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最終話 マイムマイム その五 - (2006/08/03 (木) 22:36:32) のソース
<p><br> ジャンヌのミサイルラックを切り潰したノブレスは、わずかなENで懸命に着地のショックを減らすための減速。それでも落下するだけで雲を引くだけの速度が出ている。<br> ジョイント強度が限界まで来ているので、コクピットまで衝撃が突き抜けることは必死。さすがに機体がバラバラになるとは言わないが、脚は使い物にならなくなるだろう。<br> 実際になった。着地の衝撃で脳みそを思いっきり縦に揺さぶられたノブレスは着地直後、バカになった脚の関節が急に折れ曲がったせいで硬いシートに思いっきり頭をぶつけた。<br> 着地した時にはもうジャンヌはかなり遠くまで飛んでいってしまっていて、ENはチャージングに入っていた。おまけに歩けないともなればただの砲台、遠距離装備を持たないカラスは砲台以下だ。<br> どうすることも出来ずにため息を吐いてACのレーダー以外の電源を一時カット、待つ事五分でシーラのトラックが追いついた。<br> そして今は部品の交換の真っ最中だった。<br> バカになっているのはジョイントを支えるピストンを含む十種類。非常事態にある今、最速で仕事をこなすと自ら言うシーラにノブレスは口出しできなかった。自分の手で整備したい気持ちが無いわけじゃなかったが、そっちの技能に関してはシーラとノブレスには点と地の差があり、下手に手伝う事は邪魔にもなり兼ねない。<br> 何も出来ないのは悔しいがシーラにまかせっきりにするしかないのだ。<br> しかし、自分を除く全員が戦っているのに、自分だけが休息を得ている今の状況がノブレスには耐え難い。いらついた精神が内にいくつもの焦げ付きを作って、引っ掛かりがいくつも生まれた。<br> 組んだ腕の先で指が好き好きに踊り、瞑った瞳は激情に燃えた。<br> 「まだ、まだかかるのか……?」<br> 『急いでるから、もうちょっとだけ待って。……よっと』<br> 諭すような口調に部品の類がガチャガチャと鳴る音が続く。<br> 応急処置しだいで動くと先ほどシーラが評したこの損傷は通常ならロールアウトものの傷だろう。懸命にやってくれてるシーラに苛立ちをぶつけるのは恥と知りつつも、ノブレスは黙っていられなかった。<br> そんな自分が情けなくて余計に苛立つ。<br> 前向きで無ければならないと思う。今のノブレスの気持ちは前のめりに倒れてしまっていて、周りの状況が見えていない。冷静になる必要がある。<br> 例えるなら泥の中に手を突いて起き上がろうともがいて、かんしゃくを起こして差し伸べられた手を叩く子供。<br> そういう子供は自力だけでは立ち上がることは出来ない。子供に必要なのは一人で立ち上がるだけの力じゃなく、差し伸べられた手を握り返す事だ。<br> 『ノブレス』<br> 「……なんだ」<br> 爪先でペダルをちょいちょいと叩きながら、ノブレスはシートに身を預ける。<br> 通常回線の向こうからは工具がこすれあう音が止まない。<br> 『あんまり熱くならないでよ』<br> こすれあう音はそれほど大きくないのだが、会話が止めば場を支配するほどの音になる。音自体が大きいわけでもないのに、やけに耳に残る音だった。<br> 「、わかってるよ」<br> 『戦ってるのあなただけじゃな』<br> 「分かってる、一体何を?」<br> いらだってまた差し伸べられた手を跳ね除けた。しまったと内心で思うのだが、どう言えばいいのかイマイチよく分からない。<br> わかってるけどわかっていない。その状況が分かっているはずなのに素直に聞けなかった。<br> 子供は助けを欲しがるくせに駄々をこねて他者を疎んじる。必要と思いながら拒む、二律背反を排除するには拒まれても諦めずに手を引っ込めない強さを差し伸べるものに要求しなくちゃならない。<br> 『そんなに焦らないでも、私が整備して貴方が乗ってる鉄の鳥は簡単な事で落ちないよ』<br> その程度で諦めるようではオペレーターは失格だ。手を差し伸べて走らせるものとしてのオペレーターが簡単に諦めてしまっては、貫ける意地も永遠に貫けないままで終わってしまう。<br> マラソンランナーが完走するにはこけた時に励ましてくれる声が必要なのと同じ理屈だ。強い拒否をぶつけられてもへし折れない応援の声がちょっとした苛立ちを突き崩す。<br> ただノブレスはそれを突き崩されても相手の言う事にそう簡単に従うのは癪だった。これも二律背反。突き崩されて、相手の意を知りそれを肯定した上で否定したいと思うだなんてバカな話だ。<br> 「……だから分かってるよ」<br> 言葉の端にだけ矛盾の端くれが残ってかすかなささくれを作ったが、かわいいものだった。<br> 圧倒的な大原則にねじ伏せられたノブレスは顔を赤くして、偉そうにシートにふんぞり返って腕を組みなおす。<br> 黙って聞いていれば、シーラの笑い声が空気と一緒にコクピットに充満した。