一秒ごとに日差しが増しているようだ。
空から夜の色が抜けて朝が来る。僅かに湿り気を含んだ爽やかな空気が頬を撫でる。
ああ、何だか妙に気分が良い。デスゲームの中であるというのにアスナは胸躍る心地であった。
摩天楼の屋上で、アスナは座り込みその身を抱いた。ひどく身体が熱い。アスファルトの無機質な材質が火照った身体には冷たく感じられる。
あのアリスたちを退けることができた。そのことに対する昂揚の熱がまだ胸中に居座っているのであろう。
ダンジョン深奥に待ち構えるボスに辛くも勝利した直後というのはこういうものだ。今までも何度か経験したことがある。
「ふぅ」
とはいえ、何時までもそんなテンションでいる訳にもいかない。彼女はゆっくりと息を吸って、吐いた。
この熱にうなされ続ければ思考にも支障が出る。徐々にクールダウンさせていかなくては。
それはこのバトルロワイアル独特の
ルールであるとは思う。同じデスゲーム――あのSAOであっても、ボス戦を勝ち抜きさえすれば安全な拠点に戻ることができた。
そこで休息を取りアイテムを買い直し、ゲームのパラメーター的にもプレイヤーのメンタル的にもコンディションを整えることができたのだ。
が、ここではそうはいかない。このゲームに安全な場というものは存在しないのだから。次の瞬間にはまた襲撃されるかもしれない。
シビアだ。本当に。そう思わずには居られなかった。
「……でも、逃げたら駄目だよね」
ある程度胸を落ち着かせ、しかし戦意を萎えさせることなく彼女は言った。
ここで心を折る訳には行かない。いくら辛くシビアな場であろうと立ち止まる訳には行かないのだから。
もう一度デスゲームを終わらせ自分の知る現実へと帰る為にも、この悪夢を終わらせる。
出来る筈だ。戦力もあるし、何より決意が固まったのだ。もう恐れるものなど何もないではないか。
そう思うと笑みがこぼれた。何だか気分がいい。心地よい高揚感を胸に彼女は立ち上がった。
メニューの時刻を確かめるとアリスとの遭遇から既に三十分近く経っていた。少し長すぎる休息だったかもしれない。急がなくては。
立ち上がり、今度は空ではなく下に視野を向けた。アメリカのビルディングが街並みが朝陽に照らされている。
明るくなったことで不明瞭だったエリアの姿も見渡せた。闇の中では少しおどろおどろしく見えたそこも、そのヴェールを脱げばただの街だ。
何だこんなものなのか、と思わなくもなかった。
「……っと」
アスナは羽を展開すると、そこから一歩踏み出しその身をゆっくりと落としていった。
移動するに当たって、先ずはトリニティを探し出さなくてはならない。次にあの危険なアリスを追撃だ。
そう思いある程度の高度を保ちながら乱立するビルの谷間を探してみる。
が、トリニティの姿は見当たらない。
危険を承知で呼びかけて見るが、ひゅうひゅうと風が通り過ぎるのみで返事はなかった。
しばらく捜索を続け、そしてそれが空振りに終わったのを知ると、アスナは滞空制限もあり一先ず地面に降り立った。
空を刺すように乱立するビルの影の下、腕を組んで状況を考える。
これだけ探しても居ないということは、恐らくこの近くにトリニティはいまい。
建物の外でなくビルの中に居る為分からないという可能性もあるが、それにしたって彼女の方からも自分を探しくれているだろうし、こうして飛んでいる自分に気付かないのは不自然だ。
そう思考を働かせている内にアスナは脳裏にぞっとする像が過った。
昂揚の熱が冷め、みるみる内に凍るような戦慄が胸を支配する。恐慌が意識を鋭く抉りアスナは思わず額を抑えた。
死、だ。
今思い浮かべたのは、トリニティの死。
何故彼女が返事をしないのか。もしや彼女はもう死んでしまっているのではないか。だって死人は何も語らない。語れない。
ジャバウォックから受けた一撃がそのまま致命的なものとなり命を落とした。
あるいは高高度からの転落によるダメージが原因か。
もしかしたら自分があの屋上で座り込んでいる間にあのアリスに再度遭遇し殺されたか。
様々な可能性が思い浮かび、そしてその度に氷のナイフで疲れたかのような痛みが彼女を襲う。
あのアインクラッドで何度も目の当たりにした仲間の死。あの時抱いた痛切な想いがフラッシュバックした。
もっと早く気付いてもよさそうなことの筈なのに、何故自分は今の今まで思い至らなかったのか。
自分の安寧の為に厭なことを意識内から締め出していたか。もう大丈夫だと思い込む為に。
それは逃げではないか。
「……違う!」
思わず叫んでいた。冷たいビル群の中、一人彼女はその身を震わせた。
「……逃げてなんて、いない」
喉奥から言葉を絞り出し、彼女はきっと街を睨み付けた。
灰色のビルの森。どこにも見えないトリニティの姿。この場で取るべき行動は何か。
とりあえずもう少しトリニティの捜索範囲を広げてみるべきだろう。飛ぶことができるALOアバターの機動力ならばエリア中を探し回ることだってそう難しくはない。
そしてそれと並行してやらねばならないことがある。
「危険なプレイヤー……あのアリスみたいなのを探し出して――」
殺す。そう、彼女は呟いた。
これからはトリニティが既に命を落とした可能性も視野に入れて行動しなくてはならない。
そして危険なプレイヤーは躊躇いなく排除する。その重さからも逃げるつもりはない。
それでも、それが必要であるのならば。
アスナは決意を固めると、魔剣をオブジェクト化させ強く握りしめた。
これは力だ。この剣を振るいもう一度現実へと帰還する。
「だから、行くわ」
彼女はその言葉と共に空へと飛び立った。
黒く蠢く魔剣を携えて。
【G-8/アメリカエリア/1日目・早朝】
【アスナ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP60%、MP80%
AIDA感染
[装備]:魔剣・マクスウェル@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、死銃のレイピア@ソードアート・オンライン、クソみたいな世界@.hack//
[思考]
基本:この殺し合いを止め、無事にキリトと再会する
1:殺し合いに乗っていない人物を探し出し、一緒に行動する。
2:アリスを初めとする危険人物は排除。
3:トリニティの捜索。
[備考]
※参戦時期は9巻、キリトから留学についてきてほしいという誘いを受けた直後です。
※榊は何らかの方法で、ALOのデータを丸侭手に入れていると考えています。
※会場の上空が、透明な障壁で覆われている事に気づきました。
横についても同様であると考えています。
※トリニティと互いの世界について情報を交換しました。
その結果、自分達が異世界から来たのではないかと考えています。
※トリニティが既に死んでいる可能性も考慮しています。
最終更新:2013年10月09日 12:12