見晴らしの良い草原に、マントを風に靡かせた白騎士が立っていた。
そのか細い足腰や、鋭い目尻に反し意外に丸っこい印象の青い瞳を持つ騎士の背丈はおよそ十四メートル。人間の相似形なシルエットながら、大きさは八倍前後にも及んでいた。
前触れなく。白騎士は非対称な両の手の内、竜の兜を模した左手を持ち上げた。
その竜の口から、奇妙な文字の記された黒白の剣が吐き出され――彼の首に巻き付いていた、銀の円環に突き立った。
拍子抜けするほど呆気ない金属音を奏でながら、首輪は一刀で断ち切られる。
次の瞬間、轟音と衝撃に驚いたように――世界が小さく揺れた、ように見えた。
白煙を衝撃波が吹き散らし、弾むように大地が震える。腹に響くような重低音が響いたのは、周辺の草花がその根を張った土壌ごと砕かれ、浚われて行った後のことだった。
首輪を構成していた金属片が転じた鋼の刃や、吹き飛ばされた砂礫の散弾がさらに広範囲に災厄を齎す中、爆心地から吐き出されていた煙は――突如煌めいた一閃によって切り払われ、霧散した。
「……バグラモン達の介入はない、か」
そう落ち着いた様子ながらも、どこか苛立ちを孕んだ声で呟いたのは、密着状態から首輪が炸裂したはずの白騎士だった。
大きさ相応の爆発に巻き込まれたにも関わらず、白亜の鎧や、剥き出しの黒い皮膚にも掠り傷の一つも負わず。完全無欠のまま、抉れた大地を両の脚で噛む者の名は、
最後の聖騎士、オメガモンといった。
◆
(……何なの、あいつ?)
まるで重力に囚われていないかのように、静かに、垂直に青空高くへと昇って行った白い影にヨーコがまず抱いたのは、その相手に対する根本的な疑問だった。
加速度を高めたかと思うと、瞬く間にヨーコの視界から消え去って行ったのはグレンラガンにも迫る巨体をした、人型に近似した姿形の何か。
素直に考えれば、ガンメンの一種という答えになるのだろうが――その考えは何かが違う、とヨーコは感じていた。
つい先日体験したテッペリン攻略戦には現存する殆どのガンメンが参戦していたはずだが、あんなタイプのガンメンは目にしなかった。
またトビダマを搭載したガンメンと飛行の仕方はよく似ているが、トビダマを用いた飛行の特徴である青白い発光が見受けられなかった。
そして何よりヨーコがその存在に気づくきっかけとなった、あの純白の巨人の近くで生じた爆発――あれが何だったのか、その跡地に輝く銀色の残骸を見たヨーコには薄々ながら、推測ができていた。
(あいつ……ガンメンなんかじゃ、なくて……)
そこまで考えたところで、そもそも今この状況を悪夢などと現実逃避せず受け止めてはいても、それ以上の現状把握を怠っていたことを思い出した。
何しろいきなりだったのだ。バグラモンの言っていたBRデバイスを起動するよりも先に、大きな爆発音に気を取られることになったのは。
その様子を確認しに来たらあの白いのがいたわけだが、観察すら満足にできないまま、今はどこかに飛んで行ってしまったわけで。
あの白い奴についての考察は一旦放置し、ヨーコはデバイスを起動することにした。
「やっぱりあんた達も連れて来られているのね……シモン」
途中、上空から降り注いだチカチカとした眩い光や、遠い耳鳴りに妨害されながらも、参加者名簿に一通り目を通し終えたヨーコは静かに呟いた。
シモン、ニア、リーロン、キタン。共に辛く厳しい戦いの日々を過ごした大グレン団の仲間の内でも、特に親しい間柄の者達がこの殺し合いとやらに巻き込まれている。
螺旋王を倒し、その後に獣人達とも和解した自分達がどうしてこんな目に遭わされるのか、皆目見当がつかなかった。あれだけの苦難の後、ようやく勝ち得た平和と自由をどうしてまた剥奪されなければならないというのだろうか。
