1◆


 月見原学園に設置されていたダンジョン・【月想海】の第一層である【七の月想海】を攻略したレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイは、ガウェインと共に太陽の光を浴びている。
 エネミーやフロアボス達を撃破したことでポイントが手に入ったことを確認してから、レオは悠々自適に月見原学園の廊下を歩いている。かつ、かつ、かつ、と心地よい足音を響かせながら、見なれた風景を眺めていた。
 ここが殺し合いの場に備えられた場所だと言われても、やはり実感が湧かない。何故なら、この学園はバトルロワイアルを潰す為に設立された対主催生徒会の拠点となるのだから、争いが起こることがあってはならないのだ。
 18:00を過ぎれば交戦禁止エリアでなくなり、学園で戦闘行為をしたプレイヤーに対するペナルティが無くなってしまうようだが関係ない。この目が黒い内は、如何なる戦いだろうと許すつもりはなかった。
 今は、一刻も早く帰らなければならないとレオは考えている。あまり遅くなっては、サイトウトモコとジローの二人が心配するだろうから、王としてそれはさせる訳にはいかなかった。
 二人はこの学園のどこにいるのだろうか。そう思ったレオは、すぐ近くにいる女子生徒に声をかける。自分を見てもそこまで動揺をしなかったのだから、彼女はNPCだろう。
 それなら、そこまで警戒する必要はない。いつも通りに振る舞えばいいだろう。
「レオ先輩、こんにちは!」
「御機嫌よう。少し、お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「はい、何でしょうか? 気になることがあるのなら、何でも聞いてください」
「ええ。僕は今、ある人を捜しているのです。野球服を着ている男の人と、小さな女の子を見かけませんでしたか?」
「男の人と女の子……? ああ、その二人でしたら保健室に向かっていくのをさっき見ましたよ」
「保健室ですか。教えて頂いたことに、感謝します」
「いいえ、こちらこそ!」
「それでは」
 女子生徒は温かい笑顔を向けてくるので、レオもにこやかに笑う。
 それから一礼して、レオは女子生徒の元から去っていった。
 恐らく、間桐桜から特製弁当を貰いに行っているのだろう。このモラトリアムの期間中ならば、どんな参加者でも一つは貰えるようになっているのだから。
 彼女の作った特製弁当はとても有難い。サーヴァントのHPを大幅に回復してくれるだけではなく、あらゆる不利状態を解除してくれる。
 貴重な回復アイテムを手に入れることができるのは実に僥倖だった。
(一人一個。ということは、今は三つも手に入れることができるようですね。ハセヲさんも早い内に戻ってきてくれれば、もう一つゲットです。そういえば、ハセヲさんは無事でしょうか……何事もなければいいのですが)
 ファンタジーエリアに向かったハセヲという少年のことを、レオは考えた。
 このような場所で何事もなく過ごすなんて不可能だ。それ自体はレオもわかっているが、やはり気になってしまう。
 ハセヲ自身もただのプレイヤーではなさそうなので、あまり心配する必要もないかもしれない。そんなことになったらハセヲに失礼だろうし、ジローやトモコの二人にも示しがつかないだろう。
 王として人々を導くのであれば、弱い姿など見せられなかった。民のことを気遣うことは大切だが、それは不安になることではない。
 王が弱気になっては民も不安になるだけでなく、そう遠くない未来に国自体も崩壊してしまう。
(ハセヲさん、僕達はあなたの帰りを待っています。あなたが再び僕達の前に姿を見せてくれることを、信じていますよ)
 だからレオは、どこかにいるはずのハセヲを思い出しながら太陽を眺める。
 彼がこの空の下で何を見て、何を考えていて、何をしているのか。レオには知ることができない。
 だけど、どこかで強く生きているはず。それを信じながら、保健室に向かって進んでいた。
「ありがとう、間桐さん!」
 そして保健室まであと数メートルになった瞬間、ジローの声が聞こえてくる。
「こんなおいしそうな弁当が貰えるなんて、俺達はツイてるよ!」
「いいえ、これも私の仕事ですから」
 続くように桜の話声も耳に届いた。
