高波文一
- 1975年11月3日生 熊本県天草市出身 右投右打
- 在籍時の背番号は「62」
- 阪神では代走の切り札として活躍。だが打撃が非力で、二軍暮らしが続いていた。
- 2000年に阪神でコーチをしていた伊原春樹が西武の監督に就任し、2003年請われて金銭トレードで移籍。
- 準レギュラーの座を掴むが、移籍してきたふくちくんに押しのけられ、2006年オフに西武から戦力外通告を受ける。
- 合同トライアウトでも獲得球団がなく、引退してサラリーマンになろうとしていた。
そこを阪神時代の上司でもあるノムさんから、春季キャンプの入団テストに誘われる。
ノムさん自身の強い要望もあり、晴れて入団、現役続行となった。
- 俊足好守、脚と守備のスペシャリスト(ただし打撃はry)というノムさん好みの選手。
阪神では赤星や藤本、沖原佳典らと「F1セブン」を結成、7号車として活躍していた。
- そして5月末に森谷昭仁と入れ替えで一軍に上がると、守備固め・代走要員として活躍、森谷を憤死させる。
- ノムさんからも「代走のスペシャリストだ」と讃えられ、チームの4位浮上の下支えをした。
- 翌2008年も3年ぶりにタイムリーを放ち打点を挙げるなど輝きを見せる。
だが次第に聖澤諒、中村真人といった若手外野手が台頭をはじめ出場機会が激減してしまう。
- この年オフに戦力外になりオリックスへと移籍。
しかしそのオリックスでも出番はほとんどなく、2年連続で戦力外の憂き目にあい、引退した。
- 現在はソフトバンクでチームスタッフをやっている。
- 代走と守備固めで生き残ってきた選手で、打撃がパッとしないためスタメンを勝ち取ることはできなかった。
とはいえその技術で、阪神・西武・楽天・オリックスと4球団を渡り歩いてきた。
- 100試合出場を達成したシーズンは一度もないが、プロ15年目にはFA権を得ている。
- 華やかなスターではなかったが、これも一つのプロの形といえよう。
- 余談だがホセとは不思議な縁があるらしく、猫鷲檻と球団を三度変えながら5年間チームを共にしていた。
最終更新:2011年08月10日 15:48