……その理由を求めてみても、きっとヨーコが納得できるような合理性は得られないだろう。
だったら悩むのは無駄だ。それよりも、大グレン団の魂と呼ぶべきあの馬鹿(ヒト)が、今ヨーコが立たされている事態に直面していたのだとすれば、どう動くのか……それを考える方が、きっと自分達には意義がある。
彼は――カミナはきっと、こんなふざけたゲームを許さない。
爆弾なんかで皆の命を押さえつけ、王様気分で観戦するバグラモンをブン殴ると息を巻く。売られた喧嘩を高く買い、多くの人々に悲しみを植え付ける悪党どもを必ず後悔させる。
それがカミナ――ヨーコの愛したヒト。そしてそのカミナの魂を受け継ぐのが、彼の作った大グレン団の仲間達だ。
シモンを始めとする他の団員も、ヨーコと同じようにバグラモンとの喧嘩に臨むはず。それならヨーコがこれから選ぶ道に、迷うべき要素なんて存在しない。
こんな蛮行に及ぶ奴らを放ったままで、かつてカミナが願ったように、子供達が安心して空を見て暮らせるようになんてなるもんか。
自らに戦う理由を言い聞かせたヨーコは、現状確認を続行した。
いつも通り肩に背負った超伝導ライフルに、隠し武器である髪飾りはそれぞれヨーコの支給品という扱いらしい。全部で三つの支給品の内の最後の一つも、ヨーコがよく見知った代物ではあった。
「うーん……これ、本当なのかなぁ」
最後の支給品は、同郷の出身である大グレン団のメンバーの愛機・ダヤッカイザーである……らしかった。
らしかった、などと言葉を濁したのは……こんな腕輪の中に巨大なガンメンが入っている等と言われたところで、すんなりと信用できるわけがなかったからだ。
一先ずそれが真実なのかを確認しようと、ヨーコはデバイスの指示通りに指先でリロードというボタンに触れてみたところ、デバイスから吐き出された光の帯が重なり形を作り、物質化することで蒼い鉄兜と巨砲を融合させた、ダヤッカイザーの無骨な勇姿が本当に眼前に現れたものだから、驚きに目を丸くすることになった。
「うっそ……」
ぺたぺたと触ってみても、それで確信できるのは目の前の鋼の塊が夢幻の類ではなく、実在する鋼鉄のメカであるということ。念のため、実は燃料が入っていませんでしたというオチを疑ってコクピットに乗り込み確認してみたが、機体の状態はリーロンとレイテがメンテナンスしたばかりであるかのように万全だった。
「……どうしよう」
とりあえずコクピットの狭いシートに座ったまま、ヨーコはポツリとそう呟いた
普段ガンメンに乗っているわけではないヨーコは、望外に手にしたその強大な力の使い道について、それなりの真剣さで悩み始めていた。
人間同士の殺し合いの道具として、いきなりガンメンを支給するのも正直どうかと思うが、言うまでもなくこれは大きな当たり支給品だ。とりあえず乗り込んでおけば、ヨーコ自身の超伝導ライフルや、他ガンメンからの攻撃でも受けなければ大半の危機を回避することができるはず。もちろん、遠方の山を吹き飛ばした
エルシアという女を見るに必ずしもガンメンの防御力ならば万全、とも言い切れないだろうが。
それでもただでさえ露出の多い生身よりは間違いなく安全だが、電力で動くガンメンを平時の移動にまで用いていては、いざと言う時に燃料切れ……などという事態も想像できてしまう。
どうしようかな、と悩んだ、まさにその時だった。
《――っおーいっ! 誰かいねーのかぁあああああっ!!》
聞き覚えのある大声が、電子音に変換されて外から響いて来たのは。
「今の声、って……」
いやでもまさか、いくらなんでもそんな馬鹿なことはしないだろうと……淡い期待をヨーコは抱くが。
《聞こえていたら返事しやがれっ! おぉーいっ!》
