ある少女の占い_最終話」

最終話「ある少女の占い」

 えっ……と、ナムレは思わず声を漏らした。
 さすがのスモイも驚かざるを得ない。先まで相対していた相手が、唐突に狙撃されたなんて。誰にやられたんだと、後ろを振り返った。銃声が確かに聞こえてきた方向だ。
 ラズィミエが立っていた。
「いやあ……一発で当たってよかった。お前を狂わせた悪魔とやらの悪巧みは、これにて終了だな……?」
 落ち着いていると再び銃を構え、今度はそんなに厳密に狙わずにもう一発銃声を響かせた。
「あアッ!」
 声を漏らしたのはスモイだった。そしてすぐに脚のあたりを抑える。脚を撃たれた。
 すぐさま銃を仕舞って、ラズィミエは通信機を取り出した。
「もしもし、ああ俺だ。三人を同時に発見した」
 そして場所を大まかに伝え、早々と電話を切った。
 何とか立ち上がろうとするスモイは必死に声をひねり出した。
「な、なんであなた……私とラーセマングを…!」
「それについては、ラーセマングの暗殺こそが本来の我々の目的だからだ」
 流れ行く血。スモイは一旦座り込んだ。
「お前については、これ以上暴れさせるわけにはいかない」
「は、はあ……?? 意味が分からないわよ。あなたたちは私の目標を見事に打ち砕いてくれたじゃないの! ナムレを取り返す、私は確かにそうあなたたちと話を付けたはずよね? なのに、ナムレは私たちに戻らない――まさにあの女に言われた通りだった……!」
「それについては、いやいや、まことに残念だ」
「!?」
 ラズィミエが声のした方を静かに見た。誰かが路地を除くために近づいてきている音がした。声の主は――。
「ビルテ……!」
「私は裏の仕事人という不名誉な称号を『彼女』につけられている。私自身、一度も名乗ったことないのにな。まあいい。スモイ、君とは利害一致の関係で一旦手を組んだが、君は――そうだな、人と手を組むのがとてもお似合いじゃあない。常に独断で行動を続け、常に己の正義を過信する。ここ数週間君と行動していたとてもよく分かったよ」
 スモイはうつむいたまま、何も言わず、沈黙の怒りをあらわにした。
「そして、ナムレ。これからの君の行動は、君に任せよう。好きに生きるがいい。気が変わったらまたスモイの元を訪れてやれ、トイターは君の生き方を指南する方だが、スモイはそうではない。ただの『親バカ』みたいなものだ」
「お、親バカ…ですって? 私と彼をまるで腐れ縁で私がストーカーをしていた、みたいに言わないで頂戴!」
「んー? 何か私の表現に間違いがあったかね、スモイよ。大切な人が返ってこない悲しみは私にも想像に難くない。それの主犯がラーセマングだとするのも当然の帰結だと私は同意しよう。だが――」
 路地に入り込み、スリャーザはスモイに近づいていった。そして、何処からか取り出した拳銃に弾を込め、カチッと弾をセットする。スモイはこの場から逃げようにも、逃げられない。
「私にも事情があるんだ。姉たちのしりぬぐいをするため、そして己の存在を立てるため、君にこれ以上暴れられると、非常に困るわけだ。それとも、今我々と戦ってみるか?」
 スモイは涙を浮かべ、そのまま血の流れる脚で静かに立ち上がった。スリャーザが構えた銃を右手で静かに制した。
 しかし、立ち上がるなり彼女は、右手を固く握りしめて、スリャーザの腹を思いっきり殴った。スリャーザは吹き飛ばされた。
「んなっ!」
「宣戦布告しやがったか」
 ツェッケナルとラズィミエが口々にいう。ラズィミエはすでに拳銃に弾を装填し、ツェッケナルも何かメシェーラを取り出す素振りを見せていた。
「やめろ、お前たち」
 スリャーザが少し掠れ声で叫んだ。ダメージは通っていた。スモイは涙をぬぐい、脱いだ帽子を回収し、スリャーザたちに振り向いて告げた。
「感謝する。あなたたちの協力のおかげで、私には成し得なかった『復讐』を成し遂げることができた」
 そしてスモイは続いて、倒れたラーセマングに向かってメッセージを残す。
「あなたの負け…そして私も負けよ。最後の最後まで、邪魔な女だったわ」
 スモイは言葉の最後、もはやラーセマングから目を話していた。いや、意図的に目線をずらしていたのだろう。邪魔な女を、目線にいつまでも入れておくようなことはしない彼女は、非常に嫉妬深い性格だったと言えるのかもしれない。
 数メートル歩きながら、彼女は思った。
「ナムレ、私を救いたいと思ったら……○○○○に来なさい。今度は私の全てを教えてあげるわ。また一から私と始めたいのなら」
 そう言い残した。スモイはこれ以上は何も言い残さず、ただ黙ってスリャーザたちとは反対方向に進むのみだった。どこまで遠く歩いて行ったのか、一同は最後までスモイの背中を見ていた。
「スモイ・ザイネン=ダウフェンフリード……結局最後まで謎でしたね」
 ツェッケナルはそう漏らした。ラズィミエも続いた。
「ナムレとよっぽど深い仲があったのだろうが……あそこで黙って立ち去るとは意外だった」
 ラズィミエは銃を仕舞った。あらゆる武器を二人は懐に戻した。ラズィミエは車に乗ることにした。
「スリャーザ、いや、部長。どうした、早く乗れよ」
 スリャーザはハッとした。
「ん? ああ、そうだな」
「どうした部長? はは、お前らしくないな」
「んん? いや、あいつの考えていることが、俺には何となくわかったのさ」
「へえ? そうなのか、俺にはどうでもいい話だがな」
「まー、何かしたらまた腕を振るうさ」
 そう軽く笑いながらハンドルを操縦し車を運転するツェッケナル。ラズィミエも「はっは」と笑った。スリャーザは、再び車窓を見ていた。
「さて、ところで私は『彼女』を見ていないんだが。途中ではぐれてしまったようで」
 彼女、とは王国警察の女のことである。
「んー、捕まったか?」
「まさかな。もしあの学校にいられなくなったのなら、また別の地を探すさ。次は……アイル共和国なんてどうだ?」
 のんきに彼らは笑っていた。実際、彼らはのんきだろう。姉の言うことに従うだけの簡単なお仕事なのだから。

