「『地球は青かった』」
「世界初の有人宇宙飛行を成し遂げた人物、ユーリィ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンが言ったと言われるこの言葉は、世界史や地学に疎い人間でも知っているほどに有名だね」
「ボクたちが住む星の色を言い表したこの言葉は、まさに歴史的な物であり、名言として扱われるべきだ」
「宇宙に初めて行ったという偉業を成し遂げ、こんな言葉を残したガガーリンは、間違いなく偉人だし、何なら、ライダークラスのサーヴァントとして座に登録されていてもおかしくないだろう」
「だけどね」
「こんなことを言っちゃあなんだけど――イチャモンを付けるようなんだけど、実の所、ガガーリンは『地球は青かった』なーんて、言ってないんだよ」
「これはあくまで翻訳の過程で分かりやすく訳されたものであり、実際はもうちょっと長く、詩的な言い回しで、ガガーリンは地球の様子を言い表して居たのさ」
「『青かった』も、確か原文を直訳した文では『青みがかっていた』だった、かなぁ?」
「ま。そりゃ、そうだよね」
「人類で初めて宇宙に飛び立ち、地球の全体像を見た時の感想が『地球は青かった』ってのは、なんだか短い」
「呆気ない」
「いくら何でも端的すぎるよ」
「小学生でもそんな感想は言わないぜ」
「よくよく考えれば嘘だと分かる話さ――あはは。聞いて驚いたかい? 」
「……いや寧ろ、最近はこういう『歴史上の人物が言ったと思われている名言・格言は、本当は言われてなかった』って話は、雑学や豆知識として逆に有名になっている物なのかな?」
「例えば、革命期のフランスの軍人にして後の皇帝であるナポレオンが、実は『吾輩の辞書に不可能の文字はない』とは言っておらず、本当は『不可能という言葉はフランスの辞書に載ってない』と言ったとか」
「日本の自由民権運動の主導者である板垣退助は、暗殺未遂の襲撃に遭った時に『板垣死すとも自由は死せず』とは一言も言ってない、だとかね」
「単に翻訳のミスだったり、後世の人間の創作だったり、長文から恣意的に抜粋されたものだったり、あるいは言葉は同じまま間違った意味で伝えられたり――」
「そうして生まれた偽りの名言たちは、ボクたちの予想以上に多く存在し、ボクたちの歴史を形作っているものなんだよ」
「いくら『事実は小説より奇なり』――この名言も創作されたものかもね――と言っても、そう簡単にホイホイと、小説みたいな名言が生まれてたまるかよ、って話なのさ」
「勿論、名言に限らず、歴史そのものの真偽にも、怪しい部分が色々とあるんだけどね――歴史は常に勝者が好き勝手に編集し、捏造し、提唱する物なんだから」
「今現在『史実』とされているものの信憑性も、たかが知れたものだよ」
「まあ、ともかく、だ」
「それじゃあ、そんな嘘っぱちな虚構の言葉たちが、今日まで名言扱いを受け続けているのは、どうしてなのかな?」
「その理由は色々とあるんだろうけど、結局言えるのは、『それが耳触りのいい言葉だから』なんだろうね」
「捏造された名言っていうのは、後世にとって都合が良いものが殆どだ」
「何せ、さっきも言った通り、数多の名言によって形作られる歴史は、常に勝者たちの手によって、好き勝手に編集されるものなんだからね」
「ナポレオンが後に愚帝となって落魄れていれば、そもそも『不可能という言葉はフランスの辞書に載ってない』なんて言葉自体が、歴史に載る事が無かっただろうし」
「板垣退助が自由民権運動で成功を収めなかったら、彼は襲撃を受けて醜く痛がり、叫び転がった間抜けというイメージで後世に伝えられていた筈さ」
「つまるところ、成功者とされている者たちが残したという『設定』の耳触りのいい言葉だからこそ、人々はそれをありがたがり、名言として覚えるんだろう――伝えるんだろうね」
「耳触りの悪い、失敗談から生まれた名言もあるにはあるけど、それは反面教師的な意味を持った教訓が殆どだろう?」
「あるいは、『歴史上で類を見ないレベルに馬鹿な真似をしたコイツは、こんなアホ丸出しな言葉を残したんだぜ』という、ネガティヴ・キャンペーンじみた意志を以って捏造された物だってある」
