ハセヲが顔を上げた時、そこには燃え盛る炎があった。
その腕から、その足から、その身体から、ごうごうと迸る蒼い炎。
その様はどこまでも恐ろしく、しかしどこまでも美しい――

「あれ、は」

おぼろげな意識の中、ハセヲは一つの光景をフラッシュバックする。
黄昏色の衣装。双剣。蒼。そしてあの佇まい――あれはそう、一度相対したことのあるものだ。
何とか退けた、異常な力――

否。
あれはあの時の炎よりずっと恐ろしい。
必死になって退けたあれも、目の前のこの炎に比べれば、単なる模造品にしか過ぎないだろう。
ハセヲは似た力をを知るが故にぞっとする心地だった。

純粋なる蒼。
燃え盛る炎。

彼こそまさにAzure――蒼炎の名を冠するに相応しい。

「機能、拡張(エクステンド)なのか?」

呆然とハセヲは呟いた。
機能拡張――エクステンド。
元あるPCの機能を広げ、新たる力を勝ち得ること。
あの炎は何かを得たのだ。そして、エクステンドへと至った。

何の為にか。
どうしようもない「敵」を討つために。

「今の現象、あの天使と同じ……!」

憎々しげにつぶやきを漏らす男が居た。
彼は苦しげにその胸を押さえている。何かを奪われた彼の身が明滅する。
その隙を、蒼炎が見逃す筈もなかった。

かちゃ、と音がした。
それが蒼炎が剣を構える音だと分かった次の瞬間、

「行くぞ!」

蒼炎が世界を駆け抜けた。
蒼く燃える刃が男へと迫る。一閃、一閃、一閃、蒼炎が「敵」を切り刻む。

男はそれを何とか防ごうとするが、できない。
自分そのものを書き換えられ、そして奪われた彼は、先のような法則外の力を振るうことができない。
受け止めようにも、その肌はもはや刃を弾くことはない。
法則に従い、あるべきように傷を受ける。

その様をハセヲはただ見惚れるように眺めた。
目を疑うほど恐ろしく、戦慄するほど美しく、純粋なまでに蒼い。
あれこそまさに――蒼炎の守護神と呼ぶに相応しい。

「何だ、この力は……!」
「――――」

困惑する男を蒼炎が圧倒する。
目にもとまらぬ速さで刃を振るい、
全てを焼きつくす蒼い炎が肉を情報ごと焦がす。

何時しか男は完全に蒼炎に翻弄されていた。
反応するよりも速く、炎が来る。蒼い刃がその身を抉る。
届かない――そうなるよう、情報を書き換えられていた。

「――――」

刃振るう蒼炎はそこでざっと引いた。
とん、と音がした。男より距離を取り、その身を屈めた。
力を溜めている。そう思った、次の瞬間、

「何を……!」

蒼炎が爆発した。
勢いを付け蒼炎が突き進み、刃が交錯する。
男は反応できない。ただ切り刻まれるのみ――

これで終わりだ。
蒼炎が雄々しくそう叫ぶのが分かった。
かっとその瞳が見開かれ、刃と刃が重ねられる。

男の顔が歪むのが分かった。
傷つき行く自分の身体と、迫りくる圧倒的な蒼炎から、彼は知ったのだろう。
いま、自らが肉薄している途方もないものに。
呑み込まれゆく炎の意味を以てして、彼がついぞ覚えたことのない感覚を知ったに違いない。

他でもない死の恐怖、を。
彼は知ったのだ。

切って、斬って、刻まれ、そうして三筋の爪痕が走る。
ごうごうと炎は渦を巻く。その炎は世界を埋め尽くす。

【三爪炎痕】

……その様は、どういうことか、ハセヲが追い求め、そして打ちのめされた真実の姿に酷似していた。











アウラが与えた力、データドレインとは対象となる存在に大量の空ファイルを無理やり上書きし、書き換え、吹き飛ばしたデータをアイテムへとコンバートするスキルだ。
一たびそれを受ければ、蓄積された経験や収集したデータを全て失いかねない。
情報そのものが肉であり、自分そのものであるAIにとってそれはこの上ない恐怖となる。
対象となった情報を抉り取り、改竄するその力は世界の法則の根本を揺るがしかねない。
それ故、この力が禁忌であることは、カイト自身理解していた。
理解した上で、覚悟を決めた。