さらに続く大声に、ヨーコは頭痛を堪えながら通信機を起動、周波数を絞って回線を開いた。
「キタンっ! あんた馬鹿なのっ!?」
《ゲェッ!?》
声の主は唐突な叱責に驚き、思わず口を閉ざした様子だった。
ヨーコが開いた通信画面に映ったのは、逆立てた金髪の粗野な印象の男。
同じ大グレン団のメンバーである、キタン・バチカだった。
キタンはヨーコの剣幕におっかなびっくりという様子で、おずおずと尋ねてくる。
《よ、ヨーコじゃねーか……どうしておまえが?》
「どういうわけだか、ダヤッカイザーが私に渡されてたの! それよりあんた、何で殺し合えって言われたその場で叫び出してんのよ!?」
それがどれほど危険な行為であるのかを、わざわざ説明する必要などない。
しかしキタンは平然とそれを、しかもガンメンの拡声器機能を使ってまで実行した。
理由は――おそらく、深く考えていないのだろうと、ヨーコには薄々と察することができていた。
《いや、このびーあーるでばいすって奴がどうも扱いづらくてよぉ……何とかキングキタンは出せたから、他の機能とかを教えてくれる奴を探そうかーってな》
ほら見ろ。
《それに、大グレン団のキタン様がここにいるって知らせりゃあ、いきなりこんなことに巻き込まれて困っている奴らも元気づけられると思ってよ! 殺し合いに乗ろうかなんて考えてる悪漢どもも、ビビって考えを改めるかと思ったわけよぉ》
「……いや、それじゃ危ない奴らも寄ってくるかもしれないでしょ」
《そいつぁ余計な心配ってもんだぜ! 身の程知らずにも俺様に挑もうなんて悪党どもは、バッサバッサと薙ぎ払ってやらぁ!》
……つまるところ。とにかく他の参加者達を呼び寄せれば、保護対象や倒すべき相手を探す手間が省けるとか、そう考えていたわけだ、キタンは。
「あんた、本当に馬鹿ね……」
ヨーコは思わず嘆息する。
あの
ヴィラルも参加させられているし、先程見たエルシアのような規格外の存在もいる以上、彼の考えは甘すぎる。
そんなヨーコの手厳しい評価に、キタンはその幅広な肩を落とした。
「でも……それがあんた達よね」
だが――気づけば自然と笑みが浮かんでいたのを、ヨーコは悪く思わなかった。
「――キタン。ぶっ潰すわよ、あのバグラモンって奴」
真剣な声音のヨーコの言葉に、キタンは虚をつかれたように真顔になった。
しかし、それもまた一瞬。
《へっ! 言われるまでもねぇ……あたぼーのことよぉ!》
キタンは自らの拳を掌に打ち付け、口の端を持ち上げる不敵な笑みを浮かべた。
そんなキタンの淀みない眼に、ヨーコも心底からの頼もしさを感じ、引き締めていた口元をほんの少しだけ緩める。
ああ、やっぱり彼は自分の信じた通りだった、と。
それならきっと、他の皆も同じだろうと改めて確信することができた安心からだ。
「一先ず合流しましょう? 今どこにいるの?」
《おう! えーとな……》
キタンから告げられた情報を総合すると、ヨーコのいるグリンゾーン D-2エリアの隣、D-3エリアの茸の里を集合場所にするのが良いという結論になった。
「――って、あんたまた何してんの!?」
それからキタンの方に向けダヤッカイザーを進ませていたヨーコは、巨大なキノコ状の塔の上に天を指差し直立する一機のガンメンを目に収めて、再びツッコミの声を上げていた。
《おう、来たかヨーコ。この方が見つけ易いだろうと思ってな》
朗らかに答えるのは、鋭角的になった黄金の三日月に手足が生えたような目つきの悪い機動兵器。ともすれば悪者然としたトゲトゲしい外見に反して、大グレン団のグレンラガンに次ぐ主力であるキングキタンは、操縦者に合わせたかのような三枚目の印象を与えるメカだった。
「だからあんたは……無闇に目立つなって言ってるちゅーに」
