早朝、レイヴァーが言っていた通りの場所へ向うために早起きしたのは正解だった。さすがの兄もまだ起きていない。
「やあ、和葉~早いねえ。」
秋が駆けてきて言った。
「本当にここにその……魔獣?が出てくるの?」
「そうレイヴァーは言ってたけどね~。まっ、魔獣出現予測は今まで一回も外れたことは無いんだよ。」
一回も。確か話の上では一般人には見えない霧を苦労の末特別なレーダーやらで捉えたとか言う話しだったはずだった。まあ、捕らえたら捕らえたでそこに魔獣が出てくるんだから分からなくも無い。
「さあ、ガンセリアの中に行こう。魔獣に暴れられると困るからね。」
そういって二人は走り出そうとしたが、途端に秋が持っている携帯が鳴った。直ぐに秋は応答のボタンをタップして携帯を耳に当てる。
「はいはい?」
『こちら賀茂、ガンセリアと対象魔獣を確認した。レイヴァーによる一時コードネームはタンゴ・ヤンキー』
「うるせぇよ!マイク音量どうなってるの賀茂ちゃん!?」
秋が携帯のマイクに対して叫ぶ。うーんこんなキャラだっけ。
『すまないわ、これ良く使い方が分からなくて。とにかく早く来て、能力は衝撃h』
「あ、え?賀茂ちゃん?賀茂、くっそまた携帯壊したなあいつぅ……。」
どうやら賀茂は情報機器音痴っぽい。
「ともかく、行くよ。」
そう言って、秋は走り出す。和葉もその後をつけて行った。



「レイヴァー君、例の研究についての進行状態を教えてくれるか。」
レイヴァーの前に座る男が言う。様相から見て、若く10代にも見えた。
「はい、ラーデミンコアは順調に収集されています。少なくとも総量で20はもうすでにあるかと。」
「それで、成功するかどうかはどうなのかな。これが失敗したら次は君に人間を作ってもらわなくてはいけなくなるからね。」
男はいらだたしく言う。
「いえ、ご心配には及びません。必ず、成功させて見せます。」
「うん、期待しているよ。もうすぐ、彼女等の戦闘が始まるんじゃないかな。」
モニターを見上げて、男が言う。
「彼女たちは良い適合者ですよ。少なくとも今は。」
レイヴァーはそう小声で言い残し、部屋を立ち去った。



「本当にあれが……魔獣なの?」
和葉はまたもや混乱していた。視界の先に立っていたのは、少女であった。黒いロングの髪だったが日本人ではない。なにやらエキゾチックな雰囲気を漂わせていた。
「確かにそのはず、あれがタンゴ・ヤンキーのはず。」
そう賀茂が言う。みんな、不自然なほど冷ややかな視線を魔獣といわれていた少女に投げかけていた。
「動くわ。」
そういい残して賀茂は先に走り出した。
「ちょっ、賀茂ちゃん待ってよ!」
秋が叫ぶが賀茂には聞こえてなかったようだった。
「対象に切り込む、ついて来て!」
そういうと賀茂は常人ではありえないほどの高さまでジャンプをする。秋が走りこんで対象の魔獣に接近して行く。少女――つまり、魔獣――は、何をすれば良いのか良くわからない様子であった。

瞬間爆風と衝撃音が、あたりを覆った。前も見えない状態で和葉はずっと生理的な本能からくる恐怖を感じていた。風が止み、おどろおどろしいながらも目を開くと賀茂と秋が先に居た。何をしているのかと近づこうとした途端、おぞましいものを見てしまった。
「何……これは……。」
首から先が血塗れになっている。先程の少女なのだろうか、黒く長い髪は少しずつ血に濡れて赤く染まっていっていた。がーがーと体を震わせながら、通常とはとても言えない息をしている。
はっと賀茂が和葉に気付く。
「秋、早くとどめを。」
「武士の情け、武士ではないけどね。」
秋は、その血に塗れた少女の頭を撫でる。
「おやすみなさい。」


