ぶるぅ、と聞きなれた駆動音が耳朶を打った。
蒸気エンジンがもたらす馬力がバイクを荒々しく駆動させている。そんな設定だ。
何度も聞いた音だ。このバイクは元々The Worldで正規実装されたもので、当然ハセヲも扱ったことがある。
こんな糞みたいなゲームにエントリーさせられる前だって、散々乗り回していた。
まあそれもゲームでのこと。その操作に特に技術的なことは求められないのだが。ハンドルバーを握っているだけで、あとは直感的に操作できる。
恐らくこれも武器と一緒だ。自分はこうして自由自在に扱うことができるが、他のゲーム出自のアバターで適合するものがない場合はシステムアシストを受けないのだろう。

「…………」
道中、会話は無い。それもまた当然のこと。
今自分は一人だ。他のプレイヤーは既に置き去りにした。
それに話すことなどもはやない。
共に語るべき者を守れなかった自分が、いまさら何を語るというのだ。

無言でハセヲは疾駆する。
鉄の馬のいななきが空しく草原に響き渡る。

  ――…………

ああ、そうか。
途中、ハセヲは気付いた。誰もいない訳じゃない。話し相手ならいないこともないのだ。
ハセヲはバイクを運転しながらちら、と自身の身体を見た。現実なら危ないのだろうが、ここはゲームだ。

そこには《鎧》がある。見た目自体は3rdフォームを基調にしているが、ところどころの意匠が変容してしまっている。
B-stフォームと表示されたそれは、明らかに正規のエクステンドではなかった。

「《災禍の鎧》とかいったな」
マク・アヌでの乱戦。
思えばあそこには多くのプレイヤーが集っていた。
ハセヲも全員を把握した訳ではないのだろうが、スミスやボルドーのようなPKから――アトリのような者まで、プレイヤーが集っていた。
拠点と成り得る場所であるから必然なのだろう。そこにPKが集まるのも、死人が出るのも。

ぐっ、とハンドルバーを握りしめる手に力が入った。
悔恨の念が胸中に溢れだす。《鎧》の存在がより間近に感じられた。

マク・アヌでの戦いをこうして切り抜けられたのも、この《鎧》……【THE DISASTER】と表示された装備アイテムがあったからだ。
このアイテムがなければ、あの時自分はスミスに敗れていたかもしれない。
とはいえ彼は幸運によりもたらされたとは思えなかった。

確かにこの装備があれば力が手に入る。
《鎧》が表面に出た時の爆発的な力は記憶に新しい。正規の仕様から外れたイリーガルなスキルも相まって、単純な戦闘で敗けることはまずないだろうと確信できるほどだった。
だが――それが何だというのだ。
結局自分は何も守れなかった。力など今更求めていない。
必要なのはこんなものではなかった。

鎧からは重苦しい怨嗟の声が響いていた。
憎悪の結晶、イリーガルスキル、空しさすら感じる爆発的な力――そのどれも覚えのある感覚だった。
かつての自分。死の恐怖。黄昏の旅団が消え失せ、PKKとして活動していた頃の自分だ。
それを揶揄する為に、あるいは榊は自分にこんなものを支給したのかもしれない。

だとすれば、あそこで自分が、自分だけが助かったのは幸運によるものではなく、悪意によるものだ。

  ――…………

あの時は雄弁だった《鎧》は今沈黙している。
何故かは知らない。実際にこの《鎧》が如何な由来によるものか、ハセヲは知り得ない。
どうやらこの《鎧》は《碑文》の力と拮抗しているらしい。
感覚的にそのことは掴めたのだが、細かな仕様がどうなっているのかは分からない。
分かることは――《碑文》の力を解放し、《鎧》の暴性に身をゆだねたのならば、その時はまさしく《獣》と成り得るということだった。