 会話から察するに、やはりジローは特製弁当を貰っているのだろう。そして、自分を待っている間に何気ない世間話をしているのかもしれない。この時間なら、モラトリアムが開始されている学園は安全地帯なのだから。
 唯一の不安はペナルティを恐れない危険人物だが、そんな相手への対策はこれから考えればいい。
 ジロー達が安全でいることに笑みを浮かべながら、レオは保健室の扉を開いた。
「皆様、生徒会長はただいま戻りました!」
 大空で輝く太陽に匹敵する程に朗らかな声でレオは叫ぶ。
 保健室の椅子に座っている三人の視線を集めるのに、充分な声量を誇っていた。
「レオ!」
「ご無沙汰しております、ジローさん。お元気そうで何よりです」
「……俺達ってそんなに別れていたっけ?」
「さて、どうでしょうか? 少なくとも、ここは感動の再会と行こうじゃありませんか」
 ジローの疑問を軽く流しながら、レオは保健室に足を踏み入れる。
「レオお兄ちゃん! 大丈夫だった?」
「ええ、僕達は大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
 ぱあっ、と明るい笑顔を浮かべながらトモコは抱きついてくる。
 それに答える為、レオは小さな頭を優しく撫でた。
「凄いね、お兄ちゃん達は! 難しそうなダンジョンをクリアするなんて」
「お褒め頂き、光栄です。でも、生きて皆の元に帰るのも王の務めです。それに、ダンジョンのエネミーを倒したのは僕ではなくてガウェインであることも、お忘れないように」
「それが、私の使命ですから」
 ガウェインが頼もしい笑みを浮かべながら頷く。
 レオはトモコの小さな体躯を離して、桜に振り向いた。
「サクラもお元気そうで何よりです」
「ありがとうございます。でも、私達NPCは体力の消耗や体調不良に陥るようなことはまずありません。余程のことはない限りは」
「ははっ、それはとても結構ですね」
 桜の言う『余程のこと』とは、NPC全体を構成するプログラムに何らかの異変が起きた時だろう。そして、そんな機会など滅多に訪れないはずだ。
 これだけの規模の施設を丸ごと再現しているのだから、その為に使用しているシステムにも厳重なプロテクトがかかっているだろう。どれだけの規模かはわからないが、今の状態で達向かうのは無謀としか言えない。何の道具も持たずに、エベレストの山頂を目指しに行くような物だ。
 そもそも、詳細のわからない相手をどうやって攻略すると言うのか。この殺し合いを打倒する明確な手段だって見つけていない現状では、運営の穴を突くなんて夢のまた夢。
 尤も、道は困難だからこそ乗り越える甲斐があるのだが。
「そうだ、レオ。ちょっといいか?」
 レオが運営に対する闘志を更に燃やしている最中、ジローの声が響く。
 それを聞いたレオは思考を中断させて、ジローに顔を向けた。
「おや、ジローさん。どうかしましたか?」
「いや……その、さっきのことを謝ろうと思って」
「さっきのこと?」
 レオは尋ねるが、ジローの申し訳なさそうな表情を見てすぐに察する。
 そういえば、ダンジョンへ向かう少し前に彼のことを怒らせてしまった。その後に去ったジローのことをトモコに任せていたのだった。
「ああ、それでしたら大丈夫ですよ。それにさっきのことは、僕の方こそ不謹慎でしたし」
「それでも、俺はレオに八つ当たりをしちゃった。レオは俺のことを仲間だと思ってくれていたのにさ……情けないよ、本当」
「言ったはずですよ。僕の方こそ不謹慎だったと……どうやら、お互い反省しているようですし、今回のことは喧嘩両成敗ということにしましょう。無理に引っ張っていても、場の空気が悪くなるだけですから」
「……そうだな。これから、気をつければいいよな」
「ええ、その通りです」
 ばつが悪そうな笑顔でジローは答える。
 今回のことはレオにも反省するべき点があった。西欧財閥の次期当主として、そして完全たる王になる為に様々な教育を受けてきたのだから、この場でも王であるべきだった。そして王の称号を背負うからには、民に不満を抱かせることなどあってはならない。
 それなのに、ジローを怒らせてしまったのは完全なミスだ。彼の気持ちを理解するべきだったのだ。
岸波白野のサーヴァントも、彼の騎士王は人のまま王となったと言っていましたね……ならば僕も、王である以前に人としても生きる必要があるようですね。人の気持ちがわからない王が治める国など、謀反が起こるだけなのですから)