何度目かの溜息と共に肩を落としたヨーコが、再び視線を上げた時だった。
そんな空気を一変させる代物が、ヨーコの視覚に捉えられたのは。
「っ――キタン、後ろ!」
《あっ?》
咄嗟の呼びかけに、キタンはキングキタンの黄金の機体を反転させていた。
ヨーコの視界に映った、キタンの背後に現れたもの。それは空から降りて来た。
目にも止まらぬ速度で落下していたはずのその白い流星は、ある一定の高度を過ぎたところで、まるで重力に逆らうかのようにその加速度を減少させる。空気を切る音が弱まったと思うと、そいつはキングキタンが立っているよりも少し高い位置で、足場もなしに静止した。
「あいつ……」
それは会場に飛ばされて最初に目にした、ガンメンにも劣らぬ巨躯を誇る白い人型。
赤い裏地の白いマントを靡かせたその姿は、ともすれば騎士のようにも見える何か。
異形の両手を持つ何者かが、キングキタンの数百メートル後方の空に現れていた。
《何だあのガンメンは!? あんなの見たことねぇぞ……》
「違うわ、よく見てキタン!」
最初にその存在に気づくことになった爆発の跡地から見つけた推理の材料。それを確信へと変えさせる物が、拡大した映像に映っていた。
「首輪はないけれど、左手にBRデバイスがある……あいつ、参加者よ!」
《こんなデッケェ奴がか!?》
キタンの驚きも当然だ。まさかここまで人間や獣人離れした存在が参加させられているなど、ヨーコも思ってもみなかった。
実際はそうではなかろうに、まるでそんなキタンとヨーコのやり取りでようやくこちらに気づいたかのように、白い巨人はその青緑の瞳を二機のガンメンへと向けて来た。
《っ、おいてめぇ!》
そんな未知の存在に気後れせず、より相手に近い位置に立っていたキングキタンが声を張り上げた。
《てめぇはバグラモンどもの言いなりになるのか、それとも俺達と同じようにあいつらをぶっ潰すつもりなのか、どっちの考えの奴だ!?》
「バグラモンに従う理由がどこにある」
《あ……っ?》
威厳のある声での返答に、しかしキタンは混乱を見せていた。
……多分、馬鹿だから反語表現が難しいのだろう。
「それじゃあ……あなたもバグラモンを潰すつもりなの?」
「愚問だな」
ヨーコの確認に対し、白い巨人はそう短く返答を寄越した。
その尊大な態度に微かな苛立ちを覚えながらも、キタンがその短気さを発揮する前にヨーコは幸先の良さを逃すまいと言葉を続ける。
「良かった! それならあなたも、私達と一緒に……」
だがそこで、ヨーコは声を詰まらせた。
白い巨人が右手の蒼い獣の顎を開き、そこから黒く巨大な大砲を出現させたためだった。
《てめぇ、そりゃいったいどういうことだ!?》
巨人の明らかに不審な動きに、キングキタンは操縦者そのままな怒りを表明する。
「ちょっとあんた、バグラモンに反抗するんじゃなかったのっ!?」
ヨーコの疑問の声にも答えずに、白い巨人はその右腕の砲を静かに正面に――キングキタンに向けた。
その暗い砲口の奥から、蒼白い光の粒子を溢しながら。
「危ないっ!」
思わずヨーコは、ダヤッカイザーの頭部に備えられたカノン砲のトリガーを絞っていた。
《――ッ、んのヤロォ問答無用ってか、やってやるぜぇえええっ!!》
同時に血の気の多いキタンは、キングキタンを駆って明白な敵対行動を取った白い巨人へと飛びかかっていた。
《オラオラオラオラオラ~ッ!!》
気合の叫びを上げながら跳躍したキングキタンの脇を、超音速の榴弾が追い越して白い巨人へと襲いかかる。
「――――」
対して巨人は無言のまま、また息一つ乱すことなく右手の砲身をキングキタンに捉えたまま、左腕を上向きに一閃させていた。
一拍の後、巨人の背後でその体躯ほどの大きさの爆発が発生する。
(――弾かれたっ!?)
