欺瞞走駆のテクトニアー 第四章「心象」

疑問になることがあった。
例えば、何故プールサイドで賀茂は『クレア』の名前を出して言いよどんだのか。例えば、三人居ると紹介されたパフェ・パフィエのメンバーが何故か私含めて四人がいつも揃わないこととか。
重箱の隅を突くようになるが、彼女等は『月読クレア』というパフェ・パフィエのメンバーには何故か腫れ物のように全く触れようとしてこなかった。私にその人物が誰なのかを教えることを忌んでいた。だから、和葉の好奇心は余計に揮いたてられたのであった。しかしながら、賀茂や秋にそれについて問い詰めることも出来ず。悶々とガンセリアが発生するのか、しないのかについて状況を見つめているしかなかった。

状態は良好とのことであった。最近日本を含め、西側諸国には殆ど魔獣の発生はなかった。殆ど、というのはイースター島に出現した魔獣がモアイ像を軒並み粉砕しながら、南米へ行軍したという話を小耳に挟んでいたからであった。その後の魔獣、暫定西側諸国コードネーム『モアイ・イーター』はアメリカ空軍の監視を受け、南米の南方チリの先っちょの場所でその姿を見失い。現在西側陣営全体で監視体制を強化しているが未だに見つけられていないのが現状であった。

ある夜、レイヴァーからの呼び出しを受けて夜な夜なパフェ・パフィエのメンバーはいつもの集合場所である賀茂の家の前に集合していた。レイヴァーはいつものようなきりっとしたような、それでもってほんわかした空気を漂わせていた。賀茂はというと彼女も同じようにしっかりとした顔で呼び出しに答えていた。相反して、秋はというと寝ぼけた顔で目は半開きであった。レイヴァーになぜ集合をかけたのかは直ぐにレイヴァーの説明によって分かった。
「本日未明、アメリカ空軍はハワイ沖の海域に高速接近する物体を発見した。高速移動する物体はハワイ諸島を越えて日本に接近、アメリカ軍はそれを魔獣と特定したが日本国領域に侵入したために後の対処は日本側に任せることに決定した。内閣のJNSCはというと、即座に陸海空自衛隊によるミサイル飽和攻撃によって決着を付けようとしたが、残念ながら着弾する前に魔獣に殆どの弾を無効化されたらしいね。JNSCはソルシエール部隊の出動を要求して、アメリカ側からは『魔獣を上陸する前に発見し、討伐して回収せよ。』との命令だよ。」
「ちょ、ちょっと待って発見ってどういうこと?」
秋が少し焦り気味に尋ねた。
「まだ見つかってないの?」
「いや、日本側の飽和攻撃の直後から電波障害やらが発生してまともにガンセリアや魔獣を探知するレーダーが動かないんだ。原因も不明だし、とりあえず現在は予測アプローチポイントである房総半島沖200km海域を海上保安庁と海上自衛隊が捜索中。そこに君たちが護衛艦の護衛を受けて突入することになるんだけど、横須賀のほうにこれから移動して護衛艦に乗って房総半島沖にまで出る一応そこまでだね。」
説明を一気に話した割にはレイヴァーは疲れているかのようなそぶりも見せなかった。
私たちはJR横浜線を通じて横浜へ、そこからまた乗り継いで横須賀市の自衛艦隊司令部に到着した。自衛官が丁重に護衛艦に乗せてくれたのは言うまでもない。数週間前はしがない一般市民であったのだし、当然の待遇だった。

護衛艦に乗っていった和葉たちはとりあえず、ということで艦内の移住スペースに移された。そのなかで三人はたわいのない話をしながら、出航の時を待っていた。待つことに痺れを切らしたかのように秋が次のように言った。
「まだ見つからないかな~見つかってからじゃ遅いとも思うんだけど。」
「200km海域よ、秋。そんな簡単に見つかるものじゃない。」
賀茂がそう答える彼女だけは椅子に座って本を読んでいた。
「そういえば、発見したら発見したとして、どうやって攻撃するんですか?水上だから足場もないでしょうに。」
ビクッと秋が体を震わせて反応した。賀茂はため息を付いていた。
「それについては月読さんが、対応するわ。」
さらっとそれだけを言って、読書に戻ってしまった。ここで月読クレアの話が出てくるとは微塵も思わなかったが、和葉は少しばかりばつが悪くて恥ずかしくなっていた。でも、いずれ聞かなくてはと思っていたことをすこしづつ聞かなくてはならなかったと思い出して、和葉はこういった。
「えっと、クレアさんってどんな人なんですか?」
「……。」
賀茂がぱたんと本を閉じた。
「彼女は、自分勝手な人よ。」とそう一言残して部屋を出て行った。