――

 賑やかな連中も引き上げ、路地裏に残されたナムレ。途方に暮れた。これからどうしようかと。だが、ここにいてはいずれ野垂れ死ぬ。ここから離れて、どこかに行かなければ。しかし、どこへ?
 そのことを考えると、途端に悲しくなった。目の前で倒れているラーセマングを見て、ふと恋しくなった。自分がたとえ操られていると思っていても、生命の危機が迫ると不安なものだ。
 しかし、ラーセマングは応答しない。ラーセマングの体に触れてみる。いまだかつて、彼女の体に触れたことなんてなかった。だが、改めて遺体を起こそうと思ったのは、彼女が本当に死んでいることを確認したかった。
 だが、あまり傷口を見たくはなかった。さっき一瞬でも見たラーセマングの左胸から飛び散る赤い飛沫が、彼の心に奥深く染みついていた。ああ、自分が彼女の死を心の底から悲しむことができたら、はるかに幸せだっただろうに!
 嘆いた。その涙は大切な人を失ったことによるものではなかった。ラーセマングは、黒い髪で顔を隠され、ぶかぶかのスカルタンで地面に染みた血を隠され、金髪女の愚行で真っ直ぐな正義を隠された。残ったのは、悲運な死であった。ナムレから見れば、確かにラーセマングは敗北していた。
 トイター式の、とても簡素な葬儀をして、中途半端な彼女への敬意を、形あるものにしてみようではないか。トイター式といっても、隔河大戦の殉教者に送られた、死体を伏せたまま布をかぶせるというせめてもの安らぎである。
 彼女は、正義に殉教したのだ。そう考えよう。その方が、自分の身にとっても楽だ。トイター教徒としてあまりにも非人道的な手法を取った報いだと彼女は思って死んでいったのだろう。それを、被害者たるこの自分が、このナムレ=『カリーファテリーン』が彼女の死後感じた罪悪感を少しでも軽減してくれれば、本望だ。そう祈った。