特別なことは何もしていない。巨人はただ無造作にその手を振るっただけで、高速の砲弾を傷一つ負うことなく――また着弾の衝撃で炸裂するよりも速く、殴り飛ばしていたのだ。
(こいつ、ヤバい……ッ!)
今まで戦って来た、どのガンメンとも桁が違う。その実力の一旦を垣間見たヨーコが、警告の声を放とうとしたその瞬間。
巨人が左腕を元の位置まで降ろし終えたと同時。蓄えた青白い煌きを漏らし始めていた砲口から、莫大な光子の束が解き放たれた。
「キタン!」
《うぉおっと!》
大気を焦がして疾駆した光に呑まれるその寸前、見切っていたかのように機体を捻っていたキングキタンは、その巨体を飲み込むほどの極太い閃光を鮮やかに回避した。
《へっ!》
自らの真横を掠め去って行く強力なビームを脇に余裕の声を上げるキタンの姿に、ヨーコはほっと胸を撫で下ろす。
仮にも大グレン団において、グレンラガンの次に活躍したガンメンとそのパイロット。その操縦技術はヨーコの遥か上を行き、この強敵にも通じるのだという安心を覚えていた。
――――――――しかし。ビームの照射は、終わってなどいなかった。
蒼き獣の顎から吐き出された膨大な光の束は、どこまでも直進するその輝跡を残したまま。途切れることなくその場に光の柱として、キングキタンの真横に迸り続けている。
そして、巨人への距離をさらにキングキタンが詰めるより速く。
巨人は自らの右腕を、無言のまま横薙ぎにした。
「――――えっ?」
その右腕に装備されていた、砲の延長上にあった光条はあっさりとキングキタンのいる空間を横切って。
その後には、ほんの一瞬生じた焼き切れた音以外――消し炭の一つも、残しはしなかった。
「嘘、でしょ……?」
目の前で展開された、まるで冗談みたいにキングキタンがその姿を掻き消されたという事態を――ヨーコは現実の物として受け入れることができず、呆然と呟きを漏らしていた。
だって、キタンが……カミナやシモンが上から引っ張った大グレン団を、今度は下から押し上げてくれたあの暑苦しい馬鹿〈ヒト〉が。
あのキタンが。
こんなにあっさり……何も、残すことなく消えてしまうなんて。
放心しているヨーコの乗る、無防備なダヤッカイザーの前で――つい先程までキングキタンが足場にしていた山ほどの大きさのあるキノコ状の巨大な塔が、巨人の放つ光に貫かれた。
その光に触れた箇所は、怒涛の勢いを減退させることもできず瞬時に蒸発し。直接破滅の光に晒されずには済んだ箇所も、陶磁器のように砕け微細な欠片と化して風に消えて行きながら――徐々に白光は、ダヤッカイザーへと降下して来ていた。
ガンメン一機と塔一つを消滅させ、未だにその猛威を緩めることのない眩い断頭台に視界を灼かれて、やっとヨーコが正気を取り戻した時には……もう、全てが遅かった。
(カミナ……皆――っ!)