 このバトルロワイアルでも王として生きるのならば、まずはジロー達の気持ちも知らなければならない。彼らのことも理解しなければ、真の団結などできるはずがなかった。
 もしもここで、対主催生徒会の一員である彼らのことを理解したかと問われたら、間違いなくレオは首を横に振るだろう。彼らと過ごした時間はそこまで長くないし、また彼らのことについても知らないことが多すぎる。
 しかし、それなら知ればいいだけだ。仲間である彼らのことを学べばいいだけだ。そうすれば彼らのことを理解できるし、また彼らだって自分のことを知ってくれるはず。
 それもまた、王たる自分のさだめなのかもしれない。そう、レオは確信していた。
(白野さんにアーチャー、そしてガウェインにジローさん……ありがとうございます。あなた達のおかげで、僕はまた大きくなるきっかけを掴めそうです)
 どこかにいるはずの岸波白野と彼と共に戦い抜いたアーチャー、そして目の前にいるジローとガウェインにそう告げる。
 また一つ、学ぶことができた。敗北を知り、そして生まれ変わった自分がより高みに迎えるようになったのだ。
 失敗を嘆くことだけなら誰にでもできる。王も己の行いに悔む時があるだろう。だが、王の使命は民に謝ることではなく、どうすればもっと民が幸せになれるのかを考えることだ。
 そうすれば、民だって生きる力を取り戻してくれるし、国も更に繁栄するだろうから。
(白野さんという人に出会い、戦い、そして負けることができてよかった。感謝してもしきれないくらいです。彼には……)
 白野との輝かしい思い出を思い返そうとする。
 だが、その瞬間にレオは白野という人物に対して一つの違和感を抱いた。
(……彼? 白野さんは男だったはず……でも、どうして少女の姿が思い浮かんでしまうのでしょう?)
 彼、という言葉が出たので岸波白野という人物は男。それ自体に間違いはない。岸波白野という人物は、月見原学園に通う男子生徒の一人だという記憶が残っている。
 だがしかし、同時に少女の姿も脳裏に浮かび上がっていた。顔立ちがそれなりに整っていて、整った長髪が特徴的な女子生徒。彼女の名前も岸波白野であると、記憶に残っている。
 一体これはどういうことなのか。同名の他人がいたという話なんて聞いたことがないし、どちらか岸波白野の名前を騙った偽物であった記憶もない。
 疑問は更に深まっていき、レオは記憶の糸を辿ろうとするが……
(それに白野さんのサーヴァントはアーチャー……ですよね? でも、セイバーをサーヴァントにしていたような……いや、もしかしたらキャスターだった?)
 考えれば考えるほど、白野の謎は更に増えていく。
 かつてガウェインが忠誠を誓っていた騎士王に関する話をしたサーヴァントは、アーチャーという白髪の男だ。彼との戦いは心に強く残っているし、これから決して忘れることができないだろう。それを嘘だったなんて、決してあり得ない。
 だが同時に、赤いドレスを纏ったセイバーという少女が、白野のサーヴァントだった記憶もある。しかも、彼女とガウェインが死闘を繰り広げた記憶すら強く残っていた。
 ならば、本当のサーヴァントはセイバーなのか? そんな答えが導き出されたが、それも正しいという確証がない。
 次の瞬間には、また別の記憶が溢れてくる。
 青い巫女服を着ているキャスターというサーヴァントだって、白野と共に聖杯戦争を勝ち抜いてきた。その少女にだって、ガウェインが敗れた覚えがある。
 また、どのサーヴァントであろうとも、その時にいたマスターである白野の姿も二つある。男の白野がいれば、女の白野だっていた。
 考えれば考えるほど、様々な結末が入り乱れる。どれが本当の記憶なのか。また、どれか一つの結末を選んだとしても、他の五つを偽りだと切り捨てることに強い抵抗を抱いてしまう。
 全てがレオにとってかけがえのない思い出なのだから。
(どうやら、僕一人の手には負えそうではありませんね……我ながら情けないことですが)
 いてもたってもいられなくなったレオは、傍らに立つガウェインに訪ねることにした。
「ガウェイン、少しお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「何なりと、お聞きください」
「では聞きましょう。白野さんは男か女のどちらだったでしょう? あと、白野さんのサーヴァントをガウェインは覚えていますか?」
