「汚いな」
眼下に広がる街並みを見下ろしフォルテはそう評した。
くすんだ灰色のビルの屋上にてごうごうと吹きすさぶ風の中、ぼろぼろのローブがはためく。

「本当に、汚い」
先までのウラインターネットは自分のよく見知った場所だった。
そこから一転、訪れたこのエリアはフォルテにしてみれば嫌悪感を示さずには居られないものだった。
数多くそびえ立つ摩天楼はぬっぺりとしており、その外観はどれも埃を被っているようだ。
大きさも配置も統一されておらず、上から見下ろすとごちゃごちゃとしていて醜い。
一つ一つは洗練されていて綺麗な見てくれを保っているように見えても、引いてみれば醜いものだ。
ごみごみとした雰囲気はウラインターネットも同じだったが、あちらは混沌さを隠くそうとはしていなかった。
が、このエリアは取り繕おうとしている。それが――汚い。

見るに堪えない地上から目を放し、視線を上にやれば待っているのは空っぽの天井。

「何より気持ち悪いな……この空という奴は」
電脳世界に空はない。
その用途やテーマに従ったグラフィックなり文字なりを装飾として宙に張っている場もあるが、あれを空と呼ぶのは無理があるだろう。
とはいえ空というのは勿論知っていた。概念としては、だが。
元より意味がないものなのだろう。空という字はempty……がらんどうの意味も持っている。

にも関わらず人間は時にしてこんなものをありがたがる。
空に憧れる――理解できない。

人間など理解したくはないし、人間だってそれを拒絶するだろう。

「…………」
ふと厭なことを思い出し、フォルテは顔をしかめた。
かつて彼が人と共にあった頃、その強大な力を恐れた人間どもが彼にリミッターをかけたことがあった。

そのプログラムは腕輪のようなもので、彼を縛る屈辱的な戒めであった。が、当時の自分はそれを受け入れた。
人のつける、装飾品としてブレスレットなどにリミッターを見立てて。
あれは思えば自分なりの皮肉であり、理解しようという意志だったのだろう。
当時の記憶など、今となってはろくに思い出せない霞のようなものにすぎないが、自分にもそんなことを考えていた時期はあった。

思えば馬鹿なことをしたものだ。
その意志はすぐに裏切られたというのに。
何故気付かなかったのか。ナビが人間を理解しようと努力したところで、人間はナビのことなど顧みないという、当たり前の事実に。

結局のところ、自分たちはデータ……数値の集まりだ。
人間が目をかけるのは自分に関係する部分のみ。友愛だの共和だの言ったところで、それも全て人間が中心にある。
人間がナビと仲良くする。あのナビは人間にとって有益である。このプログラムが人間に害を与えることはない。
……という風に。

逆にいえば自分に害を与えかねないデータがあれば、たとえデータ自身にその意志がなくとも、それを危険と断じる。
可能性という数値を宿しているからだ。
なるほど、実に分かりやすい。
少なくとも、意志などというあるのかさえ不明瞭なものに頼るよりかは。

「……だからこそ、意味などない。繋がり、などに」
その筈だった。
それが今のフォルテを貫く心情であり、精神的な支柱だった。
ところがその考えが脅かされている。

原因は光熱斗とロックマンの在り方と、そしてこの場に来てからの戦いにあった。
フォルテがこのバトルロワイアル内で経た戦闘は三度。
シルバー・クロウとバルムンク。
シルバー・クロウとキリト。
そしてあの黒いナビと生意気な人間ども。
この全てにおいて自分は生き残り、かつどの戦闘でも一体は破壊に成功している。

「だが、あんなものが勝利なものか」
彼は呟く。その声色は憎々しげに揺れ、隠しきれない苛立ちを示していた。

性能差では完封できる筈だった初戦では、巧みな連撃による予想外の苦戦をし、
続く剣士キリト戦、シルバー・クロウ戦では各一対一では圧倒していながら、二人を同時に相手にしたことで一転後退を余儀なくされ、
黒いナビたちとの戦いでは、当初不仲に見えた人間とナビが急に結託を見せ、そしてあのザマだ。