少女の震えは段々と止まりその体が光りだす。血も何もかもまばゆい光に包まれて、最後には赤い小さい玉が残った。
「……。」
「さあ、終わったよ和葉。どうしたの?」
和葉は震えていた。それも少女の震えが伝播したかのように。
どうしたの?ではない。目の前で人が殺されたんだ。しかも、その上消えてしまった。
「本当にさっきのが魔獣で間違いないんだよね?」
「ああ、うん、そうだけど。ってか、だからこそ魔獣のコアが……。」
ただでさえ、普通の生活をしてきた和葉がいきなり血を噴出するような戦場に借り出されるのだ。しかも、何もしていないような少女を殺すような戦場に耐えられるかは甚だ不安であった。
「さっきのあの子は、別に何も破壊したり、人を殺したりしてなかった。それなのに問答無用で殺す必要があるの?」
「被害が起きてしまっては、遅いのよ。これは慈善事業でも侵略でもない自分とその社会を守るために神が私たちを――」
「あーはいはい、ともかくね。和葉、これは慈善事業じゃないってのは本当だから。あの、ヴァル・ヴェルデ共和国でのテロって知ってる?」
秋がくるくると指を回しながら言う。
「ヴァル・ヴェルデのテロ……?あの、首都で銃を乱射して200人死亡って話だっけ。」
そう、つい私がここに来る数週間前、南米の大国であり、ラテンアメリカ圏では唯一残った共産主義国家のヴァル・ヴェルデ共和国の首都でテロが起きていたのだ。ちなみにヴァル・ヴェルデとはヴァル・ヴェルデ語で「緑の丘」を指す。
「そう、あれは国内のカルト宗教ガルタスック教による大規模虐殺と喧伝されたけど、実情は良く分かっていない。」
「CIAによると、何だっけ?」
そう前置きして話のバトンを賀茂に渡す。
「ええ、ヴァル・ヴェルデの件はどう見ても魔獣によるものだそうよ。観測衛星が現地のエスカロン国際空港にガンセリアを観測し、直後に移動した魔獣によって首都周辺では大規模な被害が出された。共和国政府は、それをロケット砲50門で首都を包囲、飽和攻撃によってやっとのこと制圧したとのことよ。ヴァル・ヴェルデはその話を国際社会に向けた宗教弾圧の大義名分に政治利用したに過ぎない。こんなこと天におられる我等が主が見逃すわけが無いのよ。」
これは、重要な話を聞いてしまった。天におられるなんたらは良く分からないが、ヴァル・ヴェルデの事実は魔獣による被害であった。そして、これは政治利用された。つまり、このような件は他国でどのような被害・推移をもたらすか分からないと言うことだ。
「私たちは当日直ぐにでもヴァル・ヴェルデに飛びたかった。でも、そんなことは不可能でしょ?」
賀茂が目を細めて問いかけてくる。
「だから、私たちは私たちの陣地を守る。それだけだよ和葉。」
秋がそう付け加えた。私の目の前に広がっているのは、一体何なのかそれはもう良く分からなくなっていた。
「そういえばだけどさ~」
秋が賀茂に尋ねる。