 単調直入に、レオはそう尋ねた。
 ガウェインは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。無論、それはジロー達だって例外ではない。
 その反応は至極当然だとレオ自身も理解している。最後に戦った相手のことを思い出せないなんてありえない。どんな嘲りだって受け入れるつもりだ。
 ただ今は、この胸に宿る疑問を解消したい。その一心でガウェインを頼りにしていたのだ。
「レオ。貴方は今、何と……?」
「だから、聞いているのです。白野さんと白野さんのサーヴァントについて……」
「まさか、覚えていないと言うのですか?」
「僕自身も信じられないと思っています。あの人のことや、あの人との戦いを忘れるなんてあってはならないでしょう……」
「なら、何故……?」
「僕の中で、白野さんに関する情報があやふやになっているのです。白野さんの性別や、白野さんのサーヴァント……その思い出が、霧がかかったようにモヤモヤしています」
「そんなことが……!」
「ですので、ガウェインに聞きたいのです。貴方の記憶に残っている、白野さんに関する全てを」
 信じられないと言った様子で口を震わせるガウェインに、レオは真摯な表情で答える。
 きっと、ガウェインは心の中で深く傷付いているだろう。絶対の信頼を寄せているマスターが、何の前触れもなくこんなことを言い出したのだから。
 それがわかった上で、レオはこのまま放置していいとは思えなかったのだ。
 数秒の沈黙が部屋中に広がった後、ようやく平静を取り戻したのかガウェインは口を開いてくれた。
「……わかりました。それでは、お答えしましょう」
「お願いします」
「岸波白野とは……」
 ようやく白野のことがわかる。そんな希望がレオの胸に芽生えていた。
 ガウェインからの答えを待つ。だが、待ち焦がれていた言葉が彼から聞けることはなかった。
「どうかなされたのですか、ガウェイン?」
「……」
「ガウェイン?」
 ガウェインは何も答えない。
 その表情がどんどん曇っていくのを見て、レオは一つの懸念を抱いた。
「まさか、ガウェインも……?」
「……申し訳ありません、レオ。岸波白野に関して思い出そうとしたら、いくつもの人物が頭の中に出てきてしまいます。男の岸波白野と女の岸波白野。そして、その二人が使役するサーヴァント達の顔も」
「やっぱり……!」
 その事実にレオはショックを受けた。
 自分だけでなくガウェインまでもが同じ状況に陥っている。これがただの偶然とは思えなかった。
 他に白野について知っている人物と言えば、この場には桜しかいない。
「サクラ。もしかしたら、貴女も僕達のように白野さんに関する記憶が曖昧になっているということは、ないでしょうか?」
「ごめんなさい。今の私には、プレイヤーの情報をお答えできる権限が与えられていないのです。でも、図書室に行けば何かわかるかもしれませんよ」
「……言われてみればそちらの方が確実ですね。わかりました、ありがとうございます」
 桜が言うように、この学園には図書室がある。
 そこに行って岸波白野について調べれば真相が明かされるかもしれない。
「お、おい! レオ達はさっきから、何の話をしているんだ?」
「ジローさん、僕達はこれから図書室に行って調べ物をしようと思っています。詳しい話はそちらの方でしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「えっ? 俺は別に大丈夫だけど……」
「了解です。トモコさんも大丈夫でしょうか?」
「私なら大丈夫だよ!」
「それは良かった」
 ジローとトモコからの承諾を得られたので、レオは笑顔で答えた。
「それではサクラ、色々とありがとうございました。また、後ほど」
「ええ。また会えることをお待ちしています」
 殺し合いという状況からにはまるで似合わないような優しい笑顔を、間桐桜という少女は向けてくれる。
 彼女の為にも、尚更倒れる訳にはいかなくなった。例えこの学園にいるNPC達が運営によって作られた精巧な贋作だろうと、レオはそれを受け入れる。彼らのことだって、対主催生徒会のメンバーにできるように改竄すればいいだけだ。
 そんな新しい決意を胸に抱きながら、この地で出会った仲間達を先導するように廊下を進んでいった。