どの敵もスペックでは自分が優っていた筈だった。
にも関わらず敗れたのは――ひとえにその繋がりがあった。

フォルテは苛立ちを募らせる。
撤退を余儀なくさせられたことよりも、その事実が何より不快だったのだ。
ナビと人間が手を組んだことで自分が倒されるなど。

「……やることに変りはない」
繋がりを否定する。その方法は一つ――力でねじ伏せること。
HPゲージは現在全回復している。戦闘に問題はないだろう。
前に何が立ちふさがろうと、それがどんな繋がりであろうと、

「お前達が俺を拒絶したように……俺もまたお前達を否定し、破壊する」
その言葉に一切の迷いはない。









太陽の日差しが強い。
徐々に強くなっていく日差しに加え、ビルの多いこのエリアの特徴だろう。
たとえ日陰に居ても籠ったような不快な熱気がぐるぐると辺りを漂っている。

「なーるほど」
そんな中で一しきり話を聞き終えると、バイクに跨った彼は腕を組み考える素振りを見せた。
髑髏のフェイスマスクが陽光に触れ、じっとりと艶を出す。

「んでそのキュートでロリィなガールが今回の下手人だってのか?
 そいつぁまたアンビリバォな話だなぁ」
彼、アッシュローラーはそう一言漏らした。
その隣で巨体のマシン、ガッツマンも目を丸くしているのが分かる。

「そうかもしれない。俺だって信じたくはなかった」
ネオは目線を伏せ言う。
彼が今まで告げたこと、それは先の探索の際に得た情報だ。
果たして、当初の目的であるトリニティを殺害したPKの発見、は予想通りさして時間もかからずに達成できた。
だが、そこで出会ったのは――年端もいかない幼い少女たち。
一切悪意も邪気も感じさせない彼女らが、妖精の言葉を信じるのならばトリニティを殺したという。
何とも――現実的でない話だ。

「でも、思えばありえない話じゃない。ここは現実でなく、マトリックスの……仮想現実の中だ」
現実と仮想現実は違う。
仮想現実において特に容姿は当てにならない。それは簡単に変更可能なものなのだから。
ネオもマトリックス内でモーフィアスの訓練を受けた際に忠告された。
街を歩く美女が次の瞬間には屈強なエージェントになっているかもしれない。そんな場所なのだ、ここは。

「うーん、でもその女の子たちは別に人が変った訳じゃないでガスよね?」
ガッツマンが頭を捻る。
彼の言いたいことを汲み、ネオは頭を上げ言った。

「ああ、彼女らは少女の容姿をした別の何か、だった訳じゃない。
 本当に、ただの少女だった……話した限りでは、だが」
容姿は信じられない。だが、彼女らに関しては精神構造は容姿相応といってもよかった。

「しかし、可憐な少女でも、法則外の力を持つこともある。そういう意味でもやはりあり得ない話ではないんだ」
たとえばあのオラクルの下にいたサティのように。
幼い少女ながらも何かを身に宿している者を、ネオはマトリックス内に知っている。

「オーケィ、理解した。まだ決まった訳じゃあないが、限りなくブラックにチケェグレーって訳だ。
 まぁそりゃあアンダスタンしたがよ。で、テメェはどうしたいんだ? そのアリスみてえなガールズを」
アッシュ・ローラーが問題を突き付けてきた。その真直ぐな問い掛けにネオは言葉を詰まらせる。
あの状況についていけない訳ではない。理解することはできる。
問題はそれを自分がどうしたいか――彼女らを悪として排除するのかということにある。

彼女ら、あのアリスたちに悪意は感じられなかった。本当にただの少女だった。
しかし、トリニティを殺したの事実であるとすれば、その存在はあまりにも危険だ。
人に、害を及ぼす。
ならば討つべきではないのか。悪意はなくとも、危険であることは間違いない――