「例を挙げるならば、フランス王妃、マリー・アントワネットが、貧困に苦しむ民に向かって言ったと言われている『パンが無ければ、ケーキを食べれば良いじゃない』ってのが、おそらく一番有名かな」
「歴史上で『愚王』や『愚帝』と評される人物のエピソードが、やけに酷いものばっかりなのも、そういう理由から来ているんだろうさ」
「今回の聖杯戦争の参加者で言えば、あの変態皇帝くんの逸話がいい例だよ」
「閑話休題」
「ともあれ、この話でボクが何を言いたかったかと言うと、『歴史ってのは、結構嘘適当ばっかりなんだぜ』って事さ」
「ボクらの住まうこの青い惑星――青みがかった惑星で積み上がって来た歴史に、『本物』ってヤツは一体どれだけあるんだろう?」
「まあ、尤も、遠い過去どころか、今を流れる現在にすら、ちゃんと真偽を判別できない部分が結構ある訳なんだけどね」
「――と、いうわけで、今から語られるのは、『三国志演義』の登場人物という架空の存在であったにも関わらず、サーヴァントとして召喚されたアサシン――真偽の境界を越えた女、貂蝉が出てくる、ちょっとした物語の始まりだ」
「あるいは」
「記憶を失い、過去の真偽の判別すらも付かず、周りに流されるままに戦争へ身を投じてしまった男――
ウェザー・リポートが出てくる、たわいもない物語の冒頭だ」
「そんな彼らがこの聖杯戦争で迎えるのは、果たしてどんな結末になるのかな?」
「それもまた、後世の勝者が好き勝手に捏造できる物かもしれないんだけどね」
そう語り終えた魔女は、見ているこちらの顔が真っ青になる程に、気味の悪い笑みを浮かべていた。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲
夜明けを迎えるまでまだまだ時間がある冬木の街。
その上空を飛ぶ二人の影があった――いや、『飛ぶ』ではなく、『跳ぶ』と言った方が正しいか。
二人の影は、まるで自らに掛かる重力が通常の四分の一になっているかのような軽やかさで飛び跳ねて、建物の屋根から屋根、屋上から屋上へと渡り移っているのだ。
日本の伝説的武士である源義経がかつて行ったと云う八槽跳びのように、建物から建物へと駆けて行く二人の影。
そのうちの一人の正体は、雲みたいにもこもことした円柱形の帽子を被り、その上方前部に鬼の角のような装飾品を二つ付けている、と云う奇妙奇天烈なファッションをした男――ウェザー・リポートであった。
『スタンド能力』を持つとは云え、身体能力はただの人間のそれにすぎない彼が、さながら飛蝗か蚤のように、自分の身長の二〜十倍近くの距離をひょいひょいと跳躍しているのは実に異常な事である。
だが、その『スタンド能力』こそが、この芸当を可能としている原因なのだ。
ウェザーのスタンド――本体と同じ名を持つ『ウェザー・リポート』の能力は天候操作だ。
一概に天候操作と言っても、それが起こせる現象は多岐に渡り、局所的な豪雨から雲のプロテクターの作製まで――そして、気流の操作も可能である。
気流の操作。
ウェザーはこの能力を跳躍の補助として使用しているのだ。
ジャンプを行う瞬間、ウェザーは己の背面に空気の噴射点を作成。
其処から前方斜め上へ一気に流れ出る空気の勢いは、成人男性の身体を時速十キロ超で射出し、数メートルの距離を飛び越えさせるのに十分なエネルギーである。
要するに、エアガンの真似事を『ウェザー・リポート』の能力をもってして行っているわけだ。
しかし、勢い良く飛び上がったら、エネルギー保存の法則の観点からして、着地の際も相当勢い良く落ちてしまうのではないだろうか? ――そう不安に思う読者もいるだろう。
だが、安心してもらいたい。
ウェザーは自身のスタンドによる気流操作の能力を、着地の瞬間にも使用しているのだ。
具体的にどのように使用しているのかと言うと、着地地点と予想されるポイントに気流を集め、空気のクッションを作り、落下の衝撃を弱めているのである。
これにより、ウェザーが着地の際に受ける衝撃は、階段を一段飛び降りた程度のそれまでになっているのだ。
このように、時刻が夜中で人の目を気にする必要がないからこそ使える移動法で、ウェザーは夜の街の空で源義経の再来を演じているのである。
では、ウェザーと並んで冬木の空を跳ぶ、もう一つの影の正体は何なのか?
