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第一段1

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第一段1【だいいちだんいち】

斗真公輝瑛士里穂愛美、エマ


『雪が溶けたら何になると思う?』

そう問いかけたのは、誰だったっけ

『“水”?』


『ううん、――――』

答えは、何だったっけ?

そんな事を考えながら歩いていた

特に何もない一日、つまんない日。

今日はこれで終わるのかー…

「ねぇ、ちょっと買い物付き合ってよ」
「はいはい、仕方無いなぁ」

声をかけてきたのは、幼なじみのエマ
家も結構近い方だから小さい頃はしょっちゅう一緒に遊んでいた

高校生になった今でも仲良く時々一緒に居る事もあってたまに周りの奴にからかわれてお互い困っている


「生田君っ」
「え?」
「生田君、今日日直だよね?」

帰り支度をしていると、今度はクラスメートの飯田さんが声をかけてきた
そうだ、今日日直だったんだった
飯田さんも、一緒だったはず

「あれ?でも俺、今日何も…」
「あっ…えぇと…うちが生田君の分も代わりにやったよ?」

なるほど
だから何もした覚えが無いのか

「悪いエマ。俺日直だからまた今度ね」
「もう…約束したのにー」
「掃除とかはこう見えて大事な事なんだよ」


「別に、良かったのに」

エマが帰った後、二人きりの教室での第一声

「何が?」
「うち一人でも良かったから、エマちゃんと行ってもよかったのに」

なんて少し悲しそうな表情だけど、俺には嫌味にしか聞こえなかった

「…そ。ま、でも俺も日直の仕事しなきゃな」

「生田君…」

飯田さんが何かを言おうと口を開く
続きを聞くため飯田さんを見る

「生田君て、」

「もー!だからあれだけ外さないでねって言ったのにー」
「だからごめんってば。仕方ねーじゃん体育マジメにしてたんだからー」
「確かに体育頑張っててカッコ良かったけどー…」

教室の引き戸が、ガラガラと音を立てる
長年使われたその扉は、時々鍵をかけなくても開けれない時があったりして1日3回くらいは開けるのに苦労する
だから教室に誰かいる時は大体開けっぱなしにしてあった

その引き戸の音が、飯田さんの「生田君て」の続きをかき消した

「あ」
「ん?おお、人居たんだ。扉閉まってっから誰も居ないかと思った」

来たのは伊倉さんと前田だった
前田はまっすぐ自分の席へと向かい、引きだし辺りで何かゴソゴソとしていた
伊倉さんは少し間があった後ニヤニヤしてこちらを見ていた
…絶対勘違いしてる

「公輝、まだ帰ってなかったの?」
「ん?あーうん、先生に捕まってた」
「愛美ちゃんと一緒に?」
「ん?いや、愛美はさっきそこで会った」

飯田さんが前田に話しかける
別に大した事は無いのだけれど、「公輝」呼びが何だか引っかかった

「生田君と…えっと名前なんだっけ?」
「里穂」
「そう、里穂ちゃん。二人は何してるの?密会?」

伊倉さんが怪しげに笑う
先ほどのあからさまなニヤニヤよりは控えめだが、ニヤニヤに近い表情だ

「愛美、それ瑛士みたい」
「やめてよ失礼な。瑛士みたいにアホヅラじゃないですー」

「日誌書いてるだけだよ」
俺は二人のイチャイチャを見てて苛立っていたのか、不思議と声が凄く冷静で酷く冷たかった
それを聞いて、飯田さんが一瞬悲しそうな表情をした気がした

「ふぅん?まぁどっちでもいいけど。生田君、今度はマナと密会しようね」

伊倉さんがウインクをこちらへ向ける
こちらも俗に営業スマイルと呼ばれる笑顔を返す

「伊倉さんと密会出来るなんて光栄だなぁ。俺はいつでもお待ちしてます」

俺の返事を聞いて、伊倉さんは“女らしく”微笑んだ

「やべっ瑛士から超着信来てる。愛美そろそろ行こうぜ。斗真、里穂、また明日」
「もう行くの?まぁいっか。それじゃあまたね、生田君。…それからえぇと、」
「里穂」
「そう、里穂ちゃん。またね」

伊倉さんは優しく手を振った
俺も形だけ手を振り返し、飯田さんは小さく手を振り返していた

俺は転校してきてからまだ日が浅い
先程の二人も、クラスメートだから顔と名前は覚えていたが、それ以外何も知らない

二人が付き合ってるのかとか、いつから俺は前田に名前で呼び捨てされるほど仲良くなったのかとか、伊倉さんは飯田さんの名前を覚える気は無いのかとか

全然知らないし、分からない

「あの二人、仲良いよね」
「そうなの?俺はあんまり知らないから分からないや」
「そっか、生田君転校生だもんね。あの二人はね、」
「名前は覚えてるよ、伊倉さんと前田君でしょう?」
「そうそう、愛美ちゃんと公輝。凄く良い子達でね、クラスでも人気者なんだよっ」