機械が悪ではないのと同じように、人であっても人にとって善であるとは限らない。
そんなことは知っている。だが、それが善悪の区別もつかない子どもであったのなら、
ただ危険だからと排除するのが果たして正しいのか。

自分には力がある。
救世主としての力。プログラムされた力。
そのプログラムから離れた真なる救世主を目指すと誓った自分は今岐路に居る。

ネオは目線を上げ、アッシュ・ローラーを見据えた。
彼もまた視線を逸らさず、正面から自分を捉えてくれた。

「俺は……」
そうして、口を開こうとした、その時、

「――待ってくれ」
ネオの持つ、その広い知覚が何かを拾い上げた。
ばっと空を見上げる。がらんどうの空。その片隅にそれは居る。

「逃げろ、アッシュ、ガッツマン。敵だ!」
ネオは叫びを上げる。二つのマシンもまたそれに反応し、身を翻す。
そこに間髪入れず光の球が降り注いだ。

地を蹴りあげながらもネオが見たのは、
耳をつんざくような爆音、飛び散るオブジェクト、そして、

「チッ、外したか」
その向こうに佇む死神の姿。
死神は摩天楼の頂きに佇み、憎悪に滲む視線を降りそそいでいる。
ネオはちら、と地上を一瞥した。地表はアスファルトごと深くえぐられている。その破壊の跡にこの敵の強大さに息を呑む。

「ったく、ウルトラバイオレンスな挨拶だな」
アッシュ・ローラーがやれやれと肩を竦めているのが見えた。咄嗟の呼びかけが功を奏し、被弾は免れたようだ。
また別のところではガッツマンも「危なかったでガス」と漏らしている。どうやら大丈夫なようだ。

確認したのち、ネオは再び死神、フォルテに視線を戻す。
遠目に見るその姿はまさに死神のそのものだった。はためくローブに鋭い眼光、手に持った巨大な鎌。
しかしよく見るとその肢体はマシンのそれだ。装甲があり、機械仕掛けの関節がある。曲線の多いその身体はガッツマンやアッシュ・ローラーに近い。

「待ってくれ! こちらに戦う意志はない」
ネオは意を決して呼びかけた。当初の、ガッツマンらに出会う前の自分ならばそのようなことはしなかっただろう。
だが今は、マシンたちとの理解を求める自分は、ただ救世主の力を振るうなどはできない。
理解をしたかった。

「だからどうした」
しかし、フォルテはそれを凶悪な眼光で返した。そして再び手に破壊の光を灯す。
そこに一切の話し合いの余地がないことは容易に見て取れた。

ネオは「クソッ」と悔しげに漏らし、地面を蹴った。

「な……」
次の瞬間、ネオはフォルテの眼前にまで迫っていた。
フォルテの目が見開かれる。一瞬で摩天楼を跳び上がったネオに驚嘆したのだろう。
咄嗟にバスターを連射するが、しかしネオは空中をくるりと旋回し、その全てを避けてみせた。

そして次の瞬間、ネオは法則を捻じ曲げ『空を』蹴った。
空中で急激な態勢変更、更なる加速を加える。
空間がねじ曲がり光――救世主としての情報の発露が巻き起こる。

フォルテが反応するより速く、爆発的な加速を以てしてネオが掌底を放つ。
ふっ、とフォルテを囲うように薄い膜が明滅する、

「何を……!」
それをネオは突き破った。世界そのものの情報を捻じ曲げ、その先へ。
オーラを突破し、ネオはフォルテの身体を捉える。

一撃。

跳ね飛ばされたフォルテはごろごろとビルの屋上を転がる。
がんがん、と金属音がやけにうるさく鳴り響いた。

「少し話を聞いてくれないか」
間髪入れずネオは語り掛けた。その手にはオブジェクト化されたエリュシデータが握られている。
フォルテは己に向けられた刀身をじっ、と見つつ悔しげに舌打ちをした。