<br> 「なに笑ってんだよお前」<br> 『だって今顔赤くしてさ、かわいいじゃない?』<br> 声しか運ばない機械を通じて、間だけでそれを感じ取る。凄い事だが、対象にされたノブレスがさすがだなんて言える訳ない。<br> 図星を言い当てられて顔をトマトにした。<br> それだけの会話の後、黙々とシーラは整備を続ける。<br> つまらないコクピットを眺めているだけで何が出来るわけでも無し、取り敢えずは立ち上がったノブレスはどうしようかとムリムリと頭の中を探り出す。<br> ジャンヌと離れた位置からの長距離狙撃が出来るもの。バリアーに多大な負担をかけることが出来るもの。それは今現在一つしかノブレスは知らない。<br> 目を開いて腕を解き、トラックの電子室との回線をつないで、アンテナのコントロールを無断で奪い取る。<br> 開きっぱなしの通信回線がキーボードを叩く音を拾って、作業中にもかかわらず掃除を欠かさない耳でシーラはそれを聞き取り、怪訝な声が単刀直入に、<br> 『何をやってるの?』<br> シーラが工具箱の脇に置いた最新式の無線がはっきりとした音を伝えた。風が強く、シーラは長い髪を持っていかれそうになりながらも、その風の中をめげずに進む声に耳を傾けた。<br> 「できる事をやるんだよ」</p> <br> <p> 長距離通信を指定の座標に何回も飛ばしたが、返答は全くもらえなかった。<br> 信用してもらえないと言うのだろうか。なかなか大きな街だと言うから、まさか誰も聞いていないわけではあるまい。<br> 危険を知らせ、非難を促す。やれる事はやったと処理速度を落とし、しばしの休憩を得た。<br> 街まで残すところたったの20kmしか残っていなくて、多分ここで戦えば街まで相手の射程距離に入る。<br> 核の爆破範囲は小型と言えど直径30kmは軽く吹き飛ぶだろう。半径15kmならここらで起爆させればかろうじて街を巻き込まずに住む。<br> 『ジナイーダ、ここに機体を残して南下するよ』<br> ファシネイターは突如として走るのを止めた。距離をあまり離さぬよう、カドルもその他のピンチベックも足を止める。<br> ジナイーダは返事をしない。なぜか緊張の糸が一杯一杯まで張り詰めていて、カドルは彼女の心を察しようと努力。<br> ただのコンピューターなら絶対にそれを理解できないが、カドルはただのコンピューターじゃない。彼女がさっきの自分が自分でない話で引っかかってるのくらいすぐに分かる。<br> 『落ち着いて』<br> 何が落ち着けというのだ。<br> 自分が無粋な発言をしているのだと意識しながら、それでも何かを言おうとしてしまう。人によっては無用な気遣いとも取れる行動しか出来ない自分をカドルは呪った。<br> 「何を……どうやって落ち着けって言うのよ」<br> さすような言葉の気配には迷いと切望が混じっている。自分の不器用を意識しながらカドルはまた失言する。言わなくてもいいはず。それを頭で理解している。頭で理解していればコンピューターはその本質をつかめるが、カドルはただのコンピューターでない。自分が何故自分なのかを自覚できる存在ではない。<br> カドル自身も迷って、迷いに迷う。自分は何故コンピューターとして完全でないのか、なんて関係の無いことまで頭の中を飛び交う。<br> 『今分かって欲しいわけじゃないんだ。ただ、知っていてもらえればいい』<br> 理解と知るの違いは必ずしも明確でない。知る事と理解は人の頭の中では常に1セットであり、どちらか片方でしかないのは非常に危険だ。<br> その危険をはらんでいるのが人間そのもので、それによる感情の動きが個人そのもの。<br> カドルは自分が何を言っているのか分からない。何を思っているのか分からない。自分はコンピューターだ。しかし、迷う。コンピューターに定義できるものを定義できず、自分の考えが自分を否定している事にさえ気付けない。<br> 感情の動きが個人そのもの。カドルの心の動きが個人そのもの。生きるプログラムとしてのコミュニティーと自我を持っていようとも、この世に何かを自力で存在させうることはただのプログラムには出来ない。<br> しかし、カドルが作り出した音声がスピーカーを、無線を通じて物理現象となり、意思を伝達して他のものに渡り、ベクトルを生む。<br> プログラムがもてるはずの無い実行の意思を持っていると言う点において、カドルはプログラムのカテゴリから逸脱している。<br> カドルはそれが明確に理解できない。プログラムであればそれぐらい百バイト以内で説明できて当然なのに、カドルはそれが出来ない。できない事自体にもやがかかったように、カドルにはできない事そのものが意識出来ない。<br> 結局、自分の存在に引っ掛かりを覚えるだけでいる。不器用はプログラムに存在し得ないはずだがカドルはそれでも不器用だ。<br> 「貴方がカドルじゃない証拠はあるの? その声の感覚はカドルに間違いは無いんだったら……!」<br> 信じていたものは裏切らない。ジナイーダが感じているのはカドルの存在感とでも言うべきものの片鱗。