レイス偉人伝 『先導者』ディルフィリウスに関する記述

エリュオス西部、国境周辺。
数多の巨木と様々な種の草木・花によって成る、雄大且つ広大な森林帯が、そこに根を張っている。
その地は、幾重にも張られた結界魔法と幻惑魔法により、通常の方法では通り抜けることはおろか近づくことすら出来ない、聖なる地。
古今東西あらゆる種の生物・植物が存在し、共存し、共生している、生命の楽園。
エルフ種が管理・統治する、レイス最大の超巨大森林帯。
それが、エルフ居住区『ディルフィリウスの森』である。

レイスに現存するエルフ種の凡そ八割が暮らすその森は、今でこそ緑あふれる豊かな地ではある。
だが、今より三百年以上前。エルフ居住区となる前の名も無きこの場所は、中程度の規模を持つに留まる、至って普通の樹林であった。
そこにエルフ達を集めて一つの“国家”を構築し、樹林を拡大することで大規模な“森”を創り出すこととなった事件――『大集結』の切っ掛けとなった、一人の“英雄”がいる。
その人物こそ、かの『先導者』。森林の名にもなっているエルフ種の英雄、ディルフィリウスである。

そも、エルフ種は三百年ほど前まで特定の生息地、ないし居住区というものを持ってはいなかった。
レイス各地に存在する大小様々な森林に、少数のエルフ種が小規模の集落を作り、それぞれが独立した環境・生活体系をもって暮らす。
それが、三百年前までのエルフ種の“生活”であった。

エルフ種はレイスに存在する生物中の中でも比較的長寿命であるため、生殖のために密集して暮らす必要性が薄い。
加えて、自然界に存在する生命・概念と一定のコミュニケーションを図ることも可能なので、風雨や獣害を防ぐために森林を開拓して住居を作る必要も無い。
更に、エルフは魔法の扱いに長ける種でもあるため、魔物の退治も自らの手で行うことが十分に可能である。
その為、わざわざ“国家”などという大それた概念が無くとも、少数が集まるだけで十全な生活を送ることが出来ていたのだ。

その情勢が変化し始めたのが、凡そ三百五十年前のこと。
建築技術の急速な発達と、魔法体系の成長・成熟。それらに伴い、外敵に対する脅威が軽減されたことで、人間種が急激に増加し始めたのだ。
結果、当然の帰結として。人間種の居住区拡張のために、森林の開拓が急速に行なわれた。
木々が斬り倒され、地面が踏み固められ、家屋が建築され、エルフの住処であった筈の緑豊かな森林は、凄まじい勢いで侵食されていった。
一説には、人間種の人口増加傾向が確認されてからの五十年で、全エルフ種の集落の内三割以上が失われた、とも言われている。

そのような経緯があり、急速に住処を奪われていくこととなったエルフ種。
その理不尽な情勢に義憤を覚え、一念発起した人物こそが、『先導者』ディルフィリウスその人である。
エリュオス西部の森林帯に居を構える、比較的大規模のエルフ集落出身であった彼は、開拓者たちによって時々刻々と削られていく自らの故郷を、常々憂いていた。

ただ。
憂いとはいっても、ディルフィリウスのそれは、初めは諦観に似たものであった。
エルフ種は当時、“定め”や“運命”、“自然の意志”といった言葉を強く信仰していたためか、時流に身を任せることの多い種族であった。
その為、人類種の森林開拓も“自然が示した意志”と取り、別段の対策も取らず、時代に流されるままに居住区の減少を眺めていただけだったのだ。
そして、ディルフィリウスとてそれは同じだった。大多数のエルフ達と同じように、傍観に徹していたのだ。
だが、彼は――正確には、彼らの集落は――、ある出来事をきっかけとして、諦観を捨てることとなる。

人間種による、エルフ種の虐殺。『エリュオスの失態』と呼ばれる事件である。
当時エリュオス西部森林の開発統括を担当していた魔術師達が、開拓の功をより多く得るために、また森林伐採の時間と手間を削減するために自分達の魔法――しかも、浅慮にも危険度の極めて高い魔法の使用――によって、開拓を進めようとした。
その魔術師達が使用した魔法というのが、空中から無数の火種を降らせることで広範囲を炎上させる魔法、『焼夷魔法』であった。
『焼夷魔法』は魔術師達の思惑通り、西部森林の凡そ半分の面積を焼き切ったものの、同時に多数のエルフ種がその巻き添えとなった。
西部森林集落のエルフの内、こちらもまた約半分が、魔法の炎によって一挙に焼死したのだ。

