<ゆいのへや!>
それはいつも通り2人でギターの練習をしてる時だった
話の流れからはずれて、唯先輩がポツリとつぶやいた

「私はあずにゃんが思ってるような人じゃないよ」

顔を上げた私の目に映った唯先輩の顔は真剣なものに変わっていた

「あずにゃんに知られたら嫌われるような事、たくさん思ってるよ」
「私は、唯先輩がどんな事を思っていても嫌いにはならないと思いますけど…」
「本当に?そう言い切れる?」

唯先輩が泣きそうな顔を私に向ける
そんな悲しそうな顔をしないで下さい
むしろ私の方が知られたら確実に嫌われるような事を毎晩想像してるんだから

「絶対ですよ。だからそんな顔しないで下さい」

そう言った瞬間、腕を掴まれて押し倒された
唯先輩の顔が私の顔のすぐ上にある

「例えばいつもこんな事したいと想像してても?」
「…んっ」

私に答えを言わせないように唯先輩の唇が私の口をふさいだ
長い…長いキスだった

「ごめん、あずにゃん。本当にごめん。ずっと好きだったの」

泣きそうなまま唯先輩は私の顔中にキスをする
何か言わなきゃと思うけれど頭が真っ白になって言葉が出てこない
その間も唯先輩の舌が私の耳を、首筋を這う

「…っ」

力を入れていないと声が出てしまいそうだったから、
だからたぶん苦しそうな顔をしていたんだと思う
そんな私の顔を見た途端、唯先輩は私を抱きしめて泣き始めた

「ごめん。ごめんなさいあずにゃん。ごめんなさい」

それから唯先輩は私から体を離し何度も謝り続けた
何か言わなければ思いながらも結局私は何も言えず
気まずい雰囲気のまま唯先輩の家をあとにした

<つぎのひ!>
久しぶりに部活に行きたくない
でも今日行かなければ二度と行けなくなる
そう思いながら私は無理やり部室に向かった

「梓ちゃん、こんにちは~」
「遅いぞ、あずさー、ケーキ食べ終わっちゃう所だったぞー」
「よーし梓が来たな。じゃあ練習始めるか、は・じ・め・る・ぞ!律!」

部室には全員揃っていたが私に向けられた言葉は3人分
もしかしたら普段通りに接してくれるんじゃないかと抱いていた淡い期待は打ち砕かれた
私と目を合わさず、名前を呼ぶ事も、もちろん抱きつく事もなく唯先輩は黙ってギターを手にした

 ~♪

予想通り演奏は最悪だった
私も、そして唯先輩も
何度やっても私達のリズムがかみ合わずそのまま練習は終了となった

「ま、たまにはこんな日もあるさー」

私達の雰囲気に気付いているのかいないのか律先輩はのん気な声を出す

「ところで梓、たまには先輩に付き合わないかー」

律先輩が私を誘うなんて珍しい
けれど、このままみんなで帰ってしまうと唯先輩と2人きりになってしまう
それは気まずい、そう思った私は律先輩とお茶をして帰る事にした

「澪先輩達は良いんですか?」
「いいのいいの~、たまにはかわいい後輩と親睦を深めないとね~」
「はぁ、そうですか」

入ったお店はファーストフード
律先輩は飲み物とポテトを買って席についた

「律先輩、夕食前にポテトなんて食べて大丈夫ですか?」
「ドラムは体力使うんだよ。体が資本だからな!」
「ドラム叩いた分は今日のケーキで相殺されてると思いますけど」
「なんだとぉ?」

何でもない会話
今日初めて力を抜いて話せたかもしれない
そう思って気を緩めた途端、
律先輩の顔が今まで見たことないぐらい真剣になった

「何があったんだ」

やっぱり…
気付きますよねそりゃ
そう思いつつも素直でない私は言葉を返す

「何がですか」
「わからない振りをするな。唯との事だよ」
「何もありませんよ」

昨日あった事なんて言えるわけない
何もない、何もなかったと言い続けるしかない

「嘘をつくな」
「何もありません」
「そんなはずないだろ」
「何も無いって言ってるじゃないですか」
「今日の様子を見て気付かない訳ないだろ」
「仮に私と唯先輩に何かあったとしても律先輩には関係ありません!」

