(……さて……これは一体、どう考えればいいものなのかね)


D-5、ファンタジーエリア中心部。
そこで今、真紅の甲冑を身に纏う一人の剣士が、その顎に片手を当てて小さなため息をついた。
その人物の名は、ヒースクリフ。
SAO最強の攻略ギルド血盟騎士団団長にして、ユニークスキル『神聖剣』を持つSAO最強のプレイヤーと称される剣士。
そして……アインクラッド第百層で待ち受けるSAOの最終ボス。

茅場晶彦その人である。


(……今の私を捕らえ、このような形で立たせる存在がいるとは……流石に予想出来なかったよ)


否。
正確には、この場に立つヒースクリフは茅場晶彦であり、そしてそうではない者である。
彼は電子の世界を漂う残滓、茅場晶彦の記憶のエコーともいうべき存在なのだ。

かつてのヒースクリフは、アインクラッド75層でキリトを相手に一対一で闘い、そして倒された。
その後に現実世界の茅場晶彦は、自らの脳を高出力でスキャンし焼き切るという方法で自ら命を絶ったのだった。
しかし、それは単なる自殺ではない。
そうする事で自らの記憶と人格をデジタル信号としてネットワーク内に遺そうという目論見があっての行動だったのだ。
成功率は限りなくゼロに近い、極めて危険な行いだったが……結果、茅場晶彦という存在は確かに電子の海に存在する事となった。
彼が夢見た異世界への旅立ちを……極めて近い形で実現させたのである。


(あの広場には、実に多種多様なアバターがいた。
人間は勿論、ロボット、モンスターの様な者達まで……世界の種子が芽吹いた結果か)


その後、電子の海を彷徨っていた彼は、再びキリトの前に現れた。
ALOの世界で窮地に陥り、オベイロンに屈しようとしていた彼に力を貸し、その代償として世界の種子―――ザ・シードと呼ばれるシステムを託した。
それはオブジェクトとサーバーさえあれば、誰しもがVRMMOを生み出すことが出来るという、まさに世界を創造する種だった。

ヒースクリフは今、あの広場に集まっていた多くのアバター達が、その種より生まれたモノだと考えていた。
人間は勿論、ALOにいた妖精、更にはロボットやモンスターの様な者達までいた事がその理由だ。
統一感がまるでないアバターは、つまりはそれだけ多くの世界観がある中から生み出されたのだと、そう思えたのである。
ザ・シードをキリトに託したのは正解だった。
そう、胸中で彼に感謝をせずにはいられない……しかし。


(しかし、このような形で活かされるとはね)


まさか、こんな殺し合いという形でそれを利用される羽目になるとは、流石に予想だにしていなかった。
それも自分自身が参加者にされるとあれば、尚更だ。
ただ、その善悪を問うというつもりはない。
自身とて、一つの異世界を生み出したいという望みの元、SAOをデスゲームに変えて一万人のプレイヤーを閉じ込めた身だ。
あの榊という男にもまた、同じ望みがあったのだろう。


(だが……彼の行動を許す事は出来ないな)


しかし、ヒースクリフに殺し合いに乗ろうという考えはなかった。
何故なら彼には、榊を許せない理由があったのだ。



――――――先ず覚えて貰わえねばならないことを説明しよう。


――――――1つはこのVRバトルロワイアルの優勝者へ贈られる賞品だ。


――――――【元の場への帰還】と【ログアウト】そして【あらゆるネットワークを掌握する権利】これが進呈される。


(あらゆるネットワークを掌握する権利……それがもし事実だとするならば、世界の芽を摘む事にもなりかねん)


榊が説明した、このバトルロワイアルの優勝賞品―――ネットワークを掌握する権利こそが、ヒースクリフにとっては許せぬモノであった。
果たして、それが事実であるか否かは分からない。
しかし、相手は電子の海を漂っていた己を手駒として捕らえたほどの相手だ。
真実である可能性は、極めて高いだろう……ならば、この権利は決してあってはならない。
もしもそれが、悪意ある者の手に渡れば、数多のVRMMOを一度に消滅させる事さえも可能になってしまうからだ。
自分も一度はキリトに、望まぬならば種子を捨ててもかまわないと言いはしたが、こうして生まれた以上は手放すという真似はしたくない。
電子の世界に芽吹いた世界は、多くの者達にとってかけがえのない存在なのだ。
自身が夢見た世界と同じ様に……それの破壊は、夢を壊すに等しい行為だ。