当時のエリュオス王はこの件に関し、魔法を行使した魔術師達を即座に処刑した後、エルフ達へ向けて謝罪の意を表明し、多額の賠償を送る旨を記した文書を送った。
しかし、その文書を託された数名の使者は、西部森林で“原因不明の病”に掛かり、全員が死亡したとされている。
――――この病の“原因”をどう想像するかは、この文章を読んだ諸兄に託したいと思う。

ディルフィリウスは酷く悲しみ、同時に激怒した。
自分達に過酷な定めを与えた世界に対して。直接同胞たちを、それも実に下らない理由で殺害した人間種に対して。
……そして何よりも、同胞達を無為に殺してしまった、自分たち自身の意志の低さに対して。
そして、彼は一つの決心をすることとなる。

ディルフィリウスは、魔法の扱いに優れるエルフ種の中でも“天賦の才”を持っていたとされ、特に遠隔地へ向けて情報を送る『念話魔法』を得意としていた。
彼はその『念話魔法』の媒介として、大型の儀式場と巨大な魔法陣を配置した。
それにより、レイスに生きる全生命に自らの『念話』が届くような、かつてない程の規模を誇る魔法術式を構築したのだ。
だが、その大規模魔法の代償は凄まじく、この魔法儀式によって、西部集落で暮らしていたエルフ達の“ほぼ全員”が魔翌力を枯らされて死亡した、とされている。
そしてその代償は、魔法術式の構築段階で既に予見されていたものだった。
しかし、ディルフィリウスは、そして集落のエルフ達は、自らの命など厭わなかった。

全ては、人間種の非道を、愛すべき同胞に伝えるために。文字通り命を掛けて。
彼は、彼らは自らの同胞へ向けて、因縁浅からぬ人間種に向けて、自らの義憤を捻り出すように言葉を放った。
……彼は、念話の最後――と同時に、自らの命の最期――をこう締めくくったとされている。

「我等の暮らしと命を奪い、削り、喰らい尽してでも生きようとする人間種の行為を、諸君らは“自然の意志”として看過するのか。私は同胞諸君らに、改めて問いたい」

後世の魔術師たちから『先導者の宣誓』と呼ばれるようになったこの大規模情報伝達魔法により、全世界の知的生命はほぼ同時に『エリュオスの失態』の仔細を知ることとなった。
そして、事実を知ったエルフ達は一斉蜂起。エリュオス西部森林に集結し、空前絶後の規模を誇るエルフの一大勢力を構築した。これが、俗に言う『大集結』である。
後にこのエルフ勢力はエリュオスに対して独自の領土権を主張、その後わずか数年でエルフ居住区としての『ディルフィリウスの森』の存在を、エリュオスに認めさせるに至ったのだ。

その後の『ディルフィリウスの森』の成長速度にも、人の身としては驚かされる物がある。
焼夷魔法によって面積の半分を失った後、現在の超巨大森林帯としての規模になるまでに費やした月日は、僅か五十年。
森の木々が急激な速度で増殖した理由は、一つ。……彼らは、自らの魔法を利用し、森の生命の成長を促進していたのだ。
自然に育ったものであれば樹齢千年を超える程の巨木が無数に存在しているのも、その成長促進魔法の影響である。
彼らの激情は森の生命に共鳴し、『ディルフィリウスの森』は今でも凄まじい速度にて成長を続け、エリュオスの土地を侵食している。
森の浸食に対し、エリュオスの人間は何も言わない。言えないのだ。……『大集結』の時に見た、エルフ達の凄まじい執念が、脳に深く刻まれているせいで。

レイスに暮らす人間の一部――特にエリュオスの人間――が盲信的に抱いている、エルフへの畏怖。
それは、自らの死すら厭わずエルフ達を導いたディルフィリウスの執念と、それに追随して蜂起したエルフ達の力を見た人々からしてみれば、抱いてしまうのも当然の感情である。
しかし、その他の国に属する大多数の人間は未だエルフの信念の、その恐ろしさを真には感じていない。
それゆえか近年、レヌリア国境部に暮らす人間の一部が、秘密裏に結界魔法などを破り、『ディルフィリウスの森』で建築資材の調達をしていることが、一種の社会問題となっている。

この暴挙に対して、彼らエルフはどのように動くのか。エリュオスの人間は、今も密かに怯えている。
ディルフィリウスの激情は、現代を生きるエルフ達の胸の中にも、確りと刻まれているのだから。

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最終更新:2011年07月11日 12:35
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