「話すことなどない」
憎々しげにそう言うフォルテに、ネオは「待ってくれ」と希うような口調で言った。

「君と話がしたい。君は――機械だろう?」
その問いかけに、フォルテはカッと目を見開いた。
そこにあるのは驚きの色ではなかった。心の最も敏感な部分に触れた際の、反射的とでもいうべき反応だとネオは感じた。
ネオもまた切迫した思いで語り掛ける。

「機械ならば聞いてほしい。俺は……君たちについて知らなければならないんだ」
フォルテの瞳が再度見開かれる。

「君たちを理解したい。人も、機械も、逃げず相対すると決めた」

「君がどんな理由で人を、参加者を襲っているのかは分からない」

「だが、それが何であれ、僕はもうただ求められたから、危険だから、敵を討つ」

「そんな、都合の良い救世主にはなりたくはない」

「意志。自分の意志で戦う」

「その為にも、君の意志を話してほしい」

「理解する為に」

ネオは一言一言心の奥から絞り出すように口を開いた。
人も機械も、善も悪も、プログラムも意志も、自分が今まで目を背けてきたことだ。
救世主として再び立つことを決めた今、この問い掛けは、単なる説得以上の意味を持っていた。

そして長い沈黙が訪れた。
フォルテは何も言わなかった。ただ目を見開いたままネオを見据えていた。
がらんどうの空の下、息を呑むような色濃い静寂が横たわる。
エリシュデータを握りしめる手の平がじっとりと汗ばむのが分かった。

「は」
その静寂を破ったのは、フォルテだった。

「ははは」
はははははははははははははははは。

彼は笑った。
大きな声で、乾いた声で、もはや笑うしかないとでもいうように、馬鹿みたいに笑った。

「――冗談を」
そして、笑いが止んだ。

「冗談を言うなァ!」
フォルテは激昂した。
獣のような咆哮を上げネオに襲いかかる。
その剣幕ゆえか、それとも刃を振るうことへの躊躇ゆえか、ネオは突然の攻勢に一拍反応が遅れる。
フォルテは光球を手に灯し殴りかかってくる。ネオは何とかそれは避け、ぱっと地を蹴り距離を取る。

「……理解? 理解か?
 お前らが、人がオレたちを理解するだと」
相対したフォルテは怒りを滲ませ言う。その言葉は静かながらも隠しきれない憎悪の炎を滲ませていた。

「汚いな」
フォルテは軽蔑の眼差しでネオを見据える。

「本当に、汚い」
その言葉に込められた深い深い拒絶の意志に、ネオは途方もないほどに深く刻まれた溝を感じた。
感じてしまった。

「何も貴様と語ることなどない。貴様もそれだけの力を持つのならば分かるだろう?
 ――破壊を振りまくオレをどうするべきなのかぐらい」
ニィと獰猛な笑みを張り付け、フォルテは破壊の光を灯す。ぐんぐんと光度を増していく灯を前にして、ネオは動くことができなかった。

あるいは、ここで救世主の力を振るえばフォルテを倒しうるかもしれない。
だがそれでは――

「ィエックスキューズミィィィィィ!」

不意に、
相対する二人に一筋の叫びが割り込んできた。
真っ黒な二輪駆動が躍り出る。凶悪なフェイスマスクが場に駆け込んだ。

「ヘイ、そこのラスボスチックなアンちゃん、ちょっとジャストアモーメントだぜ」

そうして、彼、アッシュ・ローラーは颯爽と場に現れたのだ。








突然の闖入者にフォルテは僅かに瞳を揺らした。
その様を満足げに見ながらアッシュ・ローラーは腕を組んだ。
ネオから出遅れはしたが、彼もまたスキル【壁面走行(バーティカル・クライム)】によりビルを駆け上った。

「ローラー……」
ネオが驚きの混じった声で自分を呼んだ。その声音は明らかに弱まっている。

彼とてネオの力は聞いている。
その力が如何に強大で規格外のものかを考えれば、戦闘で負けることはないだろう。

(だがバット……ちょいとネオの奴はいまヤバげみてえだったからな)