この前もね、と飯田さんはまるで自分の事のように楽しそうに話した
正直、何故他人の事をそこまで楽しそうに話せるのか分からなかった

「飯田さんは、好きなの?」
「えっ!?」
「伊倉さんと前田君」
「…うん、好きだなっ。公輝は幼馴染だし、愛美ちゃんはとっても可愛いから好き」
「飯田さん、クラスの人好き?」
「うんっ!さっきの二人も、先生も、生田君も大好き!生田君もね、もう少ししたら皆の事好きになれると思うよ」

好きになるつもりなんてサラサラ無かったけど、「なれるといいな」と微笑んでおいた

それからしばらくして、クラスに溶け込むにはどうすればよいのか考えた
答えは見つからなかった

―――
――

次の日の放課後、帰り支度をするエマの元へと近づく

「エマ」

「あっ斗真!どうしたの?何か用?」

「昨日はごめん。今日は大丈夫だけど」

「あー…ごめんね、今日は友達と遊びに行く予定があるんだよね」

なんだ折角今日は暇だったのに
エマの方に用事があるんなら仕方無い

「分かった。じゃあまた今度」

「うん、ごめんね。それじゃまた明日」

エマは友達と行ってしまった

暇になってしまった。何もする事がない
家に帰ってゆっくり寝るのでも良いがそれはつまらない

何か暇潰しになる事は無いだろうか


「あれ?斗真じゃん。一人?」

振り返れば、そこには前田ともう一人明るい髪の男が居た

「知り合い?」
「クラスメート。転校生」
「ああ、例の転校生」
「そーそー」

例のって何だろうか

ってそれよりも

「前田こそ、何してるの?」
「わー俺の名前覚えてくれてたんだ!やっべ何か超感動」
「お前いっつも大袈裟だな」
「うるせーないいだろ別に。…俺は今から瑛士と暇だし遊びに行こうって話してたとこ。斗真も来る?」

「いいの?」

前田は兎も角、知らない人もいるのだけど

俺の視線に気付いたのか、前田が傍に居る明るい髪の男を見た

「瑛士も別にいいよな?」
「ああ」
「だって。どうする?」

暇していたのだから、ちょうどいい
だけど…

チラリと明るい髪の男を見る
瑛士って呼ばれてたっけ
そういやこの前伊倉さんと前田が来た時も前田が瑛士って言ってたな…

「行く」
「お前転校生なんだって?」

二人は何処かへ向かっている
俺はそれについていくだけ

突然振り返った明るい髪の男が俺にそう問う

「ええ、まぁ」
「名前は?」
「斗真」
「お前に聞いてねーよ」

前田が俺の代わりに答える
そういえば、

「何で前田は俺の事斗真って呼ぶの?」
「え、ダメ?」
「話した事無かったのにいきなり呼び捨てだからビックリしてる」
「あーまじで?悪い。俺も前田じゃなくて公輝でいいから」
「うん」
「じゃあ俺も斗真って呼ぶわ」

なんでみんな下の名前で呼びたがるんだろ

「俺の事は瑛士さんでいいから」
「アホか」

公輝と明るい髪の奴は間も完璧で、つるんでるとこうなるのかなと考えてたら
公輝に「瑛士、もしくは瑛ちゃんって呼んでやって」と言われた。

「なんで俺みたいな愛想のない転校生とこんな話しかけんの?」

わざと相手を突き放すように聞いてみた

「何でって…もちろん俺は斗真と仲良くなりたいし、
それに里穂が…」

公輝は飯田さんの名前を口にした

「飯田さんが?」

「や、何でもない。
とにかくそんなこと気にしないで行こうぜ。」

そう言って公輝は歩き出した
その隣に瑛士が並ぶ

俺はそんな2人に着いてった


「メロスは激怒した」
「僕は死にましぇん」

どこかへ分からない場所へ向かっている
その途中で何処からか二つの声が聞こえてきた

声が聞こえてきた方を見ると左の道にはワンセグでTVを見ているエマと伊倉さんが
右の道には走れメロスを読んでいる飯田さんが居た

「あれ、愛美ちゃんじゃん」
瑛士君が伊倉さんの名前を呼んで手を振る
それにならうように公輝も手を振っていたので俺もまたそれにならった
「あっ!公輝と生田君と瑛士じゃん!何処か行く途中?」
「ちょっと愛美ちゃん俺が一番最初に挨拶したのに最後って酷くねー?」
「今から遊びに行くとこ。愛美達も行く?」
「いつものとこでしょ?行く行く!」
伊倉さんがノリノリで言った
いつものとこって何処だろう?
そんな事を考えながら俺はちょっと離れた所に見える本を読んでいる飯田さんを見ていた

「斗真、前田君達と仲良かったんだね」
「エマか。ああ、仲よくなったっぽい。っていうか友達って伊倉さんだったんだ」
「うん、エマも今日仲よくなったばっかなんだけどね」

「あれ?あの子は…えぇと」
「里穂」
「ああもうちょっとで思い出せたのにー!先答え言っちゃダメだってばぁー」
「そんな事言って本当に思い出せたのかよ?ちゃんと覚えてたのかー?」
「五月蝿いなぁもう。マナ、興味ない事覚えるのは苦手なの」
「うわ愛美ちゃん失礼だぞそれ」

