雲が、流れていた。
窓越しの少し汚れた空。
木も電線もほとんど揺れていないのに、雲だけがやたらと早く流れていた。
悠々と、
優々と、
融々と、
雲はゆるやかな曲線を描き、右に左に好き勝手に姿を変えていた。
窓越しの少し汚れた空。
木も電線もほとんど揺れていないのに、雲だけがやたらと早く流れていた。
悠々と、
優々と、
融々と、
雲はゆるやかな曲線を描き、右に左に好き勝手に姿を変えていた。
「…ねぇ、カメラ欲しい」
あたしは空を眺めたまま、誰にとも無くそう言っていた。
大きな一眼レフレックスカメラを首からぶら下げて、あたしはてくてく歩いていた。木綿のロングスカートが足にまとわり付いてくる感触に,あたしは少し酔いしれる。人気の無いところばかりを選んで、あたしは歩く。そして時々立ち止まってはファインダーを覗き、シャッターを切る。
撮る物は、主に空。
それから、建物や植物。自分の部屋のものを適当に撮ることもあるし、フローリングの床におはじきやビー玉、お皿なんかを並べて撮ったりもする。気の向いた時に、気の向いた物を、気の向いたように撮る。そんな毎日。
これはあたしの娯楽兼仕事。
ファインダーを覗くのも、シャッターを切るのも、空を眺めるのもすごく楽しい。こうやって歩き回るのも好き。
あたしは自慢のカメラ―あたしはクロさんと呼んでいる―のシャッター部分を撫でた。
「…今日はあんまり良い景色が見つからないなぁ。どうしようクロさん。これから嫌な仕事があるから一枚くらい良いのが欲しかったんだけど…。もう時間ないや」
ポケットから銀色の懐中時計を取り出して時間を見る。
約束の時間まであと三十分しかない。ここから二十分も掛かるところでの仕事なのに。またギリギリだって怒られそう。
「…あ」
懐中時計を持つ、自分の手。
さっき食べたチョコレートが指先についているけど、それがなんとも言えない。
「クロさん、これ、撮っておこうか」
―カシャッ。
良い返事だ。
さて、仕事だ。あと二十八分しかない。
…嫌だけど、急がなきゃ。
撮る物は、主に空。
それから、建物や植物。自分の部屋のものを適当に撮ることもあるし、フローリングの床におはじきやビー玉、お皿なんかを並べて撮ったりもする。気の向いた時に、気の向いた物を、気の向いたように撮る。そんな毎日。
これはあたしの娯楽兼仕事。
ファインダーを覗くのも、シャッターを切るのも、空を眺めるのもすごく楽しい。こうやって歩き回るのも好き。
あたしは自慢のカメラ―あたしはクロさんと呼んでいる―のシャッター部分を撫でた。
「…今日はあんまり良い景色が見つからないなぁ。どうしようクロさん。これから嫌な仕事があるから一枚くらい良いのが欲しかったんだけど…。もう時間ないや」
ポケットから銀色の懐中時計を取り出して時間を見る。
約束の時間まであと三十分しかない。ここから二十分も掛かるところでの仕事なのに。またギリギリだって怒られそう。
「…あ」
懐中時計を持つ、自分の手。
さっき食べたチョコレートが指先についているけど、それがなんとも言えない。
「クロさん、これ、撮っておこうか」
―カシャッ。
良い返事だ。
さて、仕事だ。あと二十八分しかない。
…嫌だけど、急がなきゃ。
嫌な仕事。
「朝川月夜さん、今回、三冊目の写真集になりますが…」
…そう、インタビュー。
「うん。今回も『空』がテーマなの」
数台のカメラ。数人のスタッフ。そしてインタビュアーの人。名前は…なんだっけ。よく分からないけど色々な番組にでている有名な人らしい。だけどあたしの家にはテレビがないから分からない。パソコンと新聞さえあれば結構どうにかなるから。
「先程拝見させていただいたんですが、朝川さんの写真は本当に空の写真が多いですよね。なにかこだわりがあるんですか?」
…人ってどうしてこんなにわざとらしく笑えるんだろう。変なの。
「別に…。ただ好きな者を撮ってるだけだから」
「そうですか」
「うん」
こくん、とあたしは頷く。
「ところで、朝川さんが写真家になると決めた切っ掛けというのは…」
「その質問キライ」
「へ?」
「キライ」
失礼しました、とその人は上擦った声で言う。明らかに狼狽してるのにずぅーっと笑顔。…この人、おかしい。絶対に。
「それでは、えー…、朝川さんの写真集には人や動物が全く写って居ないんですが、それには何か理由が…」
「帰る」