それは、漢服を着た、美しい女だった。
彼女の周囲に俄かに降り落ちる雪に、男性の人格があれば、そのあまりにも凄まじい美貌によって一瞬にして恋に落ち、恋心が生み出す病熱で、身を溶かしていただろう。
彼女の周囲に俄かに降り落ちる雪に、女性の人格があれば、そのあまりにも素晴らしい美体に羨望の念を抱き、嫉妬の炎で、すぐさま蒸発していただろう。
そんな馬鹿げた妄想をしてしまうほどに、その女は美しかった。
いや、最早『美しい』という、これまでの世界の文学史において何千何万何億何兆何何何……と使われ、手垢の付きまくった言葉で形容するのも躊躇われるほどに、女のかんばせは完璧に整っている。
嗚呼、そのかんばせが有す、『美』の輝きの眩しさよ。
もしや、遥か上空に鎮座しているあの月は、太陽の光ではなく、女のかんばせが放つ美しき光を反射して輝いているのではないか?
人の一生分の時間を掛けて磨き上げた極細の針金を集めた様な、冷たく輝く銀の頭髪。大地の神性をも連想させられる、褐色の肌。眼鏡の奥から覗く、理知的な瞳。
女の身体は、どのパーツをとって見ても、人類の美の歴史の頂点に立つと思われる一級品であった。
美貌の女――アサシンこと貂蝉は、ウェザー・リポートの元に召喚されたサーヴァントである。
サーヴァント――人を超えた、人ならざる者。
成る程。確かにそんな存在ならば、人並み外れた美しさを持つだろう。
単純な脚力を用いるだけで、十数メートルの連続立ち幅跳び程度、余裕でこなせるだろう。
アサシンは、然程力がこもっているようには見えない動作で跳躍し、蝶が飛ぶ様に華麗に宙を舞い、散った花弁が落ちる様に柔らかに着地していた。
もしもこんな真夜中に外に出て、アサシンが行なっている連続ジャンプを目撃した者が居れば、彼女の動作一つ一つの美しさに、天女の降臨を錯覚していたに違いない。
というわけで、二つの影の正体は分かり、また、それらが街の上空を跳び回っている理屈も判明した。
しかし、ならば何故、ウェザーとアサシンの二人は、こんな時間(こんな時間以外であっても問題だが)に街の上空を走り抜けているのか?