肉体に付随するものでなく精神に付随する。<br> カドルはそれを解せず、証拠を示す手段を探す。<br> すぐに見つけ、現実を理解してもらうためにカドルは機体を動かした。<br> ファシネイターに面と向かって立ち、しっかりとファシネイターの中のジナイーダを見据えて実行。カドルはそれがとんでもなく残酷な行動と方法である事に結局気付けないまま。<br> 『信じられないのならよく見ておきなよ』<br> くぐもった音をあけながら、コクピットが外に開いていく。<br> 現実を突きつけ、判断を迫る。迷う事を許さず、時間をかけて導き出される本当の真意を待とうとしないせっかち。<br> 音を立てながら見えてくるコクピットの中身をジナイーダははじめだけ期待した。きっとカドルがそこにいると、信じた。<br> 精神は肉体に付随するものだ。肉体に付随してこの世に現存し、初めてベクトルを生むきっかけになる。<br> そのベクトルと声に含まれる何かからカドルがそこにいることをジナイーダは知り、ほんの少しは幸せになれた。<br> 精神が肉体意外に付随する事は常識的に考えられないからして、カドルの肉体はそこにあるのに違いないのだ。<br> 「……!」<br> 顔が引きつり、吸った空気が肺に張り付く。<br> コクピットは空で、声を上げる気も起こらない。<br> そこにあるのはカドルの精神に他ならないのに、そこにはカドルの肉体が存在しなかった。<br> しかし、精神だけはそこに存在している。<br> 『ぼくはモリ=カドルじゃなくて、カドルはもうこの世にはいない。それを知っていて欲しくて僕はジナイーダを呼んだ』<br> カドルの声でカドルを否定する。 ・・<br> 背反を飲んで、どちらかの論理を押し倒した結果がこのカドルそのものだった。<br> 知る事は人のうちにおいて理解と一つ。知る事は知った個体なりにそれを理解する事と知れ。理解できなければそれを知ることは出来ぬと知れ。<br> ジナイーダはカドルがそこにいないことが理解できない。カドルの精神は、間違いなくそこにある。自分をCode-K-1とよんだそのプログラムはジナイーダの知るカドルに他ならない。<br> 自らベクトルを生み、その時点で人の意思は確立する。そしてジナイーダの知る不器用さはカドルに他ならなかった。だからカドルが自分を否定してもジナイーダは彼をカドルと呼ぶ。<br> 「カドルは何でジノーヴィーのファンでいたの?」<br> カドルであれば答えられるはずの質問で、ここにいるのはカドルなのだから当然答えられる。<br> 答えをジナイーダは知らないが、きっとカドルははっきりと答えてくれるし、ジナイーダはそれを信じられる。自信がある。<br> 唇を噛むような、たった一瞬の間。一秒を待たずに、無線が空気を振るわせた。<br> 『誰かを守れる、その力がうらやましかったから』</p> <br> <p> 衛星軌道上の中軌道衛星サムンバは再度ENをチャージ。<br> つい最近の照射は連射用に出力50%で撃ったが、今回は特別な命令によってメーターが吹っ切れるほどのENを投入している。ジェネレーターはもちろん火を噴いている。<br> これまでにこれほどのムリな稼動をしたことは無いし、これ以降もする事は無いだろう。多分耐え切れるのは一発っきり。<br> 100%をやすやす突破した出力は全部の形をした巨大な増幅器経由で砲身に注ぎ込まれて、溜まったエネルギーは形を得る前から閃光を発していた。<br> 照準も今までよりもはるかに重く、しかも自動照準じゃなく手動照準。はるかな高度から広大な地球を穴が開くほど見つめても普通は当てられない不便極まりない照準だ。<br> それの最大望遠は赤い機体をがっちりとキャッチしたまま離さない。<br> エネルギーが増幅器であふれて氾濫を起こしてあたりを破壊して回る。もう何秒も耐えられない。<br> 出力とっくにグリーン、照準もグリーン、その他もまとめてオールグリーン。<br> トリガー</p> <br> <p> 今度は膨大どころじゃない。確実に見るものの世界を白に染め上げて全てを無にするそれは、光と呼ぶのもおこがましいやも知れない。<br> 直前の通信で距離をとっていたバレットライフ以下十五機はモニターの電源を切って機器を焼かれるのを防いだが、ジャンヌはバリアを起動しない限り耐える事は出来ず、そうすればモニターも落とせずに機器は間違いなく焼かれる。<br> 最低限の結果に備えつつ、祈られる中その光条はまたもやピコセカンド域で反応したジャンヌのバリアを撃った。<br> 最大出力で展開されたバリアはその光ともかち合い、スパークして世界にこの世のものでない青を振りまいて、夜明けをも覆す光となった。<br> そして、耐え切れなくなった発生器は火を噴く。部品がはじけ飛んで、照射時間の終了と同時にバリアが消滅した。<br> 機器は焼かれ、まともに目が見えない。<br> ジャンヌの人型の根っこあたりに派手で生々しい爆発が起こり、それを見たジャウザーとリムファイヤーは即座にブースターにENをぶち込んだ。