レイス偉人伝 『扇動者』アコナイタムに関する記述

ディルフィリウスの死後、義憤からエリュオス西部に『大集結』したエルフ達。
彼らを一つに纏め上げ、『ディルフィリウスの森』成立に一役を買ったのは、一人の女性エルフであった。
ディルフィリウスの意志を継ぎ、エルフ達の安住の地を用意するために腐心した『扇動者』、アコナイタムである。

傾国の美女とも渾名され、妖艶かつ魅力にあふれた容姿だったとされている彼女は、ディルフィニウムとはまた別の性質を持った“英雄”であった。

彼女は、他者の感情を上手く制御することに長けていたのだ。
猛り怒り過ぎたエルフ達を宥めつかせ、義憤の先を上手く制御し、彼女は直接の戦闘を行なわずにエリュオスと“戦った”。
つまり彼女は、大規模な“戦争”を起こすことなくエリュオスから“森”を掠め取ることに成功した、エルフ種きっての智者なのである。

「殺し合いは、この世で一番愚かな行為」。その言葉が、アコナイタムの口癖であった。
――――戦わずして勝つ。犠牲者を出さずに、全てを勝ち取る。
そこに拘ったアコナイタムは先ず、『大集結』によって集まった――血気に逸り、義憤に満ち溢れた――エルフ達の感情を抑えることに腐心した。
不慣れな『念話魔法』にて毎日、エルフ達に演説をし、心からの言葉で彼らの逸る気持ちを宥めつかせたとされている。

「暴虐に暴虐で返すような真似を、ディルフィリウス様は望みません」

念話に不慣れなせいで時々に言葉を途切れさせながら、彼女が涙ぐんで言ったとされる言葉。
半ばディルフィリウスの気持ちを勝手に断言しているかのような科白ではあるが、これに心を動かされたエルフは決して少なくはなかったはずだ。

なぜならば彼女は、エリュオス西部集落のエルフ達“ほぼ全て”の命を賭した大魔法『先導者の宣誓』の、唯一の生き残りだったからだ。
正しい意味で“意志を継いだ”立場であった彼女のその必死な言葉に、同調しないエルフは恐らくいなかったのであろう。

同胞の血を流すことをよしとせず、その身を削って戦いを止めようとしたアコナイタムは、一部のエルフの間では“聖女”とも言われていたようだ。
徹底した不戦主義。そのおかげで、『ディルフィリウスの森』は誰の血も流さずに独立を果たした、と考えられている。

そうしてエルフからの信仰を得たアコナイタムではあるが、対し人間の彼女に対する評価は、あまり芳しいものではない。

『扇動者』に始まり、『姦雄』、『雌狐』、『悪女』。アコナイタムを指すそれらの悪名は、主にエリュオスの人々の間に広く浸透しているものだ。
人聞きの悪い響きの二つ名が多いアコナイタムではあるが、彼女が当時行なったとされる凄絶な行為を鑑みれば、それも当然のことであると言える。

表向きは不戦を貫き、エリュオスとの直接交渉にて『ディルフィリウスの森』を独立に導いた、“聖女”アコナイタム。
だが。
『人為凶作』と『籠絡傀儡』に代表される、彼女が用いた詭計、搦め手。その仔細を知れば、彼女に向いた悪名も納得できるであろう。

……エルフ居住区確保のため、アコナイタムは直接交渉の場を設けるだけでなく、ありとあらゆる神算鬼謀を巡らせていた。
そして、直接戦いに出ることなく、『ディルフィリウスの森』が認められるまでの数年の間、密かに人間達を苦しめ続けていたのだ。

全ては、安寧の地を得るために。彼女は、一切の妥協をしなかった。

ここで余談であるが、エルフの英雄ディルフィリウスは、魔法に関して天賦の才を持ち、特に『念話魔法』を得意としていた、とされている。
が、通常のエルフ種が本来得意とするのは、自然に介入し影響を及ぼす類の魔法だ。
例えば、土壌操作や気象制御、水質変性といった具合のもの。言ってみれば、自然環境そのものに直接的な変化を与える部類の魔法である。

その魔法を最大限に利用することで、アコナイタムは一つの策略を完成させた。……その策こそが、悪名高き『人為凶作』である。

一に、農村で整備された農業用水路の水質を僅かに変化させ、作物の成長を抑制する。
二に、期間を極々限定した気候変化――例えば、冬季における数日間の気温低下――を利用し、農作物に被害を与える。
三に、環境変化に弱い特定作物の農場を狙い、局地的に土壌を僅かに変化させることで、その作物の収穫量を激減させる。