          2◆◆


 月見原学園の図書室で調べ物をしているレオの背中を、ジローはトモコと共に見守っている。
 レオが言うには、ここは普通の図書室ではないらしい。調べたいことに関係するキーワードさえ入力すれば、その情報がすぐに見つけられるようだ。
 本も必要ないのは便利だと思うが、ならば棚の中にある大量の本は意味があるのだろうか? そんなことをジローは考える。
(それにしても、カウンターに座っているあの女の子の名前……間目 智識だっけ? いくら何でも、そのまんますぎると思うぞ……)
 調べ物をしているレオの前でにこやかな笑みを向けている少女は、間桐桜と同じこの学園に設置されたNPCの一人らしい。なので、危険人物ではないことは確かだ。
 まめ ちしき。いくら実在の人物でないからと言っても、もう少し違う名前があるはずだ。これでは彼女が可哀想だ。
 しかし、当の本人はそんなことなどおかまいなしに微笑んでいる。そんな間目 智識という少女の姿が、ジローには健気に見えてしまった。
「……まさか、こんなことがあるとは」
 これまで調べ物に没頭していたはずのレオが、唐突に口を開く。
 彼の声はほんの少しだけ震えていた。これまでの態度からは想像できないような動揺が感じられる。
 レオは振り向く。やはり、彼は深刻な表情を浮かべていた。
「レオ、どうかしたのか? さっき言っていた白野って人について調べることができなかったのか?」
「いえ……白野さんについてのデータはすぐに見つけられました。ただ……」
「ただ?」
「……僕が説明するよりも、その目で見た方が早いと思います」
 レオは表情を曇らせたまま横に移動する。
 何が何だかわからないが、その空いたスペースにジローとトモコは入り込んで、ディスプレイに書かれた文字を見始めた。



《岸波白野/Kishinami Hakuno》
 登場ゲーム:聖杯戦争
 聖杯「ムーンセル・オートマトン」の所有権を奪い合う戦いに優勝したマスター。
 個性に乏しく、平行世界によっては性別や従えるサーヴァントさえも異なるが、総じてその性格は漢らしい。
 逆境を乗り越える為の観察眼はとても高く、サーヴァントに合わせて戦闘スタイルを変えられる柔軟さも持っている。



「…………」
 ディスプレイに書かれた情報は、ジローにとって理解できるものではなかった。
「驚きましたよ。白野さんについて調べてみたら、まさかこんな奇天烈な答えが出てくるなんて……全く、どうしたことか」
 レオは深い溜息を吐く。
 彼もこのような答えは予測していなかったのだろう。こんな情報では、納得するどころか逆に疑問が膨れ上がるだけだ。
「なあ、レオ。書いてあることに間違いがあるってことはないよな?」
「残念ですがそれはあり得ません。この学園の設備は完璧です……僕の記憶が正しければ、滅多なことでミスなど起こらないでしょう」
「そっか……」
 レオが言うように嘘を書く意味などない。そんなことをしたって、殺し合いの役に立つ訳がないのだから。
 それでも、表示された結果には意味がわからない部分も含まれている。それをただ受け入れることなど、ジローにはできなかった。
「白野さんって人は本当に性別がわからないのか?」
「僕の記憶だと白野さんはニューハーフではなかったはずです。それに、あの人がそんな振舞いをするなんてありえません」
「やっぱり」
「でも、もしかしたら、僕達にその事実を隠していた可能性だってあります……誰にだって一つくらいは知られたくない事情がありますし」
「……流石にそれは無いと思うぞ?」
 未だに深刻な表情で悩んでいるレオに、ジローはジト目で突っ込む。
 顔も知らない相手をニューハーフだと決め付けるのは、いくら何でもあんまりだ。もしも本人がここにいたら、レオの言葉に激怒するかもしれない。
 この話は胸の中にしまっておこう。ジローはそう誓った。
 数秒間、沈黙の空気が図書室に広がっていく。それをぶち壊したのはレオの言葉だった。
「他に考えられる可能性と言えば、白野さん本人に何かがあったのでしょう」
 レオはそう語る。
「何かって、何だよ?」
「榊という男は、白野さんのアバターに何らかの仕掛けを施したと思います。それに合わせて僕やガウェインの記憶も操作して、図書館に乗っている一部の情報も改竄した……尤も、これもただの仮説に過ぎませんが」
「記憶を操作するって、そんなことができるのかよ!?」
「普通なら有り得ないでしょう。ですが、運営は別々の世界に生きている僕達を一つの空間に閉じ込めて、更に全員の身体にウイルスを仕込むほどの高い技術力を持っています。プレイヤーのデータを書き換えることができたって、おかしくないでしょう」
「……た、確かに」
 レオの考案を聞いて、ジローは軽く頷いた。
 人の記憶を自由自在に操作する。そんなファンタジーの世界に出てきそうな現象なんて、普通ならあり得ないだろう。でも、この世には呪いのゲームだって存在しているのだから、人間の脳を操る方法があっても不思議ではない。
 もしかしたら、あのツナミグループだって人の記憶を操作する技術を持っているかもしれなかった。
「まさか、俺達にもレオと同じことをされているってことは……ないよな?」
「それはわかりません。これはあくまでも僕達だけの特殊なケースかもしれませんから、ジローさんはあまり深刻に考える必要はないかもしれませんよ」
「そうだな……記憶を操られるなんて、考えるだけでもゾッとするし」
 大切な人との思い出を誰かに消されてしまう。そんなことをされると考えただけでも、怖くてたまらない。
 もしもパカと過ごしてきた日々を誰かに消されてしまったら、きっと自分は自分でなくなってしまう。パカが自分に助けを求めたとしても、どうすることもできなくなる。
(俺はパカのことを忘れたりなんかしない! パカとの出会いも、パカとの時間も、パカの声も、パカの仕草も、パカの笑顔、パカの涙……そして、パカとの思い出も! パカ、俺はお前の所に戻る! だって、俺はまだお前とやりたいことがたくさんあるから!)
 ここにいない彼女と過ごした証は、確かにここにある。
 それがある限り、パカのことを忘れるなんてありえなかった。
 ジローはパカとの時間を脳裏に思い浮かべて、それら全てを胸に刻む。彼女のことをいつでも思い出せるように。
 そして、それを前に進む為の力にも変えられるようにして。