それから直ぐに続報が入った。魔獣は房総半島を北上し函館を通過し、ロシア海域へ向っているらしかった。和葉らは直ぐに移動を開始し、盛岡より、魔獣を追っていた。護衛艦によってモアイ・イーターを追跡した。レイヴァーは護衛艦に乗り継いだパフェ・パフィエのメンバーにこういった。
「至近距離では追跡を行うが、追撃はしないよ。日本国内で暴れてもらうのは困るが、国外、それも東側陣営の国に突進していくのであったら、そちらに手綱を渡すしかない。」
「東側も西側も、被害が出る前に倒さなきゃ我々がここまで来た意味がありません。」
賀茂は眉間を寄せて反駁する。
「ロシアの『魔法使い』の力を削いでおけとは一応CIAから指示されているんだ。残念ながら、国境を越えてしまったら私たちにはどうにも出来ないし。」
そう、国境を越えてしまったら私たちはただの武装組織から違法入国者になってしまう。賀茂はしぶしぶレイヴァーの言葉を聞いて椅子に腰をかけた。
「そういえば、クレアさんってどうやってくるんですか。」
和葉は場を繋げるために一つ質問をレイヴァーにした。そのときはっと気付いてまたバツが悪くなったのはその通りだった。
「月読君は、空自がじきじきに護送とのことだ。先に前線に出て、魔獣を捕捉して地盤を作っておいて、それから君たちが対決する。という、前提なのだけどアメリカ政府も日本政府も東側に押し付けられたら万歳という感じでそれしか考えてないようだね。」
「そうでしたか……。」
月読クレア、この作戦で近づけたと思ったが全然近づいてはくれなかった。輿齊が言っていた『お前たちは駒としか見られていない』が手にとって、良く分かり、各国政府がそれを地で行っているを見ると現実になっている感触が冷たい風のように和葉の頭に流れ、身震いした。
「空調が悪いのかなあ」とレイヴァーが言っていたが、和葉は否定して、早くこの作戦が終わらないかなと思いながら居住スペースで待っていた。



CIC――戦闘指揮所で赤いランプが光って、警告音を発しているのをレーダー監視担当が見つけたのはその直ぐ後であった。
「ね、熱源反応!10……20……いや、それ以上です!」
「熱源とは何だ!ミサイルか?ロケットか?」
指揮官が叫ぶ。
「これはロケットかと思われます!ロシア側からです!」
「クソッ、あいつ等国境を越える前に飽和攻撃で〆にきあがった!俺たちが居るのに何を考えてやがる!」
通信員が見張りと甲板の隊員を撤退させる放送は和葉のところにも届いていた。
「な、何?」
秋が素っ頓狂な声でそう言った。「魔獣かもしれない。」と言った賀茂は一目散に部屋を出て、甲板へと駆けてゆく。
「待って!賀茂ちゃん!」
秋もその後を付いていった。和葉を駆けてゆく他なかった。

「なに……これ……。」
体力がなかった和葉がやっとこさ甲板に駆け上がったとき、秋が空の先を見てこう言っていた。和葉がそれを見渡すと、棒状の物体が大量に煙を吹いてこちらに向ってきていた。
「私たちがここにまだ残っているのにロシア側からロケットが発射されたのよ。だけど、『彼女』が来たから大丈夫ね。」
さらりとした態度で賀茂は言った。何も怖れていないかのように、瞬間それらのロケット群は空中で華々しく爆発し、黒煙を上げて全てが海へ落ちていった。上空のヘリから甲板に降り立ったその人物を賀茂は不安げに見つめていた。
「クレアめ。」
秋が暗い声で言う。
「今度の手柄はあいつには渡さない。行くよ、和葉、賀茂!」
秋は勢い良く言う、「え、ええ」というふうに賀茂は幾分かその意欲による発言に戸惑っていた。
甲板から見るとクレアと呼ばれた人物は金色のロングヘアを揺らしながら水面を凍らせて、滑っていた。そのまま魔獣を追っている。ルートを確認して和葉たちは小型の上陸艇を使って魔獣とクレアを追いかけた。クレアが追いかける先の魔獣を先回りして攻撃しようと方向転換を秋が行った。瞬間水上を移動する魔獣と衝突しかける前に賀茂が衝撃波、和葉が火炎を放つ、絶対当たると思った瞬間目の前の魔獣はそっくりそのまま消えた。
「え?」
「は?」
二人の疑問も解決せず、直ぐに目の前に現れたのはクレアであった。評定を滑っていたのかスケートシューズのようなものを身に付けていたがそのまま和葉と賀茂に衝突して小型ボートに突っ込んで、身を強打してしまった。
「ちょっと!何を考えているの!こちらが先に攻撃したのに!」
ボートの後ろ側で舵を担当していた秋が敵視を丸出しにして激怒する。和葉にとってはその発言が違和感を持って見えた。賀茂の方はというと衝突時に頭を強打したのか、和葉の近くに倒れていた。
「あなた達が私の進路を邪魔するから衝突したの……くっ……レイヴァーには何回も必要ないと言ったのに……。」
クレアはそう小声で言って、気を失って倒れた。
「良い気味だね、ずっとそのまま死んだように寝てれば良いのに。」
秋らしくない裏を返せば暴言な発言であった。
直後、パフェ・パフィエは護衛艦に居るレイヴァーより帰還を命じられた。アメリカ宇宙航空軍のガンセリアレーダーによると消滅後に南下して中国の海域に入ったとの事が告げられた。そんな高速に移動する奴に生身の人間で対応できるか、と思った瞬間でもあった。
護衛艦に引き上げられて私たちは回収された。いつもは作戦の最後にレイヴァーに全員が呼ばれて集合して反省を行うのだが、今回は「残念だったね。」の一言で済ませてしまった。クレアがレイヴァーに「これからは合同作戦なんで無駄でしかありません、今日のように邪魔になりますので。」と言っていた姿が網膜にくっきりと残っていた。

邪魔、邪魔、邪魔と私たちを呼ぶだけの実力者なのか、少しばかり試してみても良いだろうと和葉は思ってしまった。あれだけ秋を怒らせ、賀茂を混乱させる要素だ。少しずつ理解して改善しなくてはならないのかもしれない。そんな役目を負わされているような気がする。そう、前読んだ小説にもこんなことがあった。対立する二つの部署を入って間もない新入りが間を持とうとして、その信頼性が既にあることを確認し直すという話だ。
だが、この現状私が出来ることは信頼性を発掘することではなく、醸造するということだ。