しまった
これは完全に八つ当たりだ
けれど勢いがついた言葉は勝手に私の口から飛び出していく

「私と唯先輩の問題です!放っておいて下さい!」

律先輩は真剣な顔のまま声のトーンを下げた

「放っておけるはずないだろ。梓も唯も軽音部のメンバーなんだぞ」

その声を聞いて、真剣な顔を見て私はやっと気がついた
ああ、そうか
この人は軽音部の部長なんだ
そんな当たり前の事を今更ながら強く思う
私は、いや私と唯先輩は自分達の事しか考えていなかった
今日、澪先輩とムギ先輩がこの場にいない理由
そんな事にも気がつかないぐらい自分の事で頭がいっぱいだった

「すいませんでした」

謝罪の言葉を口にすると同時に涙も溢れて来た

「なぁ梓、確かに唯との事は2人の問題かもしれない」
「でもな、私も澪もムギもみんな心配してるんだよ」
「何もかも話せとは言わない。ただ2人がこのままの状態でいて欲しくないんだよ」
「私達には何もできないかもしれないけど、何かできる事があればしてやりたいんだ」

律先輩の声は静かに響く
もうごまかす事はできなかった

「昨日、唯先輩に…キスされたんです」
「…梓はイヤだったのか?」
「いえ、ただ驚いて、それを唯先輩が嫌がってると勘違いしてしまったんです」

「唯は梓の事が好きなんだな。それで梓はこれから唯とどうしたいんだ?」
「私は…、私も唯先輩の事が好きです。だから誤解を解きたいです」
「そうか、じゃあその事を唯にきちんと話さないとダメだな」

話してしまえばこれだけの事
でも律先輩に話した事で私はやっと自分の気持ちを言葉にする事ができた

「はい。ありがとうございました。私、これから唯先輩と話をしてきます」
「大丈夫か?」
「はい、律先輩に話を聞いてもらえて気持ちの整理がつきました」
「そうか、まあホントに聞いてただけだけどな」
「そんな事はありません。本当にありがとうございました」

律先輩はすごい
そしてあえてこの場に来なかった澪先輩とムギ先輩もすごい
やっぱり先輩達にはかなわない
私は軽音部に入って先輩達と知り合えた事を心から感謝した
そしてこれからも先輩達と過ごすため自分にできる限りの事をしようと決めた

「行ってきます」
「うん。頑張れ、梓」
「はい!」

私は勢いよく立ちあがり店を出た
メールや電話じゃダメだ
とにかく会って話さなくちゃ
そう思いながら私は唯先輩の家に向かって走った

<ひらさわけ!>
チャイムを鳴らすと出てきたのは憂だった

「あれ、梓ちゃん。どうしたの?」
「あ、遅くにごめん。唯先輩いるかな」
「うん、お姉ちゃんなら自分の部屋にいるよ。どうする?呼んで来る?」
「もしよければ唯先輩の部屋に行きたいんだけど」
「うん、わかった。じゃあ上がって」

階段を上り唯先輩の部屋の前に立つ
憂が唯先輩に呼んでくれるのかと思いきや

「じゃあね、梓ちゃん。頑張って」

そう私に声をかけて階段を下りて行った
はぁ…、憂もお見通しか
私達何してるんだろう
軽く自己嫌悪に陥りつつ唯先輩の部屋のドアをノックする

「あー、ういー? 今日は食欲ないからご飯いらないやー」

力の無い声が返ってくる
そんな声を聞くと勢い込んで来た私も脱力しますよ先輩

「すいません唯先輩、私です」

途端に返事が無くなった
中で死んだふりでもしてるんだろうか
まさかね、いやありうる

「突然お邪魔してすいません。私です。中野梓です」

今度はフルネームを言ってみた
さすがに今「中野あずにゃんです」と言う勇気は私にはない

「…どうしたの?」
「開けてはもらえませんか?」

そう言うと少したってそっとドアが開いた

「…」
「遅くにすいません。中に入っても良いですか?」
「…あずにゃんがイヤじゃなければ」
「お邪魔します」

ちょっと強引に部屋に入る
相変わらず散らかった部屋
テーブルの上には憂が唯先輩のために持ってきたと思われる
かつてアイスだったであろう物が液体になっていた

「唯先輩…、アイスは食べないなら冷凍庫に入れてください」
「た、食べようと思ったんだけど、何だか食べたくなくて…」
「もうこれ捨てた方が良いんじゃないですか?」
「も、もう一回冷凍庫に入れれば」
「平たいアイスができますね。食べたいですか?それ?」
「ごめんなさい」