それでも彼がここに駆け付けたのは――彼自身敵を前にして逃げ出すような性格ではないということもあるが――何よりネオのことが気がかりだった。
彼は覚悟を決めた。
悩みを振りほどき、別離を乗りこえ前に進もうとしている。
それはいい。だが、その道が多難なことであることは明らかだ。

それでもきっと彼は一人で思い悩むだろう。仲間を軽視することはない。
だが、彼はあくまで自分がやらねば、と思っている。力を持つがゆえに。

「おい、ネオ」
だから彼はネオに語り掛けた。
救世主などスケールの大きなことは分からない。だがネオがあくまで一人の人間として生きるのであるならば、

「勝手に置いてくんじゃねえよこのメガ・クーーールなオレ様をよ。
 パーティメンバーは必要だろ。でっけえレボリューション起こしてえならよぉ!」
そう言って彼はぐっと親指を立てた。
場にそぐわない、馬鹿みたいに騒々しいそれに、ネオは言葉を失い、そして微笑みを浮かべた。

それを見届けたアッシュ・ローラーは再びフォルテに向き合った。
憎悪を滲ませるフォルテは彼を鬱陶しげに見つめている。
ネットナビなのかデュエルアバターなのか、はたまた違う何かなのか、よく分からないが、自分に似たロボット型のアバターだ。
状況から察するにネオが話しかけ、こいつが拒絶した。そんなところだろう。

「おうよ、ちょっとデュエルをインターラプトする形になったな。謝るぜ。
 一応アスクするがてめえはこのゲームにリアリィ乗ってんだな?」
フォルテは答えない。ただ無言で手を上げた。
その手は既に銃口へと変わっている。それが何よりも雄弁に答えを示していた。

しゃあねえな。彼は覚悟を決める。
これは正規のデュエルではない。敗ければ全損どころか、命が飛ぶという。

(だがな、オレはもうそんなんとっくに覚悟キメてんだよ)

死ぬことがどうした。
そもそも自分が生きているといえるかさえ怪しいと言うのに。

日下部綸という少女に憑りついた、その兄日下部輪太の『ような』人格。
存在そのものがあやふやなのだ。

(ヒューマンとマシンのウォーとかいうが、オレはウィッチサイドにつけばいいってんだ)

どちらにせよ――

(やることは変わらねえ)

彼は決意と共に走り出した。アクセルを踏み込まれたナイトロッカーが獣のようなエンジンを響かせる。

「灰(アッシュ)になっちまった道をなら(ロール)して新たな道(レボリューション)をつくる。
 それがオレだろアアン?」

かつて好敵手が口にした言葉を思い出し、彼は青空の下駆け抜けた。
空は空っぽかもしれない。だがそれに憧れ飛び立つ意志ががらんどうであるものか。

その先にいるのは――フォルテ。
彼は屈辱に耐え忍ぶように漏らす。

「またか。また、それか。
 繋がり、絆……そんなものでオレを倒そうというのか」
フォルテは迫るアッシュ・ローラーを見据えた。瞳からすぅっと感情の色が引く。

「オレを、機械を理解しようなどという奴らが?」
瞬間、
フォルテを取り囲む威圧感が、憎悪が、怨念が、憎悪が、想いが、爆発的に増大した。
感情が洪水となってあふれ出る。焼き切れるほどの深い闇がその手に灯った。

それを見たアッシュ・ローラーもまた拳を突き出す。

「いいぜ、ちょっとワンパン勝負してやる。
 殴り合っててめえの本音をリッスンしてやるぜ」
目の前の敵の強大さは分かる。下手をすれば敗れ命を落とすだろう。
だが一度やらねばなるまい。拳で殴り合うこと、その時に迸る想いに偽りはないだから。

(だからネオ、見逃すなよ。そこで目見開いてろ!)