(榊君……すまないが、私はこの殺し合いを止める為に行動をさせてもらうよ)


故にヒースクリフは、榊への反逆を決めた。
かつて自身が夢見た異世界……それに限りなく近い、幾多もの電子の箱庭を守る為に。


(そうと決まれば、まずはアイテムを確認させてもらおう。
何をするにしても、装備がなければ始まらないのが冒険というものだ)


早速、ヒースクリフはシステムウィンドウを開き支給品を確認する。
この剣士のアバターとしてバトルロワイアルに参加させられている以上、使える能力は間違いなくSAOと同じだ。
ならば必要となるのは、スキルを使う為の片手剣と……そして、対となる盾の二つ。
ソードスキルのみならば剣だけで十分だが、神聖剣を使うには盾が必須になる。
ヒースクリフが最強プレイヤーと称されていた所以は、神聖剣にこそある……ならば、ここは何としてでも盾を手にしておきたい所。


(これは……盾、ではあるが……)


結果、ヒースクリフは見事に盾を引き当てた……が。
それは彼が期待した物とは、少々かけ離れた外観をしていた。
まずその形状は半円形型をしており、大きさは凡そ60cm程度。
濃い灰色のカラーリングに、金属特有の鈍い光沢がある。
そして盾の上部には、構えた側からも前方を確認できる、防弾ガラス製の透明な覗き穴が備え付けられている。

その名を、防弾盾。
ニュースやドラマ等でよく警官や軍隊が手にしているところを見るだろう、現代の科学が生み出した金属盾だ。


(……何とも、不釣り合いな格好だな)


広場では確かに、榊に対して反抗の意志を示した大柄な男をはじめ、近代的な姿をした者達は多く見られたし、こういうアイテムが支給されるのは十分ありだろう。
そして性能も、決して低くは無い様に見える。
しかし、ファンタジー世界の剣士が現代の金属盾を装備する様というのは実にシュールだと言わざるを得ない。


(とはいえ、それでも盾を手に出来たのは大きい。
そして……この剣も)


そして一方。
剣に関しては、ヒースクリフのイメージに一致したものを引く事が出来た。
青白い透き通った刀身を持ち、その鍔元には同じく青い色をした薔薇の装飾が施されている。
名は、青薔薇の剣という。
オブジェクト化させて軽く素振りをしてみたところ、実にしっくりとくる手応えがあった。
どんなVRMMOで使われている剣かは知らないが、間違いなくレアアイテム……それもかなり上級の武器になるだろう。
良い武器を手にする事が出来たと、ヒースクリフはその顔に笑みを浮かべた。



―――余談だが、この剣がそう遠くない未来において、あのキリトの運命を左右するキーアイテムになるとは、この時の彼には知る由もなかった……



「……む?」


その後、他のアイテムや機能を見るべくウィンドウを操作していたところ。
ヒースクリフは、そこから気になる一つの項目を見つけた。

【使用アバターの変更】

【設定】の中にあったその項目に、ヒースクリフはまさかと息を呑んだ。
すぐさま操作を行い、機能を試す……すると。


(……やはり、そういう事か)


瞬時に、ヒースクリフのアバターが姿を変えた。
今まで纏っていた重厚な真紅の甲冑とは正反対の、極めて軽い白衣。
ファンタジーの世界とは対極に位置する、リアルの己自身。
紛れも無く、茅場晶彦本人としての姿だった。


(僕は二度、キリト君の前にこの姿で現れている。
ネットの世界で使った以上、この姿がもう一つのアバターと認識されても、不思議はないか)


戦闘を行うに当たっては、間違いなくヒースクリフとしての方が圧倒的に向いている。
一見、殺し合いには何の役にも立たない機能に思える……が、実際はそうでもない。
茅場晶彦とヒースクリフは、外見は勿論その声色まで、全く別人といっていい程に変化する。
その点を利用すれば、特定の人物から身を隠したい場合などには十分役立つだろう。
尤も、そんな場面があればの話ではあるのだが。