<br> 蹴った大地があっさり抉れ、光のなくなった世界を砂嵐が包む。風の後押しを受けたヘヴンズレイは翼を背負って頂点目指して一気に飛翔する。<br> 膨大な熱量と気勢を背負って、はるか向こうの山が見えるくらいまで上昇。<br> チャージの終わったバッテリーとシルキーをつないでトリガー。プラズマが収束して青の雨となって目の見えぬ赤に降り注ぎ、鞭打つ。<br> 近距離でのスラッグガンの一撃を狙うため、目前に近づいてバランスを取って紋章を見据えてスラッグガンをか―― <br> </p> <p><br> ジャンヌの目はさっき焼かれたが、レーダーはまだ生きている。レーダー上の光点から相手の位置をある程度割り出して、プログラムにあるはずの無い勘で適当に照準。最低出力でレーザーを起動。<br> </p> <p><br> ――まえた時に膨大熱量を感知、斜め右下から一本きりだけど、かわせるタイミングでも角度でもない。<br> 避ける事が出来ない。どんな判断をしても、どこへ飛ぶ時間も無く純然たる死がいつの間にか目前に迫っている。<br> 油断していた。遅すぎる思考がそれだけを考えて、それでも鼠の一噛みぐらいは与えるべくトリガーを引こうとする。多分間に合わない。諦めのまじった感情を理性で否定して、次に今の自分に恐怖が存在しない事に恐怖した。目の前に死が押し迫っているのに怖く思えない。怖いはずなのに、その矛盾が怖くなって考えをねじ切って――<br> 「ジャウザー! ぼうっとするな!」<br> 唐突な右からの衝撃に抵抗も出来ず、ヘヴンズレイは押し飛ばされた。<br> ぶつかってきた衝撃の正体はすぐ分かる。どの通信回線が開いているかが重要だ。<br> ジャウザーがちらりとも見なかったモニターの端っこには「接触回線」の緑文字が点滅していて、それは何を意味するのか。<br> 答えは装甲と装甲のふれあい回線。一瞬しか繋がらなかった通信の向こうで両方が相手のことをどう思っていたのだろうか、ただヘヴンズレイは押されるままに逆袈裟に切り上げられるレーザー砲の範囲から抜け出し、そこにはバレットライフがいる。<br> ジャンヌの放つレーザーはいくら最低出力とはいえ、ACを両断する事なんて造作も無い。射程距離が少々縮んだのみで、近距離戦においてはほとんどかわりが無いと言える。<br> バレットライフは例外じゃない。レーザーがヘヴンズレイのコクピットを両断するルートは丁度バレットライフの脚を全て切り落としてしまうルートとなる。<br> バレットライフの脚は数千万度の高熱に耐え切れず、レーザーはそこに何もないようにただ一線する。<br> ばらりと、奇妙な切れ方をした脚がいっせいに重力に引かれ落ち始めるが、バレットライフのコクピットはまだ上半身のコントロールを持っている。<br> 飛ばされたジャウザーは通信回線を開いてただただ、<br> 「何でこんな事を……」<br> 既に死亡が確定したリムは律儀にもそんなバカな質問に答える。<br> リムファイヤーは「自分は父の仇を討つために戦っている」と言い、そのセリフをリムの理性は信じていた。<br> その理性は今ふっ切れて、リムはその向こう側に辿り着いている。リムは毎度戦うたびに感じていた説明できなかった血のたぎりが、今は説明できると思う。<br> リムはレイヴンになったその時からただ戦いたかっただけなのだ。手段はいつの間にか目的に摩り替わり、目的はいつの間にか建前となった。<br> リムは旧友の「お前は不純だ」という言葉の意味をようやく理解して、最高にニヒルな笑みを浮かべた。<br> 「お前らレイヴンを倒すのはこの俺だ! それまで誰にも殺させない!!」<br> バレットライフの上半身はバランスを維持できなくなりつつもブースト、左のマシンガンを弾丸チェーンごと切り離して、自分がいた場所を素通りしようとするジャンヌに一直線。<br> バレットライフはジャンヌの人型の付け根にタックルするが、ジャンヌはそんなことで揺るがない。<br> 凄まじい速さで上半身だけのバレットライフがジャンヌのブースターの上を転がる。転がりつつも開いた左腕で必死に溝をつかもうとして、装甲板を何度も引っかいて、やがて第一ブースターと第二ブースターの接続部分に四本の指をかける。<br> 「ははは! 俺たちレイヴンはなあ! 貴様如きに殺されるほど安い命を持っちゃあいない!!」<br> 右のフィンガーをブースターに突き立てて、一気にトリガー。<br> 瞬間にジャンヌ持続力の維持を捨てた。<br> 第二ブースターが切り離される。第二ブースターにはバレットライフが掴まっている。フィンガーの銃弾が第二ブースターに穴を開けてENの残りに火を与えて爆発する。無抵抗になったバレットライフは吹き飛ばされて大地へ落ちていくしかない。<br> 高度は今四百メートル。脚もブースターも無しに、まともに着地できる高度じゃない。<br> ジャンヌは勝者の余裕を持って、落ちるバレットライフを視界の端に前方に注意する。<br> 「きさまあああああ!!」<br> いつの間にかスラッグガンもシルキーも両方かなぐり捨てたヘヴンズレイがいる。