奉仕する聖女


ラザム神殿の貧しき戦友達(通称神殿軍)は、野盗等から神殿を守ることと神殿内の治安維持の為に設立されました。
国家同士の大規模戦闘を想定しておらず、修練のついでの奉仕活動、と言った感じで捉えられていたようです。
教団内では、神学は授かる物で、自らを高めて辿り付く物との意識が乏しく、また軍事力の必要性も大きくなかったので、位置付けはそれ程重要ではありませんでした。

教団が大きくなると、様々な人間が流入するようになりました。中には、実家の事情で押し込められてしまい、向学心が余り無く、体を動かしている方が好きな者もいます。
そんな者たちにとって神殿軍は、修練と称する事でデスクワークや教理研究からの避難場所になりました。
実戦が起こる訳ではないし、勉強不熱心な人間が集まるしで、神殿軍から目覚しい功績を上げた人物は出ません。
神殿軍は、問題児の隔離場所的な雰囲気になってしまいました。

問題児の巣窟となれば、大抵の人はトラブルを連想しますし、そもそも『ペンは剣より強し』(エルティアが代表ですね)を本気で信奉する人間が多い集団です。
軍隊的な指揮系統で命令と強制等の面倒な事はやりたくありません。出世を目指すエリート達は敬遠するようになり、肉体派の武僧達を統御できるリーダーはいなくなりました。
教団中央からのコントロールが余り行われなくなると、神殿軍内部は梁山泊的な自由な空気を持つことになります。
金を教団から持ってくる政治力も無くなったので、足りない分はそれぞれが自分の経済力で補いました。
と言っても金策の手段があるわけでもなく、ほとんどが実家からの仕送りです。過剰に経済力を誇示する為に煌びやかな全身鎧を身に着ける物もあれば、つつましく軽装な者もいました。
それぞれが、装備に合わせた修練を勝手に行う事になります。修練に明け暮れる身なので、時間はたっぷりあります。
また、剣術、槍術、馬術、斧術、弓術、体術等など、様々な武術が同居する事で技術の交流が起こり、武僧達の個人技術は極めて高いレベルに達しました。
ラファエルホーリートーン等、大陸に名を轟かせる者も輩出しました。
これによって、教団も世間も、神殿軍の実力を過大に評価してしまう事になりました。


ラザム教団には、「奉仕する聖女」と呼ばれる制度があります。
教団への寄進を受けると、身の回りの宗教行為を取り仕切る少女を1年間派遣するものです。
朝夕の祈りの準備をしたり、墓や祭壇を清めたり、宗教的アクセサリーを選ぶ助言をしたり、祭事の段取りを教団から取り次いだりします。
派遣される少女は、修道院や学校で一通りの教育を受けた者から選ばれました。

寄進と言っても生易しい額ではなく、派遣を受けられる人間は限られます。
表向きは、社会を代表する人々にラザムを身近に感じて貰い、信仰心を高めるとなっています。
派遣される少女も、世間の見聞を広め、一般人の信仰を直接学ぶ機会、とされていました。
が、実際は双方とも政治的なパイプを求めての事であり、場合によっては情人関係を持つ事も教団として黙認していました。
教団に娘を送る動機が、玉の輿を狙うため、な不埒な親もいるようです。
『無礼者ッ ばしーーーーーん!!』となりそうなニースルーは選考段階で除外されます。

レオーム朝の宮廷魔術師として活躍していたドルスの家からも毎年寄進があり、奉仕する聖女の派遣を受けていました。
ドルスは教団へのパイプは十分に持っており、世間体さえ整えば良いと考えています。
派遣される側から見ても、色仕掛けの通用する相手でなく、秘書代わりにコキ使われるとの話もあり、余り人気の無い派遣先でした。

ドルスは政治家としての側面ばかり注目を浴びますが、魔術師としても高い名声を持っています。特に、元素魔法と光魔法を同時に使う点で、稀有な存在でした。
当時、イオナは既に光魔法の稀有な資質で注目を集めていました。教団上層部は、今年のドルスの家への奉仕する聖女をイオナに決めます。
イオナに元素魔法も操れる資質があるかどうかは分からないものの、元素魔法の視点から光魔法を見直す事はきっとプラスになるだろう、と考えたのです。

ドルスは魔法面でイオナの面倒を余り見ませんでした。イオナは噂通り、秘書代わりにされてしまいます。
資料整理、スケジュール管理、対談の速記、会議のセッティング等等。
しかし、イオナにはこちらの方面の才能が豊かな事が発覚します。
政策決定のプロセス、人心掌握・操作術、会議支配術。何の変哲も無い年寄り同士の茶飲み話に見えた物を基点に、ルートガルト全体が動いていく様に、イオナは感動します。
当代最高の政治家ドルスは、イオナにとって最高の生きた教材になりました。

ドルスに連れられて、軍の演習を見に行く機会がありました。ドルスは、政治に興味を持ち始めたイオナに、政治と軍事の密接な繋がりを教えるつもりだったようです。
高度に組織化された集団が、統一された命令系統の下一糸乱れぬ連携を行う様を見て、イオナは衝撃を受けます。
神殿軍が自由気ままに気勢を上げているのを見て感じた違和感、それに対する解答がここにありました。

神殿に戻った後、イオナは神殿軍改革の必要性を訴えるレポートを書きました。
レポートの実物は現在もラザム神殿の公文書室に残っています。
人生を教団の強化に捧げたイオナは数多くの文書を残していますが、これは最初の物として、今も研究対象とされています。



  • まだイオナが善悪に分かれてなかった頃のSSかな? -- 名無しさん (2023-04-30 11:19:28)
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最終更新:2023年04月30日 11:19