―少しばかりからかっても良いだろう。
そんな考えが頭をよぎっていた。



部屋を出て、クレアを廊下に呼び出す。
金髪のロングへアーは相も変わらずクレアの心情を映さずに楽しそうに揺れていたが、クレア自信は無表情を突き通していた。
「何のようですか、作戦は終了しました。」
「いやね、ちょっと試してみてもいいかなと思ってね。」
煽る様に言う。
「お遊びならお友達と一緒にやってはどうですか?私は興味が在りませんので。では」
そう言って、自室に戻ろうとするクレアの行く手に炎を放つ。直ぐにクレアは扉から手を離して、戦闘体勢を取る。
「これはどういうことでしょう。」
「私たちを邪魔と言うのであれば、それなりの力があるって事。だよねクレアさん。お手合わせ願うよ。」
瞬間クレアは手持ちのカップの水をこちらにかけようとコップを傾ける。しかし、そんなことでは何の効果にもならない、と考えていた和葉は次の瞬間前が見えなくなった。なるほど、コップからの水を一瞬で霧にしたわけだ。しかし、その先にクレアは居なかった。どこに行ったのか分からず探していると、瞬間何かが心臓を突き抜けていた。背中から何かが抜き取られる感触が生生と感じられる。あふれ出る血液で服が血で濡れて気持ち悪いなんて感覚の前に痛いを通り越してなんとも言えない不快な状態が身を包んだ。貧血の時のような、吐きそうで吐けない不快さ。
「うっ!?え!?」
何か分からず心臓を押さえながら、後ろを見ると血まみれになったナイフを持ったクレアがそこに居た。
「な、何故、そ、こに……。」
「あなたたちが弱い人だから、だから分からないだけ。私のことも知らない。何も知らない。弱い人だから。」
そういったクレアの顔は少々ばかり悲しそうに見えた。
「これは派手にやったなあ。」
「大丈夫でしょう、『魔法使い』は驚異的な回復能力を持つ。」
「それにしても痛かっただろうに。」
「先にやってきたのは彼女ですもの、それに見ていたのでしょう?レイヴァー。」
レイヴァーの声が聞こえて、和葉は意識を失った。意識を失う最後にこう思った。

彼女は何かを求めている。
確かにそう感じた。



和葉が次に起きたのは喧騒の中だった。
秋がクレアに対して罵倒を繰り返していた。それに対してクレアが「先にやってきたの和葉であるし、ロシアになんか手柄をやりたくない」という発言をしたことによってさらに秋を怒らせることになっていたらしい。
「出て行け!もうあんたの顔なんて見たくない!」
「私もそろそろ自室に戻りたかったところなので、では。」
クレアの無表情は何も伝えてこなかったが、秋の発言には全く気に留めていないと言う感じであった。
賀茂はというとレイヴァーに連れられて衛星中継で防衛相直々にパフェ・パフィエのメンバーの管理責任と艦内での行動の結果について長時間言葉に揉まれていたらしかったが、クレアが部屋を出て行ったと共に疲れきった表情で入れ替わって入ってきた。
「八ヶ崎さん、軽率な行動は止めてほしいわ。クレアとのことは……いや、とにかく勝手に能力を使うのは禁止よ。」
またも言い詰まってしまった賀茂はそう言って、またもや部屋を出て行った。
「どこに行くの?」と秋が聞くと、「レイヴァーのところに」とだけ残して行ってしまった。

「別に和葉は何も悪くない。あいつは入ってきた最初からああいう奴だったもの。」
秋はうつむきながらそう言った。
「入ってきた最初?」
「クレアは途中から私たちパフェ・パフィエに参加したんだよ。ロシアから日本にやってきて、レイヴァーから紹介されたけど無愛想で魔獣を一人で倒すことしか考えてない。」
「そ、そうだったの……。」
秋の話を聞いていると新しいことが幾つか分かった。一つにクレアはパフェ・パフィエの創立当時から居なかったと言うこと。二つにクレアは何故かロシアの日本大使館から送還されてパフェ・パフィエに迎え入れられたと言うこと、三つにクレアを迎え入れたのはレイヴァーであるということ。
クレアは次の作戦にも手柄を横取りするために来るのだろうか。否、彼女は彼女の方針に従っているに過ぎない。我々は魔獣に対抗するために団結することが必要なのだ。こちらを全く信用しない彼女を信用させるには彼女についての情報をもっと集めなくてはならないだろう。そんなことを考えていた。護衛艦は進路を転換し、横須賀に向っているようであった。



