イェスカ主義の楽しい仲間たち

本項では、ユエスレオネ革命を完遂させた魔法少女ターフ・ヴィール・イェスカと楽しい仲間たちを紹介する。



ターフ・ヴィール家

ターフ・ヴィール・イェスカ

革命義士ではない。ユエスレオネ革命を指導したが革命後にXelkenに射殺されてターフ・ヴィール家ドキドキ政治チキンレースで最初に脱落した。主人公であるわけだが、その関係性は割と謎に包まれており、思想的にも言っていることを完全理解できている人間は余り居ないとされている。イェスカ主義とは?

ターフ・ヴィール・ユミリア

イェスカの後釜。経済を立て直して戦争二つを終結させるなどターフ・ヴィール家ドキドキ政治チキンレースでは好調な駆け出しをしていたが、大好きなおにぎり工場の工場長に金を渡して最高級おにぎりを横流しさせていたのがバレて、贈収賄で革命裁判所に提訴され有罪になり、脱落した。

ターフ・ヴィール・タリェナフ

ファルトクノアの奴、新イェスカ主義を独自解釈で展開したものである闘争的イェスカ主義で活動を行いラヴィル政権に苛つかれることになった。南サニスをバーサーカー化させて国家財政がつぶれる寸前までxelken狩りをしていたが、お菓子にあっけなく追い出される。ターフ・ヴィール家ドキドキ政治チキンレースでは、ファルトクノア政府軍の突入で同志と戦闘中に前と後ろから撃たれて死亡し脱落した。

ターフ・ヴィール・ウォルツァスカイユ

お菓子、ユエスレオネ社会党の理論的指導者で背後的な存在として党を支えていたが最終的には政党がエレンに乗っ取られ、制御不可能になる。後にレアルと手を組んでターフ・ヴィール家ドキドキ政治チキンレースの脱落を未然に防いだが不安定な土壌での政治活動は新しい時代の局面へと突入してゆく。
私情で政治を動かして運だけで乗り切ることで有名。

ターフ・ヴィール・エレーナ

誰?
お菓子のいとこにしてお菓子の逆鱗。実はターフ・ヴィール・エレーナは偽名で本名はリーニア・シュプケビェーヅ・メニョイシュドーシュホイ。彼女を溺愛するお菓子は彼女が政治から離れていられるよう手を尽くしていたが、お菓子のご機嫌を取り結びたいエレンの策略により偽名を名乗らされ共産党の党首に据えられることになった。(なおこの行いに激怒したお菓子によってエレンはファルトクノアへ飛ばされた模様)
政界から無事に引退した後は音大の教授になったらしい。

正統(?)な人たち

アレス・デュイネル・エレン

悠里勢からボコボコにdisられる政治家兼思想家。イェスカ哲学を政治化する過程で「武力革命論」などという香ばしい名前を付け、また革新チャショーテのイェスカ主義を良く分かってない馬鹿共を共産党の政策担当者に幾らか据えてしまったがために第一次社会主義ユエスレオネを破滅させた要因と言われている。まあ、こいつがやらなくても他の誰かがやってたが。

新イェスカ主義と学生闘争

アイン・シャント・ミナミラハ・リーツェ

『イェスカのために』とかいう故人へのラブレターを展開し、社会党がイェスカ哲学をしっかりと展開していないことを主張。社会党自体は政治と哲学の間に挟まれて頑張っているというのにこの批判は瞬く間にショレゼスコ以降の悠里世界に広がってゆく。おいそこ、ルイ・アルセチュールのパクリとか言わない。

ラヴィル・ド・エスタイティエ・ラタイハイト

ファルトクノア社会行動党党首であり、ファルトクノア共和国首相。イェスカが存命のときはイェスカの隣で重要な戦友として深い関係を持っていたが社会党の成立後は蚊帳の外に置かれるような扱いを受け、社会党との決別を決意し、新イェスカ主義を採用した。採用したところ、社会党内にいる同じ考えの党員とまとめてファルトクノアに飛ばされて悲しみに暮れた結果、国の長として大量殺人や戦争犯罪を頻発させる原因となってしまった。やっぱり、新イェスカ主義はダメだな!

良く分からない人達

ラブレイ=デシ・ミリア・ミスウィ・ヘルツァーヴィヤ

イェスカ主義だけでなく、レヴェンや経済学まで手を出している典型的現代哲学者感のする人。主張に関してもところどころ良く分からないのが混ざっており、挙句の果てに「レシュトは現代にも通用する思想だ」などと言い始めた。リパラオネ思想家の中でも非常に影が薄いため、言及されることも影響も少ないがその思想の感触は「具体性のある憶論」という感じらしくユエスレオネの現代思想ファンの中では一目置かれているらしい。

リーサ・カクザ

pri-イェスカ世代の言わずともしれた言語政策の母であると思われるかもしれないが、イェスカ主義者であったのにお気づきだろうか? 実は彼女の言語政策理論は独自のものであるが、ユエスレオネの成立後彼女はイェスカ哲学に手を出しているのである。その成果が憶論と呼ばれる謎のポエムである。憶論について語るとこのUndeerlが落ちるので止めておくが、取り敢えず倫理学的な何かであるとでも捉えておくと良いだろう。憶論は「人間疎外的な形而上学」だの「意識主義」だのとアイン・シャント・ミナミラハ・リーツェに批判されているが当の本人はイェスカ哲学と政治の繋がりに興味がないので気にしていなかったようだ。

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最終更新:2021年02月14日 09:08