ある寒い日、私は学校から帰る途中だった。
「あ、猫ちゃん!」
黒い猫が目の前を通る。
「かわいい~。何だかセクシーだよ」
毛並みもつやつやしていて綺麗だ。見とれていたら、軽く尻尾を振って塀に飛び乗って行っちゃった。
「あ、行っちゃった……」
遊びたかったのに……。
「ん? 何これ?」
道に何か光るものが落ちている。拾ってみると、ギターのキーホルダーだった。
「へぇ、こんなのがあるんだ」
ギー太とデザインが違うけど、メタルレッドでかっこいい!
「あ、早く帰ってギー太の練習しなきゃ!」
キーホルダーをポケットに入れて私は急いで家に帰った。
「……ふぅ、そろそろ寝ようかな」
ギー太の練習もひと段落ついたので、私はベッドに入ろうとした。
……んだけど、
「お、猫ちゃん!?」
ギー太をしまおうとしたら、部屋にあの黒猫がいた。
何で私の部屋に?
何だかわからないけど、改めてみるとかわいいなぁ。
「あなた、平沢唯ですね?」
「え……?」
見つめていると、目の前の黒猫が喋った!
「嘘!? 猫さん喋れるの!?」
「あ、いや、そんなにくっつかないで……あっ!」
「すごいねぇ! ねぇ、他には何しゃべれるの?」
「あああぁ、もう! 初仕事がこれなんて……」
猫さんは私の腕からするりと抜け出すと、軽く咳払いをした。
「死神王の命令により、あなたの命をいただきます」
「……?」
「あの……もっと驚いてもいいんじゃ?」
「いや、何だかかわいくて」
「むぅ……、そう言っていられるのも今のうちです!」
黒猫が一鳴きすると、体が光り出した。
「う……、何?」
光が収まると、黒髪でツインテールの女の子が現れた。
「おぉ……。天使みたい!」
「天使じゃないです! 死神です! し・に・が・み!」
「そうなの? こんなにかわいいのに」
「か、かわいいって……。そんなこといってもだめですからね!」
何だかよくわからないけど、ピンチなのかな?
「いでよむったん!」
ばっ! と勢いよく手を伸ばす死神さん。でも、何も起きない。
「……あ、あれ? いでよむったん!」
……やっぱり何も起きない。
「あ、あれ?」
死神さんがすごく慌てている。やっぱりかわいい……。
「い、いでよむったん!」
私も何となく叫んでみた。
「何言って……、あれ?」
死神さんが私の腰当たりを見て驚いてる。
「何? どうし……、ってうわぁ!」
ギターのキーホルダーを入れておいたポケットから光が溢れている。
「む、むったん!」
「これが!?」
ポケットから取り出してみると、キーホルダーが大きくなって、本物のギターになった。
「おぉ! このギターすごくかっこいい!」
「か、返して!」
「えぇ? ちょっと弾かせてよ~」
「ふん! 人間なんかにむったんは弾けません!」
「む、私だってギタリストだからこれぐらい!」
ちょっとカチンと来た私は、むったんを掻き鳴らした。
「だから、無理だっ……、あれ?」
最初は雑音ばかり流れていたのに、少しずつ綺麗な音色が流れだした。
「そ、そんな……むったんが!」
「おおおぉ! 何だか気持ちいい……。もっといくよ!」
それからしばらく私はむったんを掻きならした。
「じゃーん……。はっ! ご、ごめん」
気がついたらかなり時間が経っていた。
死神さんが何だか落ち込んでいる。
「……」
「あ、あの、大丈夫?」
「……むったんが、弾けるなんて」
「あ、ごめん……。返すね?」
「むったんが弾けるなんて、それじゃあ死なないじゃないですか!!」
「はい!?」
死神さんが少し涙目で説明してくれた。
「このむったんで死のメロディーを聞かせて、そのまま命のエネルギーをもらうはずだったのに……」
「それなのに、この音を聞いても死なないし挙句の果てに演奏までしちゃって!」
「ご、ごめんなさい!」
何だか死神さんの都合の悪いことになったみたい。
「むったんは自分で選んだ奏者にしか音を出しません。そして、その者の望むものを与える……」
