『イラステイン』とは古い言葉で『山の民の国』という意味だそうだ。成程、確かにこの国は国境が全て山か川であり、山の民が多く暮らしている。
そして、『ノラリアレイス』とは『レイスの中央の北』、レイス大陸のほぼ中央の僅かに北に存在するからであった。
夏はとにかく暑く、冬はとても寒い。季節によって風向きが変わる乾いた風が一年中吹き抜ける。
盆地といっても殆どの土地が非常に険しい山岳で、山になれたドワーフや獣人でも暮らすのは困難を極め、麓の王都の様な僅かに住める場所に人口が集中している。
しかし、こんな環境でも水源と土には恵まれ、高山植物の花畑がある。
世界中でこの国と大河リアレイスラインを国境とする南の隣国リヴァテイン王国の二ヶ国でのみ栽培が可能な貴重な薬草『リアレイス草』を求めて東の
レヌリア帝国や南の王制時代のエリュオス等に度々侵攻され苦汁を舐めさせられた事から同じ被害者のリヴァテインとは同盟・友好関係にあり、リアレイスの兄弟といわれている。
現在は互いに独立を保ち、貿易産業の成功と美しい花畑のおかげで経済大国、観光大国として名を馳せている。
俺はこの国で生まれ育った。一番近い海岸でも数千キロメイルも離れているため、26歳になったにもかかわらず未だに海を見た事が無い。
陸軍中尉の俺は今日、大事な兄弟リヴァテインとの合同軍事演習の為にノラリアレイスの飛行場近くの宿に泊まっていた。
自宅からでも十分近いのだが、年二回の恒例行事(北と南で一回ずつ行われる)の北での演習の際には必ずこの宿に旧友のリヴァテイン人と泊まる様にしている。
「久しぶりだな。マック」
読んでいた新聞を畳み顔を上げると旧友がいた。
彼の名はライル、ライル=ブランディー。
彼はこの中央盆地の二ヶ国の民の中では珍しいエルフだ。
若いといってもそこはエルフ、明日で170歳になる。とても聡明で冷静、軍人として、何より友人として尊敬していた。
「ああ、半年振りだな。でも半年振りは久しぶりに入るのか?特にお前の場合は」
「他の種族よりも長生きするエルフだからこそ多種族の友人・知人との限られた時間を大事にしたいんだよ。知り合いが死に絶えて友達が出来ずに数百年間もぼっちなんてのは嫌だろう」
「確かに、そんなのは俺も御免だ」
これが俺達の何時もの挨拶だった。
「そういえば知っているか?」
「何をだ?」
「例の無人大陸の話だよ」
「そりゃあ知らない奴のほうが珍しいだろう」
彼の言う無人大陸とはかつてレイスに侵攻した東方の大陸、現在の中央大陸から更に東へ行った所に在る。
あらゆる種族が住む事の出来ない過酷な環境の広大な未開の土地が広がる大陸で、レイスに対して反対側に位置する事から『ヒールレイス』(地獄のレイス)と呼ばれる。
百年程前に発見されたが、三十年前の調査・先遣隊は各国から選び抜かれたエリート集団(全種族の混成隊)であったが、上陸後一週間と持たずに撤退した。
彼等先遣隊が見たものは多くは無いが、海岸線は全て噴火中の活火山地帯であり溶岩と複雑な海流・潮流の為接岸できず、噴煙と積乱雲が常に上空を覆っている為航空機での接近も出来ず、更に地上付近は常に大陸からの暴風が吹き荒れる。
運良く上陸出来ても烈しい気温の変化が有り、暴風を避けて洞窟に入れば火山性のガスや強酸で防護服が数時間でボロボロになるという。
暴風には砂漠特有の砂が混ざっていた事から火山地帯を抜けた先は砂漠になっていると推測されている。
結果的に調査不可能・無人のレッテルを貼られ、この大陸周辺の海域・空域は航行禁止になっている。
「さっきもテレビでやっていたが、まさか無人大陸が無人で無いとはね。この新聞にも一面大見出で載ってるぜ」
俺はライルに新聞を渡した。見出しにはこう書いてある。
「無人大陸人」「無人大陸からの使者」「無人大陸は無人に非ず」
無人大陸から一人の人間がやって来たのだった。
最初は何かの冗談だろうと思っていた。皆そうだった。
しかし、直にこの男が本当に無人大陸から来たのだと証明される事になる。
先遣隊が持ち帰った情報よりも正確でより多くの無人大陸の情報、どの国や地域の物でもない言葉や所持品や服装や技術、何より決定的だったのは殆どの者が知らない筈の無人大陸までの航路と海図を持ち、彼の水先案内で無人大陸に存在する港まで着いてしまったのだから。
その後は更に驚きの連続であった。
先ずは経緯。
彼等はこの世界の住人ではなく、彼等の世界に突然開いた白い靄の様なゲートを潜るとこの世界に着いたと言う。つまり異世界人だったのだ。
直に先遣隊を送り調査をしたものの、彼等が着いた場所は辺りが広大な草原となっている海岸地帯で誰にも会わなかった。
海岸近くにキャンプを設営して調査を続けたが、古代の森を抜け巨大な山脈を越えた所で砂漠に出てしまいそこで調査を一旦打ち切ったそうだ。
ゲートから第二・第三の調査隊を派遣、新天地として活用するためキャンプを拡大し一つの町にした。
数年後、調査が進み他の大陸に住人がいる事を突き止めあの男が使者として中央大陸の東岸の小さな魚港に辿り着いたのであった。
次に技術。
異世界から来た人間達はこの世界の魔法でも錬金術でもない技術を持っていた。
彼等の世界では魔法は無く、錬金術も無い。
代わりに錬金術とは異なる科学が発展し、この世界では治療が困難な病気にかかった者を意図も簡単に治してみせた医者や俄には信じ難いが自分達の故郷の惑星から月や他の惑星にまで行った者までいるという話だった。
この世界でも自分達が惑星に住んでいることは既に周知の事実であるのだが、未だに大気圏の外側へ行った者は無く月へ行くなど夢物語である。
こんな具合に彼等の技術は明らかにこの世界のそれを遥かに凌駕していた。
「今度はかなりの人数でやって来るらしいって話だろ?」
「ああ、もう中央大陸のラースの港に着く頃だろう」
「それじゃあもうすぐ俺達にも彼等異界人を拝む機会が訪れる訳だな」
「……っと、もうこんな時間か。よし、行くとしますか」
「そうだな。今日も頼むぜ」
「もちろんだ」
俺達は持って来た葉巻(御守)を交換して夫々のポケットにしまう。演習終了までのお楽しみだ。
車を走らせ飛行場へと向った。