 筋力が 3上がった
 技術が 4上がった
 信用度が 7上がった
 『不眠症』が 治った!


          †


 当面の活動方針は、図書室で情報収集をすることになった。
 まず、ジローから様々な情報を聞いて、それをここで調べる。そして、ある程度集まったら情報を纏めて、運営に立ち向かうヒントを考える。
 そう、レオは決めたのだった。
(白野さんのことは気になりますが、ここにいない人のことを考えていても仕方がありません。会ってから、本人に聞くしかないでしょう)
 恐らく、この仮想世界のどこかに岸波白野はいる。凛やラニだっているのだから、白野がいてもおかしくなかった。
 もしかしたら、聖杯戦争で敗れ去ったマスターとサーヴァント達だっているかもしれない。デリートされた自分だってこの世界にいるのだから。
 彼らのことも気になるが、どこにいるかわからない。対策を立てるのは目撃情報が得られてからでいいだろう。
(それにトモコさん……いえ、スカーレット・レインさんからも色々とお聞きしたいことがありますが、そのタイミングを考えなければなりませんね)
 あどけない表情でジローと世間話をしている少女・サイトウトモコのことを、レオは見つめる。
 先程、改竄の為にトモコのウインドウを操作した際、ほんの一瞬だけとはいえ『スカーレット・レイン』という名前が見えた。
 その名前を二人に知られないように調べてみると、レインというアバターに関する情報が表示された。


《スカーレット・レイン/Scarlet Rain》
 登場ゲーム:Brain Burst 2039
 ブレイン・バーストにおけるレギオン『プロミネンス』の二代目レギオンマスターであり、赤の王と呼ばれている。
 「不動要塞(イモービル・フォートレス)」「鮮血の暴風雨(ブラッディ・ストーム)」などの異名を持つ。
 遠隔攻撃型に属する“赤”の王らしく、強力な火器で敵を圧倒する遠距離砲撃に特化した戦闘スタイルをとる。