そうして彼が得たものは何だったのか。
スミスが受けたデータドレインが弾き飛ばしたものは何だったのか。
それはスミス自身が奪い、蓄積してきたデータだ。
暴走し、システムの支配を受けなくなって以来取り込んできた情報を、初期化される。
その中にはネオ――プログラムされた救世主の力の欠片もあった。

無論、その全てを初期化するにはデータドレインといえどあまりにも容量が大きすぎた。
マトリックスと呼ばれる世界のほぼ全てを取り込んだスミスの容量は既に世界一つと遜色ない。
無数のうちの一体に過ぎないとはいっても、彼らが同一の存在である以上、そのデータを全て弾き飛ばすことはできない。

しかし、それでもカイトは得た。マトリックスにおける法則を捻じ曲げる力、救世主の力の一片を。
その力をカイトの知る世界の言語にコンバートした結果、力が機能拡張(エクステンド)という形で現れた。
処理の際大部分のデータは欠落しているものの、世界を救う唯一無二の力の一片をカイトはその身に宿したのだ。

そうしてカイトは蒼炎の力を得た。
その姿となったのは、決して偶然ではないだろう。
あの姿こそ、カイトの、そしてアウラの世界にとっての救世主として、この上なく相応しいのだから。












そうして、男は倒れていた。
その姿を蒼炎は見下ろしている。
彼以外が倒れ伏した世界は静かだった。
ばちばち、と燃え盛る蒼炎だけがこの空に響いている。

倒れ伏すスミスをカイトは無言で見下ろしていた。
燃え盛る蒼炎は彼の身すら焦がし、とてつもないエネルギーが次なる行動を急かしている。
が、カイトの心は寧ろすっと冷えていた。

渦巻く蒼炎に身を置きながらも、
カイトは決して力を濫用しようとは思わなかった。
寧ろ迷ってすらいた。

データドレインを喰らい、多大なダメージを受けたスミスはもはや死に体だ。
一太刀浴びされば彼をこのゲームから排除することは容易だろう。

しかし、カイトは動かなかった。
ひゅー、ひゅー、と必死に息をするスミスを無言で見つめている。

「―――」

黒装束、桃色の髪、優しげな微笑み。
志乃の姿が思い浮かぶ。
自分は彼女に言った筈だ。
PKもPKKもさせない。みなで協力できる道を選ぶ。そう信じたい、と。
彼女はいま居ない。銀髪のプレイヤー――恐らくはハセヲだ――の様子を見るに、彼女はもう……

「―――」

赤い装甲、青い刃、迷いない剣筋。
ブルースとの対立がフラッシュバックする。
結局、彼が正しかったのだろうか。あの時自分が止めていなければ、今頃彼とも肩を並べていたかもしれない。

「―――」

今一度、眼下に倒れ伏すスミスを見た。
彼は人間ではない。八相と似た存在であることは、彼の口からも、そして彼と戦った感触からも分かった。
だが、それでもどうにか、他の道はなかっただろうか。
AIだからといって分かり合えない訳ではない。
ミアを討った時のエルクの叫びを思い出す。あの時も、自分は迷った末彼女を討った。
それを、また繰り返そうとしているのか――

がちゃ、と不揃いの双剣が音を立てた。
迷っている暇はない。この男は自分の「敵」なのだ。
そうやって互いを認識してしまった以上、もう遅い。

ごくりと息を呑み、カイトは双剣を構えた。
スミスを討ち果たすため、最後の一撃を与えんとする。
そうして刃を振るわんと一歩前に出でて――

「……え?」

――あり得ないものを視た。

動きが止まる。
覚悟を決めた筈の心が静止する。
だって、スミスの身体にぶれるように重なったノイズは、紛れもなく――

「ワイズマン?」

知った者の、彼の世界で共に戦った一人のプレイヤーだったのだから。
その姿がどういう訳かスミスに重なっている。無論、その感覚は蜃気楼のようなもので、よくよく目を凝らせばスミスの身体は依然としてそこにあるのだが、しかし漠然としたイメージが視界に明滅するのだ。
「敵」に決して「敵」でない者が重なっている。