「いい…ださ…」
俺は飯田さんを呼んでいた
「里穂ー!」
だけど隣の公輝が俺の声を消すように飯田さんを呼んだ
飯田さんは本から目を離して左右を見ていた
そんな飯田さんをすかさず公輝が迎えに行った

「公輝ってやけにあの子に優しいわよね」
伊倉さんがそう呟く
「幼なじみだからじゃねーの」
「マナはそれだけじゃない気がする」
俺も伊倉さんに同感だった
そんなことを考えながら公輝たちを俺は見てるだけだった

「里穂も行くってー」

飯田さんも合流して俺たちは動き出した



着いたのはどうやらマンションで
しかもちょっとリッチそうな建物

「俺ん家」
「「え」」

ハモったのは俺と飯田さんだった

伊倉さんと公輝は「何度来ても大きいねー」なんて話をしていて
エマは「噂に聞いてた通りなんだねー」なんて言っていた

「んじゃ酒買ってくるわ」
瑛士君の言葉に、飯田さんと2人、またハモって驚いた


公輝に案内されて(瑛士君買い物行っちゃったからね)部屋へと向かう
その途中で

「っつーか里穂とかエマとか斗真とか飲めんの?」
「弱い方だけど飲めなくないよー」
エマがそう答えた
えっエマは飲んだ事あるのか
未成年なのに
「あっ本当?大丈夫だよ、公輝も結構弱いし」
「うるせーな。愛美と瑛士が強すぎるんだっつーの」

「うち飲んだ事無い」
「有無の前に里穂酒なんて飲めんの?何か弱そう」
「あー分かるかも。すぐ赤くなってベロンベロンになりそう」
「そんで悪酔いすんのな」
「そうそう!」
「むっ!大丈夫だもん。うち悪酔いはしないもん」
「おー?聞きました?伊倉さん」
「聞きましたよ前田さんーこれはもう一気飲みですねー」
「ですねー」
伊倉さんと公輝がからかって言う
「お前等やめろよ…飯田さん困ってるだろ」
「あら、斗真優しいー」
エマが茶化すように言った
「優しいとかじゃなくって、飲めない人に無理やり飲ませるのはよくないよ。第一俺達未成年だし」
俺がそう言うと伊倉さんと公輝は素直に「ごめん、やりすぎた」と言った

「大丈夫だよ!里穂飲めるもん、出来るもん!一気飲みぐらい余裕だい!」
飯田さんが意地をはったように言った

あーあ、俺もうしーらない


「かんぱーい!」
それぞれの声が重なった

瑛士君はあの後いくつかの酒を持ってきた(本当に買ってきたのだろうか?)
それぞれにお酒を手にしてはいるが、皆の視線は飯田さんに向いていた

「まじで飲めんの?」
「大丈夫だもん」
「無理しちゃダメだよ」
「分かってるってば」
「…飲まないの?」
「今飲むもん」

公輝、エマ、伊倉さんが順番に声をかける
それでも飯田さんは躊躇っている様子だった
それを、瑛士君はいつものニヤニヤ顔で見て、俺はハラハラしながら見ていた

ぐびっ

その音が聞こえたと思ったらすぐに、何度も連続してその音が聞こえた

「っはー…飲んだー!」
勢いよく息をついたのは飯田さんだった

「すげーまじで一気飲みした」
「さすがにマナでも一気飲みは無理なのに」
「ヒュー♪やるぅー」
「すごーい」
公輝や伊倉さん達はそれぞれ驚いたように言った

「大丈夫?水要らない?」
俺は心配になって水を用意して声をかける
飯田さんは差し出された水を要らないと返した

が、しかし

「あははははははーわーいわーい白馬のお馬さーん!きゃははははは」
飯田さんは酒のせいでぶっ壊れてしまった

「やっぱり呑まれちゃったね」
「まーそうなるだろうとは思ってたけどな」
「酔っ払いに絡まれると危険だから気をつけないとね」
「ああいうマジメキャラほど酔うと何しでかすか分かんねーから面白いな」

公輝や伊倉さん達は面白がったりものめずらしそうにしたりして見物に回っている

はぁ、仕方無い

「飯田さん、ほら、水」
「あひゃひゃひゃひゃー」

「飯田さん」
「………」

飯田さんが突然静かになってふらりと倒れかけた
慌てて水の入ったコップを床に置いて支えてやる

と、

「生田君…」
「何?」

「らんひゃいい匂いするう」
飯田さんは俺に抱きつくようにして首筋辺りで匂いを嗅いだ

何気なく公輝を見て、公輝が真剣な表情でこちらを見ている事に気付く
しばらく何も言わずに公輝を見ていると、公輝が俺の視線に気付いてこちらを見た
そして、意味ありげにニヤリと笑った

「俺、里穂家まで送ってくわ。多分このまんまじゃ一人で帰れねーだろうし」
公輝が立ち上がってそう言う

「マナはもうちょっと飲んでるー」
「エマもー」
「俺も」

「俺も付いてくよ」
別に公輝一人に任せても良かったのだが、飯田さんが心配だったのと自分自身の酔いをさますためにも外の空気が吸いたかった

「ん、じゃあそっち里穂支えてもらっていい?」
「おう」

飯田さんは酔っ払って爆笑しながら「両手にイケメンだー」なんて言っていた

―――

「飯田さん家のお母さん、若い人だったね」
「そーだな」

飯田さんを無事家に届けた所、未成年がお酒飲むなんてって怒られるかと思いきや、意外にもそれについては何とも思わなかったようで
「ごめんなさいね」と俺達に何度も頭を下げ、「良かったら上がってってください」とまで言ってくれた
が、公輝も俺も丁重にお断りした