危機を前に、仲間達の顔が脳裏を掠めようとしたその刹那。
何の防壁としても機能し得なかったダヤッカイザーごと、大グレン団が誇る名スナイパー、ヨーコ・リットナーは爆光に呑まれ素粒子へと還り――走馬灯を見る間もなく、逝った。
◆
エリア二つ分を優に越える極大射程の光線は、なおもその輝きに陰りを見せていなかった。
収束から漏れた衝撃波と輻射熱が高温の烈風と化して草原の緑を焼き払い、大地に黒焦げた直線を数キロメートルにも渡り間断なく刻み込んで行く。
暴力的な光の奔流は、長々と伸びたところでさらに、砲を構える腕の動きに合わせて軌道を変更。複数のエリアを同時に蹂躙する破壊神の刃となったまま、横薙ぎに一閃される。
射線上と重なった箇所を地盤ごと吹き飛ばしながら、轟音を伴った光の柱は即座にキノコの群生地のように無数の塔が並んだ集落へ到達する。
光はその先端を――まるで世界を隔てるように、天から地の底までを隙なく覆う灰色の極光壁へと突き抜けさせる。壁との衝突によりそれ以上直進できなくなってもなおも噴出を終えず、始端と終点の間にある地上の全てを焼き払って行く。
根元を貫き、残った部分が倒れる暇すら与えず次の塔を轟音と爆音を撒き散らしながら切断、まるで草刈りのように塔の群れを伐採して、歪で長大な光の鎌が茸の里を駆け抜けた。
超高熱によって発生した白煙が立ち込め、その発光によって世界を染める必要がなくなってからやっと。獣の砲は放出を止めて、その口を閉じた。
次いで倒落した建造物の奏でる轟音が爆風のように自らのマントを靡かせるのを感じながら、破壊を齎した張本人はその視線を一層鋭くしていた。
「…………」
機械的なまでに黙したまま、オメガモンは己の生み出した惨状をつぶさに観察する。
溜めによって照射時間を伸ばしたガルルキャノンの一撃で、茸の里と呼ばれたらしい集落と辺り一帯を焼き払ったわけだが――果たして討ち漏らしはいないだろうかと、その翠玉の瞳でこの世に顕現した地獄を睥睨する。
先程言葉を交わした二人の参加者以外に、今攻撃した範囲に他に参加者が居たのかをオメガモンは認識していなかった。ただもしも身を隠していた者がいたならば今の一撃で纏めて刈り取るか、燻り出すことに繋がっただろうし、また誰もいなかったとしても、他の参加者が身を隠し得る場所を消し去ったことで今後の索敵の手間を省ける意義があるだろうと、そんな程度に考えての行動だった。
やがて視界を隠していた白い蒸気が晴れ――黒焦げ、またはガラス質化した荒れ果てた大地の姿が明らかとなる。
そこに生きる者の気配が見受けられないと悟って、ようやくオメガモンは視線を逸した。
「……メカノリモン、ではなかったようだな」
ふと漏れたのは、結局それだけしかいなかったのだろう参加者二人の、搭乗していた兵器への感想。
雨の降る中で天気を口にするような、大した意味を持たないただの事実確認。
あれには人間が乗り込んでいたが、乗り物型のデジモンのメカノリモンではなかったということは同じデジモンであるオメガモンには感覚的に理解できる。
最も――所詮人間の有する物理的な兵器程度では、自らの脅威にはなり得なかったようだが。
そんな人間の、悲鳴のような訴えを思い出したわけでもなしに――オメガモンは、悠然と天を振り仰いだ。
自らをこんな場所に放り込んだ堕天使に対し、首を洗って待っていろと無言で告げながら。
首輪を外してすぐのこと。オメガモンは制裁のためにバグラモンが自らの前に現れなかったことから、まずは会場からの脱出を試みた。
ゾーンを四方から囲む次元の壁がどこまで続いているのか、上空から脱出はできないのか、はたまた本当に破壊できないのか。
それらを確認した結果、業腹だが現時点では困難であるという結論を得た。
知覚せぬ間にこんな場所に拉致されていたという屈辱を注ぐため、一刻も早くバグラモン達を打倒したかったところであるが、それは一旦後回しにせざるを得ない。
そう認めたオメガモンは、改めて他の参加者と接触できるところにまで降下し、早々に二人を葬ったわけだが……それは決して、殺し合いの主催者に屈したというわけではない。
――ロイヤルナイツが、ゲームの駒になどなるものか。