そこでカイトは動きを止めてしまった。
迷い、ですらない。想定外の出来事に、短い時間であったとはいえ、意識を奪われてしまったのだ。
それはこの場では致命的な失敗だった。

この場に集った四つの力。
そのうちの二つは「敵」であるとしながら、ここに来て一つの存在を忘れてしまっていた。

死の恐怖を。
モルガナの妄念を一身に背負った尖兵を。
彼こそ、カイトを誰よりも迷いなく「敵」として認識していたというのに――

「-------」

不意に、カイトはその身が浮き上がっていることに気付いた。
覚えのあるその感覚に、カイトははっとして振り向いた。

「――スケィス!」

そこに居たのはスミスに吹き飛ばされた筈の白い第一相。
普通なら痛みで動けないであろうダメージも、それにとっては何の意味も持たない。
その手を掲げ、カイトをまっすぐに狙っている。

何とか動こうとするが、しかしもう遅い。
放たれたケルト十字に磔にされ、身動きが取れなくなっている。
スケィスもまたその手を掲げ、自分の腕輪と酷似した現象を発生させる。

――データドレイン。

貫かれ、吸われる。
先程スミスに放ったものを、今度は自分が喰らう番だった。

アウラの腕輪の加護があるカイトにとってデータドレインは幾分かその威力を殺される。
本来彼が保っていたステータス、レベル等は守られ、自己を失うということもない。
だが、脅威でないということは決してない。

PCのデータに干渉される。
結果、元より不安定な力であった蒼炎を、スミスより奪った救世主の力の欠片を喪うことになる。

渦巻いていた炎が消え、代わりにどっと重みが押し寄せた。
うっ、とカイトは苦悶の声を上げる。
ステータスを改竄され、身体がしびれ、意識が遠のき、記憶が混濁する。
動けない。「おい!」どこかで声がする。きっとハセヲだ。
自分はいま窮地に立っている。スミス、ハセヲとの戦いでダメージを負い、さらにデータドレインまで喰らってしまった。
分かっているが、しかしどうにもできない。そう、八相との戦いにおいては仲間の存在が不可欠だった。
少なくともミストラルのような、的確な回復をこなせるヒーラーの存在が。
しかし、今は居ない。
一緒に居た志乃はもう……

「ヤスヒコ」

カイトは歪む視界の中でその名を呼んでいた。
友の名を。自分を救うために倒れてしまった、蒼海の騎士をロールする親友の名を。
また一緒にサッカーをしよう。久しぶりに会えた彼はそう言ってくれた。

「遊び、たかったな。また」

悲しさとか、悔しさとか、そんなことを感じるほど余裕はなかった。
せめてアウラが託してくれたこの力だけは残さなくちゃ――ただ、そう思っただけで。



【カイト@.hack// Delete】












「くっ……」

スミスは重い身を引きずる。
あの異様な現象を受けた手足は鉛のように重く、言うことも聞かない。
まるで他人のそれになってしまったかのようだった。

「この屈辱……」

スミスは顔を憎悪に歪ませる。
先の四つ巴の一戦、ことを優位に進めていたのは自分の筈だった。
他の者を圧倒し、全てを取り込む――その筈であったのに。

突如として受けた情報改竄。
そして現れた蒼炎。
あの存在に、自分はなすすべもなくやられた。

結果として蒼炎は刈り取られ、その隙にこの身体は生き延びてはいるが、しかし敗走と言ってもいい結果だった。

どうしてこうなった。
その“理由”は……

「あの力、か」

腕輪より発せられたあの力。
あれをその身に受けたことで、こうも屈辱的な立場に甘んじている。

あれは明らかにあの天使の――今まさに拷問を強いている少女が使っていた力と同一のものだ。
やはり奪い取らねばならない。あれだけは、あの力だけは。

「……合流するか。“私たち”と」

スミスはその身を引きずる。
改竄の影響があるのはこの身体だけだ。
他の私と合流し、再度“上書き”を行えば元のステータスを取り戻せるかもしれない。

そう思いマク・アヌの街をスミスは行く。
自分そのものに干渉されること。その痛みを背負いながら。











四つ巴の戦いの末、一人は去り、一人は死んだ。
そうして残されたのは一対の死の恐怖。

ハセヲは蒼炎が消え去る様子を呆然と見ているしかできなかった。
何が起こったのか。
彼は未だに把握できていない。

「……何だよ」

しかし、目の前に立つもう一つの死の恐怖。
それが「敵」であることは疑いようがなかった。

「何なんだよ! お前は!」

虚空より双剣を引きずり出し、構える。
スケィス。本来ならば、それは自分自身である筈だ。
しかし違う。
こいつは自分ではない。
志乃を、そしてあの蒼炎を凶刃にかけた、「敵」――