「…公輝さ、飯田さんの事どう思ってるの?」
帰り道、二人きりになって聞きたかった事を聞いてみる
本当は聞かない方がいいかと思ったが、聞かなきゃスッキリしない

「ん?里穂の事?…どう見える?」
公輝は意外にも動揺したりとかそういう様子はなく、普通の様子でそう言ってこちらを見た

「…飯田さんの事、好きに見える」

「じゃあそうなんじゃない」
「え?」
公輝はまた前を見て歩き出した
俺はずっとその隣で公輝の方を見ながら歩いていた

「斗真にそう見えたんなら、そうなんじゃない?」
「そうなんじゃない?って…公輝自身の気持ちだよ?」
「うん。だから、そう見えたんならそうなんじゃないのって」
「好きだとは思ってないの?」
「別に。嫌いじゃないし、どちらかと言うと好きな方だけど」
「じゃあ」
「だからって恋愛感情があるわけでも無い。だけど無いとも言いきれない」
「…つまりどういう事?」
「俺にも分からないって事」
「自分の気持ちなのに?」
「自分の気持ちだから分かんねーんだろ」

自分の気持ちを自分が分かってないなんて
そんな事ってあるのだろうか

「俺が生まれた時からずーっと里穂は俺の幼馴染だし、今更男も女も好きも嫌いもねーよ。里穂は里穂、俺は俺。二人は幼馴染、みたいな」

それは里穂も同じ、なんて公輝は言うけど
飯田さんは本当にそう思ってるのだろうか

俺には、飯田さんもまた公輝の事を好きなように見えたんだけど

…分からないなー

「斗真、エマの事どう思う?」
「え?別に、普通の良い幼馴染だと思ってるけど」
「もし付き合うってなったら?」
「別に、エマならいいかな」
「つまりそういう事だよ」
「ふーん…」

何となく、分かったかもしれない

「…公輝は飯田さんの好きな人知ってるの?」
多分公輝だと思うんだけど
「知ってるよ。試しに聞いたら当たってたし」
「え?」
「アイツ超分かりやすいもんなー見てりゃ誰でも分かる」
「じゃあ何で答えてあげないの?」
「は?何を?」
「飯田さんの気持ち」
「…は?」
「飯田さんの気持ち知ってるんなら、何で…え?………公輝じゃないの?」
「…え、それ本気で言ってる?」
「え、違うの?」
「…なるほど、人間ってそういうもんなんだ…」

公輝は一人納得した様子だった

公輝じゃ…無いの?

その後一旦瑛士君の家へと戻ると、3人ともその場に寝転がって寝ていた

「うわーすげー酒の匂い」
「やば、もうこんな時間だ。エマ起こさなきゃ」
「帰んの?泊まってけば?…俺の家じゃねーけど」
「でも…」
「いーじゃん愛美も居るんだし、俺等誰にも手出さねーって」

瑛士も別に泊まってくぐらい怒んないって!と公輝に言われて
確かにこんな時間だし…と泊まっていく事にした

「電話とかしとく?しとくんなら電話あっちにあるけど」
「いやいいよ。エマの家も俺の家も結構放任主義だから」
「そっか。あ、なぁちょっと毛布運ぶの手伝ってくんね?」

公輝がまるで自分の家のようにこの家の何処に何があるかを把握していたのに驚いたが、それほど瑛士君と長い付き合いなんだろうと思った

―――

「うぅん…」
何だか体が重い
えぇと…あの後皆に毛布をかけてやって…自分達も床で寝たんだっけ

「うーん…」
重い
最初はお酒のせいかと思った
が、どうやら違う

まるで誰かが上に乗っているような…

「おはようア・ナ・タv」
「………おはよう伊倉さん」

目を開けると、そこには伊倉さんが居た

「…俺の上で何してるの」
「生田君の乗り心地確かめてた」
「乗り心地って…」
「それより朝ご飯出来てるよ、早く支度して隣の部屋来てねっアナタv」
朝ご飯?もうそんな時間か…
時計を見ると、確かにもうそんな時間だった

「はよーアナタ」
「おはようダーリン」
「おはよーダーリン」

支度を終えて隣の部屋へと行くと、そこには既に全員揃っていた
着いてすぐ瑛士君に挨拶され、その後エマに挨拶され、最後に公輝に挨拶された

さっきの伊倉さんといい皆といい…アナタとかダーリンとか何なんだ

「おはようハニー達」
とりあえずノってやった

「里穂ちゃん大丈夫かな?」

「派手に酔ってたからな~」
エマと瑛士君が口を開く

「斗真、里穂の様子見に行ってやれよ!
ほら、昨日行ったから家わかんだろ?」
公輝に言われたけど、俺なんか行っても迷惑じゃないのかな

「俺が行っても……」
「斗真が行ったら里穂喜ぶと思うぜ?」
公輝が昨日と同じようにニヤニヤしながら言った

「俺もそう思う。行って来いよ」
瑛士君も俺を見てそう言う

「お、珍しー瑛士がそういう事言うなんて」
「ついでに飲み物買ってきて」
「ついでの方が大事なくせにぃ」
「またお酒?」
「さすがにそれキツイって。炭酸でいいよ。よろしく」