「何だかすごいギターだね」
「むったんが私より、あんな人間の思いに反応するなんて……なんたる屈辱!」
死神さんがすごく怒っている。どうしよう……。
「あの……私、何かまずいことをしたのでしょうか?」
「……むったんが弾ける人間ですから、話してもいいでしょう」
死神さんはムッとした表情で話してくれた。
「死神には命のエネルギーを奪う道具が1人に1つ与えられます。ある者は鎌、ある者は毒薬、ある者はノート……」
「で、死神さんのはこのむったんというわけだね」
「そうです。そして、その道具はみんな意思を持っていて扱う者を選びます」
「へぇ~、死神さんにもいろいろあるんだね」
「普通、道具は死神に仕えるものですが、稀に人間を選ぶ時があります」
「それが、私……」
「はい……。人間に道具を奪われた場合、死神はその者から道具を取り戻さなくてはいけません」
「で、どうするの?」
「もう一度道具に認められるか、選ばれた者が死ねば、自然とその所有権は奪われます」
「じゃあ……私を殺すの……?」
「いえ、死神は与えられた道具以外で命のエネルギーを奪うことは禁じられています」
「何だ……よかった」
「ですから、しばらくあなたのそばに居させてもらいます」
……え?
「……本当?」
「私も不本意ですが、仕方ないです」
もじもじしながら死神さんが言う。っていうかこんなかわいい子としばらく一緒なの!?
「で、でも、私がむったんに認められればそこであなたの命のエネルギーをいただきます!」
「それは勘弁してほしいなぁ」
「だめです! それが私の使命ですから」
「じゃあ、私もむったんが奪われないようにがんばらなきゃ!」
「がんばらなくていいです!」
これからこの子と
ずっと一緒か……。何だか照れくさいな。
「そうだ、名前聞いてなかったね。なんて言うの?」
「……アズサです」
「アズサちゃんか……。さっきの猫の姿と合わせたら
あずにゃんだね!」
「何で合わせるんですか!」
「だってそっちの方がかわいいよ?」
「か、かわいいって///。からかわないでください!」
もう、顔を真っ赤にしちゃってさ。本当にかわいいなぁ。
こうして、私は死神と一緒に暮らすことになりました。
「ふああぁ……」
夜に色んな事がありすぎて寝不足だよ……。
「あれ、あずにゃん?」
起きると、部屋にあずにゃんがいなかった。
「私はここです」
私の膝の上にぴょんと黒猫が乗った。
「猫さんになっちゃったの?」
「下手にあの姿でいると目立つので。あと、あずにゃんって呼ぶのやめてくれませんか?」
「いいじゃん。だってどう見たって猫さんだし」
「わっ! ちょっと、撫でないでください!」
「ほれほれ、いい子いい子~」
「はぅ……、うぅ……」
最初は抵抗していたけど、気持ちいいのか次第に喉まで鳴らし始めた。
「よしよし、この姿でいてくれるなら大丈夫かな」
「……飼いならされている気がする」
「大丈夫だよ。これからしばらく付き合っていくんだから」
「そ、そんな恋人みたいに言わないでください!」
「あれ? 死神さんは意外と初心なのね」
「なっ///。そ、そんなことないですよ!?」
こんなに動揺して、説得力無いよ。
「お姉ちゃん、休みの日だからってそろそろ起きないと……」
「あっ、憂」
「その猫どうしたの?」
しまった、憂はあずにゃんのこと知らないんだった。
「こ、これは昨日拾ってきたんだよ! ほら、外寒いしかわいそうだったから……」
「もう、勝手に連れてきちゃあメッ! だよ?」
「ゆ、許してつかぁさい……」
「お姉ちゃんらしいけどね」
憂は笑って許してくれた。よかった……。
「じゃあ、猫ちゃんにもご飯あげないとね」
「ごめんね。急に連れて帰ってきたのに」
「大丈夫だよ。さぁ、猫さんどうぞ」
魚の缶詰を開けて、あずにゃんの前に出した。
そう言えば、死神って何を食べるのかな? リンゴとかかな?