「イグドラシルの決定は絶対だ。バグラモン、貴様らの介入などでは些かも揺るがん」
オメガモンの胸にあったのは、デジタルワールド最高神に仕える、聖騎士としての矜持。
世界の秩序を守るという使命のために相応しい力と精神を持つとして、神に選ばれたという自負。それがある限り、例え死の危険が付き纏おうとも、屈することなどあり得ない。
バグラモン達が知覚を許さぬまま、任務中であった自身をこんな場所へと放り込んだという事実には、確かに驚愕を禁じ得ないことだ。が、しかし。だからといって不覚を取ったと言うことを恥じはしても、恐怖し、怯えることなどありはしない。
オメガモンの信念も揺ぎはしないからこそ、迂闊と言えようともここで呆気なく死ぬ程度ではどの道ロイヤルナイツの資格もないと考えて、躊躇いなく首輪を外せたのだ。
オメガモンがあるべきは首輪に飼われた参加者などではなく、自らの信じる正義の体現者。
それは即ち主君より与えられし、至上の命の実行者だ。
だがそれは、その他の大多数の参加者にとって、何ら事態の好転を意味しないだろう。
「“プロジェクトアーク”を続行する」
天を睨むのをやめ、地上を見据えたオメガモンは、冷酷なまでに確固たる口ぶりで宣言した。
プロジェクトアーク。それは崩壊の危機に面した世界を救うべく、神が下した非情の決断。
繁栄と進化を繰り返すことによりその容量を肥大化させ続け、遂にはデジタルワールドそのものの容量さえも超えつつある、デジタルモンスターの全消去。
つまりはデジタルワールドに存在する、全ての生命の根絶である。
当初は選ばれたデジモン達を生存させ、新世界へと導く手筈であったが――“神”イグドラシルの用いたデジモン抹消の手段、Xプログラムに対する抗体を獲得したデジモン達によって、新世界さえも汚染されたが故の選択だ。
X抗体の登場により、最早Xプログラムさえ意味を成さぬ以上、プロジェクトアークを実行するのは唯一生存を許されたロイヤルナイツの役目だ。
そして、問題となるのがデジタルワールド内に生息する、デジタル生命体の存在であるなら。
この会場もまたデジタルワールドである以上、現実世界から転送〈デジタイズ〉されて来た参加者達も、生きたデータの塊――即ちデジタル生命体として存在するのなら。
デジモンだけではなく、人間や、もしくはそれ以外の未知なる存在も。その全てが、等しくロイヤルナイツの削除対象だ。
故にオメガモンは殺戮を行う。バグラモンの開いたバトルロワイアルなど関係なく、自らの主君の望みを叶え、救世を成すために。
ここに連れて来られる前と、何ら変わりない。イグドラシルに従い秩序を維持するロイヤルナイツ以外の全参加者と、主催者一味。この殺し合いに関与する、全ての者を殺し尽くす。
それが聖騎士〈ロイヤルナイツ〉オメガモンの行動方針だった。
参加者は僅かに65名――先程バグラモンが始末した二人と、オメガモンが消去した二人を合わせれば61名以下。ロイヤルナイツが直々に粛清するには、余りに少ない人数だ。彼らの逃げ隠れするゾーンが九つあるとはいえ、拍子抜けするような頭数と言える。
彼ら全てを討ち取って、イグドラシルに忠誠を誓うロイヤルナイツだけが会場に残るようになれば、バグラモンも何らかの干渉をして来るだろう。バグラモンの始末は、その時を狙えば良いだけだ。難しく考えるようなことでもない。
ただ、参加者の中にも決して無視できない障害は幾つか設置されている。
その一角が、暗黒の女神
リリスモン。X抗体を獲得し、潜在能力の全てを開放した究極体のデジモンさえも鎧袖一触するロイヤルナイツに対抗できる、数少ないデジモンの一体である。
それなら見覚えはなくとも、主催者達からリリスモンと同等の扱いを受けていた他の二体もまた、自分達に匹敵する戦力を有していると見ておくべきだとオメガモンは考える。
だが、この場に連れて来られたロイヤルナイツは、オメガモン一人ではない。
それも、ロイヤルナイツでも最高の防御力を誇るマグナモンと、ロイヤルナイツ最速を誇るアルフォースブイドラモンの二騎。この頼もしき僚友達がいるというなら、ジョーカー達相手に油断はできずとも、彼女らだけならば大した問題とはなり得ないだろう。
