えーす・パンデミック
令和元年12月1日。この夜も174サーバーのセカチャは通常モードであった。
百詩篇補遺 (Les Suppléments aux Centuries)より抜粋
弐千拾九年拾弐の月、
空から魔王が来るだろう、
デストロイヤの大王を蘇らせ、
KORNの前後に首尾よく支配するために。
空から魔王が来るだろう、
デストロイヤの大王を蘇らせ、
KORNの前後に首尾よく支配するために。
~序章~ 魔王召喚
師走の初夜も174鯖のセカチャでは、チャット常連たちの冗談や掛け合いが飛び交い、いつもと変わらない和やかな雰囲気に包まれていた。
そんな中、DESから離れフリーになっていたえーす12氏は、茶目っ気で『真央』に改名し、冗談半分に第四駆逐隊氏やのんびりー氏らチャットメンバーを相手にLv.78の神飛行船3機編隊の部隊を向かわせて遊び始めた。
この攻撃に耐えうる猛者も僅かにはいたが、殆どの者はこの神の戯れに、ただ蹂躙されるばかりであった。
「(真央には)弱点はないのかー?」冗談めいた誰かの書き込みに174鯖元首である第四駆逐隊氏は事もなげに応えた。
「あるよw」
『弱点アリ』の報に沸くセカチャ。第四駆逐隊氏は懐から禁忌のアイテムを取り出した...「パパきらーい(娘さんの音声テープ)」
セカチャに一瞬静寂が訪れ、真央の叫び声が響いた。
「ちょっとテープ止めて!」
すぐに愛娘を持つメンバーたちから「それは反則だろうwww」と異口同音に笑い声があがった。セカチャに広がる笑いの中、真央は小さく呟きはじめた。
「うちの娘は、アフロディテの生まれ変わり...うちの娘は、アフロディテの生まれ変わり...うちの娘はそ...なことい...ゎなぃも...」
そして嗚咽が...。それは「真央」に「魔王」が憑依した瞬間だった。
~壱章~ 増殖するえーす
しばらく無言を続けていた真央が突然笑い出した。そして先程とはうってかわった明るい声で呪詛をかけ始めた。
「えーすは個であり全である」
最初の被害者は、禁忌のアイテムを用いた174鯖元首であった。他の鯖にまで轟く彼の誇るべき名前は『エース13』と化してしまった。
悲しみと絶望から我が身を儚みこの世を憎んだ真央は、その魔力でセカチャにいるすべてのメンバーの誇りともいえるHNに呪いをかけたのである。
名無しの権兵衛氏は『エース権兵衛』と名無しではなくなり、ピオーネ三好氏は『エース三好』と広島カープファンの誇りを奪われた。前日に「変態」を自認したばかりのksk310氏は『えーす310』となり、由紀氏は『えーす.12』となった。
その後、真央の手下と化したエース13が『今なら誰でもダイヤ100個でえーすになれますキャンペーン』を展開し「※このキットにえーす12氏はついていません。」と但し書き付きの『1/144えーす』が出回るまでにえーすは蔓延していった。
その陰で『えーすだらけの世界チャット!ポロリもあるよ♡』というエースハーレム状態に鼻血が止まらなかった寝桜餅氏は出血多量により救急搬送されていった。
~弐章~ ゲシュタルト崩壊の後に
光闇氏をはじめ、遅れてセカチャに現れた者たちがゲシュタルト崩壊起こし、『えーす』の文字列すら正しく認識できなくなりつつある惨状を確認した真央は、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「焼き尽くしてやる」
戦慄が走るセカチャ。Lv78の魔王が本気で「焼く」気になれば、174鯖が灰燼に帰してしまうことは、この場にいる誰もが容易に想像しえた。
(まさかな?w)
(シャレだよね?w)
(でも...いつもと違くね?...)
(シャレだよね?w)
(でも...いつもと違くね?...)
真央の発した「焼き尽くしてやる」という文字列が暫くの間セカチャの最下段から動くことがなかった。
ただ過ぎていく沈黙が、否が応でも忌避すべき惨劇が現実のものになりつつあるのでは?との疑念を抱かせる。
(ジョークで場を和ませるか?)
(ノッた体で一発探りをいれてみるか?)
(いや、ここは静観して真央の次の手を待つか?)
(ノッた体で一発探りをいれてみるか?)
(いや、ここは静観して真央の次の手を待つか?)
いつもなら、軽妙なセリフでどんなシチュエーションでも対処できるであろうチャットの達人たちが、その達人故の感性で、セカチャへの書き込みが出来なくなっていた。
セカチャを見つめるすべての者が、画面をただ見つめ、真央の次の呟きを待っていた...まさにその時、セカチャに新たな文字列が表示された。
「そろそろ寝ます(・ω・)おつー」
それは先程まで『誰でもえーすキャンペーン』に励んでいた174鯖元首、現『エース13』の第四駆逐隊氏のひとことだった。
(逃げた?)
(まさか?...ないだろ?...まぢか?)
(流石です、くちっくさん...)
(まさか?...ないだろ?...まぢか?)
(流石です、くちっくさん...)
それまで張りつめていた緊張感は、なんか微妙な空気へと変わった。そんな空気を気にもとめず、第四駆逐隊氏は、まるで消灯時間を迎えた子どものように自然に消えていった。
「新しい連盟作りました♪」
そんな微妙な空気を一変させたのは、真央の書き込みだった。
連チャのウィンドウを閉じ、フィールドマップを確認する。真央の基地には見慣れない『[MAO]』という文字。ほんの数秒前まで存在していなかった174鯖最強の新連盟が爆誕していた。
その書き込みは、新連盟への勧誘でないことは明白だった。空気を読めないお調子者が入盟申請しようものなら、瞬時に神飛行機の大編隊が迎えてくれたことだろう。普段どおりの優しい口調のまま笑みを浮かべながら「この新しい連盟で皆を焼き尽くしますね♪」という宣戦布告だった。いや、死刑宣告だった。
~終章~ 神の見えざる手
微レ存ではあったが、この事態を唯一収拾できる可能性を持っていた第四駆逐隊氏は、既にこの場にはいない。あとに残された『にわかエース』たちがいくら『エース戦隊』を組んでも、太刀打ちできるわけもない。
真央の圧倒的な進軍速度と最大数の進軍ラインは、無限の触手を持つ魔王の体現そのものである。覚醒したLv.78の魔王を止めるなど、端から無理なのだ。
(くっころ...)
諦めのよいものは覚悟を決めた。
諦めのよいものは覚悟を決めた。
(なんでこうなった...?)
禁忌アイテムを用いた元首を恨む者もいた。
禁忌アイテムを用いた元首を恨む者もいた。
(...助けてください...神よ...神?)
力なく天を仰いだ者の目に光が宿った。
力なく天を仰いだ者の目に光が宿った。
(俺達には...私たちには...神がいる!)
世界がひとつとなった。
世界がひとつとなった。
その祈りが奇跡を起こしたのか?
セカチャに真央の新しい書き込みが表示された。
セカチャに真央の新しい書き込みが表示された。
「あ!体力ないわwww」
屈託なく笑う真央の姿は、数時間前の彼だった。
これが後に174鯖の狂気「えーす・パンデミック」と呼ばれた事件の真相である。
- FIN お付き合いくださいましてありがとうございました(。>∀<。)ニコッ
追記 これら騒動の最中、セカチャの片隅で『おーく1/2』がひっそりと生まれ、ひっそりと消えていったことは、また別のお話である。