スケィスは無言でハセヲを見下ろしている。
そこに感情の色はない。ただただ無機質にそこに佇んでいる。

「来いよ。次は俺が相手だ……!」

恐怖はない。何もかも分からないままだが、それでも相対することに迷いはない。
だが、そんなハセヲの声を余所に、スケィスはその身を翻し、背中を見せた。

「な……に?」

スケィスは去っていく。
ハセヲには一切危害を加えることもなく。
蒼炎を討ったことで役目を果たしたとでもいうように、
あるいはお前は「敵」ではない、そうとでもいうように、
呆気なくスケィスはその場を去って行った。

は。
乾いた声が漏れた。
結局、あれは何だったのだ。
何も分からないまま、「敵」となることすらなくあれは去っていくのか。

「くそ」

がた、とハセヲは倒れ伏した。
元より限界だったのだ。肉体的にも、精神的にも。

薄れゆく意識の中、ハセヲは燃え盛る蒼い炎を見た。
マク・アヌを焦がすその炎は、あの蒼炎が遺したものだ。
あの蒼炎も何だったのだろうか。自分の知る蒼炎と限りなく近く、しかし違う存在。
聞こうにも、彼はもういなくなってしまった。

ゆらゆらと揺れる蒼炎の向こうに、何かが見えた。
それは本だった。
古めかしい装丁を施された、巨大な本。

何かに突き動かされるようにハセヲは手を伸ばした。
そしてその指先がその本に触れた、その瞬間、

ふっ、と蒼炎はかき消えた。
炎の音は消え去り、そうしてマク・アヌの街は再び静寂に包まれた。




[E-2/マク・アヌ/午前]
※カイトの支給品ほか【インストールブック@.hack//】が遺されています。

【スミス(ワイズマン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:???
[装備]:無し
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~7、妖精のオーブ×4@.hack//、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3、スパークブレイド@.hack//、破邪刀@Fate/EXTRA
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
[思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:アトリを拷問し、そのPCを取り込む。
2:一先ず離脱し、“私たち”の下まで帰還する。
[備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマンのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
※同時にこなせる思考指針は同じ優先度となっています。
※データドレインを受けました。この個体に限り性能が「マトリックス(無印)」時代まで下がっています。

【スケィス@.hack//】
[ステータス]:ダメージ(中)
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill(+2)
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
1:アウラ(セグメント)のデータの破壊
2:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊
3:自分の目的を邪魔する者は排除
※プロテクトブレイク中。
※ランサー(青)、志乃、カイトをデータドレインしています。

【ハセヲ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP60%/3rdフォーム
[装備]:光式・忍冬@.hack//G.U.- 大鎌・首削@.hack//G.U.
[アイテム]:不明支給品0~2、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
0:(気絶)
[備考]
※時期はvol.3、オーヴァン戦(二回目)より前
※設定画面【使用アバターの変更】には【楚良】もありますが、
現在プロテクトされており選択することができません。
※感情が著しく昂ぶっている為、憑神を上手く扱えない可能性があります。



080:太陽の落とし方 投下順に読む 082:空の境界・――遥かに羽撃く
076:廃園の天使_グランヴァカンス 時系列順に読む 077:秘密のプロテクトエリアをつぶせ!
074:Roots://殺戮のマトリックスエッジ カイト Delete
074:Roots://殺戮のマトリックスエッジ エージェント・スミス 086:ファントム・ペイン
074:Roots://殺戮のマトリックスエッジ スケィス 086:ファントム・ペイン
074:Roots://殺戮のマトリックスエッジ ハセヲ 086:ファントム・ペイン

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最終更新:2014年05月15日 02:59