理屈は分かっても、理由が分からないではないか。
その答えは、つい先ほど冬木市内で起きた事件にある。
数時間前。
新都に聳え立つセンタービルが爆発した。
当時、ウェザーたちはその現場から離れた場所にいたものの、火山の噴火を思わせる程に騒騒しい爆発音は、彼らの耳元にリアルタイムで伝わっていた。
窓を開けて、爆発音がした方向に目を凝らせば、濛々と上がる煙が視認出来た。
――これは、聖杯戦争の関係者が起こした事件に違いない。
遠く離れた場所から見ても現場の凄惨さが容易に想像できる光景に、ウェザーとアサシンはそのような確信を抱いた。
そして、事実、その確信は当たっている。
センタービルを爆破させ、決して少なくはない人数を殺し、あるいは負傷させた犯人は、聖杯戦争の参加者の内の一組である
ジョーカーとバーサーカー(
フォークロア)のコンビだ。
邪神が悪戯で生み出したとしか思えない狂気をもって、以前から冬木市内に殺戮をばら撒いていた彼らは、そのような大事件を起こしていたのである。
そもそも、そんな事を知らずとも、聖杯戦争の最中であるこんな時期に、建物の爆破などというド派手に目立つ事件が起きれば、他のサーヴァントやマスターの仕業であると疑うのは至極当然の論理であった。
けれどもそれが、戦闘によって周囲に齎された被害が爆発という形で一般に知られた物なのか、それとも本当にただの爆発なのか――そこまでは分からない。
勿論、それ以外にも分からない事は沢山ある。
遠くから観測し、テレビの画面越しで得られる情報には、どうしても限界があるのだ。
なので、ウェザーとアサシンは、実際に現場へと向かい、フィールドワークを行う事に決めた。
なるべく早く現地へと着き、なるべく多くの情報を集める必要がある。
最初は普通にタクシーを使う、という一般的な移動手段を用いて現地へ向かうつもりだった(冬木市でのロールで、ウェザーにバイクや自動車は渡されていなかった)が、生憎時間は既に真夜中。そう都合よくタクシーが捕まる筈がない。
故に現在、ウェザーとアサシンは、夜の闇と雪の弾幕に紛れての高速移動で、新都方面へと向かっているのであった――。
「見えて来たな」
出発から数十分経った頃。風を切って飛び跳ねながら、ウェザーは呟いた。
その言葉を受け、並走するアサシンは頷く。
ウェザーの視線の先には、宛ら天罰を受けたバベルの塔の如く崩壊したセンタービルがあり、先ほどまでは目を凝らしても煙ぐらいしか見えなかったが、今では裸眼でも地面に散乱した瓦礫がはっきりと視認出来るようになっていた。
センタービル跡から五百メートルほど離れた地点で、ウェザーとアサシンは足を止めた。
流石にこれ以上跳び続けるのは拙い――もしもこのまま跳び続ければ、未だセンタービル跡周辺にわんさかと居る、爆発事故に惹かれてやって来た野次馬たちや警察・マスコミが、次は突如空からやって来た来訪者について騒ぎ出すだろう。
そんな事態は、ウェザー達にとって喜ばしくない。
なので、彼らは適当な建物の屋上に降り立った。そこに設置されている非常用の螺旋階段を通って、地上へと下り、徒歩でセンタービル跡へ向かうつもりである。
錆びついた表面の上に浅く雪が積もった階段は、踏まれる度に軋んだ。
キィ、ギィ、キィ――と、今にも足元が抜け落ちそうな程に頼りない、不気味な音が響いた。
だが、仮に足元が抜け落ちた所で、ウェザーとアサシンの二人は難なく対処するだろう。
ウェザーは『ウェザー・リポート』を、アサシンはサーヴァントの身体能力を使って、羽毛布団の上に飛び降りるように、易々と着地するに違いない。
寧ろ彼らは現在、階段が抜け落ちるかどうかではなく、もっと別の事に警戒心を抱いていた。
階段を下りながら、ウェザーはアサシンに向かって、
「アサシン、この辺りに他のサーヴァントの気配はあるか?」
と質問した。
他のサーヴァント。
現在ウェザーとアサシンが、野次馬よりも、階段の安全性よりも、何よりも最も警戒しているのは、それであった。
センタービルの爆発は、当時現場から離れた場所に居たウェザーたちでも知っていた事件だ。
ならば当然、他の聖杯戦争参加者の殆ども、この事態を認知していると見ていいだろう。
何なら、ウェザーたちが今やっているのと同じく、センタービル跡に直接出向いて情報収集をしようとする主従が、他に居たっておかしくは無い。
この場で、ウェザーとアサシンが、他の主従と出会う可能性は、そう低くはないのだ。
では、たった一つの聖杯を巡って競い合い、殺し合う仲である聖杯戦争参加者同士が出会えば、何が起きるか?――答えは言わずもがな、だ。
そりゃあ、出会う相手の性格やスタンスによっては、交渉あるいは同盟締結を行えるかもしれないが、そんな希望的観測は持つべきでは無いだろう。
戦争において、甘えは命取りである。
勿論、いざ戦闘になったからと言って、ウェザー達が圧倒的に不利になるとは限らない。
アサシン――貂蝉は稀代の暗殺者であるし、それ以前に絶世にして傾国の美女だ。
美の神が直々に手を施して生み出したかの様に麗しい身体を使って、相手を魅了し、惑わし、無力化する事こそ、この女の真骨頂と言えよう。
なので、例え出会った相手が敵対心を露わにして来たとしても、魅了で骨抜きの操り人形にすれば、問題ない。
けれども、相手はサーヴァントだ。
歴史に名を刻み、物語に名を載せ、伝説に名を残した英雄だ。
人を超えた肉体と、精神と、魂を持つ者たちだ。
仮に貂蝉の魅了が通じたとして、宝具『姦計・美女連環(そのび、あらがいがたし)』 による思考操作が効果を表す程に精神耐性の低い者は、果たしてどれぐらい居るのだろうか?