後日、和葉はレイヴァーを用件を言わずに近くの喫茶店に呼び出した。もちろん、クレアの情報を出させるためである。クレアと秋らを団結させるためにはとにかく情報がなければ動きようがなかった。秋のクレアに感情は理解した。ともかく自分勝手で無愛想で嫌なやつだったということだ。では、彼女等は本当にクレアのことを知っているのだろうか。否、きっと知る努力をしなくなってしまったから、関係を回復できていないのだ。ならば、双方のパイプの役目をするのが自分であろう。だから、まずは、クレア自身の情報を知りたかった。しかしながら、クレアとは前のようないさかいを起こした故、直接は聞けなかったし、本人からどれほどの情報を得られるかも分からなかった。
「やあ、八ヶ崎君。ここまで呼び出してデートでもご所望かな?」
レイヴァーが割とラフな格好で待っていた。少しばかり笑って、冗談を言う。なんだか相手のペースに飲み込まれそうな気がしたが、怖れずに対面して席に座る。
「今回は、情報を貰いにやってきました。」
「へえ。」とため息をつきながらレイヴァーは言った。どうも、何か気付かれているような、見透かされているような気がした。
「月読クレアさんのことです。レイヴァーさんは何を知っているんですか、知っている情報を全て出してください。」
ふっふーんとレイヴァーが得意げに鼻を鳴らす。情報収集はCIAの華らしい。
「月読クレア、14歳、大野南中学校2年4組所属、身長は158cm、体重は……まあ平均範囲内とでも言っておこうか。えーと」
レイヴァーはあらぬ事を口走っていた。非常にコアな個人情報過ぎて和葉は言うことに拍子抜けした。さらにレイヴァーは「BWHはー」などと続けようとしていたので急いで止めた。
「そうじゃなくて、クレアがロシアからわざわざパフェ・パフィエに来ていることについてです。」
声を潜めて、眼つきを厳しくして続ける。
「どうなんです?在外公館が絡んでいるって事じゃないですか。東側陣営と西側陣営の争いが関係しているんじゃないんですか。」
レイヴァー自身は、どうも難しそうな顔はしなかった。いつもの通り、少し微笑みのかかった顔を自然に出そうとしていた。
「これは、まあ良く分かってない話なんだけど彼女、FSBに追われていたらしいんだよね。」
「FSB?」
良く分からない単語が出てきた。英文字の羅列を言われても何の略称やら分かる場合と分からない場合がある。
「ロシア連邦保安庁だよ。ソ連時代の情報機関KGBの後継組織ね。あーあ。口にするだけでも怖いや。」
レイヴァーは怖い怖いと手を振った。和葉は突っ込んでいくことにした。
「どうしてクレアはFSBに追われていたんですか?」
「んー。」
レイヴァーは手元のコーヒーを飲む。
「確かな情報筋じゃあないけど、どうやら彼女は在露日本大使館に勤める父が居て、ロシアに住んでいたらしいんだけど近くの町、まあ、ショッピングモールなんだけどそこに魔獣が出現したらしい。彼女の父親と母親はそこで魔獣になぎ倒され死んだ。ロシアのルースキー・ダール、まあ俗に言うソルシエール組織のロシアの奴だけど、彼らはそのとき道路の渋滞やらでモールに直行できなかったらしいね。まあ真相はロシアの政権がどうしても殺したかった共和国独立派の活動家が居たとか何とか。」
また、コーヒーを飲んで一息つく。
「まあ、本題はそうじゃなかったね。月読君のことだ。彼女だけはルースキー・ダールが到着する時までの数人の生き残りの一人だった。何故だと思う?」
和葉は話を聞きだすために、「さあ」ととぼけたフリをする。
「彼女の『魔法使い』としての能力が解放されたのさ。彼女は一人でモールに出現した複数の魔獣を追い払ったわけで、FSBは彼女に接近を図った。彼女はというと身寄りが居なくなったからロシア人の友達の家に匿ってもらっていた。FSBは中々ルースキー・ダールに合流しない月読君に対して惨事を起こした。その友達の家の一家を皆殺しにしたのさ。彼女が帰ってくる時間を見計らって工作員が血が滴るような変死体に仕立て上げた。月読君はなす術も無くルースキー・ダールに入っていった。基本的な情報を読み出して日本にもパフェ・パフィエが存在することを確認した彼女は、日本大使館からどっから漏れたのか私の電話番号に掛けて来た。『ロシアに抑留されている能力者だ、そちらに助けて欲しい。』ってね。私も鬼ではなかったから、パフェ・パフィエに迎え入れてあげたよ。でも、彼女はもう既に目の光を失っていた。」
静寂が流れた。喋りつかれても居ないようなレイヴァーはまだも和葉に目を向ける。
「彼女がチームプレーを好まない理由はそういうことだ。誰にも介在させない。誰も犠牲者を出さない。私だけが守る。それを彼女は言葉が拙いなりに『邪魔』とか『弱者』とか表現してきたんだ。」
「そう……でしたか……。」
和葉は席を発つ。「どこに行くんだい?」とレイヴァーが声を掛ける。
「ちょっと行くべきところがあるので」
含蓄の多い発言をレイヴァーもなにをするのかを受け取ったのか、「行っておいで。」と小声で微笑みながら言っていた。全てを見透かされているような気がしたのは今回だけではなかったが、自分の行動の隅から隅までが予測されているような気がして少し気味が悪くなった和葉はそそくさと喫茶店を退散し、行くべき場所へ向うのであった。