だが、参加者に含まれたもう一騎のロイヤルナイツ。問題となり得るのは――
「――待っていろよ、デュークモン」
口ずさんだのは、かつての友の名。
デュークモン。それはウィルス種のデジモンでありながら、ネットワークセキュリティの最高位であるロイヤルナイツに属する異端の騎士。全ロイヤルナイツでも屈指の実力者であると同時、オメガモンの盟友で――そして異端の名の通り、イグドラシルに背き反逆者となった聖騎士だ。
ここに連れて来られる直前。何故退化しているのかは知らないが、名簿にあったドルモン達にトドメを刺す寸前に駆けつけ、機密事項を漏らすなどして彼らに味方した裏切者。
彼を粛清するのはかつての友である己の役目だと思っていたオメガモンにとって、この会場のどこかにデュークモンがいるということは望外の喜びであった。
何しろバグラモンに不覚を取り、NEWデジタルワールドを留守にした間、デュークモンに好き勝手に動かれる心配も――他のナイツに彼を討ち取られる不安も、なくなったのだから。
デュークモンの最後の頼みを聞き入れ、一度は見逃した異分子〈レジスタンス〉のデジモン達もここにいる。彼らとの因縁もここで纏めて終わらせることもできるのなら、バグラモン達に囚われた己の不甲斐なさを少しは許すことができそうだ。
ただ、急ぐ必要はあるだろう。取るに足らぬ異分子のためにイグドラシルに背いたとは言え、それがデュークモンの信じる正義ならば、彼もまたロイヤルナイツに名を連ねた者としてそれを裏切る真似はすまい。この殺し合いを止めようとして、無用に消耗されたのを討ち取ったのでは名誉に関わる。
そこまで考えてオメガモンは、改めて移動を開始した。
プロジェクトアークの完遂。そして逆賊の粛清。明確な目的を見据え、聖騎士は往く。
自らが奪った命のことなど、瑣末な犠牲と気にも止めず。
全ては、自らの信じる正義のために。
【ヨーコ・リットナー@天元突破グレンラガン 死亡確認】
【キタン・バチカ@天元突破グレンラガン 死亡確認】
残り 60名
【一日目/日中/グリンゾーンE-2】
【オメガモン@DIGITAL MONSTER X-evolution】
[参戦時期]ドルガモン達を見逃した後、デュークモンと戦う直前
[状態]健康
[装備]BRデバイス@オリジナル
[道具]基本支給品一式、不明支給品×3(確認済み)、キタンの不明支給品×2(未確認)
[思考]基本行動方針:自らの正義に従う。
1:プロジェクトアークの続行。ロイヤルナイツ以外の参加者と主催者を全員消去(デリート)する。
2:マグナモン、アルフォースブイドラモンと合流する。
3:デュークモンは自分の手で粛清する。
[備考]
※首輪を外しました。
※参戦時期的に成熟期に進化していたはずのドルモンが成長期の名前で名簿に載っていることに気づいていますが、特に意識する必要はないと判断しています。
【全体事項】
※グリンゾーンのD-1、E-1、F-1、E-2が焦土になりました。
【支給品紹介】
ヨーコ・リットナーに本人支給。ヨーコの身の丈程もある巨大なライフルであり、ガンメンにも対抗可能な強力な武器。
ヨーコ・リットナーに本人支給。名前の通り髪飾りだが、実は凶器としても使える隠し武器のため支給品枠を消費してしまった。
ヨーコ・リットナーに支給。獣人から強奪した「ホーダイン」を改造した西洋鎧型ガンメン。名の由来は搭乗者であるダヤッカと帝王(カイザー)から。大型カノン砲を装備する後方支援型の機体。カラーリングはブルー。
ヨーコに支給されているが、実はTVシリーズだと彼女が乗り込むのはさらに劇中では七年後のことである。
キタン・バチカに本人支給。キタン専用ガンメン。獣人から強奪した星型ガンメンで、名前の由来は搭乗者であるキタンと、王(キング)から。各部の突起状のパーツで特徴的な金色の機体での格闘戦を得意とする。
009:使命 |
投下順 |
011: |
GAME START |
オメガモン |
???: |
GAME START |
ヨーコ・リットナー |
GAME OVER |
GAME START |
キタン・バチカ |
GAME OVER |
最終更新:2013年08月22日 20:31