いや、そもそも出会うサーヴァントが、狂化や精神異常のような、交渉や魅了を無効化する精神的アーマーを持っていないとも限らない……。
どちらにせよ、聖杯戦争がまだまだ序盤であり、情報収集を第一目標としている今、他の参加者との接触はあまり起きて欲しくない事だ。
だから、ウェザーはアサシンに、他のサーヴァントの気配の有無を問うたのだ。
対して、アサシンが返した答えは――
「いいえ、全く。周囲にサーヴァントの気配は感じられません」
という、きっぱりとした断言だった。
周囲の環境・状況の把握は、優れた暗殺者の必須技能である。
標的(ターゲット)は何処にいるか、護衛の数はどれほどか、何処から狙えば殺しやすいか、あるいは殺しにくいか……。
美女連環を為すために暗殺術に関する凡ゆる智慧を吸収した貂蝉にとって、『周囲にいるサーヴァントの気配の探知』程度の技能は初歩中の初歩にして基礎中の基礎――呼吸をするのと同じくらい簡単に行えるものであった。
そんな彼女が、『周囲にサーヴァントの気配はない』と言えば、ないのだろう。
「もっと細かく探知してみれば、諜報用の使い魔が見つかるかもしれませんが……流石にそこまで気にする必要はないでしょう。あるいは私(アサシン)と同じ様に、何らかのスキルで気配を遮断している可能性もありますが、それは裏を返せば、向こう側も『自分の存在が他のサーヴァントに察知され、見つかるのは困る』と考えているようなもの。気配遮断と諜報スキルを持つ私が大人しく情報収集をしていれば、害を与えて来る事は、おそらく、ないかと。」
「オーケイ、分かった」
アサシンの報告が終了したと同時に、ウェザーは漸く階段を下りきり、薄い雪の絨毯が敷かれたコンクリートの地面につま先を付けた。
非常階段の出口の先は左右に分かれた道になっていて、右側に進んで行くと、野次馬達が居た。
彼らは、センタービル跡を囲む様にして張られた立ち入り禁止テープに擦れ擦れの位置で立っている。
瓦礫の山と化したセンタービルを見て騒いだり、あるいはその惨状をスマートフォンで撮影したり――と、一口に『野次馬』と言っても、彼らがしている行為は様々だった。
加えて、彼らの他にも警察や救急、マスコミ関係者達も居る。
あまりに人が多く、ここだけまだ昼間なんじゃないかと思う程に騒々しい状況。
こんな中でマトモに情報を集められるのだろうか?――と思うが、貂蝉には出来るのだ。
人と会い、フェロモンを放ち、魅了し、操る、という方法をもって諜報を行う彼女にとって、『人が居る』というシチュエーションは、それだけで絶好のものとしか言いようがない。
彼女と面と向かって対峙すれば、野次馬だけでなく、立ち入り禁止テープの内側で捜査をしている警察関係者や、危険な瓦礫を撤去している作業員だって、自白剤を飲まされたかの様に、訊かれた質問にペラペラと答えてしまうだろう。
尤も、存在そのものが美の爆弾であるアサシンの登場で、現場にいる全員がパニックに陥る可能性もあるが……。
まあ、彼らが『センタービルの爆破跡』に目が釘付けになっている今、一人一人に聞き込みを行なっていけば、其処までの騒ぎは生じまい。
放つフェロモンも、対個人用までに最小限に抑えれば、集団全体に効果を及ぼす事は無いだろう。
というわけで、
「後は任せたぞ、アサシン」
「了解しました」
言って、貂蝉はウェザーに背を向け、野次馬達の方に進み、人混みへと溶け込んで行く。
いつの間に着替えたのか、彼女の服装は漢服から、現代風の物になっていた。
折り目正しいレディーススーツ。銀髪を後ろで纏めているヘアゴム。『残業が終わって帰っている途中に、好奇心で野次馬しに来たOL』と言った感じのファッションだ。