(少なくとも今は、この姿でいるメリットはないな。
しばらくはヒースクリフとして活動した方が……)

「まったく、やっと他の参加者を見つけられたよ。
 お互いにいきなりのルール変更なんて、勘弁してもらいたいよな?」

その時だった。
不意に、後方より何者かから声を掛けられたのは。
茅場は咄嗟に振りかえり、声の主へと視線を向ける。


「ま、いいさ。
 多少ルールが変わったところで、僕の勝ちは揺るがないんだからさ」


そこに立っていたのは、特徴的―――言ってみればワカメの様な青髪をしている一人の学生だった。
自信満々、大胆不敵、傲慢。
そんな言葉が、これでもかという程に似合う表情をしている。
茅場はそれを一目見て、その学生―――間桐慎二が、殺し合いに乗っている側である事を悟った。
そして、殺し合いを殺し合いとして認識していない……ゲームか何かに過ぎないと思っている事もまた、見抜いていた。


「……ふむ。
 ルールが変わったと言うが、君はどうやらこの殺し合いが自らのゲームの延長線上のものだと考えている様だね。
 参考までに、どんなゲームに参加していたのかを聞かせてはもらえないか?」

「は?
 何言ってんだよ、あんた……僕と同じ、聖杯戦争の参加者なんだろ?
 ああ、もしかして急すぎる内容の変更に、頭がついていけてないのか?」


茅場の問いに対して、慎二は呆れた顔をして返事をした。
他の参加者を全て倒し、優勝した者にはどんな願いでも叶えられる賞品が与えられる。
ルールこそ大きく変わっているものの、根本は聖杯戦争そのものではないか。
そんな事も分からないのかと、茅場に対して大げさに両手を上げてリアクションを取る。

「……聖杯戦争……成る程。
奇跡を起こす聖遺物を求める戦争といったところか……」


しかし茅場は、己を馬鹿にしている慎二の態度など気にも留めず、僅かなキーワードから冷静に推理をしていた。
目の前の学生が一切慌てる様子を見せずに殺し合いに乗っているところからして、恐らく彼がプレイしている聖杯戦争とやらは、このバトルロワイアルに似通ったものなのだろう。
聖杯戦争という名前からして、内容が聖杯を巡る戦いである事というのは丸わかりだ。
確かに古来より聖杯と名がつく物には、奇跡を起こす道具として多くの伝承がある。
この殺し合いの優勝賞品=聖杯と結び付けられても、何らそこに不思議はない。
そして得られる聖杯も、あくまでゲーム内でのちょっとしたレアアイテムとして捉えているのだろう。
ならばここは、話し合いでその誤解を解くべきなのだろうが……残念ながらこの様子では、聞く耳は持ってくれないだろう。
しからば、出方によっては荒っぽい手段を取らざるをえまい。


「すまないな、ありがとう。
 ところで、私はヒースクリフというのだが、君は何というのかな?」

「おいおい、僕を知らないのか?
 これだから凡人は……仕方ないし教えてあげよう。
 僕は間桐慎二、世間じゃ天才って言われてる霊子ハッカーさ」


慎二は、まさか目の前に居る相手がある意味じゃ己以上に優れた頭脳と技術を持つ天才だとは知らず、見下した態度で自己紹介をする。
普通ならば、こんな挨拶の仕方をされようものなら怒りの一つや二つ感じるだろう。
しかし、ヒースクリフはそんな慎二の態度にもそういった感情は然程抱かなかった。
血盟騎士団団長にしてSAOの最強プレイヤーである彼からしてみれば、この手の輩はもう何度も見てきた相手だからだ。
身近な例を挙げてみれば、虚栄心に満ちたストーカー護衛ことクラディールあたりか。


「そしてこいつが、僕の引いたサーヴァントだ。
 出て来いよ、ライダー!」

「やれやれ、やっとかい?
 随分と待たせたもんだねぇ、シンジ」 


次の瞬間。
慎二が何も無い空間に声をかけたかと思うと、そこに何処からともなく光の粒子が沸き立った。
粒子はやがて人の形を成していき、そして全てが収束した時。
そこには、一人の女性が出現していた。
顔には大きな一筋の傷が走っており、胸元の大きく開いた中世的な赤いコートを身に纏うその様は、よくある海賊像を思い浮かばせる。
彼女こそが、慎二が召喚したサーヴァント―――ライダーだ。


