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*髙寺成紀
たかてら しげのり
*情報
-東映退社後2009年に「高寺重徳」に改名
-1962年9月生
-[[Wikipedia>http://ja.wikipedia.org/wiki/高寺重徳]]
-Twitter(@taka_69s)
**主なプロデュース作品:
-[[激走戦隊カーレンジャー]]
-[[電磁戦隊メガレンジャー]]
-[[星獣戦隊ギンガマン]]
-[[仮面ライダークウガ]]
-[[仮面ライダー響鬼]]
-[[大魔神カノン]]
**特色:
-早稲田大学在学時に特撮サークル「怪獣同盟」を結成し、初代会長を務める。Pの[[塚田英明]]や監督の[[田﨑竜太]]は、この「怪獣同盟」の後輩にあたる。
-1987年『仮面ライダーBLACK』で初のプロデューサー補を務める。1990年『美少女仮面ポワトリン』の中途からプロデューサーに就任。
-2000年近年のリアル特撮路線の先鞭をつけた『[[仮面ライダークウガ]]』をプロデュースする。この企画は大ヒットし以後「平成仮面ライダーシリーズ」としてシリーズ化していくことになる。
--しかし自身が離れた後にシリーズがたどったバトルロワイヤル路線やイケメンヒーローブームに対して違和感を覚えており、無理にシリーズを続行した結果として「仮面ライダー」というブランドが疲弊し、失墜することを懸念し、『剣』終了後、仮面ライダーシリーズではない『響鬼』を企画してシリーズを終わらせようとした。
--髙寺は石ノ森章太郎が遺したライダー以外のヒーローキャラクターにも陽を当てることで将来的に「東映ヒーローワールド」を形成しようという大掛かりな構想を持っていたようである。
--しかしバンダイの要請により『響鬼』はシリーズに組み込まれ、仮面ライダーシリーズは逆に幅を広げた上で存続することになってしまった。
--結局このような経緯をたどった『響鬼』はシリーズ最低売上を記録してしまい高寺は途中降板した。こうしてシリーズは完全に白倉体制として継続することになる。
-無謀とも捉えられかねない挑戦的な作品を好んで制作する。脚本作り等に時間をかける余り、制作スケジュールも大幅に遅れることも多々ある。
--響鬼前半メインライターのきだつよしは「『響鬼』の仕事は、プロデューサーの意向をただただ清書させられ自分のカラーをほとんど出せなかったという思いが強く、正直なところあまり楽しい思い出ではない」とブログで語っている。このことから脚本家の意向よりも自分のやりたいことを優先させる傾向があるPであると思われている。
--[[小林靖子]]もまた[[小林雄次]]との対談で[[塚田英明]]が脚本へのチェックや修正指示はかなり細かいとのことを聞かされると「高寺さんみたいですね」「自分には合わないだろう」などと発言しており、小林にとってやりにくいPだっとことを覗わせる。((書籍『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術』))
---なお、メタルヒーローシリーズの作風変更によりお役御免になった小林靖子を自身の「電磁戦隊メガレンジャー」に誘ったのは、髙寺である。小林はサブとして13本を執筆し本格的に専業脚本家として道を歩むことになる。次作[[星獣戦隊ギンガマン]]には早くもメイン脚本家として抜擢しており、評価のほどを伺える。
- 設定が細かく、こだわりが強いが予算やスケジュールの管理能力は低く、クウガで初期に予算を大分使ってしまい役者への待遇が悪化、響鬼ではとうとう途中で降板させられ物議をかもした。2006年5月末日をもって東映株式会社を依願退職。角川書店に転職し映像プロデューサーとして再始動する。(なお本人の弁によれば退職は響鬼の件とは無関係とのこと)
--2015年にKADOKAWAから角川大映スタジオへの転籍を表明。
-「クウガ」の評価や、設定のこだわりの影響で整合性の取れた綺麗な作品を作るイメージが強いが、実際には「クウガ」でも未回収の謎を残していたり、響鬼前半でも多くの問題点を指摘されていたりと案外そうでもない。