元々掛けていた眼鏡も相俟って、バリバリのキャリアウーマンじみた、知性的な印象も見受けられる。
しかも、そんな変装をしておいてなお、彼女が放つ美しさは、漢服を着ていた時とそう変わらないのだ。
いや、寧ろ、現代的な装いをした結果、その美しさはより現代へ適応し、分かり易くなったとも言える。――古代文学の名作が、現代語に翻訳されて、現代人にも理解しやすくなった、みたいなものだろうか?
ともかく、これからしばらく経てば、アサシンは目ぼしい情報をいくつか集めて、帰ってくるだろう。
サーヴァント――それも、筆舌に尽くしがたい程の美女――だけに仕事をさせているのは、マスターとして何だか申し訳ない気分になるが、此処でウェザーが付き添って諜報の邪魔になっては本末転倒である。
ある程度は現地の光景を直接目にしておきたくて付いてきたものの、この場で彼がやる事は、特にない。
ここは大人しく、アサシンが成果を持って帰って来るのを待つのが最善だ。
そう考えつつ、ウェザーは近くの建物の壁に背中を預け、寄りかかった。
顔を上げて、人混みの向こうにある、センタービルの残骸を見上げる――そう、見上げたのだ。
積み上がったセンタービルの残骸は、見上げる程に高かったのである。
爆発して崩れた後でさえ、これなのだから、健在だった頃はどれ程の高さだったのだろうか。事件が起きる前に、一度見に来ておけば良かったかもしれない。
そんな事を考えつつ、ウェザーは、はあ、と息を吐き、外気に触れて白くなったそれが上へ上へと昇っていくのを目で追った。
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非常に美しい物に出会った時の感想として、よく『時の経過を忘れてしまうほどに美しい』という言葉が用いられる。
あまりの美しさから受けた衝撃で、思考に暫く空白が生じ、主観的には『気がつけば時間が経過していた』ようにしか思えないからだろう。
人間の理解を超えた美的存在は、見るだけでそんな魔法のような現象を錯覚させるぐらいのインパクトを有する物なのだ。
例えば、かつてウェザー・リポートが美貌のアサシンと初めて邂逅した際、彼女の全ての美しさに見惚れ、彼は呆けていた――時の経過を忘れてしまうほどに。
老いや劣化――時間の流れを寸毫たりとも感じさせぬ美しさは、見る者の思考を奪い、時間感覚を狂わせるのだろう。
しかし、この現象、当たり前と言えば当たり前だが、『時の経過を忘れてしまうほどに美しい』ものの側からすれば、『時の経過を忘れられている』という事でもある。
これまた、ウェザーとアサシンの初めての邂逅を例とすれば、アサシンの美しさに放心していたウェザーを正気に戻す為に、アサシンは態々ウェザーに声を掛けていた。
そうでもしなければ、きっとウェザーは、傾国の美女のかんばせを眺め続けるだけで生涯を終えていただろう。
そんな事になれば、ウェザーは勿論、彼の従者であるアサシンも困る。
マスターが呆けていたままでは、聖杯戦争どころか、その事前の交流すらもままならなかった筈だ……。
いくらその美貌で相手を骨抜きにしたとしても、正気まで失わせては、文字通り話にならない。
また、たとえ惚ける事が無くとも、超絶な美人の前では、誰しも上手く喋れなくなるものである。
彼我の間にある、顔面偏差値の圧倒的な差を前に、萎縮し、舌が回らなくなってしまうのだ。
ウェザー・リポートのように日常的に付き合ってでも居ない限り、一般人が、貂蝉のような美人と、いきなり何の滞りもないコミュニケーションを取るのは、難しい。
というわけで、何も美しい事はコミュニケーションに役立つばかりではなく、時には逆にコミュニケーションを滞らせてしまう事も有るのだ。