(サーヴァント……直訳すれば、召使い・使い魔か。
成る程、つまり彼女はSAOで言うテイムモンスターの様な存在……彼の戦闘におけるパートナーなのだな)


流石に何も無い空間から人が現れた事には驚いたものの、ヒースクリフはすぐさま冷静にライダーが何者なのかを自分なりに推測した。
今の己も人の事を言えた立場ではないが、武器も持たないただの学生がどの様に戦うつもりだったのかと思ったが、どうやらこういう事らしい。


「さあ、ヒースクリフ。
 あんたのサーヴァントも霊体化を解いて出してくれよ?
 別にこのままあんたを倒して勝ち抜けってのでもいいけど、折角の初戦がそんなしょっぱい勝利じゃ味気ないからさ」


続けて慎二は、ヒースクリフにもサーヴァントを出す様に促す。
聖杯戦争は、マスター同士がサーヴァントを用いて競い合う戦争だ。
ならば、お互いにサーヴァントがいなければ話にならない。
無論このまま叩き潰すという選択肢もあるにはあるが、折角のゲームなのにそれは物足りない。
やる以上は、自身のサーヴァントの実力をたっぷり見せつけて勝利したい。
そんな願望から、慎二はヒースクリフが動くのを敢えて待っていたのだが……


「……すまないね、慎二君。
 生憎ながら、私はサーヴァントを持っていないんだ」

「……何だって?」


ヒースクリフには当然、その期待に応える事は出来なかった。
そもそも彼は、聖杯戦争の参加者ではないのだ。


「私にあるのは……この姿と、そして剣と盾だけだ」


しかし、サーヴァントが無くとも戦う術ならばある。
すぐさまシステムウィンドウを出現させ、ヒースクリフはその姿を変えた。
科学者茅場晶彦としてのアバターから、神聖剣のヒースクリフへと。
その手には既に、剣と盾が握られており、いつでも戦闘に入れる様な状態になっている。
この変化に、慎二は口を開けて呆然としているが……直後。


「……は、ハハッ!
 こいつは大笑いだ……あんたまさか、サーヴァントを相手に生身で闘うつもりなのか?
 とんだ馬鹿もいたもんだよ!」


彼は、大いにヒースクリフを嘲笑った。
英霊たるサーヴァントを相手に生身で戦いを挑むなんて、無謀なんてレベルを通り越している。
どれだけ腕に自信があろうが、勝てる訳が無い。
初めて会った時から妙な奴だとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
腹を抱え、これでもかというぐらいに大きな声で笑う……しかし。


「やれやれ……そこまでにしときな、シンジ。
 あまり笑ってると、後で辛くなっちまうよ?」


その馬鹿笑いを、ライダーの一声が遮った。
これに慎二はあからさまに不機嫌な顔をして、どういうことだと不満を口にしようとする。
しかし……そこで彼は、気がついた。
ライダーの表情には、己と違い嘲笑は無く……どことなく真剣な目で、ヒースクリフを見ている事に。


「何だよ、ライダー。
 まさかお前、あいつを警戒してんじゃないだろうな?」

「そのまさかさ……分からないかい?
 あの兄さん、言うだけの事はありそうさね」


そう、ライダーの評価は慎二とは逆だった。
その点については、流石は歴史に名を残す英霊というべきだろう。
彼女はヒースクリフを見て、その力量を悟ったのだ。
人の身でありながらも、サーヴァントに喧嘩を売る……そんな馬鹿な真似が、出来るだけの力があると。


「……ふん、分かったよ。
 弱い奴を一方的に甚振るのは気が引けるけど、やりたいって言ったのはあんただからな?
 泣いて謝っても、許さないぞ!」


それでも慎二は、その言葉を認めようとはせず。
あくまで、喧嘩を売ってきた以上は仕方ないし買ってやるという態度を取った。
プライドの高い彼にとって、自らのミスを認めるなんてマネはしたくなかったのだろう。
そんな彼に小さく溜め息をつきながらも、ライダーは微笑を浮かべて、得物であるクラシカルな二丁拳銃を抜いた。
合わせて、ヒースクリフも構えを取る。


両者は正面から睨みあい、そしてお互いに動かずにいる。
それはさながら、ゴングを待っているボクサーの様でもあった。


しばしの間、場には長い沈黙が流れ……そして。



「やれ、ライダー!!」


開幕のゴング―――慎二の一声が、ついに発せられた。


「そんじゃあ、おっぱじめようかねぇ!!」


まず先に動いたのはライダー。
彼女は二丁拳銃を素早くヒースクリフに向け、その引き金を引いた。
轟音と共に、二発の弾丸がその身を貫かんと突き進んでいく。



―――ガキィンッ!!