武器と一緒に冷静さまで捨ててブレード一本でブースト。<br> 最軽量最高加速、轟音を伴って救われた命を無駄に使おうとするジャウザーは鬼の形相を作る。<br> そんな一瞬をジャンヌの隠し腕は叩き割る。相手にとっての死角から隠し腕は現れ、ヘヴンズレイのコクピットに高速でアッパー。<br> 鋼のぶつかり合う音がジャウザーには聞こえなかったが、自分の下半身の感覚がなくなったことには気付けた。<br> アッパーは装甲を押し込み、コクピットのした三分の一を叩き潰す。<br> 「……あ?」<br> まるで現実感の無い喪失の現実に茫然自失の声を上げる。それがジャウザーの最後の声になる。<br> 『貴様ではない!』<br> ジャウザーには聞こえちゃあいない。ジャウザーは明日を信じたその瞳をにごらせて涙を流し、次の秒には他七方向からのパンチに完全にコクピットが押しつぶされた。<br> ジャンヌは八本の腕で主人のいないヘヴンズレイを支え、「とっておき」を準備する。<br> 右腕の上から一番目と二番目の間、装甲板がスライドして中から大型のミサイルがでてくる。<br> 誰もいないジャンヌのコクピット内を小さなモニターの青い光が照らす。そのモニターの中心にこれまた小さな窓が現れて、旧世代の言語が表示された。<br> </p> <p><br> Nucleus</p> <br> <p> * </p> <p> 衛星砲照射が成功した証拠の青の世界を見届けたノブレスは軽くガッツポーズを決める。<br> 吉報と言うのは連続してくるもので、このときに丁度シーラの声が重なった。<br> 「整備完了! 今すぐ出られるよ」<br> 感謝の念を無言に乗せて、東の空を見上げる。<br> いくつかの火線が伸びているのが見えて、それはまだ戦っていると言う事で、今から急げば間に合うと言う事だ。<br> 膳は急げ。モニターに火を入れて、電子機器に火を入れる。<br> 弾薬表示は正常で、ジェネレーターも快調。ラジエーターも正常起動しているし、機体各部の調子がすこぶるいいような気がした。<br> ロールアウトものの傷をものともせずに二本足は巨大な鉄の鴉を支え、アイカメラに赤い火が灯る。<br> 東を向いて見上げる。モニターの端っこでシーラも昇りきった太陽の下で争う影を見つめていた。<br> 「気をつけて」<br> 「それだって分かってる、……行ってくる」<br> そしてブースターに火を入れるその時、通信が入った。強制割り込みの強い電波は緊急の何かを叫んでいる。エマージェンシー。<br> 唐突の回線接続に顔をしかめ、最悪の電波状況の中発信されたであろう細波ばかりの音波の中に針金のように芯が通っている。<br> 『――さまらをぉ! 俺は強い! 魂魄が生まれ変わったとしても地球が逆に回っても、俺は貴様らに必ず!!』<br> 突き抜けた声色が壮絶な感情を伝える。これほどまでに露になった感情はきっと全てを超えられるはずだと確信を持てるだけの全てが込められている。<br> それを聞いたノブレスが愕然とした表情で東の空を見上げ、そこに生まれた何かを見つめる。生まれたのは想念だけではない。あらゆるものを弾き焼き潰し粉にしてまだ足りぬ、この世の絶望と希望の変貌を見る。<br> 「何よ…アレ……」<br> 息を呑んでそれを見つめる。圧倒的な硬質が見るものの心を震撼させて永久凍土に封じ込める。真昼の夜明けが恐怖を照らし出す。<br> 恐怖の連鎖を予感させる太陽を見る。<br> 縛る鎖は断ち切らなければならないとノブレスの心のどこかが叫んで、無意識にアクセルを踏み込んだ。<br> </p> <p><br> Nucleus、ニュークリア、核。<br> この世において最も強い光を生み出す命の源泉の開放。それを操る術を見つけた旧人類は恐ろしい発明をした。<br> 全てを焼き尽くし浄化する煉獄の炎は人の命さえも浄化する事に気付かないものは人の内にはおらず、それを兵器転用しようと考えるものが当然いる。<br> それが生み出した兵器。核ミサイル。<br> 核ミサイルは通常のミサイルと違い、炸薬のみでエネルギーの全てを解放するわけではない。弾頭内には少量の爆薬しか含まれておらず、しかしその火種は全てを浄化するための源となる。<br> 火種はまず、ウラン235を反応させる。そのウラン235は極々簡単にウラン236へと変貌を遂げる。<br> その物質そのものの性質が変わってしまうのだ。236は自己を維持する事も出来ぬ非常に不安定な、この世にあってよいものとはいえぬ最悪の物質。<br> 腐ったミカンはその身の悪臭が肝だが、236の肝はその物質としての中心核にある。どの物質も持っている核がきわめて不安定な性質のために極度に露出しやすいウラン236。<br> そして、物質の核にはこの世を構成する全ての元素が含まれている。その全てをエネルギー換算し、解放。抜き身の刀を収めるための鞘は失われ、凶刃は無差別に人を斬る。<br> 解放された浄化の力は数万度の炎を現世に顕現させ、この世のありとあらゆるものを原初の地獄に落とし、さらに数万気圧によって跡形も無く圧縮してしまう。