「あ、よかった。食べてる」
「そうだね」
魚、食べられるのか……。新たな発見だよ。
「しばらく家にいるんだったら、名前があったほうがいいよね?」
「大丈夫、もう決めたから」
「なんて名前にしたの?」
「うん、あずにゃんって名前にした」
その瞬間、あずにゃんがフーッ! って唸った。
「わ、ご、ごめん!」
「気に入ってないみたいだよ?」
「何でかな。かわいいのに」
あずにゃんはそっぽを向いてしまった。
「あ、そうだ。私今から買い物に行くからお留守番お願いしていい?」
「うん、任せてよ!」
正直あずにゃんを1人にして行けないし。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃ~い」
バタン……。
「ふぅ、この格好でいるのも楽じゃないです」
憂が出て行った途端に、あずにゃんは元の姿に戻った。
「そういえば、あずにゃんって誰にでも見えるの?」
「姿を消す能力は私には無いです。代わりに猫に変身できますけど。そ・れ・と!」
あずにゃんがずいずいと私に寄る。
「あずにゃんって呼ばないでください!」
「ご、ごめんね、あずにゃん……。はっ! これは、その……」
「……もう、いいです」
私のせいでいじけちゃった。ツンとしているのもかわいいなぁ。
「いじけないでよ~。悪いって思ってるよ」
「……全く、何でこんな人間がむったんに選ばれたのかわかりません」
「それは私も同じだよ」
「そうだ、唯、むったんを出してください」
「何で?」
「むったんに認められるように演奏するんです! 第一、もともと私のものです!」
「わ、わかったよ。いでよむったん!」
高々とキーホルダーを掲げて叫ぶと、光が溢れてむったんが現れた。
「さぁ、どうぞ」
「……行くよ、むったん!」
あずにゃんがむったんを下げて、軽く深呼吸をした。
そして───
「おりゃああぁ!」
あずにゃんが必死にむったんを掻き鳴らすが、金属が軋むような音しか出てこない。
「まだまだぁ!」
それでもあきらめずに弾くあずにゃん。それでもむったんからは音色らしきものは奏でられていない。
それからしばらく、あずにゃんはむったんにしがみつく様に掻き鳴らしていた。
「はぁ……、はぁ……」
「……少し休んだら?」
あれからどれくらい経っただろうか。あずにゃんはもう疲れ切っていた。
でも、まだやめようとしない。まだ、その手を休めない。
「ま、まだ……」
「だめだよ、無理しちゃ」
もうむったんを持っているのもやっとという感じだ。
私はむったんを下ろし、あずにゃんを休ませた。
「あぁ……」
「もう、こんなになって……」
濡れたタオルで顔を拭ってあげると、少し楽になった表情をした。
「人間に……人間なんかに……」
「そういうのは言いっこなしでしょ?」
ソファまで連れて来て、寝かせてあげた。
「……何でこんなことしてくれるんです?」
「何でって……」
「私はあなたの命をもらいに来たんですよ?」
「そうだけど、でもあずにゃん苦しそうじゃない」
そう言って、また濡れたタオルで顔を拭いてあげた。
「目の前で苦しんでいるのを放ってはおけないよ」
「……人間って、おかしな生き物です」
「素直じゃないね」
「……死神ですから」
そんなことを言っても、あずにゃんはそれからおとなしく休んでいてくれた。
あずにゃんとの生活はそれからしばらく続いた。
あずにゃんは暇があればむったんを必死に掻き鳴らし続けた。
けど、むったんはあずにゃんに帰ることは無かった。
「何で……、何がいけないの……?」
「あずにゃん、まだ時間があるから焦っちゃだめだよ」
「これが焦らずにいられますか! こんなに弾いているのに、むったんは……」
俯いて肩を震わせるあずにゃん。
「私も、できるだけ協力するからまた頑張ろう?」
「……どこの世界に人間に同情される死神がいるんですか」
「でも、私……」
「私は、死神です。あなたとは……いわば敵同士です」
敵……?