俺は追い出されるようにして飯田さんの様子を見に行く事になった

何をすれば…
飯田さんは俺と会ってくれるのか?
何て考えてたらすぐに飯田と書いてある表札にの前に着いた

「……行くか」
チャイムを鳴らす
案外早くお母さんが出てきた
訳を話すと家に入れてくれた
「おじゃまします」

お母さんに誘導され飯田さんの部屋の前まで来た

「里穂ーお友達が来てくれたわよー」
「へ?誰ー?」
「あ、名前は…」
「生田です」
「あ、え、いっ生田くん!?」
突然飯田さんが大きな声を出した

しばらくすると飯田さんがドアを開けた
「あ、えっと、汚いけどどーぞ」

汚いと言われて通された部屋は自分の部屋に比べたら全然綺麗な、女の子らしい部屋だった

「………」
「………」

2人揃って沈黙する
何を話していいのか分からない

「あ、あっ!飲み物持ってきてないよね!」
「えっあっいいよいいよお構いなく」
「そんなわけには行かないよ!待ってて!すぐ持ってくるからね!」

そう言うと飯田さんは急いで部屋を出て行った

部屋に一人きりにされて、居心地の悪さはますます増した

戻ってきたらまた沈黙になってしまうかもしれない
何か話題を考えておこう

悪いとは思いつつもキョロキョロと周りを見る
部屋の色々な所にヌイグルミが置いてある
ベッドの上、タンスの上、机の上―――

「あれ」

机の上に写真立てが伏せて置いてある
―――どう見てもこれは「見ろ」と言っているようなものだ

…………

…………よし、見ちゃえ

その写真立てに入っていた写真には

俺と、数人のクラスメートと
――――公輝

その写真は確か、俺が転校してきてすぐにあった遠足で撮ったもの

あまり周りの人と仲良くしてなかった俺に、公輝が声をかけてきて数人のメンバーで集まって行動していた、あの時の写真

「やっぱり…」
やっぱりそうなんだ
やっぱり飯田さんは、公輝が好きなんだ

だからこんな風に写真を入れて…

「ごめん!扉あけて貰っていい!?」
扉の向こうから飯田さんの声が聞こえて慌てて写真立てを元に戻した

「こんな物しかなかったけど…」
そう言いながら飲み物やお菓子やら持ってきてくれた

「ありがとう。」
俺はさっきの写真が気になってそれだけ言うと黙っていた

「昨日はごめんね。
うち生田くんになんか変なことしてたかな?
記憶がなくて…」

「別に何もしてないけど」
確かにあの時飯田さんに抱きつかれたけどそれは言わないことにした

言ってしまうといけない気がした
飯田さんは公輝が好きなのに

「うち、お酒に弱いくせについ意地になっちゃってあんな勢い良く飲んじゃって…ごめんね」
本当に迷惑かけてない?と飯田さんは俺にもう一度聞いた

「大丈夫だよ。公輝と家まで一緒に連れてきたけど大人しかったし」
「そっか…公輝と………公輝と?」
「うん」

「…………えぇえぇえ!?」

突然大声を出されて驚いていると、飯田さんはすごい勢いで「公輝からうちの事何も聞いてないよね!?昔の恥ずかしい話とか変な癖とか今の好きな人の事とか」と言った

「あ、癖とか恥ずかしいこととかはなかったけど…」
「好きな人のことは?」
「それは…でも誰とかは詳しく聞いてないから」
「なんだ良かったー!公輝は何喋るかわかんないからね」
飯田さんのほっとした顔を見て
俺は飯田さんの色んなことを知ってる公輝が羨ましく感じた
飯田さんもまた公輝のことたくさん知ってるんだろうな

飯田さんに公輝のこと聞きたい
そして公輝に写真立てのことを言いたい

飯田さんの幸せな顔が見たかった

ヴー、と飯田さんの携帯が震えた
「…あ、公輝だぁ…もしもし?」
楽しそうに喋り嬉しそうに笑う飯田さんを見て、何もすることがない俺は立ち上がり飯田さんに静かに手を振ると部屋を出た。

おじゃましました。と呟き早々と家を出た。
何しに来たんだと苛立ち、自然と歩くのが速くなる。


帰りに頼まれた飲み物を買って瑛士くん家に戻った

「あれ?斗真もう帰って来たんだ。」

「ああ。飯田さん元気そうだったよ。」

公輝が話しかけて来たけど実際話しかけて欲しくなかった

「じゃ、俺帰るから」
俺は荷物を持って家を出た

「斗真」

名前を呼ばれて立ち止まる
公輝の視線を背中に感じたけど、振り返らない

振り返りたくない

「…何?」

辺りが不思議なぐらい静かに思えて
心臓の音と左腕につけた時計の秒針が動く音が、五月蝿い

「またな」

大分間があった後のその言葉は、何処かマヌケで
思わず拍子抜けした

「またね」
俺は振り返らないまま、足早に家へと向かった

あの時の質問で、公輝は飯田さんをハッキリ好きだとは言わなかった
どちらかと言うとそういう風には思ってなさそうな返答だった

でも

公輝はきっと飯田さんみたいに優しくて可愛い清楚な雰囲気のある子が好みのタイプだろう
飯田さんもまた公輝みたいに誰とでも仲良く出来るようなタイプが好きだろう

頭の中で二人が仲良さそうに微笑みあって並んでいる所を妄想してしまい、慌てて頭をガシガシと掻いてその妄想を消す

あーやだやだ考えるのはよそう
二人はただの幼馴染!俺とエマみたいな関係ってだけで、別に何とも無い!