<br> 解放された力に当てられたものが生きているはずは無い。圧倒的な空気の壁にさえぎられ蒸し焼きにされ、全てが例外なく、魂でさえも沸点を超えて蒸発しこの世から完全に抹消される。<br> 力は残りかすの煙を作り約千五百度の域を作りやがて上昇、千五百度は天に昇ってそこにあったものの浄化完了を示す。</p> <br> <p><br> 地鳴りが響き、二つ目の太陽が昇る。<br> 二つとあるはずの無い太陽が圧倒的な破壊を振りまいてそこにある全てをきっと粉にした。<br> 『ここから分散しても間に合わない』<br> カドルにはここから分散したところでたいした距離を稼げるとは思えない。<br> しかし、ジャンヌを仕留めなければこの世に明日は無いのだ。煉獄の炎はきっと明日までも浄化してしまう。<br> ジャンヌがここに来るまでにここから15km以上離れる事ができない以上、接触できるチャンスはジャンヌと今、残った戦力全部が交差する一瞬だけだろう。<br> その時だけがチャンス。その時に仕留めなければ人類に明日は無い背水の陣。<br> 通常の爆薬とは質の違う、砕くのではなく無くす炎がジナイーダの不安を煽る。両手で口を押さえて昇り始めた太陽を見つめ、何が起きたかも理解できない。<br> 「何……あれは……」<br> 恐怖と同次元に考えてはいけない感情が暴れて、身が凍る。人が知ることを許されていない現実が瞳の奥を焼こうとする。<br> 『ウランの反応を使った物質核のエネルギーの解放、』<br> 「そんなことじゃなくて、アレは一体何の光……?」<br> 疑問を発する口だけが動き、瞳も意識も何もかもが第二の太陽に釘付け。本能的な感情に逆らえていない。<br> 『核だよ、浄化の炎だ。絶対、あそこにいた奴は誰一人として生きちゃいない』<br> だからはやってはならなかったんだ、とカドルの身の内にのみ声が反響する。<br> 「あれで…あんなので殺されて……」<br> 第二の太陽の光は未だに場に君臨し続ける。その場にあったものは浄化されつくされるはずで、理屈で言えばジャンヌダルクも浄化されつくされたはず。<br> しかしジャンヌは聖戦の女神の名。浄化されるものでなく、浄化するものの名。<br> 破壊は終末を呼ぶ。その終末を呼んだ者は自分のいる場所をなくしても生きていられるのか。<br> 太陽の光の中心に影が生まれる。とても小さい影で、でもそれはカドルには何であるかがすぐに分かった。女神でないはずは無かった。<br> ジナイーダがその影を見つめ、ズームアップ。モニターの中心に表示される窓には黒々とした聖なる紅。<br> 既に原形はとどめていない。バリアも張らずに存在の核心が晒されている。身を醜く歪め切っている。<br> 装甲はただれて焼けて本質の破壊をさらけ出している。生物の破壊衝動がいくところまでいった姿がそこに見える。滅びの叫び声が聞こえる。<br> ジャンヌとカドル達の間にそれほどの距離は無い。障害も無し、一直線ならばすぐにカドル達のいる場所までジャンヌは到達できるだろう。<br> グズグズしてはいられない。攻められているだけでは勝負には勝てないと、背後を無くしたカドルの意識が喚いて、それを律する冷静さが圧される。<br> カドルはプログラムであるが精神体のみとしては十分に人である条件を満たしていて、つまりカドルは冷静さが完全に圧されきってしまう。<br> 蛮勇だけでは勇気が足りぬ。冷静さは圧されに圧されて、今はもう見る影もないが、圧倒的な暴力に立ち向かうには蛮勇とあと少しの覚悟を促す何かが必要だった。<br> カドルに人としての顔があれば今この時、間違いなくとてもいい顔をしていただろう。笑顔に最も近くて、それでも何かが怒っていて、人が言葉で表す事の出来る範囲を超えた感覚だけの世界の話だ。<br> ワイヤーをファシネイターに飛ばして一方的に回線をつないで一方的に言葉と、バグを一つだけ流し込んだ。<br> 『ジナイーダ、俺が先に出る。君は後からレールガンで胸の紋章を貫け、最大出力だ』<br> 「!」 <br> ジナイーダは急に接触回線に切り替わった通信を怪訝に思い、k-1の自己犠牲で勝手な判断を聞き、激昂する。<br> k-1はカドルだ。ジナイーダにはわかる。今話しているk-1の意思は紛れも無くカドルのモノだ。<br> この世には一つしかないカドルの意識がそこにある。ジナイーダと過ごした何年かの記憶とその時に感じた想いをきっと持っているカドルはきっと間違いなくここにいて、それは間違いなく絶対に絶対なのだ。<br> ならばそのカドルをジナイーダが求めるのが道理。<br> 「先に出たらやられるでしょ、あんたは引っ込んで! 保身も少しは考えなさい!」<br> カドルはそれを聞きつつ意識をここにいる全てのピンチベック、否、カドルの憧れた力の象徴であるデュアルフェイスに流し込む。<br> カドルの神経の一本一本が全ての機体に流れ込んで満ち足りていく。ワイヤーを巻き取って、全機体にブーストの点火を命ずる。更にその全てが故障を恐れぬ全力噴射。