「ここか。」
和葉はとあるマンションの部屋の前に立っていた。そう、ここは月読クレアの部屋であった。

レイヴァーと別れる前に、一瞬考えたことはクレアの居場所を正確に掴むところであった。レイヴァーが彼女の個人情報を気味悪いほど知っているところを鑑みるとクレアの住む場所くらい知っているのが普通だろう。と、聞いてみた結果、普通に住所を晒して現在のここに至る。
私が最初にするべきこと、それは謝罪と信頼を得ると言うことであった。インターホンに手をかける。自分の思うまま動いてきたのに心臓の拍動が強くなって仕方がなかった。
ぴんぽーんと軽快な音が鳴る。音の軽快さに反して、和葉の足はどんどん重くなっている気がした。
<<はい、どなた様でしょうか。>>
インターホンから出てきたのは予想どうりクレアの声だった。意思を決定し、この時点から揺らぎ無い心で話さなくては成らない。そうでなければ、団結は不可能。戦力の強化もままならない。
「私、八ヶ崎和葉って言います。パフェ・パフィエの。」
インターホンはクレアの声を拾っていなかった。相手も相当困った顔をしているのだろう。
<<何をしに来たのですか、手合わせならもう既にやったはずでしょう。>>
感情を感じさせない冷たい声色がため息と共に聞こえた。
「あの件はすみませんでした。私今ちょっとクレアさんと話したいことがあるんです。」
<<……。>>
インターホンの先のクレアは悩んでいるようであった。話してくれるのか甚だ不安だった和葉はその身を冷たい空気に震わせていた。逡巡の後にクレアは話し出す。
<<それで、話と言うのは>>
「例の手合わせの件、本当に申し訳なかったです。でも、クレアさん、今私たちには団結の必要があるんです。団結しなければこれから来る強大な魔獣に立ち向かえないかもしれないし、それに。」
<<それだけですか。>>
クレアは鋭い口調で遮って言う。
<<どうやらレイヴァーから私のことを聞いたらしいのでここではっきりさせておきますが、団結などする気はありません。あなた方が弱く、私について来れないことは自明でしょう。>>
「そ、それは。」
言葉に詰まってしまう。話し続けないとクレアは離れていってしまうと思ったが返す言葉が出てこない。
<<ロシアでのことを聞いたようですが、私は安い同情なんかも求めてませんし、あなた達が私の邪魔さえしなければ全ては解決するんですよ。>>
見抜かれていた。レイヴァーが余計なことをクレアに口走ったばかりに、和葉の交渉は完全に失敗しようとしていた。
<<では、そういうことで。>>
「あっ、ちょっと、まっ」
かちゃり、と疎通が途切れた音がする。とてもとても冷たい風が肌を掠める。一気に寒くなった気がした。



不定愁訴、という言葉がある。
良く分からない体の不調のことをいうが、あれから和葉は何日もその状態だった。良く分からない感情に包まれ生活していた。学校で秋や賀茂にあっても申し訳なさでいつもと同じように話すことが出来なかった。あまりの自分の醜悪さ、クレアに手合わせを頼んだ時から自分の行動に一貫性が無さ過ぎて馬鹿馬鹿しすぎて、こんなの自分に勤まる仕事ではないと思った。
家の自分の部屋で全てはレイヴァーが悪いのではないかと薄々思い始めていた。彼の仕事はパフェ・パフィエをまとめることではなかったのか。それともただの政治将校のような堅物だったのか。
否、答えは問題はそこまで解決に進展していると言うわけではないと言うことだ。レイヴァーにとっても、解決するのに手間がかかるという難題、それがクレアだということだ。
あの問題児め、そもそも周りの人が無力で、殺されるのを観たくないからといって協力をしないなんて無茶なのに。そもそも彼女は凄い自信を持っていた。彼女の能力がそれほど私より強く、私たちより洗練されているということを信用している。

「信用……。」
薄いクリーム色の天井に小声で呟く。自分の力に信用があって、私たちには信用がない。問題はそこではない。そこにどのように機転を利かせてクレアを作戦に臨ませるか。そこであった。
「やるかな……」
思いついたことは一つしかなかったが、瞬間携帯が鳴った。
『レイヴァーだよ、緊急事態が発生した。直ぐに集合してくれ。』



いつもの風景とは違い、一人だけ目新しい人物が居た。クレアであった。皆は椅子に座ってレイヴァーの指示を待っていた。
「ディスプレイを見てくれ。」
白地図上に二つの矢印が表示されるそれらは日本近海を指している。
「先程、西側構成国ニュージーランドにおいて、オーストラリア軍との合同警戒中にモアイ・イーターらしき水上を飛ぶ飛翔体を発見した。同個体はアメリカ海軍によってモアイ・イーターと同定され、現在日本に向け北上中、管轄はパフェ・パフィエと自衛隊に移行するとの報告を海軍から受けたところだ。」
秋が椅子の背もたれに完全によっかかる。
「それくらいなら今度こそ私たちが殺せるよ。自衛隊も要らないでしょ。」
「モアイ・イーターだけならね。」
レイヴァーがタブレットをタップするとディスプレイの表示も変わる。黄色と青色の矢印が出てくる。

「モアイ・イーターは他にも大量の魔獣を連れているという報告があった。このために今回の作戦は単独のソルシエール組織だけでの反抗作戦は不可能と上部が考え、東側諸国との合同作戦となった。このために集団安全保障条約機構軍とロシアのソルシエール組織ルースキー・ダールが参加する。またアメリカ海軍とアメリカのソルシエール組織スペシャル・ストライカーも参加することになっている。」
クレアが机を叩きつけて、立ち上がる。
「その作戦には参加できません。」
「まあ、話は最後まで聞いてくれよ。基本的にはパフェ・パフィエは日本上陸の最終対抗隊として待機するんだ。作戦の流れは、まず集団安全保障条約機構軍とアメリカ海軍による飽和攻撃によって日本海域洋上で打撃、弱った状態の魔獣にルースキー・ダールとスペシャル・ストライカーが突っ込んでいく形だ。君たちは待機して終わる。何も無ければのことだがな。それだけだ、一応今回も横須賀で待機ということらしいぞ。」
クレアは不承不承という感じであったが、声には出さなかった。