「何?」
「和葉の能力って何よ?私は『幻矢』、賀茂ちゃんは『分解』でやってきたけどさ。」
能力?聞き慣れない、というか中二病っぽくて非現実的な言葉が耳に入ってくる。
「そうね、今回の戦闘では良く分からなかったし、また次の戦闘で」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。つ、次の戦闘?これ何時まで続くんですか?てか、私もあんなふうに殺さないと行けないんですか。」
「八ヶ崎さん」
賀茂はまたも目を細めて和葉の肩に手を置く。
もうこれ以上あんな惨事を見たくないし、正直ヴァル・ヴェルデの話を聞いてこの人たちに関わりたくないとも思った。
「もう一度言うけれども、これは慈善事業じゃない。我々がやらなくては誰もこの街、人、思い出は守れない。だから、私たちが選ばれたの。だから、」
「選ばれた、選ばれたって言いますけどっ!」
大声を上げてしまう。
「あなた達二人でも十分じゃないですか。今日は素晴らしかったですよ、精々選ばれた二人でこの街と人と思い出を護ってください。
私は……もうごめんです。選ばれたとしても……怖いし、殺しなんてしたくない。」
賀茂と秋は無言になってしまった。一人は厳しい表情で、一人は悲しそうな表情で。
「そうやって逃げてしまうのね、あなたみたいに一般人がガンセリアに入れば魔獣に直ぐに殺される。その時に、瞬間に行動が出来る選択肢はあなたが入ることで広がる。でも、これからのあなたの自分勝手な行動で救える人とその可能性は上がらない。もちろん、被害を受けて死ぬ人も居るでしょうし、何を言っても私たち人間は完全じゃない。」
和葉は衝撃を受けていた。自分が人を護れる可能性を上げる要員となれるとは考えていなかったからである。
「どうするの、あなたは人を救うの、救わないの。」
賀茂は今までで一番厳しい表情をした。
こんなことを言われてはこう返すしかない。
「私は自分勝手じゃない!」
秋は驚いたのか顔色を白くしてのけぞる。
「私は助けられる人々が居るなら助けたい!ヴァル・ヴェルデでも何処にでも飛んで行って!
でも……私、どうすればいいか分からないよ……。こんな急に意味の分からないことに巻き込まれて、魔獣と戦えとか、世界情勢がこうなんだとか言われても実感わかないもの。」
和葉は泣きそうなその面を上げて、賀茂を睨みつける。
「ねえ!賀茂さん、私はどうすればいいの!今私に望まれていることは何!潔く人々のために少女を殺すこと?それとも」
「もうやめてよ!」
いきなり秋が肩を持ってくる。気付くと、いつの間にか目から涙が出続けていることに気付いた。
秋は和葉の肩を揺らす。秋も泣いていた。
「私たち、そんなに深く考えてないよ。ただ、人々を助けたいから目の前の事象に戦っているだけ。それがそんなに悪いことなの?
ねえ、和葉、私を否定しないで……お願いだから……。」