そういう事情もあり、アサシンの情報収集はだいぶ長い時間が掛かった。
しかし、そこは流石英霊と言うべきか。
相手に見惚れられ、時の経過を忘れられるも、貂蝉は出来る限り最短で正気を取り戻させ、しかし魅了による思考操作は残した状態で諜報に及んだのだ。
長い時間が掛かったとは言っても、それは一時間と少し――貂蝉がただ美しい『だけ』の女だったら、こうはいかなかったはずだ。
二、三倍の時間は掛かっていただろう。
それに勿論、長い時間を要しただけあって、彼女が集めた情報の質は、それなりのものであった――。
「あの爆発は、単なる、普通の、何の変哲も無い、ただの爆発ですね」
諜報を終えて戻って来た貂蝉は、ウェザーと相談するまでもなく、結論づける様にそう言った。
「ただの爆発だって?」
報告を受けて、ウェザーは訝しんだ。
「サーヴァント同士の衝突による結果や、魔術による産物とかではなくか?」
「はい。実際に現場を見て、また、証言を集めた結果、そうだったとしか思えません」
そう答えてアサシンは、黄金比を一関節毎に含んでいると思われる、完璧に完成された右手人差し指で、瓦礫の山を指差した。
「サーヴァントの攻撃――宝具――、あるいは魔術で爆発が起きれば、まず何らかの痕跡が、魔力の残滓と云った形で見つかる筈です。しかし、此処にはそれが見当たりません。何らかの手段で証拠を抹消し、隠匿したのかもしれませんが、そこまで気を配れるのでしたら、まず、建物一つの爆発という、派手で目立つ行為をするでしょうか?」
しないだろう。
「そもそも、そんな事を考えずとも――これは警察の方から聞き出した情報ですが――この爆発事故には至って普通の、一般人でも材料さえあれば簡単に作れるぐらいに単純な爆弾が使われていたそうです。証拠として、爆弾の欠片も見つかっているらしいですし」
「だが……そうだとしたら、犯人は何故普通の爆弾でセンタービルを爆破したんだ?」
今更ながら、ウェザーはそのような疑問を口にした。
「おそらく――」
と、ここでアサシンは、ほんの数瞬、何やら言いにくそうな表情を見せた。
「――この建物には、爆発以前に、聖杯戦争のマスターの一人が居たのだと思われます。魔術的な爆発であれば、探知能力を持ったサーヴァントに爆破前に発見・対処されかねませんが、普通の爆弾ならば、中々そうはなりませんからね。犯人は、そういう狙いで、センタービル全体をまとめて爆破したのでしょう」
尤も、貂蝉のこの推測は、あくまで『犯人は聖杯戦争の関係者で、何らかの理由があってこのような大事件を起こした』という仮定に従って立てたものである。
まさか、『犯人は狂人であり、ただのパフォーマンスとしてセンタービルを爆破した』などという考えには及ばないだろう。
そんな事を考えつけるほど、彼女は人間離れしていない。責めるのは酷というものだ。
「そして、他にもいくつか気になる証言が――」
現場周辺で聞こえたという哄笑や、血まみれの男性の目撃証言について語ろうとした貂蝉を、ウェザーは制した。
「事件発生から大分時間が経って、野次馬達も去り、人が少なくなってきた……。これ以上ここで話すのは目立つだろう」
つまり、拠点に一旦戻ってから、続きを聞かせてくれ――という提案であった。
貂蝉はこれに承諾。早速、ウェザーは元来た道を戻ろうと、踵を返した。
と、その時。
歩み始めたと同時にポケットに突っ込んだウェザーの指先に、何かが触れた。
これまででポケットに何かを入れていた覚えは、彼に無い。
不審に思いながら、ウェザーはポケットの中身を指先で摘んで取り出した。
出て来たのは――真っ白な封筒だった。