<br> 笑って、<br> 『ここで戦わなかったら男の名折れだろうが!』<br> 「だからって死ぬような事はしないで!」<br> カドルは正面の沈み行く太陽の中心に陣取る血の色を見つめる。ズームイン、汚らしい頭蓋と汚らしい身体に心の中で唾を吐きかけた。<br> 機体の加速。そして同時の急な別れの加速にジナイーダが首を振っていやいやをする。<br> 「貴方が行くならば私も……!」<br> 言ってペダルを踏み込んだ瞬間にサブモニター端にメッセージが表示される。<br> erorr erorr erorr <br> 機体のサポート音声が<br> 『下半身とブースターに重大な損傷があります。直ちに点検をしてください。直ちに点検を――』<br> 「っうるさい!」<br> サブモニターを拳で叩いて、涙を目に浮かべながら何度もペダルを踏み込むが、機体はエラーを吐き出すばかりで一向に仕事をしようとしない。<br> 「カドル、お前はカドルだ! だから死にに行くな!」<br> 『……』 <br> ピンチベックのブースターが火を噴いて機体を持ち上げ、まだ遠い影に向かって加速、デュアルフェイスも全機徐々に加速する。<br> 風を巻き込んでつむじ風に変えて、機体自身が突風となり最高の速度で突っ込む。<br> 「カドル!――ドル――」<br> カドルは通信を勝手に切り刻んで機体の制御だけに心を傾けて、生まれないはずのアドレナリンの発生に心を沸かせる。<br> </p> <p><br> 消えた太陽のあった場所を通過する。鴉の分厚い羽毛は撒き散らされた全ての毒からノブレスを守り、鴉の翼によってノブレスは何よりも早く空を駆けた。<br> 血の赤よりも早く走り、赤との距離を急激に縮める。<br> 逃げようたってそうは行かない。クソ生意気な赤子に近づき食いつき、更にスピードを上げる。<br> 「バカ野郎が!」<br> 浄化されて跡形も残ってない死体に捨て台詞を残してOB点火。<br> 赤子のスピードは思ったよりも遅く、ENが尽きるまでには何とか追いつけそうだ。<br> </p> <p><br> 十七機の修羅が斜めに空を駆ける。<br> ――そろそろ赤の射程距離内……<br> ピンチベックが機体を傾けて更にスピードを上げて空を舐め、それに十六機のデュアルフェイスが追いすがる。<br> 強制割り込み通信を仕掛ける。<br> 『ジャンヌダルク! 引導を渡してやる!』<br> 焼け焦げたジャンヌダルクは、その非常識に頑丈な機構によりまだ八門のレーザー砲の照射準備を完了させた。レーザー球体が動く時に妙な音が鳴ったが、エラーは許容範囲内だ。<br> 全てを貫く光は最大出力で照射され、あたりの空気を焦げ付かせながら十七の黒い機体を狙って、左右から四本ずつなぎ払う。<br> FCSレンジ外の街の近辺までレーザーは到達し、砂を盛り上げて街をひっくり返した。<br> 飛行機のロールの如く、ピンチベックは回転して紙一重でレーザーの全てを避けきる。<br> 元からほとんど照準を付けられていないレーザーは、それでもデュアルフェイスの三機の胴を、首を、脚をなぎ払う。<br> 焼け焦げ、溶けた装甲が蒸発して、バランスの崩壊に機体が支えきれなくなって墜落。<br> 火が辺りに散って、燃え盛るカドルの心を演出する。<br> カドルはもうジャンヌダルクしか見ていない。その背景に映る青い空も風の色も見えてはおらず、ただ一直線に飛ぶだけ。<br> ピンチベックとデュアルフェイス全機がFCSを削除して、持てる武器の全てを前方に向けて狙いもつけずに一斉発射。<br> 膨大な火力に物怖じもせずにジャンヌは前進する。回避行動もせずに直進するジャンヌは正面からライフルの弾丸とグレネードの雨を受け、爆煙に包まれる。<br> その煙を撒き散らして紅は進む。ひしゃげた装甲や吹っ飛んだ二本の腕を一瞥もせず、ただひたすらレーザーを照射する。<br> 光の落書きが残像を残しながらピンチベックを襲う。距離はどんどん近くなって、レーザーの狙いもどんどん正確になる。<br> 残っていたデュアルフェイスの半分が一刀両断されて塵となり、ピンチベックの、冷却もされないグレネードランチャーの砲身が黄色い光に抉り取られ、今まさに発射されようとしていた弾丸が爆発する。<br> カドルは煙にも巻けずに機体のバランスを立て直し、砲身の無いグレネードをパージして速度を上げる。<br> 『まだまだ!』<br> 『いい加減に止まれ!』<br> 懲りずにカドルはもう片方のグレネードを発射しようとし、ジャンヌがそれを見逃さない。<br> ジャンヌの巨大FCSはレーザーがカドルの胴をなぎ払うように設定したが、実際はレーザーは目に見えず、感知も出来ない熱にそらされてコースを大きく外れてグレネードの砲身を削った。<br> またもや発射される前の弾丸が爆発する。カドルはさっきと同じく、バランスの立て直しとグレネードのパージと更なる加速を一瞬で済ませて爆煙を蹴散らして進む。あと少しでジャンヌと接触する。<br> ジナイーダがレールガンの電磁加速を開始していると信じて、更に放たれたレーザーをかわす。