-特撮板でも賛否の分かれた人物で、その分強烈な信者がおり響鬼降板騒動の際にはそれまでの1期の作風を嫌った者や井上白倉アンチの存在の影響含め信者アンチが戦争となり後々まで尾を引いた。
--しかし、2007年の円谷プロダクションの売買問題で、予算管理に関する重要性が特撮ファンに知れ渡ったことで相対的に高寺の評価が次第に低下したこと、また東映退社後の作品大魔神カノンの評判があまりに悪かったことから高寺信者が大人しくなり結果小林信者が突出して板で暴れまわる状態となった。
--響鬼の途中降板については本人もいい思いをしていないのか、自分のツイッターでファミリー劇場の響鬼再放送関連のツイートも交代回以降は行っていない。
-2013年3月に怪獣同盟の後輩のガンプラを破壊させ自身のツイッターにアップするよう指示をしており、特撮やガンダムファンからも非難を浴びる結果となり、時期的にもガンプラをテーマとした「ガンダムビルドファイターズ」を放送していたこともあり気まずい状況になった。(http://togetter.com/li/476886)
-自他共に特撮オタクである事を認めており、東映プロデューサーであるにも関わらず「円谷育ちなので東映作品を下に見てしまう」との事らしい。
--一方で「怪獣使いと少年」などで知られる円谷出身の東條昭平監督を追放したとの噂がある。
**小林信者からの扱い:
-クウガでリアル特撮路線を生み出したことは評価されているが、白倉派の多い小林信者にとっては勧善懲悪路線の彼は今ひとつ評価しきられていない。
--小林の「自分とは合わない」ということを匂わせる発言によりあまり親和性の高くないPと見られている。
---唯一小林と組んだ[[星獣戦隊ギンガマン]]も高寺色の濃い王道作品と見なし、信仰度は低い。
--響鬼降板騒動以降は問題のあるPであったと認識し、白倉体制に完全移行したことを喜んでいる。
**コメント
#comment
*髙寺成紀
たかてら しげのり
*情報
-東映退社後2009年に「高寺重徳」に改名
-1962年9月生
-[[Wikipedia>http://ja.wikipedia.org/wiki/高寺重徳]]
-Twitter(@taka_69s)
**主なプロデュース作品:
-[[激走戦隊カーレンジャー]]
-[[電磁戦隊メガレンジャー]]
-[[星獣戦隊ギンガマン]]
-[[仮面ライダークウガ]]
-[[仮面ライダー響鬼]]
-[[大魔神カノン]]
**特色:
-早稲田大学在学時に特撮サークル「怪獣同盟」を結成し、初代会長を務める。Pの[[塚田英明]]や監督の[[田﨑竜太]]は、この「怪獣同盟」の後輩にあたる。
-1987年『仮面ライダーBLACK』で初のプロデューサー補を務める。1990年『美少女仮面ポワトリン』の中途からプロデューサーに就任。
-2000年近年のリアル特撮路線の先鞭をつけた『[[仮面ライダークウガ]]』をプロデュースする。この企画は大ヒットし以後「平成仮面ライダーシリーズ」としてシリーズ化していくことになる。
--しかし自身が離れた後にシリーズがたどったバトルロワイヤル路線やイケメンヒーローブームに対して違和感を覚えており、無理にシリーズを続行した結果として「仮面ライダー」というブランドが疲弊し、失墜することを懸念し、『剣』終了後、仮面ライダーシリーズではない『響鬼』を企画してシリーズを終わらせようとした。
--髙寺は石ノ森章太郎が遺したライダー以外のヒーローキャラクターにも陽を当てることで将来的に「東映ヒーローワールド」を形成しようという大掛かりな構想を持っていたようである。
--しかしバンダイの要請により『響鬼』はシリーズに組み込まれ、仮面ライダーシリーズは逆に幅を広げた上で存続することになってしまった。
--結局このような経緯をたどった『響鬼』はシリーズ最低売上を記録してしまい高寺は途中降板した。こうしてシリーズは完全に白倉体制として継続することになる。