「……もうここか」
それまで続いていた草原がある地点を過ぎた途端、ぱったりと途切れた。
涼やかな風景は消え失せ、現代的なビルや民家が立ち並ぶエリアへと突入する。
エリアの光景をハセヲはどこか懐かしく眺めながら、アスファルトで舗装された道路を駆けた。

ひとまずウラインターネットを目指すに当たって、ハセヲは日本エリアを経由するルートを取ることにした。
理由は単純にその方が近いからだ。だだっ広いファンタジーエリアを突っ切るよりも、日本エリアのワープゲートを目指した方が近い。
それだけだ。

「……と思っていたんだがな」
だというのに、何故か自分はここで立ち止まってしまっている。
日本エリアの真ん中あたり。とある施設が遠目に見える。それが見えた時、ハセヲは何故かバイクを止めてしまった。
鉄馬のいななきが、止まった。

「レオたちは……」
居るのだろうな、あそこに。
そう思いながらハセヲは月海原学園を眺めた。
民家の屋根越しに、陽の光を受けた校舎が見える。それとグラウンドに体育館。
極々普通の学校だ。その前に探索した梅郷中学校と違い、ハセヲの知る現代とさして変わらない。
あそこで、レオは――生徒会は活動しているのだろう。
あの有能な少年のことだ。既に何かを掴み始めているのかもしれない。

そろそろ自分の帰りを待っている頃だろう。本来なら、協力すると言った以上自分はあそこに戻るべきだった。
しかし――

「行くか」
――ハセヲは戻ることはしなかった。
ぶるぅ、と再びバイクが呻きを上げる。誰も居ない都市をハセヲは駆け抜けた。
戻るべきだ。情報を伝えるべきだ。そう思いはする。

だがどうしても――その気にはなれなかった。
今ここで、下手に話せば、胸の中で何かが決壊してしまうような気がして。
だからレオたちに会う訳にはいかなかった。
必要な情報はシノンが伝えてくれるだろう。レオならばそれで十分の筈だ。
そう自身に言い訳して、ハセヲは一人で行くことを選んだ。

選んだ筈だったのに、止まってしまった。
揺れているらしい。今更、自分は。
そもそもこのルートを選んだのだって、きっと未練に似た感情があったからだ。

それは自分の弱さだ。
修羅と成りきれないのは、弱いからだ。
それが悪でないと、弱さを受け入れ進むこと――歩くことの大切さは知っている。
それでも止まることはしない。恐ろしかった。本当に止まってしまうのが。

「……あれか」
エリアを駆け抜け、隅までやってくるとそれは見えた。
現代的な街並みの下、道路の真ん中にぽつんと浮かぶ光がある。
明らかに周りの風景から乖離しているあれこそ、エリアとエリアを繋ぐポータルという訳らしい。
その前までハセヲはバイクを走らせ、止める。ぎぎ、とタイヤのこすれる音がした。

この先にとりあえずの目的地であるウラインターネットがある。
進むべきだ。
ちら、と後ろを振り返ると、既に月海原学園は見えなくなっていた。

その時、無機質な電子音が響いた。
怪訝な顔して顔を上げるとウィンドウが勝手に開かれている。
ああそうか。そういえばそんな時間だった。前回と同様、メンテナンスがあるのだろう。
だとすればしばらくポータルは使えない訳か。
間が、悪い。

無言でハセヲはメールを開く。
そこには知った名があった。五つ。カイト、エンデュランス、ボルドー、志乃、そしてアトリ。
エンデュランスの名を見たとき、ハセヲは思わず声を上げていた。糞が、と大声で叫び近くのオブジェクトを殴っていた。
電柱だった。がん、と鈍い音が響き、その衝撃は甲冑に覆われた拳にも返ってきた。

エンデュランス。第六相の碑文の所持者にして、G.U.のメンバー。最初は敵対していたが、今では肩を並べて戦う仲だ。仲だった。
彼も死んでしまったらしい。どこでどう死んだかは知らない。
もしかしたら続いて記載されたミアという名も関係あるのか。ハセヲも詳しくは知らないが、その名は――エンデュランスにとって重要なものであったはずだった。
どんな経緯を経て彼が落ちたのかは分からない。しかし、彼の死もまた、ハセヲに重くのしかかった。