賀茂は依然固い顔をしていた。
「とりあえず、タンゴ・ヤンキーは討伐した。解散よ。柊さん、八ヶ崎さん、あなたたちはとりあえず休んで、今日の放課後はまた私の部屋に集合よ。以上。」
私たち二人に背を向けて賀茂は歩き出した。

――
「さて、やってきたね。」
いつもの部屋にいつもの三人と言いたげに椅子にレイヴァーが座っている。
賀茂、秋、和葉の三人は賀茂の部屋に集まっていた。レイヴァーと賀茂の召集によるものだった。
「八ヶ崎君、君は戦いたくないようだね。」
レイヴァーが静寂を突っ切って和葉に向って言う。
戦いたくない?当然であろう、血で自分の手を汚して平和を守る、人を守り、町も守る。軍人なら当然の義務だろうが和葉自身は一端のただの中学生である。無理も無く自分の手で人を殺めることには平和のためだとしても、それが人間かどうか分からないにしても疑問を持ち、恐怖が表れるだろう。
「んで、戦わないならどうするんですか。」
「何もしないさ。」
レイヴァーはさらっという。残りの二人は「えっ」っと驚いたような表情でレイヴァーを見つめた。
「君が手を汚したくない以上、平和と現状維持を守る僕たちには君を脅迫してまでパフェ・パフィエに参加させることはできないし、そんなことをすればかえって『事故』を起こす可能性が高まる。」
「事故?なにかあったんですか?」
怪訝な面でレイヴァーを見る。
「あ、ああ、昔にな、魔獣と『魔法使い』が同時に出てきて民間人と共に何をすれば良いか分からなくなった末にどこかへ逃走してしまって、民間人は死んだ。町田で未解決誘拐事件扱いになっているが魔獣に殺された後パフェ・パフィエが後片付けを行ったからだ。それで、」
「ちょっと、レイヴァー。その話はしない約束よね。」
賀茂が介入するが、レイヴァーはそれを手で押しとめ話を続けようとする。怪訝な面はそのまま和葉の顔に張り付いたように、心境は黒くなり始めていた。
「ともかく、君が自分の手を汚したくない、だが人は守りたいなんてそんな上手いことは出来ない。君の祖国がアレに侵略されて、町も人も記憶も歴史も全て破壊されていいのなら君はここから去るが良い。だが、」
レイヴァーは顔を少し上げて、顔をしかめる。
「君は何も守ることは出来ない。」
そう、そうなのだ。
自分の手を汚さなければ、何かを守ることは出来ない。そんなことは、分かりきっていた。
「私は守りたいんです。でも、方法を知らない。賀茂さんや秋みたいな力もないし……どうすれば良いか分からない。」
「君がなんで『魔法使い』と呼ばれているのか、まだ分かっていないようだね。」
レイヴァーは椅子をたって、窓のシェードをちょっと開ける。窓は夕闇が部屋を飲み込むかのように市街地の情景を映し出す。
「君が『魔法使い』になっているのならば、君にも能力は在るはずだ。それを見つけ出すためには、ガンセリアの発生時に賀茂君や柊君に随行してもらう。」
和葉に是非は無かった。
「……はい。」
そういった瞬間にレイヴァーのポケットから携帯電話の着信音のような音が鳴り響いた。直ぐに取り出して応答する。
"Ja, Laiyva."
外国語で応答していた。英語っぽくはなくフランス語っぽい発音だ。
"Filaichés, éhuliafis. saile fain. Mait caala."
そう言いレイヴァーは携帯電話をしまった。
「さーて、魔獣が再度出ることが確認された。本当に君は雨少女みたいだな。」
「雨少女?」
賀茂が復唱する。
「来るたびに雨が降る人間を日本語では雨女・雨男と言うだろう?さあ、行きたまえ。」
慣用句を弄られても困る。レイヴァーの日本語能力の開発に付き合わされる前に魔獣を討伐しに行きたいところであった。



