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M50 - (2010/07/20 (火) 21:36:17) のソース
第44話 ここから見える景色 ボタンを押した後、握りっぱなしだった駐車券をパスケースにしまう来栖真理。 エレベーター内には幅30センチほどの鏡が備え付けられており、彼女の赤茶色の髪の毛を映し出していた。 射勢家使用人である彼女は、家の用事を済ませてナツキたちを迎えに来たのだった。 会場に入り、5回戦終了前には間に合ったことを知る真理。 すぐ右手側には来場者プロモーションカードの交付所が見える。 配られる『マスラオ(トランザムモード)』は真理には必要の無いカードだったが、ひとまず貰うことにした。 「こんにちは~」 受付の2人の女性スタッフは真理の格好を見て「メイドさんかな?」とヒソヒソ話した。 ナツキの迎えに来るのに着替える時間がなかったため、そのままの格好だったのだ。 真理は彼女らにかまうことなく手の甲を見せた。 「どうぞ」 真理が”2度目の客”で無いことをブルーライトで確認し、残り僅かとなった束からマスラオを手渡す。 彼女はこれもパスケースにしまい、会場内に歩き出した。 一番近くのイベントは、当日参加型のガンスリンガー大会。 午後になり予選大会をリタイヤしたプレイヤーが参入したためか、長蛇の列になっている。 そして、その奥の大きなスペースがメインのイベントである地方予選大会だ。 真理は伊達大会には出たことは無かったが…昔、自分が参加した地区予選のことを思い出す。 場所は違えど、集まるプレイヤーの熱気だけは変わらないな、と。 「トレードいいですか?」 声をかけてくる青年。手には9ポケットバインダーが握られている。 昔を思い出していた彼女は慣性で「いいですよ」と返しそうになるが、その言葉が口から出る前に自分がトレード用の荷物など持ってきていないことを思い出す。 「結構です。トレード用のカードは持ってきていませんので」 「そうでしたか、失礼しました」 そう言って青年は真理から離れていった。 初めて半年のナツキのことが一瞬脳裏をよぎるが、藤野武志から貰ったカードがあるため十分なプールがあることも思い出す。 「ガンスリンガー大会のほうは、あと30分で終了になります」 アナウンスが入る会場内を、真理は地方予選大会のほうに歩き出す。 伊達地方予選は、参加者の人数から2つのグループに分かれていた。 壁際に表彰台が設置され司会者が立っており、その前を通る大きな通路を堺に左右に机が並べられている。 それぞれがAとBの2ブロックに分けられ、通路に近い机ほど上位卓、離れるほど下位卓という並びだ。 「…さて」 ナツキがどちらのブロックに参加しているかを聞いていなかったため、真理はひとまずBの下位卓から順に見て回ることにした。 Bブロックの一番端の卓に知っている顔は見当たらない。デッキ傾向を一通り把握しながら真理は次のテーブルへと体を向ける。 藤野武志が目にとまる。苦い表情で盤面を見つめた彼は、ダブルオーガンダムを手にして出撃させた。 対戦相手の場にはガデッサが置かれており、中盤の接戦であることがわかった。 「来訪者をプレイするぜ!」 少し歩くと、Bブロックの上位卓で見覚えのある娘を見つける。姉さんだ。 盤面を見てみようかと近寄る真理。それに気付いた彼女は笑顔で小さく手を振る。 真理は「対戦中なのにこの子ときたら」と言いたげな顔で手を上げて応える。 Bブロックの全勝卓まで見て、中央を通るの通路に出る。 どうやらナツキとその友人は対面のAブロックに参加しているらしかった。 真理は一拍おいてAブロックの机に向って歩いていく。 「やあ」 真理がAブロックのエリアに入るなり、立ち上がって呼んだのはハタドーだ。 スコアシートを持って立ち上がったところを見ると、早くも最終戦が終わったらしい。 「ディアナ帰還をロールして、追加ドロー」 声のほうを見ると、ハタドーの隣では栗田ミキオが対戦中だ。 真理は少し驚く。彼は決して弱くは無いが、全勝できる実力かといわれれば、きっと違うだろう。 しかし、驚きはしたが納得できないわけではない。大会では実力が全てに勝るわけではない。だからこそ面白いのだ。 …次の大会、お暇をいただければ私もまたこの場に立ちたい。 真理は自然とそう感じている自分に気付いた。 「今日も引率かね?」 ハタドーの問いに相槌を打ちながら、彼女はパスケースを取り出す。 数歩前に出ると、パスケースに挟んであったカードをハタドーに差し出した。 「これを」 「私に?」 差し出されたマスラオ(トランザムモード)を受け取るハタドー。 なにやら楽しそうに「なにかな?」と続けた。 「再戦の挑戦状…と言ったところです」 「面白い。心待ちにしている」 ハタドーはハハッと笑って、対戦相手と共に受付に歩き出した。 真理もミキオの後姿に一瞥くれ、Aブロックの下位卓を目指して歩き出す。 「ルイスジンクスは宇宙に出撃させる!」 次に目に付いたのは羽鳥タンサン。 場には数枚のジンクスが並び、圧倒しているようだった。 そして、その卓の一番向こうに目的の”彼女”を見つける。 真理は歩調を速め、ナツキの後ろまで行く。 声が届く距離になり、次第に彼女の苦い表情もはっきり見えてきた。 「…い。デストロイモードがないー!?」 相手のディアゴが1回以上解決されていることが見てわかる。苦戦しているようだ。 彼女には勝ってほしい。が、相手とてこの日のために用意してきた”とっておき”で出場しているだろう。だれもがそうだ。 そして、その中で勝つことは誰にとっても容易なことではない。 「デストロイモードがウチの全てじゃないしっ!」 ナツキが1枚のカードを――箱として――ユニコーンガンダムにセットしたのを見て、真理は胸をなでおろす。 そうです、姫様。あなたにはまだ可能性がある。と、彼女を見つめる。 「…頑張ってください。姫様」 真理は小さく呟いた。 つづく