横須賀はもはや我々パフェパフィエの母港とも言えるほど、馴染み深い港になっていた。そんな横須賀は厳戒態勢が張られ、大量の自衛官や制服さんが行きかっていた。
「大変な状態みたいね……。」
達観したように賀茂が言い放つ、最近のモアイ・イーターの動きやクレアの件で酷い目に会い続けたため少しばかり疲れているように見えた。すると後ろから誰かが近づいている気配を感じて和葉は振り向く。直ぐそこには金髪の少女に連れられて、数人の青年と自衛隊とは思えない軍人が周りを囲っていた。
「あら、不完全な複合体の皆さんと裏切り者じゃない。どうも。」
とてつもなく不快な眼差しが賀茂に刺さる。どうみても馬鹿にしていた。
「ルースキー・ダール……。」
クレアが小声で言った。
「そちら様はこちらを知っているようですが。私は日本ソルシエール組織パフェ・パフィエの賀茂です。そちらは?」
「偉大なるロシア連邦ソルシエール部隊ルースキー・ダールのアナスタシア・ヴィクトレフナ・ドラグミロヴァ少佐よ。良くここまで生きながらえていたわねクレア、無能の癖に。」
クレアは無表情だった。詰られているのにそんなことを気にしないかのように。しかし、ドラグミロヴァは罵倒を続ける。
「どうしたの、そんな涼しい顔をして、言うことは無いの?今回あなたたちの部隊は前回のへまを受けて後方。あろうことか、東側のソルシエールに主力を奪われる始末。まさか、あなたが敵を逃がすほど無能とはね。」
「そ、それは!」
クレアが反駁しようとするところを和葉はクレアの前に手を出して止める。
「あなたは?」
「日本ソルシエール部隊、八ヶ崎和葉です。月読さんが敵を逃がすほど無能と言いましたが全くの誤解です。あれは我が隊内での連携がまだ不十分であったからこその事態でしたが、個人個人としての能力としては十分だと思われます。だから、月読さんは全くこれっぽっちも日本における事態を解決する実力として恥じない能力とそれに追従する自信を持っています。」
本当はリーダーが言い切るところを和葉はしゃしゃり出て言ってしまったことを少し後悔したが、自分が思っていることには違いなかった。
「ふうん、後衛に回されたくせに?」
「あなたねえ!人を馬鹿にするのも良い加減にしなさいな!私たちが後衛についているのも、あなた達が前衛に回されているのも政治的判断だと何で分からないの。人を馬鹿にする奴ほど馬鹿とはこのことよ。」
秋は反駁した。さすがの秋でも耐え切れなかったようであった。
「団体としてのパフェ・パフィエを批判するのはお好きに、ですが個人を批判するのは人間性を疑いますよ。少尉。お互い安寧にやっていきましょうね。」
賀茂が場を収めようとゆったり言った。
「ふん」と言って、ドラグミロヴァは去っていった。

「クレア、私はあなたがいけ好かない奴だと思っているけど、それ以前に名目上でもあんなふうに仲間を罵倒する奴は許さない。」
秋が言う。クレアは黙ったままだった。
「……。」
「今回ばかりは手を組みましょうよ、月読さん。ルースキー・ダールが一匹でも逃がせば大口叩いたあのアナスタなにがし少佐様は大失態を書くことですし。」
「あ、良いこと思いついたよ。ふふっ。」
そう笑いながら秋は言った。その笑いには思索思惟が完了した策士のような雰囲気が混じっていた。



待機中、打ち合わせスペースにはパフェ・パフィエの四人と男性が一人立っていた。白髪交じりの中年ながら、その姿にはエリートさを感じさせるものもあった。
「こちらは、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDOの由比ヶ浜一さんです。魔獣に関するエネルギー開発の研究を行っている方です。」
「はい」と中年男は言う。
「NEDOに魔獣に対する誘導をさせてグループから魔獣を離脱させます。魔獣はパフェ・パフィエさんで解決してもらって魔獣自体の残骸はこちらで回収させていただきます。」
「離脱させることによってルースキー・ダールの面をぶっ叩くことが出来る。魔獣を逃がしたとね。」
秋は嘲るように言った。
「危険すぎるわ。離脱した魔獣が進路を変えて勢力外に出たり、各個打破できずに上陸したりしたら、誰が責任を取るかもちろん分かっているのよね?」
賀茂が秋を見据えて厳しい声音で言う。
「そのときもルースキー・ダールの責任にすれば良い。そんなことより予想打撃地点が陸上から200kmも離れているのだから離脱しても直ぐに捕捉されるし、猶予は十分にあるからね。私たちの正規の出撃の事実だけ取ってもルースキー・ダールへの面汚しは十分にできる。」
「まあ、私たちは魔獣の残骸だけ頂ければ十分ですので。」
由比ヶ浜はこちらのことも意にせずに言う。市民の被害の可能性を引き換えにパワーゲームに自然災害ともいえる魔獣を利用してもいいのかと言うことだった。ただ、安全性も確保し、これ以上に無いクレアとの協力の機会だった。これを逃す手は無かった。
「……。私たちの作戦は主力を通り抜けた魔獣の処理よ。」
「そう、その通り、少しばかりギミックを加えて、無表情で戦うだけでさっきの馬鹿の思い上がり連中の鼻をへし折れると思ったら易いもんじゃない?」
「……。」
賀茂は疲れきった様子でもうそれ以上追求しようとはしなかった。