「今回の討伐目標のコードネームはジュリエット・オスカー。能力は爆撃のようね。」
賀茂が歩きながら、スマホの画面をタップして言う。
「あの、私はどうすれば。」
またもや何も出来ないのかとあせっていた和葉は賀茂に尋ねた。
「どうもしなくて良い。ってのが本心だけど能力の出し方を考えて欲しいわ。」
「……っと、例のJO――ジュリエット・オスカー――が出てきたね。」
秋が言う。確かに先のほうに男性らしき人が一人立っている。あれが対象になるらしいが、和葉としてはまた足がすくむような気がしていた。
「さあ、行きましょう。」
しゃがんだ賀茂はアスファルトの道路に手を触れて、念じる。すると放射状に手の先のアスファルトがどんどん溶けていった。
"Harmie co es e'i!?"
JOがなにやら良く分からないことを言って溶けたアスファルトに足を埋めてしまう。体勢を崩したところに秋が手を翳し、攻撃を続けようとするがいきなり爆発が起き、吹き飛ばされる。強烈な爆風になす術も無く強烈に地面に叩きつけられる。
"Xelken o eter eso'i mi qune niv pa fi coss elm, mi reto coss!"
また何かいっている。多分さっきのが特異能力の爆撃であろう。
良く見ると溶けたアスファルトに火がついている。溶けたアスファルトから蒸発した何かへ爆撃時に着火し、大きく爆発したのかもしれない。
「ぐっ……次の爆撃に備えろ!秋!和葉をサポートしr」
大爆発を起こしてまたもや爆撃が下る。次は賀茂が吹き飛ばされる。藍色のシャツは出血で血に塗れる。
「賀茂さん!?」
「大丈夫、大丈夫、『魔法使い』で居る限り普通の攻撃じゃ死なないし直ぐ回復するよ。それよりこっちだっ!」
秋がそう言うと若葉の腕を掴む。
「わわわっ!?!?」」
ぐいっと和葉を引っ張ると秋は空に和葉を投げる。一瞬で空中高く投げ上げられたように感じた。秋にこんな力があるとは。
「任されたしね。ちゃんと守ってあげないと。」
爆撃を放とうとするJOに対して手を翳す。
「終わりだ。」
一瞬で大量の矢が出現して、目にも留まらぬ速さでJOを襲う。だがしかし、矢は上空での不意の爆撃によって速度を失うか、燃えて消えた。敵も只では倒させてくれないようである。
そういえば、さっきからずっと上空に留まって落ちてこないで居る。どういうことだろうか、これも秋の能力だろうかと考えていると赤い体が透けた鳥が秋の真上を飛んでいった。
瞬間、鳥が通った真下を爆発が覆う。秋は、すんでのところで爆発を避ける。なるほど、あの鳥が爆撃を行っていると言うわけか。
「秋!爆撃しているのは上空の鳥だよ!」
和葉は秋に警告するものの、秋は何も聞こえていないかのように振舞っている。
赤いガラス細工のような鳥は爆撃した先を軸ゼロ距離かのようなありえない急角度で旋回する。次は必ず当てる気だ。JOは少し笑って答える。
"Harmie es n. Co es lij la lex?"
「秋!上の鳥!上の鳥に爆撃されるって!くっ……」
全然聞こえていないようだ。自分が鳥を落とせたら。
いや……落とせる。自分だって『魔法使い』だって言われた。彼女等が能力を持っているのならば私だって能力が使えるはず。

「さあ、あの鳥を落とせっ!」
手を翳し、叫ぶ。
すると、和葉の手を翳した方向へ火柱が放たれた。ガラス細工のような透けた鳥は火柱を避けて和葉に向う。
瞬間、空に居たはずの和葉はCGのように高速で足場を変えて、地上に着地する。
「和葉、何を!?」
八ヶ崎和葉の能力は『火炎』、火を操る能力よ。」

走って鳥を追いかける和葉に秋が追従する。賀茂はJO本体に対応することになった。三人の息はすでに完璧に合っていた。
「さあて、鳥は止まらないようだね。和葉、火は届きそう?」
「いや、多分無理。秋、さっきみたいに私を投げて!」
「えっ?」
秋は少々困惑した表情になっていた。
「いや、さっきのは私の能力で和葉を退避させておいて、幻覚を見せていただけだよ。実際に私が和葉をあんな宙にあげられるわけ無いじゃんよ。私の能力は二つ。幻覚を見せることと、見せた幻覚を現実化することだよ。」
そうだったのか。じゃあ、さっきの視覚はなんだったのか。何故私の声は秋に聞こえなかったのか。色々疑問は在るが、今はあの鳥を落とすことだけを考えねば。
「秋、じゃああの鳥に幻覚を見せて地面に激突させるのは。」
「うーん、魔獣以外に幻覚を見せたことは無いんだけど、やるしかないか……」
秋が走りながら鳥に手を翳すと、上手く地面にぶつからせる事に成功した。そのガラス細工のような体にひびが入ったかのように見えた。
「止めをつけてやるっ」
和葉は全身全力で火柱を放った。