柔らかな一人掛けのソファーから立ちあがり、クロさんを首からぶら下げる。
「え、ちょっ、朝川さん!?」
「撮るのは好きだけど撮られるのは好きじゃないの」
別にキライでもないけど、と心の中で呟いて、あたしは呆然とした顔を幾つか置きっぱなしにしたまま部屋をでた。いつもこんな感じ。だからあたしは評判が悪い。でも生活成り立ってるから別にいっかと思う。
「ねえクロさん、公園行こうか。ブランコ乗りたい」
ついでに写真も撮りたいな。
鉄棒でコウモリとかやりながら写真を撮ろう。滑り台のてっぺんから写真を撮ろう。ジャングルジムにも登ろう。きっと楽しい。
そんなことを考えながら、あたしは公演を探して歩き出した。
いっぱい歩いた。
誰も居ない公園を見つけた。
「クロさん、公園!だーれもいなーい!」
言って、あたしは芝生にころんと横になった。
「そら――、あっお――い」
カシャッ、カシャッ、カシャッ。
うん、クロさんは今日も元気だ。
真夏の午後四時。太陽はまだじりじり暑い。
「よし、ブランコ乗ろう」
立ち乗りしたいけどそんなことをしたら上の棒に頭がぶつかる。仕方が無いから座ってゆらゆら。
カシャッ。
風に揺れる木。
その向こうの青い空。
今度は鉄棒。一番高い鉄棒にコウモリでぶら下がる。
カシャッ。
フェンス越しのサカサマな住宅街。うまい具合に誰も居ない。
今度は滑り台。ジャングルジム。砂場でお城とか造って、ついでに木登りもして、あたしは家へ帰ることにした。
いっぱい歩いて、あたしは帰る。もう六時だ。二時間も遊んだ。もう帰らなきゃ。
「朝川月夜さん、今回、三冊目の写真集になりますが…」
…そう、インタビュー。
「うん。今回も『空』がテーマなの」
数台のカメラ。数人のスタッフ。そしてインタビュアーの人。名前は…なんだっけ。よく分からないけど色々な番組にでている有名な人らしい。だけどあたしの家にはテレビがないから分からない。パソコンと新聞さえあれば結構どうにかなるから。
「先程拝見させていただいたんですが、朝川さんの写真は本当に空の写真が多いですよね。なにかこだわりがあるんですか?」
…人ってどうしてこんなにわざとらしく笑えるんだろう。変なの。
「別に…。ただ好きな者を撮ってるだけだから」
「そうですか」
「うん」
こくん、とあたしは頷く。
「ところで、朝川さんが写真家になると決めた切っ掛けというのは…」
「その質問キライ」
「へ?」
「キライ」
失礼しました、とその人は上擦った声で言う。明らかに狼狽してるのにずぅーっと笑顔。…この人、おかしい。絶対に。
「それでは、えー…、朝川さんの写真集には人や動物が全く写って居ないんですが、それには何か理由が…」
「帰る」
柔らかな一人掛けのソファーから立ちあがり、クロさんを首からぶら下げる。
「え、ちょっ、朝川さん!?」
「撮るのは好きだけど撮られるのは好きじゃないの」
別にキライでもないけど、と心の中で呟いて、あたしは呆然とした顔を幾つか置きっぱなしにしたまま部屋をでた。いつもこんな感じ。だからあたしは評判が悪い。でも生活成り立ってるから別にいっかと思う。
「ねえクロさん、公園行こうか。ブランコ乗りたい」
ついでに写真も撮りたいな。
鉄棒でコウモリとかやりながら写真を撮ろう。滑り台のてっぺんから写真を撮ろう。ジャングルジムにも登ろう。きっと楽しい。
そんなことを考えながら、あたしは公演を探して歩き出した。
いっぱい歩いた。
誰も居ない公園を見つけた。
「クロさん、公園!だーれもいなーい!」
言って、あたしは芝生にころんと横になった。
「そら――、あっお――い」
カシャッ、カシャッ、カシャッ。
うん、クロさんは今日も元気だ。
真夏の午後四時。太陽はまだじりじり暑い。
「よし、ブランコ乗ろう」
立ち乗りしたいけどそんなことをしたら上の棒に頭がぶつかる。仕方が無いから座ってゆらゆら。
カシャッ。
風に揺れる木。
その向こうの青い空。
今度は鉄棒。一番高い鉄棒にコウモリでぶら下がる。
カシャッ。
フェンス越しのサカサマな住宅街。うまい具合に誰も居ない。
今度は滑り台。ジャングルジム。砂場でお城とか造って、ついでに木登りもして、あたしは家へ帰ることにした。
いっぱい歩いて、あたしは帰る。もう六時だ。二時間も遊んだ。もう帰らなきゃ。
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