<<発射開始します。>>
ディスプレイ上に現れたのは大量の白い筋、全て対魔獣用に開発された誘導弾やら、推進砲やらだった。飽和攻撃の段階に入ったのである。
<<PAC-4、順調に魔獣に接近……着弾!>>
着弾観測機からの映像が爆発と黒煙に埋め尽くされる。音声は酷い爆音を
出力した。少々近づきすぎたようであったが、機体自体はカメラから見て安定しているようであった。
『魔獣制圧隊、突入せよ。』
マイクに屈みこみレイヴァーがそう言う。パラシュートをつけた落下傘部隊らしき部隊がルースキー・ダールであった。
<<総員傾注、こちらドラグミロヴァ少佐、敵側方に打ち込むついて来い!>>
ドラグミロヴァはどうやらパラシュートを付けていないようだった、しかしあの憎き露人の能力はホバリングであるらしい。あれの鼻をへし折る、それがこの作戦の失敗を生まないのかおどろおどろしいことこの上なかった。
ドラグミロヴァは風に乗るように高速で魔獣群の側方に位置を取り、手に持ったライフルをコッキングして初弾を装填し、慣れた手つきで銃を構える。飛び散る薬莢を横目に、目の前の魔獣の頭や四肢を吹き飛ばしてゆく。右側からのスペシャル・ストライカーもドラグミロヴァの突入と同時に魔獣を攻め込み、順調に撃破を続けていた。
作戦の進行を横目にパフェ・パフィエは出撃準備をしていた。撃ち漏らしを殺さなければ本土に上陸してしまうからだ。防弾ベストにヘルメットと今回は重装備だった。ルースキー・ダールとスペシャル・ストライカーは撃ち漏らしが発生した際、粗方主力を片付けたところでパフェ・パフィエと合流するため、同士討ちの可能性があるためだった。総合の指揮官であるレイヴァーを中心に出撃の時を待っていた。
<<目標群α散開!目標群βに分離、コースを大幅に離脱している!>>
<<HQよりダール、ストライカーへ以後も目標は目標群αに固定、撃破の後に通過目標群β打撃に移行する。>>
どうやら秋の思案通りにことは進んでいた。しかし、ドラグミロヴァは通信にこう返答した。
<<こちら、ダール1目標群αの殲滅は粗方片付いている。ストライカーに任せて目標群βを打撃する。>>
<<HQよりダール、すぐに、目標群αの殲滅に戻れ。>>
しかし、ルースキー・ダールからの返答は無かった。
<<ストライカー1よりHQ、戦闘不能者3名、負傷者一名のバックアップ一名で対抗が厳しい状態だ!増援を頼む。>>
<<HQよりストライカー1、敵の攻撃状況について報告せよ。>>
スピーカーの先では爆発と破裂音が起きていた。
<<敵、電撃攻撃個体在り。早急に増援を送れ!じゃないと全滅する!>>
<<了解、パフェ・パフィエの分隊を送らせる。>>
レイヴァーから声がかかった。和葉はいつもの表情より少々厳しい雰囲気を感じ取っていた。
「パフェ・パフィエは月読、和葉と賀茂、柊の二個分隊で行動、前者のパフェAはルースキー・ダールを支援。パフェBはストライカーを支援するんだ。」
「はあ?」
秋が言う。
「何が悲しくて勝手に戦線離脱した露人軍団を庇う必要があるの!理不尽だよ!」
「……。東側とて何をするか分からないんだ。通信は途絶しているし、魔獣から攻撃を受けて、壊滅していたら状態は最悪だ。」
「くっ、しょうがないか。」
秋は不承不承という感じで引き下がる。
パフェ・パフィエの分隊は各自艦上に配備されたヘリコプターによって輸送されることになった。



「こ、これは。」
スペシャル・ストライカーと思わしき、人影が高速で動いていた。電撃を放つただ一つの魔獣に翻弄されていた。
"Are you reinforce member? C'mon, follow me!"
隊長らしき人物が通信から英語で呼びかける。賀茂も秋も完璧と言うわけではなかったが英語は人並みより少し上のレベルで分かっていた。
"First, we enforce there. wait you."
賀茂がそう返すと隊長は"okey dokey~"と返して、戦線を一時離脱させる。
「秋、幻覚を見せて錯乱できる?」
「うーん、あれの電撃範囲によるかな。」
秋は通信を開く。
"Mister, do you know their attack range?"
"Ya, about 10m."
10メートル半円が電撃の攻撃範囲であるということだ。秋がヘリから対象を見る。
「ちょっと難しいかな。能力が効くか分からない。」
「分かった。」
そう賀茂が答えた瞬間、物凄い衝撃が体を揺すった。警告音が機体の異常を現す。
「ま、まずい。油圧系統がやられた!」
「それはまずい。」
賀茂が冷静にパイロットの損害報告を受け取る。このままではヘリが飛び続けるのは危険だ。ヘリコプターの作動油圧と言うのは姿勢や方向制御が困難になる。ローターは回っているようだったが、まずい。
機体は高度を少しずつ下げていた。
「パイロットさん、あの個体からは10メートル離れないと電撃を受けます。」
「そうは言っても機体の方向制御が効かないんだ!」
ヘリはひょろひょろとあらぬ方向に蛇行していた。方向操縦のテールローターの油圧系統が一気に二つとも割れたのか。それにしても良く電気系統は持ったなと賀茂は思っていた。
機体は以後も落ち続けていた。魔獣の攻撃は止んでいるようだが、地盤が無い以上落ちた先の水面ではどうしようもなかった。