アッシュ・ローラーは車上の上で跳び上がり、シートとハンドルを足場にして直立する。
サーフボードのように愛機――ナイト・ロッカーを乗りこなし、奥義を放つ。

「トゥオォォォォォォ! 《Vツイン拳》!!」
「舐めるなあっぁぁァァァァァ!」

二つの力がぶつかり合い、激昂が響き、想いが空っぽの空を満たした。

そして、







空に弾かれたアッシュ・ローラーは自分が打ち負けたことを知った。
自らの奥義《Vツイン拳》をフォルテはその力で打破したのだ。
完全なる真っ向勝負。そして、敗北。

ナイト・ロッカーの能力上昇にほぼ全てのパラメーターを振っているアッシュ・ローラーは、本体のボディは非常に貧弱なステータスしか持っていない。
故に強烈な一撃を喰らえばそれだけでHPを蒸発させてしまう。
ゼロを刻む己のHPバーを視界の隅に入れながら、アッシュ・ローラーは空を舞った。

(ったく、悔しいぜ、全く)

名残惜しさはある。もう一度、という気持ちもある。
だが後腐れはない。
これで死ぬのだとしても――ある種本望だ。

青空がある。いつも見上げるだけだった、空を自分は今飛んでいる。
あの銀の鴉はいつもこんな光景を見ていたのか。

(けどよ、これで分かったぜ。あのアバターが何で戦ってんのかがよ)

最後に拳を合わせた時に、彼はフォルテから漏れ出す憎悪の一端に触れた気がした。
それは激しく荒れ狂う憎悪であった。
が、同時にその奥にあるのは――悲しみだ。

今はどこまで長い溝があるかもしれない。
だが、その先にあるものは決して意志なき破壊衝動ではないのだ。
ならば、理解することができる筈だ。

(ネオ、てめえもアンダスタンしただろ? あんだけ近くでオレのバトォを見たんだ。
 だったらノープロブレムだ。ガッツマンも居る。すげえレボリューションを起こしてくれ)

アッシュ・ローラーはその確信の下、その身を散らす。
その手が、その足が、髑髏のマスクが、漆黒のレザーが、全て霧散していく。
そして消去《デリート》の寸前、彼は自分が安堵していることに気付いた。

(ああ、そうか。結局、オレは誰もキルしなくて済んだのか)

数時間前に決めた覚悟。
それを翻す気はなかったとはいえ――それでもやはり心のどこかで気にしていたのだろう。
綸の手を僅かも汚すことがなかったことに、何よりも安心している。
それが意味する事実に、彼は笑ってしまった。

最後に自分が思うことは、人間だの機械だの、そんな世界の趨勢に関わることなどではない。
ただ一人の妹のことなのだ。

(オレが人間なのか機械なのかはドンアンダスタンだが)

最期に、彼は空を見た。
空っぽになりゆく彼は、果たして空に何を見出したのか。


(綸の兄貴だってのは間違いなかった訳だ)


【アッシュ・ローラー@アクセル・ワールド Delete】










「【ゲットアビリティプログラム】!」
撃破したアッシュ・ローラーのデータを、フォルテが無造作に握りしめている。
ぐっ、と手の平に掴み、己のものとして還元、咀嚼する。
その様をネオは呆然と眺めていた。

「ローラー……」
共にした時間はたった数時間。
しかしその颯爽した物言い、在りようがどれだけ自分を救ったかは分からない。
それがもう、居なくなってしまった。

その事実にネオは愕然とする。
どこで何を間違えた? この道を進む。そう決めた筈だと言うのに、
何故自分はこうも迷っているのだ。

「オレが憎いか?」
ふと、

空に浮かぶフォルテはネオを見下ろしそう尋ねてきた。
その視線は冷たい。先ほど見せた激情が去り、そこには諦念に似た淀みが漂っている。

「お前たちの繋がりを消し去った俺が憎いか?
 ならば――」
フォルテは獰猛な笑みを浮かべ、そして背中に巨大な双翼を展開させる。
漆黒の翼が空を舞い散る。太陽を背に、死神は空を汚さんとした。