「お友達は死んだようね。こちらもやられた分やり返させてもらうわ。」
賀茂はJOに向いそう言い放つ。手を翳すのではなく、指を指して衝撃波を一点に集中して放つ。しかし、相手も只では倒れてはくれない。攻撃手段を失いながらも、退路を探しているようであった。だが逃がしはしない、今回も想定通りの被害で魔獣を狩る――。
目を見開き、移動するであろうポイントに連続して分解する。だが、やはりスピードが早くタイミングが合わず失敗する。そこら中が瓦礫だらけになっている。視認したJOの行く手を阻むように瓦礫を吹き飛ばそうとしたところ、鈍い音を立てて賀茂の足元が軋む。
どうやら、衝撃波で下部の岩盤の空洞上部に亀裂を与えてしまったようだ。これでは動きようがない。空洞の大きさによっては被害が増幅する。
"Destek ja! iskaersti!"
煽るように叫んで手を翳す。そうか、攻撃手段を失ったわけじゃなかったんだ。最後の最後まで私を追い込んで確実に一撃を……。まさか、最初からそう考えていたとしたら……。
「鳥は……囮……?」
ダメだ。負けてはならない。人々とこの町とを守ると主に誓って魔獣を殺している身の上、このまま死んでは何にもならない。考えろ、考えろ、どうすれば動かずに倒せる。この距離から分解能力を発動してもJO本体には届かない……どうすれば。
そんなことを考えていたところ、向こう側の道路から秋と和葉が走ってくる。
「だ、ダメ!衝撃を与えてはいけない!崩れ落ちるわ!」
「大丈夫だよ、賀茂さん、見てて。」
そういって和葉がJOに手を翳す。慌てた様子でJOは賀茂に翳した手を和葉に向けようとする。しかし、それよりも早く和葉の火柱がJOに接触する。
しかし、瞬間JOは消滅した。
「あ、あれ?」
「逃がした……か。」
賀茂がそういった瞬間、大きな音を鳴らして何かが崩れる音が聞こえる。
「か、賀茂ちゃん!?これ崩れるよ!崩れるよね!?」
「うるさい、小規模な陥没よ。私も焦ってて状況把握が出来なかった。」
半分血に濡れたシャツを纏いながら賀茂が言う。
「え、でも凄い音ですよ。」
「それはだなあ。」
そう賀茂が言った瞬間、全ては暗転した。



「あのだなあ。被害は最小限にとあれほど言ったはずだが。」
病床に寝込む賀茂にレイヴァーが話しかける。私たちは別に無傷で在ったためにお咎めは無かったが、賀茂は地に濡れた蒼色シャツのせいで強制入院となってしまった。
あのあと、どうなったかと言うと陥没が発生した瞬間、近くにあった水道管も破裂し私たちは陥没した穴の外に高圧の水流で投げ出され、路上に打ち付けられたところをレイヴァーに発見されたらしい。これでも死なないのが『魔法使い』らしいところ、とレイヴァーに皮肉っぽく言われた。今は秋と二人で賀茂の病室に居る。
「さあ、八ヶ崎君」
「え、はい。」
突然名前を呼ばれてどぎまぎする。
「最初の戦いだったけど、どうだったかな。」
「ま、まあ、能力も使えるし大丈夫だったです。きょ、今日はちょっと約束が在るのでお暇させてもらいますね。」
といっても言語雑誌の発売日ってだけだが。
「あ、ちょっと和葉待ってよ!賀茂ちゃんまた来るからね!」
「ええ。」
または無い。直ぐに直るといった表情で賀茂はベッドに寝ていた。

「レイヴァー。」
「なんだい、賀茂君。」
「彼女にはまだ判断力が乏しいけど、力は在るものと判断したわ。」
「ほう、それは良いことだ。」
レイヴァーは感心したように目を開いて、頷く。
「だけど、クレアのことはもうどうにも成らないのかしら。」
「ああ。」
レイヴァーは再び真顔になって答える。
「彼女がどうにかしてくれる気がするよ。」

病床の窓からの光は明るく二人を照らしていた。

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最終更新:2016年01月19日 23:18