「何っ!?」


しかし、それがヒースクリフに命中する事は無かった。
彼が左手に持つ盾に、阻まれたのだ。
馬鹿な、と慎二は呟きヒースクリフを睨む。
サーヴァントの弾丸を、あんな盾如きで防げる筈が無い。
そう思い、盾に視線を移し……そこで気付く。
彼の持つ盾が、白く光り輝いている事に。


「なんだよ、あれ!?
 ただの防弾盾じゃないのか!?」


神聖剣。
ヒースクリフが持つユニークスキルの一つであり、その効果は、装備した盾に強力な『攻撃判定』が付加されるというもの。
本来ならば防御にのみ用いられる盾を、武器としても扱えるスキルだ。
しかしその真価は、かつて多くのプレイヤー達が口にしたように、やはり防御にある。
盾に威力を纏わせる事で、その堅牢さはより強固なものとなるのだ。
そう……英霊の攻撃相手にも、通じる程に。


「ハッ、面白いじゃないか。
 だったら遠慮せず、派手にばらまくまでだよ!」


堅い防御が自慢なら、火力で無理矢理こじ開けるだけだ。
ヒースクリフが構える盾目掛けて、ライダーは怒涛の勢いで拳銃を乱射する。


「これしき……!!」


盾越しにビリビリと伝わってくる衝撃に、ヒースクリフは流石に表情を歪めた。
だが、それでも神聖剣は打ち破られていない。
ならば構うものかと、ヒースクリフは前に足を踏み出した。
襲い来る弾丸を一切避けず、ただ一直線に、目前の敵へと最短距離へと突き進んでいく!


「ハァッ!」


そしてライダーが間合いに入ると同時に、右手で剣を突き出す。
それは英霊の目から見ても、実にスピードのある真っ直ぐな一撃だった。
だが、だからといって素直に喰らう訳にはいかない。
ライダーは迫りくる刃を左手の銃で横から叩き、軌道を逸らして回避する。
同時に、すかさず右手の銃をヒースクリフに向けてその引き金を引いた。



―――ガァンッ!!


しかしそれよりも早く、ヒースクリフは盾を彼女に向けていた。
高い金属音を鳴り響かせながら、弾丸はまたしても神聖剣に叩き落とされる。
そして、ヒースクリフはそれだけでは終わらなかった。
そのまま前へと更に踏み込み、光り輝く盾を真正面からライダーにぶつけにかかったのだ。


「チィッ!」


これだけ堅牢な盾によるチャージとなれば、当然威力の程も想像出来る。
それを受けるのはまずいと、ライダーはとっさにバックステップしてヒースクリフから距離を取った。
無論、その最中にも拳銃を乱射して弾幕を張る事は忘れない。


「ハハハッ!
 いいねぇ、ぞくぞくするよ……あたしも色んな海を渡り歩いてきたが、あんたみたいな奴ははじめてみたさ!」


自身の放つ弾丸を、尽く防がれる。
この思わぬ強敵の出現を前にして、しかしライダーは笑っていた。
慎二の意見とはややニュアンスは異なるものの、やはり強い相手と闘ってこその聖杯戦争だ。
これを愉しまずに、どうしていられようか。
あの防御を打ち破るには、どうすればいいか。
あの盾以外には、どんな切り札を隠しているのか。
そんな想像が、次々に沸き立ってくる……心が躍って仕方が無いのだ。


「じゃあ次は、こんなのはどうだい……砲撃用意!!」


ライダーが高々と声を上げる。
すると、何も無い筈の頭上の空間から、何かが出現した。
それは黄金色に輝く、巨大な大砲―――カルバリン砲だった。
その総数、実に三本。
筒先は全て、ヒースクリフへと向けられている。