…………何で俺、公輝と飯田さんが仲良さそうなの想像して嫌な気分になってるんだ?


「遅い」
「うわあっ!?」

突然声が聞こえて思わずオーバーリアクションをとってしまう
それくらい自分の世界に浸っていたのだ

「もう!女の子をいつまで待たせる気?」
「い、伊倉さん?何でここに…」
瑛士くんの家に居るんじゃなかったのだろうか

「生田君が戻ってくるの遅かったから、もしかして里香ちゃん襲われてるんじゃないかと思って止めに行こうとしてたの!」
「里穂ちゃん、ね」

襲…さすがにそれはしないって
しかもその子の家で。親も居る家で

…あれ?でもこっちの道って…
「飯田さんの家逆方向だよ」
「うるさいわね!家が何処か何て知らなかったんだもん!間違ってたって仕方ないでしょ!」

少し赤くなってムキになったように、伊倉さんは言った

「公輝に聞けば良かったのに」
「聞けるわけないでしょ。公輝があの子の事好きかもしれないのに」

そう言ってから伊倉さんはハッとした様子で手で口を抑えた

「…俺も思ってたよ、それ」
「あ、本当?良かったーやっぱり思うよね、だって何か公輝あの子に優しくしすぎじゃない?」
マナに一切してくれた事無い事をあの子にはしてたの!なんて不満そうに言う姿が何だか愛らしくって、イライラしてた気持ちなんて消えてしまった

「そういう恋愛の話って二人共してくれないから聞くに聞けなくって」
「二人共?」
「公輝と瑛士」

ああ
確かにあの二人はあまり自分からは言わなさそうだ

「生田君は聞いた事無い?公輝からそういう話」
「…うーん…聞いたには聞いたかな…」
「ホント!?公輝、何て!?」
伊倉さんが少し乗り出したように言う

「俺が公輝に『飯田さんの事どう思ってるの?』って聞いたらどう見える?って言ってきてさ、好きそうに見えるって答えたら『ならそうなんじゃない』って」
「何それ?はっきり好きとは言わなかったって事?」
「うん。その後、嫌いじゃないしどっちかって言うと好きなほうだけどって」
「ふぅん…それじゃ付き合う可能性はあるのかぁ…」

うーん
そんな効果音が聞こえてきそうなくらい伊倉さんは真剣に考え出した

そして

「生田君、どうするの?」
と俺に聞いた

「どうするって…?」

「あの子のこと好きなんじゃないの?」

俺が飯田さんを好き…
そうなのか?周りから見たらそんな風に見えるのか?

「好きなのかな?自分でもわかんない」

「でも気になるんでしょ?
それが恋ってものよ」


俺、飯田さんが好きなんだ…


「いいなぁ、あの子。公輝からも生田君からも好かれちゃってさー」
あーあ、マナも誰かから好かれたいなーと呟くと、伊倉さんはゆっくり歩き出した

「…俺、最初は公輝と伊倉さんが付き合ってるんだと思ってた」

俺もまた、独り言のように呟く
それは伊倉さんに聞こえていたようで、伊倉さんが立ち止まって振り返った

「…だったら良かったんだけどねー」
少し儚げに笑う伊倉さんに、思わずドキッとした

「生田君、失恋したらマナのとこおいで」

うん、と大きく頷いて
俺もまた笑みを浮かべた

月曜日――

朝教室に行くとまだ飯田さんや公輝は来てなくて
少し安心した

しばらくぼーっとしていると
「生田くん!おはよう。」
その声の主は飯田さんだった。

「おはよう。」
俺も挨拶をすると少しためらったように飯田さんは
「この間はごめんね。電話に夢中になっちゃって…
楽しくなかったよね?嫌じゃなかったらまた来てね。」