 もしかしたら、サイトウトモコとは彼女の現実での名前で、インターネットではスカーレット・レインという名前のアバターかもしれない。
 そして、自分達に見せているあどけない姿も演技である可能性が高い。何故なら、学園内のメンテナンスが行われた際、ほんの一瞬だけ彼女の口調が変わったのだから。
(彼女がハセヲさんや僕達に見せているのは仮の姿。でも、メンテナンスの時に見せた姿が、彼女の本当の姿なのでしょう)
 レインが何故、自分達に猫を被って接しているのかはわからない。
 生き残る為に利用をしようと企んでいるのか? また、利用をし尽くした後はどうでるのか?
 これまでのように一緒にいてくれるのか、それとも攻撃を仕掛けようとしてくるのか……それはレオにもわからない。
 ただ、できることなら戦いたくはなかった。生徒会副会長をこの手で斬るなんて嫌だし、まだ若い少女の未来を潰すのは王のやることではない。
 今は『サイトウトモコ』としての彼女と接するしかない。ガウェインもそれを了解してくれた。
 対主催生徒会に対する裏切りなど、レイン本人が余程のことをしなければという条件付きで。
 もしも下手に彼女の本性を暴くようなことをしたら、何をされるかわからない。本性を見せるだけならまだいいが、もしも逆上などされたら余計な体力を消耗してしまう。
 レイン本人に関するキーワードを検索するのは、彼女からの確実な信頼を得てからだ。
(レインさん……いえ、トモコさん。貴女が何を考えているのか知りませんが、僕達は貴女のことを信じていますからね……)
 不意に、ジローと話していたレインは……いや、サイトウトモコはレオに振り向いて、そして笑顔を見せる。
 レオはそれに答えるように、優しく微笑んだ。



【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・午前】


【チーム:対主催生徒会】
[役員]
会長 :レオ・B・ハーウェイ
副会長:サイトウトモコ(スカーレット・レイン)
書記 :空席
会計 :空席(予定:ダークリパルサーの持ち主)
庶務 :空席(予定:岸波白野)
雑用係:ハセヲ(外出中)
雑用係:ジロー
[チームの目的・行動予定]
基本:バトルロワイアルの打破。
1:(レオの)理想の生徒会の結成。


【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP35%、小さな決意/リアルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、不明支給品0~2(本人確認済み)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:今は図書室で情報を集める。
2:トモコちゃんの事も、可能な限り守る。
3:『オレ』の事は、もうあまり気にならない。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。


【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%、(Sゲージ0%)、健康/通常アバター
[装備]:非ニ染マル翼@.hack//G.U.
[アイテム]:インビンシブル@アクセル・ワールド、DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)、赤の紋章@Fate/EXTRA、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:情報収集。
1:一先ず猫被ってハセヲやレオに着いていく。
2:ジローに話し合いで決まったことを伝え、レオの帰還を待つ。
3:レオに対しては油断ができない。
4:自力で立ち直ったジローにちょっと関心。
[備考]
※通常アバターの外見はアニメ版のもの(昔話の王子様に似た格好をしたリアルの上月由仁子)。
※S(必殺技)ゲージはデュエルアバター時のみ表示されます。またゲージのチャージも、表示されている状態でのみ有効です。


【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP25%、令呪:三画
[装備]:ダークリパルサー@ソードアート・オンライン、
[アイテム]:桜の特製弁当@Fate/EXTRA、トリガーコード(アルファ)@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:853ポイント/0kill
[思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
0:今は図書室で情報収集をする。
1:本格的に休息を取り、同時に理想の生徒会室を作り上げる。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:状況に余裕ができ次第、ダンジョン攻略を再開する。
5:ダークリパルサーの持ち主さんには会計あたりが似合うかもしれない。
6:もう一度岸波白野に会ってみたい。会えたら庶務にしたい。
7:当面は学園から離れるつもりはない。
8:岸波白野と出会えたら、何があったのかを本人から聞く。
9:トモコに関する情報を調べるタイミングは慎重に考える。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP130%(+50%)、MP85%、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
※岸波白野に関する記憶があやふやになっています。また、これはガウェインも同様です。
※トモコの名前は偽名で、本名はスカーレット・レインであると推測しています。


074:Roots://殺戮のマトリックスエッジ 投下順に読む 076:廃園の天使_グランヴァカンス
074:Roots://殺戮のマトリックスエッジ 時系列順に読む 076:廃園の天使_グランヴァカンス
059:対主催生徒会活動日誌・1ページ目(準備編) レオ・B・ハーウェイ 084:対主催生徒会活動日誌・4ページ目(隙間編)
059:対主催生徒会活動日誌・1ページ目(準備編) ジロー 084:対主催生徒会活動日誌・4ページ目(隙間編)
059:対主催生徒会活動日誌・1ページ目(準備編) スカーレット・レイン 084:対主催生徒会活動日誌・4ページ目(隙間編)

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最終更新:2014年05月09日 01:44