クレアと和葉は共にルースキー・ダールの方面、通過目標群βを目指していた。ヘリは順調にその歩みを続けていた。もう少しで到着と言うところ、クレアはこう言った。
「怪しい。」
「何が怪しいんですか?」
和葉はその言葉に呼応して聞き返していた。クレアは聞かれていたか、という表情で次の言葉を紡ぐ。
「ただでさえ、この三チーム合同で無いと突破されかねない太平洋の砦と言うべき日本に襲来する敵です。そんなところから緊張感も無く、司令の命令を無視して分離した目標群を叩きにいくでしょうか。」
「それは……」
考えてみれば、本部からの呼びかけにも応じていなかったのに合わせて怪しさが増していく。
「ルースキー・ダールのドラグミロヴァは実力があると信用が高かったりアウェーだからといって、司令の命令に反したりする女子では無かったはずです。彼女はもっと……石橋を叩いて……」
そこまで言ったところで轟音と共にヘリの二人が座っている近くにあったガラス窓が割れる。
「っ!?」
即座に伏せるクレアに合わせて、和葉も身を屈めた。
<<Здравствуйте、使えない雑魚諸君。鉛玉の雨に身を撃たれたかな?そんなわけないだろうねえ、だったら面白く無さ過ぎるもの。>>
通信から聞こえる声は、紛れも無くドラグミロヴァであった。
「どういうことですか、ドラグミロヴァ少佐。魔獣はどこへ言ったのですか。」
<<魔獣なんかもう片付けたわ。それよりも、私たちの目的は西側諸国の戦力となりうるソルシエールをこちらに引き込むことに目的があるのよ。>>
「そんなことできるわけが」
<<いい?クレア、あなたが戻らなかったら、賀茂凛、柊秋、八ヶ崎和葉は死ぬ。それだけよ。>>
クレアは目を大きく見開いて、今まで聴いたことの無い声音で低く言った。
「減らず口を、お前は私が殺す。首を洗って、震えて待て。」
<<はっは、それでこそ、我がc>>
クレアは無線の電源を切る。そして、和葉などには目にも留めず、ヘリからパラシュート付きで飛び降りた。
「ちょ、月読さん!」
発砲音が空気を揺らしていた。クレアは氷結の反作用で高度を上げていた。
<<パフェ・パフィエを分離させたのはクレア、お前が帰ってくることの人質として使っているのよ。早く、戻らないと全滅しちゃうかもね。>>
<<彼女等はそんなに弱くない。必ず、帰ってくる。>>
クレアらしくない発言と言えば、そうだった。彼女は錯乱しているようだった。クレアは急降下して、氷の塊をドラグミロヴァに投げる。
<<いつも、あなたたちはそうだ。癪な手を策略として使って最後まで逃がさない。最悪な人間たちです。>>
<<あなたの仮の家族を殺したからあ?>>
衝撃が走る。クレアを匿っていた友達、それを殺したのはドラグミロヴァだというのか。
<<私は彼らの仇を取ります、必ず。あなたを殺す。>>
<<はははっ!国家のために死んだのに何が仇だ!>>
銃撃がクレアを掠る。瞬間、方向感覚が狂ったのか、ドラグミロヴァに背を向けて蛇行し始めた。すかさず、ドラグミロヴァはクレアの足を銃撃した。落ちていくクレアは辛うじて水面を氷結させて着地したがそこにドラグミロヴァが近づいていた。
<<さあ、そろそろ帰ろうか。クレアちゃあん。>>
「離れろこの外道が!!!!」
「くっ!?」
ドラグミロヴァの面前を炎が焼き尽くす。
「八ヶ崎和葉……あなたみたいな新人がここまで動けるとはね。」
本能的に動いていた。ここまでパフェ・パフィエに問題を持ち込み、悲劇を起こし、人類に対する被害を鑑みないクズに一発加えたかった。氷上で面と向って、殺気を立てていた。
「だけど、遅すぎたn」
次のセリフを高々と言おうとしたドラグミロヴァはその言葉を止め、自分の胸部をまじまじと見ていた。
「な、こ……れ……うわ……かはっ……」
氷で出来た鋭い菱を持ったクレアが倒れたドラグミロヴァの後ろに居た。鮮血を身に受けながらも、その姿をまじまじと目に焼き付けていた。紅い血が氷上に溢れて止まなかった。
「最初から何をするかは分かっていたんですよ?」
和葉は倒れたドラグミロヴァの生気の無い目を見ながら話しかける。
「秋がNEDOに魔獣を引きつける策略をしたところから、FSBはその情報を受けていた。そもそもFSBは日本のソルシエール戦力を削ぐ目的で居たが、それを利用しようとした。それだけです。あなたたちがどう動くのかは、分かっていました。」
「なに……を……賀茂は結局……死ぬ……」
クレアがドラグミロヴァの頭を踏みつけて言う。
「死にません、あなたが思っているほどソルシエールは弱くないのです。」
ドラグミロヴァが気を失い、回収部隊が来るまでは時間は掛からなかった。



合同作戦からは一週間たった。クレアはもうすっかりパフェ・パフィエになじみ、いつものように邪魔だの弱いだのは言わなくなっていた。一方、あの時に引き離された賀茂と秋はというとスペシャル・ストライカーの方にも氷結の能力者が居たようで無事に着地後、苦戦しながらも魔獣を無事討伐した模様であった。
ドラグミロヴァはというと左遷されたという情報以外入ってこなかった。レイヴァー自身もこれ以上は東側と付き合いたくないという感じであったし、事実情報が隠蔽されるのも分からなくは無かった。
一件落着、という感じで事は終わった。だが、和葉を包み込む運命と言うものはまだこのソルシエールという事案について終わりを告げる予定は無いように見えた。

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最終更新:2016年02月12日 16:20
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