「大丈夫だよ。それより俺より会わないといけない人居るじゃない?」
俺はすごい嫌な奴だ。飯田さんが話しかけてくれて本当は嬉しいのに。

「へ?誰?」
飯田さんは首を傾げて俺を見つめた。

「はよー公輝!」
クラスメートの誰かが公輝に挨拶をしたのが聞こえ、俺と飯田さん揃ってそちらを見る

「はよー」
公輝は伊倉さんと共に来て、へらりと笑ってそのクラスメートに挨拶していた

「おい公輝聴いたか?あの2年のバレー部の美人な先輩が―」

公輝は一度もこちらを見なかった
それに少しだけ寂しかったが、同時に安心もした

こちらを一度も見ない事に、飯田さんはどういう心境なのだろうと盗み見る
飯田さんは何か複雑そうな表情を浮かべていた

「…飯田さん」
「えっ?」

うっかり声をかけてしまい、後悔した

「…何も思わないの?」
何と続けていいか分からなかった
思いついたままに口にして、また後悔

こんなの、何に?って言われて素直に「公輝が」と口にするしかないじゃないか
彼女は自分の気持ちを俺に対して隠しているかもしれないのに

「思わないよ?」
「え?」

飯田さんの返答は意外なもので

「えっ公輝の事じゃないの?」
「いや…そうだけど…」
「何とも思わないよ。いつもの事だもん。朝は伊倉さんと水本先輩と一緒に登校して、教室着いたらクラスの男子と会話して」
「飯田さんに挨拶もしないで?」

「いつもの事だよ。公輝、自分から声かけたり近くに行かない限り挨拶しないし周りも見ない。今話してる相手に集中してるんだろうね」

飯田さんは、本当に公輝の事をよく知っている
多分、逆もまた同じなのだろう

「…生田君はさ、エマちゃんと仲いいよね」
「え?」
「あっえっとその…何かよく一緒に話してるのを見て…あっううん、別に変な意味でとかじゃなくってその…ああもう何て言えばいいのかな」

何だか微笑ましくなって、笑みが零れた

「エマとはただの幼なじみで何もないって。」
思わず飯田さんの頭に手を乗っけた
飯田さんは気にしてないようで

「そっか~。これで生田くんといっぱい話せる~」
なんて喜んでいた。

そんな飯田さんを見て、飯田さんの口から何もないって言って欲しくなった。

公輝とは何もないって………

「あれあれあれぇ~?」
突然聞こえた声に、慌てて飯田さんから手を離す

「飯田、前田と一緒に居ないと思ったら生田とイチャついてたのかぁ~?この前まであんなに『公輝、公輝』ってひっついてたのに」
声の主は名前は覚えていないが、多分クラスメートの1人だった

「べっ別にイチャついてなんか!」
「へぇえ~?俺はてっきり『愛しの公輝』を愛美ちゃんに盗られちゃったから生田に乗り換えたのかと」

「そういうのじゃないもんっ!別に、公輝を愛美ちゃんに盗られたから生田君と一緒に居るわけじゃ…」
飯田さんの声がだんだん小さくなって、飯田さんは俯いてしまった

「だったら何で前田が愛美ちゃんと居るようになってから生田と一緒に居るようになったんだ?」
「それは…」

飯田さんは困った様子だった
―――止めなきゃ

「おいお前、」
「お前やめろよ、里穂が嫌がってんじゃん」

言葉を遮られた
声の聞こえた方を振り返ると、そこにはやっぱり公輝が居た

「お前さー女の子が嫌がる事しちゃダメだろ」
「俺は別にそんな」
クラスメートが、自分が悪役になってしまった事に気付いて慌てる
「大体お前さ、里穂の事好きならそんな回りくどい聞き方しないで単刀直入に『好きな人居るの?恋人居るの?』でいいじゃん」
「ちょ…っバカ!前田!」
「あれ、違った?」
公輝はケロリとした様子で言った
「違…違わないけど…あぁあ!飯田さん!ちっ違うからね?好きじゃないけど、いや好きだけどあぁあもうどうしよ」
さっきまでニヤニヤした様子で飯田さんを困らせていたクラスメートが、今度は赤くなって慌てている
言いたい事がめちゃくちゃになっている所から、きっと図星だったんだ

横目でチラリと飯田さんを見ると、飯田さんも赤くなっていた

クラスメートは一旦落ち着いた様子で、深呼吸をした
顔の赤さはまだ引いておらず、耳まで真っ赤なままだ

「あの、えっと…その」
頭をぐしゃぐしゃして、そのクラスメートは言った

「俺と、付き合って下さい」

俺と公輝と彼、三人の視線が飯田さんに注がれる
飯田さんは赤くなってしばらく俯いていた

「…公輝とはただの幼なじみで、生田君とは友達だよ。それで、その…返事、なんだけど…」
飯田さんが顔をあげた

「お友達から、でいいかな…?」
恐る恐る、といった様子で飯田さんは言った
クラスメートはハッキリと「はい」と答えた

俺はその一部始終を見て、ある部分で喜んで、またある部分で落ち込んだ

『公輝とはただの幼なじみ』
良かった、と心から思った
飯田さんは、公輝と付き合ってるわけじゃないんだ!

だけど
『生田君とは友達だよ』
友達
それはつまり『友達以上には思ってない』って事で、好きな人では無いって事

それから
『お友達から、でいいかな…?』
それはつまり、彼には恋人になるチャンスがあるって事

公輝は幼なじみ、俺は友達だとキッパリ断っているから、それ以上になる事は無いのに
彼には恋人になるチャンスがある―――………

公輝は多分飯田さんと同じ気持ちだから『ただの幼なじみ』でいいのだろうけど
俺は?
俺は『友達』でいいのか?