「命を奪うものと、奪われるもの。それが慣れ合うなんて、おかしいです……」
「慣れ合いじゃないよ。だって、私はあずにゃんの事……」
「それ以上言わないでください!」
あずにゃんの叫びで、私の思いは切られた。
そして、空気が重く、静かになっていく。
「それ以上……言わないで……」
「あずにゃん……」
あずにゃんは、猫に変身して部屋を出て行ってしまった。
「お姉ちゃん、そろそろお昼ご飯だよ?」
「うん、わかった」
はぁ、あずにゃんあんなに落ち込んで……。何かしてあげられないかな。
かなり落ち込んでいるようだし、好きなものぐらい食べさせてあげたいな。
確か、前に
たい焼きが好きって言っていたっけ? 後で買いに行こう。
「あずにゃ~ん、お昼だよ?」
あずにゃんを呼びに行ったけど、私の部屋にはいなかった。
「あれ? どこ行ったんだろう?」
一通り探してみたけど、どこにもいない。
「お姉ちゃん、あずにゃんは?」
「それが、どこにもいないの」
「う~ん、猫だから外に出て行ったのかも」
「私、探してくるよ!」
私は居ても立っても居られなくなって、家を飛び出した。
あんなに落ち込んでいるのに、一体どこに行ったんだろう。
「……いないなぁ」
とりあえず黒猫を探して、町じゅうを走り回った。
けど、黒猫どころか猫すらいない。
「もう、どこに行ったのかな……」
かれこれ1時間は探したと思うけど、あずにゃんは見当たらなかった。
「はぁ……、さすがに疲れた」
そういえば、お昼も食べずに出て来ちゃったなぁ。
「どこかで休もうかな」
そう思って、ふらふらと歩いていると聞き覚えのある音がしてきた。
「この音は……、むったん!」
このどこか悲しい旋律、苦しんでいるような悲しんでいるような音……。
「……あっちだ!」
音がだんだん近づいてくる。
「川だ……」
音のする方に行くと、河川敷に出た。
そして、その河川敷に小さな背中があった。
「ふん! ふん! ふん!」
必死になってむったんを掻き鳴らすあずにゃん。もう、どれだけここで練習していたのかな。
「あずにゃん」
「……唯。何ですか?」
「急に出て行くから探しちゃったよ」
「別に探してなんて言ってないです」
もう、本当に素直じゃないなぁ、この子は。
「さぁ、帰ろう?」
「……嫌です」
「そんなこと言わずにさ?」
手を引いていこうとしたら、急に離された。
「あずにゃん……?」
「……どうして、どうしてそんなに優しくするんですか!」
そう叫ぶあずにゃんの目には涙が浮かんでいた。
「私は、あなたの命を奪いに来た……死神なんですよ!?」
「そうだけど、何だか放っておけなくて……」
「そんなに、優しくしないでください……。お願いだから……」
そう言うけど、私にはあずにゃんを放っておくことができなかった。
「死神とかそんなのは関係ないよ。あずにゃんだから、私は優しくしているんだよ」
「……やめてください」
「やめない。だって、私は!」
「やめてぇ!」
大きく叫んだあずにゃんはそのまま走り出した。
「待って、あずにゃん!」
私も必死に追いかける。
「来ないで……、 来ないで……!」
あずにゃん……。何としても、つかまえてみせる!
私は必死で走った。そして、もう少しで追い付きそうになった時、
「え……?」
私の意識は衝撃と共に闇に飛んで行った。
「……み、君! 大丈夫か!?」
「おい、救急車を呼べ!」
あれ……? 私どうなったの……?
何だか体か重い……。
「もしもし、救急です! 人が車に撥ねられて……」
車に撥ねられて……? 誰が撥ねられたの……?
「おい、しっかりしろ!」
あぁ、そうか……。私か……。
だからこんなに体が重いのか……。
「ゆ、唯……」
あ、あずにゃん……。戻って来てくれたんだね……。
「私、私……」
「これで、むったんはあずにゃんに帰るね……?」
「え……?」
「私が死ねば、むったんは……」
「そんなこと……!」
また、目を涙でいっぱいにして……。泣かないで……。
「あずにゃん……。今まで、楽しかったよ?」
「待ってください、そんなこと言わないで……」
「むったん、今までごめんね……?」
「お願いだから……」
私の手を必死に握るあずにゃん……。私、とてもうれしいよ……。
最期なら、言わなきゃ……。ちゃんと言わなきゃ……。
「あずにゃん……」
「……何ですか?」
「……好きだよ」
「!!」
あぁ……。もう、ダメみたい……。
答え、聞きたかったな……。
「……」
「……唯。私は……!」
私は何で泣いているのだろう。ただ1人の人間が死んだだけじゃないか。
私のむったんも戻ってくるし、いいことじゃないか。
でも……。
この苦しさは何だろう? この胸の喪失感は何だろう?