――なぜこんなことをするのだろうか。俺は、彼女のことが好きだったのだ。


 そして、これから自分の人生の再開をしなければならない。ラーセマング=カリーファテリーンの死は、『ナムレ』の解放である。
 これからどうやって生きていけばいいかは、やはり分からないが、ラーセマングの葬儀をやってから、一つ決心がついた。
 自分がラーセマングの跡を継ぐかというと、それは違う。ラーセマングは、果たしてナムレの後継を望んでいただろうか。いや、最後の最後まではそう思っていた。だが、最後の最後にはそうではなくなった。彼女は自分のことを『ナムレ』だと言った。
 そして自分は、先程まで自分が分からなかったが、改めて自分が『ナムレ』だと分かった。カリーファテリーンになったこともあった。スモイの義兄になったこともあった。だが、これは今までの一連の事件で完全にリセットされ、完全な答えを提示してくれた。
 不安に煽られていた、無明の時代は終わったのだ。夜明けは訪れ、スリャーザは明るくなった。その結果とは、今まで見えてなかったが、地面に流れ出ていたラーセマングの血が、脚から流れ出ていたスモイの血が、はっきりと見えた。もうかなり染み込んでいたが、ナムレにとってその二つの血痕は、再び始めよ、というメッセージのようだった。
「二人とも、俺から姿を消した。さらばだ、二人とも」

――

 駅の場所を求めてしばらく歩く。激しく移動を重ね、もう道なんて覚えていない。いく当てがないからとりあえず来た道を帰ろうというのだが、帰ったところであのイルキスにしか戻る術がないわけだ。どうしたものかと、すでに二時間近くは彷徨っている。腹も空いてきた。

「ああ、いたいた! おーい、もしかして君は――」
 突然どこかから、声をかけられた。男の声だ。声の主を探してきょろきょろするナムレ。どこだろうか。
「ここだよ、ナムレ君!」
 ついにナムレが声の主を見つけた。見た目は王国警察のようだ。しかし、先程まで見た王国警察の女とは明らかに雰囲気というものが違う。怪しくはなさそうだが、なぜ自分に声をかけるのか。
 彼のもとまで向かってみる。向こうもこちらに近づいてきた。
「君がナムレ君だね?」
「はい、そうです」
 よく見たら、パトカーも近くに二台ほど止まっている。さきほどの事件を通報した誰かがいたのだろうか。目撃者がいたとしたらかなり面倒なことになりそう――いや、もういい。ナムレにとってあの事件はもういい。考えることもよろしくないだろう。思考を切り替えて、普通の応対を開始した。
「あのー、どうして俺がわかるんですか?」
「ああ、君がある女性に誘拐されて、探し求めていたという女の子がいてね」
 そう言いながら、王国警察の男は近くに止まっているパトカーを指示した。二台あるうちの前の方だ。窓をよく見てみると確かに女の子が一人いた。
「アテーマングというらしい。君、心当たりは?」
 アテーマングと紹介された少女は車から自ら下りた。ナムレは、かつての何も知らないはずの友人と呼べる存在を知ることとなった。自分にも信頼のおける仲間がいたらしい。彼女と話がしてみたい。ナムレはそう思った。起こる出来事に対する詮索はもうしなくてもよい。悩む必要もない。ただ素直に自分を探して心配してくれていた唯一の人間を、こちらからも素直に受け入れて、会話をしてみたいと思った。

 アテーマングとナムレが姓を変えたのは、この日から少し後の話である。
 学校に二人は久々に行ったが、テルテナルを除く旧スカルムレイ研究会のメンバーがなぜか学校から消えていること以外は、何ら変わりなかった。無事帰還したナムレはクラスメイトに何度か過去の人間の存在を指摘されたが、日が経つにつれてそんなことは無くなった。
 最後に金髪女が言い放ったGereisなる場所も、もはや彼が目指すことはないだろう。

 金髪女は、最後にスリャーザで警察に呼び止められた。彼女は誘拐したナムレの情報だけを王国警察に教えたが、彼らのお世話になることだけは必死に拒み続け、今まで通り追跡の手から逃れ切った。話によれば金髪の女はハグナン、スケニウなどで時たま目撃情報があったが、結局どの情報も信憑性があいまいなものばっかりだった。金髪女は王国の闇に消えた。

 金髪女の行方は、誰も知らない。

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最終更新:2017年08月23日 09:38