ボルドー。彼女もまたあのマク・アヌで脱落した。多くの命が、あそこで散っていったのだ。
カイトという名は……恐らくあの蒼炎のプレイヤーだろう。ハセヲの知る彼とはまるで違ったが、その外見から関係がないとは思えない。
思えば分からないことだらけだ。分かることは、少なくとも守れた筈の命もあったこと。それだけだ。

  ――ソウ思ウノナラバ早ク次ノ獲物ヲ探シニ行ケ

不意に声が浮かんできた。《鎧》に潜む《獣》か。
響いてきた声は、しかし、すぐに消えてしまった。浮かび上がるのは感情が高ぶった一瞬ということらしい。
破壊のみを求める言葉だったが、しかし正しくもあった。悩み、悲しみ、立ち止まったところで何も手にすることなどできない。
無念に打ちひしがれただ悲嘆にくれるのは、ただの逃げだ。
そんなことは知っている。目を塞いでいるのと一緒だ。都合の悪いことから逃げているに等しい。

だからこそ、自分は行く。ウィンドウは閉じた。長く立ち止まる暇はない。
少なくとも揺光はまだ生きている――それだけでも進む意味はある。
そう決めた。死の恐怖の名を再び背負うと決めたのだ。
ハンドルバーを握りしめる。
ぶるぅ、と鉄馬がいなないた。


[A-3/日本エリア・ポータル/日中]

【ハセヲ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP90%、SP95%、(PP100%)、強い自責の念/B-stフォーム
[装備]:ザ・ディザスター@アクセル・ワールド、{大鎌・首削、蒸気バイク・狗王}@.hack//G.U.
[蒸気バイク]
パーツ:機関 110式、装甲 100型、気筒 100型、動輪 110式
性能:最高速度+2、加速度+1、安定性+0(-1)、燃費+1、グリップ+3、特殊能力:なし
[アイテム]:基本支給品一式、イーヒーヒー@.hack//
[ポイント]:300ポイント/1kill
[思考]
基本:バトルロワイアル自体に乗る気はないが………。
0:……俺は、『死の恐怖』……PKKのハセヲだ―――。
1:とりあえず、ウラインターネットへ行ってみる。
2:スミスを探し出し、アトリの碑文を奪い返す。
3:白いスケィスを見つけた時は………。
4:仲間が襲われない内に、PKをキルする。
5:レオ達のところへは戻らない。
[備考]
※時期はvol.3、オーヴァン戦(二回目)より前です。
※設定画面【使用アバターの変更】には【楚良】もありますが、現在プロテクトされており選択することができません。
※“碑文”と歪な融合を果たし、B-stフォームへとジョブエクステンドしました。
 その影響により、心意による『事象の上書き』を受け付けなくなりました(ダメージ計算自体は通常通り行われます)。
※《災禍の鎧》と融合したことにより、攻撃力、防御力、機動力が大幅に上昇し、攻撃予測も可能となっています。
 その他歴代クロム・ディザスターの能力を使用できるかは、後の書き手にお任せします(使用可能な能力は五代目までです)。
※《災禍の鎧》の力は“碑文”と拮抗していますが、ハセヲの精神と同調した場合、“碑文”と共鳴してその力を増大させます。
※ハセヲが《獣》から受ける精神支配の影響度は、ハセヲの精神状態で変動します。



091:convert vol.2 to vol.3 投下順に読む 092:もう一度だけ 巡り逢えるのなら
091:convert vol.2 to vol.3 時系列順に読む 092:もう一度だけ 巡り逢えるのなら
086:ファントム・ペイン ハセヲ 109:対峙する自己

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年10月10日 14:53