何で、涙が流れているんだろう……。
私は、唯の亡骸を見つめて思った。
「死神の私に……、好きだよって……!」
本当に、人間って生き物は……!
「アズサ……」
「死神王……」
私の目の前に、死神王が現れた。
「ようやく、この人間が死んだか」
「……」
「むったんに選ばれし者は、再びお前になったわけだ」
私はもう答えたくなかった。考えたくなかった。
「さぁ、戻るぞ」
「……」
私はその時、ある考えが浮かんだ。
「どうした、戻るぞ?」
それは死神にしたら愚かとしか言いようのない行為だ。
でも……、それでも……!
「……!」
私は決心した。
「いでよむったん!」
人の目なんて気にしている余裕は無かった。
私は高らかにむったんを呼び寄せた。
「……来た!」
むったんは私の声に反応してくれた。光と共に、私の腕に収まる。
「何をする気だ、アズサ!」
「……唯!」
そして、むったんを掻き鳴らした。でも、相変わらず金属の軋むような音しか出ない。
「お願い、むったん……。力を貸して……!」
命を奪うためじゃない。
私の……、私の……!
私は必死でむったんを掻き鳴らした。
これまでにないくらいに精一杯、一生懸命にやった。
「まさか……。アズサ! それがどういうことかわかっているのか!? 死神であるお前が!」
「いいの、これで! だって……、だって唯は……私の好きな人だから!」
「……アズサ。ならば、お前は死神失格だ」
「……それが何よ! 私は……!」
そこまで言って、私は自分の体の異変に気がついた。
「な、何……!?」
体が光り出していた。
「そのまま消えるがいい。この娘の命と引き換えにな」
「……!」
それでも私はむったんを弾くのをやめなかった。
唯を救いたい。
ただそれだけが私を動かす。
たとえ私が消えても、後悔は無い。
私のことを好きだって言ってくれたんだから。
「唯……、私も、好きだよ……」
そして、私は光の中に飲み込まれた……。
「……」
うぅ……、あずにゃん……。
「さようなら、唯……」
待ってよ、あずにゃん。行かないで……!
「ごめんね……?」
待って……! あずにゃん!
ま……って……。
「……」
耳鳴りがしている。うるさい……。
「……っ!」
あまりにもうるさい耳鳴りで、私は重い瞼を開けた。
「ゆ、唯!」
「大丈夫か!」
目に光が感じられる。そして、耳には音が感じられる。体は、自分が横たわっている事を感じられる。
……私は、どうなったの……?
「よかった……、心配したんだぞ?」
「お父さん……? お母さん……?」
目には、両親と憂、そして学校の友達が見えた。
「……生きている?」
私は、奇跡的に一命を取り留めた。
それからしばらくして、私は退院したけど何か心に引っかかるものがある。
何か、大事なものを忘れてきたような、そんな喪失感。
「何だろう、何か忘れている気がする……!」
どうしても思い出せないけど、とても大事なことのような気がする。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「憂、私ね何か忘れている気がするんだよ……」
「何って、何を?」
「何か、こう……大事な……」
結局、私は思い出せなかった。
「……ふぅ、そろそろ寝ようかな」
ギー太の練習もひと段落ついたので、私はベッドに入ろうとした。
……んだけど、
「……?」
何か、心で引っかかった。
えっと、何だっけ? しゃぶしゃぶじゃなくて、シャンプーじゃなくて……。
「……あ! デジャブ!」
前にもこんなことがあった気がする。でも、それが思い出せない。
「えっと……何だっけ?」
忘れちゃいけないようなことがあった気がする……。
集中しようと部屋を見回すと、ギー太が目にとまった。
「……!」
その時、私の頭の中に記憶が一気によみがえった。
……あずにゃん!