<br> 残りのデュアルフェイスが全機レーザーを避けきれずに体を断たれ爆ぜて、残った武器はピンチベックのライフルとダガーのみとなる。<br> カドルは頭が悪く、それに比例して諦めが悪い。わずかでも相手に傷を負わせ、気を引きつけるべくライフルを構える。<br> </p> <p><br> ジナイーダは泣き腫らした目でモニターの中心を見つめる。カドルの死がもたらすやさしい悲しみに身を横たえたかったが、遠くへ飛んでいったカドルは自分に何をしろといったのかを忘れてはならないと思った。<br> さっき見た小さい太陽はきっとまだ赤子が持っているのだろう。<br> 信じられないぐらいに無残な殺戮を二度とこの世には持ち込んではならないと思い、涙を止めようとした。<br> カドルはジナイーダに託したのだ。ジナイーダが引き金を引かなければ人の絶望しか残らなくなってしまう。<br> ジナイーダは心をずたずたにして右手でレバーを握る。手動で照準を定めてトリガーの瞬間を待つ。</p> <br> <p> 閃光はピンチベックを横から真っ二つにするはずだったのに、またもやそれはかなわない。見えない何かに邪魔されて軌道がわずかに逸れ、光はライフルを握る腕を切り裂いた。<br> 『往生際が悪い! 邪魔をするな!』<br> 接触は一瞬。その一瞬でありえないほどの処理を一気に終えたカドルは、たった五文字の処理に信じられないほどの時間をかけた。<br> その時間なんと一秒。<br> 光は地球七周半もの距離を走って、たった五文字を形作ったのだ。<br> あ り が と う<br> 既に体の無い自分。もとはカドルでも既にカドルとは別のものになっているはずの自分をカドルだと言ってくれたジナイーダへ。<br> 通信回線は開いていないし、開けるはずも無い。届くはずの無い言葉だが、形作らねばカドルの気がすまなかった。<br> その一秒でピンチベックはジャンヌの懐にもぐりこんで最後の武器に火を入れる。<br> 形作られた脆弱な炎の刃が掲げられそこに渾身が込められた瞬間に、六本の巨大な腕がカドルの意識を断ち切る。<br> 振り下ろされる事の無い刃は虚空に収められ、ジャンヌは汚らしい顔で満足げに微笑んだ。その姿は間違っても聖女ではない。<br> 「きさまぁぁぁ!」<br> ジャンヌは後方からの殴りこむような通信に反応して、視界で確認しようとする。<br> 敵機は二百八十度の視界にも移らず、つまり真後ろにいることを示し、ジャンヌは持てる砲門の全てを後方にもたげて憶測で射撃する。<br> 狙わない弾丸は当たらない。OBで加速するカラスは光の全てを機体を流して紙一重でかわして見せて、右腕を構えて左腕のブレードを切り離す。<br> 「何故殺す!」<br> 閃光の一条もカラスを捉えられないうちにカラスはジャンヌの巨大FCSが詰まった頭を引っ掴む。<br> 『抵抗するからだ!』<br> OBの翼が徐々に大きくなる。右腕の杭撃ち機の中で最後の一本の杭が回転を始めて金切り声を上げ始めた。<br> 「そんな勝手な理屈をぉ!」<br> 二つの翼が一つの光塊になって大きくなっていき、カラスはその膨大な光を背負って巨大なエネルギーを持つ。<br> ジャンヌの頭をつかむ右手が軋んで折れ、それでも甲高い声を上げる杭は止まらない。<br> 支えを無くしたカラスは宙に放り出されて、ブースターを懸命にふかし、甲高い唸り声を上げる杭はその摩擦が生む熱でFCSを破壊していく。<br> ジャンヌのFCSに障害が出て、レーザー発振口が支えを失ってガクンと下がる。<br> <br> <br> <br> ジャンヌが支えるカドルの亡骸をジナイーダは見つめ、小粒だった涙は大きくなっていく。<br> 懸命に涙を押しとどめる関は壊れてただただ涙が流れていく。視界がゆがんで、狙いが正確かも分からなくなったが、右腕に装備されたレールガンをトリガーした。<br> 予備バッテリーがフル稼働してレールガンにエネルギーの全てを費やす。ジェネレーターのタガも外してそのエネルギーを変換してレールガンに。<br> 膨大なエネルギーはレールガンの内部で飽和することなく高速で消費され、目に見えない擬似電磁バレルが展開されていく。<br> ジェネレーターはやがて停止し、バッテリーもやがて火を噴き、レールガンに装填された弾丸に光子が集まる。<br> 眼を潰さんばかりの光があふれ出し、案外あっさりと反動も無く貫通弾が発射され、いくらもの距離を一瞬でゼロにした。<br> きっと地球を刹那で七周半できるだろう貫通弾は的確にピンチベックごとジャンヌの紋章に食い込み、砕くことなく穴を開け、そうあるのが当然であるかのように通り過ぎてジャンヌのブースターを貫いて向こう側へ飛んでいく。<br> ジャンヌの体の中で燃料が火花に触れ、膨大な量のエネルギーが行き場を失い、最も外に出やすい穿たれた穴から飛び出していく。<br> それは炎となって風を呼び、真紅の花を青い空に咲かせて落ちていくことだろう。</p> <br> <br> <p><br> 最終話終了。エピローグへ続く。<br></p>