『ごめんなさいね、梓…お母さん達、明日はまだ帰れそうにないの』
「仕方ないよ、お仕事なんだし」
『帰ったらお誕生日のお祝いしましょうね』
「べ、別に良いってば、もう子供じゃないんだから」
『あら、少し前までは
プレゼントにあれが欲しいこれが欲しいって言ってたのに』
「も、もうそんな昔の事は忘れたもん!」
『ふふ、それじゃあ週明けには帰れると思うから
戸締りはきちんとして、火の元には十分に気をつけなさいね』
「は~い、わかってます」
『じゃあ、一日早いけど…Happy Birthday梓』
「…うん」
通話が終わった後も、私は暫く携帯を握り締めていた。
「もう、子供じゃないんだから…」
私の両親はその仕事柄、家を空ける事も少なくない。
公演の期間によっては一週間近く帰らない事だってざらにある。
それは今日に始まった事じゃないし
今までにも仕事の都合で幾度か約束がふいになったこともあった。
「わかってるよ」
頭では理解している、それでも…。
「誕生日くらいは、一緒に過ごしたかったな…」
いつもの様に三人でお喋りしている時、不意に憂が言い出した。
「そうだ、梓ちゃんって今日がお誕生日だよね」
「うん、そうだけど…」
「梓も17歳か~、遂に大人の仲間入りだね」
「どう言う基準で大人なのよ…」
「それでね、良かったら今日うちでお誕生会しない?」
「お誕生会?誰の?」
「いや、今の話の流れであんた以外に誰が居んのよ」
「え、でも…」
「お姉ちゃんから聞いたよ梓ちゃんのお父さん達、今週は演奏会があって週明けまでは帰って来れないんでしょ?」
「うん、そうなんだけどね…」
「だからね、お姉ちゃんとも相談したんだけどお姉ちゃんと梓ちゃんのお誕生日会を一緒にやっちゃおうかって」
「え、唯先輩と一緒に?」
「うん」
「そう言えば、憂のお姉ちゃんも11月生まれだっけ」
「そうなんだよ~」
「でも…」
「あ、都合悪かった?」
「そうじゃないけど、迷惑じゃないかな?」
「迷惑?」
「唯先輩だって、ちゃんとした誕生日の日にお祝いしたいんじゃないかな」
「それなら心配いらないよ、だって、一緒にしようって言ったのおねえちゃんだもん」
「唯先輩が?」
「うん、お姉ちゃんがね…『お誕生日なのに
あずにゃんを一人ぼっちにしたくないよ』って」
「そう、なんだ…」
「愛だね」
「ちょ…純、何言って…」
「本当、梓は憂のお姉ちゃんに愛されてるよね」
「ふふ、そうだね」
「もう、憂まで…」
「それでどうかな…今日、大丈夫そう?」
「…うん、大丈夫」
「良かった、お姉ちゃんも楽しみにしてたから」
「私も行って良いよね?」
「うん、勿論そのつもりだよ」
「もう、純ちゃんったら」
「…」
(唯先輩と一緒にお誕生会…か)
「こんばんは~」
「あ、いらっしゃい梓ちゃん」
「本日はお招き頂いてありがとうございます」
「どういたしまして…あ、お姉ちゃんは部屋で飾り付けをしてるから」
「そ、そうなんだ」
いきなり唯先輩の名前が出て思わず口篭る。
「とりあえず上がって、純ちゃんもすぐに来ると思うから」
「うん、お邪魔します」
私は憂に案内され、リビングの方へと足を向けた。
「あ!あずにゃんだ~♪」
「こんばんは、唯先ぱ…」
「あずにゃ~ん♪」
「ゆ、唯先輩!いきなり抱きついて来ないで下さい!」
「え~、今日はあずにゃんのお誕生日なのにぃ」
「私の誕生日なら私の言う事を聞いてくださいよもう…」
そんな私のお小言も右から左へ、唯先輩は料理が並べられたテーブルへと私を連れて行く。
「見て見てあずにゃん、今日はご馳走なんだよ♪」
「人の話を…って凄いですね、これ憂が全部作ったの?」
目の前に並べられた豪華な料理の数々、そう言えば前に泊りに来た時もこんな感じだった。
「ううん、お姉ちゃんと一緒に作ったんだよ」
「え、唯先輩もですか?」
「そうだよぉ~、あずにゃんの為に頑張ったんだよ~」
唯先輩は、えっへんと言った感じに胸を張る。
「…ありがとうございます」
「ふふ、梓ちゃん照れちゃって可愛い」
「ち、違っ…照れてなんかないもん!」
「あずにゃ~ん、よしよし♪」
「むぅ…」
ピンポーン
「あ、純ちゃんかな?私見て来るから二人とも座っててね」
「うん」
答えながら腰を下ろした私の横に、唯先輩がちょこんと座りこむ。
「あずにゃんと隣同士~♪」
そう言って、唯先輩は幸せそうに微笑んだ。
「ご馳走様~」
「美味しかったね」
「うん、ケーキも手作りで凄く美味しかったよ」
「えへへ、お粗末さまでした」
「さて、それじゃあ早速ですが私から二人にプレゼントがあります」
「へぇ、純にしては気が利いてるじゃない」
「何だろ~?」