違う
何を言ってるんだ私は
こんな事を言いに来たんじゃない
気を取り直して

「ところで唯先輩、今日はお話があります」
「聞きたくない」
「即答ですね」
「だって聞きたくないから」
「何を言われると思ってるんですか」
「それは…」

気まずい沈黙

「昨日の事です」
「…やっぱり聞きたくない」

蚊の鳴くような声で呟く

「いえ、聞いてもらいます」
「…わかった」

唯先輩はすでに涙目になっている
こんな時に不謹慎だがかわいい
いやいやそうじゃなくて

「昨日、唯先輩に…その…された事なんですけど」
「…」
「あの時、驚いたんです」
「…ごめんなさい」
「い、いえ、イヤとかじゃなくて突然だったからびっくりしたんです。だからイヤじゃないです」
「嫌いになったんじゃないの?」

上目使いで聞いてくる
本当に場違いな感情で申し訳ないけど異常にかわいい

「私は…その…唯先輩の事が好きです。キスするのは…私も…想像してました」
「あずにゃん…」
「ただ昨日はちょっと突然だったので混乱してしまって、その…勘違いさせてしまってすいませんでした」
「…」

あれ?
たぶん普通ならここで「あずにゃん!」とか言って抱きついてくるはずだけど
もしかして昨日のトラウマがあるので臆病になっている…んだろうか
それとも本当は私の事は好きじゃない…とか
昨日のはただの勢いだった…とか
どんどん思考がネガティブになっていく

沈黙が重い
だからと言って、じゃあこれで失礼します、と言っても何の解決にもならない事は目に見えている
私は唯先輩が好きだ
軽音部の先輩達とずっと一緒に演奏していきたい

だから

  私は唯先輩にキスをした

「!…あ、あずにゃん?!」
「昨日はされたので、今日は私からしました。唯先輩、イヤでしたか?」
「い、イヤじゃないよ。びっくりして…、あ…」
「やっぱり突然されると驚きますよね。私も驚きましたからお返しです」
「あ、あずにゃん、あずにゃん…」

唯先輩は私を抱きしめて本格的に泣き始めてしまった
何度も申し訳ないが泣いてる所も本当にかわいい

「すいません。ちょっとつま先立ちが辛いので踵を下ろしてもいいですか?」
「あ、ごめん」

唯先輩は慌てて手を離す
そしてずっと立ったまま話していた事に気づき、2人で苦笑いしながら腰を下ろす

「あずにゃん、昨日は本当にごめんね」
「いえ、私も今日お返ししましたからおあいこです」
「昨日、あずにゃんが帰った後ずっと嫌われたんだと思ってて…」

またちょっと涙目
度々申し訳ないが(ry

「言ったじゃないですか、どんな事を思っていても嫌いにはならないって」
「でもあずにゃんイヤそうだったから」
「だから突然で驚いたんですよ。その…初めてだったですし…」
「…ごめんね」
「いえ、もう大丈夫ですよ」
「…あずにゃん」

キスされた

…ん、あれ?

「ちょ、ちょっと待って下さい」
「え、何?」
「今、押し倒そうとしませんでしたか」
「した」
「いや。普通に答えないで下さい」
「だってあずにゃん、イヤじゃないって言うから」
「本当に切り替えが速いですね。こ、心の準備とかムードとかあるじゃないですか」
「ムード?今良いムードかなって」
「アイスの溶けてる部屋ではちょっと…」
「あずにゃん、きびしい…」

「わ、私も初めてですからね。それなりに…こう…理想が…」
「澪ちゃんみたいだね」
「そ、そこまではいきませんけど、普通の女の子は多少なりとも考えますよ」
「そうかなー」
「唯先輩は特殊です。それに今着てるTシャツは何ですか?まねきねこって…」
「これ来てたらあずにゃんと仲直りできるかなーって」
「ロマンチックなのか、何なのかさっぱりわかりませんね」

「やっぱりイヤ?」
「ですから、イヤじゃないですけどもうちょっとムードのある時にお願いします」
「あずにゃんは難しい事を言うねえ」
「いや、全然難しくないですから。普通に部屋を片付けてちゃんとした服に着替えてくれるだけで結構です」
「じゃあ今から片づけるよ!」
「…今日はもういいですから、今後そういう雰囲気になっても良いように常に部屋はキレイにしておいて下さい」
「それは難しいよ!」
「どこがですか!」

結局私達は憂が夕飯の準備ができたと呼びに来るまで不毛な言い争いを続けた

(主に唯先輩のせいで)私達2人の道のりは長そうだけど、
それでも明日から他の先輩達に心配をかける事はきっとない

そしてこれからは今までよりもっと良い演奏ができるような気がする
私も、唯先輩も

<おしまい!>



  • いいね。 -- (あずにゃんラブ) 2013-02-18 07:55:02
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最終更新:2010年12月05日 13:28