-無謀とも捉えられかねない挑戦的な作品を好んで制作する。脚本作り等に時間をかける余り、制作スケジュールも大幅に遅れることも多々ある。
--響鬼前半メインライターのきだつよしは「『響鬼』の仕事は、プロデューサーの意向をただただ清書させられ自分のカラーをほとんど出せなかったという思いが強く、正直なところあまり楽しい思い出ではない」とブログで語っている。このことから脚本家の意向よりも自分のやりたいことを優先させる傾向があるPであると思われている。
--[[小林靖子]]もまた[[小林雄次]]との対談で[[塚田英明]]が脚本へのチェックや修正指示はかなり細かいとのことを聞かされると「高寺さんみたいですね」「自分には合わないだろう」などと発言しており、小林にとってやりにくいPだっとことを覗わせる。((書籍『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術』))
---なお、メタルヒーローシリーズの作風変更によりお役御免になった小林靖子を自身の「電磁戦隊メガレンジャー」に誘ったのは、髙寺である。小林はサブとして13本を執筆し本格的に専業脚本家として道を歩むことになる。次作[[星獣戦隊ギンガマン]]には早くもメイン脚本家として抜擢しており、評価のほどを伺える。
- 設定が細かく、こだわりが強いが予算やスケジュールの管理能力は低く、クウガで初期に予算を大分使ってしまい役者への待遇が悪化、響鬼ではとうとう途中で降板させられ物議をかもした。2006年5月末日をもって東映株式会社を依願退職。角川書店に転職し映像プロデューサーとして再始動する。(なお本人の弁によれば退職は響鬼の件とは無関係とのこと)
--2015年にKADOKAWAから角川大映スタジオへの転籍を表明。
-「クウガ」の評価や、設定のこだわりの影響で整合性の取れた綺麗な作品を作るイメージが強いが、実際には「クウガ」でも未回収の謎を残していたり、響鬼前半でも多くの問題点を指摘されていたりと案外そうでもない。
-特撮板でも賛否の分かれた人物で、その分強烈な信者がおり響鬼降板騒動の際にはそれまでの1期の作風を嫌った者や井上白倉アンチの存在の影響含め信者アンチが戦争となり後々まで尾を引いた。
--しかし、2007年の円谷プロダクションの売買問題で、予算管理に関する重要性が特撮ファンに知れ渡ったことで相対的に高寺の評価が次第に低下したこと、また東映退社後の作品大魔神カノンの評判があまりに悪かったことから高寺信者が大人しくなり結果小林信者が突出して板で暴れまわる状態となった。
--響鬼の途中降板については本人もいい思いをしていないのか、自分のツイッターでファミリー劇場の響鬼再放送関連のツイートも交代回以降は行っていない。
-2013年3月に怪獣同盟の後輩のガンプラを破壊させ自身のツイッターにアップするよう指示をしており、特撮やガンダムファンからも非難を浴びる結果となり、時期的にもガンプラをテーマとした「ガンダムビルドファイターズ」を放送していたこともあり気まずい状況になった。(http://togetter.com/li/476886)
-自他共に特撮オタクである事を認めており、東映プロデューサーであるにも関わらず「円谷育ちなので東映作品を下に見てしまう」との事らしい。
--一方で「怪獣使いと少年」などで知られる円谷出身の東條昭平監督を追放したとの噂がある。
**小林信者からの扱い:
-クウガでリアル特撮路線を生み出したことは評価されているが、白倉派の多い小林信者にとっては勧善懲悪路線の彼は今ひとつ評価しきられていない。
--小林の「自分とは合わない」ということを匂わせる発言によりあまり親和性の高くないPと見られている。
---唯一小林と組んだ[[星獣戦隊ギンガマン]]も高寺色の濃い王道作品と見なし、信仰度は低い。
--響鬼降板騒動以降は問題のあるPであったと認識し、白倉体制に完全移行したことを喜んでいる。
**コメント
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