「そうだ……、あずにゃん!」
そして、病院での夢も思い出した。
「……私を置いて、行っちゃうなんて!」
私は、あずにゃんを探しに家を飛び出した。
「あずにゃん……! あずにゃん……!」」
私は夜なのも構わずに街中を探し回った。でも、見当たらなかった。
街を探し回って、私はある考えを持った。
あずにゃんが私の為に消えてしまった。
「……多分、いや、絶対そうだ!」
あずにゃん、私の為にいなくなったなんて……!
「そんなの、悲しいよ……!」
私は、また街中を走り回った。
「……はぁ」
いつしか、空が明るくなり始めていた。私はあの河川敷に腰をおろしていた。
「あずにゃん……」
どうしたら会えるのかな。
どうしたら、あの子を救えるのかな……。
一生懸命に考える。
「……そうだ!」
私はある考えに達した。
「いでよむったん!」
空に向かって手を伸ばし、大きく叫んだ。
……しかし、何も起きない。
「いでよむったん!」
お願い、来て……!
何度も叫んでみたけど、むったんは現れなかった。
「はぁ……はぁ……!」
それでもあきらめなかった。私は叫び続けた。
「いでよむったん!」
また、私の声は虚空に消えた。
「お願いだから……、あずにゃんのために!」
私は、ありったけの気持ちを込めて叫んだ!
「いでよむったあああぁん!」
時間はどんどん過ぎて行って、夕方の空に星が瞬きはじめた。
「……くっ!」
あきらめない! あずにゃんを助けるまでは!
「……あ、あれは!」
空を見上げると、流れ星が走った……。
厳密に言うと、流れ星のようなものが走った。
「む、むったん!」
それは、光の奔流から現れたむったんだった。
「よし、これで!」
私はむったんを掻き鳴らした。あずにゃんに会いたい一心で……。
「むったん、お願い! あずにゃんを!」
私は一心不乱にむったんの弦を弾き、弾き、弾きまくった。
「じゃーん……」
そして、一通り弾き終わり、あたりは一気に静かになった。
「……」
何も起きなかった。やっぱり、無理なのかな……。
「あずにゃん……!」
その時、目の前にまたもや光が溢れた。
「うっ! ……」
光が収まって行くと、そこには1人の女の子がいた……。
「あ、あぁ……!」
「ここは……?」
毛並みの良い黒髪のツインテール、緋色の瞳……。
あれは、間違いない……!
「あずにゃ~ん!」
「わっ! ゆ、唯!?」
「あずにゃあああぁん! 会いたかったよぉ!」
私は一目散に駆け寄り、あずにゃんを抱きしめた!
幻じゃない! こうしであずにゃんを抱きしめられる!
本当に、本物のあずにゃんだ!
「あずにゃん! あずにゃん!」
「……もう、唯ったら……」
「よかった……! よかったよ……!」
「唯も、無事だったんだね」
「あずにゃんのおかげだよ」
もう、涙であずにゃんの顔が見にくいよ……!
「本当によかった……」
「うん、むったんが力を貸してくれたからね」
むったんはまたキーホルダーに戻った。
「ねぇ、唯」
「何?」
「また、そばにいていいかな?」
あずにゃんがもじもじしながら言った。
「……もちろんだよ!」
私は、もう2度と離れないようにあずにゃんに抱きついた。
「あずにゃん、大好きだよ!」
「……私も!」
「ずっと一緒にいようね?」
「うん!」
こうして、私と死神さんとの生活がまた始まった。
今度は、恋人として……。
END
- なんでむったんが帰ってきたか、その描写さえあれば良かった -- (名無しさん) 2011-01-03 20:54:07
- 要するに梓が消されたからむったんの持主が唯に戻って来た、って事か…改めて読んでやっと納得。 -- (名無しさん) 2011-02-26 03:42:18
- フツウ、この手の話だと死神王から罰として称されながら天使か人間に転生するのがオチだろう?なんで死神のままなんだか……納得できない -- (名無し) 2011-09-03 13:31:08
- なんかいいな -- (名無しさん) 2012-10-05 22:02:08
最終更新:2010年12月08日 09:40