「ッ!? ……『ウェザー・リポート』ォォーッ!」
入れた覚えの無い封筒――明らかな『異常』を目にしてから、ウェザーが取った判断と行動は迅速極まるものであった。
自身のスタンド『ウェザー・リポート』を出し、周囲に空気の流れを展開。それによって、自分の周りの状況を探知した。この間、僅かゼロコンマ五秒。
しかし、野次馬達も減り、残るは警察と作業員ぐらいになっている現在では、探れるものと言ったら、それらか瓦礫ぐらいであった。
一方、貂蝉は、ウェザーの突然の行動に戸惑う事なく、何らかの『異常』があったのだと瞬時に理解し、より強い警戒態勢を取った。
しかし、彼女の超一流の暗殺者としての探知能力を以ってしても、周囲に不審な気配は見られなかった。
「マスター、一体何があったのですか? どうやら、その手に持つ封筒の様な物に、マスターの困惑の原因があると思われますが……」
気持ち小さめの声で僕は主人に問うた。
「その通りだ。オレはこんな封筒に見覚えは無いし、ポケットに突っ込んだ覚えもないッ! 気が付けばいつの間にか入っていたッ! これは明らかな『異常』だ!」
言って、ウェザーは指で一端を摘んだ封筒を、アサシンに見せつける様にヒラヒラと振った。
彼女はそれを数秒凝視し、
「見た所、魔術的な何かが備わっているようには見えませんね」
「それじゃあ、普通の封筒だと?」
「はい。何者かが私やマスターの警戒の網を掻い潜って、マスターのポケットの中にそれを仕舞った方法は分かりませんが、少なくともそれ自体に何らかの『異常』があるとは思えません。中身は……おそらく、手紙でしょう」
取り敢えず開いて、それを読んでみてはいかがでしょうか? 送り主のヒントがあるかもしれません。――と、貂蝉は促した。
自分のサーヴァントがそれに『異常』はないと言うならば、読まない理由はない。
それでもウェザーは、慎重な手つきで糊付けされていた封筒の口を剥がした。
封筒の中には、二つ折りにされた手紙が数枚。
外側には文章が書かれておらず、何やら丸っこく可愛らしい字で『聖杯戦争参加者の皆さんへ 聖杯戦争主催一同より』と書かれている。
次いで、二つ折りにされていた数枚の手紙を纏めて開くと、内側には同じ字体で何やら長々と書かれていた。
それにウェザーとアサシンは目を走らせる。
(これはルーラー及び聖杯戦争を主催する者たちから参加者に宛てた手紙である――)
手紙を読み続けた二人が、先ほどまで調べていたセンタービル爆破事件の犯人について、写真付きでその詳細を知るのは、これから数分後の事になる。
【新都 センタービル跡 / 1日目 未明】
【ウェザー・リポート@ジョジョの奇妙な冒険(第六部)】
[状態]健康
[装備]スタンド『ウェザー・リポート』
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:失くした人生を取り戻す。
[備考]
1.情報を集める。
※記憶喪失になっており、エンポリオや徐倫と出会う以前から参戦しています。
※それ故に、アサシンの宝具で思考を操られ、戦いへの躊躇を取り払われています。
【アサシン(貂蝉)@三国志演義】
[状態]健康
[装備]短刀
[道具]魔眼殺し
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。呂布と再会し、戦乱とも陰謀とも無縁な平和で幸せな家庭を末永く築く。
[備考]
1.情報を集める。
※センタービル跡付近に赴き、周囲の人間から情報を集めました。主催の手紙で伝えられた情報以外にも、有益なものを持っているかもしれません。
最終更新:2017年02月10日 05:17