「大砲だと……!」

「藻屑と消えなぁ!!」


直後。
驚くヒースクリフに向けて、全ての砲門が火を噴いた。
迫り来るは、拳銃の比ではない爆撃……それでも、ヒースクリフの取る行動は変わらなかった。
神聖剣を発動させ、光の盾でその一撃を受け止めにかかる。


「グゥッ……!!」


神聖剣は、カルバリン砲ですらもその圧倒的防御力で堪え切った。
しかし、それでも全てを抑えきれる訳ではない。
まずは盾越しに伝わる強大な衝撃に、ヒースクリフはその身を吹き飛ばされそうになる。
これには両足に力を込め、強く踏ん張る事で対処を取る。
続けて、肌をピリピリと焼く熱風と黒煙が伝わってきた。
視界は黒で埋まり、爆風による息苦しさが襲いかかってくる。
これらには流石に対処法が無く、どうにかして耐えきるしかない。


「もらったよ、ヒースクリフ!」


その刹那。
側面より、ライダーが声を発した。
彼女は最初から、カルバリン砲でヒースクリフを仕留められるとは思っていなかった。
神聖剣ならば、砲撃ですらも防ぎきるだろうと予想をしていたのだ。
それでも敢えて仕掛けたのは、この展開を見越しての事。
砲撃を防御させる事で、黒煙と爆風でヒースクリフの視界を潰し、防御の外から仕掛ける為だったのだ。


「いいぞ、ライダー!
 そのまま風穴を開けてやれ!」


引き金が引かれ、銃弾が黒煙を突き破ってヒースクリフへと向かう。
そのおかげで視界は晴れたものの、迫る攻撃に気付くには少々遅すぎた。
カルバリン砲で釘付けにした今、この距離からの防御は流石に間に合わない。
慎二もヒースクリフが蜂の巣になるのを確信し、嬉々とした声を上げる。


だが……その予想は、思わぬ形で裏切られた。



―――カキキィン!!



「えっ!?」


命中寸前。
ヒースクリフの右手から青白い残光が走り、同時に金属音が複数鳴り響いた。
それは、弾丸が叩き落とされた音に他ならなかった。
右手に握る刃……青薔薇の剣によって。


「言った筈だ、慎二君。
 私にあるのは、この盾と……そして剣だと!」


盾が使えないならば、剣を使えばいい。
四連撃ソードスキル―――バーチカル・スクエア。
ヒースクリフは弾丸が放たれた瞬間、動かせる右手ですばやくそれを発動させていたのだ。
迫りくる弾丸を、防ぎきる為に。


「ハァッ!!」

「うっ……!?」


ヒースクリフは間髪いれずに踏み込み、ライダーとの間合いを詰めて逆袈裟に斬りかかった。
彼女は咄嗟に後ろへ飛ぼうとするが、今度は先程と違い間に合わない。
切っ先が右腕を捉え、一筋の傷をつける。


「……成る程ねぇ。
 あんた、視界が晴れた瞬間に私の目線を見て、弾道を見抜いたね?」

「その通りだ。
 流石にこれは賭けだったが、上手くいってよかったよ」


斬られた右腕を押さえながら、ライダーは笑いかけた。
弾丸を剣で斬り払う。
普通に考えればありえない事なのだろうが、ヒースクリフはそれをやってのけた。
その種だが、彼は発砲と同時に視界が晴れたその瞬間、ライダーの目を見ていたのだ。
そして、彼女が何処を狙い、仕掛けてきたか……目線から、弾道を予測したのである。

ヒースクリフは知らなかっただろうが、それはGGOの世界でキリトが銃撃相手に取った戦法と全く同じものだった。
偶然にも彼は、ライバルと同じ対処法を使っていたのである。


「もっとも……完全に防ぐ事はできなかったようだがね」


しかしながら、流石にライダーの攻撃全てを斬り払う事は、ヒースクリフの腕でも出来なかった様だ。
頬を掠めて一発と、そして脇腹を貫通してもう一発。
合計二発ほど、彼は弾丸をもらってしまっていた。
とは言え、これならまだ、戦闘を続けるには支障はないダメージだ。


「いいねぇ……二発だけで済んだって言わないその欲張りさ。
 ますます気にいったよ!」

「そういう君も、中々のものだ。
 さっきの一撃は、腕を一本もらうつもりだったというのに」



◇◆◇



(ふざけんなよ、聖杯戦争ってのはサーヴァント同士の戦いだろ!?
こんな話……聞いてないぞ!!)