―――それ以上の関係になりたい

その日の授業はまったく頭に入んなくて
飯田さんとあいつの距離が近くなることばかり考えていた

今日もまた飯田さんを守れなかった


「斗真!」

名前を呼ばれて顔を上げると公輝が居た

「飯食おうぜ!」

「ああ」

久しぶりに公輝と話した気がした


「さっきびっくりしたな」

「まあな。公輝はあいつが飯田さんのこと好きって知ってたの?」

「見てれば分かるよ。斗真のこともな」

「えっ……」

「悪い。冗談だよ。ま、何かあったら俺で良かったら相談乗るぜ?」

一瞬公輝にバレてしまったのかと思った
けど公輝は相談乗ってくれるって言うし…

公輝に言えばあいつより早く……

「…公輝」
「ん?」

「…………俺、飯田さんの事好きだ」
「うん、知ってる」

直前まで言おうかどうしようか悩んで結局言ってしまったその告白に、公輝はあっさりと答えた

「えっ知ってたの?」
「さっきうっかり見てれば分かるっつったじゃん。本人がバレたくないなら言わない方がいいよなって思ってたんだけど」
そうだったのか…
公輝って意外と周りをちゃんと見てるんだ…侮れないな

「で?」
「で?って?」
「告白しねぇの?」
「………出来るかよ」
出来たらとっくにしてるよ
「何で?」
「飯田さんには『生田君は友達だよ』って」
「あー…さっきの」
「そう。名前知らないけどアイツには『友達から』って言って俺の事は『友達』って…」

「………それってさー斗真のがアイツより一歩リードしてるって事じゃねーの?」

「え?」
「だってさ、アイツは里穂にとって『友達以下だった』って事だろ?それってさ、『恋愛対象かそうじゃないか』以前の問題じゃね?それに比べて斗真はハッキリ『友達』って言われてんじゃん?だからって『付き合うつもりは無い。好きになるつもりはない』とか言われたわけじゃねぇじゃん。もしかしたら今実際に斗真の事好きだったとしても、あの場で『生田君は好きな人』とは言わないだろ」

なるほど…
『友達』という言葉に「俺は友達としか思われて無いのか」と思ってガッカリしたが、あの場で「友達」と言われたのは良い事だったのかもしれない

もしかしたら飯田さんも俺の事好きだったとしたら、俺の事は「友達以上」に思っている
あの場でそれを言ったら、それはつまり「告白」になる

…飯田さんは、自分から告白するタイプじゃなさそうだしなぁ

「里穂の好きな人知ってる身としては何て言っていいか分かんねぇけど、あんまり告白躊躇ってたら誰かにとられちゃうかもよ」

例えば俺とかに、なんてきっと公輝は冗談だったのだろうけど
俺には大問題だ

「…告白、か」
「なぁ、その前にさ、俺前から思ってたんだけど何でお前等名字で呼びあってんの?何か余所余所しくね?」

そういえば
最初あまり親しくなかったら「生田君」「飯田さん」呼びで良かったけど
最近は結構仲良くなれた(と俺は思う)はずなのに

「今度いきなり『里穂』って呼んでやったらいきなり呼び捨てにされて斗真の事意識しちゃうかもな」

それは何気ない言葉
―――勿論実行するだろう?

「お、そろそろ時間だ!
戻ろうぜ」
公輝と俺は立ち上がって教室へ戻った
その途中でもそのことが頭を巡って公輝の話をまともに聞けなかった


「斗真、聞いてる?」
「えっ、あ、ごめん
何だっけ?」

「あんま考えないで自然と言えば良いんだよ
また何かあったら言えよな。
あ、里穂居る。頑張れよな。」

と言って公輝は席に戻っていった

よし、飯田さん、いや里穂を呼ぼう

恐る恐る飯田さんに近づく
「あの、りっ…り…」
なかなか言えない、もし嫌って言われたら
なんて考えているうちに飯田さんの友達が俺の存在に気づき飯田さんに教えていた

友達はその場から居なくなって飯田さんはこっちを向いた

「生田くんどーしたの?」

言うしかない

「………里穂!」

「はっ……はい!」

飯田さんは驚いていた俺は目をそらした

時間が止まった気がした───

「……………」

「……………」

長い沈黙。きっとどこかであいつらも見てるんだろうな、なんて考えながら

「…あの」

飯田さんに嫌がられる気がした
「ごめん、急に呼び捨てとかして…気にしないで」

「そんなことないよ!里穂って呼んでね!
うちも斗真って呼んでも良いかな…?」

すっごく嬉しかった
この場で飛び上がりたいくらい
だけどここは平常心で
「ありがと。俺のこともそう呼んで良いから」
と言った

「うん!斗真!」

「じゃ、また後でね」
そう言って里穂は席に戻った

俺は里穂とまた近づけたことと『また後でね』と言われたことの嬉しさで自然とニヤけてしまう


「良かったな、見てたぜ」
公輝が来てさらにニヤけてしまう
俺ってこんな奴だったっけ?

「斗真」

授業中、後ろの席のエマから折りたたまれた小さなメモ用紙渡された
『斗真、里穂ちゃんの事好きなの?』

俺はそのメモ用紙に短く二文字を付け足して返した

「そっか……」
エマは紙を見てそう言った
何か元気がなかった気がする
でも気のせいかな
俺はそれよりも授業が終わるのが待ち遠しかった

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