「私からのプレゼントはこれです!」
「?」
「何も持ってないじゃない?」
「今から二人きりの甘い時間をプレゼントしたいと思います」
首を傾げる私達をビシッと指差し、純がそう言った。
「は?」
「…って事で、憂!お邪魔虫は退散するわよ」
そういいながら、憂の腕を掴む純。
「え、ちょっと純ちゃん?」
「いいからいいから」
「あ、うん…じゃあ、お姉ちゃん達ごゆっくり?」
そう言って、憂と純は二階へと上がって行ってしまった。
「…」
「…」
顔を見合す私と唯先輩。
「行っちゃったね」
「そ、そうですね」
突然の事態に私は何を言って良いかわからずにいた。
「…」
「…」
そして再び流れる沈黙。
「は、はい」
先に口を開いたのは唯先輩だった。
「私からもあずにゃんにプレゼントあるんだよ」
「そんな、今日は唯先輩のお誕生日会でもあるのに…」
「つまらないものだけどね」
そう言うと、唯先輩はギー太を抱えて歌いだした。
「Happy birthday to you~♪Happy birthday to you~♪」
「…」
「Happy birthday dear あずにゃ~ん♪」
「…」
「Happy birthday to you~♪」
歌い終えた唯先輩が私に向かって微笑みかける。
「お誕生日おめでとう、あずにゃん♪」
「ありがとう…ござ…います」
自然と涙が溢れ出た。
「あ、あずにゃんどうしたの?」
「何でも、ありません…ちょっと目にごみが入っただけですから」
「え、でも…」
「ねぇ、唯先輩」
「なぁに、あずにゃん?」
「今日は本当にありがとうございました」
「ううん、私もあずにゃんと一緒にお祝い出来て良かったよ」
「それで、その…急だったからプレゼントとか用意できなかったんですけど」
「いいよいいよ、突然だったもんね」
「でも、唯先輩はとっても素敵なプレゼントをくれたじゃないですか」
「えへへ、喜んでもらえたなら良かったよ♪」
「だから、その代わりと言ったら何なんですけど…」
「うん?」
「今日は特別に、唯先輩のお願いを何でも聞いちゃいます」
「何ですと!?」
途端、唯先輩の目が輝きだした。
「あ、あの…私の出来る範囲の事でお願いしますね」
「あずにゃんにお願い事か、そうだね…」
「あずにゃん、今晩は泊まって行くんだよね?」
「あ、はい…一応そのつもりで来ましたけど」
「じゃあ、私と一緒に寝てくれる?」
「唯先輩と一緒に…って、えぇ!?」
「駄目?」
「えっと、駄目って訳じゃ…だけど私達はまだ高校生な訳ですし、その早いと言うか…」
「…あずにゃんのエッチ」
「にゃ、にゃああああああ!?」
「あずにゃん、顔が真っ赤だよ」
「ゆ、唯先輩のせいじゃないですか!」
「私はただ一緒の部屋で寝て、お話とかしたいなぁ~って思っただけだよ」
「あずにゃんは何を考えたのかな?」
「ふふ、あずにゃんのエッチ♪」
中野梓、一生の不覚。
結局、私は唯先輩の部屋で、純は憂の部屋で寝る事になった。
唯先輩と隣同士の布団に入る。他愛のない会話をしながら少しずつ夜が更けていく。
まどろみ掛けた頃、唯先輩が呟くように言った。
「あずにゃんも今日から17歳だね」
「そうですね、早いものです」
「私の誕生日はね、もう少し先なんだよ」
「はい、知ってますよ」
「あずにゃん、気付いてた?」
「何がです?」
「!」
「だから…ね?」
私の耳元に顔を寄せ、唯先輩は大人びた声で囁いた。
「梓…」
「ゆ、唯先輩!?」
「駄目だよ、梓も…」
「え?」
「私達、同い年でしょ?」
「え、あ…」
「梓…」
「ゆ、唯…」
「うん♪」
「…」
「あずにゃん、顔が真っ赤だよ?」
「もう、知りません!」
「ふふ、ごめんごめん」
「…(唯って、呼び捨てにしちゃった…)」
「…(もう一度だけ、今だけだから…)」
「…唯」
私は唯先輩の方に向き直り、もう一度その名を呼んだ。
「zzz」
「…唯?」
「zzz」
「…」
「ゆ、ゆ、ゆ…」
「…ほぇ?」
「唯のバカーッ!!」
静まり返った家の中に私の怒声が響き渡った。
「隣の部屋、何か騒がしいね」
「うん、そだね」
「せっかく二人きりにしてあげたのに、ムードないなぁ…」
「良いんじゃないかな、お姉ちゃん達らしくて」
「まぁ、そうかもね」
「それに…」
「うん?」
「そのおかげで、私も純ちゃんと二人きりになれたし」
「おや、今日は甘えん坊だね、憂?」
「そうだよ、私が甘えるのは純ちゃんだけなんだから」
「うん、わかってるよ」
「大好きだよ、純ちゃん」
「私も好きだよ、憂」
この日は、私達4人の新しい誕生日になりました。
おしまい。
最終更新:2010年11月21日 22:00