「――俺を憎め。そして破壊を、復讐を、憎悪を望め。
 それこそが俺を理解する唯一の道だ」
理解したいのだろう?
そう言い残しフォルテは飛び去って行く。
あっという間に加速し、その姿は見えなくなった。

「憎む……」
ネオはそれを追わない。追わずにただ反芻する。
何も言い返す言葉が思い付かなかった。
トリニティの仇を取ろうとした自分では、どんな言葉もあの機械に届かせることができないのだ。

今の自分では、あの空を飛ぶことはできない。


【F-8/アメリカエリア/1日目・昼】

【フォルテ@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP80%、MP40/70
[装備]:{死ヲ刻ム影、ゆらめきの虹鱗鎧、ゆらめきの虹鱗}@.hack//G.U.、空気撃ち/二の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~1個、参加者名簿
[思考・状況]
基本:全てを破壊する。生身の人間がいるならそちらを優先して破壊する。
1:アメリカエリア経由でアリーナへ向かう。
2:ショップをチェックし、HPを回復する手段を探す。
3:このデスゲームで新たな“力”を手に入れる。
4:シルバー・クロウの使ったアビリティ(心意技)に強い興味。
5:キリトに対する強い苛立ち。
6:ロックマンを見つけたらこの手で仕留める。
[備考]
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※バルムンクのデータを吸収したことにより、以下のアビリティを獲得しました。
?剣士(ブレイドユーザー)のジョブ設定 ・『翼』による飛行能力

※レンのデータを吸収したことにより、『成長』または『進化の可能性』を獲得しました。
※ポイントを全て消費しました。
※参加者名簿を手に入れたのでロックマンがこの世界にいることを知りました。

※アッシュ・ローラーを吸収しました。どのようなスキルを獲得したかは現在不明です。

【ネオ(トーマス・A・アンダーソン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:エリュシデータ@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2個(武器ではない)
[思考・状況]
基本:本当の救世主として、この殺し合いを止める。
1:ガッツマンと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で……
3:ウラインターネットをはじめとする気になるエリアには、その後に向かう。
4:モーフィアスに救世主の真実を伝える
[備考]
※参戦時期はリローデッド終了後
※エグゼ世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。
※機械が倒すべき悪だという認識を捨て、共に歩む道もあるのではないかと考えています。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかと推測しています。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。

【ガッツマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
[装備]:PGMへカートⅡ(7/7)@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、転移結晶@ソードアートオンライン、12.7mm弾×100@現実、不明支給品1(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いを止める為、出来る事をする。
1:アッシュ・ローラーとネオと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で倒す。
3:ロックマンを探しだして合流する。
4:転移結晶を使うタイミングについては、とりあえず保留。
[備考]
※参戦時期は、WWW本拠地でのデザートマン戦からです。
※この殺し合いを開いたのはWWWなのか、それとも別の何かなのか、疑問に思っています。
※マトリックス世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかという情報を得ました。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。





アメリカエリアのビル群。
そのどこか。
一つのアメリカンバイクが空を駆けた。
それは一瞬のことだった。すぐに墜ちてしまう、仮初の飛行だった。
しかし、それでもそのバイクは飛んだのだ。
この何もない空を、まるで銀の鴉のように。

そのバイクの名は一つ。

ナイト・ロッカー。


※アメリカエリアF-8に【ナイト・ロッカー@アクセル・ワールド】が落ちています。



081:xxxx 投下順に読む 083:死者たちのネットゲーム2~ノーゲーム・ノーライフ~
080:太陽の落とし方 時系列順に読む 083:死者たちのネットゲーム2~ノーゲーム・ノーライフ~
073:情報 フォルテ 093:EXS.extream crossing sky“クレィドゥ・ザ・スカイ”
070:Alice ネオ 098:From the Nothing with Love
070:Alice アッシュ・ローラー Delete
070:Alice ガッツマン 098:From the Nothing with Love

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年06月13日 23:08