目の前で繰り広げられる激戦に、慎二は戸惑いと苛立ちを隠せないでいた。
聖杯戦争とは、マスターが召喚したサーヴァントを操り戦うゲームではなかったのか。
どうして英霊たるサーヴァントを、それも天才である自身が操るライダーを相手に、ただの人間が互角に立ちまわれているというのか。

いや、正確には互角じゃない。
状況は僅かながら、ヒースクリフの方が有利だ。
ライダーはヒースクリフの攻撃を回避しつつ仕掛けているのに対し、ヒースクリフは回避と防御の両方を交えながらライダーに仕掛けている。
命中したらまずいライダーと、命中しても防ぐ事が出来れば大丈夫な神聖剣とでは、攻撃を当てる事への意味合いがまるで違うのだ。
このまま体力勝負の持久戦になれば、当然両者の動きに鈍りが出るだろう。
そうなった場合、不利なのはライダーの方だ。
加えて、慎二の魔力がどこまで持つかという問題も、長丁場になれば発生してくる。


(僕の方が負けてる……そんな事、あってたまるか!)


慎二としては、その事態は何が何でも受け入れる訳にはいかなかった。
こんな初戦で天才たる自分が負けるなんて、あってはならない事なのだ。
故に……慎二はここで勝負に出る事にした。

「ライダー!
 宝具の使用を許可するから、さっさとそいつを消し飛ばしてしまえよ!」


本来ならば、もっと後の試合に取っておくつもりだった切り札―――宝具を使う事を決めたのだ。
その言葉にライダーは、視線はヒースクリフに向けたままで答えた。


「おや、いいのかい?
 こんなとこで使っちまえば、結構人を呼びそうだよ。
 それにこの兄さんは頭も良さそうだし、真名が割れちまいかねないんだけどね」


自身の宝具は目立つものだから、こんな平原で使えば確実に他の参加者を読んでしまうだろう。
加えて、真名が割れる危険性もまたある。
この状況での宝具の使用には、はっきり言って色々とリスクが伴う。
ライダーはそう告げ、それでも尚構わないのかと慎二に確認を取った。


「だったら、来た奴も一緒にふっ飛ばせばいいだろ!
 いいからさっさとやれよ、エル・ドラゴ!!」


その忠告も、慎二はまるで意に介さない。
それどころか、ライダーの真名までばらした上で強行するよう言い放ったのだ。
自ら不利になる状況を作り出してしまうとは、余程頭に血が上っているのだろう。
ライダーもこれには溜め息をつき、呆れざるを得ない。


「やれやれ……でもまあ、あんたの言う事も一理あるね。
 この兄さんは、宝具無しじゃ流石にきつい相手っぽいし……
 何より、チマチマやるよか皆纏めて吹き飛ばす方が、あたしの性にもあってるよ!」


とは言え、慎二の策自体には別に反対する理由も必要も無かった。
彼が言うとおり、他の敵が集まって来るというなら、纏めてふっ飛ばせばいいだけの事だ。
自身の宝具ならば、それが出来るのだから。



「さあ野郎ども、時間だよ!
 嵐の王、亡霊の群れ、ワイルドハントの始まりだ!!」


高らかに、ライダーが天へと号令を上げる。
すると直後……空が歪み、波紋が生じた。
続けてその中より、巨大な何かがせり出し始める。
虚空を突き破り、この空間へと出現しようとしているのだ。


「……これは……大砲が出現した時点で、何となく予想はしていたが……!」


それは、巨大な帆船だった。
本来ならば海を駆ける筈の船が、空に浮かびあがっているではないか。
続けて周囲に、何隻もの小舟が同じく出現する。
その全てが、砲門を取りつけられている……戦闘用の軍船だ。