不自然なまでの、しかし人為を疑うには自然過ぎる環境変化を起こすことによって、与える被害は大きいままに、エルフ達の消耗を最小限にした“姦計”。
この計略は、当時のエリュオスの食糧事情に多大なるダメージを与えたとされている。

そして、エリュオス国内で飢餓問題が深刻になり始めた時になり、アコナイタムはエリュオス王に“『エリュオスの失態』に対する進言”と称して謁見、森の独立へ向けて交渉を始めたのだ。
謁見の間にて彼女は、“何故か”エリュオスの不作について言及し、笑みを浮かべながら王の耳元でこう呟いたという。

「お怒りになっておられるのですよ。ディルフィリウス様が、貴方達に対して」

『エリュオスの失態』に後ろめたさを感じていた当時のエリュオス王は、この言葉を聞いて心の底からエルフを恐れた、と言われている。

続いてアコナイタムは、自身と、自身の容姿に並ぶ女性エルフ種の部下、その美貌を最大限に利用した策に打って出た。
王国の要人たちを籠絡し、愚策悪法をエリュオスに蔓延させた姦計、『籠絡傀儡』である。

当時のエリュオス王国元老院議員の凡そ半数を、僅か半月ほどで完全に虜にし、その耳元で民を苦しめる悪法を囁くことで、彼女達はエリュオスの情勢をさらに傾けた。
その、あまりにも手数の多く、また早すぎる搦め手から、彼女達は魅了効果を持つ魔法を行使していたのではないか、とも言われている。

女性エルフ達が議員の耳元に囁いた主な悪法は、“新たな税の導入”と、“既存の税の増税”。
収入を増やすことで元老院議員の私腹を肥やさせ、議員達からの好感を上げつつ、民を苦しめて国力を低下させる。……この策は、かなりの成功を収めた。

何よりも、エルフ達の害意を気付かせない“寝床での進言”という形が、相当の効力を生んだ。
これにより、エリュオスの民達は度重なる重税を“元老院の暴走”と勘違いをし、元老院、ひいては国王への不信感を募らせたのだ。
……これも全て、アコナイタムの計略の内。

『人為凶作』によって、作物の絶対量を大幅に減らし。
『籠絡傀儡』によって、民に出回る通貨量や作物量をさらに減らし、さらには王国の信用を失墜させ。
誰にも害意を気付かせず、エリュオス王国を苦難の最中に陥れた『扇動者』、アコナイタム。
そんな彼女は、王に対してだけ、幾度も幾度も繰り返し、一つの言葉を語り聞かせた。

「お怒りになっておられるのですよ。ディルフィリウス様が、貴方達に対して」

エリュオス王だけが、気付いていた。否、気付かされていた。エルフ達の、本当の恐ろしさを。
エリュオス王だけが、分かっていた。『エリュオスの失態』こそが、この劣悪な国内情勢の原因なのだと。
エリュオス王だけが、理解していた。この情勢を鎮めるために、“何をすればいいのか”を。

そして遂に、エリュオス王は、“エルフ居住区の存在を公に認める”旨の勅命を出したのだった。
それと時期を同じくして、エリュオスを悩ませていた食糧問題も、政治不信も。ぱったりとその姿形を消した。

……当時のエリュオス王は晩年、このエルフ達の恐ろしい計略を、一冊の本に纏めて出版している。
『妖精の姦計』と題されたその書を読んだエリュオス国民は、エルフに対して怒りを抱く前に、酷く恐れを為したとされている。

当然だ。エルフが本気になりさえすれば、人間はすぐさまに飢餓に苦しむことになるのだから。
食料の大本を、徹底的に潰される。その恐怖は、現代人の目線からして見ても、計り知れないものがある。

こうして、三百年前の『大集結』から、僅か数年足らずで安寧の地を確保したエルフ達。

彼らの行動の原動力は、ディルフィリウスの激情である。それは確かに間違いではない。
だが、ディルフィリウスの偉大さの影に、一人の姦雄が居たことを忘れてはならない。

『先導者』に対する、『扇動者』。アコナイタムがそう呼ばれている所以は、彼女の二面性ゆえ。

『先導者』の名と立場と意志を継ぎ、同胞たちを守り抜いた“表”。
対して、エルフ達の感情を制御し、直接の戦闘を行なうよりもより狡猾で卑劣な策へエルフの民達を『扇動』した、“裏”。

二つの顔を使い分ける恐ろしさを持った『扇動者』こそ、人間が持つエルフへの畏怖感情の、真の源なのである。
美貌と智謀によって、エリュオス全土に苦難という毒を与えたトリカブト、アコナイタム。
真に恐ろしきは、彼女の頭に秘められていた、数々の猛毒<ちりゃく>なのだ。

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最終更新:2011年07月11日 12:36
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