「ヒースクリフ、あたしの名を覚えて逝きな!
 テメロッソ・エル・ドラゴ、太陽を落とした女ってな!!」


これこそが、彼女が誇る最強宝具。
黄金鹿と嵐の夜―――ゴールデン・ワイルドハント。
生前に彼女が率いた船の全てを召喚し、その圧倒的火力を以て敵を殲滅する切り札だ。


「太陽を落とした女、エル・ドラゴ……フランシス・ドレイクか……!」


ここでヒースクリフは、ライダーの名乗りとその宝具から、彼女の真名を看破した。
フランシス・ドレイク。
人類史上初の世界一周を成し遂げた偉大な航海者にして、当時は沈まぬ太陽の国と称され無敵とされていたスペインの艦隊を、ついに壊滅させた司令官。
弱小国だった英国を一気に世界でも有数の大国に伸し上げた、知る人ぞ知る英雄だ。


「まさか、そんな英雄を相手に戦っていたとは……しかも女性だったとは、驚いたよ」

「性別に関しちゃ、よく言われるよ……さあ、ヒースクリフ!
 あたし達のこの火力と、あんたのその盾と!
 どっちが上か、はっきりさせようじゃないかい!!」

「お、おわ!?
 おい、ライダー!」


ライダーは慎二を抱えて高く跳躍し、主船の穂先へと飛び乗る。
こうしなければ、艦隊の一斉砲撃で慎二を巻き添えにしかねないからだ。
有無を言わさず首根っこを掴んだ事については、流石に慎二も抗議の声を上げたのだが。


「いいだろう……!」


対するヒースクリフもアイテムウィンドウを開き、最後の支給品を使用した。
バトルチップ、エアシューズ。
使用すれば一定時間の間、空へと身を浮き上がらせる事が出来るアイテムだ。
その効果により、天を飛ぶ無数の船団と同じ高さまで、一気に上昇する。



片や、全サーヴァントの中でも最強クラスの火力・制圧力を誇るライダー。

片や、SAO最強の防御力を誇る神聖剣のヒースクリフ。



言ってみればこれは、最強の矛と盾を持つ者同士の激突である。


ならば勝つのは矛か、それとも盾か……



【D-5/上空/1日目・深夜】

【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:青薔薇の剣@ソードアート・オンライン、防護盾
[アイテム]:エアシューズ@ロックマネグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止め、ネットの中に存在する異世界を守る。
1:慎二とライダーを倒す。
2:バトルロワイアルを止める仲間を探す
[備考]
※原作4巻後、キリトにザ・シードを渡した後からの参戦です。
※広場に集まったアバター達が、様々なVRMMOから集められた者達だと推測しています。
※使用アバターを、ヒースクリフとしての姿と茅場晶彦としての姿との二つに切り替える事が出来ます。
※エアシューズの効果により、一定時間空中を浮遊する事が可能になっています。
※ライダーの真名を看破しました。


【間桐慎二@Fate/EXTRA】
[ステータス]:魔力消耗(小)
[サーヴァント]:ダメージ(小)      
[装備]:無し
[アイテム]:不明支給品1~3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルに優勝する。
1:ヒースクリフを倒す。
[備考]
※参戦時期は、白野とのトレジャーハンティング開始前です。
※バトルロワイアルを、ルールが変更された聖杯戦争だと判断しています。
 また、同じくバトルロワイアルは単なるゲームに過ぎないと思いこんでいます。
※宝具発動により魔力を徐々に消耗しています。
 展開持続時間は最大魔力時で5分程度になります。



【青薔薇の剣@ソードアート・オンライン】
アンダーワールドの洞窟で、キリトとユージオが見つけた剣。
青白い氷の様な刀身を持っており、鍔元には薔薇の装飾が施されている。
とある名のある剣士が使っていたとされる、アンダーワールド屈指の名剣。


【エアシューズ@ロックマンエグゼ3】
使用すると、穴の開いたパネルの上でも移動可能になるバトルチップ。
このロワにおいては、使用すると一定時間飛行能力が付与されるものとして扱われる。


019:ハートレス・レッド 投下順に読む 021:三者三様
019:ハートレス・レッド 時系列順に読む 021:三者三様
初登場 ヒースクリフ 029:黄金鹿と嵐の夜
000:プログラム起動 間桐慎二 029:黄金鹿と嵐の夜

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最終更新:2013年03月19日 17:52